渡世フタバは仲正イチカを落としたい   作:笹の船

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”俺”がいたから

「今日さ、ちょっと付き合ってくれない」

 

 ()()()()お友達がどこか気味悪いものを見るような顔で声を掛けてきた生徒に、俺は笑顔で返す。

 

「え、うん。いいよ! どこにいくの?」

 

 前世が社畜だったことをこれほど感謝する日が来るとは思わなかった。欠片も楽しみだとは思っちゃいないけど、「いかにも楽しみです!」みたいな顔と声で応対することくらい訳はないのだ。

 けれど、そんな俺の努力も空しく声を掛けてきた生徒は嫌悪感をさらににじませた表情に変わった。

 

「それは後でのお楽しみだって。じゃあ、放課後昇降口でね」

 

 吐き捨てるようにしてその生徒は俺の傍から離れていく。

 いわゆるいじめの対象にされてから大分経った。俺の隠ぺい工作は完璧、とまではいかないまでも今のところイチカちゃんに無理に踏み込まれてまで近辺を調べられるようなことにはなっていない。

 俺は俺で自分がいじめられていることを隠し通して飛び級するんだと決めてからどこか吹っ切れたというか、ねじが外れてしまったらしい。

 今までやられていたいじめ行為に対して、さっきやったみたいな作り笑いと明るい態度でむしろいじめっ子たちに近づくようになった。

 勿論、銃を見せられたり空撃ちや銃声そのものを聞かされたりすれば吐き気や過呼吸を起こしかけるところは治らなかった。が、それでも笑って「やめてよー」なんて言えるようにはなっていた。

 その甲斐あってか、奴らの()()()()行為は次第に大人しいものになっていった。最近じゃむしろ避けられているような節すらある。お前らが始めたことだろうがよ。

 まあなんにしても、呼び出しを食らうことなんて珍しくない。適当に合わせて、へらへら媚び売って終わりだ。これじゃあ前世とやってることがおんなじだな。

 でも、今はレースゲームの新作なんかよりももっとずっと価値のある物が俺を待ってる。前世でだって耐えられてたんだ、このくらい何とでもなるさ。

 

 

 そうして放課後、呼び出されて連れていかれたのは廃ビルだった。

 あーあ、とうとう俺も年貢の納め時か。なんて思いながらビルのてっぺんを見上げる。6階建てか。屋上から飛び降りさせられたらキヴォトスの生徒の体でも流石に死ぬのかな。

 イチカちゃんのことを考えれば、死ぬわけにはいかない。またあの子が泣いてしまうのは……なんだかちょっと俺も辛い気がする。

 でも、それと同じくらい死んで楽になりたいって気持ちもあった。どうせ死ねば”俺”という意識は跡形もなく消えてなくなるんだろう。俺はあくまで”渡世フタバ”という体に取りついただけの亡霊だから。

 

「私達はここまでだから。中に入って、最上階でアンタを待ってる人がいるってさ。じゃあね」

「……え?」

 

 何を言われたのか理解するまでに時間がかかった。そして、理解した時にはいじめっ子たちは俺の視界からいなくなっていた。

 

「……なんだよ、それ」

 

 今まで散々俺のことを弄んできておいて、気持ち悪いからってポイ捨てか。と余りの身勝手さに怒りがふつふつと湧いてくる。

 どうせ、このビルの中で俺を待ち構えているのはロクな連中じゃないんだろう。間違っても俺の心の悩みを真摯に聞いてくれるカウンセラーなんかじゃないはずだ。

 

「あほらし……」

 

 もうなんかどうでも良くなってきた。人間、余りに頭に来ると一周回って無気力になったりするのかもしれない。

 殺すならさっさと殺してくれ。そうじゃないなら適当に愛想笑いでもしながら話を聞いてとっとと帰ろう。そんなことを考えながらビルの中に入る。

 廃墟になってそれなりの年月が経っているようで、当然ながらエレベーターなんて動いていなかった。

 仕方がないからほこりにまみれたビルの中をさまよいながら階段を見つけて、だらだらと上る。

 一段、また一段とゆっくり足を踏みしめる。さっさと終わらせたい、でも今すぐ帰りたい。そんな気持ちがぶつかりあって酔ってるわけでもないのに足取りはふらふらだ。

 時折階段を踏み外しそうにすらなりながら、やっとのことで6階のプレートが見えてきた。

 プレートを見上げ、そしてその真下を通り過ぎながら6階のフロアの中へと足を踏み入れる。

 がらがらの、何もないまっさらなフロアの中に一人、人が立っていた。

 大人だ。パリッとしたスーツに身を包んだ大人……いや、そもそも本当に人間か?

 

「お待ちしていましたよ、渡世フタバさん」

 

 胡散臭いな、というのが声を聞いた最初の印象だった。

 そんな感想を抱いていると目の前の大人がこちらに振り返る。すぐにまともな大人じゃないとすぐに確信した。

 人の頭の形をしてはいるけれど、肌と呼べるかも分からない真っ黒な頭と目と口に当たる部分には穴やヒビがあってそこからゆらゆらと光が漏れている。

 どう考えても妖怪の類だ。少なくとも俺の知っている人間の定義には当てはまらない。

 

「実はずっとあなたにお会いしたかったのですよ」

「はあ……」

 

 思ったよりヤバいやつかもしれない。心臓がドキドキいい始めて、口の中がパサパサになっていく。

 

「1年間という昏睡期間を経て、記憶障害以外は後遺症らしいものもなく復調したこと。それに加え、昏睡前とヘイローの色が変わったことといい実に興味深い」

 

 ヘイローの色について言及されて、体が一気に冷えていくのが分かった。コイツは、俺の体に起きた異変を少なからず知っている。

 問題はどこまで知っているかだ。場合によってはかなり面倒なことになってしまうかもしれない。

 

「私の推測では、その双葉の部分が暖色系と寒色系に別れたということは……少なくとも女性人格と男性人格に別れたのだと推測していますが。どうでしょうか」

「…………」

 

 目の前のスーツの男の質問に、俺は何も答えなかった。というか、答えられなかった。

 どうでしょうかも何も大当たりだクソッタレ。少なくとも外じゃ”俺”という人格が公にならないように細心の注意を払ったはずだ。どこかでヘマをしたのだろうか。

 どっちにしても、下手に肯定すれば間違いなくモルモットコースだ。今から全力で階段を駆け下りて、逃げられるだろうか。

 

「まあそんな些事はどうでも良いのです。私は、あなたに可能性を感じているのですよ」

 

 一歩、後ずさった。どう考えてもマズい状況なのは明らかだ。

 でも、もう遅かった。

 バタバタと幾つもの足音が俺の後ろから聞こえて来て、慌てて振り返れば俺が通ってきた階段から何人ものヘルメットを被った生徒が銃を構えてフロアに入ってきた。

 

「神秘の裏側に何があるかご存じですか? それは恐怖です。普通であれば、あなた方生徒の神秘が裏返る……私達は『反転』と呼んでいますが……ことはありません」

 

 男の話す内容が全く頭に入ってこない。何を言っているか分からないからだ。

 混乱する俺の手を、ヘルメットの生徒の一人が強引に掴んでねじり上げてきた。

 

「あ”っ!? 痛い!」

 

 余りの痛さに声を上げて、その場に膝を付く。それと同時に、かちゃりという小さな金属音と両手首にひんやりとした感触が伝わってきた。

 

「っ!?」

 

 両腕が背中に回された時点で何となく分かっていたけれど、自分のお尻の辺りを見るように上半身をひねって確認する。

 そこには手錠で繋がれた自分の両手が見えた。

 

「な、何を!?」

「あなたに見せて欲しいのですよ。神秘が反転するその様を。お膳立ては既に整っています」

 

 スーツの男がそう言うのと同時に銃声と爆発音がビルの外から響いてきて、思わず身体を固くする。

 直後、下の階から駆けあがって来たであろうヘルメットの生徒が息を切らせながらフロアに飛び込んできた。

 

「な、仲正イチカが来ました!」

「なっ……!? い、イチカちゃん!?」

 

 その名前を聞いて、俺は弾かれたように足をもつれさせながら窓ガラスの無い窓辺へと駆け寄る。

 ずっと下では何人ものヘルメットを被った生徒を相手にイチカちゃんが大立回りを演じていた。

 

「ふむ、素晴らしいタイミングです」

「な、何が目的なんだよ!?」

 

 いよいよ男の目的が読めなくなってきた。俺が目的なんじゃないのか、コイツは。

 それがどうして、イチカちゃんをここに呼び寄せる必要があるっていうんだ。

 俺の問いかけに男はクツクツと笑うばかりで、何も答えない。

 

「なんとか言えよテメェッ!!」

 

 もう口調とか気にしている場合じゃない。今すぐコイツから目的を問い詰めないとならない。

 目的が分からなきゃソレに乗ってやることだって出来ないんだ。

 自分がどうなってもいいなんて思ってるわけじゃないけど、俺の為にイチカちゃんが傷つくのはダメなんだ。

 だって俺は渡世フタバじゃないんだから。イチカちゃんの知らない、クソみたいな男の俺の為に危険を冒す必要なんてきっとないはずだ。

 そうこうしている内に銃声はビルの中に入ってきた。急がないと。

 ヘルメットの生徒が俺の目の前の奴らだけなんてことは絶対にない。早く止めさせないと。

 

「何が目的なんだ! 俺は何をやったらいいんだよ! 何でもする! 何でもするから今すぐ戦うの止めさせてくれよ!」

 

 スーツ野郎の前まで詰め寄って懇願するけれど、野郎はニヤニヤするばかりで何も答えない。なんでだよ! 何でもするって言っただろ!

 

「なあ、何で黙ってんだよ! 聞こえてねえのかよ! 頼む、頼むから! なあ!!」

「いい加減うるせえぞお前!」

 

 スーツ野郎に詰め寄って懇願していると、急に首を掴まれて地面に引き倒された。

 その時だった。

 

「フタバちゃん!!」

 

 地面に引き倒された衝撃と痛みも忘れて、聞き間違えるはずのない声がした方へ顔を向ける。

 

「イチカちゃん!!」

 

 そこには、制服のあちこちが破けて、血もにじませたボロボロのイチカちゃんが肩で息をして立っていた。

 

「フタバちゃん、待ってて。今助けるからね」

 

 そう言って笑うイチカちゃんの顔は、いつもの見慣れたそれに比べてずっとずっと弱弱しい。

 

「ダメだよ! そんなボロボロな体じゃ──」

 

 俺が言い切るよりも前に、視線を鋭くしたイチカちゃんが飛び出す。

 一拍遅れてその場のヘルメット達が銃を撃つけれど、イチカちゃんには当たらない。

 それどころか、イチカちゃんは巧みに同士討ちさせるような位置取りを繰り返しながら相手の数を減らしていく。

 もしかしたら勝てるかも。そう思った瞬間だった。

 

「クソッ! おい、コイツがどうなってもいいのか!?」

 

 不意に体を無理やり引き起こされて、こめかみに何か冷たいものを押し当てられる。

 それが銃口だということはすぐに分かった。

 その瞬間、恐怖で体が全く動かなくなる。

 いくら頑丈なキヴォトスの生徒の体でも、ゼロ距離でこめかみを撃ち抜かれたら死んでしまうに違いない。腹と頭じゃ事情が全然違う。

 そもそも、どんな銃がこめかみに押し当てられてるかも分からない。

 死にたくない。死ぬにしたってもっとマシな死に方があるだろう。

 いや、そんなことを言っている場合か。イチカちゃんは、イチカちゃんがヤバい。

 慌ててイチカちゃんを探そうと視線を巡らせたその瞬間だった。

 一斉にヘルメット達の銃が火を噴いた。

 その銃口の向けられた先には、動きを止めてしまったイチカちゃんの姿があって。

 俺が声を上げる暇もなく、イチカちゃんは滅多撃ちにされていた。

 やがて、銃声が止み空薬莢がコンクリートの床を転がる音が辺りに響き渡る。

 

「い、イチカ……ちゃん……」

 

 イチカちゃんは倒れていた。うつぶせになっていて、ピクリとも動かない。

 

「イチカちゃん、ねえ!!」

 

 声を上げて名前を呼ぶ。返事はない。

 あらん限りの力を振り絞って俺を捕まえていた生徒を振り払ってイチカちゃんに駆け寄る。

 再びの銃声。直後に頭に強い衝撃。

 それでも、何とか踏みとどまってイチカちゃんに駆け寄る。腕は使えないから両膝を付いて祈るような姿勢でイチカちゃんの顔を覗き込む。

 

「イチカちゃん、起きて! 起きてよ!!」

 

 ……けれど、イチカちゃんは起きてくれなかった。何度も呼んだ。乱暴だと思ったけど、膝先で揺すったりもした。

 それでも起きなかった。そして気づいた。いつもはイチカちゃんの頭の上にあるはずのヘイローが、()()()()()

 それが何を意味するのか。理解したくなかった。

 理解したくなかったけれど、理解してしまった。

 なんでこんなことになったんだ。どうしてイチカちゃんがこんな目に遭わなきゃいけなかったんだ。

 そんな疑問が頭の中でぐるぐる回り始める。

 けれど、答えなんて最初から自分の中にあった。

 

「俺の、せいだ……俺が、俺がいたから……」

 

 そうだ。あの時俺が目覚めなければ、きっとこんな風にはならなかった。

 俺じゃなくて、渡世フタバ本人が目覚めていればきっと誰も悩まなかった。

 俺がもっと早くイチカちゃんに助けを求めたら、こうはならなかったかもしれない。

 そもそも俺があんな奴らなんか相手にしないでいれば良かったのかもしれない。

 

「は、はは……」

 

 目の前が真っ暗になっていく気がする。

 心の中からドロドロした何かがあふれ出してくる。

 でも、もう全部どうでもいい。

 

「はははは……」

 

 今度こそ、俺が生きていく理由が無くなった。

 俺が、俺自身がその理由をぶち壊したんだ。

 考えてみれば当然かもしれない。だって死にたかったんだ。きっと、こうなるのは必然だった。

 でも一人で死ぬのは怖いから、イチカちゃんを道連れにしたんだ。我ながら最低の奴だ。

 

「……ぶっ壊れちまえ。何もかも」

 

 そうして自棄になりながら呪いの言葉を吐き出した時、視界が真っ赤に染まった。

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