渡世フタバは仲正イチカを落としたい   作:笹の船

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かすかなともし火

 訳も分からないまま走り続けてどのくらいが経っただろう。

 気が付いた時、オレはトリニティの自治区を流れる川に沿うように作られた遊歩道の真ん中にいた。

 流石にずっと走り続けてきたせいで、息が荒い。けれど、あんなに引きこもったり入退院をしていたくせにあっという間に息が整っていく。

 自分の体ながら気味が悪くて、そんな体に”オレ”を押し込めた誰かが憎くてたまらなくなる。

 何とか手ごろに殴れそうなヤツでもいないか、と辺りを見回すけれどあいにく誰もいない。

 いや、誰かが来る。

 オレの聴覚が軽やかに地面……いや、壁か? とにかく何かを蹴ってこっちに近づいてくるヤツの物音を捉えていた。

 何でもないようなふりをしてそちらを振り返れば、ちょうど剣先ツルギが猫のように器用に地面に着地したところだった。

 

「……思いっきり走って気が済んだか?」

 

 開口一番、挑発とも取れるような言葉を剣先ツルギが投げかけてくる。

 挑発じゃないかもしれない。でも、何だっていい。

 

「あいにく、ちょうど誰かをぶん殴りたくてたまらない所だったんだ」

 

 拳を固める。相手との距離はおおよそ数mってところか。10mはない。

 それくらいの距離、今なら多分一瞬で詰められる。

 そんなことを考えている時だった。剣先ツルギがオレに向かって何かを投げてきた。

 

「忘れものだぞ」

 

 ガシャン、という音共に俺の足元に落ちたのはカバンの奥底に突っ込んであった俺のハンドガンとマガジン2本だった。

 一体何のつもりだ、と視線をあげてみれば剣先ツルギはいつの間にか両肩にレバーアクションの銃……ライフルなのかショットガンなのかどっちか分からんがともかくそれを担いでいた。

 

「……オレとやり合おうってのかよ」

「違う。お前を大人しくさせに来た」

 

 剣先ツルギの言葉に目の前が再び赤くなるような怒りが沸き上がって来る。

 コイツ、あろうことかオレを舐めてやがる。ふざけやがって。

 投げられたオレの銃を拾って、一緒に投げられたマガジンの片方を差し込みコッキング。チャンパーに銃弾を送る。余ったマガジンはスカートと腰の間に差し込んだ。

 オレの銃はキヴォトスでなんていうかは覚えてないが、少なくとも前世ではベレッタ社のM9だ。装填数15発。マガジン2本だから合計30発。

 十分だ。これだけあれば目の前のクソを殺してやれる。さて、どんな風に撃ち殺そうか。

 

「クッ……クク……!」

 

 想像するだけで愉快になってきた。オレを舐めた奴をボロ雑巾みてぇにして、命乞いしてるところを撃って殺してやるんだ。

 

「くひっ……!」

 

 不意に、笑い声が聞こえた。オレが漏らしたような、声をあげて笑うのをこらえたかのような詰まった笑い声。

 見れば、さっきまでとはまるで別人のように歪んだ笑みで顔をいっぱいにした剣先ツルギがこちらを見つめていた。

 気に入らない。今この場で笑うのはオレの方だろ。

 

「テメェ……調子にのってんじゃねえええええええっ!!」

「さあ! 暴れる時間だ!」

 

 オレがキレて飛び出すのと、狂気を顔面に張り付けた剣先ツルギが飛び出すのはほとんど同時だった。

 先に撃ったのは剣先ツルギの方だ。狙いは正確で、オレの顔面のど真ん中を狙ってきていた。

 が、オレにはその狙うまでの動きがよく見えた。だから、最小限の動きだけで射線から外れるようにステップを踏む。

 銃声が鳴り響いて、オレの頬を銃弾がかすめる。ちょっと大きめに避けたつもりだったがそれでも弾がかすめるってことはショットガンなんだろう。

 お返しのつもりでオレも銃口を向ける。狙いは目だ。いくら体が頑丈なキヴォトスの生徒でも、流石にここを撃てばひとたまりもないだろ。

 が、引き金を引くよりも早くオレの腕が何かに弾かれた。

 

「っ!?」

 

 何が起きたか、オレの目はハッキリと捉えていた。

 コイツ、撃った後のショットガンでオレの腕をぶっ叩いてきやがった。しかも撃ってない方のショットガンで狙いをつけて来ている。

 マズい、と思って思い切り横方向へ飛ぶ。その直後にオレのいたところの後ろにあった川への転落防止用の柵が銃弾を浴びせられてひしゃげた。

 横に跳んだ勢いのまま、オレは引き金を3回引く。狙いは当然頭だ。そして、照準はしっかりと剣先ツルギの頭にピタリと合わせられている。

 が、当たらない。ヤツは軽く一歩横にずれながら首を傾けるだけで俺の射撃をかわした。

 そんなことは想定内だ。とはいえ腹が立つ。

 内心で舌打ちをしながら地面を転がりつつも引き金を引く。一発しか撃てなかったがけん制の為だ。何発も撃つ必要はない。

 

「きひぇぇああああああ!!」

 

 今まで見てきたアイツは別人だったのか、というくらいには気味の悪い奇声をあげながら剣先ツルギが真上に大きく跳躍して俺の撃った弾を避けた。

 だが時刻は既に夕方だ。真上に跳ばれたって太陽で目が潰れるなんてことはない。

 バカめ。空中では身動きなんて取れやしないのに。

 膝立ちの姿勢で銃を構えながら集中をする。世界がスローになって、相手の辿るであろう軌道がハッキリと分かった。

 流石にただのバカではないようで、向こうも銃口をこちらに向けようとしているのが分かった。

 でもオレの方が早い。引き金を引く。

 銃声。

 

「ぐがっ!?」

 

 狙いは完璧。剣先ツルギは空中で大きくのけ反って、背中から地面に落ちていく。後は地面に叩きつけられたところを追撃して終わりだ。

 追い打ちをかけようと駆け出していたオレはその瞬間までそう思っていた。

 再び銃声。

 

「がっ……はっ!?」

 

 腹を思い切り何かに殴りつけられたような衝撃を受けて、体が後ろに投げ出される。

 何が起きた……?

 痛みで揺れる視界の中、腹を押さえながらなんとか後ろ受け身を取りながらヤツのいる方を見る。

 

「くすぐってぇじゃねぇか!」

 

 そこには背中から地面に叩きつけられたのであろう姿勢のまま銃口だけをこちらに向けていた剣先ツルギがいた。

 冗談だろ、脳天ど真ん中ぶち抜いたんだぞ。それがくすぐってぇだと!?

 

「ふ……ざけんなァ!」

 

 吐きそうな気分のまま、銃を構えて倒れたままの剣先ツルギに向けて引き金を何度も引く。

 が、まるでそれを読んでいたかのようにヤツは起き上がってオレの銃撃をかわす。

 ムキになって引き金を引けば、何発かは剣先ツルギに当たった。なのに、コイツと来たらまるで気にも留めずに突っ込んでくる。

 距離を詰めながら剣先ツルギの銃口が再びオレを狙う。でも、オレはギリギリまで回避せずに待った。

 ショットガンは近寄れば近寄るほど火力が上がる。それは、裏を返せば向こうもギリギリの距離まで撃たずに待つということ。

 なら、いっそこっちから詰めてしまえば? 銃が撃たれるよりも前に、相手の銃口の内側に移動してしまえば銃弾は絶対に当たらない。

 何を馬鹿な理論を、と思う。でも、今ならやってやれないことはない。そんな確信があった。

 そして、そんな確信をもって地面を蹴とばす。耳元で鼓膜が馬鹿になりそうな轟音が響くが、無視をして銃を構えた。

 目の前にはすれ違っていく剣先ツルギの顔がある。この距離なら外さない。

 なのに、俺は撃てなかった。

 

「クソッ……がぁ!!」

 

 オレの手の中にあったのは、弾を打ち尽くしてスライドストップした銃だったからだ。

 悪態をつきながらそのまますれ違いつつ距離を取る。

 残りのマガジンは一本だ。それを取ろうと、手を後ろに回す。

 スカートと腰の間に差し込んでいたそれを引き抜きながら、反対の手でマガジンストップボタンを押しつつ手首をひねって空のマガジンを銃から放り出した。

 が、それを黙って見ていてくれるほど相手も優しくはない。

 相変わらず気味の悪い笑みと笑い声をあげながら突っ込んでくる剣先ツルギの姿に、思わず顔をしかめながらもその行動をよく見る。

 動き自体はそこまで複雑じゃない。距離を詰めて来てから発砲。それの繰り返しだ。

 ならこっちも同じようにギリギリまで引き付けてから避ければいい。一回避けてしまえば新しいマガジンを銃に装填する余裕くらいはある。

 そう思ってまた相手が突っ込んでくるのを見ながらギリギリのタイミングになるまで待とうと思ったその時だった。

 

「きぇぇああああ!」

「ッ!?」

 

 まだ全然距離があるはずなのに、剣先ツルギは銃を撃ってきた。

 予測が外れ、一瞬思考が止まる。それでも咄嗟に顔だけでも守ろうと腕を顔の前で交差させて防御の態勢を取った。

 それとほとんど同時に腕と胸辺りに強い衝撃が走る。痛みもあるが、手に持ったものを手放すほどじゃない。相手とオレの間に距離があったからだろう。

 そのことにちょっとだけホッとして、守りを解いて顔をあげた。それが良くなかった。

 既に目の前には蹴りを繰り出している剣先ツルギの姿がある。

 ハッキリと分かった。これは避けられないし、ガードも間に合わない。

 

「ガッ……!!」

 

 怖い、とか腹が立つ、とか。そういう感情が湧く暇もなかった。

 強烈な衝撃と痛みがわき腹に走って、無理やり空気を吐き出させられる。

 その場で堪えることも出来なくて、オレの体は横へふっ飛ばされた。

 それだけじゃなく、背中が何かに叩きつけられた。その衝撃で思わず握っていたマガジンを手放してしまう。

 目の前がチカチカする中、チャポンという音が聞こえた気がした。

 背中が痛い。というか、全身が痛い。なんでこんなことになってるんだっけ……?

 

「もう終わりか?」

 

 声がした。()()()()()の声だ。

 体中に走る痛みで顔が歪むのが分かる。それでも、顔をあげた。

 ──目の前に銃口があった。命を刈り取る穴だ。

 思わず、()は体をびくりと震わせる。殺される、そう思った。

 でも、不思議と安心感にも似た諦めの感情が湧いてくる。

 だって、ついさっきまでの自分の行動は全部覚えていたから。

 フィクションなら、こういう暴走した時の記憶なんてなくなってることの方が多いのに。どうして覚えているんだろう。

 まあ何でもいい。これで死ねるなら。殺されるに足る理由も作っちゃってたことだし。

 そんなことを考えていたら、目の前の銃口が下ろされた。

 

「……?」

 

 訳も分からず、ただ茫然として目の前に立つツルギ先輩を見上げる。そこには、さっきまでのイカれた顔と声をあげてた先輩はいなかった。

 三日前に進路指導室で見た、落ち着いた雰囲気の先輩が小さく息を吐く。

 

「お前は、どうしたい? 停学になるか、生徒会に入るか」

 

 ツルギ先輩の問いかけの意味が分からなかった。いや、言葉の意味は分かる。今この場でその質問をする意味が分からない。

 そんな俺の様子に気が付いたのか、ツルギ先輩は小さく笑った。

 

「お前がさっきみたいに暴走しても、私が止められる。それはよく分かっただろう」

「…………24時間365日俺と一緒にいるわけにはいかないでしょ。その時に暴走したらどうすんですか」

 

 絞り出せたのは、そんな言葉だった。

 けれど俺の言葉にツルギ先輩はしゃがみ込んで俺と視線を合わせてからこういった。

 

「そうなったとしても、お前は最後の一線は越えずに我慢できるだろう」

 

 余りにも真っすぐな先輩の物言いに、心が痛くて目を逸らした。

 俺は、俺はそんなに立派な人間じゃないんだ。

 

「お前は、学校からここまでの間に誰も傷つけなかった。暴走した時、最初にしたのはイチカを助けることだった。……お前はお前が思っている以上に、自分をコントロール出来ている」

 

 その言葉に、体が痛むのも忘れて目の前の先輩に掴みかかる。

 

「そんなっ……! そんなわけあるか!! だったら、だったら何であの時()()はイチカちゃんをあんなにした!! ボクがあんなことしなければ、イチカちゃんだって……!!」

 

 あれから何かあれば、あの時のことを思い出してしまう。

 ボクを止めようとしてくれてた目の前の人が、イチカちゃんだと気づかないままに拳をふるった時のこと。

 最初は当たらなかったボクの攻撃が当たるようになった時の達成感、優越感。

 イチカちゃんを倒してとどめを刺そうとした時の征服感。その全部が、気持ちいいって感じたこと。

 そして、さっき戦う前に考えてたみたいな「こんな風に動けば、コイツを殺せるな」って思った時に楽しく感じてくるあの感覚。

 全部がおぞましい。そんなことを考えてしまうボクが、それが出来るかもしれないこの力が。

 それをおぞましいって言いながら、そういうことを考えずにいられない自分自身が。

 

「暴れたい、と思う気持ちを否定することはないんじゃないのか」

 

 そんなボクの心を覗いたみたいに、ボクを見下ろすツルギ先輩がそういった。

 

「そんなこと……」

 

 ない、って言えなかった。ボクと戦ってた時のツルギ先輩のことを思い出したから。

 復学してすぐ、通学路で不良に絡まれた時に「停学させられた」と言われていたことも。

 もしかして、と思って掴んでいたツルギ先輩の制服を離しながら視線をあげる。

 

「私も、抑えが利かない時期があった。だから、お前の気持ちを少しは分かってやれるつもりだ」

 

 ボクの心の中に、ほんの少しだけ希望の火が灯ったような気がした。

 いいんだろうか。ボクは、この人達の傍にいても。

 そうしたら、いつかまた誰かを──イチカちゃんを傷つけたりすることもなくなって、ここにいていいってちゃんと言って貰えるのかな。

 

「私も、暴れるくらいしか能がない。それでも、自分の力を活かせる場所が見つかった。お前にだって見つかるはずだ」

「…………………」

「ほら、帰るぞ。どうするかは、その間に考えればいい」

 

 黙り込むボクに、立ち上がった先輩が手を差し伸べてくれる。

 その手を取るか、悩んだ。

 いや違う、悩んだんじゃない。勇気が出なかったんだ。この手を取るかどうかで、明日からのボクの生活は大きく変わる。

 変化は、いつだって怖い。先に何があるか分からないから。

 だから、ボクは──

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