【コミカライズ決定!】ルミナの聖剣~タイトル的にこいつが主人公だな!~【書籍化】 作:サニキ リオ
クレアが殺人罪で投獄されたことは叛逆の牙でも問題になっていた。
叛逆の牙の血筋の起源ともいえるモルド家直系の血を引く優秀な潜入工作員。
帝国城内でも侍女として信頼を勝ち取り、組織が崇めるレグルス大公に最も近い存在になり、最近では直系皇族である皇女殿下の洗脳も行っている。
そんな彼女がうっかり殺人事件に巻き込まれ、濡れ衣を着せられてしまうなど誰にも予想できなかった。
「ドラキュラめ、油断しおって……」
吐き捨てるように呟いたのはクレアの上司であるフィデリアーー今回の事件の真犯人オーツ・ボネンだった。
「彼女を助けますか?」
構成員の一人メイドのシャルロットとして潜入しているウルーシャ・モルドが上司へと告げる。
彼女は侍女の宿舎でクレアと同室であり、現在は軍部の人間の娘の侍女をしていた。
近しい人間が潜入工作員だと露見すれば、その火の粉は自分にも降りかかってくる。
シャルロット個人としては、クレアの疑いを晴らした上で釈放までの手伝いをしたいところだったのだ。
「バカな。下手に処刑までの時間を長引かせるまでもない。奴が帝国城に潜入している獣人だと露見したらどうする」
そんな彼女の願いは一蹴される。
結局、替えが効く存在なのは自分も同じ。そのことを思い知らされた。
「ですが、ドラキュラが処されることがあれば、獣王様にも影響が……」
「それがどうした」
「なっ」
レグルス大公へ忠誠を誓っているとは思えない態度に、シャルロットは言葉を失った。
「むしろ、たかがメイドごときの殺人程度で嫌がらせをしてくる人間の愚かさを獣王様に知っていただく良い機会ではないか」
それはもはや忠誠とは呼べない代物だった。
そして、その一言が彼女の運命を決定づけてしまった。
「とにかく、我々の存在の隠匿が最優先だ」
叛逆の牙はその存在を知られてはならない。
獣人が人間のフリをして潜り込んでいることが露見すれば、他の潜入工作員に影響がある。
それを考慮した上で、組織の上層部はクレアを切り捨てることにしたのだ。
「ドラキュラは優秀な工作員だった。しかし、どれだけ優秀でも一度のミスも許されない」
現在、叛逆の牙の潜入工作員のまとめ役は古株であるオーツだ。彼女の決定に逆らえるものはいない――はずだった。
「我々は叛逆の牙。牙は抜けても生え変わる。努々忘れるな」
「ええ。もちろんですとも」
オーツの言葉に、ニッコリと微笑むとシャルロットは指を鳴らした。
地下に響き渡る音に反応して、その場にいた叛逆の牙の構成員が一糸乱れぬ動きでオーツを取り押さえた。
「な、なんのつもりだ!」
「ご自分でおっしゃったではありませんか。どれだけ優秀でも一度のミスも許されない、と」
シャルロットは優雅に微笑みながら、赤い瞳をオーツへと向けた。
その眼差しには、獲物を追い詰めた獣の輝きが宿っていた。
「ドラキュラと同じように私も吸血蝙蝠の血を引いております。姫様と護衛の者の推理くらい聞こえますの」
「貴様、まさか……!」
オーツの声が震える。今までの高慢な態度は一瞬にして崩れ落ちた。
「情報共有は大切ですもの」
シャルロットはまるで茶を愉しむかのような口調で告げる。その言葉の裏には、既に全てを把握しているという余裕が滲み出ていた。
当然、その意図はオーツへと伝わっていた。
「待て! 私は諜報部に所属しているのだ! 他の奴らとは重要度が違う!」
追い詰められたオーツの声は次第に甲高くなっていく。彼女の額から冷や汗が零れ落ちる。
「なるほど、それならドラキュラのほうが重要度は上ですね」
シャルロットは艶のある藍色の髪を軽くかき上げながら唇を歪めた。
「彼女は獣王様に仕え、皇女殿下すらも手懐けた唯一無二の存在ですから。生え替わる牙とは違うのですよ」
そこで言葉を区切ると、シャルロットは最後に飛び切りの笑みを浮かべて告げる。
「さて、後始末は我々にお任せください」
それは死刑宣告と同義だった。
「待て、待って……待ってくれ!」
オーツの悲痛な叫び声が地下室に響き渡った。だが、その声に応える者はいない。
「愚かな方ですね」
シャルロットは冷ややかな視線を投げかけながら、ゆっくりとオーツに近づいていく。その足音が不吉な余韻を残して地下にあるアジトの床に響く。
「自分の保身のために仲間を切り捨てるなど、獣王様の意に反することも甚だしい。情報が洩れることを恐れて死を選んだドラキュラを見習ってほしいものです」
「私は、私はただ組織のために……!」
オーツの声は震えていた。今や彼女の尊大な態度は影も形もない。
「ご心配なく」
シャルロットは優雅に髪をかき上げながら、満足げな微笑みを浮かべた。
「優秀な牙であるドラキュラの無実も近々証明されることでしょう」
最後まで冷徹な微笑みを崩さないシャルロットの姿に、オーツの顔から血の気が失せていく。彼女は今になって気付いたのだ。自分こそが、組織の掲げる理念に基づいて消されるのだと。
「さようなら、オーツ・ボネン――いえ、フィデリア・モルド」
シャルロットの声は蜜のように甘く、そして氷のように冷たかった。
「我々は叛逆の牙。牙は抜けても生え変わる。努々忘れなきように」
その言葉が地下室に響き渡ったとき、オーツは自分の放った言葉こそが自身への死刑宣告となったことを悟ったのであった。