励みになってます。
「ごめんフタバちゃん! 今日はちょっと生徒会の仕事あるから先に帰っててくれるかな」
「……ん。わかった」
イチカちゃんから学校の昇降口でそんなことを言われたのがほんの一時間くらい前の話だ。
俺は、家とは反対方向にある自然公園の東屋みたいなところで一人座ってぼーっとしていた。
いつもならどこにも寄り道なんてしないでまっすぐ家に帰る。もとより寄るような場所もないっていうのもそうだけど、何より早く一人になりたいからだ。
イチカちゃんは優しい。でも、優しすぎて苦しくなる時も多い。
渡世フタバの記憶が正しいのなら、確かに命の恩人の俺に尽くそうって気持ちもまあ何とか想像できないこともない。でも、仮にそうだったとしても本当に一日中俺に引っ付いてるんだ。
そして、俺が困ったような素振りをすればすぐに助け船を出してくれる。
イチカちゃんの手助けは客観的に見てもとてもありがたいことだ。実際に助かってもいる。
でも、その献身の理由は……”俺”じゃない。それがなんとも、気持ちが悪かった。
確かに今の俺は渡世フタバだ。でも、イチカちゃんを助けたのは俺じゃない。
だから、助けられるたびに思う。”俺”なんか放っておいて、自分の為に時間を使ってくれればいいのに、と。
でも、ならどうやって”俺”がイチカちゃんの知っている渡世フタバじゃないって説明すればいいんだろう。
君のせいで死にかけました。目が覚めたら君の知ってる渡世フタバは死んで、こことは全く違う世界で生きてた大人の男の魂が入ってたんです。なんて馬鹿正直に説明したら納得してくれるんだろうか。
なんてバカバカしい、と自分の説明する力の無さに思わず鼻を鳴らして笑う。
その時だった。
「おいテメェ、今アタシのこと笑っただろ」
「……え?」
普段学校で感じるのとは比べ物にならないくらい、明確に俺のことを突き刺すような視線と、敵意がこめられた声に背筋が凍る。
見たくはなかった。俺の事じゃないんだと思いこんでうつむいたままでいたかった。
けれど、それが気のせいじゃないことは全身で感じる視線から明らかだ。それを無視するのが悪手にほかならない事も。
だから、おそるおそる俺は顔を上げる。今なお俺を視線だけで突き殺すくらいに睨みつけてくる誰かの姿を確かめるために。
「おいおい、人を笑っておいてずいぶんトロい動きしてんじゃねえかよ。それとも何か? アタシには謝る価値もねえってか?」
顔を上げきる前に胸ぐらを掴みあげられて視界が揺れる。
次の瞬間、視界が目を釣り上げた怖い顔で埋め尽くされた。
「ひっ……」
年頃の女の子に凄まれて、大の大人が漏らすにはあまりも情けないか細い声が口から漏れる。
「何とか言ったらどうなんだ、あ"あ"!?」
般若の面もかくやと言った表情がツバをつばしながらボクの額に自分の額をぶつけてきた。
頭突きと言える程の威力はなかったけれど、それでもジンジンとおでこが熱をもって痛みを訴えてくる。
涙が出てきた。情けないことに今にも漏らしそうだ。大の大人の、しかも男が。女子高生に凄まれたってだけで腰を抜かして漏らしそうなくらいにビビってる。
酷い話だけど、でも実際本当に怖いんだ。仕方ないじゃないか。
そんな誰にするわけでもない言い訳を頭の中で思い浮かべた瞬間、目の前で舌打ちが聞こえた。
そう思った時には、ボクは空を仰いでいた。次の瞬間、お腹にものすごい痛みが走る。
「かッ……!? ごは……っ!!」
痛い、痛い痛い痛い痛い!!!
余りの痛さでお腹を抱えて丸くなることすらできない。でも、何かにものすごい強さでお腹を殴られた……? せいでお昼に食べたものが逆流してきたのが分かった。
「グッ……ごふっ……ぉぇえっ!」
かろうじて体だけでも横に向けて逆流してきたそれを吐き出す。乱雑に地面に広がったボクの髪の上にゲロが広がったけど、そんなことを気にする余裕なんてあるわけがなかった。
痛みと嘔吐の負担で涙がぼろぼろとこぼれる。瞬間的にものすごい負荷のかかったボクの体はもう限界なのか、意識が朦朧とし始めてきさえした。
そんなボクのすぐ傍で、もしくはちょっと離れた場所で。金属パーツが動くような音と何か小さなものが地面に落ちる音が聞こえた。
直後、涙と朦朧とした意識のせいでにじんでよく見えない視界に何か赤い小さな筒のような物が地面を転がったのが見えた。
それがなんであるか、にじんだ視界でもなんとなく分かった。そして、今自分が何をされたのかも。
(う、撃たれ……た?)
しかも、ショットガンで。さらに言えば、ゼロ距離で。
それが分かった瞬間、ボクの意識は一瞬で真っ暗になった。
気が付いた時、俺は薄暗い空間に立ち尽くしていた。
意識は確かにあるけれど、どことなく現実味がない。
体も動かせるけれど、なんとなく違和感が付きまとう。
「こ、ここは……」
「ボクの夢の中……かな」
背後から聞きなれた声がして、勢いよく振り返る。
「……は?」
そこには紺色のサラサラした髪をボブカットにした、快活そうな印象の俺と同じ顔をした少女がいた。
直感的に分かった。この子が元の渡世フタバなんだ、と。
ふと、ならば自分の姿はどうなっているんだと自身の体を見下ろしてみるけれど、3中の制服に身を包んだ渡世フタバの体が見えるだけだった。
落胆の余りに漏れそうになったため息を何とか飲み込んで、それから目を逸らすように目の前の少女に問いかける。
「君は……いったい」
俺の問いかけに、目の前の推定渡世フタバは苦笑いを浮かべる。
「やだなあ。ボクは渡世フタバだよ。そして君も、渡世フタバ」
そう言って微笑む渡世フタバに、俺は思わず顔を引きつらせた。
「じょ、冗談はやめてくれよ。俺は渡世フタバじゃない。俺は……俺は違うんだ!」
当たり前だ。そうしなければ俺は”俺”でなくなってしまう。
そんな俺の言葉に、渡世フタバは悲しそうに眉尻を落としながら微笑んだ。
「……違うよ、って言ってもこの言葉は届かないよね。君には、昔の記憶がある。ボクが忘れていた、ずっと昔の」
その言葉に俺の体に衝撃が走った。
コイツは、知っている。”俺”の記憶を。
渡世フタバになっちまう前の、”俺”の記憶を。
じゃあ、じゃあ何だ。俺は何なんだ。元々の渡世フタバが”俺”の記憶を持っているっていうんならなんで俺はここにいる。
なんで俺が渡世フタバとして生きているんだ。
そんな怒りが全身を支配しようとした時だった。視界が白くなっていって、目の前がぐにゃりと歪む。
勿論、目の前にいる渡世フタバも歪んでいってそのまま白んでいく世界に溶けて消えていった。
「ま、待てよ! お前は……お前は何なんだ! 俺は、俺は一体何なんだ!!」
消えていく少女に向けてありったけの力で叫ぶ。俺の良く知る男としての自分の声ではない、女の子の声で。
「ボクも、君も。渡世フタバだよ。だから早く──」
俺と同じ声の少女が俺に何かを語りかけている。けれど、俺がその続きを聞き取る前に俺の意識は薄れていった。