渡世フタバは仲正イチカを落としたい   作:笹の船

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選択肢

 残念なことに、俺は意識を失っただけだった。

 目が覚めた時にまたあの無機質な病室が視界に入ってきたことで、俺はそれを悟った。

 前に目が覚めた時と違ったのは、傍にイチカちゃんがいなかったことか。

 ……それでいいと思う。本当はとうに渡世フタバという人間は死んでいたはずなんだから。

 ここにいるのはその体と名前を乗っ取った死にぞこないの化物だ。

 俺のことなんかさっさと忘れて、イチカちゃんは幸せに生きればいいと思う。

 

「……寒い」

 

 冬ではなかったはずだけど、妙に寒かった。点滴を打つために毛布の外に出された腕が──掌がとてつもなく冷たく感じた。

 毛布をかぶりなおそうにも、点滴が邪魔だったし頭も痛い。

 仕方がないから我慢をするしかなかった。

 

 

 

 それから数日後、俺は退院した。

 建物のそれなりの高さから思いっきり落ちたにしては回復が早すぎると我ながら思ったけれど、そもそもが銃弾を受けて死なない世界だ。

 もうそういうものだと割り切ることにした。

 それからはまたあんなことが起きる前と同じ日常が始まった。

 あんなに嫌だった女子の制服を着ることも、学校へ向かうことも前ほどつらく感じなかった。

 銃声を聞いたら流石に体がびくりと震えるけれど、それでも自分に向けられたものではないと分かればすぐにどうでも良くなった。

 でも、自分の銃をカバンの奥から取り出すことだけは出来なかった。

 これを握ってしまったら、何かまた取り返しのつかないことをしてしまいそうで。それが怖かった。

 それにカバンの中に見えた自分の銃のグリップに指先が当たった時、思わず考えてしまったんだ。

 これでうるさい奴らを黙らせてしまえば、って。

 怖かった。あの日、目に映る奴ら全員を──イチカちゃんを殴って楽しさを覚えてしまったあの感覚がふいに蘇ってしまったのが。

 先に仕掛けてきた奴らに対してだけなら、なんてそれっぽい理由まで頭の中で作っている自分がいることが。

 キヴォトスでは銃弾を食らっても、それこそ俺の知る日本で大怪我になるようなダメージを受けても大した怪我にならないのは確かだ。

 でも、あの日のように訳も分からず暴力を振るい始めてしまったら。その時、自分の手の中に銃があったら。

 今度こそ、誰かを殺してしまうかもしれない。

 何より気持ち悪いのが、そんな風に人を殺してしまったら。なんてビビってるくせに一方ではどうやったら相手が死んでしまうかをずっと脳内でシミュレーションしてることだ。

 目に押し付けながら銃を撃ったら? 口の中に銃口を突っ込んで撃ったら? 耳の穴は? お腹は?

 殺したくない。殺してみたい。そんな矛盾した考えが頭の中をずっとグルグル回っていて、気が変になりそうだ。

 だから、カバンの中の銃には触れなかった。触ってしまえば、今度こそ俺は化け物になってしまうと思ったから。

 学校の射撃の授業ですら、銃を触れなくなった。

 ああ、そうだ。あんなにあったいじめはあれからぱったりと途絶えた。むしろ、道行く生徒達から距離を取られるようにすらなっていた。

 どうも、あの日不良生徒を片っ端から殴り倒したことに尾ひれがついて噂として流れているらしい。

 でも逆に好都合だった。おかげで平和な学校生活を送れている。

 ……イチカちゃんともあれから会ってない。

 ひとりぼっちの生活だけど、おかげで転生してから一番穏やかな日々を送れているといっていいと思う。

 食事や身だしなみはどんどんひどくなる一方だったけど、別に構いやしなかった。

 

『渡世フタバさん。進路指導室まで来てください』

 

 ある日、放課後になったら不意に校内放送で呼び出された。

 一体なんだ、と思いながらも断る理由もないのでノロノロと帰り支度を済ませてから進路指導室に向かう。

 廊下を歩くだけで俺にいくつもの視線が投げかけられる。

 そのほとんどが気味の悪いものを見るような視線だ。

 

「うわ……”魔女帚”だ」

「きったな……ホントに掃除用具みたいじゃん」

「バカ……! 聞こえたらどうするの、殺されるよ!」

「不良集団を素手で半殺しにしたんだって……何人かはほんとに死んじゃったとか……」

「犯罪者じゃん……ヴァルキューレは何してんのさ」

 

 視線から感じ取れる感情を裏付けるような陰口が耳に飛び込んでくる。が、特に何も感じなかった。

 尾ひれがついているにしても、ほとんど事実だからだ。

 だから、思わず小さく笑ってしまった。お前等の言う通りだよなって。

 

「ひっ……笑った……!?」

「ヤバいよ殺される……!」

「に、逃げよ!」

 

 ああ、これは便利かもしれない。こうすればウザいバカどもは寄ってこない。

 逃げていく他の生徒を横目で見ながら、そんな風にすら思った。

 あと魔女帚ってあだ名をつけた奴はセンスがあると思う。

 今の俺は髪も伸び放題で、ロクに櫛で梳かしてもいないのだ。使い込まれて毛先が暴れ始めた箒と言われればその通りな見た目だと思う。

 そんなことを考えながら進路指導室に着いた俺は、ノックもせずにドアを開ける。

 

「来たか」

 

 そこには難しい表情をした生徒会長(ハスミ先輩)と剣先ツルギ先輩がいた。

 

「……お前、変わったな」

 

 開口一番、剣先先輩がそんな言葉を投げかけてくる。

 が、俺は特にそれに返事をしようとは思わなかった。

 

「……今日は何の用ですか」

 

 我ながら笑ってしまいそうになるほど抑揚も、覇気もない声が口から漏れる。

 本当は一言だって話したくなかったけれども、話を進めないと俺は帰れない。

 そんな俺の考えが伝わったのか、生徒会長が息を吸って俺の目を真っすぐ見つめてきた。

 とっさに視線を逸らす。その視線には、俺がキヴォトスに来てからほとんど感じられない真剣な気持ちが感じられたから。

 

「単刀直入に言います。渡世フタバさん。学校はあなたを停学処分にしたいと考えています」

 

 停学。言われてみればそりゃそうだ。むしろ、どうして入院中にその処分が下されなかったのか。

 何もかもどうでも良かったし、そういう話もされなかったから惰性でこれまでのルーティン通りに動いて学校に来てた。

 でも、やったことを考えれば最低でも自宅謹慎とかあったって良かったはずだ。

 

「……事件が起きてからそれなりに日にちの経った今でも、処分を下されないのはイチカがあなたを庇ったからです」

「っ……!」

 

 イチカちゃんの名前が出てきたことに、自分でも言語化出来ない感情が沸き上がる。

 

「彼女とあの場に倒れていた不良生徒達の証言から、私達もすぐに処分をするべきではないと考えています。少なくとも、あの状況では正当防衛の範疇と言えるでしょう」

 

 生徒会長の言葉に、一気に目の前が赤くなった。

 

「なにが! 何が正当防衛だ!! あれだけ周りの人を──イチカちゃんをボコボコにしておいてそれの何がッ!!」

 

 言いながら、適当を抜かす目の前のヤツ黙らせようと飛び掛かろうと床を蹴って──。

 拳を引き絞ったところで我に返る。俺は今、一体何をしようとした……?

 息が苦しい。気分が悪い。

 あれだけ誰かを傷つけるくらいなら、なんて言っておいて頭に血が上った瞬間これか……?

 とんだ笑い話だ。

 

「う”……ぉぇっ……! ゲホッ……!」

 

 胃袋がひっくり返るようないつものあの感覚。目に涙がにじんで、苦しさに胸を抑えるようにしてその場にうずくまる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 大丈夫なわけないだろ。見て分かれよ。

 そんな言葉すら、こみあげる吐き気を抑える為の呼吸で精いっぱいの俺には言えなかった。

 けれど、そんな俺に生徒会長は容赦なく言葉を続ける。

 

「あなたには二つ、選択肢があります。一つは、学校側の要求に応え停学すること。ただ、その場合停学期間中に問題を起こせば即座に退学処分になります」

 

 息をするだけで精いっぱいの俺に、会長の言葉の意味をしっかりと飲み込む余裕はない。何かを言っているのは分かるし、言葉自体は頭に入って来るけど文章の内容を理解する余裕がない。

 それでも会長は続ける。

 

「もう一つは生徒会に入ること。そして、飛び級出来るだけの成績を残してもらうことです」

「ハァ……ハァ……ぁ?」

 

 今、コイツなんて言った?

 呼吸が少しずつ落ち着いてきたおかげで、なんとか俺は顔を上げて目の前に座る会長を見上げることが出来た。

 会長と目が合う。その目は、どこまでも真剣なものだった。

 

「短い時間ですが、渡世フタバさん。あなたは生徒会に入るべきだと思いましたよ」

「何を……言ってんだ……?」

 

 正気の沙汰じゃない。暴力沙汰を起こした問題児を、生徒会に入れる? 一体どうしてそれが停学処分の対の択になるんだ。

 そんな俺の疑問に答えたのは、ずっと黙って立っていた剣先先輩だった。

 

「お前、自分がまた我を失って人を傷つけるのが怖いんだろう? なら、話は単純だ。止められる人間の目の届く場所においておけばいい」

「もちろん、学校や事情を知らない生徒達はそれでもいい顔はしないでしょう。ですが、生徒会に入ればある程度は融通を利かせられます。飛び級も休学によって生じた遅れを取り戻すだけで構いませんし、その為のサポートも生徒会なら可能です」

 

 何を、何を言っているんだコイツらは。

 今聞かされた話の内容が突拍子もなさ過ぎて、脳が理解を拒否しそうになっている。

 

「どうして、という顔をしていますね」

 

 どうやら、顔に出ていたらしい。が、当たり前だ。

 前科持ちの生徒を生徒会に引き入れて、あまつさえ停学処分を避ける為にこれほどまでに手を尽くしてくるなど意味が分からない。

 まして、俺は生徒会と関わりがないのに。

 そんな俺に、生徒会長はさも当然です、と言った顔で答えた。

 

「私は生徒会長です。学校にいる全ての生徒が健全に過ごせるように尽くすのが仕事ですよ」

 

 つまり偽善か。そんなどろりとした気持ちが心の中に湧き上がってきたその時だった。

 不意に、生徒会長の表情が困ったような、それでいて穏やかなものに変わった。

 

「すみません、今のは建前です。本当は、可愛い後輩が落ち込んだままなのを放っておけなかっただけなんです」

 

 生徒会長の言葉に、俺は今日何度目かの間抜け面を晒したことだろう。

 可愛い後輩っていうのは、一体誰の話なんだ……?

 心当たりがないでは(心当たりしか)ない。でも、それが誰なのかを突きつけられたくない。

 そう感じた瞬間、猛烈にこの部屋から逃げ出したくなった。

 力が抜けそうになる体に心の中で喝を入れながら、俺は立ち上がる。

 もう、一秒だってこの部屋にいたくない。

 そんな俺の内心に気が付いたのか、会長は微笑んだ。

 

「今すぐ答えろ、とは言いません。ですが、余り猶予をあげることも出来ません。三日後、またここで会いましょう」

「……失礼します」

 

 震える声でそれだけ吐き捨てて、今度こそ俺は逃げるように進路指導室を後にした。

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