もしもキュアプリズムがプリズムシャインを会得できなかったら?   作:ayano27

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第六話『わたしリフレクション』

 ついに堕ちた、器は完成したと歓喜し、宙へ飛び上がるダークヘッドを目の当たりにして、プリキュア一同は絶望した。

 

「ちょっと、尋常じゃないパワーを感じるの、私だけ?」

 

 こんな絶望的な状態でもバタフライは苦笑気味に笑って見せた。でもそれは決して余裕からくるものではなく、焦りの方が遥かに大きかった。

 

「どう考えても先ほどの大蛇よりも強いですよね。何か手立ては……」

「さっきの技、もっかいやってみる?」

 

 冷や汗をかくウイングを尻目にマジェスティが提案を投げる。

 

「ましろさんの身体を傷つけるわけには……」

 

 ソラが歯噛みしながら答える。

 

「そんなこと言ってる場合ですか。やらないとやられます。大丈夫、きっとシャララ隊長の時のように、上手くやれれば……!」

 

 ウィングが背中を押すように叱咤する。シャララ隊長の時も同じような状況だった。味方と言える人が敵に回ったけれど、全力で打倒した後、回復の技をかけることで無事に救うことができたのだ。今回だってきっとなんとかなる。そうウィングは主張した。

 少なくとも、このまま何もできず手をこまねいていても事態は良くはならない。

 

「浄化技と回復技のコンボよね? よし、やってみよう」

「おーけー。ちょっとだけ痛いかもだけど、我慢してよねましろん。スカイも、それで良いね?」

 

 マジェスティがそれに乗っかり、バタフライも同様に続いた。

 今更覚悟を問う必要もないだろうがと考えながらも、バタフライはそれでもとスカイへ問いを投げる。大事なところでしくじることはあってはならない。意思の確認は必須事項だと感じたのだ。

 

「……わかりました。やりましょう」

 

 全員が意思を一つに、拳に力を入れた。

 その時、禍々しい赤い瞳でプリキュアたちを見下ろしていたダークヘッドが口を開いた。

 

「作戦会議は終わったか?」

 

 これ以上ないほどの余裕を見せるように優々と言葉を発する。

 

「では終演だ。全てを終わらせてやろう」

 

 ダークヘッドが片手を天に掲げた。

 するとその直上に赤黒いエネルギーが収束するように集まっていき、エネルギー弾となり巨大化していく。

 

「ちょっとちょっとちょっと、あれマジ?」

 

 バタフライが空いた口が塞がらないといった面持ちで声を漏らす。

 

「プリズムショット……!?」

 

 ウィングが呟く。

 そう、色は赤黒い禍々しさを放っていたが、それはまさしくプリズムショットであった。

 ただし、その禍々しさに加えて大きさも通常のプリズムショットの10倍以上まで膨れ上がっている。相対するプリキュア全員がその光景に固唾を飲み、冷や汗をかいていた。

 

「冗談でしょ……。バタフライ! 合わせてくれる!?」

 

 マジェスティが叫んだ。この大きさだ。避けることは叶わない。であれば防ぐしかない。完全に止めれなくても、四人が無事に切り抜けられれば反撃の機は必ず来る。

 

「おっけー、行くよ!」

「マジェスティックベール!!」

 

 蝶のシールドとマジェスティックベールがそれぞれ5枚重ねで展開される。計10枚の重ね張り。そしてすかさずスカイとウイングがそれを内から支えた。鉄壁の構えで備える。

 

「無駄だ。消え去るが良い」

 

 ダークヘッドが巨大なダークプリズムショットを打ち出す。

 空間が震え、周辺の床や壁にひびが入る。

 なんという圧だと息を呑むプリキュア。

 

「みんな踏ん張って!!!」

 

 バタフライが叫ぶのとほぼ同時、ダークプリズムショットがシールドに直撃した。

 ずんと重い音が鳴り、余波で地面が捲れる。プリキュアの足回りに浅いクレーターが出来あがった。

 全員の手と足が震えていた。それほどの勢いと圧。負けじと踏ん張るも、徐々に後方に押しやられる。

 先ほどのダイジャーグのビーム砲とは攻防の質が違っていた。威力自体はそれほど変わらないだろう。しかし、基本的に面での攻撃でそのほとんどは別の角度へと逃すように受け流せていたダイジャーグのビーム砲とは違い、このダークプリズムショットはあくまで球体で、その力のかかり方は面ではなく点である。その威力の全てを受け切る必要があるという状況。当然、先ほどよりもきつい状態。

 前方のシールドにヒビが入る。

 そしてそれは次第に大きくなっていき、前に張っているシールドから順に割れていってしまう。

 次々に割れ、とうとう蝶のシールドとマジェスティックベールが1枚ずつを残すまでになった

 もう限界だ。もうダメだ。全員がそう思ったろう。

 その絶望的な状況の中、バタフライがマジェスティとウィングに目配せをし、両者がこくりと頷いた。

 次の瞬間、ウイングがシールドを支える手を離し、後ろを振り向き地面を勢いよく殴りつけた。それにより、四人の後方に一人ほどが隠れられそうな亀裂が出来上がる。

 

「スカイ、後は頼みます!!」

 

 そして、ウイングはそう叫びながらシールドを支え続けるスカイの肩を引っ張り、後方へと引き倒した。

 

「なっ!?」

 

 唐突のことでバランスを崩したスカイは、勢いのまま後方の亀裂の中へ落ちてしまう。

 その後すぐさまウイングは再度シールドの支えに戻り、声を張った。

 

「バタフライ、マジェスティ!!」

 

 待ってたと言わんばかりに、バタフライとマジェスティがシールドを支える手から片手だけを離し、その手を後方へと向けた。

 スカイが落ちた地面の亀裂の上に、蓋をするように蝶のシールドとマジェスティックベールが張られる。

 

「ど、どうして……!!?」

 

 スカイが声を荒げる。三人は今にも壊れそうなシールドを支えながら、スカイに目を向けニッと笑った。

 

 

 

 

---side ソラ

 

 何もかもが唐突だった。

 今まさにシールドが全破壊されてしまうという瀬戸際、余裕なんて露ほどもないその状況で、他に意識を割くようなことは当然できず、全力で前を見て手と足に力を入れていた。このメンバーの中で一番力がある私がと躍起になっていたこともあっただろう。

 だから、バタフライがウィングとマジェスティに目配せしていたことも当然気づくことはなく。ウィングが唐突に手を離し後方に向き直り何をしていたのかも、横目に映りはしても気をさく余裕なんてなくて。

 だから、ウィングに唐突に肩を引かれて後方に引き倒された時は一体何が起きたのかと、頭の中が真っ白になってしまって。

 ウィングが地面を叩き割ったことで生まれた亀裂にすっぽりと身体が収まったと思ったら、まるで蓋をするように二枚のシールドが張られ、私はその狭い空間に閉じ止められた。

 真っ白になった頭の中に疑問が駆け巡る。なぜ、どうして、どういうつもりで。

 そうして、仰向けのまま前方の三人の姿を視界に映すと、そこには今にも割れてしまいそうなシールドを支えながらもこちらを向いてニッと笑いかけてくる三人の姿が見えた。

 そして、三者三様の言葉でそれを口にした。

 

 ましろを頼む、と。

 

 次の瞬間、最後のシールドが破壊される。

 そしてその破壊力の塊に押し出されるように三人が遥か後方に吹っ飛ばされた。

 煙が上がり何も見えない。振動がひどく状況も分からない。その余波は私にも確実にダメージを与えるものではあったが、半ば地面に埋められるような形になっていた私へのダメージは、上にいた三人よりは遥かに小さなものであった。

 激しい振動が終わる。蓋をするように張ってあった蝶のシールドとマジェスティックベールは気がつけば粉々に砕け散っていた。

 急ぎ亀裂の中から這い上がり、周囲を確認する。仲間たちは遥か遠くに散り散りになるように吹っ飛ばされ、遠目で見て地面に倒れているのが確認できた。気絶しているのか、倒れたままの状態にある。戦線復帰は難しいだろう。

 前を向くと、依然として優々と宙を舞うダークプリズムの姿が目に映る。

 

「ふむ。仲間を犠牲に耐え凌いだか。無駄な足掻きを……」

 

 つまらないものを見るようにボロボロの私を見下してくる。

 私は苦しそうに呼吸を荒げながらもダークプリズムから目を離すことはなく、上空を見据え構えを取った。

 

 どうにかしないと。

 

 ましろさんを頼むと、そう言われた。

 あのままでは全滅は不可避だと悟ったのだろう。だから、私一人でもと、そう思い至ったのだろう。

 なぜ私なんだろう。

 私にはウィングのような機動力はなく、バタフライのような防御力もなく、マジェスティのような器用さもない。

 結局のところ、私にはこの拳しかなくて。

 何を思い、託してくれたのか。

 でも、託されたのであれば、諦めるわけにはいかない。

 やり遂げなければ……。

 

 ダークプリズムが私を目掛けて一直線に肉薄してくる。

 着地しながら突き出してきたその拳を腕でガードする。

 続け様に繰り出してくるダークプリズムの殴打の嵐を、防御し、回避し、受け流してを繰り返す。

 肉弾戦を仕掛けてきたのは単純に一対一になったからだろうか。正直なところ、先ほどのようにダークプリズムショットを撃たれればそれだけで詰みであると感じた。しかし、単純な肉弾戦をしかけてくるのであればやりようはある。そう希望を抱くのと同時に、何か裏があるのではという疑問も抱いてしまう。もしかしたら、肉弾戦というこちらのフィールドにわざわざ踏み込むことで、それでも自分が上なのだと誇示する意図があるのかもしれない。それで本当に肉弾戦でも歯が立たなければ、私の最後の希望も粉々に砕け散ってしまうところだ。そうなったら、本当の絶望と言ってもいい。

 しかし、一方的にやられてしまうような感触は今のところはなかった。殴打の嵐も、一撃一撃は今までのキュアプリズムでは考えられないような重いものだったが、対応できないほどではない。十分捌くことはできる。

 できるのに……。

 

「どうした、反撃してこないのか」

 

 勢いそのまま殴打を繰り返しながら、ふと発せられるダークヘッドの言葉に思わずドキリとした。

 そうだ。攻撃は十分捌ける。十分過ぎるほどに。

 だからそう、反撃しようと思えばできる。

 できると思いながらも、できなかった。

 それは本当に無意識なレベルで、ただ私は攻撃を捌くだけで。

 

 ダークプリズムが今度は本腰を入れるように、左右交互に強烈なストレートを放ってくる。

 流石に受け流すことができず腕でガードをしながらそれを受け続けた。徐々にダメージが積もり、私は歯噛みする。

 

「ヒーローともあろう者が、仲間の身体に傷一つつけることができないか? いや、ヒーローだからこそか。……何と弱い」

 

 興醒めだと言わんばかりに息を落とすダークヘッド。

 一度は最強の容れ物だと豪語したこの身に期待するところがあったのだろう。だが、それは裏切られたと息を吐く。

 そんな勝手な言い分に苛立ちを隠せない私は、ただ歯噛みしながら精一杯の面持ちで相手を睨みつけることしかできなかった。

 否定できない。私はましろさんの身体を傷つけることはできない。シャララボーグの時のように、みんなでダークプリズムを浄化して、すぐさま回復してという作戦に乗りはしたが、私の拳で直接ましろさんの身体を傷つけるとなると、手が止まってしまう。

 みんなに託されたというのに、もう後はないというのに。この期に及んで、私は思い悩む。

 自分で自分を呪ってしまう。

 未熟で、弱くて、なんと浅い決意か。

 

「怖かろう。悔しかろう。例え変身を重ねたとて、心の弱さは守れないのだ」

 

 乱打を放ちながら、煽るようにダークヘッドが言葉を放つ。

 その通りだった。図星だった。だからこそ、その言葉は私の神経を逆撫でした。

 

「くっ……!!」

 

 ガードするのに精一杯で腕が使えない私は、精一杯の勢いをつけて、ダークプリズムの頭を目掛けて頭突きでカウンターを返した。

 言い返す言葉を見失い逆上した者の精一杯の反撃。それくらいに頭に血が昇ったのだと後から冷静に考えるところだった。

 

 殴打が止む。ダークプリズムが頭突きを打たれた額を手で押さえながら、一歩二歩と後ろに後ずさった。

 

 胸がすく思いと共に、カッとなりついやってしまったと後悔する思いが同時に浮かびつつも、優柔不断な考えを捨て去らねばとすぐに頭の中を整理する。

 やはり受けているだけでは勝てない。ウィングが言っていた通り、ましろさんの身体を傷つけられないなとど、甘いことを言っていてはこのままやられてしまうだけだ。ましろさんを救うためには、みんなを救うためには、世界を救うためにはここで勝たなければいけない。

 私はヒーローになる。この場を乗り切って、みんなの幸せを勝ち取らなければいけない。

 ましろさんには、少しの間だけ痛いのを我慢してもらうだけだ。心は痛むけど、でも、必要なことで。

 

 そう考えて頭の中をクリアにし、再度構えを取った直後だった。

 

「痛い……痛いよ、ソラちゃん……」

 

 ダークプリズムが先ほどまでと打って変わって、弱々しい苦悶の表情を見せていた。目尻には涙まで溜めている。

 

 私は言葉を失っていた。

 耳に聞こえたのはダークヘッドの声ではない。聞き間違えるわけもない。

 それは紛れもなく虹ヶ丘ましろの声色で。

 思わず構えていた両の手から力が抜ける。

 その瞬間だった。

 ダークプリズムの顔が一転してニヤリと凄みのある笑みに染まった。

 

「ふん……!」

 

 次の瞬間、一瞬で肉薄してきたダークプリズムの拳が私の腹にめり込んでいた。

 

「かはっ……」

 

 口から空気が漏れた。今度は私の方が一歩二歩と後ずさることになる。

 打たれた腹を手で抑えるようにして、歯を食いしばりながら前を見やる。

 

「こういうのは私の趣味ではないのだがな。だが、こうも容易く精神は崩れるものか」

 

 打った拳を依然と突き出したままで、優々と言葉を並べるその声は、今度は紛れもなくダークヘッドのもので。

 私はすぐに理解した。

 ましろさんの身体を完全に掌握したということは、そういうことなのだと。今のは私を油断させるために、わざわざましろさんの声色で演技をしたのだと。

 ああ、いっぱい食わされたんだ。そう思い、私は再度構えを取ろうとする。

 いや、構えを取ろうとした。

 ……できなかった。

 腕がだらんと下がる。

 

〈痛い……痛いよ、ソラちゃん……〉

 

 先ほどの声が耳から離れなかった。

 分かってるのに、今のはましろさんの言葉じゃない。

 ダークヘッドが私を油断させるためにした演技だと、分かっているのに。

 私にはそれが、ましろさんの言葉にしか聞こえなくて。ましろさんの泣き顔が目に浮かんで。

 

 そんな私の姿を見て、ダークプリズムは容赦なく乱打を繰り出した。

 避けない、防御しない、反撃しない。倒れる私の横っ腹をダークプリズムは蹴り飛ばした。胃の中のものを吐き出し、口の端から血を流す。

 全身の痛みに耐えながらも、私は立ち上がった。

 腰に刺していた紫のアネモネは気付けば散り散りに吹き飛んでしまっていた。ましろさんとの唯一の繋がりが……。そう考えて私は一瞬だけそれに目をやるが、すぐに正面を見据えた。

 

「(ましろさんも、こんな気持ちだったんでしょうか……)」

 

 私の脳裏に浮かんでいたのは、私がダークヘッドに取り込まれダークスカイとなった時のことだった。

 ダークヘッドの傀儡と化した私はキュアプリズムを、ましろさんを滅多打ちにした。ましろさんは避けず、防御せず、反撃もせず、ただ私の攻撃を受け続けていた。そして、何度も立ち上がっては私の姿を見据え続けていた。

 痛くても、苦しくても、辛くても。全てを受け入れた。

 ましろさんの覚悟への賞賛。そして。

 

「(私は抵抗しないましろさんに……、あんなに華奢でか弱いましろさんの身体を何度も何度も殴り、蹴った)」

 

 だから、きっとこれはその罰で。

 

 大丈夫、痛くはない。これは強がりじゃない。

 少しだけ、嬉しい。

 やっと……ましろさんと同じになれた、あの時の……。

 

 少しだけ、救われた。

 

「何……?」

 

 ダークプリズムの目から涙が流れる。

 ダークヘッドはその現象に訝しみ、乱打の手を止めた。

 

「これは……キュアプリズムの反応か。……貴様にはもう何もできはしない。大人しく私の中で見ているが良い。最後の仲間が倒れる様をな」

 

 ダークプリズムの目の中で、一瞬瞳が揺れ、翠色がちらついた。しかし、何が起こるわけではなく。

 もう血反吐も出ない私の身体に、ダークプリズムの拳が迫る。

 

「さあ、もう倒れろ!!」

 

 振りかぶるその拳を前に、私は目を閉じ、全てを受け入れた。

 

「え……」

 

 だと言うのに、痛くない。なぜ? と目を開く。するとそこには、進むも戻るもせず、私の目の前で震えているダークプリズムの拳があった。

 

「なんだと……。まだ、まだ抵抗するかキュアプリズム!」

 

 ダークヘッドが激昂する。

 その様を見て、私の瞳に希望の光が灯った。

 みんな倒れて、残るは自分一人だと思っていた。

 一人ぼっちを恐れない、それがヒーロー。昔の自分の言葉が蘇る。

 でも違う、一緒に戦ってくれてるんだ。

 その事実が、嬉しくて、暖かくて、何よりも私の救いになった。

 ましろさんは、飲み込まれてなんかいない、塗りつぶされてなんかいない、消滅なんかしていない。なら、まだ、間に合う。

 

 全身の痛みで手も足も出ない。もう頭突きすら出せそうにない。

 そんな私だけど、やれることは、やるべきことは、やりたいことは、確かにある。

 

「ましろさん、聞こえますか? ましろさん。返事はしなくてもいいです。ただ、聞いてくれればいい」

 

 言葉を口にすること。想いを口にすること。

 あなたに伝えたい。聞いて欲しい。

 この気持ちを、この想いを、全て。

 

「バッタモンダーは、去っていきました。全て自分が悪かったって、言い残して」

 

 何が誰を間違わせたのか、誰の間違いが事態を悪くさせたのか。

 

「でも、そんな事はもういいんです。それともその事で私が貴女を責めるって、思っているんですか?」

 

 そう。どうでもいいんだ。そんなことは。

 ここはこうするべきだったとか、あれはどうするべきだったとか、そういう話をしたい訳じゃない。上手くいったとかいかなかったとか、失敗したとか成功したとか、全部どうでもいい。

 

「ねえ、私たちはこの一年間何をしてきたんでしょうか……。私達のこの一年間は何だったんでしょうか……」

 

 そう、一年だ。

 私たちが出会ってちょうど一年になる。

 いろんなことがあった。

 いろんな出来事があって、いろんな出会いがあった。

 とても長いようで、それは一瞬だったようにも感じる。不思議な感覚。

 いろんなことがあった。いろんな思い出ができた。でも、確かなことがある。

 

「まだ何も答えなんか出てないじゃないですか」

 

 そうだ。私たちの物語はまだ終わっちゃいない。

 

「覚えていますか? あの時、ソラシド市で初めて出会った私たちは、アンダーグ帝国に襲われて、何も分からないままエルちゃんを守る戦いに身を投じた」

 

 始まりは成り行きだった。何も分からない私たちが、何も分からないまま、目の前にあることを精一杯守ろうとしてスタートした、私たちの旅。

 

「私は無我夢中で戦いました。でも終わってみれば、周りは素知らぬ顔で、後の事しか考えちゃいない」

 

 アンダーグ帝国のトップであるカイゼリンとも和解を果たし、真の敵と言えるダークヘッドを貴女は無力化し封じ込めた。

 それで平和が訪れたと喜び合う人々の顔が思い浮かぶ。

 感謝をし、讃え、賞賛する人々。しかし、過ぎてみればもう過去の話。気がつけば、誰もがすぐに日常へと戻っていく。

 それは当然の話で、ヒーローは敵がいなくなればお役御免なのかもしれないなどと考えを巡らせるようなこともあった。倒すべき敵を倒したら、ヒーローの物語はもう終わりなのだと。

 

「でもそれで、私たちの一年が終わってしまっていいわけがないでしょう」

 

 そう、いいわけがない。

 倒すべき敵を倒したとしても、もう戦う必要がなくなったのだとしても、それでも私たちの物語が終わってしまっていいわけがない。

 

「確かに私たちはアンダーグ帝国を退けました。でも、それは全て貴女がそばにいてくれたおかげなんです。そう、貴女と私とみんなとで戦ってきた勝利なんです。だから、これからも一緒でなくっちゃ、意味がなくなるんです」

 

 そうだ。意味がない。

 みんなで悪い敵を倒して、これでもう安心、それじゃあさようなら、だなんて。

 そんなこと、私は絶対に認めない。

 

「ねえ、ましろさん、決戦のあの日、私は言いましたよね。この戦いに勝利したら、貴女に聞いてほしい事があるって」

 

 カイゼリンを救ったあの戦いの日の、私自身の言葉を思い出す。

 あの時はまたこの気持ちを知らなかった。

 貴女を想ってやまないこの激情を知らなかった。

 あの時、私が貴女に伝えたかった言葉は、今伝えたいこの言葉とは厳密にはちょっと違ったと思う。

 でも、本質は変わらない。結局のところ、私自身もよく分かってなかっただけで、きっとあの戦いの後、私自身今抱いているこの気持ちを貴女へとぶつけたはずだ。

 貴女を想うこの気持ちはなんなんだろうって、貴女自身に問いかけたに違いない。きっと、きっとそう。

 どっちみち、私たちは心が一つになる運命だったのだと。

 今なら確信して言える。

 

「私は戦うことしか出来ない不器用な女です。だから、こんな風にしか言えない」

 

 ヒーローを目指し、友達も作らず、人と関わることもせず闇雲に訓練するだけの日々。ほんの一年前までの私の青春。だから、人との関わり方も、絡み方も、何も分からない。何を言えば喜んで、何を言えば怒らせて、何を言えば泣かせて、何を言えば笑ってくれるのか。何も分からない。だから、私には難しいことは言えない。小綺麗な言い回しもできない。思ったことを思ったままに、それが(ソラ)だ。貴女に、(ソラ)を伝えたい。

 

「私は、貴女が……」

 

 声が震える。

 ここにきて初めて知った。

 ああ、気持ちを伝えるって……

 

「貴女が……!」

 

 想いを伝えるって、こんなにも……

 切なくて、恐ろしくて、幸せで、暖かくて――

 

「貴女が好きです!!」

 

 ――心が震えるものなのだと。

 

「貴女が欲しい!!! ましろさん!!!」

 

 震える声を張り上げた。声が軽く裏返る。

 私は願う。この想いが貴女に届きますようにと。

 

 

 

---side ましろ

 

 

 何もない心の世界。真っ白な世界。

 どうにも出来ないとただ立ち尽くしていた私はもういなかった。

 こんなもの登れるわけがないと諦観していた途切れ途切れの螺旋の塔。それを少しずつ、少しずつ登って上を目指していた。

 螺旋状に生えている途切れ途切れの階段、2〜3mは間が切れているその階段と階段の境目を、この出来損ないの片翼を精一杯羽ばたかせ、何とか飛び越えながら、上を目指していく。

 一つ階段から階段へと飛び移るだけでまるで100mを全力疾走したかのような疲労感に襲われる。それほどにキツかった。でも、休み休みでも登り続け、足を止めることはしなかった。

 全く自分らしくもない。どこまでも終わりなんて見えてこないこの塔を、どこまで行っても近づけてる感触も得られないあの空を前にして、諦めずに登りづつける。

 こんなことに意味はないかもしれない、どこまで登ってもあの空には手は届かないかもしれない。

 でも……。

 

「聞こえたから、友達の声が、聞こえたから……」

 

 独り言を吐き、次を飛ぶため翼を休める。

 そんな私に声をかける者がいた。

 

「貴女の弱さ、優しさの意味、何だかわかった?」

 

 驚きはしなかった。むしろ待っていたと言わんばかりに、私は声をした方向へと目をやる。

 そこには階段に腰掛ける黒い人の姿。

 私は顔を流れる汗をそのままに、にっこりと笑ってその質問に答える。

 

「私の間違いは、弱さは……自分に優しくできなかったこと。自分に優しくできない人間が他人に優しくしようとしたって、それはきっと間違いだらけで、きっと何も伝わらない。そう、私の弱さは……」

 

 分かっていた。本当は気づいていた。

 ただ、認めたくなかった。

 それも私の弱さ。

 

「私の中の本当の望みを……貴女(わたし)のことを受け入れられなかったこと」

 

 私の声に反応するように、黒い人を包んでいた黒い靄が晴れる。

 そこにいたのは、私。

 ダークプリズムの姿の私とは違い、変身していない姿の虹ヶ丘ましろ。しかし、その髪は真っ黒で、瞳は翠色ではなく緋色に輝いている。自分とは違う対照的な存在とも取れる存在。それでも、それは紛れも無く私自身。私が無意識に拒絶した、私が無自覚に切り離そうとした私そのものだった。

 

 私は黒い私を抱きしめる。

 黒い私はそっと抱きしめ返してくれた。

 

「分かってくれたんだ?」

 

 黒い私が涙を流す。

 私も同じように涙を流した。

 

「ごめんね、私」

 

 私は謝った。

 

「遅いよ、私」

 

 黒い私はそう言い私をさらに強く抱きしめる。

 それに応えるように、私も強く抱き返す。その全てを受け入れるように。

 

「帰ろう、私」

 

 そう私は言葉を紡ぐ。

 

「うん、帰ろう。きっとソラちゃんも、みんなも待ってる」

 

 黒い私はそう言うと、その身が光へと変わっていき、私の身体の中に溶けていった。

 私はその存在を確かめるように、そのまま自身の肩を抱く。

 

『私は貴女、貴女は私、私が本当に私らしくいられたらきっと、その時はみんなを本当に幸せにできる。だから、こんなところに蹲ってないで、みんなの手を取って私も幸せになろう』

 

 私の中から声が響いた。

 それは黒い私の声。

 

『天高く、最上よりも高く飛ぶ、そんなこと私にできるわけがない。私は私でしかないから……。空を飛ぶんじゃないんだ。そんなこと私にはできない。でも、私が私を受け入れられたなら、きっと扉はすぐそこに』

 

 ふと、目の前を見ると、妙な浮遊感に襲われると共に、次の瞬間には視界が反転した。

 落ちた。頭が痛い。何が起きたのかと、周りを見渡す。

 そこに広がる光景はまさに不思議な光景で。その奇妙な光景を私は生涯忘れることは出来ないかもしれない。

 世界が反転していた。

 それは文字通りの意味。

 地は天に、空が目下に。

 それに合わせるように重力が今まで上だと思っていた方向にかかり、私は上に落ちたのだ。

 螺旋階段のぐるっと登っていった先になる、真上の階段の裏に落ちて、頭を打った。

 いきなりのことで受け身も取れず、思いっきり頭を打ったため、痛みでしばらく蹲ってしまう。

 キュアプリズムよりさらに強靭であるダークプリズムに変身しているからこの程度で済んでいるが、生身の状態だったら頭の打っての脳震盪か、首の骨が折れてしまってもおかしくない状況だったため、内心とても動揺していた。

 痛みが落ち着いて後に、恐る恐る階段の淵、塔の外側へと這っていき、下を覗き込む。

 そこには変わらずどこまでも広がっている青空があった。しかし、その感想は先ほどとは真逆で。私は身震いとともに、ごくりと唾を飲んだ。

 

『怖い?』

 

 黒い私の声が響く。

 怖いかと問われれば、怖いに決まっている。ここから身を投げればどこまでも落ちていってしまうだろう。そうなればどうなってしまうのか。

 紐なしでバンジージャンプをやれと言われて、怖くないなんて答えられる人間が果たしていると言うのだろうか。

 でも、この時の私には、それとは違う想いもあった。

 生物的に恐怖する思いは当然あったが、それとは別の想いが確かにあった。

 だからだ。怖いけど、怖くはない。

 

「怖くないよ。私には私がいるから、みんなが待ってるから」

 

 黒い私の返事を待つことなく、私は塔の階段を蹴り、身を投げ出した。

 全身に風を感じる。とてつもない浮遊感に全身を襲われる。

 

『そうだね。自分の中の輝きを信じられたなら、きっと私も……』

 

 風の音にかき消されることなく、黒い私の声は私の耳に届いていた。

 私は私でいい。私は私がいい。心からそう思えたその瞬間、私の中の物語、その狂ってしまった歯車が元に戻っていく気がした。

 

 あぁ、落ちていく……。

 私は身も心も……(ソラ)へ落ちていく……。

 

 この感覚を私はよく知っている。

 ずっと感じていたもの。心地よくすらある感覚。この感覚に身を委ねればきっと。

 

 これで辿り着けるのだろうか、

 あの無限に広がる青い空の元へ。

 

 

---

 

 気がつけば目の前には、ボロボロのキュアスカイ。

 私は帰ってこれたんだと、歓喜で心が震えた。

 進むも戻るもなくその場で震えていた私の拳の震えが止まり、静かに引いていく。

 戦う構えが解かれ、だらんと下げられた私の腕。

 私は俯きながら、涙をこぼす。

 自分で見えることはないが、感じる。私の瞳が緋色と翠色の間で揺れていることを。

 

「私も……私も好き」

 

 答えずにはいられなかった。

 私は真っ直ぐ、キュアスカイを見据えて言葉を発した。

 キュアスカイは驚きの表情で固まっている。

 

「私、幸せだよ」

 

 涙が止まらない。

 こんなに嬉しいのに、こんなに幸せなのに、それが続かないって分かってしまったから。

 私の瞳の緋色の割合が増えていく。

 帰ってこれた。せっかく帰ってこれたのに、やっぱり、ダメなんだって、理解してしまう。

 もう、時間がない。このまま、抵抗虚しくまたすぐダークヘッドに乗っ取られてしまう。

 分かる。分かってしまう。

 

「でも、もうダメみたい。だからもういいの、ソラちゃん」

 

 ごめんね、(あなた)。幸せになろうって言ってくれたのに。でも、やっぱりダメだ。(わたし)(あなた)を受け入れることができたけど、でもこの状況、もうどうしようもないよ……。

 だから、もう一度お別れをしないと……。

 

 私はソラちゃんをまっすぐ見据える。

 

「貴女はいつも私を救ってくれる。私の真っ白な空白を埋めてくれる」

 

 ごめんね、みんな。

 ごめんね、ソラちゃん。

 ごめんね、(あなた)

 

「ありがとう、最後に夢を見せてくれて。私、後悔も、未練もないから……」

 

 ソラちゃんは何も言わずに、静かに私の言葉を聞いていた。それはまるで、私の言葉を待ってくれてるようで。

 

「だから、みんなを守るためにも、お願いソラちゃん……」

 

 言わなきゃ。言わなきゃ。言わなきゃ。

 今しかない。このチャンスは今しかない。

 ダークヘッドに乗っ取られる前に……。

 

 最低だと思う。私は最低なことを友達に強要しようとしてる。

 でも、これしかない。

 ソラちゃんにお願いするしかない。

 だから、ソラちゃん、お願い。

 今こそ、(わたし)を倒してヒーローになってほしい。

 

「私を…………ころし――」

 

 殺してと言いかけた手前、言葉が詰まる。

 言わなきゃいけないのに。

 それしかないのに。

 なのに、言葉が出ない。

 なんで、どうして……。

 

 目の前を見る。ソラちゃんを見る。

 目が合う。

 ソラちゃんは、私を見つめる目をそのままに、小さく首を振った。

 その瞬間、涙で私の視界がぐちゃくちゃになる。

 

「ころ……し…………うっ、うぅ…………」

 

 苦しい。苦しい。苦しい。

 言えば楽になる。楽にしてもらえる。

 ソラちゃんなら、何も感じないままに終わらせてくれる。

 いや、痛くてもいい、辛くてもいい。ソラちゃんになら何もされてもいい。

 このまま、再びダークヘッドに飲み込まれる前に。

 私が誰かを傷つけてしまう前に。楽にしてほしい。

 なのに……。そう思ってるのに……。

 どうして……。

 

 

 

 

---side ソラ

 

 

 大好きな貴女、愛しい貴女。

 貴女の言葉を待ってます。

 貴女の"その言葉"を待っています。

 

「私を…………ころし――」

 

 なのに、貴女はまだ消えようとしている。

 自分が犠牲になろうとしている。

 そうじゃないでしょう?

 私が待っているのは、別の言葉。

 私はましろさんの目線に答えるように、首を振る。

 

「ころ……し…………うっ、うぅ…………」

 

 ましろさんの顔が涙と鼻水でくしゃくしゃになる。

 私はそんなましろさんをただ見つめていた。

 

「ソラちゃん……」

 

 ふと名前を呼ばれた。

 

「なんですか?」

 

 優しく返す。

 次の言葉が、自然と出てくるように。

 私が待つ"その言葉"が自然と出てこれるように。

 ましろさんは、目を閉じ嗚咽を繰り返し、一頻り泣きじゃくった後、目を開いて私を見つめた。

 そしてゆっくりと口を開いた。

 

「………………たすけて」

 

 ずっと聞きたかった言葉。

 やっと聞けた。

 貴女の本当の声を。本当の想いを。

 

 だというのに、その瞳は無情にも再び緋色に染まっていく、翠色の輝きが、消えていく。

 

「プリズムの、ましろさんの心の光が……」

 

 消えていく。消えてしまう。

 やっと会えたと思ったのに、やっと声が届いたのに、やっと本当の想いが聞けたと思ったのに。

 それはあまりにも無情で。

 

「お願い、消えないで!!」

 

 私は叫んでいた。

 心からの叫び。願いを向けた。しかし、それじゃあダメだとすぐに思い直す。想いだけで人は救えない。だから、私が……。

 私は両の手を前に出す。

 

「いいえ、私が、私が照らし出してみせる!!!」

 

 心が通じた、一つになった、共鳴した感覚が、それができると教えてくれた。

 これはきっと、キュアプリズムの力、本来キュアプリズムが手にするはずだった力。

 理屈はわからない。でも、完全に心がつながったからこそ、本来あり得ないそれを、不可能を可能にしたのだと感じた。

 

「煌け! プリズムシャイン!!!」

 

 広げた両の手の中に灯る光、それはやがて大きく誇大化し、辺りを眩く照らし続けた。

 

『ぐあああああああああああああ!!!!』

 

 再び身体を乗っ取るために身体の主導権の引っ張り合いをしていたダークヘッドだったが、プリズムシャインの輝きの前に跡形もなく浄化されていく。

 ダークヘッドの意志と、ダークヘッドの赤黒い思念を帯びたアンダーグエナジーは完全に消滅することになった。

 ダークプリズムの緋色の瞳は翠色へと完全に戻り、真っ黒だったその姿も、徐々に白さを取り戻した。

 気づけば黒い片翼も消えて、元のキュアプリズムへと戻っていた。

 

 もう敵はいない。戦いは終わった。

 その安心感で私たちはその場にへたり込む。

 

「どうして……」

 

 ましろさんが声を出す。

 もう指一本動かす気力もなかったため、私はその言葉に耳を向けるのが精一杯で。

 

「どうしてこんな無茶をしたの!!!」

 

 ましろさんは大きな声でそう叫んだ。それは怒ってるのではない。ある意味怒ってはいるけれど、そうじゃないと分かる。

 それは私を想っての言葉だと。

 でも、何を言われたとしても、私は想いも言葉も、曲げるつもりはない。

 

「理由も想いも、全て伝えたつもりです」

 

 ふふっと笑う私の言葉に、ましろさんは堰が切れるように、滝のような涙を流し私に抱きついてきた。

 

「会いたかった、ソラちゃんに、ソラちゃんに、ソラちゃんにずっと会いたかったんだよ…………うわああああああああん」

 

 そう言いながら、ましろさんは私の胸の中でわんわんと泣きじゃくった。

 私はそんなましろさんを抱きしめて、その頭を撫でる。

 何度手を伸ばしても、ある時は手が届かず、ある時は掴んだと思ったのに手からするりと滑り落ちた。もうダメかと何度も思った。でも……。

 今度こそ本当に守り切れたのだと、腕の中の愛する人の体温を感じながら、私は確かな充足感を感じていた。

 

 

To Be Continued…




もう2、3話ほど続きます。
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