目が覚めた。見慣れない……わけでもない白い天井に、無機質なベッド。
すぐに分かった。病院だ。
そりゃそうだ。どうせまた瀕死の重体にでもなってたんだろうから。
事実、頭が割れそうなくらいに痛い。というか、物理的に割れてる可能性がある。
痛みに思わず顔をしかめながら手を頭に当てようとして、右手が誰かに握られて動かせないことに気が付いた。
「…………クソ」
見間違えるはずもない。さらさらとしたセミロングの黒い髪に、よく見知ったセーラー服を着た女の子。
イチカちゃんが、俺の手を握ったままベッドに突っ伏すようにして眠っていた。
その頭には包帯が巻かれている。包帯だけじゃない。制服の襟元からチラリと湿布が、俺の手を握る手には絆創膏やテーピングが。
いたるところに怪我の治療の跡があった。
きっと、見えないところにもまだあることは明白だ。
……それをやったのが、誰なのかも。
もう一度毒づきそうになって、喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。
今、下手に声を出してイチカちゃんを起こしたくない。コイツとは今話したくない。
漏れ出しそうになった言葉を、ゆっくりと静かに鼻から息として吐きだす。
頭が痛い。いや、痛いのは頭なのか。それとも、別の場所?
どこもかしこも痛んでいるような気がして辛い。
体が痛いのか、それともメンタルが痛いのか。
心が痛い、とは言いたくない。そんな上等な物、俺にはきっともうない。
あったとしても、それはそう見えるだけのハリボテだ。
もう一度寝ようにも、じくじくと体を蝕む鈍い痛みのせいで眠れそうにない。
それでも、俺のすぐ傍で眠るイチカちゃんから目を背けるように俺は首だけ彼女の反対側に向けて目を閉じた。
それからどれくらい経っただろうか。
右側から小さな声が漏れるのが聞こえた。
ついに起きたのか。なら、俺が起きていることは悟られないようにしなければならない。
そう思って、俺はごく自然な寝顔になるように顔が強張らないようにしながら、けれどしっかりと目をつぶる。
「……フタバちゃん」
イチカちゃんの沈んだ声が聞こえた。予想の範囲内だ。無視をする。
「ごめん。ごめんね……また私のせいで……」
予想の範囲内だ。無視をする。
すすり泣く声と、鼻をすする音も聞こえてくる。無視をする。
でも、顔をしかめそうになった。だって本当は何もかもイチカちゃんのせいじゃないんだから。
それを必死に押さえつけながら、目を閉じることに意識を集中する。
「ごめん……ごめん……お願いだから……起きてよ……」
無視だ。無視をしろ。
今起きたとして、どの面下げて話すつもりだ。
そんな言葉を必死に心の内で唱えながら、寝たふりを続ける。
「またひとりぼっちは……嫌だよ……」
無視だ。何も聞いてない。何も聞こえない。俺には関係ない。
何度も心の中でそう唱える。なのに、喉の奥がキュッとすぼむような感覚が収まらない。
イチカちゃんのすすり泣く声を聞く度に、どうしてだかボクまで泣きだしたくなる。
だんだん、どうしてこんなに意地になって寝たふりを続けているのかが分からなくなってくる。
もういっそ起きて、イチカちゃんが泣くのを止めてあげたい。そんな気持ちすら湧いてくる。
それでも起きちゃダメだと、そんな心の声に従うことの方が大事だと思った。
だけど、そんな狸寝入りは続かなかった。
「フタバちゃぁん……!」
すすり泣いていたイチカちゃんが、急にボクの手を強く握りしめる。
「いっ……」
強すぎて痛みすら感じたその力強さに思わず声が漏れて、右手の方へ視線を送った。
送ってしまった。
「あっ……!? ご、ごめ……」
そして、イチカちゃんと目が合った。
イチカちゃんが息を呑み、目を大きく見開いたのが見えた。
とっさに目を逸らしたけど、もう遅い。
「フタバちゃん……? 目が、覚めたの……?」
「…………」
バレてしまった。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
全身から汗が噴き出るような感触。早鐘を打つ心臓。そして、これっぽっちも動かない頭。
一度逸らしてしまった目を、もう一度イチカちゃんの方へ向ける勇気は湧かない。
ただ、早くこの時間が終わってほしいと願うことしか出来なくて。
「そっか……良かった……生きてて……」
そんなボクに投げかけられたのは、
その呪いは、俺の心を大きくえぐった。頭の中に、あの時の──イチカちゃんを傷つけた時の記憶が鮮明によみがえる。
目に映るもの全てを……心の支えにしてたイチカちゃんさえも傷つけて、あまつさえそれに喜びすら感じた忌まわしい記憶がよみがえる。
「何が……」
「え……?」
胸の内に沸き上がったものがこらえきれない。
「何が良かったんだよ……! 何が……! 何で死ねなかったんだ……! 死なせてくれなかったんだよ……!」
頭が痛い。胸が痛い。腕が、足が、体全体が。
視界がだんだん赤くなっていくような気すらする。
それでも──いやだからこそ。
この呪詛を吐き出さないと、何かに溺れてしまいそうで。
「ふ、フタバちゃ──」
「俺なんか生きてたって……! どうせまた誰かを傷つけるんだ……! 歩く爆弾になってまで生きるくらいなら!!」
頭が痛い。息が苦しい。でも、もっと致命的な何かが喉を締め付けてくる。
「いっそ、死んだほうがずっとマシだったのに!!」
キヴォトスに転生してからのほんのわずかな温かい記憶すら、今は俺の喉を締め付けてくる拷問道具のように感じられる。
渡世フタバになってからの全てが、”俺”という存在を苦しめてきているように思えた。
だから俺は、世界を呪った。
「死ね……死んじまえよ……! 俺をいつまでも苦しめてくる奴らも、この世界も……! もう放っておいてくれ……! 楽にさせてくれよ……」
目の前がぐるぐる回って、今どうなっているかもわからなくなってきた。
苦しい。息が出来ない。頭が沸騰してるみたいに熱くて、そして中を何かでえぐられてるように痛い。
でも、それすらどうでも良くなってきて。
むしろ、このまま本当に死んでしまえるんじゃないかって思ったらそれもいいかって思えてきた。
そうして、俺の意識は闇の中へと沈んでいった。