「ボランティア?」
「はい。アイリス第3中学校の生徒として、地域貢献のボランティアをやる必要がありまして」
放課後に生徒会室隣の空き教室で独りで自習したり、ツルギ先輩にしごかれる日常にちょっとだけ慣れてきた頃だった。
いつものように自習室(と俺は呼んでいる)に入ろうとした俺をハスミ会長が呼び止めてきた。
聞くに、生徒会としてボランティア活動に参加しなければならないとのことだった。
体裁上は俺も生徒会役員だから、俺だけ特別扱いという訳にはいかないのだろう。
「すみません、フタバさんには無理を強いることになりますが……あまりあなただけを特別扱いするわけにもいかず」
申し訳なさそうな二つの目が俺を捉える。その視線や声から伝わる感情に嘘偽りはなさそうだ。
最近分かったのは、感じる視線や聞こえる声だけで相手の感情を読み取れるわけじゃないってことだ。
あくまでその視線や声色に俺が悪意や敵意を感じられるかどうか、という範囲でしかないような気がしている。
前世で男だったときから何となく「今見られてるな」って思ってた感覚が明確になったというか。まあそんな感じだ。
閑話休題。とにかく、会長からはそういうネガティブな何かを感じなかった。
だからこそ、俺のことを貫くようなその真っすぐな視線が痛く感じて会長から目を逸らす。
「まあ、よっぽど無茶なことじゃなければいいですよ」
本音を言えば断りたい。だが、断ったところで俺の立場が悪くなるのは明白だ。
大体、こういうシチュエーション自体は別に初めてじゃない。前世で社会人やってた頃から何度もあったことだ。
任意という名の強制参加が義務付けられた会社の飲み会とかがいい例だろう。俺に参加するように伝えてきた先輩はどこか申し訳なさそうだったのを思い出す。それが男だったか、女だったか。
同年代だったのか、年上だったのか。もうそういう細かいところはぼやけて思い出せないけれど。
そんなことを考えていたら、会長がややホッとしたような表情してからこちらに微笑んできた。
「それは良かった。今度のボランティアは学区内のごみ拾いになります。どのエリアを担当するかは後程連絡しますね」
「了解っす」
ゴミ拾いか。ボランティア活動の代名詞みたいなやつが来たな。
そんなことを考えていたら会長が何かに驚いたかのような目でこちらを見つめて来ていることに気が付いた。
「……なんすか?」
「いえ……その。口調が少し、似ていると思いまして」
何の話をしているのか意味が分からなかった。俺は普通に了解の意を返しただけだ。
だが、その疑問はすぐに溶けることになる。
「……イチカが私達に受け応える時の言い方と似ていたんだ。ハスミ、ただの偶然に変な意味を見出そうとするな。フタバはフタバでしかないだろう」
ハスミ会長の傍にいたツルギ先輩がチラリと会長の方を咎めるような視線を寄越す。
「……すみません。フタバさん、今のは忘れてください」
ツルギ先輩にたしなめられ、ハスミ会長は俺に謝罪してくれた。
けれど、俺はなんて言っていいか分からなくなった。
少なくとも”俺”はイチカちゃんの口調が移るほどあの子と長く接してない。というか、そもそも俺自身がイチカちゃんがいる場面でイチカちゃん以外と話したことがないし、イチカちゃんが話しているところを聞いている余裕なんかもほとんどなかった。
だから、もしどちらかの口調が移ったのだとしたらそれは。
「……失礼します」
急激に気分が悪くなっていくのを会長と先輩に悟られないよう、うつむき加減になりながら俺は自習室の扉を素早く開けて体を滑り込ませる。
音が大きくならないよう、けれども最速で横開き式の扉を閉める。
それから早足でカバンを机の横に置いて、また大きな音が鳴らないように、けれども素早く椅子を引いて腰を下ろした。
そうして腰を下ろし切ったところで、それまでずっと止めていた息をゆっくりと吐きだし、苦しくてたまらなかった胸の内に一刻も早く酸素を届けようと息を吸い込む。
まるで溺れそうになっている人みたいな音が必死で息を吸うような音が喉から鳴る。それに構うことなく、何度か情けなく喉を鳴らしながら呼吸を繰り返しながら俺は机に突っ伏した。
”俺”という存在はやはり異物であるというのを、まざまざと見せつけられたような気分だった。
俺の知らない、渡世フタバという人間とイチカちゃんとの繋がり。それが意図せず俺の口から飛び出したようなものだ。
……実際は「知ろうとしない」が正しいのかもしれない。時折溢れる俺の知らない渡世フタバの記憶が脳裏によみがえってくることと、何度か夢で話す”本物の渡世フタバ”とのことを考えれば、その気になれば”俺が転生する前”の渡世フタバの記憶も思い出せる可能性がある。
でも、どうしてそんなことを試そうと思える? ただでさえ自分が異物だってことを思い知らされているのに、何で傷つくって分かることに自分から突っ込める?
無理だ。少しでも楽に生きたくて必死に足搔いている今だってもういっぱいいっぱいなのに、これ以上辛い思いなんかしたくない。
涙がこみ上げてきて、喉がきゅっと締め付けられる感覚がする。
俺に居場所なんてないと、世界から言われているような気がする。
それでも、何とか泣くのをこらえた。泣けば、その音を隣の会長とかに聞かれた時に面倒なことになってしまうだろうから。
寒い。苦しい。もう夏も近いはずだし、クーラーなんてついてないはずなのに。
「クソッ……クソ……」
誰かに聞かれたら今にも泣きそうだ、なんて感想を抱かれそうな震えた声で世界を呪う。
結局、その日は何の科目も自習することも出来ず机に突っ伏していることしか出来なかった。