【コミカライズ決定!】ルミナの聖剣~タイトル的にこいつが主人公だな!~【書籍化】 作:サニキ リオ
レグルス大公の執務室にはいつも書類が山積みになっている。その中でも今日は特に多く、机の上だけでなく床にまで積み上がっていた。
「お待たせしました」
クレアは水面の反射に気を付けつつ、冷ました紅茶をレグルス大公の前に置く。その優雅な所作は、働き始めてすぐの頃に慌てふためいていた姿からは考えられないほどに成長していた。
「いつも、すまないな」
「いえ。これが仕事ですから」
クレアは丁寧にお辞儀をしながら、さっそく書類の整理に取り掛かった。
最近では、彼女の手際の良さからレグルス大公が渋々書類整理を手伝ってもらうことが増えていたのだ。
「ふむ、それはメイドの仕事ではないと思うのだが」
「お一人でやりたいというのならば止めはしません」
「あっ、いや。手伝ってくれて感謝しているぞ!」
すっかり二人は打ち解けていた。
クレアが執務室に配属されてから半年。
最初は緊張感が漂っていた空気も、今では穏やかな仕事場の雰囲気へと変わっていた。
「しかし、読み書きや算術までできるとは……クレア。君はどこかの貴族の令嬢だったのか?」
「当たらずとも遠からず、と言ったところでしょうか」
「む、当たっていたのか」
雑談をしながらでも、二人の手が止まることはない。彼らが言葉を交わす度に書類の山が低くなっていく。
「残念ながらとっくに没落済みですが」
嘘は言っていない。クレアはモルド家の血を引いている以上、没落貴族の末裔ではあるのだから。
「すまない。辛いことを聞いてしまった」
「お気になさらず。没落も私が生まれる前の話ですし、そのおかげで高度な教育が受けられたのですからむしろ幸運です」
高度な教育。自分で言っていてクレアは笑いそうになった。
痛みを伴う地獄のような時間が高度な教育だなんて、皮肉も良いところだ。
体に刻まれた傷跡が疼くのを、彼女は意識的に無視した。
「それよりも、レグルス大公。そろそろアルギエ地方にいらっしゃるご息女のロアナ様が帝国城を訪れるとのことです」
「えぇ……もうそんな時期なのか」
レグルス大公は額に手を当て、困ったように呟いた。その表情には、娘を心配する父親としての愛情と、何か別の不安が混ざっているようだった。
「あまり嬉しくなさそうですね」
「いや、嬉しいは嬉しいぞ? ただなぁ……」
大公は言葉を濁し、窓の外を見つめる。暖かな陽気が執務室を温めているというのに、その表情は曇ったままだ。
「護衛についているソルドという剣士が問題でな」
「はぁ……?」
クレアは珍しく声を上げた。
普段の彼女からは想像もつかない素の反応に、レグルス大公は少し驚いたような表情を見せる。
「ソルドは昔、エルダンエッジ渓谷にあったエンヴィルの隠れ里から見つかった赤ん坊なのだ」
「エンヴィル……」
その名前には心当たりがあった。クレアの瞳が一瞬、鋭い光を宿す。
エンヴィルは、かつて叛逆の牙が滅ぼした一族だ。
彼らは帝国へ伝説級の武具を収める鍛冶師だった。その武器を奪って戦力を蓄えつつ、帝国の戦力を削ぐことが叛逆の牙の目的だった。
「余の手元に置いておくわけにもいかなくてな。アルギエに預けておいた結果、冗談のように強くなってしまってな。まだ子供だというのに、獣人の戦士にも勝利したらしい」
「に、人間が獣人に?」
冗談のような話を真顔で聞かされたクレアは珍しく表情を反射的に引き攣らせた。
彼女は獣人の持つ戦闘力をよく知っている。そんな相手に勝てる子供がいるというのは、ある意味で恐ろしい話だった。
「しかも、やけに懐かれてしまってな。帝国に来る度に執務室に突撃してくる始末だ。ロアナはロアナで天真爛漫な性格故に止める者もおらん……」
レグルス大公は胃の辺りを摩りながら深い溜息をついた。その姿は、帝国の重鎮というよりも、扱いに困る子供を持つ普通の父親のようだった。
「では、私がストッパー役になりましょう」
クレアは優雅に微笑みながら、自信に満ちた声で告げる。
「く、クレア……!」
レグルス大公は、思わぬ救世主の登場に半ば本気で泣きそうになるのであった。