渡世フタバは仲正イチカを落としたい   作:笹の船

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うらがえり

 黒服、とかいう胡散臭い大人に依頼された仕事は簡単なもののはずだったのに、と不良をまとめ上げている生徒は奥歯がガチガチなりそうなのを必死に堪えていた。

 依頼の内容はなんてことはない。ちょっといいところの学校のいじめられっ子を人質に取り、それに誘われるであろう仲正イチカという生徒を袋叩きにしろというものだ。

 相手がどんなに強かろうが、数の暴力に加えて大事なものを盾にされてしまえばいくらでも隙を作れる。

 そして、実際にその通りだった。渡世フタバとかいういじめられっ子に銃口を押し付けた時、仲正イチカの動きが完全に止まったからそこを蜂の巣にしてやった。

 地上階に待機させていた不良の仲間を倒され、自分達と黒服、渡世フタバのいる最上階にまで来ただけでも十分イカれた強さだとは思うが、だとしても所詮一人でできることなんてこの程度。

 ボコられてしまった奴らも仲間というよりは割の良い仕事に食いついてきたそこら辺の不良だ。少なくとも自分と関わりのある奴なんていないから大して気にもならない。

 ああ、楽な仕事だった。そう思っていた。ほんの少し前までは。

 仲正イチカが倒れた後、渡世フタバが半狂乱になって駆け寄ったと思ったその直後だった。

 突然、その場にいた自分達を吹き飛ばす位の突風が吹き荒れ、生徒は思わずその場で尻もちをつく。

 何が起こったのかと顔を上げた時、思わず目を疑った。

 渡世フタバが──いや、渡世フタバだったものがそこには立っていた。

 さっきまでの渡世フタバは荒れた紺色の髪にどんよりと曇ったグレーの瞳をしたそこらの不良よりもよっぽど腐ってる生きた死体みたいなやつのはずだ。

 じゃあ、今自分の目の前にいるのは誰だ?

 髪も瞳も真っ赤に染まり、ハイライトの無い目はそのままに目つきだけは不気味に鋭くなっている。

 一体、何が起こったというのだろう。

 不良達が皆目の前の現象を理解できずに呆然とする中、黒服だけが先程までと変わらない様子でその場に立っていた。

 

「ふむ……なるほど。まあ想定通りと言ったところですか」

「お、おい……お前”アレ”は何なんだよ!?」

 

 黒服のさもこうなることが分かっていたかのような口ぶりに、不良は声を荒げながら詰め寄る。

 そんな自分に黒服は出来の悪い生徒を相手にした時の教師のように肩をすくめた。

 

「あなた方に説明をしても分からないでしょうが……まあいいでしょう。アレは……そうですね。神秘が裏返った状態、とでも言いましょうか。我々としてもまだどういうものであるかを掴み切れていませんし、アレをなんて呼べばいいかも決まっていませんが」

「はあ!? 何言ってんだよ訳分かんねーよ!?」

「だから言ったのです。説明しても分からない、と。まあいいでしょう。依頼は達成しましたからね。報酬は振り込んでおきますよ」

「はぇ……? あ、ああ……」

 

 渡世フタバの変異とそれに対する説明する気のない黒服の説明でパンクしていた不良は、突如報酬の話を持ち出され、慌ててスマホを確認してそこに表示された金額の高さに完璧にフリーズした。

 だから不良は気づかなかった。それを見たものが後に”目力だけで人を殺せるんじゃないか”と言われたほどの表情で不良と黒服を睨みつけるフタバがゆっくりと二人の方へ歩いていることに。

 そして不良が自分の肩を掴まれて我に返った時には既に何もかもが手遅れだった。

 ひっくり返る視界。凄まじい衝撃と痛みが背中に走り、目の前に何かが振ってきたように見えたのが不良が最後に見た光景だった。

 

 

 

 全部ぶっ壊してやる。

 頭の中にあるのはそれだけだった。

 体の内側からぐつぐつと煮られるような不快感のまま目につくやつらを片っ端から掴んでは投げ飛ばし、あるいは殴り、蹴り飛ばす。

 耳をつんざくような銃声も気にならないどころかうっとおしい。体に銃弾が当たる衝撃すらこのイライラを悪化させるばかりだ。

 掴む。投げる。殴る。蹴る。

 掴む。投げる。殴る。蹴る。 

 掴む。投げる。殴る。蹴る。

 どれくらいそれを繰り返しただろう。うるさいクソどもをぶっ飛ばしてるその瞬間だけが心の癒しだった。

 けれど、気づけば辺りに立っているウゼェ奴らはもう全員ゴミみたいに床に転がってるだけになった。どれが誰だかもう区別がつかない。

 まあそんなことはどうでもいい。まだまだ体中煮えたぎって仕方がない。だから、このぐつぐつとしたのを解消する為にも立ってる奴は皆ぶっ飛ばす。

 そう、さっきから観客のつもりでこちらを傍観しているあのクソみたいなスーツの奴もだ。

 

「                 」

 

 誰かに何かを言われた気がするけどよく聞こえない。でもどうでもいい。

 ぶっ飛ばす。

 一歩一歩足を前に進める。一歩歩く度に歩調を早めて、スピードを上げる。

 スーツとの距離がどんどんと縮まっていく。5m、4m、3m、2m……さあもう手が届く。

 その綺麗なスーツをすぐにしわくちゃの埃まみれにしてやろうとひっつかもうとしたその時だった。

 後ろから急に腕を掴まれてオレの動きが止まる。

 相手が誰かなんてどうでも良くて、振り向きざまに拳を振り抜く。当たらない。

 イライラするまま、反対の拳を振り抜く。当たらない。

 それから何度も殴り掛かったり、蹴りかかった。でも一発も当たらなかった。

 イライラしてたまらない。体の奥から何でもいいから壊したくてたまらないという衝動が沸き上がって来る。

 

 

「──ちゃ──!!」

 

 目の前のクソが何かを叫んでる。うるさい、うるさい!

 いいから黙って潰されろよ。

 拳を振り上げて、振り下ろす。今度はかすった。当たるようになってる。

 もう一度反対の拳を振り上げる。防がれた。ムカついたけど、でも当たった。

 なんだか楽しくなってきた。

 右ストレートパンチを繰り出す。相手は左に避ける。それに合わせて左の拳を構えるふりをして右フックを繰り出す。

 面白い位に相手がフェイントに引っかかってオレのパンチがモロに顔面に入った。

 パンチを食らった衝撃でよろめいたヤツのどてっぱらにキックをぶち込む。

 ソイツは汚らしく唾をまき散らしながら後ろにふっ飛んで地面を転がった。ああ、思ったように攻撃が入るとなんて気持ちが良いんだろう。

 俺に蹴飛ばされたソイツは、立ち上がろうとしていたけれどもう無理らしい。立ち上がろうと上半身を必死に支えていた腕からガクリと力が抜けて、地面に倒れ伏す。

 かろうじて残っていたらしい最後の力を振り絞ったのか、うつぶせだったソイツは仰向けになった。都合がいいな。仰向けになってくれれば腹を踏んづけてやれる。

 にやけるのが我慢できなくて、唇の端が吊り上がっていくのが自分でも分かった。

 さあ、コイツはどんな悲鳴を聞かせてくれるんだろう。

 そう思いながらソイツの前まで歩いて、足を振り上げる前に面を拝んでやろうと思ってそっちを見た。

 

「ふた……ば……ちゃ……」

 

 ……あれ。なんでこんなところにイチカがいるんだ。

 ていうか、死んでなかったのか……?

 ぐつぐつと煮えて仕方がなかった体が一気に冷めていく。

 辺りを見渡す。不良達は皆倒れている。その頭の上にヘイローはない。

 そして目の前には息も絶え絶えなイチカ。頭上にヘイローはあるけれど、今にも消えてしまいそうにチカチカと点いたり消えたりを繰り返している。

 誰がこんなことをやったのか。

 

「あ、ああ……」

 

 分からない。分かりたくない。

 

「う……ぁああ……」

 

 目の前がぐるぐると回っているような気がして気持ちが悪い。

 もう何も見たくないし、何も聞きたくない。

 

「ぅぉえっ……お”お”ぇ”っ”!」

 

 音を立ててえづくけれども、吐き出せるものなんてない。最後にご飯を食べたのはいつだったっけ。

 どこへ行くか自分でも分からないままフラフラと歩く。

 いや、もう自分が歩いているのか、座っているのか、倒れているのかどうかも分からない。

 でも、もうなんだかどうでも良くなってきた。

 おれはひとごろしだ。たいりょうさつじんしゃだ。

 それに、いちかちゃんにまでもぼろぼろにした。

 ぜんぶこわれてしまえっておもった。

 こわしたかった。でももっとかんたんなほうほうがあるじゃないか。

 もうたくさんだ。なにがてんせいだ。なにがだいにのじんせいだ。

 ぜんせがなんだ。もとのおれのきおくがなんだ。たましいとかなんだ。

 しらない。ぜんぶどうでもいい。

 どうせこんどしんでもまたどっかへんなところにとばされるんだ。

 ずうっとこんなふうにくるしむことになるんだ。

 いっかいくらいじぶんでりせっとかけてなにがわるいんだよ。

 あ、なんかふわっとしてる。

 あー、じめんがいっきにちかづいて────




今月はずっと体調を崩してました。
今年中にもう一話くらいは続きかけたらいいなくらいの感触です。
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