渡世フタバは仲正イチカを落としたい   作:笹の船

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すみません、感想で指摘されていた個所を考慮して大幅追記しました。(6/11)


突き刺さるようなソレら

 朝日が眩しい。その眩しさに、今日も目を焼かれている。

 そんなことを考えながら、俺はのろのろとアスファルトで舗装された道を歩いていた。

 俺の渾身の演技のおかげか、イチカちゃんの心を弄んでいることに気が付いて吐いたあの夜から一週間ほどで何とか退院できた。

 流石に吐いた翌日は診察されたものの、大体ずっと「大丈夫です」と返したおかげかもしれない。

 そして、退院した俺に待っていたのは次なる試練だった。

 そう、学校だ。

 考えてみれば当然だ。今の俺は”渡世フタバ”であり、そして彼女は俺に取って代わられる前は中学1年生だった。

 いや、これは正しくない。渡世フタバは今も中学1年生だ。

 当然だ。だって1年間昏睡してたのだから、進級なんて出来るはずがない。

 だから、俺は中学1年生として学校に……アイリス第3中学校に通うことになった。

 まず最初に立ちはだかったのは学校に通うための服装だった。

 当然、学校に通うとなれば私服が許可されているのではない限り制服の着用が必ず必要になる。

 そして、アイリス第3中学校──通称3中は私服登校は許可されていない。

 すなわち、女子用の制服を着ていく必要がある。

 分かっている。既に何度も病院で自分の裸は見た。何度見たって男の体ではなくて、女の子の体だった。

 復学の数日前、自宅に届けられた制服はイチカちゃんが来ていたのと同じ、白を基調として緑のラインが入ったセーラー服の上下セットだった。

 つまり。俺はスカートを穿()かなくてはならない。

 スカートだ。男の俺が……いや、今は女なのだけれど。自分の見た目はそんなに悪いものではないと思えていても、やはり抵抗感がぬぐえない。

 だってスカートとは少なくと現代日本でも、そしてキヴォトスでも。女子が穿くものだ。

 そんなものを穿くことに慣れてしまったらそれは。俺は自分が女の子だということを……渡世フタバとして生きていくことを受け入れることになる。

 言い換えれば、スカートを穿くことを日常だと思うのは俺が”俺”を否定するに等しいということだ。

 そう思ったら、胃がキュッとしまったような感覚がしてすぐにその場にうずくまる。

 呼吸が浅くなったことによる息苦しさと涙でにじみよく見えない視界の中、見慣れない(見慣れた)家の中を体を引きずりながらなんとかトイレの扉を開ける。

 そうして、便座のカバーを開けると同時に便器に顔を突っ込んで胃の中の物を吐き出した。

 ありえない。考えたくもない。いつか俺が当たり前のようにスカートを穿いて、女の子らしく着飾ってキラキラした街で幸せそうに過ごす未来なんて。

 でも頭の中はそんな恐ろしい未来の光景でいっぱいだ。なまじ”渡世フタバ”の記憶があるせいで、どこのメーカーならどんな服が合ってどう組み合わせたらどんな見た目になるのかとか妙に具体的なヴィジョンが思い浮かんでしまう。

 それがまた”俺”という存在を消していってしまいそうでその恐怖と不安と不快感でまた胃袋がひっくり返るような感覚に襲われて、吐いた。

 それに。それにだ。

 俺は”渡世フタバ”を殺したも同然だ。あるはずだった彼女の未来を奪って、俺が彼女の体に入ってしまった。

 もしこれが異世界転生というものだったとすれば、彼女は俺でもあるからそんな理屈にはならないかもしれない。

 それでも俺は自分が”渡世フタバ”だとは思えない。少なくとも、イチカちゃんを庇って轢かれる前の渡世フタバと同一人物だとはとても思えない。

 もしそうなんだとしたら、今こんなことに恐怖を覚えることなんて、悩みを抱えることなんてあるはずがない。

 どうしてだ。どうしてこんなに辛い思いを俺ばっかりがしなくちゃいけないんだよ。

 もう嫌だ。逃げだしたい。でも……死にたくはない。

 

「うっ……ぐずっ……うぅ……」

 

 理不尽な現実に喉が締め付けられるような感覚と同時に涙が次々とこぼれてくる。

 今しがた吐き戻したゲロの不快な臭いの中、それでも動く気力も体力もなくただ便座にもたれかかってめそめそと泣く。

 そんな自分すらおぞましく感じられて、また胃袋がひっくり返りそうな感覚に襲われる。

 でも、もう吐くものはない。

 二度も吐いたせいで精魂尽き果てた俺は、そのままずっとトイレで泣いていた。

 俺がトイレから出れたのは、それからどれくらい経った頃だっただろう。

 気が付いた時には目の前にイチカちゃんがいて、心配そうな顔で俺のことを介抱していた。

 その後のことはよく覚えていない。

 ただ、あんなに嫌だった制服のスカートを穿くことさえどうでも良くなるくらい、疲れ果てていたことだけは覚えている。

 

 

 そんなことがあったのが、数日前。

 

「あ、フタバちゃん! おはよう!」

「……うん。おはようイチカちゃん」

 

 ああ、太陽が駆け寄ってきた。

 記憶障害として、何もかもに曖昧な反応をしていた俺が唯一明確な反応を示したとしてイチカちゃんは医者からも俺の面倒を見るように依頼されていたらしい。

 それに加えて登校初日の俺の惨状を見たせいだろう。こうして毎日一緒に登下校をするようになった。

 何なら、その後俺の家に押しかけてきて夕飯まで一緒に食べる始末だ。

 朝起こしに来ようか、とまで言われたけれどそれだけは断った。なんとなく、朝まで面倒みられるのは嫌だったから。

 スカートを穿くのは今でも嫌だ。でも、穿かなければイチカちゃんが家に押しかけてくる。

 今の俺は渡世フタバという女の子だ。でも、やっぱり俺は”俺”なんだ。

 男として、女の子に何でもかんでもしてもらうっていうのはカッコ悪い。

 くだらないプライドだと言われるだろう。どうせだったら美味しい思いをしろと何も知らない外野からは言われるだろう。

 それでも、こんなちっぽけでくだらないプライドが”俺”が俺でいる為に大事なものなんだ。

 だから、嫌だけど。吐きそうになるのをこらえながら、毎朝何とか自分でスカートを穿くようにしている。

 そんなことを考えながらスカートから除く細く白い自分の足を見ないように、けれど前を見るのも怖くて2メートルくらい先の地面を見つめながら歩いている時だった。

 

「学校、どう?」

 

 イチカちゃんが声をかけてきた。無視するわけにもいかなくて、とりあえず当たり障りのない返事をしておく。

 

「……普通、かな」

「勉強の方は大丈夫? 分からないところあったら教えるから!」

「今は大丈夫、かな」

 

 こんな感じでイチカちゃんは何かと世話を焼いてこようとする。

 鬱陶しいと感じることも多いけれど、キヴォトスでの生活に慣れない俺にとって得難い助けになっているのも事実だ。

 基本的に勉強の内容は現代日本と変わらないけれど、歴史や地理を始めとした社会の科目の内容は全く違う。

 だから、その辺を教えてもらうことが多い。”渡世フタバ”の記憶があるからある程度は一人でも行けるのだけれど、”俺”の記憶にある地球の知識と混ざって混乱してしまって頭に入らないことも多いのだ。

 それともう一つ。”俺”が未だに出来ないことがある。

 

「お? 何だたまには早起きしてみるもんだよなあ?」

「その制服、トリニティにエスカレーターで上がれるところの中学校のじゃねーか」

「なあ君達。ちょっとおねーさん達さあ、お金に困ってるんだよねえ」

 

 思わず顔を上げて声の主を見てしまった。

 ああ、クソ。なんでいるんだよコイツら。

 改造されたセーラー服にマスク、昭和かと思うようなスケバンの恰好をした不良生徒が3人。俺とイチカちゃんを取り囲む。

 マスクで口元は見えないけれど、その目元でにやにやと笑っているのが分かった。

 その視線が怖い。まとわりつくような粘着質なそれが、まるで蜘蛛の糸に絡めとられた獲物をとらえて離さないように()()の体から自由を奪う。

 怖い。呼吸が浅くなって、気分が悪くなる。今すぐ座り込んで、何も見ないように、聞かないようにうずくまりたい。

 

「おいおい、コイツ完全にビビっちゃってるじゃねーか」

「ひどいよねえ! アタシ達は助けてくれって言ってるだけなのにね!」

「あの! 見ての通りこの子気分悪そうなんで道を空けて貰えないっすかね?」

「いやいや、君一人じゃ大変でしょ? アタシらが手伝ってあげるよ!」

「いえ、大丈夫なんで! そこを通してほしいっす!」

 

 胸の辺りがきゅっと締め付けられるような不快感で前が見れない。

 息苦しさを誤魔化すように、左手でカバンを、右手で制服の胸元辺りを握りしめる。

 視線が一層ねばついたものになって、気分が悪い。もう何も聞きたくないのに、不良とイチカちゃんのやり取りがハッキリと聞こえてしまう。

 チキッ、と小さなスイッチを切り替えるような音がした。間違いない。銃の安全装置を誰かが解除した音だ。

 これから起きてしまうであろうことを想像して、背筋が凍る。涙がこぼれそうになってきて、視界がにじむ。それを誰にも悟られたくなくて、見たくもないはずの自分の足が見えてしまうのにも構わずに必死で自分のつま先だけを見ていた。

 

「だから! どいてくださいって言ってるんすよ!」

「そんな釣れないこと言わないでさァ。ちょっと手を貸してやるっつってんじゃん」

「ま、タダ働きなんてゴメンだしちゃんと報酬はもらうけどな!」

 

 明らかに苛立ったイチカちゃんの声と、相変わらず下品な声でゲラゲラと笑う不良。

 耳に、頭に突き刺さるような彼女達の声を必死で頭の中から追い出そうとしてここは昭和の路地裏じゃないんだぞ、なんて場違いなことを考えてみる。

 けれど、彼女達の口論の内容はしっかりとボクの耳に入って来る。

 聞きたくないと願えば願うほど、彼女達の声に意識が行ってしまうのか余計にハッキリと聞こえてしまう。

 

「このっ──」

 

 業を煮やしたイチカちゃんがスリングにかけていた銃を握って安全装置を解除する音が聞こえたその時だった。

 

「そこまでです」

 

 凛とした声が辺りに響き、ボク達のモノではない足音が学校へ行く道の方から聞こえてきた。

 相変わらず怖くてたまらないからそっちの方を見ることはしないで、ずっとつま先だけを見ていたけれど音からして大体2人くらいだろうか。

 

「げっ……お前らは」

「朝から騒がしい声が聞こえてくると思えば、下級生相手に何をしているのですか」

「羽川ハスミ……3中の生徒会長様かよ」

「いや待て、その後ろにいるのは……!」

「キヒ……!」

「け、剣先ツルギ……!? テメェこの間停学になったんじゃ……!?」

 

 どうやら生徒会の人達が来たらしい。それも聞き覚えのある声がした気がする。いや、もうなんでもいい。とにかく早くこの場から逃げたい。

 その一心で、イチカちゃんの服の袖を指先でつまんで軽く引っ張る。

 流石はイチカちゃん、というべきか。たったそれだけでボクが今願っていることをちゃんと察してくれたらしい。

 

「生徒会長。その……この場はお願いしてもいいっすか」

「……はい。あなた達は速やかに登校してください」

 

 生徒会長のその言葉を聞いて、イチカちゃんがボクの手を握って足早に歩きだした。

 不良達の突き刺さるような視線と、何か探るような視線二つ──多分生徒会長と剣先さんだ──を背中に受けながら、ボク達はその場を後にした。

 

 

 

「……それで。どうしますか? まだ何か要件があるのであれば私達が聞きますが」

「……ちっ。おい、行くぞお前等」

 

 忌々し気に舌打ちをしながら不良生徒達はハスミとツルギに背を向けて歩き出した。

 油断なくその背を見つめていたハスミは、彼女らの背中が見えなくなったと同時に肩の力を抜くようにふっと息を吐く。

 

「ふぅ……この辺りは比較的治安がいいとはいえ、油断なりませんね。やはりパトロールを増やすべきでしょうか」

「……止めておけ。仮に増やすとしてもパトロールはハスミではなく他の生徒に依頼するべきだ。お前はもう少し自分の立場を考えろ」

「ハァ……やはり私に生徒会長なんて似合わないですね。別に現場至上主義を語るつもりはありませんが、こうして自由に正義の実現をする時間の確保も難しいのは、どうにも……」

 

 そんなハスミの生徒会長としてあるまじき発言にツルギは小さく噴き出す。

 

「フッ……その発言、他に人がいる場所では言うなよ」

「当然です! ツルギこそ、誰にも言わないでくださいね?」

「当たり前だ。……ところで」

 

 他愛ない軽口をたたき合っている中、ツルギは急に眼を鋭くしてイチカ達が去って行った方向を見る。

 ハスミもまた、わずかに眉間にしわを寄せながら同じ方向を眺めていた。

 

「ええ。渡世フタバ……まるで別人でしたね」

「最近昏睡から目が覚めて、復学したとは聞いていた。だが、あの様子は……」

「入院前は成績優秀ながらもイチカ共々問題を起こす生徒として入学早々有名人でしたが……記憶障害。噂は本当のようですね」

 

 瀕死の重傷から1年の昏睡期間を経て奇跡的な回復を見せ、そしてそれまでの記憶をほとんど失った。双葉に対してそんな噂が今ハスミ達の学校で広まっていた。

 初めはただの噂じゃないのか、とハスミもツルギも気にしていなかったものの、数日前二人はフタバと学校の廊下ですれ違ったことで噂は本当かもしれないと思い始めたのだ。

 その時のフタバはイチカに手を引かれながら、ずっと俯き加減で廊下を歩いていた。それこそ、真横をすれ違ったハスミとツルギに全く気付かない程に。

 ツルギはともかく、ハスミはフタバの入学時には生徒会役員だったため問題を起こしたイチカとフタバとは何度か顔を合わせたことがある。

 それも相手にとっては余り楽しいとは思えないような状況でだ。得てして人というものは悪い記憶程強く残るものだから、フタバの記憶障害がただの噂なのであれば先程のタイミングで少し位反応があっても良いはずだ。

 けれど、ハスミの名前を出されて、本人自身が明確に声を出してその場を制してなおフタバは反応しなかった。

 

「……生きているのが信じがたいほどの怪我と聞いていた。ああして何事もないように学校に来れるまで回復したこと自体、まさに奇跡だ。でも、その代償が記憶とは……」

 

 ツルギの呟きに、ハスミは小さくため息をこぼした。

 

「残念と言わざるを得ません。問題を起こしていたのは事実ですが、記憶を失う前の彼女は人並み以上の正義感を持っているように見えましたから。むしろ、その正義感が原因で問題に発展していたことだってありましたし。叶うことなら、一緒に仕事をしたかった」

「でも、あの様子じゃ……」

 

 ツルギの言葉に、ハスミは眉尻を落とすばかりだった。

 そうして、僅かばかりのやるせなさを抱えながら二人もまたフタバたちを追うように学校への道のりを歩きだした。

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