渡世フタバは仲正イチカを落としたい   作:笹の船

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メンタルが死んでいるので更新もくそもなかったです。すみません。


あの非日常の日々を振り返って

 トリニティ自治区でのトラブル対応が終わったボク達は、予定通りイチカちゃんが予約してくれたお店に来ていた。

 後処理まで何事もなかった……ってわけじゃないんだけど、まあそこは非番だったボク達を呼び出したってところで先輩達にお目こぼししてもらった感じになる。

 とにもかくにも、ボク達はこうしてこの店に──高級スイーツパラダイスへとやってきた。そのことが何よりも重要なんだ。

 見るからに高級と分かる、けれど派手過ぎないたたずまいのお店を前に少しだけ……いや、結構緊張してきた。

 正直な話、こういう雰囲気のお店は苦手だ。ボク自身がそういうお上品な人間だとは思っていないし、そういう振りが出来るほど器用でもない。

 そこまで考えて、ちらりと隣にいるイチカちゃんを見る。

 苦手なのは事実だし、変えられると思ってない。それでも、そんなカッコ悪いボクをこの子にはあんまり見せたくない。

 だから、もしもイチカちゃんも不安そうにしていたんだったらボクがリードをしてあげるんだ。

 緊張でパサパサになってきた口の中から無理やり意識を逸らして、グッと拳を握りしめる。

 ……イチカちゃんは、普通そうだった。特に不安がっているようでもなければ、かといってこの店に来ることに慣れているような素振りも見せない。

 

「へー。実際に来るのは初めてだけど、思った通りおしゃれなお店だね?」

 

 イチカちゃんがこのお店を前にして不安がってないことに安心したような、がっかりしたような何とも言えない気分でぼーっとしてるボクに向かってイチカちゃんが笑いかけてくる。

 その事実を認識するのに一瞬遅れたことに慌てて、ボクはドキリと心臓が跳ねた感覚がした。

 

「そ、そうだね! この分ならスイーツとか料理も期待できそう、かな!」

 

 バレてないかな。バレてませんように。

 さっきまで考えていたことを見透かされでもしたら、恥ずかしいなんてものじゃない。

 だから、ボクは出来るだけ意識をこの後食べる美味しいものへ集中させようと笑みを浮かべる。

 けれど、やっぱりもしかしたらバレてたのかもしれない。それか、僕の笑顔がぎこちなかったのかも。

 なんでって、いつ見たって見惚れてしまうくらい綺麗な笑顔でイチカちゃんがボクの手をそっと握ってくれたから。

 

「なら早く行こ! フタバちゃん、ずっと楽しみにしてたんだしさ!」

 

 そう言って痛くならないしつんのめったりもしない、けれど力強さを感じるくらいの絶妙な力加減でイチカちゃんがボクの手を引く。

 ああ、やっぱり敵わないなあ。そんな言葉が喉元まで出かかったのを、寸前で飲み込む。

 そうだ。ボクはこの子を落とすって決めたんだ。だったら、こんないつまでも負け犬みたいな言葉を言ってるだけじゃだめだ!

 そうやって自分に強く言い聞かせると、不思議と頑張れそうな気がしてきた。

 手のひらは汗がにじんでるし、相変わらず口の中はパサパサだ。

 それでも、男なら引いちゃいけない時がある。

 ごくりと大した量もないツバを飲み込んで、ボクはボクの手を引くイチカちゃんの前へと躍り出た。

 

「うん! いっぱい楽しもうね!」

 

 今度は上手く笑えたかな。

 やることなんて美味しいものを食べるだけだ。それでも、折角こうしてイチカちゃんが用意してくれた機会なんだ。

 目いっぱい楽しんで、良い時間にしたい。イチカちゃんにも、そう思ってもらえるように一緒に楽しみたい。

 だから、ボクだってイチカちゃんが最高のひと時を過ごせるように頑張るんだ。

 そう決意して、ボクはイチカちゃんの手を引いてお店の扉をくぐった。

 

 

 結論から言うと、スイパラは最高だった。

 一口サイズなのにまるで宝石のようにオシャレなケーキの数々に、口に入れた途端溶けていくまろやかなプリン。甘さ控えめだけどさわやかな味が癖になるフルーツゼリーに、果汁100%の美味しいジュース。外はさっくり中はふわふわな焼きたてパンがいくつも用意されていて、用意されているジャムもそのどれもがすごく美味しい高級品ばかり。

 女の子の体になってそんな自分をそれなりに受け入れられるようになってから気になりだした体重とかカロリーなんてものは、その美味しい宝石達の前でボクの足を止めるには余りにも重さが足りなかった。

 

「うぅ……食べすぎちゃったかも……」

 

 そんなわけで、詰め込めるだけ美味しいものをお腹の中に詰め込んだボクは重たいお腹と身体を引きずりながらイチカちゃんに手を引かれて歩いていた。

 正直ちょっと気持ち悪い。調子に乗って食べ過ぎた自覚はあったけど、それにしたって食べ過ぎた。

 

「もー。だから程々にしておきなって言ったのにー」

 

 呆れたような、けれどどこか楽しそうな表情で笑いながらイチカちゃんがボクを近くのベンチへと座らせてくれる。

 ちょっと歩けば腹ごなしになるかと思っていたけど、もうそんな領域ですらない位に食べ過ぎていたらしい。さっきからお腹が重たい感覚が全然抜けなくて、動くのも億劫だった。

 そんなボクの状態をちゃんと理解して座らせてくれるイチカちゃんには、本当に敵わないと思ってしまう。

 なんて、ボクの考えていることを知っているのかいないのか。イチカちゃんはそのままボクの隣にそっと座ってきた。

 ふわりとイチカちゃんの香りがボクの鼻をくすぐる。それだけで、ボクの心臓は小さく跳ね上がる。

 そっとイチカちゃんの手がボクの手の上に重ねられる。心臓はさらに大きく跳ね上がる。動くのも億劫だと感じているくせに、心臓だけは胸の中で元気に跳ね回っていて今にも口から飛び出してきそうだ。

 もしかして、この心臓の音もイチカちゃんに聞かれちゃっているんじゃないか。なんて、馬鹿みたいな心配事が頭を埋め尽くす。スイパラに入る前みたいに手のひらに汗がじっとりとにじんてくる。

 どうしよう。カッコつけたいけど、ここからどんなことをしたらカッコつくのか全然想像がつかない。それくらいには頭の中がパンパンだ。

 

「スイパラ、楽しかったね」

 

 すぐ耳元でイチカちゃんの柔らかな声がボクの鼓膜を震わせた。

 けれど、処理落ちしているポンコツなボクの頭でもその言葉への返事はすぐに浮かんでくる。

 

「うん。とっても楽しかった。ありがとう、イチカちゃん」

「フタバちゃんが楽しんでくれたんだったら、私も頑張った甲斐はあったかな」

「もう最高だったよ! どれ食べても全部美味しいしさ! 行けるんだったら毎日だって行きたいくらいだもん」

「あっはは! 毎日行ってたらあっという間にお金なくなっちゃうし、太っちゃうよ?」

「どうせ正実の活動でその分のカロリー消費するもん。大丈夫だよ」

 

 イチカちゃんの軽口に、そんな軽口で返せばイチカちゃんが目を開いて頬を膨らませてくる。

 

「それ、出動するたびにトラブル起こすって言ってる?」

 

 イチカちゃんの言葉に、今度はボクが頬を膨らませる番だった。

 

「人聞きが悪いなあ。ボクがトラブル起こしてるんじゃなくて、向こうから勝手に寄って来るんだってば」

「ホントにー? フタバちゃん、すぐカッとなって撃つからなー」

「あー! それを言ったら今日だっていきなり最初にぶっ放したのイチカちゃんじゃん!」

「あ、あれはアイツらがフタバちゃんを”あの名前”で呼んだからだもん!」

 

 ”あの名前”っていうのはまあ『魔女帚』のことだろう。

 そんな風に呼ばれていたのは、そんなに前のことじゃない。

 もしも今目の前に鏡があれば、そこには闇に溶けそうな紺色の髪をポニーテールにまとめた小柄な女の子が映ると思う。

 けれど、ちょっと前までボクはその髪をボサボサのまま伸ばし放題にして、目元も前髪で隠れているようなジメジメした生き物でしかなかった。

 ボサボサの髪は勿論、それ以外の身だしなみなんてものもかけらも意識しなかった当時のボクを指して、一部のトリニティ生がボクを『まるで魔女が使う箒みたい』と言ったのが魔女帚って名前の由来だったんじゃなかったかな。

 

「フタバちゃんはもう、あの頃とは違うのに……」

 

 ちょっと前のことに思いを馳せていると、不意にイチカちゃんの悔しそうな響きの混ざった呟きが聞こえてきた。

 けれど、ボクはなんだかそれがおかしくて思わず吹き出してしまう。

 当然、イチカちゃんが驚いたように目を見開いてボクの方を見る。それから、また不満げに頬を膨らませた。

 

「ちょ、フタバちゃん。今どこにも笑う要素なかったじゃん!」

「クスクス……ごめん。でもなんか、本当に色々あったなあって思ってさ」

 

 笑いながらそう言って、ボクは()()がキヴォトスで生まれたあの日のことを思い出す。

 始まりは、本当に最悪と言って良かったと思う。

 今思い出しても、あの頃は本当に辛かった。

 けれど、今はもう辛いだけの記憶じゃない。いや、辛いだけの記憶のままじゃあ苦しいんだ。

 だから。

 

「ねえイチカちゃん。ちょっと、思い出話でもしようよ」

「思い出話……?」

「うん。()()が目を覚ましてから、こうして()()()と一緒にいられるようになるまでのこと」

 

 この苦く重たい記憶も、笑って話せる想い出に変えられるように。

 お腹の中の美味しいものと一緒に、イチカと話しながら消化していこうと思った。

 そんなオレの考えていることに気づいてくれたのか、イチカは目を閉じてゆっくりと頷く。

 

「うん。()がそうしたいなら、私は付き合うから。いっぱい話そうか」

 

 ああチクショウ。やっぱりコイツ、良い女だよ。

 そんなちょっとばかりの敗北感を飲み込んで、オレは小さく息を吸い込む。

 そうして、キヴォトスで目を覚ましたあの時のことを思い出しながら話し始めた。

 

「あの時は本当に──」




次回からフタバくんちゃんが目を覚ました頃に時系列が戻ります。
恐らく相当ストレスフルな展開が続きます。
付いてこれる人だけ付いてきてくれ。
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