もしもキュアプリズムがプリズムシャインを会得できなかったら? 作:ayano27
翌朝のハレワタール家。
すっかり泣き腫らした顔で起きてくるソラを見かねて、シドとレッドの手前、レミがピンクのアネモネをソラに渡した。
「これ、ましろちゃんから預かってるの。貴女に渡してくれって」
レミが差し出すピンクのアネモネを目にして、ソラは口を覆っては目頭を熱くした。
「最悪な別れをした私に、それを受け取る資格はないよ……」
そう言い突っぱねる。
レミは一瞬表情を曇らせるも、すぐににっこり笑顔に切り替えた。
「そう? ソラがいらないっていうなら、じゃあこれは私が貰おうかな」
そう返されるとそれはそれでとソラが吃る。
そんなソラの様子を見て苦笑するレミとシド。対するレッドはハテナ顔。
曇り顔のままのソラへとレミが問いを投げる。
「ねえ、本当はどう思ってるの?」
今更家族相手に建前を見繕ったって意味もないかと、ソラは口元を緩めた。
「私、恋してる……」
そんな娘の言葉と顔を見て、レミとシドは覚悟を決めるようにお互いの顔を見合って頷き合った。
「ソラはどうしたいんだ?」
畳み掛けるようにシドが問いを投げる。
ソラもそれに応じるように目を合わせ、ゆっくりと口を開いた。
「ましろさんに会いに行きたい。……いや、会うだけじゃなくてずっと一緒にいたい。いつまでも、ましろさんの隣にいて……ましろさんだけのヒーローでいたい」
ソラの純真な言葉にレッドが思わず口を開いた。
「良いじゃん会いに行けば! ましろ姉ちゃんはいつだって遊びに来るって言ってたよ! 毎日だって遊びに行けば……いや、今までみたいに一緒に暮らしたっていいじゃん!!」
半ば強引な別れを目の当たりにして何か思うことがあったのだろう。二人の好き合う気持ちは理解できなくとも、レッドにとっては二人は最高に仲のいい姉達であり、それが涙を流してまで暮らしを分つ理由も、幼心には理解も納得もできなかった。
姉が遠くに行くのは寂しいけれど、それは今までだって同じだった。姉はヒーローになる夢を抱いて家を出た。寂しく思う気持ちはもちろんあったが、その生き方に惚れたのは真実で、応援する心もまた真実だった。だから、姉弟として送り出すのが正しいことだと信じていた。
レッドの真っ直ぐな言葉を受けて、ソラもまたゆっくりと口を開く。
「でも、今の生活を、家族を捨てたいわけじゃない……。青の護衛団からの入団勧誘だって、本当なら受けるつもりでいた。それは私の夢のチケットだったから……」
力無く項垂れるソラの表情には明らかな迷いが見て取れた。レッドは吐きたい想いを喉の奥にしまうように唇を噛む。それをすぐに吐き出さなかったのは、他人の決めたことに口を出すことは必ずしも正しいことではないと彼自身が学んでいたからだった。
「それにましろさんだって、辛かったはずなのに、その気持ちを無碍にして、この期に及んで一緒にいたいだなんて言ったら、きっと今度こそ失望させちゃう……」
そう言いソラは目を伏せる。
四人の間に静寂な時が流れる。
迷いを抱く子どもたち、かける言葉を探す大人たち。
そんな中、その静寂を最初に破ったのはレミだった。
「向こうの世界には花言葉っていう文化があると聞いたわ」
レミが笑いかけ、再度ソラへとピンクのアネモネを差し出す。
その言葉を聞いてソラはふと顔を上げてピンクのアネモネの花を見つめた。
「このネモネアの花。向こうじゃアネモネって呼ぶらしいけど、ましろちゃんからピンクのアネモネの花言葉について教えてもらったわ」
ソラは差し出されたアネモネの花を受け取り、じっと見つめた。
「"希望"ですって」
そこに込められた想いが頭の中を駆け巡った。
自分の夢、家族との未来、その全てに対する言葉であると心で理解できた。
ましろさんらしいとソラは微笑みながらも、複雑な心情を示すように眉を歪める。
「ましろちゃんから聞いたのはそれだけ。でもね、ピンクのアネモネの花言葉はそれだけじゃないって、あげはちゃんからこっそり教えてもらったの」
ぽかんとした表情でソラはレミの方へと目線を動かした。
「ピンクのアネモネのもう一つの花言葉は、"待ち望む"なんだって」
再びの静寂。少なくともソラにとってはそう感じた。
時が止まったような、不思議な感覚を覚えた。
それを聞いたソラの頬を大粒の涙が一筋流れ落ちる。
「ましろちゃんはああ言ってたけど本当は未練タラタラだと思うって、あげはちゃんは言ってたわよ」
流れた涙を気にも留めずにソラはぽかんとした表情をそのままに、視線を手の中のアネモネへと落とした。
「素直になれない二人が、本音は同じなんだって、ママは思うわ」
そう締めるレミに続くようにシドが言葉を重ねる。
「お前のやりたいようにやればいい。いつかは子を送り出すのが親の役目で、その時が来ただけ。それでも俺たち家族はいつも繋がっている」
本当にやりたいことがそれであるならば、止める理由はどこにもない。ましろは家族が離れ離れになるのはダメだと言ったが、それが枷になって本当にやりたいことを諦めることは間違ったことだとシドは考えていた。もちろん、それはレミもレッドも同じだった。
「大丈夫、パパとママは僕が守るから! 僕もヒーローになるんだ、だから安心してよ! お姉ちゃんに負けないくらい強くなって、代わりに青の護衛隊にも入ってみせるから!!」
レッドが髙らく宣言する。
そんなレッドの言葉を聞いて、ソラは微笑んだ。
「辛い時、何かに挫けた時、いつでも帰ってきなさい。ここはいつまでも、お前の家なのだから」
「ましろちゃんに振られたらうんと泣いて次の恋を探すこと、その時は私の胸を貸したげる」
「うん……!!」
家族の言葉を受けて、ソラは決意を固める。
いつか帰れなくなったらと語ったましろの言葉を思い出すが、この場の誰もがそうは考えなかった。家族の絆は枷でなく、心の拠り所である。なら、何を恐れることがあるのか。
すぐさま荷造りを行い、旅立ちの準備に入る。
「ソラ・ハレワタール、行ってきます」
家族にひとまずの別れを告げて、ソラは家を出た。
新たな門出を祝われながら、ソラは確かな幸せを感じていた。
---side ましろ
昨日、友達との別れを経て、私は今自分の家にいる。今日からはまた学校に通う元通りの日常が始まろうとしている。友達の背中を押した自分もまた、自分の人生に向き合わないといけない。学校も暫くぶりだ。密かな自分の夢、絵本作家のこともそうだが、勉強も頑張らないといけない。2週間くらい学校を休んでしまっていたものだから、当然ではある。
学校とのやり取りはお婆ちゃんが全部やってくれているから、私は言われた通りに通学して多少の口裏を合わせるだけ。
また、私の身体を気遣ってくれているのか、今日は午後からの通学で良いと根回しをしてくれているようで、私は自宅のリビングのソファに座りながら、部屋に差し込む朝日を背に朝食後の紅茶を一人啜っていた。
久しぶりの学校なのだから、予習の一つでもやるべきだというのに、私はただぼうっとするばかり。そんな私の姿を見て、あげはちゃんが声をかけてくる。
「ましろんが何を考えてるか当ててみせようか」
あげはちゃんはにっこりと笑みを浮かばせては私の顔を見つめてくる。
あげはちゃんも今日は学校があるはずで、大丈夫なのかと問うと、午前は休みにしたとはにかみながら教えてくれた。私が心配だから一人にさせれないと言う彼女の言葉に心がむず痒く感じつつも、ただ嬉しくて笑みを溢しては感謝を口にしたのは朝一番でのやり取り。
「ソラちゃんのことでしょ?」
あげはちゃんの言葉の前に私の笑みが凍りつくのを感じた。
あげはちゃんは地雷を踏んだかと苦笑しては頭を掻いている。
「うん……その通りだよ」
あげはちゃんに隠し事はできない。それはずっとそうだった。あげはちゃんは何でもお見通し、私のことも、みんなのことも。
私はこっちに帰ってから、ずっとソラちゃんのことを考えてた。当然だ。私はソラちゃんが大好きだから。頑張ってる姿をずっと想像してた。夢に向かって走り出すソラちゃんの姿をずっと頭に思い浮かべて、もうソラちゃんと一緒に暮らせない寂しさを感じながら、昨日は枕を濡らす夜を過ごした。
「後悔は……未練はないの?」
あげはちゃんは小さな声でそう聞いてきた。
それを聞いて、心配させてしまったかと私は自分を戒めた。
「未練はあるよ。だから、未練はない」
「何それ、意味わかんないよ」
私の言葉を聞いてあげはちゃんはクスッと笑い声を溢す。
そうかもね。と返しそうになった。
笑われても仕方ないくらい、矛盾している。でも違う、これは矛盾しているわけじゃない。これは紛れもなく真っ直ぐな、私の気持ちそのもの。
何も難しいことはない。簡単な話だ。
「未練だらけだよ。ソラちゃんと過ごす日々を私は失いたくなかった。だから、その日々にソラちゃんを縛りつけようとする私はソラちゃんの元にいるべきじゃない。そう分かったから、私は自分の意思でこうしてる。だから、ソラちゃんと離れることに未練はないんだよ」
ね、何も難しい話じゃないでしょ。と、そう私は笑いかけた。
「…………それを未練という気もするけどね」
でも、あげはちゃんは悲しそうに、困ったように眉を顰めるばかりだった。
安心して欲しかった。笑ってほしかった。いつも通り、元通りの私なんだと理解してほしかった。元通りの幼馴染として接してほしかった。だから、私は言葉を尽くし続けた。
「大丈夫、いつも通りに戻っただけだから。今までと同じだから」
でも、それはまるで自分自身に言い聞かせるようで。
正直なところ、今回のことが尾を引いてしまうのではないかと自分自身不安に思う気持ちはもちろんあったが、何の淀みもなく出てくる自分自身の言葉に自信を貰えた。
「寂しい?」
優しいイントネーションであげはちゃんは私を気遣ってくれる。
「大丈夫。あげはちゃんがいてくれてるから、私は大丈夫」
だから心配しないでと私は笑う。だと言うのに、あげはちゃんはちっとも安心した笑顔を見せてはくれない。
「私は寂しいよ? ソラちゃんとツバサくんとエルちゃんと離れ離れになって」
泣きそうな顔をするあげはちゃんを目にして途端に私の表情に影が落ちた。
「あげはちゃん……」
「私、みんなが好きだから、寂しいよ」
そんなこと言ったって……。そう思い私は眉に皺を寄せる。
みんなで一緒に帰ってくればよかった? 今まで通りこの家でみんなと一緒にいればよかった? そんなの間違ってるのに。あげはちゃんだって分かってるはずなのに。だから、そんなこと言っても仕方がないのに……。
「私だって……。でも、私にはあげはちゃんがいてくれるもん。だから、寂しくないよ」
それはあげはちゃんだってそう。
ほかのみんなはいないけど、私が一緒にいる。
ねえ、だから寂しいなんて言わないで。
「嘘ついてる」
厳しくも優しい、低いトーンで指摘される。
「なんで……?」
確かに、寂しくないなんて言葉は真っ赤な嘘だ。でなければ昨日の夜、あんなに涙を流すことはなかったろう。
「帰ってきてからずっとソラちゃんのこと考えてるから」
「考えてるだけだよ。後悔してるわけでも、寂しいわけでもないから」
「連れて帰ってきたらよかったのに」
貴女もそんなことを言うのか。分かってるくせに、全部、分かってるくせに。そんな黒い気持ちが溢れ出てくる。
「そんなの、ダメ。ソラちゃんは夢を叶えないといけないから」
現実がある。住む世界が違うという、逃れようもない現実。お互いの夢があるという、逃れようもない現実。それぞれの目指す夢があって、それぞれの世界にそれぞれを待つ家族がいて。それがそれぞれの居場所なんだと言う現実がある。
「それさ、誰が決めたの?」
冷ややかなトーンであげはちゃんの声が通る。
それは私には全く考えもしない問いかけだった。
「誰って……」
誰が? 決める? そんなの、知らない。そうあるべきだって思った。私が決めた? ううん、私は本当は……、でも……。
「二人の気持ちはどうなの?」
私たちの気持ちがどうなのか、本当の気持ちがどうなのか、そんなのは決まってる。でも、それを認めたら、私の選択が間違いだって認めてしまうようで、言葉に詰まってしまった。
「そんなの、分からないよ……」
「私には分かるよ」
ああ、今日のあげはちゃんはちょっと意地悪だな。そう思って私は目を逸らした。
「そんなの、嘘……」
違う、嘘じゃない。
「嘘じゃないよ」
その通り、嘘じゃない。
「嘘だよ……」
嘘じゃない。分かってるよ。
「好きだって言われて、貴女が欲しいって言われて、嬉しかったでしょ? 受け入れたかったでしょ?」
嬉しかった。全てを捧げたかった。全てを受け入れたかった。でも、それじゃあ私たちは、私は……。
「やめて……」
目を逸らしたまま、顔が強張る。
「私、ましろんには正直になって欲しい」
「やめて……!」
畳み掛けるような言葉を前に、私の声に力が入ってくのが分かった。
「好き合う二人がなんで道を違えなきゃいけないのか。私、そんなの見てるの、辛いよ」
「私だって……! 私だって……!!」
まるで癇癪を起こす子どもみたいに、私はただただ声を上げて、あげはちゃんに抱きつき、その胸の中で涙を流した。
「ましろんはほんとに、しょうがない子だよね」
「うぅ……うぅぅ…………」
止まらない嗚咽をそのままに、抱きつく手に力を入れる。
「夢だの道だの家族だのって意地張らないでさ、そんなに辛いなら、もうちょっと一緒にいればよかったのに」
やっぱりあげはちゃんは全てお見通しで、全く叶う気がしない。でも、それでも、私はそれを拒絶しないといけない。肯定するわけにはいかない。
「夢を叶えて欲しいのはほんとだよ。家族と一緒にいてほしいのもほんと」
でも、心の中だけでは、それは違っていた。行動として間違っていなかったと確信していても、私の心の奥底では、ずっと後悔していた。私は相反する二つの本音に苦しまされていた。
そう、未練はないのに、未練がある。それは矛盾してるわけじゃないって言ったくせに、そのくせに、私はこんなにも苦しい。何故か、それは語るまでもないこと。
「でも、でもね、それでもね、一緒にいたかった。こっちに来て欲しかった。ずっと一緒にいたかった……!」
私の心の奥底の、もっとも柔らかい部分から滲み出る本当の気持ち。
「そうだね。その気持ちってすごく素敵だと思う」
それを聞いたあげはちゃんは満足そうに笑った。
何故そうしないのと言いたげなその言葉に対して、私は言葉を続ける。
「でも私、きっと一緒にいたらそれだけじゃ我慢できなくなって、もっともっと欲しくなって、ソラちゃんの全てが欲しくなって、そうなったらきっと、ソラちゃんに嫌われちゃうから……」
それが枷となっていた。私の想いを閉じ込める固い檻。
「どうしてそうなるの?」
「ソラちゃんはみんなのヒーローになるべき人なのに、そんなソラちゃんを誰の手も届かないところに閉じ込めたいって、私だけのものにしたいって、そんなことを考えちゃってる……。こんなのおかしい。こんなの……最低で、不純で……! 私、嫌らしい……はしたないよ……! こんな私、ソラちゃんには絶対に見せたくない……!」
止めどなく流れ出る私の本音。
最初は好き合うお互いに満足するかもしれない、でも、それだけではその内私は満足できなくなる。徐々に、私のこの気持ちがソラちゃんを締め付け束縛する。雁字搦めの愛を受けて、きっとソラちゃんはいつか私を拒絶する。私の元を離れていってしまう。
夢を叶えて欲しいから、家族と一緒にいて欲しいから、全部全部本当の本当。間違いなく本当の想いだと断言できる。建前じゃない本音。
でも、その本音の裏に隠した、また別の本音があった。沸々と湧き出る自分勝手な暗い想いが。
だから、距離を置きたかった。この激情に身を任せ全てを失うくらいなら、これからも友達でいたいから。だから、私はこの道を選んだんだ。
「嫌いになるわけない。少なくとも私がソラちゃんなら、そんなことで嫌いになんかならないよ」
あげはちゃんは優しい声で私をあやし、ぎゅっと抱きしめ包み込んでくれた。
そんなこと分かるわけがない。そう声をあげたかった。そんなこと、ソラちゃん本人にだって分からない。そう声をあげたかった。でも、止まらない嗚咽に飲み込まれるように、その言葉の数々は喉の奥に消えてくばかりで。
だから、その言葉を受け入れるわけにはいかないかった。
でも、その気持ちは間違いなく受け入れていた。しばらくの間、その気持ちに甘えるように、私は泣きじゃくり続けた。
「それにそんなに泣いちゃってさ。ソラちゃん、またすぐ遊びに来るかもしれないよ?」
しばらく経ってから、呆れるようにあげはちゃんが声を出す。
「来るわけないよ、あんなに勝手で強引にお別れをして、怒らせて、嫌われちゃったもん。仲直りはしたいけど……。しばらくは、合わせる顔がないよ」
ソラちゃんの最後の言葉が頭の中に響き渡る。
『大嫌い!!!』
私の勝手な考えで泣かせてしまって、嫌われてしまった。間違いじゃないと思ってはいても、心の溝はどうしようもない。仲直りしたいけど、今日明日でどうこうできる話でもない。
「そうかなぁ、もしかしたら今日にでも来るかもしれないよ? ソラちゃんもましろんのことが大好きだもんね」
飄々とした声であげはちゃんが笑う。
それは私を揶揄っているのだろう。
私はくすりと笑い飛ばす。
「そんなわけ」
「ね〜ソラちゃん〜」
そんな私の声を掻き消すように、ありえない言葉が飛び出てくる。
「え?」
心の臓が飛び出る思いがした。
これも揶揄いの一部なのだとしたらとんでもなくタチが悪いと感じた。
あげはちゃんの見ている窓の方へと振り向き目を凝らす。
窓の端に特徴的な青い髪が見え隠れしていた。
あり得ないものを見るかのように私の表情が固まる。
そんな私の反応を見てくすりと笑うあげはちゃん。
一体何が起きているのかと。頭がどうかなりそうだった。
「そんなところにいないで、中に入ってきなよ」
そんな私を他所にあげはちゃん窓の外に向かって呼びかける。
「は、はいっ!」
恥ずかしそうに吃るその声を聞いて、さらに私は硬直することとなった。
バタバタと家の外を走る音が聞こえる。
玄関から改めて入ってくるその人を、ソラちゃんの姿を視界に収める。
もじもじと居づらそうに立ち尽くすソラちゃん。空いた口が塞がらず唖然としたままの私。この状況が面白くてしょうがないとばかりにクツクツと笑うあげはちゃん。
時間が止まったように感じた。いや、そう感じるだけで、静寂な時が三者の間で確実に流れていた。
まるで誰かが均衡を破るのを待つかのように、誰もが黙りこくっている。
いや、二人の様子はこの際どうでもいい。それよりも現状の把握だ。
さっきの私の言葉、全部聞かれた。
本音の裏に隠したさらなる本音の部分。私の心の奥底を。その破廉恥な下心を。
全部聞かれてしまった。
終わった。もうダメだ。もう生きてけない。
もう、もう、もう………………。
「ましろさん、私……」
「いやあああああああああああああああ」
ソラちゃんが声をかけてきたと同時に、私は悲鳴を上げながら家を飛び出した。
ミラージュペンを振り翳し、キュアプリズムへと変身し、そのままダークプリズムへと変身して、空を飛んで逃げだした。
そう、今度は私の方が逃げ出すこととなったのだった。
---side あげは
とんでもない勘違いをしていた。
他者を慈しみ自分を殺す。そんな子がいつものように自分を殺しているのだと、そう思った。いや、それは間違ってない。それが前提としてあることはその通りだろう。じゃあなぜお互いにわかりきっているその本音を、お互いの手を取り合わない? それを考え続けていた。
それほどに相手を想うからこそ? そこまで強く自分を殺せるものなのか? 相手が自分を求めていると公言しているのに?
とんでもない勘違いだ。
ましろんは、あの子は、自分が傷つきたくないんだ。今更になってその事実に気づいた。少し考えれば分かったはずなのに、思い当たることはたくさんあるはずなのに。
私はまた、分かった気になって何も分かっちゃいなかった。
なんて間の抜けた幼馴染だろう。なんて察しの悪い幼馴染だろう。
でも、だからこそ、貴女の手を引っぱりたかった。ソラちゃんの元へと連れて行きたかった。
貴女が逃げていくなら、ソラちゃんの背中を押して、貴女の元へと導きたいと、そう思った。
「あげはさん、私、分からないんです」
立ち尽くすソラちゃん。私に背を向けたまま発するその言葉は、その背中はどこか寂しそうで、まるで煤けてみえた。
「ましろさんも私を好きだと言ってくれました。先ほども、本当は一緒にいたい、と……。私も一緒です。でも、それでも手を取り合うことをせず、ましろさんは私の将来を考えるばかりで……」
今の私を見てくれていない。その背中はそう言ってるように感じた。
「ましろさんはこんなにも優しいのに、こんなにも優しくない……。私、こんなに好きなのに、こんなに愛してるのに、ましろさんのこと、ちっとも分からないんです……!」
震える背中。泣いているのだろう。
私だって全てを理解してるわけじゃ無い。
ましろん自身だって自分の気持ちを整理しきっていない感じがした。
迷いを感じた。このままだと、良くないと感じた。
二人が笑い合う未来が遠くなっていく感じがした。
だから、私がすべきことは……。
「ソラちゃん……。本当は今すぐ追っかけてって言いたいんだけど、そうだね、ちょっと話をしよっか」
逃げるように飛び出ていったましろんをただ見送るしかできず、呆然と立ち尽くすソラちゃんの背中を尻目に、私はゆるりと立ち上がってはリビング中央のテーブル席へと足を進めて、椅子を引いては腰を下ろした。
私の言葉をどう受け取ったのか、ソラちゃんは口を一文字に結び、目を伏せながら、私の向かいの席に腰を下ろす。涙を拭ったあとが目に入ったが、気にすることはしなかった。
「私にはましろさんが何を考えているのかわからないんです」
テーブルの上のおしゃれな陶器のポットを持って、裏向きに置いてあるカップを手に取り、中にある紅茶を淹れていく。
ましろんと一緒に飲むつもりで、ついさっき作っていた紅茶だ。少し置いてしまっていたため若干ではあるが冷めてしまっている。
私の分と、ソラちゃんの分と、カップをお互いの前に置いては早速それに口をつけた。
やっぱり、少し冷めているせいで、ちょっと風味が悪く感じる。でも、それでもよかった。
少し落ち着いて話ができる。そんな気がしたから。
「理解したいんです。ましろさんがなぜ私を受け入れてくれないのか」
迷うソラちゃんを見据えて私は口を開いた。
「少し長くなるけど、聞いて欲しい」
ソラちゃんは私を見つめながらも、力強く頷いた。
「ましろんはね、誰よりも優しい良い子なのに、誰よりも自分に優しくできないのが欠点でね」
それは私たちが出会った頃からそうだった。ましろんの優しさはお日様のポカポカ陽気のようにあったかい。でもそれは、全て誰かのためのもので。ましろん自身を照らすことは一切なくて。
「昔からそうなの。イチゴとか一緒に食べてたらね、最後の一つを絶対に譲ってくれるような、そんな子」
どちらか一方。そんな取捨選択を迫られた時に迷いなく他者を選べる。そんな子、なかなかいないと思う。だから、それは良さなのだと、強さなのだと、ずっとそう思っていた。
「自分が食べたいとか、そういうことは絶対言わなくてね。半分こにしようとか、そういうことも言わないの」
でも、それは彼女にとって本当に良いことなの? それが最初の疑問だった。
「あの子は優しい子。それは間違いなく本当のことで、それが長所なんだけど、同時に短所でもある」
ましろんの優しさは誰かを幸せにする。でも、ましろんのことは誰が幸せにしてくれるのだろうか。
「あの子の優しさってのは、とどのつまりは我慢から成り立つもので、あの子はね、何かあれば自分を抑えて、我慢しちゃう子なんだ」
普通は皆自分が第一だろう。他者に優しくはできても、それは自分が幸せであるのが大前提なのが普通だ。そう言う意味で言うなら、言い方はアレだけど、ましろんは普通じゃない。
「分かる? 自分の望みを我慢できちゃう子なの」
それは良いことでもあり、悪いことでもある。
「で、それの厄介なところはね。本当に相手を想ってるってところ」
誰かに言われたわけじゃない。本当にそうすべきだと、そうしたいと思ってる。それは一見、素敵なことに見える。
「建前と本音って言葉あるでしょ? 表面的には建前を並べるけど、本当に望んでることはこっちってやつ」
人は建前を並べながらも、心の底では本音を抱き相手の出方を伺う。自分の本音と違う結果に終わったなら、後悔と未練に苛まれることだろう。
「でもあの子の場合は違っててね、建前と本音じゃなくて、本音と本音なの。本当の本当に相手を想ってて、その為に自分は一歩引いちゃうの」
だからあの子は、きっと後悔しない。未練を残さない。他人が何も指摘しなければ、きっとあの子は笑って過ごし続けるだろう。
でも私には分かる。その建前のような本音も、相手を想うその気持ちも、どこまでいっても結局は建前でしかない。自分を騙してるだけ。
未練を未練と自覚しないだけ。きっといつか苦しむ。自覚がないから、それがなんで苦しいのか分からないままずっと苦しむんだ。
「幼い頃から両親と別居してて、寂しい気持ちが他人よりもずっと強くて、だから他人に依存しやすくて。早い話、人の温もりに飢えてるっていうか」
初めて会った時のことを思い出す。人見知りなのに、とても人懐っこい。矛盾してるけど、それが虹ヶ丘ましろの在り方だった。
「だからあの子は他人に優しくするの。それはね、強さではあるんだけど、同時に弱さでもある。ずっと自分を殺し続けてるの」
私たちが考えてるよりもずっとずっと心が弱い。そんな彼女の処世術がまさにそれだった。優しさは人を幸せにする。それはそもすれば自分に返ってくるものだと彼女は考えた。逆に言えば、優しさを捨て自己に走れば、それはすぐに失われてしまうと彼女は考えてしまっていた。
「本当はね、すごく愛に飢えてる。でもね、同時に恐れてるんだ。それはね、失う辛さが身に染みてるから」
それが根底にある。拭がたい原点となってしまっている。
「両親とも、仕事の都合で会える時間は僅か。仲良かった私とも、小さい頃に離れ離れになっちゃったりね」
あの時、彼女は笑っていた。
『私が泣いちゃったら、あげはちゃんは、もっと泣いちゃうでしょ?』
それはあの時の彼女の言葉だった。
悲しくないのかと問いただす私の言葉に、笑顔と共に発せられた彼女の返答。
本当は泣きたかっただろう。実際、その眼から涙は流れていた。それでも、流れる涙をそのままに、彼女は笑っていた。それは、私のために。私を泣かせまいと振り絞る精一杯の想い。
でも、あの時だって、本当は……。
「だからね、心のどこかで、欲しがっちゃダメだって思い込んでる。どうせ辛い思いをするからって、身構えちゃうの」
ちょっとしたことが積もり積もって、今の彼女が形成されたのだと思う。
「寂しくて死んじゃいそうなのに、臆病ですぐに逃げちゃうウサギみたいな子なんだ」
良い子なんだ。ちょっと怖がりなだけの、とっても良い子。
その優しさは自分を守るための処世術。
それは何も悪いことじゃない。
今更気づいたくせにと気後れはするけれど。それでも、だからこそ、私は彼女に寄り添いたい。
「ね、ソラちゃん、ソラちゃんを試すわけじゃないけど、言わせて」
静かに聞いてくれる目の前の女の子に向かって問いかける。
じっと目を伏せていたソラちゃんだったが、チラリと私の目を見て小さく頷いた。
「あの子のことを本気で想うなら、中途半端はやめて。きっと、苦しませちゃう」
こんなことは言いたくない。貴女の気持ちだって分かってる。でも、もしも、ほんの少しでも二人の視点が違うなら? ましろんの想いとソラちゃんの想いの大きさに違いがあったなら? ましろんの恐れてることが起きうる可能性がほんの少しでもあるというのなら、きっと二人を引き合わせるべきではない。それなら、友達でいた方がいい。じゃないとお互いが不幸になってしまう。
「それだとソラちゃんも辛いでしょ? ましろんにとってソラちゃんは大好きな人。でも、貴女たちは違う世界で、手の届かないところに住んでて、扉を使えばいつでも会えるって言っても、これから先進む道が違えばどうしても間が開いていったりもすると思う」
世界を跨いで、だなんて。遠距離恋愛なんてレベルの話ではない。上手くいくだなんて考えられない。
海外にいる両親よりも遠い場所にいるんだから。
「近いはずなのに遠い存在で。だから、欲しがれば辛い想いをするって思っちゃってるんだと思う」
ましろんはそれを誰よりも深く理解しているんだ。だから、友達でいる選択をした。そのためにも、お互いの道をと、一先ずの別れを切り出したんだ。
「だからね、お節介を言わせて。今後も友達でいるつもりなら、今日のところは周り右で、ましろんにしばらく時間をあげて欲しいんだ」
ましろんとのやり取りの最中、窓の外にいるソラちゃんに気づいてなお、ましろんには知らせずにそのまま会話を続けた。その後、二人を引き合わせたのは他でもない私。私の悪ノリでましろんが飛び出していってしまった。それは私の悪い癖だと反省しよう。謝りもしよう。
でも、これだけは譲れない。譲るわけにはいかない。
今のましろんには落ち着く時間が必要なのだから。
「ね、ソラちゃんの気持ち、聞かせてくれる?」
真っ直ぐな視線と問いを投げていく。
それに応えるように、ソラちゃんもまた私の目を見てゆっくりと口を開いた。
「私は――――」
---
ソラちゃんの言葉その一つ一つを耳にし、私の中の疑問も、蟠りも、全てが氷のように溶けていった。
私は一つの決意を固めた。
この子たちを、この愛する家族たちをこれからも導いていきたいと。
自分はただ、彼女たちの行く末を見守れば良いのだと、そう確信できた。
「おっけー、それならすぐ追っかけて!」
自然と出てきたその言葉にソラちゃんは意外そうな顔を一瞬浮かべる。
良いのですか? そう言いたげな顔のソラちゃん。
そんな顔しないで、私が悪かったからさ。
ねえ、ましろんを迎えに行けるのは、ましろんを変えられるのは貴女だけだから。
だから、行ってほしい。
「立ち止まるな、ヒーローガール!」
私の言葉を聞いてすぐに満面の笑みを浮かべると、ソラちゃんは大きく口を開いた。
「はい!」
それはきっと、私と同じく迷いを吹っ切れた表情で。
そうしてましろんを追うために彼女は家を飛び出していった。
ふう、と息を吐き、私は天井を眺めた。
よかった。本当に。私がしゃしゃり出るのはここまでだ。後は彼女たちに任せよう。
「…………余計なこと、だったかな」
ほんの少しだけ、後悔するような気持ちがふつふつと湧き出てくる。
ましろんに笑ってほしかった。
『いいの? 私、みんなのところに戻っても……、生きてても、いいの?』
あの時のましろんの顔が頭から離れない。
あんなにも孤独にさせていたのだと、あんなにも悲しませていたのだと、あんなにも思い詰めさせていたのだと。今でも私は私を許せない。
だから、ましろんがまた同じように独りになろうとしているのだと感じて仕方がなかった。
ましろんの優しさはお日様のポカポカ陽気のようにあったかい。でも、その優しさはましろんを孤独にする優しさだ。だから、それをやめてほしかった。
ソラちゃんだってましろんと一緒にいたいはず。なら、彼女の夢だ道だ家族だと、勿体つけて離れるようなことはしてほしくなかった。
でもそれはとんだ勘違いで。
ソラちゃん自身がましろんの中の地雷になっているのだとしたら。好きだからこそ自分が傷つかないようにと距離を置きたかったのだと。
そう思ったら、急に分からなくなった。
どうしていいか分からなくなった。
でも、ソラちゃんの気持ちを、想いを聞いたら、その疑問は全て溶けて無くなっていった。
だから、安心した。私が何かをする必要はないのだと。
愛する妹のようなあの子には、立派に守ってくれる騎士がいる。
そう思うと、安心して息が漏れた。
でも……。
何か、もやもやする。
安心したのに、もやもやする。
これはなんだろうと、考えを巡らせた。
これは、そうか……そういうことだ。
「いいなぁ……」
そうだ、私は羨ましいんだ。
そんな相手がいることが。
その人のためには自分の夢も、自分の命すら惜しくはないという、そんな激情をお互いに向け合っている。
そんなの、なかなかいない。
私だって女の子だ。そういうのは、ちょっと憧れる。
息を吐き、天井を流れながら私の頭の中には一人の人間の姿が思い浮かんでいた。
いや、人間のようで、人間じゃない。
オレンジ色の、年下の少年。
なんてことだろう。まさか自分は。
違う。可愛い子だとは思うけれど、それは弟みたいな感覚で。
自分は別に……。あの子だって別に……。
って、なんでこんなことを考えてるんだ私は……。
「何がです?」
ふと声が聞こえた。
「ひっ!??」
心の臓が飛び跳ねた。
変な声が漏れてしまう。
キョロキョロと辺りを見渡して、声を主を探す。
"それ"は窓枠にとまっていた。
「そんなに驚かなくても……」
視界に入ったのはオレンジ色のずんぐりとした鳥の姿。まさに私が今頭の中に思い浮かべた少年。ツバサくんその人だった。
「あ、アハハ……。私を驚かせるとは、やるねえ少年。なんでここに?」
未だにバクバクとうるさい心臓の鼓動を手で押さえるようにして無理やり落ち着かせ、私はツバサくんへと声をかける。
「忘れました? 今ミラーパッドを管理しているのは僕ですよ? ソラさんに頼まれてゲートを開いたんです。帰りだってあるんだから、そのために僕が来るのは当然でしょう」
なるほど理にかなっている。かなってはいるが、ちょっと意地悪ではないか?
「それはあげはさんには言われたくないですね。ソラさんに気づいたのに、ましろさんに伝えなかったでしょう?」
「うっ」
やはり最初から見聞きしていたのだ。私は観念したように両手を上げる。
「全く、あげはさんは気にしすぎなんです。ましろさんを独りにさせてしまったこと、僕だって同罪です。気持ちは同じなんです。でも、ここまできたら、ソラさんを信じて僕らはただ見守ればいい。そう思いませんか?」
正直、見くびっていた。この少年は何も察してなんかいない。まだ子どもなんだからと。彼を甘く見ていた。
それだというのに、私のことまできちんと見てくれていたのだと知らされて、私は自身の考えを恥じる結果となった。
ツバサくんはぴょんと窓枠から部屋の中に飛び込むと、人へと変身しては私の元へと歩み寄ってきた。
「貴女は責任を感じているかもしれませんが、そういうのやめてください。何かあったら僕も一緒に背負います。だから、一人で抱えないでください」
ツバサくんの言葉が頭の中で反響する。
『何かあったら一緒に背負うから。もう、手を離さないで。お願い、約束して……!』
思い起こされるのは、あの時の私自身の言葉。
口の端が吊り上がる。ふふっと笑い声が溢れた。
私たち、似た者同士かもしれないね。そんな言葉が出かかったが、言わないでおいた。
目の前の愛しい少年を見つめて、私はただ笑い続けた。
「ねえ少年、私たちもああいうの、どう?」
代わりに私は揶揄うような言葉を並べる。
これくらいがちょうどいい。私たちらしい。
貴方をおちょくって、困らせたい。
それが私の好意の証だ。
何も伝わらなくていい。貴方とは、そのくらいがちょうどいい。
だというのに、貴方は顔を真っ赤にするどころかニヒルで悪戯っ子みたいな笑みを浮かべては私の予想をとことん裏切った。
「その少年ってのをやめてくれたら、考えてあげてもいいですよ」
真っ赤になるのは私の方だった。
まさかそんな返しがあるの、なんて。
え? マジ? なんて、馬鹿みたいにボソボソと口を動かす私の姿はただただ間が抜けていたことだろう。
この後どんなことがあったかって?
それはまぁ、また別の機会に語ることにする。
今回は、ソラちゃんとましろんの物語だから。
---side ましろ
ビル街の中のとある雑居ビルの屋上。そこは二人が本当の意味で友達になれた思い出の場所。片方が片方を一方的に背負うのではなく、二人で手を取り合って戦うと決めた場所。
私はそのビル屋上のへりに腰掛けていた。
高所ゆえに風が冷たい。でもそれは血が上りきった頭を冷やすのには好都合だった。
色々な感情が渦巻く。お互いの人生を生きようと持ちかけた手前、そんな私の心の内を全て知られてしまった。恥ずかしくて死にそうな思いが止まらない。
もうどんな顔してソラちゃんと向き合えばいいか分からなかった。
友達でいいのに、友達でいたいのに、もうそれを一歩はみ出してしまって……。
思い悩む私の向かいのビル屋上に誰かがふわりと降り立つのが視界に入った。
はっと前を向き、もしかしてと前方へと目を向ける。
キュアスカイ、ソラちゃんの姿が目に映る。ソラちゃんは私を見るや否やにっこりと微笑みながらも、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「だめ、来ないで!」
反射的に声が出た。ソラちゃんはそれを受けてなお表情を崩すことはせず、向かいのビル屋上のへりに腰をかけ、こちらを見つめ続けた。
距離があるも向かい合わせの状態。この構図はまるで、あの時のようで……。
『貴女が大切だよ。守りたいよ。それって一緒に戦う理由にならないかな?』
……そう、まるであの時を思い出す。
手は届かないけど声は届く距離。
私は少し呆れるように微笑んだ。
「あんな突き放す別れをしたのにどうして来ちゃうかなぁ」
それは嫌味なんかじゃなくて、ただ単に恥じらいからくるものだった。それはソラちゃんも分かってくれてるようで、訝しむような仕草は一片もない。
「聞いてください」
真っ直ぐ私を見つめるソラちゃんを上目遣いでじっとと視界に収める。
「家族にも話しました、理解してもらいました。私は貴女と一緒にいたい、ともに歩みたい、同じ景色を見ていたい」
真っ直ぐ私を見据えるソラちゃん。
でも、私はその姿を視界に映しはしても、目を合わせることはできずにいた。
「ダメだよ、ソラちゃんはヒーローになるべき人なのに……。青の護衛団からの推薦の話してたよね? 喜んでたよね? 夢への一歩だって話してたよね? ……夢を諦めるの? そんなの、嫌だよ……」
私の言葉にソラちゃんは首を横に振る。
「諦めるのではありません、新しい夢が出来ただけです」
「新しい夢?」
「はい、貴女だけのヒーローになるという、新しい夢です」
私だけのヒーロー。それが本当に貴女のやりたいことなのかと、疑問は尽きなかった。本音を言うならそれはとても嬉しい言葉だ。でも、それはいつまで? ヒーローは救うべき人を救ったら、もうおしまいなのだと、私には分かってる。ねえ、なら、救わなくていい。この想いは報われなくていい。だから、ずっと友達でいて。いつまでも、友達でいてほしい。
「いつぞやましろさんが言ってくれた言葉を覚えていますか? 二つの相反する思いがあって、どっちかが嘘なのかというあの話」
それはいつぞやの話だった。
シャララ隊長をランボーグへと変貌させられ、苦戦を強いられたあの戦い。シャララ隊長を失いかけたあの事件。結局シャララ隊長を救うことはできたが、貴女は大切なものを失うことを恐れ、私たちが戦うことを拒絶した。
私がプリキュアに変身したての頃と同じことを言うソラちゃんの姿が脳裏に蘇る。
私という友達を失う夢を見て、戦って欲しくないと言われたのが最初の一回目。
『貴女が大切だよ。守りたいよ。それって一緒に戦う理由にならないかな?』
友達だから傷つかないためにも戦って欲しくないという貴女に、友達だからこそ一緒に戦って貴女を守りたいと言った私。まさに今いるこの場所で。それが最初の一回目だった。
シャララ隊長を失いかけた事件をきっかけに、再度戦って欲しくないと言われたのが二回目。
それは、夢なんかじゃない現実の出来事として、失う恐怖を目の当たりにして貴女の中のトラウマがぶり返ったのがきっかけだった。
『シャララ隊長の時のことは大変だったけど、ソラちゃんが戻ってきてくれた時は嬉しかったんだ。手紙に書いたことは全部本心のはずなのに、もう戦わないでいいよって思ったはずなのに、ソラちゃんが戻ってきてくれて、隣にいてくれて嬉しかった』
『矛盾してるよね。それともどっちかが嘘なのかな? ねえ、どう思う?』
『答えはね。どっちも本当なんだよ。戦わなくていい、傷つかないでほしい、ゆっくり休んでほしい。っていう想いも、私の隣に一緒にいてほしいっていう想いも』
『どっちでもいいよってことじゃないよ。どっちも本当の想いってこと。じゃあどうするんだって話になるわけだけど……』
『それはね。ソラちゃんが決めたら良いんだよ。お家でゆっくり休むのも、私たちの隣に帰ってきてくれるのも。ソラちゃんのしたい方を選んでくれたらいいの』
『それでどういう結果になったとしても悔いがないって思えるなら、私は何も言わないよ。もちろん全力でサポートする。友達だからね』
シャララ隊長の件で、ヒーローになれないと逃げ出した貴女。あのまま逃げるのも、ヒーローに立ち返るのも、貴女の好きにしたらいい。誰にも非難させたりはしない。それを私は全力で応援する。それが友達だから。私はそう言った。
『だから、私は選ぶよ、ソラちゃんの隣にいるって。さっきの話と同じだよ。ソラちゃんが選ぶんじゃないよ、私が選ぶの。私がソラちゃんを助けるし、ソラちゃんは私を助けるんだよ。それが友達だから』
それと同じで、貴方の隣で私が戦うかどうかは私の決めることなのだと。それを全力で応援するのが貴女のやるべきことなのだと。それが友達というものなのだと。私は言った。それが二回目。
「ましろさんの気持ち、痛いほど分かりました。こんなにも単純で鈍感な私は、こうなるまで分からなかった」
私の想い。ソラちゃんは私の手紙を読んで、それを知ったのだと、聞かずとも分かった。
私の想いを知って、それで自分の想いにも気づいたのだと貴女は言う。どこまでも、貴女らしい。
思わず笑みが溢れた。
「このままソラシド市でずっと一緒にいたいと言う想いと、スカイランドでの夢と人生を応援する想い。どちらかが嘘なのでしょうか」
私はただ、黙ってその言葉を聞き続ける。
「いいえ、そんなことはありえません。どちらも貴女の本当の想い。じゃあどうすれば良いのか。貴女はその答えをくれた」
分かるよ。それは私が言った言葉なのだから。
「それは、私が決めたらいい。それでどういう結果になっても、悔いがないと思えるなら、何も言わないと。貴女に教えてもらったんです」
分かっていた。
それでも。
それでも、なんだよ……。
そう思いながら、私は一筋の涙を流した。
「私ね、ネオアンダーグ帝国で眠りについてた時、夢を見てたんだ」
徐に私は語り始める。
それは、ダークヘッドと身体の主導権の引っ張り合いをしていたあの時の話。夢うつつでほとんど意識もまともになかったあの時の話だ。
私はずっと、夢を見ていた。
素敵な夢を。
「私は
それは、こうあるべきだったはずの過去。
「それで悪者はみんなでやっつけて、私たちは涙の別れを経て、私たちはそれぞれの道を歩んでいったの」
そして、こうあってほしかった未来を見ていた。
「ソラちゃんは青の護衛団に入ってみんなのヒーローに、ツバサくんは賢者としての活動を、エルちゃんは立派に国を納めるスカイランドの王女様に、あげはちゃんは目指してた通りの最強の保育士に、私は学業に専念しつつ絵本作家を目指して活動を続けてた」
あるべき未来。平和な世界を見ていた。
「私はね、みんなの幸せな人生を、夢の果てを見てた。そんな、清々しいほどのハッピーエンド、こんな未来がありえたのかなって、そんな夢」
しかし、現実はそうはならなかった。平和を勝ち取るためにはダークヘッドに打ち勝つ必要があったと言うのに、
「でもね、夢と現実はもちろん違ってて、私に
「だから、私がアンダーグエナジーを押さえつけてる限り、あの時見た夢は、みんなの人生の夢は現実として叶うんだって。そう思ってた。それだけが私の心の繋ぎだった」
みんなの未来が、夢が、笑顔が、私に勇気をくれた。なら、私自身はどうだっていいって思えた。それで十分だと、そう思った。
「けどこうして、みんなが、ソラちゃんが助けてくれた。私の分のハッピーエンドのチケットを持ってきてくれた」
でも、貴女たちのおかげで私は今こうして生きてる。今日を、明日を生きられる。
こんなにありがたい話はない。こんなに素晴らしい話はないだろう。
だから、もう十分なんだ。
十分もらったから。欲しがるのはここまで。
ここまでにしないといけない。
「だからね、わたしは……このまま夢の続きを――」
「それなら、その夢を続きを一緒に見ましょう」
そこまで言いかけたところで、ソラちゃんが私の言葉を遮った。
「なるほど、そんな未来もあり得たかもしれません。そんな人生もきっと素敵で、私はきっと幸せだったと思います」
青の護衛隊として活躍する自分の姿を想像したのだろう。とても誇らしくて、喜ばしくて、幸せな表情。
「なら――」
それでいいじゃない。そう言いかけた。
でもまた、私の言葉をソラちゃんは遮ってくる。
「でも私、別の幸せを見つけちゃいました」
すくっと立ち上がり、私の左隣へシュタッと移動するソラちゃん。
私は何も口を挟むことができないまま、ソラちゃんが隣に座る。
「ましろさん」
ビクッと私は身を震わせた。思わず顔を背けてしまう。
ここまできて、なんて弱虫なんだろうと自分が嫌になる。
貴女を信じたいのに、信じられない自分の弱さが嫌になる。
「私を信じて」
そう思っていたのに。
その言葉に、その声の柔らかさに心が解されていくのが分かった。
恐る恐る目を開き、ソラちゃんの方へと目を向ける。
「私は必ず、貴女を幸せにしてみせます」
そこには一本の花を差し出しているソラちゃんの姿があった。
その手にある花へと視線を落とす。
青色のアネモネ。いや、ネモネアだろうか。
どちらにしても、そこに込められた想いが"それ"であることは間違いなく。
涙が次々にこぼれ落ちる。
言葉は不要、それは間違いなく私には伝わっていた。
今日何度か分からない涙を流しながら、私はそれを持つソラちゃんの手をギュッと握りしめた。
---side ソラ
ソラシド市に来る前に、スカイランドで摘んできた青のネモネア。
その時はそれに特に意味はなかった。ましろさんからはピンクのアネモネを貰ったから、私から贈るならやはり青色がいいと、そう思っただけ。
でも、これにもきっと花言葉があるのだろうと思いついたのは先ほどのあげはさんに会った時のこと。
私の想いと覚悟を伝えた際に、ついでに聞いたのだ。
あげはさんは良いチョイスだねと言いながら、その内容を教えてくれた。
青のアネモネの花言葉は"固い誓い"。
厳密にはこれはアネモネではなくネモネアなのだが、そんなことは些細なことだった。
それが示す意味に違いはない。
それは私の想いに一番近いものを持っていた。
私の選んだものが、私を示すその色が、今の私をしっかりと示していたのだ。
だから、嬉しかった。
貴女に、
だというのに、貴女はこの後の及んで素直になってはくれなかった。
「私だけのヒーローになるだなんて嘘……!」
癇癪を起こすように、私の言葉を否定する。
「嘘じゃありません」
ただをこねる子供をあやすように、私は優しく、柔らかい声で返す。
「嘘、嘘だよ……! きっと、いつか私の元から去っちゃうんだ……!」
涙を流し、首を横に振り、叫び声をあげる貴女。
「どこにも行きません」
そんな貴女を私の声で優しく包み込む。
「私はソラちゃんが好きだよ……でも、ソラちゃんはきっといつか、私のことを嫌いになるんだ……!!」
全く信じられないとばかりに、俯き嗚咽する貴女。
「嫌いになんてなりません」
それでも、私は声をかけ続ける。
ねえ、もう一度だけでいいです。
貴女の気持ちを、私の欲しい"その言葉"を聞かせて欲しい。
『"貴女を信じて待つ"』
あの時も。
『………………たすけて』
あの時も。
私が貴女を見失った時、貴女は必ず光を与えてくれた。
嬉しかった。
だからこそだ。
貴女の心の奥に潜むその想いを知りたい。
貴女がひた隠しにするその気持ちが聞きたい。
もちろん、感謝はしている。
私の夢を想ってくれてありがとう。
私の家族を想ってくれてありがとう。
私の未来を想ってくれてありがとう。
でも、そんなのはどうだっていい。
今は、これからは……。
私を、"私だけ"を想ってほしい。
それだけでいい、それだけで。
「貴女が好きです。愛しています。それって、これからも一緒にいる理由になりませんか?」
ねえ、その固い扉を開いて、こっちへ来て。
そう思って、貴女の言葉を待つ。
待つつもりだった。
でも、いや、もう無理だ。
私はもう、待てそうにない。
貴女が欲しい。今すぐに。
---side ましろ
『ごめんね〜ましろちゃん。次のクリスマス、帰れなくなっちゃって。ほんとにごめん! プレゼントはちゃんと送るから、期待しててね〜』
幼い頃、しょっちゅうと言うわけじゃないが、こんなことがちらほらあった。
忙しいから仕方ないよ。気にしないでね。お仕事がんばってね。
私はいつもニコニコ笑顔でそう返していた。
でも、内心はいつだって悲しくて、寂しくて、裏切られた気持ちでいっぱいで。
でも、それは仕方ないんだ。私はきっと悪い子だから。
欲しがったのがいけなかったんだ。
だから、私は良い子にならないといけない。私は人に優しくしないといけない。私は人を幸せにしないといけない。
そして私は、何かを欲しがったりしてはいけないのだと。
「わ、わたしは……」
震える声を絞り出す私だったが、言葉は上手く出てくることはなかった。
そんな私の口が唐突に塞がれた。
何が起きたのかと頭が真っ白になる。
「!?」
目の前に映る視界いっぱいの貴方の顔。
キスされていた。
目を閉じ、勢いのままに私の唇に自分の唇をぶつけてくるソラちゃん。
キスだなんて言ってはみても、勢いのまま唇を押し付けられ前歯と前歯がコツンと当たるような、不恰好なその行為にはロマンスの欠片もなかった。
でも、私にとってそれは特別な行為で。
それはソラちゃんにとってもそうだろう。
心臓がバクバクとなり続けていた。
触れ合うだけのキス。ソラちゃんの唇の感触が私の唇を通して伝わってくる。
こんなの知らない。
今まで触れてきたどんなものよりも柔らかいそれは、私にとって全く未知のもので。
硬直しきった私の顔から、ゆっくりとソラちゃんが自身の顔を離していく。
ゆっくりと目を開けるソラちゃんの顔は真っ赤に紅潮していて、目をうるわせこちらを見つめるその表情は妖艶さを感じさせるものがあった。
「私、本気です。だから……」
もう私にはそれを否定できるような言葉も気持ちも残ってはいなかった。なぜなら、私が触れているソラちゃんの手がいつの間にか震えていることに気がついたから。
私がソラちゃんに拒絶されることが怖いように、ソラちゃんも私に拒絶されることが怖いのだと。
それに気がついて、私は自分を戒めた。
貴女は勇気を出してここに来たんだ。
なら、私も勇気を出さないと。
「きっと貴女を幸せにします。だから……私を、幸せにしてください」
ソラちゃんは目から涙を溢しながら、再度その言葉を口にした。
それは精一杯の勇気と、どうにも隠しきれない恐怖に溢れていた。
どこまでも広がる青い空。そんなモチーフを抱く女の子が、こんなにも小さくて。
それは本当に、ただの一人の女の子だった。
偉大なヒーローを目指してて、遠くから応援するつもりだった憧れの友達は、よくよく見れば自分と同じ悩みを抱えるただの女の子で。
私の隣に収まるような器じゃないと、私なんかじゃ釣り合いは取れないと、想いのすれ違いが起きると恐れていた私。
でも、それはとんでもない見当違いだと分からされた。
貴女は、私だ。
怖いんだ。悲しいんだ。辛いんだ。
だから、相手に振り向いて欲しいんだ。
手を握って欲しいんだ。
手の届くところにいて欲しいんだ。
どうしようもなく、相手が欲しくてたまらないんだ。
「どこにも行かない?」
一緒にいてほしい。
「はい」
優しい貴女。
「ずっと一緒にいてくれる?」
その笑顔を見ていたい。
「もちろん」
素敵な貴女。
「嫌いになったりしない?」
裏切らないでほしい。
「するわけありません」
愛しい貴女。
「私が貴女の元を去るのは、貴女に見放されたその時だけです」
なんだ、簡単じゃないか。
それなら……、
「それなら私たち、ずっと一緒だね」
何も心配することはない。
あんまりに不細工な涙声に、恥ずかしさもあったけれど、それ以上に幸せだった。
私の言葉に満足そうに笑うソラちゃんの顔を見て、私も満面の笑みを浮かべた。
久しぶりに心の底から笑えた気がする。
最初からこれでよかったんだ。
こうして欲しいと、精一杯声に出せばよかったんだ。
何も気にすることはなかったんだ。
固く閉ざされていた心の扉がすっかりと解放されて、清々しい気持ちで、頭の中で私は独り言ちた。
「さあ帰りましょう、私たちの家に」
ソラちゃんがすくっと立ち上がり、私に手を伸ばす。
「うん……!」
私はすぐさまその手を取って同じく立ち上がった。
---
そうして、ビル屋上から人目のつかない場所を見繕い地上へと飛び降りた後、変身を解いては私たちは二人で並んで帰路についた。
それからは元通り、というのだろうか。ソラちゃんが再び私の家に住むことになった。おばあちゃんももちろん快く受け入れてくれた。あげはちゃんもそうだ。私は嬉しくて、ずっとドキドキしっぱなしだった。
その日の午後は予定通り私は学校へと行った。
しかし、ソラちゃんは当然ながら学校へ行くことはできない。それはそうだ。転校の手続きをして、今はソラちゃんの席はない。分かりきってることだけど、ソラちゃんは悲しそうな顔をしていた。お婆ちゃんに何とかならないかと相談したら、また学校に通えるように手続きを進めてくれると言ってくれた。身元不明の少女を一度入校させ学校に通わせて、他所に行く転校の手続きをした後に、再び学校に通えるように入校の手続きをするという。どういうカラクリを使うのかと疑問が尽きることはないが、ソラちゃんとまた一緒に学校に通えるというのだ。その事実の前にはどんなことだって細かな些事というものだろう。
それと、青の護衛隊のことはどうしたのとソラちゃんに問うと、そっちのことについても事の顛末を教えてくれた。こちらに来る前に青の護衛隊の本部に寄って、入隊の推薦を断ったのだそう。今ここにいるのだから、それはそうなのだと分かってはいたのだけれど。シャララ隊長からも、スカイランドのことは問題ないからソラシド市のことは任せたと背中を押してもらったらしい。その話を聞いて、頬が緩んでしまう。私もまた、スカイランドに遊びに行くことがあれば、その時は何か青の護衛隊の力になれることがあればよいのだけれど。
そんなこんなで一週間後、今日からソラちゃんも学校に復帰する。
家を出て、ソラちゃんは私の方へと向き直った。
「またましろさんと学校に通えるなんて、夢みたいです!」
「私もだよ」
嬉しそうにはしゃぐソラちゃんを見て、私は確かな幸せを感じ、それを噛みしめていた。
でも、不安なことが一つ。
「でもソラちゃん、恥ずかしいから私たちの関係は学校のみんなには伏せててね」
例の一件より、私たちはお付き合いをすることになった。
それで何が変わるというわけではないけれど、私たち双方の想いで、そうありたいと願ったから。
正直、それっぽいことをしたいとか、これからどうなるとか、何にも分からない。
この関係の先に何があるかだなんて、もっと分からない。
でも、なると決めたからには精一杯大事にしたい。全力で愛したいし、全力で愛されたい。
だけど、外ではちょっと、特に学校では流石に隠しておきたい。
普通に男女のカップルですら大っぴらにしたら全力で揶揄られるような環境が学校というところだ。女の子同士でそういう関係になっているなんて周りに知れたら、はたしてどうなってしまうのか。
まさに心配の種というわけである。
「はい、任せてください!」
自信満々に、満面の笑みを浮かべて自身の胸を叩くソラちゃん。その仕草は愛らしいものがあるが、その内容は心配の一言に尽きるものだった。
「本当に大丈夫かな〜」
冷や汗を浮かべながらこめかみを指で掻く私。
「さぁましろさん、行きますよー!」
そんな私を余所に、久しぶりの学校が相当楽しみなのかハイテンションなソラちゃんは飛ぶように走り出してしまった。
「わっ、ちょっと待ってよ〜!!」
慌てて私はその後を追っていく。
こうして、出会いから一年が過ぎた今でも、私は最愛の人と変わらぬ生活を送っている。
私の見た夢とは違う、新しい夢が始まった。そして、私たちはこの夢を二人で歩んでいくのだった。
---side out
二人が出ていった虹ヶ丘邸、その一室であるソラの部屋、その出窓の縁には二輪の花が入れられた花瓶が置いてあった。
絡み合うように寄り添っているその二輪の花は、窓から差す太陽の光を受けて輝きを放っていた。
それはまるで、これからの二人の未来を照らすように。
青のネモネアとピンクのアネモネ。この誓いの花と希望の花が、二人のこれからを導く光となり、どこまでも広がり続けていく。
この空のように、無限に輝きながら。
もしもキュアプリズムがプリズムシャインを会得できなかったら?
fin
ようやく完結しました。
大したことないifストーリーですが、お楽しみいただけましたら幸いです。
気が向けば後日談も書きたいかなと考えております。
はたして需要があるかは謎ですが、感想・評価等いただければ、なおやる気も出るかも?笑
ということで、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。