更新については今後もちょっとのんびりお待ちいただければ……
女子高の生活、というのはどうにも性に合わない。
それが正直な俺の感想だ。
いや、女子高のというのは正しくないかもしれない。学校生活……いや、集団生活だろうか。
とにかく、人がいっぱいいるところに混じって生活をするということに対して今俺はとても苦手意識を抱いている。
新発売のコスメのカラーだったり、香りのバリエーション。ファッション雑誌で特集されていた洋服やアクセサリーに、人気アーティストの新譜。女の子として生活していく上で役に立つかもしれないちょっとした豆知識についてSNSに投稿があったとかとか。
読モ……読者モデルとして雑誌に載った子についての噂なんかも耳に届く。後はまあ、定番と言えば定番の恋バナとかだ。どのクラスの生徒と生徒が付き合い始めたとか……まあ、カップルの内情が女の子同士ってところには目をつぶるとして。
でも、正直そんな会話ばっかりだったらどんなに良かったことか。
勿論、教室の中なんかじゃそういう明るかったり愉快な話題が多い。けれど、一歩廊下に出て、それこそトイレなんかに向かおうものなら。
廊下の角や階段の横。そう言ったほんの少しだけ集団から離れて、影になっているような場所からドロドロとした内容の話が漏れ聞こえてくる。
「アイツさー、やっぱ調子乗ってるよねー」
「分かるー。実家がいい所なのかどうか知らないけど、どんなコスメだろうと洋服だろうと新作をすぐに手に入れて見せびらかしてきてさー」
「ほんっとムカつくよねアイツ。ちょっと胸大きいからってデカい面しないでほしいわー。アイツ脳みそまで脂肪で出来てんじゃないの」
「顔がいいってそれだけで得だよねえ。ちょっと自分が不利になると思ったら、嘘泣きとかで大人に縋り付いてさー。悲劇のヒロイン気取っちゃって。大人達はバカばっかりだから、アイツの言う事すぐ信じてさ」
「絶対裏でパパ活とかやってるよ。あーあ。アイツと一緒に風呂とか入りたくないなー。絶対臭いじゃん、特に使い込まれてそうな──」
どうしてだろう。元からこんなんだったんだろうか。嫌なのに。聞きたくないのに。
良いことも、悪いことも。何もかも人が話している会話の内容を正確に聞き取れてしまう。
気が変になりそうだ。俺のことを言ってるわけじゃないはずなのに、心臓をゆっくり握りつぶされるような鈍い痛みが胸に走る。
それともう一つ。俺が廊下を歩くたび、そこら中から視線を感じる。
視線を感じる、なんて正直創作の中での表現に過ぎないと思っていた。いや、概念としては何となく前世の時から知っていたし”こういうことを言うんだろうな”って感覚になったこともある。
でもそんなものじゃない。もっと明確に……例えばそう。ステルスゲームとかで敵に見つかりそうになった時に目のマークが敵のいる方向に出てくるとか、そういう感じだ。
勿論実際に視界にそんなアイコンがあるわけじゃない。
けれど、頭の中にそういうアイコンというか……そういうものが浮かんでいるような感覚がずっとしている。一人でいる時はそもそもその感覚がないからいいけれど、傍に人がいると高確率でその感覚が頭の中に浮かぶ。
ただでさえ生きていることに後ろめたさを感じているのに、あまつさえこんな能力……能力? まで持っているなんて地獄だ。
四六時中、人から責められているような気分になる。お前は異物だ、お前が渡世フタバを殺したんだ。出ていけ余所者。そんな意志が視線から感じられるような気がしてならない。
当然だけど、そんなのは被害妄想だ。頭では分かっているつもりだけど、どうしたってそんな嫌な想像をぬぐえない。
だから、俺は人がいるところにいたくない。
そうして、俺は今日も下を向いて階段を上る。トントントン、だなんてリズミカルな足音じゃなくトス、トス、トスって感じのつま先を床に擦るようなノイズを起こしながらのろのろと階段を上る。
やがて階段が終わって、つま先のすぐ前に扉が見えた。ほんのわずかに視線を上げてドアノブに手をかける。ノブを回してゆっくりと扉を開けた。
蝶番に甲高い鳴き声を上げさせながら扉が開いて行って、眩しい光が俺の目を焼く。
光の中にそのままゆっくりと身を沈めていけば、視界には誰もいない屋上が広がっていた。
後ろ手で扉を閉めながら俺は階段室に通じる建物の影へと体を引きずっていく。
太陽の光に体を焼き焦がされる前に再び暗がりへと溶けるように背中を建物につけてもたれかかりながら、俺はしゃがみ込んだ。
今、俺を正面から見ればスカートの中身が丸見えになるくらいには無防備な三角座りの体勢になっているけれど、どうせここには俺以外誰もいないから気にするだけ無駄だ。
階下の開け放たれた窓から聞こえてくる生徒達の喧騒も、ここにいればそよ風にかき消される程度の音にしかならない。これくらい小さければ、よほど大声で叫ぶ人がいない限りは俺の耳にもその会話の中身まで聞き取れるということもない。
俺以外がこの場にいない、ということは視線を感じることもない。
元々屋上が立ち入り禁止なのもあるだろう。その割に鍵がかかってないなんて学校側の管理体制がずさんなところにはため息が出そうだけど……まあ、俺にとってはありがたいことだ。
ようやく迎えた昼休み。のろのろと歩いてきたせいで既に時間に余裕があるわけではないけれど、それでも落ち着いて何かを口に入れる余裕は出来た。
そうして、俺は手に持っていた栄養ゼリーのふたをあけて、口をつけてからパックの下の方からゼリーを押し出すようにしてちょっとずつゼリーを飲んでいく。
こんなのをお昼ご飯と呼ぶことなんて出来るわけがない。そんなのは分かっている。分かってはいるけれど、だからと言って固形物を食べる気にはなれなかった。
やがてゼリーが無くなってきて、手で押すだけでは出てこなくなった。はしたないとかいう感覚をすべて無視して、ずるずると音を立てながら残ったゼリーを吸い上げる。
そうして空になったゼリーのふたを閉めて、俺はおでこを膝に預けて体を丸める。
午後にもあと2コマ位授業が残っているという事実に気分が鬱々としてくる。
ああでも、最後のコマは射撃練習だったか。
的に向けて銃を撃つのは嫌いじゃない。意識は俺のままとは言え、体は元々渡世フタバのものだから銃の構え方や撃った時の反動制御なんかは体が覚えていてくれたのは幸いだった。
おかげで、的撃ちゲームみたいなことをさせられる授業ではまあまあいい成績をとれている。いいスコアが取れれば楽しいと思えるから、そういう意味では数少ない今生の癒しの時間かもしれない。
でも、あくまでそれは動かない的を相手にしている時だけだ。銃口を向ける先が人になる、あるいは自分に向けられる。そう考えるだけで怖くなる。
勿論、銃撃戦に巻き込まれたなんて話だってこの数日で耳にした。誰もが痛かったー、なんて転んで擦りむいたくらいのリアクションだったから、キヴォトスでは撃たれたってそんな程度で済むんだろうっていうのは知識としては分かっている。
けれど、20年以上現代日本で生きていた俺の常識はその程度じゃ変わらない。銃は人を殺すための道具で、銃弾に当たれば良くて大怪我。最悪即死。そういうイメージが離れない。
だから、撃たれた時の痛みを想像するだけで体が震える。逆に間違えて相手を撃ってしまった時のことを考えても、人を殺してしまうかもしれないという罪の重さで体が震える。
それでも銃を持って歩かないのはキヴォトスにおいては非常識らしい。信じられない常識だけれど、道行く他の生徒や獣人達でさえ拳銃、ライフル、マシンガン……まあとにかくいろんな銃を持って歩いているのを見て信じざるを得なかった。
学校の登下校でやけにカバンが重く感じるのは、気分だけの話じゃない。銃とマガジンが入っているせいだ。銃をすぐに取り出せるような場所に身に着けていない時点でキヴォトス基準では大分異常だけれど、それでも俺は的当ての授業以外で銃を握るのが怖くてたまらない。
どうか、この先も使う機会が来ませんように。
俺をこんな目に遭わせた神様になんて祈りたくはない。それでも誰かに、あるいは何かに祈らずにはいられなくて栄養ゼリーのパックを手で挟みながら両手を祈るように組んだ。