学校で意地悪な生徒に絡まれたあの日からというもの、俺が一人でいると見るや否やかわるがわる色々な奴がちょっかいをかけてくるようになった。
登下校時はイヤホンつけて大音量で音楽を流しながら、早歩きで歩けば避けられることも多かったけれど授業の合間の休み時間とかはそうもいかない。
特に昼休みは一番危険な時間だった。購買でご飯なんか買おうと並ぼうものなら割り込まれるのは可愛いもので、軽く突き飛ばされたり、折角買ったご飯をさも俺が善意で代わりに買った体で話しかけて来て取り上げられることすらあった。
授業で言えば、射撃訓練と体育の授業だけは皆と一緒に受けなきゃいけない都合上、どうしても更衣室とかに行かなくちゃいけなかったけれどそこでもまあ酷かった。
学校の更衣室のロッカーなんていちいち鍵なんか付けないから、荷物を入れたロッカーにゴミとか、虫とかを放り込まれるなんて珍しくもない。
余計な物を入れられるくらいなら可愛い方で、財布からお金を抜き取られたり銃の弾を抜き取られたりなんてこともあった。
お金はともかく銃なんて授業でしか撃たないからそんなに痛手ではないけど。
というか、銃声や空薬莢だけでしんどいって言っているのに授業を免除してくれない学校もまあ酷い。
キヴォトスの常識を考えれば、子供の未来の為なのだろうという想像は付くものの、それでも毎回ストレスで吐きそうになるのを必死で我慢しながら、そのせいで絶え間ない頭痛と息苦しさに苛まれる俺の気持ちを少しは汲んで欲しいと思う。
そんな状態で授業に臨むんだから、終わった頃にはクタクタだ。そして、そこを狙われてしまえば俺に出来ることなんてない。
理不尽なことで因縁をつけられパシられることになろうが、軽く遊ぶくらいの口調で俺の銃を取り上げられて校舎の外に放り投げられようが、何とか銃を回収して更衣室に戻ってきた時にロッカーの中身がめちゃくちゃにされていようが。
俺に、反撃の意志なんて湧くはずもなかった。
助けを求めるべきなんだと、分かっている。ましてやイチカちゃんは生徒会の役員だ。イチカちゃん伝いに上の方の人にも話が行けば、対策してくれるかもしれない。
でも、俺はそれすらできなかった。
怖かった。下手に助けを求めて、それがきっかけになってもっと陰湿で過激なことをされたらどうしようと。
こういう時だけ都合よく前世のラノベとかで呼んだ展開を思い出す。
それなりに見た目の良いいじめられっ子の女子は、最終的に理不尽にお金をたかられて最後は売春めいたことを強制させられたり、させられそうになるんだ。
お金と気持ち良いことだけが頭にあるバカがいじめっ子ならまだいい。でも、得てしてこういうお嬢様学校のカースト上位にいるいじめっ子は外面を良くする術に長けているのだから証拠も残さず、バレないように搾り取って来るようなやり口なんかいくらでも思い付くんだろう。
そうなれば、助けを求めたって意味がない。生徒会が、組織の人間が俺を助ける正当性なんて見つからなくなって、助けようがなくなってしまうからだ。
もしかしたら、イチカちゃんはそれでも助けようとしてくれるかもしれない。
けれど、そうなれば今度はイチカちゃんの立場が悪くなる。ちょっと強引なやり方で済めばいい。
でも、渡世フタバの記憶にあるイチカちゃんのことを思い出すとそれで済むとは思えなかった。そうなれば、イチカちゃんがまた自分を責めるのは確実だ。
そもそも、俺がこんなになったのはフタバがイチカちゃんの暴走を止めて、そのことで落ち込むあの子を慰めている時に起きた事故が原因だ。
下手をしたらイチカちゃんのトラウマを刺激してしまって、大変なことになってしまう可能性すらある。
現在進行形でトラウマを刺激されてめちゃくちゃ辛い思いをしているのだから、それがどれだけ辛いかなんて想像しやすいったらない。
ましてや、お腹を銃で撃たれた程度なんかじゃない。自分のせいで、仲のいい人が目の前で死にかけたなんてトラウマを掘り返されて、正気でいられる人間が一体どれだけいるっていうんだか。
「……フタバちゃん? どうしたの?」
「……あ、ううん。大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
そう。だから、俺の置かれた状況をイチカちゃんに悟られるわけにはいかない。何とかして早々に飛び級をして、今のクラスから抜け出す。
それが最善。その為にも、俺は次の定期テストでぶっちぎりの成績を取る必要がある。
「イチカちゃん、今日もその……」
「うん。勉強見ててあげるね。一区切りついたら、なんか作ってあげるよ」
「……ありがと」
学校はクソだ。勉強だって、テストで点を取る以上の熱量は今生でもない。
それでも、前世の時に比べればずっとモチベーションは高い。
この悪夢みたいな状況から、少しでも早く抜け出せるのなら。イチカちゃんとの時間を、もっと増やせるのなら。
少しぐらい、歯を食いしばって無理をするくらいの価値はある。
だから──。
「……イチカちゃん。その……」
イチカちゃんの名前を呼ぶと、羽がこすれる音がして薄暗さと共に心地良い温もりが俺を包み込む。
もう今ではイチカちゃんの名前を呼ぶだけでこうして抱きしめてくれるようになった。
この温もりが、今はボクの居場所だ。
「お……ボク、頑張るから……」
「うん、うん。一緒にがんばろ」
ボクを抱きしめる力が強くなる。少し痛いけれど、その痛みが自分はここにいていいんだと言ってくれているみたいだった。
だから今だけは、この痛みに包まれていたい。
そう願いながら、ボクもイチカちゃんを抱きしめ返した。