もしもキュアプリズムがプリズムシャインを会得できなかったら?   作:ayano27

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第七話『バイバイじゃないよ。またね、だよ。』

 ましろはソラの胸の中で啜り泣いていた。

 ソラはそんなましろをぎゅっと包み込むように抱きしめる。

 

「ごめんね、ソラちゃん……」

 

 ふとましろが言葉を溢す。

 

「でも、私もう離れないから」

 

 愛する人の前から何度も立ち去ろうとした、離れようとした。その時はそれが正しいことだと信じて疑わなかったが、今感じているこの温もりを前にして、愛する人の想いを目の当たりに今では、それは何もかも間違いだったのだと悟った。ぎゅっと抱きしめられるその腕に、その胸に埋まるように、身体を密着させる。

 

「離しはしません」

 

 ソラもまたましろの言葉と仕草を目の当たりにし、それに応えるように抱きしめる腕に力を込める。壊れてしまわないように優しく、それでいてもうどこにも行かないようにと強く。

 

「ずっと、ずっと一緒です」

 

 お互いの体温を、お互いの感触を、お互いの存在を感じ合い、確かめ合うような抱擁。それは誰にも邪魔されない神聖な儀式にも見えるような、神々しさまで放っていた。

 度重なる苦難を乗り越えて手に入れた幸せ。まさに心が一つになった瞬間だったと言える。

 とも思えたのも束の間。

 

「なかよし、だね」

 

 そんな最中、ふと声をかける者がいた。

 

「わっ! わわっ!!?」

 

 反射的にましろがソラを突き放すようにして、ソラから離れる。何者だ何事だと顔を真っ赤にして、声の聞こえた方を見ていた。

 

「あっ……」

 

 相対するソラは突然失った愛する者の感触を、温もりを名残惜しく感じるように、切ない面持ちでましろを見つめていた。そして、同じく声の聞こえた方向を見やる。その表情はましろとは対照的で、なんということをという、不満色に染まっていた。

 

「あらら……離れちゃった」

 

 声の主は、先ほどダークプリズムショットに吹っ飛ばされて彼方で地に伏していたキュアマジェスティ、プリンセスエルだった。しばらく彼方で気絶していたが、先ほど復活し、ことの顛末を確認しに二人の元へと駆けつけていたのだった。

 二人の反応が意外だったという面持ちで、もしかして私余計なことをした? と言わんばかりに苦笑を浮かべて、バツが悪そうに頭を掻いている。

 

「まるでコントだね」

 

 その隣には、エルと同じくして復活したあげはの姿があった。二人に対して水を差したエルに何を問うこともなく、逆に水を差されたくらいで突き放すように離れた二人の様を見て、くつくつと笑いが溢れるのを必死に堪えていた。もう離れない、離しはしないとはなんだったのだろうと。そんな言葉が出てきそうな面持ちで二人を見つめる。

 

「プリンセス、少しは空気を……」

 

 さらにその隣には、同じく復活したツバサの姿があった。こちらは逆に二人に対し申し訳なさを感じつつ、水を差すエルに対して物申している。とは言え、放っておくとエンドレスに続きそうだった二人の抱擁をそのまま放っておくと話が進まないなという思いもあった。ダークヘッドが消え、事態が収束したとしても、ここは敵の本拠地であった場所であり、脱出の目処も立たないという現実がある。全員の無事が確認でしたのであれば、長居することはない。すぐにでも帰還の方法を探りたいという思いがあった。

 

「にしてもソラちゃん、ボロボロだね」

 

 表情や思いは違えども、同じように悶々としている二人に対して相変わらず飄々とした態度で茶化すようにあげはは声をかける。

 事実、キュアスカイの見てくれは酷いものがあった。全身青あざだらけ。それもそう、これでもかと言わんばかりにダークプリズムに滅多打ちにされた傷が、生々しくその身に残っていた。

 

「皆さんこそ」

 

 痛いはずなのに、辛いはずなのに、そう言ってソラは笑う。

 強がりなのか、痩せ我慢なのか、みんなのことを思うあまり自分のことは後回しになってるかのように、ソラの目は自分よりもみんなに向けられていた。

 そんなソラを見て、あげははバツが悪くなる。

 

「ごめんね。全部押し付けちゃって……」

 

 それは本心からの言葉。ダークプリズムショットが迫り来るあの状況、みんなで無事に切り抜けられる場面ではなかった。策を講じてやっと、それでも助けられるのは一人だけ。そんな状況の最中、誰をという部分において、勝利に最も近い選択をしたとは自負していた。

 

「ましろの心を動かせるのはソラしかいないって思ったの」

 

 そしてそれはエルも同じ想いだった。

 勝利の可能性を考えるならば、間違った選択ではなかった。しかし、それは最も残酷な選択であったことも自覚している。

 最後の希望を託すと言えば聞こえはいいが、ダークヘッドに支配されたダークプリズムの相手をソラ一人に押し付ける。それがどれほど残酷なことか。

 ましろを傷つけられないと最後まで反発していたのは他でもないソラだった。

 しかし、だからこそ、ましろの心を呼び戻せるのはソラしかいない。そう信じられたことも事実。

 

「賭けでしたが、上手くやっていただけだようですね」

 

 ツバサも心を同じくして言葉を重ねる。

 想い届かず手も出せずにやられてしまうか、想い届かず諸共打ち倒すか、想いが届き悪だけを打ち倒せるか。結末がどうなるのか。それは本当に賭けだった。

 ヒーローは必ずしも全てを救えるわけではない。取捨選択を迫られることもある。一を犠牲に百を救うか、百を犠牲に一を救うか。そんなトロッコ問題を常に突きつけられるのがヒーロー。それでもと言い続け、全てを救う事はとても困難な道だろう。しかし、それを成し遂げられることこそが真のヒーローなのかもしれない。自分勝手だと分かっている。それでも、信じて託した。そしてそれは成就された。これほど誇らしい話があるだろうか。

 三人とも、そんな思いを胸に最高の笑みを向けていた。

 

「全て皆さんのおかげです」

 

 対するソラは謙虚なもので、三人の言葉に対し同じく笑みで返す。

 しかし、その言葉は真意であり、紛れもなく事実であったと戒めている。

 自分だけで手にした勝利ではない。きっと一人ではこの手は届かなかったんだと自身の手を握りしめていた。

 

「みんな……」

 

 ただ一人、気まずそうにましろが口を開く。結局のところ、みんながいたからこその事態の収束だった。

 ましろ自身、良かれと思っての行動ではあった。アンダーグエナジーを、ダークヘッドを、全て封じ込むことができると、自信があった。

 しかし、事実としてダークヘッドは自分の手に余った。自身は乗っ取られ、悪の手に堕ち、仲間を、世界を危機に晒した。自分がその元凶となったという事実が重くのしかかる。

 だから、顔向けできない。そう感じていたからこそ、ましろは皆となんと言葉を交わしていいか分からなかった。

 結果、俯いた顔を上げることができなかった。

 

「ましろん、一言だけ言わせて」

 

 そんなましろにあげはは声をかける。

 ましろはびくっと身体をこわばらせた。

 どんな打倒が出てくるのか、どんな言葉でなじられるのか。どんな痛みも、苦しみも、辛さも耐えてみせるという覚悟をした。でも、仲間の口から出てくる言葉に対する覚悟など持ち合わせてはいなかった。どんな痛みよりも、恐ろしいと感じさせられた。

 ましろは目を伏せ、身を震わせる。

 しかし、そんなましろの思いは裏切られることになる。

 

「おかえり」

 

 震えが止まった。

 強張る思いが氷のように溶けていった。

 ましろはふと顔を上げてみんなを見つめた。

 そこには慈しみの顔でこちらを見据えるみんなの顔があった。

 一気に目頭が熱くなった。

 

「いいの? 私、みんなのところに戻っても……、生きてても、いいの?」

 

 全て自分のせいなのだと思った。そんな自分を受け入れてもらえるのか。そういう恐怖を抱いていた。

 でもそれは、とんでもない空振りで。

 

「……!!」

 

 あげははそんなましろの様子を目の当たりにして、大粒の涙を流す。ザッとましろに近づいて跪き、その身体を引き寄せるようにしてましろを抱きしめた。

 

「独りにして、ごめんね……!」

 

 一言だけと思っていたのに、涙と共に言葉は次々と溢れ出てきた。

 こんなになるまで追い詰められたましろを、自分はずっと放置してしまっていたのだと。同じ屋根の下で一緒に暮らしてたというのに、こんなになるまで孤独にさせてしまっていたと。後悔の念が止まらなくなる。一歩引いて見守っていた気になっていた、そんな自分の馬鹿さ加減を呪った。

 

「何かあったら一緒に背負うから。もう、手を離さないで。お願い、約束して……!」

 

 涙を流しながら投げられる言葉、そこには並々ならぬ想いが込められていた。

 ずっと後悔していた。誰よりも後悔していた。幼い頃からお互いを知っている身として、あげはは誰よりもましろを理解していたつもりだった。だからこそ、彼女を止められなかったことを、導いてあげられなかったことをあげはは悔いていた。

 

 ましろはそれにこくりを頷いて肯定する。

 そうして、あげはの想いを受け入れるようにぎゅっと抱きしめ返す。

 

「あげはちゃん、あったかい……」

 

 そこにはもう何の蟠りもなかった。

 純真な言葉がお互いの心を洗う。

 

「ましろんのが、あったかいよ」

 

 涙の抱擁を交わす幼馴染の二人を見ながら、微笑ましくも複雑な思いを抱く者が一人。

 ウーっと唸り声を上げるかのように、悔しそうな表情を浮かべるその人に対して、ツバサとエルがそっと声をかけた。

 

「ソラさんは空気、読めますよね」

「ソラ、そんな怖い顔しちゃダメ」

 

 うっと言葉を詰まらせるソラは、先に水を差したのはそちらではという言葉を喉元に仕舞い込み、ため息を溢し立ち上がった。

 言いたいことはたくさんある。あげはの言葉に対しても、もちろんましろの言葉に対しても。でも、今は二人のやりとりをただ見守り、見届けることにした。

 大丈夫、時間はたっぷりある。自分たちを引き裂くものはもう何もない。好きなだけ、好きなように、貴女と今後を語り合おう。そんな思いを胸に、ソラは自分の気持ちに整理をつけた。

 

「あ、そうだ! みんなをミックスパレットで回復させなきゃって思ってたの、すっかり忘れてた」

 

 あげはが抱きしめる腕を緩めましろの肩を支えるようにして言う。

 そんなあげはの手を取って、ましろは笑みを持って返した。

 

「大丈夫。あげはちゃん、手を貸して」

 

 言われるがままにあげははましろに両の手を預ける。

 あげはの両の手をお椀のように合わせて、それを支えるようにましろの手が包み込んだ。

 何が起こるのかと見守る一同の前で、あげはの両の手のひらから光が溢れ出した。

 

「これって……」

 

 溢れ出した光はやがて小さな光の塊となり、辺りを眩く照らし出す。

 

「プリズムシャイン……」

 

 ソラの口からほろりとその名が零れ落ちる。

 そう、これはキュアプリズムが手にするはずだった力『プリズムシャイン』の光。それがキュアバタフライであるあげはの手によって放たれていた。

 光に照らされた全員の傷が瞬く間に癒やされ、身体を解し、心をも温めた。

 キュアプリズムと心が通じ合ったキュアバタフライによるプリズムシャイン。それは癒しの光。

 一同はその不思議な光を目を輝かせ見つめていた。

 すっかりと完治した全員の身体。最後に、ましろの胸に開いていた風穴のような傷がゆっくりと閉じるように癒えて、光が徐々に収まっていった。

 

「ましろん、今のが……?」

 

 驚いた表情をそのままにあげはがましろに問いを投げる。

 ましろは満面の笑みでそれに応える。

 

「これがプリズムシャイン。みんなそれぞれが、私の身体を通して出せる光」

 

「私は浄化の光でしたが、あげはさんは癒しの光になるんですね……」

 

 ソラが自分が出したプリズムシャインを思い返しながら独り言ちる。

 

「私とましろんの力……」

 

 あげはもまた、自身の手のひらを見つめながら独り言ちた。

 

「私! 私も出せる!?」

 

 エルが手を上げてましろに詰め寄った。

 

「もしかして、僕にも?」

 

 それに続くようにツバサもひょいと顔をのぞかせる。

 

「うん、できるよ。どんな光になるかは分からないけど、きっとできる」

 

 ましろはそんな二人にも言葉と共に笑みを返した。

 プリズムシャイン。それは、虹ヶ丘ましろの心と通じ合った相手の心を反射する、まさに反射の光(プリズムシャイン)と呼べる代物だった。

 

「ソラが浄化の光で、あげはが癒しの光なら、私は何だろ……」

「僕は、うーん……」

「あはは、また試してみようよ。二人とも」

 

 そう言って笑い合う三人。

 そんな三人を微笑ましく見つめるあげはとソラ。

 そんな彼らを余所に、異変が起きた。

 

 地震。いや、空震か。

 空間が大きく揺れ始める。

 それは彼らがいるネオアンダーグ帝国そのものが崩れ始める予兆であった。

 

「これ、ヤバいやつ?」

 

 エルが冷や汗と共に冷静な問いを飛ばす。

 

「ああ! どうするんですか! これ、地下だけでなくこの空間全体の振動ですよね!? やっぱりバッタモンダーを連れてこればよかった……!!」

 

 半ばパニックになるツバサを他所に、冷静に会話をする者が二人。

 

「あげはさん、この空間の地上周辺は通り抜けられない靄で囲われているって言ってましたよね?」

「うん? ああ、そうだね。エルちゃんがぐるっと確認してくれてたはず。どこにも通り抜けられそうな穴はなかったって聞いてるけど」

「壁ではなく靄であるなら、力技で突き抜けて外に出ることは出来るかもしれません」

「外、ね……。やってみる価値はあるかもしれないけど……」

 

 仮に外側があると仮定しても、どう言う空間になっているのかは分からない。スカイランドか、ソラシド市か、はたまた全く未知の世界か。それらであればまだ良いとしても、何もない亜空間にほっぽり出されるなんてこともあるかもしれない。そうなれば帰還は絶望的と言える。

 しかし、このまま手をこまねいていても事態は良くはならない。間もなくこの空間が消滅するとして、その道連れになるなんてのは真っ平だ。

 

「よし、やってみよっか。やるなら、さっき四人でやったあの技、あれを五人でやってみよう」

 

 ひろがるせかいパンチ。浄化の力を除外するのであれば、マジェスティッククルニクルンを差し置いて、あれが一番の火力技であるといって間違いはないだろう。

 ソラは同意するように頷き、拳を握った。失敗できないという緊張感を胸に、ソラとあげはの間に視線が交わされる。二人は冷や汗伝わる笑みをもって拳をぶつけ合い、立ち上がった。

 

「待って」

 

 そんな覚悟を決めた二人を他所に、ましろが立ち上がり全員に声をかけた。

 慌てふためく二人と、冷静に覚悟を決めた二人。その全員の視線がましろに集まる。

 

「私が、道を開くよ」

 

 そう言ってましろは胸に手を当てると、目を閉じて念を込めた。

 

「(お願い、力を貸して)」

 

 ましろの、キュアプリズムの衣装が黒く染まり、目からピングの炎が迸り、左肩から漆黒の片翼が生える。それは先ほどまでのダークプリズムの姿そのものだった。

 全員がその姿を見て目を見開いていた。何が起きたのかと言葉を失う。

 

「ましろん、それ、どういうことなの……?」

 

 流石に今度は冷静でいられないとばかりに、度肝を抜かれた表情であげはが口を開く。

 

「ダークヘッドは……アンダーグエナジーは浄化されたはずでは……?」

 

 それに続けるようにツバサが言葉を重ねた。

 

「まさか、まだ残ってるの……? 操られてなんか、ないよね……?」

 

 エルもまた、訝しむように言葉を投げる。

 皆の視線が一点に集まる。

 全員から疑心暗鬼な目線を受けていたかと思えば、そんな中一人だけは違う反応を見せていた。

 

「皆さん、やめてください。今のましろさんは、間違いなくましろさんです。ダークヘッドの意思は完全に消えました。欠片も残ってはいません。私が保証します」

 

 ソラが頑然とした態度でましろの前に立ち、庇うように振り返って他三人の方を見やった。

 ましろはそんなソラの言動に目を閉じ心からの感謝を胸に一歩前に出て、言葉を紡ぐ。

 

「これは、アンダーグエナジーによって象られたもう一人の私……いや、私自身の力。上手く説明できないけど、ダークヘッドから生まれたアンダーグエナジーじゃなくて、私自身から生まれたアンダーグエナジー。だからこれは私自身の力で……。大丈夫、害はないから」

 

 それは先ほどまでこの周辺を覆っていた、ダークヘッドの意思を宿した邪悪なアンダーグエナジーとは違うものだとましろは言う。

 ましろの内に残るそれは、アンダーグエナジーを取り込んだことにより象られた自分の負の側面、ましろが受け入れた自分自身、あの精神世界で向き合った黒い虹ヶ丘ましろ、その残留。私は私でいいと受け入れたそれは、ましろの中に根付くように残っており、それはアンダーグエナジーによって象られ顕在化したものであるため、結果としてましろの中にアンダーグエナジーが付随するように残っていたのだった。

 

「もう一人のましろん……か。ましろんは、自分自身を受け入れることができたんだね」

 

 はてな顔のツバサとエル。それとは対照的にソラもあげはは柔和な笑みを浮かべていた。

 

「うん。私は私でいい。いや、"私は私がいい"って思えたからこそ、こうやって帰ってこれたんだ」

 

 自分の中の闇から逃げるのではなく、受け入れることができたからこその帰還。その身に宿しているアンダーグエナジーはその証とも言えるものだった。

 

「害がないのは分かりました。それで、そのアンダーグエナジーを用いればバッタモンダーたちのようにワープゲートを開くことができるということですか?」

 

 ツバサの問いにましろがこくりと頷く。

 

「きっとできる。やってみるね」

 

 そう言ってましろは手を前にかざし、念ずる。

 開けという意思を掌に、指先へと集中させた。

 秒にして数秒。静寂の時をみてエルが口を開いた。

 

「ひ、開かないよ……?」

 

 相変わらず空間を揺らす振動が止まず、それが焦りとなり冷や汗になってそれぞれの顔を伝う。

 

「なんで……!? できるはずなのに……!」

 

 ましろが焦りの表情で身体を強張らせる。

 

「うーん、何か必要なものがあるんじゃないかな?」

 

 あげはが冷静な分析を口にした。

 その言葉よりそれぞれが考えを巡らせる。

 

「もしかして、あれ?」

 

 エルがポンと掌に拳を重ねる。

 

「あれ、ですか……」

 

 ツバサは片手で頭を触り、若干の同情の念を込めてため息をつく。

 

「うん、あれしかないね」

 

 それに反してあげはは上機嫌に指を顎に当て期待の目をましろへと向けた。

 

「え? どれですか?」

 

 そんな中、ソラだけが何事なのかとはてな顔でぽかんと口を開ける。

 

「あぁ……うぅ……」

 

 顔を赤らめてうめき声を発しながら肩を窄めるましろ。

 そんなましろに四人の視線が集まった。

 

「初めてダークプリズムになった時はそのまま開けたのに……ダークヘッドだって何も言わずに開いてたのに……」

 

 ここに来てブツブツと無駄な抵抗を見せるましろの羞恥心を余所に、四人の視線は途切れることなくましろへと伸びていた。

 

「それはダークヘッドが特別だったのかもしれないね。ほら、他の人たちは例外なくあれ唱えてたでしょ?」

「う、うぅ……」

 

 あげはの言葉に対し恨めしそうに唸るましろ。

 頭がのぼせ上がりそうになるのを必死に堪えながら、ましろはもう一度手をかざし、念を込めた。

 そして、ゆっくりと口を開いて、その言葉を唱える。

 

「ま……ま……」

 

「ま……?」

 

 はてな顔のソラを他所に、あげはとツバサとエルの三人は出るか出るかと目を輝かせていた。

 

「ましろんろん……!」

 

 唱えられた言葉に反応する様にワープゲートが開かれる。

 

「「「おぉ〜〜」」」

 

 思わず小さく拍手をする三人を余所に、ソラは今更ながらの納得の表情を浮かばせていた。

 

「あ! なるほど! 必要なことっていうのはつまりーー」

「あーもー! ソラちゃん、行くよ! みんな、今のは忘れてね!!」

「〜〜〜〜〜っっ!!!」

 

 ましろは顔を真っ赤にして、ソラの口を手で塞ぎながら、問答無用でその肩を引っ張りワープゲートへと歩を進める。

 あとの三人も満足そうな笑みを浮かべながらその後に続いた。

 そうして、無事プリキュアたちは帰還を果たすことができたのだった。

 

 

----- side ソラ

 

 ましろさんのおかげで無事にスカイランドに帰還することができた。例の呪文のことについて触れるとすこぶる不機嫌になってしまったので、あれの話は禁句であるとヒーロー手帳に明記しておく。

 そんなこんなで私たちは揃ってスカイランド城へ向かい、ことの顛末を報告した。ダークヘッドの潜伏と企み、それを一人阻止しようと奮闘した英雄の話を。

 王城にて真の英雄として讃えられたましろさんはしどろもどろになっていた。私はそんなましろを見て満足げに笑っていた。

 私なんてとんでもない。世界を救ったのは、たくさんの苦難を乗り越えて本当の勝利を掴んだのは他でもないましろさんの功績なのだと、私の愛する人はこんなにもすごいのだと、認められ讃えられる様が誇らしくて、こんなに嬉しいことはなかった。

 祝いの場が落ち着いたところで、ましろさんは一度ソラシド市へと戻った。ヨヨさんに無事に帰ったことを報告するために。

 私もついていくと言ったが、やんわりと断られた。本当にヨヨさんへの報告のためだけだからと、すぐに戻ってくるからと言われたため、私はついて行きたい気持ちを我慢し引き下がった。

 あげはさん、ツバサくん、エルちゃんも一緒にスカイランド城に滞在していたが、どうやらツバサくんがスカイランドの賢者としての活動の前準備で早速やることがあるとかどうとかで、いつの間にか割り当てられた部屋に引きこもって何やら忙しなく作業をしていた。あげはさんとエルちゃんもそれが気になるやら手伝いをするやらで一緒になって行動していたため、私は一人でましろさんを待つことになった。

 

 スカイランド城でしばらく待っていると、本当にすぐに戻ってきたましろさんと早速合流することになった。

 

「どうでしたか?」

 

 私はヨヨさんとのやり取りを聞いた。あははとバツが悪そうに笑うましろさん。どうやらヨヨさんからこってり叱られたらしい。それもそうだ、あんなに一方的な遺書の様な手紙を押し付けて雲隠れしたのだから。残された家族の想いは計り知れない。何度も何度も、謝罪と感謝の想いを伝え、涙の抱擁を交わしたとましろさんから聞いた。だからだろう、私の同行を拒んだのは。肉親水入らずのやりとり。見る方も見られる方も気まずくなるというもの。それを聞いて私は少し、自分を諌めることとなった。やはり私は調子に乗っていた。なんでもずかずかと入り込むことはよくないと感じたのだ。

 

「初めてだった」

「何がですか?」

「お婆ちゃんに叩かれたの」

 

 言いにくそうにましろさんは頬を指で掻いている。よく見れば少しだけ赤くなっている様にも見えた。

 その様を見て私はあの時のことを思い出していた。

 

「私も、ヨヨさんに叩かれましたよ」

 

 そう、あれはましろさんを失ったと失念していた時の話。

 

「ましろさんを、ましろさんの家族から奪ってしまったのだと、そう感じて……その……」

 

 自分から語り始めたと言うのに、なんとも言いにくく言葉を詰まらせてしまう。ましろさんはどうにも気になるという面持ちで私の言葉を聞き入っていた。

 

「死にたいって、言おうとしたんです」

 

 少し、恥ずかしい。未熟な私の未熟な考え、未熟な姿。他人に見られて気持ちいいものでは無い。

 でも……。

 貴女には見て欲しい。

 どんなに未熟でも、恥ずかしくても、貴女に見てもらえることは、こんなにも気持ちが良いから。

 ましろさんは驚きの表情を見せたのち、私に抱きついてきた。

 

「ごめん、ごめんね」

 

 謝ってくるましろさんの言葉に私は戸惑っていた。

 私は何も怒ってなんていない。謝って欲しいような感情は一ミリもない。

 でも、貴女の感触が、貴女の温もりが気持ち良くて。

 役得だ、なんて思ってしまう。ヒーローはそんなこと考えるわけないのに。

 でも、それは止められなくて。

 

「私、残されたソラちゃんの気持ち、何にも考えられてなかった」

 

 その通りだと感じた。

 貴女は優しいのに、優しくない。

 気がつけば私の目尻がしっとりと濡れていた。

 

「ほんとです。私、寂しかったんですからね」

 

 そう言って、私は静かにましろさんの身体に腕をまわし、私たちはしばらく抱擁を交わし続けていた。

 

 そうしているのも束の間、私たちがいる城内の客間に来客が現れた。

 ツバサくんの作業の待つ間、他愛のない話で盛り上がっていた私たちの前に現れた二人の人物。

 シャララ隊長とアリリ副隊長。

 突然訪問してきた青の護衛隊のナンバー1とナンバー2に分かりやすく動揺する私たちを前に、二人は伝えることがあると切り出した。

 一枚の書状を私に手渡し、その内容を口にする。それは前々から伝えられていた私の青の護衛隊に対する正式な本入隊の話だった。目を見開き渡されたその書状を見つめていると、ましろさんは手を叩いて喜び称えてくれた。固まったまま動かない私を余所に、シャララ隊長は言葉を続けた。つい先刻まで激戦をしていて疲れているだろうと気遣ってくれた後に、本入隊について、その意思があるのであれば、7日後の正午に青の護衛隊本部まで来てくれと告げられ、それまではゆっくりと休んでくれと言い残し、シャララ隊長は去っていった。アリリ副隊長もそれに続く様に退室していき、部屋には私とましろさんだけが残されることになった。

 とんとん拍子に話が進んで、ほとんど置いてけぼりになっていた私を余所に、ましろさんは大はしゃぎで私の手を取った。

 

「おめでとうすぎるよ!」

 

 満面の笑みを浮かべて喜んでいるましろさん。まるで自分のことの様に喜び舞い上がっている。対する私は戸惑うばかりで。

 それはまるで、さっきの私とましろさんみたいだと感じた。真の英雄と讃えられ戸惑うましろさんと、それを喜ぶ私の姿。

 複雑な想いだった。

 カイゼリンを救う戦いの少し前。この様な書状は無かったが、私は同じ話をシャララ隊長から持ちかけられていた。この戦いに終止符が打たれ、強大なアンダーグ帝国の脅威が去った暁には、是非青の護衛隊への本入隊を考えてほしいと、その時はそう言われた。

 違和感があった。あの時はどちらかと言えば喜んでいたのは私の方で、ましろさんはどちらかと言うと、今の時間を惜しむような、今の私のような寂しい顔をしていた。

 なのに、貴女は今はあの時の私みたいに全力で喜び、祝福している。

 逆に私の方が、今の貴女との時間を惜しむ様な感情に襲われている。

 分からない。欲しかったものが手の中にあるのに、なのに、心の底から喜べない。

 

「私、やっぱり断って——」

 

 自然と出かかった私の言葉。

 

「ソラちゃん」

 

 その途中でましろさんは言葉を重ねる様にして制止する。

 その圧に押される様に、私は言葉を詰まらせた。

 ましろさんはにっこりと微笑みを浮かべたまま、私を見つめていた。

 

「夢を叶えて」

 

 ああ、そうだ。貴女ならそう言う。

 私は無意識に天秤にかけてしまっていた。

 自分が幼い頃より追いかけ続けていた自分の夢と、大好きな貴女を。

 別に青の護衛隊に入隊したからと言って、こっちに住まいが変わったからと言って、貴女を失うわけではない。住む世界が違うだけ、いつでも会いに行こうと思えば会いに行ける。貴女を失うわけではない。

 だというのに。この喪失感はなんだろう。

 

「このために今まで頑張ってきたんだから」

 

 ましろさんは続け様にそう言い、にっこりと笑う。

 貴女はどう思っているんですか? 私の中にそんな想いが溢れ出てくる。

 でも、聞けなかった。

 ただ私は、その言葉に頷くしかなかった。

 それはあの日、寂しそうに表情に影を落としていた貴女に対して、何も言えなかった私に聞けることではないと感じたから。

 あの時何も言わなかったくせに、今それを言ってしまうのは、自分勝手だと、そう感じたから。

 でも、それでも、私は貴女が欲しい。

 諦めきれない。

 そんな想いを胸に秘めたまま、この話題はそこで終わったのだった。

 

 

 ましろさんは7日間、療養の意味も込めて私の家で過ごすことになった。私の青の護衛隊の入隊日のその前日まで、というわけである。

 ヨヨさんの根回しで、ましろさんはソラシド市の方では怪我で入院していることになっているらしい。それで学校を休んでいることになっているという話を聞いた。ヨヨさんの根回しという部分に今更ツッコむことは無かったが、話だけ聞けばそれは全くの嘘で、嘘で学校を休むのはズル休みだと指摘する人間もいるかもしれない。しかし、むしろましろさんはもっともっと休むべきで、何を言われる筋合いだってあるわけがない。それだけの心労を負ったし、それだけの功績を成したのだから、当然だと私は感じていた。

 それならと、ましろさんの口から一緒に居てくれると聞いた時に思わず舞い上がってしまった。私はゲンキンな人間かもしれない。そんな下心なんか無いと言いたいけど、でも、嬉しくて。それは否定しない。でも、恥ずかしいから、ましろさんには内緒だ。

 今までは私がましろさんの家でお世話になっていたが、その逆で、私の家でましろさんと一緒に過ごすことが新鮮で、それだけで私はとってもドキドキした。

 みんなで一緒にと言いかけるツバサくんとエルちゃんを捕まえて、あげはさんは邪魔しちゃダメだと言いながら二人を引きずっていった。そんなあげはさんの気遣いに思わず顔が熱くなってしまうのも束の間、ましろさんがみんなも一緒にいようよと言った時は複雑な想いが止められなかった。

 それも良いけどと言いながら、あげはさんがせっかくだからツバサくんの家に行きたいなと言い出す。えーっ!と驚きながらも満更でもないツバサくん。するとエルちゃんもそれに乗っかる様にツバサくんを引っ張っていって、三人は去っていき、結果私たち二人だけがこの場に残された。

 三人仲の良いことを微笑ましく感じたが、プニバード族の家って、人間のサイズで入れるのだろうか? などと無粋な疑問が出てきたが、深く考えることはしなかった。

 

 それからの7日間は私にとって夢の様な時間だった。

 全く触れたことのない異文化の中で、ましろさんは驚きの連発といった状態だった。私たちにとって当たり前のことでも一々オーバーリアクションでびっくりしているましろさんの姿は、ちょっとだけ間が抜けていて、とても可愛く感じた。私もきっと、向こうの世界でこんな感じだったんだろうなと思うと、なんだかこそばゆいような感覚に襲われる。

 パパともママとも仲良く話している姿を見て嬉しく思っていたら、予想はしていたがレッドがズカズカと失礼な態度で接するものだから私はハラハラしっぱなし。新しいお姉ちゃんができたと喜ぶレッドの姿は微笑ましいものがあったが、ましろ姉ちゃんましろ姉ちゃんと何をするにしても付き纏う姿に私はヤキモキさせられた。

 ましろさんをレッドに盗られると思ったから?

 それとも弟をましろさんに盗られると思ったから?

 どっちもあるだろう。両方あるが、前者の方が遥かに大きいとは断言できる。

 

「ましろ姉ちゃん〜!!」

 

 と言いながらましろさんに抱きついたり、手を引っ張ったりするレッド。

 

「こら、レッド!!」

 

それに対して怒鳴るように声を荒げる私。

 

「ソラちゃん、私は大丈夫だよ。レッドくん、元気いっぱいだね〜」

 

 全く迷惑とも思わない様子でレッドの後を追うましろさん。

 どこにいくにしても何をするにしても、この一連の流れが定着しつつあった。

 ましろさんは人が良すぎる。このままでは私の胃に穴が空いてしまう。そう感じて止まなかった。

 そんな幸せな日々も束の間、ついにましろさんが帰る日がやってきたのだった。

 

 

 

-----side ましろ

 

 

 その日もソラちゃんのお家で思いっきり遊んで楽しんで、気がつけば夕暮れの時が近づいていた。

 約束の日。ソラちゃんは明日から青の護衛隊員としての活動を始める。そして、私はずっと休んでいた学校に明日からまた通い始める。

 お互いの道へ、お互いの人生へ戻る時が来た。

 だからこの日々も、この時間も、今日までで。

 寂しいけど、心惜しいけど、貴女を笑って見送るんだという想いを胸に、私は決して涙は見せなかった。

 ソラちゃん家のお庭で私たちは夕日をバックに向かい合っていた。そこにはあげはちゃんとツバサくん、エルちゃんの姿もあった。あげはちゃんも私と一緒に帰るから、これは私たちの一先ずの別れとも言えた。

 シドさん、レミさん、レッドくん。ソラちゃんの家族も、私たちを見送るためにこの場にいる。

 そうやってみんなが見守ってくれている前で、私はソラちゃんに別れを告げた。

 私は笑っていた。間違いなく、笑えていた。悔いを残すことなく私が旅立てるように、貴女が思い残すことなく見送れるように。

 だと言うのに、貴女は今にも泣きそうな顔で私を見つめてくる。

 

「明日でもいいんじゃないでしょうか? 一日くらい……、いえ、それがダメでも晩御飯だけでも一緒に食べて——」

 

 そういってソラちゃんは私に詰め寄るが、私ははやんわりと首を横に振った。

 ソラちゃんの目から涙が溢れ出した。それを隠すように、咄嗟に顔を覆って下を向く。

 嗚咽が止まらないソラちゃんに向かって、私は言葉を紡ぐ。

 

「どんなに離れていたって私たちはプリキュアだよ」

 

 そう、私たちはプリキュアだ。一緒にいた思い出はいつまでも消えない。仲間だという事実も、いつまでも消えることはない。

 いつだって想いはすぐ側にあって、私たちは繋がっている。

 だから、住む世界が違ったって、寂しいことなんかない。

 

「ミラーパッドやアンダーグエナジーの扉を使えばいつでも行き来できる。でも、それでも、それもいつまでも続くか分からない。いつかふとした時に、帰れなくなっちゃうかもしれない。そんなのダメ。どちらかの夢を、どちらかの人生を、どちらかの家族を犠牲にするなんて、きっとダメなんだ」

 

 だから、私たちはそれぞれの道に戻る必要がある。あるべき形に戻る必要がある。それは、いつか別れが来ようとも。後悔しないために。

 一度家族との死別に近い経験をしたからか、その想いは私の中で肥大化し、絶対的なものになっていた。

 私のために泣いていたお婆ちゃんの顔が思い浮かんだ。もう、二度とあんなふうに泣いてほしくはない。それはパパとママもそう。

 そして、それはソラちゃんに対しても同じ。

 本当はソラちゃんをこのまま連れて帰っちゃいたい。でも、シドさんやレミさん、レッドくんから、ソラちゃんを取り上げるなんて、そんな資格は私には無い。いや、資格云々の話では無い。家族が離れ離れになるなんて、二度と会えないようになるなんて、そんなの、絶対にダメ。だから、私たちはそれぞれの居場所に戻る必要がある。

 

「この力には散々嫌な思いをさせられたけど、今はこの力のおかげでこっちにもこれる、その事実が嬉しくて……」

 

 広げた私の手のひらからアンダーグエナジーが滲み出る。手のひらの上を滑るように動くそのエネルギーを見つめ、その存在を噛み締めるように握りしめ、それを体内へと仕舞い込んだ。

 

「この力が消えない限りは、きっと会いにいくよ。ソラちゃんも、ミラーパッドでこっちに来れるうちは会いにきてくれると嬉しいな」

 

 まっすぐな言葉、まっすぐな想いを、私は口にしソラちゃんを見つめた。

 

 

 

 

-----side ソラ

 

 

 消えない限りは、こっちに来れる内は、その言葉はいつか来る本当の別れを示唆していた。

 その事実が受け入れられなくて、私の目から涙がさらに溢れ出てくる。

 

「私ね、ソラちゃんには夢を叶えて欲しいんだ。私、夢を追いかけて努力してるソラちゃんが好き。大好きなの。だから、笑って見送りたいの。見送るべきなんだって、そう思うの」

 

 ましろさんのまっすぐな言葉を前に、それを受けいられずにいる私がいる。

 

「そんな言い方、ずるいです。私はましろさんだけで良かったのに。ましろさんのいない明日なんて、そんなの……」

 

 いつか来るかもしれない別れなんて、あると決まったわけじゃないのに。いつだってミラーパッドで会いに行けるのに。失うと決まったわけじゃないのに。

 なのに、この別れが永遠のもののように感じてしまい、悲しくて、恐ろしくて、口惜しくて。

 

「私の方が泣き虫なのに、ソラちゃんばっか泣いちゃうんだもん。ねえ、大丈夫だから」

 

 依然として嗚咽が止まらない私に、ましろさんは優しく声をかけてくれる。でも、それが逆に私の涙腺を刺激して仕方がない。

 

「寂しくなんてない。私たちにはきっとこれから先、もっとたくさんの出会いが待ってるよ」

 

 だから大丈夫だとましろさんは言う。それを私は受け入れることができなかった。

 

「そんなのいらない! 私にはましろさんがいてくれれば! ましろさんが欲しいのに!!」

 

 嗚咽を漏らしながら、言葉に詰まりながらも私は声を荒げた。

 この心の隙間は誰にも埋められない。貴女でしか埋められない。貴女でしか埋めたくない。

 だというのに、貴女はそんなことを言う。

 貴女はこんなにも優しいのに、こんなにも優しくない。

 

「なのに、なのに、そんなこと言うなんて、そんなこと言うましろさんなんて……!」

 

 あぁ、言ってしまう。

 思ってもないのに。

 でも、受け入れられなくて。

 嫌で、嫌で、仕方ない。

 貴女にそんなことを言ってほしくない。

 ワガママだって分かってる。

 でも、だから。私は。ついに、

 

「大嫌い!!!」

 

 そう言って、拒絶してしまった。

 次の瞬間、貴女に背を向けて駆け出していた。

 途中ママに呼び止められたが、足を止めることはなかった。

 自分の家へと駆け込み、そのまま自分の部屋へと逃げ込んだ。

 そして自分のベッドに倒れ込んで、大きな声で泣き叫んだ。

 私には、耐えることができなかった。

 それ故に最悪の別れを自分で作り出してしまったのだった。

 

 

 

 

-----side ましろ

 

 

「大嫌い!!!」

 

 そう言ってソラちゃんは自分の家の中へ走り去っていった。

 ソラちゃんの口から初めて聞いたその言葉。

 私は一筋の涙を流す。

 ああ、嫌われてしまった。そう思っても、後悔はしない。

 私たちは友達。それは変わらない。

 思えば貴女と喧嘩したことはなかった。本気でぶつかり合うことはなかった気がする。

 でも、これは衝動的なもので、貴女との繋がりが消えたわけじゃない。

 きっとすぐ、仲直りできる。

 例え衝突したとしても、貴女はヒーローになるべきで、私は貴女の背中を押すべきで。

 だから、私は間違ってない。

 

「ましろ姉ちゃん……」

 

 レッドくんが声をかけてくれた。

 私のことを心配してくれる様を見て、本当に自分に弟ができたようて、私の心が温まる。

 

「これからも、お姉ちゃんを大切にね」

「ましろ姉ちゃんも、僕のお姉ちゃんだよ……!」

 

 実直に、貴女も大切だと訴えてくるレッドくんの真っ直ぐな目に心が押されるようにさらに涙が一筋溢れ出した。

 私はぎゅっとレッドくんを抱き寄せると、小さく感謝を口にした。

 しがみつくように私に抱きつくレッドくんをそのままに、私はシドさんとレミさんに声をかけた。

 

「ソラちゃんを泣かせてごめんなさい。でも、これがお互いのためだと信じてます」

 

 間違ってないと信じている。いつか後悔する日が来ないように、お互いの道へと戻る必要があると。

 シドさんもレミさんも、私のその想いを理解してくれていた。

 

「辛い役回りをさせてすまない。娘のことを想ってくれてありがとう」

「素直に受け入れられなかっただけで、あの子もきっと分かってくれてるはず」

 

 シドさんとレミさんはそう言って私に頭を下げてくる。

 レッドくんも、シドさんも、レミさんも、話せば話すほどとても良い人たちで、ソラちゃんにはいつまでも家族と仲睦まじく幸せに暮らしてほしいという想いが溢れて仕方がない。

 私はレッドくんから離れると、懐にしまっていたそれをレミさんに手渡した。

 

「これ、ソラちゃんに渡してもらえますか?」

 

 一輪の花。それは、ピンクのアネモネ。

 実はさっき私の世界へこれを取りに戻っていたのだった。

 

「これは、ネモネアの花?」

 

 レミさんの言葉を聞いて、こっちの世界にもアネモネがあるのだと知る。

 こっちではネモネアというのか、なんて一人で納得したりして。

 

「私の世界では、花にはそれぞれ、花言葉というものがあります」

 

 当然、そこには私の想いが込められている。

 

「この花は、こっちの世界ではアネモネと呼びます。ピンクのアネモネの花言葉は……希望」

 

 ソラちゃんの歩む道に、目指す夢に対する一途な想いを込めている。

 いつだって想っていた。進む道は違えど、私たちの進む道には希望に満ち満ちていると。

 祝福されて然るべきだと。

 レミさんは私からピンクのアネモネを受け取ると、両の手で優しくそれを包み持つ。

 

「花言葉、素敵な文化ね。ありがとう。きっと喜ぶと思うわ」

「短い間でしたが、ありがとうございました。また、遊びに来てもいいですか?」

「もちろん。いつだって、毎日だって、歓迎するわ」

 

 そう言って、涙を流しながらも私たちは微笑み合う。

 最後にぺこりと一礼して、私はあげはちゃんたちの元へと歩き寄った。

 

「ごめんね三人とも。慌ただしくて」

 

 三人とも涙を目に浮かべながらも、私のことをじっと見守ってくれていた。

 と思ったら、あげはちゃんがレミさんの方へ詰め寄って何やら話をし始めた。なので、私は私でツバサくんとエルちゃんに最後の挨拶をと声をかけた。

 

「ツバサくん、エルちゃん、また遊びに来てね」

「はい……!」

「うん……!」

 

 涙で言葉に詰まるのか、二人の短い返答が返ってくる。

 

「じゃあ、バイバイ……」

 

 続けて声をかけてくるエルちゃんに私は首を横に振り、言葉を返す。

 

「バイバイじゃないよ。またね、だよ」

「え?」

 

 私の言葉に戸惑うエルちゃん。そんなエルちゃんの反応を余所に私は言葉を続ける。

 

「バイバイじゃ、もう会えないでしょ? だから、こういう時はまたねって言わなきゃダメなんだよ」

 

 いつだって会いに来るし、いつだって会いに来てほしい。みんな私の大好きな友達なんだから。

 

「……またね」

 

 エルちゃんは涙を流しながらも、微笑みながらそれを口にした。

 

「うん、またね」

 

 私もまた微笑みながら返す。

 

「ツバサくんも、またね」

「はい、また会いましょう」

 

 そう言い合いながら、私たちは握手を交わした。

 レミさんとの話が終わったのか、こちらに戻ってきたあげはちゃん。私と同じように二人と握手を交わす。

 これでもう思い残すことはない。

 私は腕をかざして例の呪文を小声で呟きワープゲートを開いた。

 みんなに見守られながら、私とあげはちゃんはそれに向かって歩を進める。

 思い残すことはない、そう思ったばかりなのに、私はふと足を止めてソラちゃんの家の方に目を向けた。

 

「ソラちゃん、またね……」

 

 一言、そう溢して私は再び歩みを進めた。

 バイバイじゃない。だから、これは別れじゃない。

 私たちは友達だから。

 きっとまた、会いに来るから。

 そんな想いを胸に私たちはワープゲートへと入っていった。

 

 

To Be Continued…




次回、最終回『エンゲージフラワー』
お楽しみに。
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