「チッ……! うわっ!?」
手の中のハンドガンがスライドストップした音に舌打ちした。
その直後、真横を散弾がかすめていったことにビビって思わず身体をすくめながら目を閉じる。
マズい、と思って慌てて目を開けた時にはもう遅かった。
視界一杯に銃口が広がったのを見て思わず後ずさるけれど、後ろに下がろうと動かした左足が右足にひっかかった。
結果、バランスを崩した俺は無様にも尻もちをついて隙を晒すことになった。それは、戦いの中においては致命的過ぎる隙だ。
やられる、と思ってまた体をすくめる。顔を僅かに銃口から逸らして、目を閉じそうになるのを必死に堪えた。今度はうっすらでも目の前の銃口から目をそらさずに済んだ。
そうして怖くてたまらない気持ちを必死に押さえつけながら視界の端で銃口を睨みつけていると、不意にその銃口が下げられた。
視界の隅を陣取っていた銃口が下げられると、息も切らすことないまま涼しい顔をしたツルギ先輩がそこにいた。対する俺の方はすっかり忘れていた呼吸を思い出してぜえぜえ言っている。
「ここまでにするぞ。……動きは相変わらず悪くはないな」
それ以外はまだまだだな、とは口に出されなかったけれどその視線が何よりも雄弁にそんなツルギ先輩の内心を語っていた。
「動き以外はダメダメだって言いたいんすね」
だから思わずそんな嫌味が口をついて出るのも仕方のないことだろう。
こっちだってやりたくもないことをやらされているんだから。
「私だってお前が戦うことがそれほど好きじゃないことは知ってる。だが──」
「暴走しないようにするためにもある程度戦えるようにならなきゃいけない、でしょ。……分かってますよ」
俺の反論に、ツルギ先輩は肩をすくめてため息を吐くだけだった。
飛び降りをしたイチカちゃんを助けて、その後にツルギ先輩にボコボコにされたあの日から一か月くらいだろうか。
俺は三中の生徒会所属ということになった。といっても、別に生徒会としての活動には基本的に参加していない。
今まで通りの授業への参加に加え、放課後は飛び級をする為の補習……いや、用意されたBDを使っての自習をしつつ、三日に一度のペースでツルギ先輩と一対一の戦闘訓練をやらされている。
戦闘訓練についてはこれまでの俺が暴走した時の状況から、少なくとも一番最初の時のようなシチュエーションで暴走をすることを避ける為に必要だとツルギ先輩の方から持ち掛けたものだ。
それ自体に異論はなかった。俺があの時もう少しでも戦えれば、イチカちゃんがあんなに傷つくこともなかっただろうから。
ただ、だからと言ってこうして銃を向け合って撃ちあうことが好きになれるわけもなかった。
「私の視線や立てる音に対する反応、それからそれを読んだ上での射撃は正直今の段階でも私からすれば厄介だ」
空になったマガジンを銃から引き抜いてポケットにしまう俺に向かってショットガンを肩に担いだツルギ先輩が話しかけてきた。
そんな先輩に視線だけ向けながら手の中にあるハンドガンのリリースレバーを下ろしてホールドオープンを解除した。
小気味良い音と共に勢いよくスライドが戻った時の軽い反動が腕に伝わるのを感じながら、銃を身に着けていたショルダーホルスターに収める。
「だが残弾数の管理がまだ甘い。初めて戦った時もそうだったが、いざという時になってから弾切れであることに気づいて隙を晒すのは早めに直した方が良いぞ」
「残弾数は体に叩きこめ、でしょ。もう散々聞きましたよ」
「なら、早く直せ」
それが出来ないから苦労してるんだろうが、という言葉を必死で飲み込む。まあ、代わりに大きな舌打ちの音を響かせちゃったんだが。
「そもそも、こうして戦えてるだけでも褒めて欲しいんすけどね。ちょっと前まで銃声聞くだけでもゲロ吐いてたんですけどこっちは」
正論勝負では分が悪いのは分かっていた。だから感情的な話を持ち出したわけだが、それはそれとして本心でもある。
正直な話、今だって戦闘前はトイレに駆け込むか悩むくらいにはえづくんだ。呼吸も何となく上手くできないし、逃げ出したくってたまらない気持ちになる。
「それでも、変わりたいって望んだんだろう。イチカの為にも」
「…………」
感情的な話でも勝ち目はなかった。見事なまでのツルギ先輩からのカウンターに、今度こそ俺は何も言えなくなって黙り込む。
あの日以来、イチカちゃんは学校に来ていないらしい。
無理もないだろう。俺だって似たようなものだった。
……ただ、俺の時と違って俺がイチカちゃんの家に行ったことはない。
大体そもそもの原因になった俺が、一体どの面を下げて行けばいいのかわかりゃしない。
だから、せめてもうイチカちゃんに守ってもらわなくてもいいようにならなきゃいけない。
そうすれば、イチカちゃんは俺から解放される。俺の為に悩んだりする必要がなくなる。
思わず右手を握りこめば、冷たくなった指先が手の平に当たったのが分かった。
「……ほら、上がるぞ。ストレッチと銃の整備はちゃんとやっておけ」
「……ありがとうございました。お疲れ様です」
どんなに気分が落ち込んでいようが、仕事が終わったりしたら上司に対して出るようになった呪文が口をついて出る。それを聞いたツルギ先輩が俺に背を向けて演習場を後にした。
そうだ。どんなに嫌でもやらなきゃならない。この世界で、一人で生きて行けるようになるためにも。
イチカちゃんがいなくても生きて行けるように。あの子に、これ以上辛い思いをさせない為に。
……そんなのは偽善だ。ただの建前だ。
分かってる。本当はそんなあの子を思ったが故の理由なんかじゃないって。
イチカちゃんが傷つくのを、苦しむのを見たくないだけだ。それが自分のせいじゃないって思えるようになりたいだけだ。
俺にはもうどうしようもなかったって、言い訳したいだけ。やれるだけのことはやったけど、やっぱり駄目だったって認めてほしいだけだ。
でも、今の状態じゃそれすらできない。楽になることすら許されない。
楽になれるんだったら、この下らない戦闘訓練くらいはいくらだってやってやる。
だから。
「赦して……助けてよ……」
誰に赦されたいのか。助けてほしいのか。自分でも分からないそんな呟きが一人っきりになった演習場の空気の中へバラバラになって消えていった。