もしもキュアプリズムがプリズムシャインを会得できなかったら?   作:ayano27

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バレンタインデーネタ
相変わらず百合成分濃いめにつき注意


後日談
後日談1『苦くて甘いビターチョコレート』


 イライラする。

 自分でもどうしようもないくらい、イライラして仕方ない。

 何に対してこんな感情を抱いてしまうのか。分からない。

 なぜこんな気持ちを抱くのか。分からない。

 それが分からないのか、ただただ悲しくて。苦しくて。

 ああ、それは嘘だ。

 何でこんな気持ちになるのか、私には分かってていた。でも、素直に受け止めきれなくて。

 だから、どうしていいか分からない。

 貴女にどう接して良いのか、分からなくて。

 私は何をすることもできないまま、ただ時が過ぎてしまうことを望んでしまっていた。

 

 

 

---side ましろ

 

 

 終礼のチャイムが校内に響き渡る。

 今日は学期末テストを控えているため午後は休みとなっている。だからなのか、クラスの誰もが浮かれていて、いつもより明るい雰囲気になっていた。

 でも、それに相対するように、私の気分は落ち込んでいる。

 なぜかって?

 それはもちろん、右隣の席が原因だ。

 

「ソラちゃん、私のも受け取って!」

「え? あ、ありがとうございます……!」

 

 授業が終わってからというもの、立て続けてクラスメイトの女子がソラちゃんにチョコレートを渡しに来ていた。

 そう、今日はバレンタインデーだ。

 女子が気のある男子にチョコレートを渡す日。

 だというのに……。そこら辺の男の子よりも圧倒的な数のチョコレートを貰っているソラちゃんを前にして、バレンタインデーとはどういう日だったっけと、いよいよ頭が混乱してきた。

 

「モテモテだね、ソラちゃん」

 

 机の上に積み重なっているチョコの山を見て、私はソラちゃんに声をかける。

 対するソラちゃんは狼狽えるように困り顔のまま、私の方を見やった。

 

「ましろさん、私、分からなくて……。バレンタインデーっていうのは、女性から男性にチョコをプレゼントする日だと聞いていたのですが」

 

 ソラちゃんも私と同じことを考えていたみたいだ。

 だからか、少し頬が緩む。

 

「本当はその通りだけど。最近は性別関係なしに好意のある人にチョコやプレゼントをあげたりするようになってきてるかもだから、変なことではないと思う」

 

 友チョコとか、逆チョコとか。形式ばった文化から、多様性を感じるような変化が訪れているように感じる。

 

「わ、私なんかにこんな、もったいないです……」

「ほら、また"私なんか"なんて言って。ヒーローでしょ? ヒーローなんだから、人気者でいて悪いことなんかないんだよ」

 

 流石ソラちゃんだと思っての純真な言葉のはずが、ちくりと胸の奥に痛みを走らせてしまう。

 でも、表情に出してなんかあげない。

 それが逆に何かを感じさせたのか。ソラちゃんは何かを気にするような表情でこちらを見つめてくる。

 

「ましろさん……」

 

 あぁ、ダメだ。これ以上は嫌なことを言ってしまいそう。

 私はカバンを手に取って立ち上がった。

 

「さて、ソラちゃん。帰ろ? 今日は学校は午前中だけだから、午後はスカイランドに行くって話だったでしょ?」

「は、はい! ちょっとだけ待ってください」

 

 そう言ってソラちゃんは山積みになっているチョコを一つ一つ丁寧に自分のカバンの中へとしまい出す。

 その様子を見つめながらも、私は自身の鞄に入れてある"それ"をついぞ出せずにいたのだった。

 

 

 

 

---side ソラ

 

 

 たくさんのチョコを貰った。

 嬉しいといえば嬉しい。でも、戸惑いの方が大きくて。

 一つ二つ、三つ四つ、五つ六つ…………。

 気がつけば数えきれないほどに目の前に積み上げられたチョコレート。市販の物が大半ではあったが、中には手作りのものをいくらか混じっており。それが何を意味するのかと考えると、私は嬉しさよりも、今まで感じたこともない後ろめたさを感じてしまっていた。

 この感情はいったい何だろうか。何か悪いことをしてしまったかのように、気分が落ち込む。

 これほどまでに積み上げられた好意の山を前に、なぜもこう、言いようのない疾しさに苛まれるのだろう。

 分かっている。こんなにも思い悩むのは、さっき見たましろさんの表情。一瞬だけ見えた、寂しい表情が原因だと。

 私は、どうすれば良かったのだろうか。

 いや、何を気にする必要もない。私は自信を持って貴女にこれを渡せばいい。

 そう思って、ぱんぱんに膨れ上がった鞄の奥に秘めている、貴女に渡す予定の"それ"を、いつ取り出そうかとタイミングを見計らっていた。

 午後はスカイランドに行く予定だから、それからでいいだろう。

 しかし、そう思ったのが誤りだったと、すぐに私は思い知ることになる。

 

 

 

---

 

 

 青の護衛隊本部の演習場にて、戦闘訓練に参加する私たち。

 プリキュアの力込みだとやはり戦闘力としては誰よりも抜きん出るため、自然と一対多人数の組み手という形に落ち着く。

 私がキュアスカイになり青の護衛隊の腕自慢の何人かを同時に相手する傍ら、ダークプリズムが同様にこれまた何人もの青の護衛隊の隊員を相手取っている。

 それは自然と青の護衛隊のチームワークを養う訓練となっていた。

 それも一区切りがつき、本部建屋の壁を背に腰を下ろし一息つく私の前に、シャララ隊長がやってきては声をかけてくれた。

 

「ソラ、今日はありがとう。おかげで有意義な訓練になっているよ」

「これくらいは当然です。ヒーローですから」

「流石はプリキュア、といったところかな。ウチの力自慢が、あの通りだ」

 

 シャララ隊長が目を見やる方向には訓練の末にグロッキーになっている隊員の何人かが横たわる姿があった

 

「す、すみません。加減がわからずやり過ぎてしまったようです……」

 

 焦る私を尻目にシャララ隊長はフッと涼しげに笑う。

 

「なんてことはないさ。むしろありがたい限りだ。お互いが本気でなければ訓練にならない。遊びでやってるわけじゃないのだから」

「であれば良いのですが……」

「ましろさんにも礼を言わなければな」

「はい、私などよりましろさんに……って、あれ? ましろさんはどこに……」

 

 きょろきょろと辺りを見渡してましろさんを探すがどこにもいない。

 

「先ほど宿舎の方へと向かっていったよ。洗濯やら掃除やら、手伝いたいと申し出てくれてね。寮監も喜んでいた」

 

 私の知らぬ間にそんなことにと慌てふためくように私はすくっと立ち上がる。

 

「えーっ!? わ、私もお手伝いします! シャララ隊長、すみませんがこれで失礼します!」

 

 言い終わるや否や、次の瞬間には鉄砲玉のように駆け出していた。

 

 

 

---

 

 

 ましろさんの姿を目にして、すぐに声をかけるつもりだったのだが、次の瞬間には言葉を失っていた。

 条件反射のようにして私は物陰に隠れて、チラリとその光景を覗き込んでいた。

 

「ましろさん、いつもありがとうございます! これ、つまらない物ですが!」

 

 青の護衛隊の若い男の子から、いかにもな包み紙を渡されるましろさん。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 にっこり笑顔でそれを受け取るましろさん。どうやら受け取った一つ二つじゃないみたいで。少し慣れたような面持ちでそれを懐にしまっている。

 

「もしよろしければ、今度どこか二人でお出かけしませんか?」

「えっ?」

 

 自分が言われたわけでもないのに、思わずドキッとした。

 それと同時に、ズキンと胸の奥が痛む。

 意味がわからなかった。訳がわからなかった。

 思わず飛び出していきそうになったその時だった。

 

「こらー! 抜け駆けは許さんぞ!」

「そうだそうだ! ましろさんがお前なんか相手にするものか!」

「身の程を知れ!」

 

 どこから湧いのかと思うほどに続々と青の護衛隊の若い衆が集まってくる。

 

「ましろさん、僕からも受け取ってください」

「自分も、これを!」

「俺のも受け取ってください!」

 

 皆が揃って包み紙を差し出す。

 あれはやはりチョコレートだろう。

 そうだ、そうだった。今日はスカイランドで年に一度のタレンバインデーだ。

 男性が好意のある女性に対してチョコレートを贈る、年に一度のお祭りの日。

 自分が生まれ育った世界のことだというのに、全く頭の中に無かった。それは、生まれてこの方十数年、自分には無縁のものだったから。チョコを貰うのも精々父や弟からといったぐらいで、他人からチョコレートを貰うことなんて一度も無かったから。

 

「えっと、その……ありがとうございます」

 

 ましろさんはしどろもどろになりながらも、それらを受け取る。

 たくさんの男の子に言い寄られるましろさんを目の当たりにして、私はただただ言葉を失っていた。

 全く予想だにしなかった光景だ。でも、よくよく考えたら当然のことだろう。

 ましろさんは優しくて、可愛くて、技量が良くて。

 当然だ。当たり前だ。

 誰もが振り向いて当然で……。

 

「あれ? なんで?」

 

 自分の頬を伝うものに気がつく。

 

「私、泣いて……?」

 

 ダメだ。泣いちゃダメだ。

 何を考えてるんだ。

 別に誰かに取られる訳じゃないだろう。

 ましろさんが誰かの手を取る訳じゃないだろう。

 ただ、チョコレートを貰ってるだけだ。

 それだけで……。何も心配することも、不安に思うこともなくて……。

 落ち着かない。考えがまとまらない。

 

 気がつけば男の子たちは散り散りに去っていて、寮の前にはましろさんだけが一人が取り残されている。

 私は流した涙を拭き取り、ましろさんの前へと姿を見せる。

 

「ましろさん」

「あっ、ソラちゃん……」

 

 少しの気まずさを感じながらも、私はいつでも取り出せるようにと懐にしまっていた"それ"に手がかける。

 しかし、手が止まってしまった。

 

「…………?」

「…………」

 

 黙り込む私にはてな顔のましろさん。

 

「ちょっと早いかもだけど、訓練のお手伝いも終わったし、そろそろ帰ろっか」

 

 沈黙を破るように、ましろさんはそう言って手を差し伸べてきた。私は反射的に懐から手を出す。しかし、その手には何も握られてはおらず。

 そのまま、ましろさんの手を取る。

 

「はい、今日はありがとうございました」

「ソラちゃんこそ、お疲れ様だよ」

 

 ぎゅっと手を繋ぎ、私たちは帰路に着いた。

 

 

 

---side あげは

 

 

 何かおかしい。

 何がおかしいって?

 それはもう決まっている。

 ソラちゃんとましろんの様子がだ。

 変によそよそしい。見てるだけでこっちがムズムズしてくる。

 絶対におかしい。これは聞いてみないと。

 そう思って、まずはソラちゃんにターゲットを絞り、部屋に押しかけるようにして話かけた。

 

「ねえソラちゃん、あれ渡せたの?」

「あ、あげはさん……その、実は……」

 

 真っ直ぐこちらを見ることができず俯き加減でごにょごにょと口を動かすソラちゃんの様子を見て私は確信した。

 

「その反応。あのチョコレート、渡せなかったんだね……」

 

 つい先日、私はソラちゃんにバレンタインデーの話を持ちかけた。こういったイベントごとにソラちゃんは鈍い。それも当然、スカイランドとは違う文化で、馴染みもなければそもそも知らないはずだからだ。といっても、クリスマスのように似たような文化は向こうにもあるのかも知れないが。

 好きな男性に対して女性がチョコレートをプレゼントするバレンタインデーだけど、好きな人であれば男性も女性も関係ない。チョコレートを渡せばましろんは絶対喜ぶよと捲し立てたのは何を隠そうこの私で。チョコの作り方のレクチャー、それと、場所の提供も。昨日は夜遅くまで私の家でソラちゃんと二人チョコを作っていた。初めての作業で苦労しながらではあったが、ソラちゃん自身の力でチョコレートは完成した。だから、その結果がどうなったのかについてはずっと気にしていたところではあったのだけど。

 

「受け取ってもらえなかったなんてことはない……よね? 渡すタイミングを逃しちゃったか、勇気が出なかったってとこかな……」

 

 チョコを渡すというシチュエーション。好き合う仲とはいっても、不安と緊張に塗れるものだろう。分からなくはない。

 でも、それにしてはましろんの態度が分からない。

 チョコレートを渡せなかったソラちゃんが気落ちしているのは分かる。でも、ましろんも似たような様子だった。

 ということは、まさかとは思うが。

 

「ソラちゃん、朝からどんなことがあったのか、教えてくれない?」

 

 現状確認だ。なんとなく予想は出来てきたが、状況を把握しないことには何とも対応しきれない。

 

「実は————」

 

 

 

---

 

 

「——というわけで……」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことか。なんて馬鹿なことを考えている場合ではない。

 

「純情すぎる……!」

「えっ、どういうことでしょうか」

 

 分かっていた。ましろんもチョコレートを作っていることは私には分かっていることだった。

 この家で台所に立つことも少なくない私だ。

 上手く隠してあっても、チョコを作っていた痕跡くらいは見て分かる。もちろん口に出すことはしない。

 というか、チョコを作るだろうことも予想はしていた。それはきっと、ソラちゃんに渡すための。

 だから、ソラちゃんにチョコの作り方を教えるのは別の場所でと、私の家まで彼女を連れ込むことにした。それぞれのチョコレートが、ちゃんとそれぞれのサプライズになるように。

 それなのに。だというのに……。

 

「あーもう、ソラちゃん! それ持って、ましろんのところへ行く!!」

「で、でも、今更私のチョコレートを貰って喜んでもらえるのでしょうか……?」

 

 私の言葉に対し不安そうなソラちゃん。

 同情する気持ちもなくはないが、正直なところやきもきして仕方ない。

 

「ソラちゃん、今日学校でたくさんチョコもらったんだよね?」

「は、はい。私なんかには勿体無いくらい……」

「満足した?」

「えっ……?」

「もしさ、ましろんがこの後チョコレートをくれたらさ。またか、もうたくさんもらってるのに、なんて思ったりする?」

「まさか! そんなこと思うわけありません! 私、本当は——」

 

 分かってるじゃん。ましろんもきっと同じ気持ちだよ。

 そんなこと、今更言わなくっても分かるよね?

 そう思いながらも、私はソラちゃんを見つめ続けていた。

 

 

 

---side ソラ

 

 

 たくさんチョコをもらって、満足したのかと問われた。

 もし、もしだ。ましろさんの手から、もう一つチョコを貰ったとして、もう十分貰ったのに、もういらないのに、だなんて……。

 

 そんなこと、思うわけない。

 自然と出てきたその言葉に私は気付かされる。

 

「あっ……」

 

 頭に浮かぶ既視感。

 

『モテモテだね、ソラちゃん』

 

 あの時少し寂しそうにしてたましろさんの表情が浮かび上がる。

 あの時のモヤモヤした気持ちの正体。

 そうだ。あの時の貴女は、今の私だ。

 

「…………。」

「ね、わかったでしょ? 行ってきなよ」

 

 また大事なことを気付かされた。

 全身全霊で背中を押してくれたのに、自分はそれを無碍にするところだった。なんて……なんて未熟。

 

「あげはさん、ごめんなさい。私、行ってきます!」

 

 立ち上がり、ましろさんに渡すつもりだった"それ"を手に取り、部屋を飛び出した。

 

 

 

---side ましろ

 

 

 ああ、失敗しちゃったな。

 なんてことのないことのはずなのに。こんなにも勇気が必要だなんて。

 こんなにも怖いと思うことなんだって。

 

 朝の光景がいつまでもフラッシュバックする。

 たくさんのチョコレートを貰うソラちゃんの姿。

 あの時は戸惑ってしまったけど、よくよく考えたら当然のことで。だって、ソラちゃんってかっこいいんだもん。

 明るくて、運動神経が良くて、人当たりも良くて、綺麗で……。

 あぁ、分かってたはずなのに。

 嫌だったんだ。みんながチョコを渡していくあの後に、私も、だなんて続くのが嫌だった。

 私は私を特別にして欲しくて、だから、素直になれなかったんだ。

 分かってるのに。貴女は拒否しない。きっと喜んでくれる。私のが一番だって応えてくれる。

 だというのに……。何で私は……。

 あぁ、最低だ。こんなの、いやらしい。はしたない。

 

「頭、冷やした方がいいかも」

 

 机に突っ伏して、試験勉強もせずにただ考え事に没頭していた私だったが、ゆるりと立ち上がってはドアに向かって歩き始めた。

 その時だった。

 

「ましろさーん! いますかー!」

 

 心臓の音が跳ね上がった。

 まさに考え事の中心人物の登場に、ビクッと私の身体が強張り、返事をするのがワンテンポ遅れてしまう。

 

「いるよソラちゃん、どうしたの?」

 

 ガチャリと扉を開けて、声の主と対面する。

 寝巻き姿のソラちゃんがそこにいた。

 

「あ、あのう……少し、話がしたくて……」

「もちろんいいよ。ほら、入って」

 

 もじもじと居づらそうなソラちゃんの姿に何を期待したのか、私は扉を大きく開いて、来訪者を招き入れるのだった。

 

 

 

---

 

 

「ましろさん! 私、その……えっと…………」

 

 私に何か伝えたいのだということはすぐに分かった。それは突然部屋に来たことからも想像できる。それはたぶん、悪い話とかじゃないのかな、なんて期待もしてしまう。ソラちゃんの態度から考えて。たぶん、だけど……。

 でも、その前に私のやるべきことを済ませよう。

 

「何か話があるんだよね? でも、その前に私から……。ソラちゃん、これ、受け取ってくれる?」

 

 ずっと渡せなかった"それ"を、チョコレートをソラちゃんへと差し出す。

 昨日こっそりと作っていた手作りチョコの入った箱を差し出す。手作りのチョコを百貨店で買ってきたチョコ用の包装箱に詰めていて、それっぽい雰囲気も出せてるような気がする。私の気持ちを、綺麗に詰め込んだつもり。

 

「あっ……ほんとに…………」

 

 ソラちゃんが何やら口走る。

 予想してたのかな。意外そうな感じは少しだけ。

 少しだけ胸の奥がキリッと痛くなった。あぁ、そんな感じか。だなんて。

 だめだ、考えちゃだめだ。

 だとしても、いや、だとしたらだ。渡せてよかった。もし、期待してくれてたのなら、それを裏切らずにいれたのだから。そうだ、良いことだろう。

 今日一日で色んなことを考えすぎて、正直頭の中がパンクしそうにもなっていたけど、渡してしまえばこんなもの、なんてことはない。

 頭の中で、ふうと一息つくような感覚を得て、幾分か落ち着くことができた。

 

「ごめんね、話を遮って。ソラちゃん、何か話があったんだったよね?」

 

 私はすぐさま話題を切り替えた。

 反応に興味はない。だなんて、真っ赤な嘘だけど。でも、淡白な反応を貰うくらいなら、そんなのいらない。見たくない。聞きたくない。

 ソラちゃんがたくさん貰った。数にして30個くらいあったとして、31個目のチョコレートの感想なんて、聞きたくない。

 私は貴女への想いをチョコにして渡した。その事実だけでいい。

 

「あれ、ソラちゃん……?」

 

 目の前の人を見る。

 次の瞬間、私は言葉を失っていた。

 

「…………っ」

 

 ソラちゃんが涙を流していた。

 目尻に溜まった大粒の涙が頬を伝って、一粒二粒と、絶え間なくぽたぽたと落ちては次々にパジャマを濡らしていく。

 

「ましろさん……わたし……」

 

 嗚咽を交えて、ソラちゃんが言葉を紡いでいく。

 

「朝登校する時も、授業合間の休憩時間も、学校から帰る時も、スカイランドへ向かう時も、青の護衛隊で訓練した後も、ずっと待ってました……」

 

 その言葉を聞いて、すぐに後悔する。

 あぁ、私、なんて馬鹿なんだろ。

 そうだよね。そうだよ。私だってそうだった。

 分かりきってたことなのに。なんか、変に遠慮しちゃって。

 私たちって、ほんと馬鹿だよ。

 

 私の目からも涙が溢れてきた。

 どうにも止められない。止めどなく流れ出てくる。

 それはまるで、合わせ鏡のよう。

 

「私は待ってるよ、今も」

 

 私は手を伸ばした。何かを欲するように。

 ずっと欲していた。まだ間に合うだろうか。

 欲しいよ。この気持ち、誤魔化したくない。

 そう思いながら、私は"それ"を待つ。

 手を振るわせながらも、待ち続ける。

 

「はい。私からも、これを……受け取ってください」

 

 流す涙をそのままに、満面の笑顔でソラちゃんが"それ"を私の手の中に収めてくれた。

 煌びやかな小包に可愛いリボン。馬鹿にするつもりなんて微塵もないと断言した上であえて表現するが、それを意外に思った。でも、想像するなら、お婆ちゃんかあげはちゃんから作り方や包装の仕方を教わったのだろう。素直に感嘆した。気にしていたわけではないが、そういう気配は感じなかったのだ。

 いや、そう言えば昨日あげはちゃんと夜にどこかに行っていたっけ。あれかな。

 なんて、頭の中をいろんな情報が駆け巡る。

 でも、そんなのはどうだっていい。

 

「ありがとう、ソラちゃん」

 

 その気持ちをこうやって受け取れるだけで、私は幸せなのだから。

 

「ましろさんのチョコ、早速いただいてもいいですか?」

 

 ソラちゃんはもう待てないと言わんばかりに私が渡したチョコの箱を持ち上げる。

 

「もちろんだよ。私もソラちゃんの、貰うね?」

「はい」

 

 そうやって、私たちはお互いのチョコを取り出してはそれを口の中へと放り込み、頬張った。

 

「あは、美味しいよソラちゃん。これ、あげはちゃんに作り方習ったでしょ?」

「え、あ、はい昨日……って、何で分かるんですか!?」

 

 びっくり仰天のソラちゃん。対する私はにっこり笑顔が止まらない。

 

「あげはちゃんがさっきくれたチョコレートと全く同じ味なんだもん」

 

 つい先ほど、実はあげはちゃんにチョコの交換を持ちかけられていたのだ。夕食直後ということもあり、デザート感覚でお互いその場で食し合ったから、分かってしまった。

 

「ほ、ほんとは何か隠し味をと提案してみたのですが……! 突拍子のないものを混ぜると味が崩れてしまうとのことで……!」

 

 ドギマギと慌て出すソラちゃんを前に少しの罪悪感を感じた。しまった、そういう意味で言ったわけじゃない。気づいたことをそのまま口にしてしまったが、これじゃあさっきと同じだ。すぐに自分を諌めるように、私は息を吐く。

 

「ソラちゃんのが美味しいよ」

「えっ、全く同じ作り方ですよ? 同じ味ですよ?」

 

 分かってないなー。なんて、心の中で調子づく私。

 

「だって、ソラちゃんが作ってくれたんだもん」

 

 ボン、と音が鳴った。

 ソラちゃんの顔が真っ赤に染まる。

 

「そ、そんなこと……。というか、ま、ましろさんのが、美味しいです……」

 

 ごにょごにょとうつむき加減に言葉をこぼすソラちゃんの姿が、ただただ愛おしい。

 

「嘘だぁ。美味しそうなチョコ沢山貰ってたよね」

 

 だから、少し意地悪を言いたくなった。

 

「ましろさんこそ、青の護衛隊の男の子たちから、たくさんチョコを貰ってました」

「あ……見てた……の?」

 

 ソラちゃんが恨めしそうにジト目をこちらに向けながらもこくりと頷く。

 あぁ、そういうことか。ソラちゃんも、私と同じように……。

 

「ましろさんは、優しくて可愛くて技量が良くて、男の人からモテますよね」

 

 確かに、たまに青の護衛隊の活動や訓練のお手伝いをするために訪問する際、最近は特にそういうアプローチが増えてきた気がする。

 

「それを言うならソラちゃんは、綺麗でカッコよくて運動神経がよくて、女の子からモテてるよね」

 

 学校でのソラちゃんを見てると、私はいつも不安にさせられる。ソラちゃんは何にでも元気よく顔を突っ込んでいくタイプだから、下の学年や上の学年にも顔が広くなっていって、よく好かれるのだ。特に女の子に。

 

「「私は……」」

「ましろさんだけが大好きです!」「ソラちゃんだけが大好きだよ!」

「「あっ……」」

 

 今度は私も顔を真っ赤にする羽目になっていた。

 でも、満更じゃない。幸せな気持ちでいっぱいだ。

 どうなることかと心配ばかりの一日だったけれど、今まで生きてきて一番のバレンタインデーになった。そんな気がする。

 最初に広がる苦味、それでも後味はすっきりと甘い。そんな日だ。それはもう、まるで私たちの送りあったビターチョコレートのように。

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