演習ではあるが、相手はISが配備された特殊部隊だ。やる事は変わらない―――俺達は、戦争屋らしく理不尽に戦うだけだ。
本当の戦争が如何に理不尽なものであるのか、頂点に立った気でいる小心者共に味合わせてやれ。
『神の杖』作戦、決行だ。
■ ■
ドイツ軍特別演習訓練基地という、演習訓練用に設立された基地がある。
ISという宇宙道具が軍事転用されて兵器として運用される様になってドイツの軍にも配備されてから設立された基地であり、その名前の通り主に演習などの訓練で使用される場所だ。
今日此処で、ISが配備された特殊部隊と戦闘機部隊が演習訓練が行われるのだ。
「お目にかかれて光栄です、ボーディヴィッヒ少佐。第4期IS特殊部隊の隊長を務めております、カッツェ少尉です」
「こちらこそお目にかかれて光栄だ、少尉。君の士官学校での活躍は耳にしている、とても優秀だとな」
いつもの子供の様な雰囲気の面影など欠片もなく、そこにあるのは一軍人としての姿だった。
第4期IS特殊部隊の隊長、TACネーム「カッツェ」が敬礼をすれば、それに続く様に部下達も目の前の相手へと敬礼する。
彼女達の先輩―――ドイツ軍IS配備特殊部隊の面々である。
その隊長である少佐が挨拶として手を差し出せば、カッツェは一人の隊長としてその手を取って握手を交わす。
握手を交わしながら、首を横に振ってカッツェは謙遜する。
「自分は未だ碌な戦闘も経験していない未熟者です。特殊部隊とは言っても名ばかり、我々は一パイロットにすら勝っておりません」
「ほう…」
「彼と先に戦っている身として、言わせていただきます、少佐。―――怪物とは、彼の様な者を表す為にあります」
「貴官にそこまで言わせるか…面白い。期待しておこう」
好戦的な笑みを浮かべて、少佐率いる黒ウサギ隊はカッツェ達と別れ演習場所へと向かう。
トップ・オブ・エース。そんな御大層な通り名を持つパイロット、シュヴェルト1との模擬空戦で敗れたIS乗りは数知らず。
それはドイツ軍だけに限らず、ロシアやアメリカもまた同類だった。
ドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」―――通称『黒ウサギ隊』の隊長を務める少女、ラウラ・ボーディヴィッヒ。
まだ学生の年齢であるとは言え、しかし彼女とて一人の軍人であり、ISが配備された特殊部隊の隊長を務める者だ。そんな彼女だからこそ、今日の演習相手には興味があった。
ドイツ空軍第666航空部隊、対IS戦闘飛行隊。主に「シュヴェルト隊」と呼ばれている戦闘機部隊である。
ドイツ空軍のエースパイロット、シュヴェルト1が隊長を務める部隊であり、戦闘機でありながらISへの戦闘を可能とした、先鋭の中の先鋭―――その中に紛れた、本当の天才と怪物のみを隊長であるシュヴェルト1が自ら引き抜いた小隊である。
この部隊が作られた理由は、シュヴェルト1が達成した偉業が始まりであった。彼がエースパイロットとして初めての記録を作った戦争だ。
ISが宇宙への探求の為ではなく、兵器として扱われる為に軍事転用されていったこの時代で、ある時、ロシアのアルハンゲリスク州の地域でISが用いられた大規模な紛争が起きたのだ。
軍事兵器として運用される為に様々な兵装が備えられた第二世代ISを用いた自国の紛争。最初はそれだけの事だった。
しかしどういう訳か、その紛争は他国にまで被害を出し始め、テロの如きそれはドイツのバイエルン州の都市であるミュンヘンにまで広がったのだ。
三機のISは愉快犯であったらしく、ISといつ強力無比な力に呑み込まれて自身を最強であると信じて疑わなくなった犯罪者であるのだと、後に彼女達を捕まえた部隊から語られた。
だが実際、ISの力が凄まじかったのは確かであり、ロシアもドイツも通常兵器を以てしても三機のISを止める事は出来なかった。
紛争がドイツに広がって一週間が経った後、ミュンヘンの空域をロシアが開発した第五世代戦闘機Su−57が駆け抜け、約32800ftからLACM―――
ECMによるレーダー性能の強化、特殊ジャミングシステムによるISのレーダーの散漫を招いた結果として奇襲は成功。
襲撃するだけで補給も碌にしなかったISはそのエネルギーを一気に減少させ、形勢は逆転。狂乱的に兵装を使用し続け、空を翔ぶSu−57へと閃光を乱射し続けた。
だが、それら全てが当たらなかった。
実戦では自殺行為にも等しい低速機動、実戦では使えるかも分からない曲芸飛行。それら完全に使いこなした。
コブラもクルビットもバレルロールもシャンデルも、何もかもを巧みに使いこなし、放たれる攻撃の全てを紙一重で回避し、逆に何度も攻撃を当て続けたのだ。
その結果として、紛争は終結した。
三機のISはエネルギー切れを起こしてその機能を停止。待機していた地上部隊によって、操縦者である三人は捕らえられ、刑務所にて終身刑を言い渡されたのだ。
ロシアの信用の問題を気にかけてロシア製の戦闘機で出撃し、たった一機でIS三機を撃墜したエースパイロット。それが、シュヴェルト1という男である。
シュヴェルト隊とは、そのシュヴェルト1によって選別された者達によって編隊された、最高峰の兵士達なのだ。
「そう聞いていたのだが……」
「機影の一つも見当たりませんね」
演習が開始される時間になっても、しかし相手であるシュヴェルト隊は一向に現れない。
シュヴェルト隊が所属しているドイツ空軍第666空軍基地に通信を入れても、『シヴェルト隊は予定時刻の10前に既に到着している』と答えられるばかりだ。
《高度10000ft、限界高度到達。シュヴァルツェ隊各機、フォーメーションを組んだまま降下するぞ》
《ウィルコ》
「到着している、とは言うが…ハンガーにも機体一つ見当たらんぞ」
「隊長の言う通りです。整備士に聞いても、既に到着していると答えられました。しかし、影も形も見当たりません」
「いったいどういう―――」
《特殊兵装EML―――アークライトを展開。電磁エネルギー充填開始》
《5%…15%…30%…65%…80%》
《標準補正開始。コリオリ力演算、方位修正》
言葉を言い切る前に。アウラは天を仰いだ。
太陽は雲に隠れて陽射しを遮られ、隙間からは澄み渡る青色が見える。そんな空に、或いはそんな空から。
閃光が見えた。雷鳴が聴こえた。それは少しずつ、しかし加速していって、どんどんと大きくなって彼女達に近付いている。
強く吹き抜く北風に仰がれて、なびく髪で遮られる視界に顔を顰めながら晴れていく空を凝視する。
そして―――ラウラは、絶句した。
暗い空より飛来するは、6匹の黒い竜。開かれた機体の下部から露出する黒い砲塔こそ、あらゆる全てを焼き穿く雷鳴を撃つ為の神の杖。
電磁投射砲―――レールガン。電磁力によって実体弾を加速して発射する最速の無誘導兵装。レーダーを僅かだが妨害する程の電磁、艦船すら穿く程の威力を持った雷を放つ砲塔が六つ並んでいたのだ。
《充填率100%。シュヴァルツェ1、クリア》
《シュヴァルツェ2、クリア》
《シュヴァルツェ3、クリア》
《シュヴァルツェ4、クリア》
《シュヴァルツェ5、クリア》
《シュヴァルツェ6、クリア》
《全機EML充填率100%を確認。コリオ力力演算終了、標準修正完了。シュヴァルツェ隊全機オールクリア》
「展開! 全員ISを展開しろ! 急げ!」
「た、隊長!?」
「さっさとしろ! でなければ―――死ぬぞ!」
《振り降ろせ》
轟音が並び、そして劈く。
空高くから振り下ろされた六つの雷鳴は雲を切り裂き、まるでモーセが起こした大海の奇跡が如く、天空を大きく割り断った。
『
限界高度間近からシュヴァルツェ隊全機が電磁力を100%充填したEMLを一斉に放つというシンプルかつ絶大な結果を出す戦術である。
電磁力が完全に充填されたEMLは超弩級戦艦にすら穴を開ける程の絶大な威力を宿し、そしてそれが六つもの放たれたのだ。
基地の電子機器は一時的にシャットアウトされ、ここ数週間は使い物にならなくなるだろう。
「な、な、な――――――何やってんの、あのバカにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
幼馴染の凄まじい怒号は、しかしレールガンの轟音によって掻き消された。
戦闘機が降下し、そして杖が降ろされた場所へと風圧を投げ付けて土煙を晴らす。
ソレを見て、シュヴェルト1は凶悪な笑みを浮かべた。
《へぇ…それが噂に聞く第3世代の力か。なるほど、中々厄介じゃないか》
シュヴァルツェ・ハーゼは、ほぼ瀕死状態にあった。そう―――完全に壊滅はしなかったのだ。
意識外からの不意打ち、演習とは思えない完全なる奇襲を受けた彼女達は、しかし隊長であるラウラの指示もあってISを展開する事が出来たのだ。
さらには―――一つの砲弾が、空中で停止している。放たれた六つの内の一つが、威力を完全に発揮出来ずに静止状態に陥っていた。
シュヴァルツェア・レーゲン。ラウラ・ボーディヴィッヒが使用するドイツが開発した第3世代ISであり、AICと呼ばれる兵器を備えている。
ISの三次元的な機動力の要となる慣性制御能力を応用した兵器であるそれは、指定した範囲に触れた物体の動きを強制的に停止させる能力であり、一対一の戦闘では無類の強さを発揮する力だ。
だが、使用には多大な集中力を必要する為に時間が掛かり、さらにはビーム兵器には効果が薄まるという弱点も存在する。
あまりにも突発的な使用によって、彼女に止められたのは一発のみ。その他全ては止められず、殆どが守り切れずに受ける形になったのだ。
《こちらシュヴェルト隊の隊長、シュヴェルト1。こんなのでも一応は大佐だ。シュヴァルツェア・ハーゼのボーディヴィッヒ少佐とその他、生きているか?》
『こちらシュヴァルツェア・ハーゼ隊長、ラウラ・ボーディヴィッヒ、貴官のお陰で部下達は虫の息だ! これは一体何の真似だ、シュヴェルト1!』
《何のつもりも何も、演習訓練を始めただけだが?》
『なんだと…!』
《アンタ等が到着する前から俺等は着いてた、そう聞いたろ。ずっと待ってたんだよ、空の上で》
《情報は既に集めていた。第3世代IS「シュヴァルツェア・レーゲン」―――その第3世代兵器の内容も。こちらのレーダーよりも圧倒的に広く、そして早い網を持つ貴方々と真っ向から戦っても、隊長はともかく我々が勝つビジョンはありません》
《説明に感謝だ、シュヴェルト4。そういう訳でな、これが俺等の
ISと戦闘機の間にある差は歴然だ。パイロットの腕だけでそれをカバーし切る事が出来るのはシュヴェルト1を除いて、このドイツには存在しない。
ならば、使える戦法は全て使う。例えそれが姑息であろうが卑怯であろうが、戦争とは勝った者が天下なのだ。
差を理解しているからこその作戦。戦争を知っているからこその戦法。ISに乗れない彼らがISに勝る為の戦い方。
(考えが甘かった…いや、誰が予想出来るものか。ただの演習に、本当の戦争のやり方で挑むなどと。そもそもの認識が間違っていた―――これは私情などではない。此奴等は、ただの戦闘機乗りではない。戦争を経験した事のある、れっきとした戦争屋だ! だからこそ取れる戦術だ。だが、舐めるなよ…!)
『この程度でやられる程、私は甘い教え方はしていない! 全員、まだ動けるな!』
『はい…っ! エネルギーもまだ残っています!』
『いけます、隊長!』
『行くぞ!』
《大きく出たな、子兎共。その折れた脚でどこまで跳べるか見ものだ。シュヴェルト隊各機散開、取り囲め。今夜は兎の肉でシチューだ、ツァーンラートに作ってもらおう》
《そりゃ楽しみだ! シュヴェルト3、
《悪く思うなよ。シュヴェルト2、
《これが俺達のやり方なんでね。シュヴェルト6、
《ウィルコ。シュヴェルト5、交戦》
《ウィルコ。シュヴェルト4、交戦》
刃を持つ鳥達は、地を這う兎へと飛び掛かる。
アークライト式電磁投射砲(レールガン)
EML―――電磁ランチャーの一種。
ストレンジリアル世界に存在する国家であるエルジアで開発された空海軍共用の制空戦闘機『X−02』に空軍単独採用モデルとして大幅な改修を行った戦闘攻撃機『X−02S』、通称ストライク・ワイバーンに搭載された兵装。