飛べないドラゴンになったので、悪役令嬢に求婚してみた 作:メカドラゴン好きかい?
竜と恋する乙女ゲー、『聖なる乙女は竜の
流行りのゲームに手を出し尽くして飽きかけていた俺が手に取ったのは、竜(イケメンにもなる)と戦聖女が織りなす鮮烈な恋物語。
俺が乙女ゲーなんて、と思いながらなやってみればこれが中々に興味深い作りになっていた。ゲーム部分とストーリー部分のバランスが良く、ボリュームがあり、気付けば全クリするまでやり込んでしまった。
取るに足らない話だ。ちょっとした事故で死んだ。
悔やんでも悔やみきれない、『なるはの2』を遊べずに今生を終えるなんて。死に際までそう思っていた。
だから、次の展開に俺は困惑した。
──目を見開けば、薄暗く狭い空間の中。微かに土の匂いがする。
棺桶ではない、キリスト教徒でもない俺が土葬なんてされる覚えがない。
──手足の感覚はあるが、何かおかしい。
動かす度、ガシャンガシャンと金属音が鳴る。足枷や手錠の様なもので拘束されているのか、動きが制限される。煩わしさに力を込めれば、何かが崩れ落ちる音と共にあっさりと手足は自由を取り戻した。
──歩き出す。暗がりに差し込む微かな光を追いかけて。
不思議だ。歩くたび、異様に大きな足音が空間を揺らす。まるで巨人にでもなってしまった様に。
──そして、俺は光の向こう側へ辿り着いた。
そこに広がるのは緑溢れる大地だった。風が運ぶ穏やかな熱気が、鼻をくすぐる。
繁茂する緑の海の向こう側には突き立った塔の群れ、西洋の城郭の様な建造物が見える。これ以上なくはっきりと。それには見覚えがある。『なるはの』の通常版パッケージの背景にあったアレだ。
「──ドラグニカ王国。いや、まさか」
かつて、大陸で覇を競った英竜たちが作り上げた国。勿論そんな国、現実には存在しない。ただ、目の前にこうしてあるという事は、夢でも幻でもない。何故かそう確信していた。
「ここは『なるはの』の世界なのか?」
そして、今更ながらに俺は自身の身体を見る。手足は鈍く煌めく銀色に、爪は凶悪なまでに鋭さを帯びている。
まさか、なんて考えはあっても理解は追いつかない。偶々側にあった池に身を乗り出し、水鏡に映る姿を見れば……それは竜だった。目元のバイザーや、槍のような尻尾、生命感のない金属質の表皮など鎧を着けたような外観だが、自分からすれば何かを着ていると言う感覚はない。恐らく、これ自体が俺の身体なのだろう。
カッコいい、なんて能天気な事を思いながらも、俺は重要な事に気付く。
『翼が無い』
この『なるはの』の世界だとして。翼が無いのは致命的なのだ。翼とはこの世界の竜にとっての誇りであり、象徴。無い者は人でなしならぬ竜でなしとして扱われる。作中の攻略対象の一人は、それが原因で殺されかけていたし、もう一人は翼が小さいからと嘗められていた。まあそれを主人公が真っ向から庇い立ててそれぞれのルートに入るのだが……って違う、そんな事を考えている場合ではない。
竜になってしまった事はこの際受け入れよう。別に悪いことでもない。だが翼が無いのは竜としてマズいのだ。設定的にも、ゲーム的にも空を飛べないと言うのは。
何か無いか、と背中に手を伸ばすと、何かが触れる感触があった。よし、これだと掴んでみれば、それは見事に引き抜けた。
それは、見事な肉厚の諸刃の剣であった。恐らく人からすれば鉄の壁と言ってもいい。
違う……いや、武器を持つ竜なんて居なかったんだが。俺は本当に一体なんなんだ。鎧のような外観に剣、これじゃ
本当に『なるはの』の世界でいいんだよな……。
そんな疑問が沸々と湧き上がる中、俺の耳に微かな音が届く。
『──いい加減に! 倒れろ!』
それは変声期前の少年の様な声だった。どこかで聞いた事がある。あのゲームの中で聞いた事が。
ならば、じっとして居られる訳もない。もしかすれば『なるはの』のイベントが起きているかも知れないのだ。ファンならば見たいだろうそれを、見逃す訳にはいかない。得体の知れない高揚感に襲われた俺は、気付けば走り出していた。振り返れば、竜が二足で走るのはやや異様な光景だったろうが。
──居た。
音を頼りに背の高い木々を強引に掻き分け進むと、一人の人間と、一体の獣、
ただ、人間側の技量も中々のもの。リザードマンが放つ槍の猛攻を凌ぐ剣技。だが俺は知っている、
リザードマンと戦う青年……に扮した女の子。藍色のショートヘアー、押さえた胸元、そして声。間違いなく彼女だろう。
名を、ティガー・マクレディ。作中では顔に傷をのある男として登場するが、物語後半に女性と発覚。攻略対象だと思われていたが実は主人公のライバルキャラだったと判明し、プレイヤーを混乱ないし絶望させたキャラクターだ。まあ、自分もその一人である。キャストが一人だけ隠されているから、嫌な予感はしてたんだが。
彼女は人間で、竜ではない。しかし闇竜の血を引くマグレディ家唯一の男子を折り合いの悪い光竜の者が在籍するドラグニカ王国の学園に入れたくなかった過保護な母親が、コネを利用し影武者として送り込んだのである。因みにそのティガー・マクレディは移植された家庭用版の追加ルートの攻略対象だ。
彼女の本名はエレーナで、マクレディ家当主の前妻の子だ。前妻はエレーナが物心付く前に亡くなり、すぐに当主は後妻を娶っている。そしてエレーナは後妻からは酷い嫌がらせを受けていた。一例としては、階段から突き落としたり、食事に金属片を混ぜ込んだりなど、もはや殺意すら感じられる。
そんな環境の中、自分を守る為に鍛えていたエレーナは武術に長けている設定がある。今もその修行の最中なのだろう。
本編の時よりやや幼い見た目だから、恐らく時系列は本編開始前。
──ならば、彼女はこれから、無茶な修行を繰り返し顔に傷を負う事になる。そして政略結婚の駒としての価値も無くした彼女は、これから後妻に利用されるだけされて、最後は主人公達のためにその命を投げ出すのだ。
もしかしたら俺はこの時、未来の事を考えて動くべきだったのかも知れない。だが、この時ばかりは居ても立っても居られなかった。
なんたって、彼女は私の推しなのだから。ここで助けなくていつ助ける。
俺の足を止めるだけの理由も理性も葛藤も、そこに無いのなら、もうどこにも無い。
♦︎♢♦︎
私の居場所など、最初からどこにも無かった。
母と呼べる存在は居ても、愛は無かった。
父は私から目を逸らし続けた。弟とは一度たりとも会った事はない。
街中で見た。子供が突然走り出し、馬車の前へ出ようとして母親らしき人物に止められ、叱られている姿を。
思えば私の
私は、竜にも見放された存在だった。
かの王立竜士学園、あの場では入学した人間と、学園で飼育されている低位の竜がペアを組み三年間を過ごして一人前の竜士、竜を扱う存在を育成する事を目的としている。また、竜の血を引く者が、その力を適切に扱える様、訓練と教育を行う場でもある。
けど私は、あらゆる竜から嫌われてしまう体質だった。何もする前にそっぽを向かれるのは当たり前で、酷い時はブレスを吐かれる時もある。でも、私は竜に乗りたかった。
あの広い空なら、私は自由になれる気がしたから。私に、翼があれば良かったのに。
そんな不満を、憤りを、私は八つ当たりめいてモンスターにぶつけていた。いつの間にか、剣閃は濁り精彩を欠いていたのにも気付かずに。
──サーベルで打ち返した中段の突き。しかしリザードマンはそのまま反転し、返す尻尾で私の胴体を打ち据えた。
「カッ……!」
無様に転がされた。腹の空気が一気に抜けて、息が止まる。目の前で槍を構えているリザードマンが居るのに、身体は必死で息を注ごうとする。
サーベルを支えに立ちあがろうとするが、きっと遅い。私は槍に貫かれる。
「……!」
だけど、感じたのは、恐怖でも、怒りでもなかった。
「終わ……れる」
諦めが、身を縛る。槍が。迫る。私は目を閉じていた。
「──痛く、ない?」
されど、幾ら待てども痛みは走らず。恐る恐る目を開ければ、そこにリザードマンの姿はない。
その代わり、私の前には銀色の壁があった。それは滑らかでいて、所々角張っている。見上げれば、
長い首の先の頭部、騎士の兜のようにスリットの入ったバイザー。その中の暗闇で光る二つの瞳が、私を見つめる。
「エレーナ・マクレディ。私は、君に会ってみたかった」
「どうして、わた……僕の名前を」
「──それは、秘密だ」
翼はなくとも、それは竜。しかも言葉を介す竜となれば、上位の種だ。そんな竜は、突き出した口元に指を当て、人間的なジェスチャーを見せる。
「リザードマンには退場頂いた。もう安全だ」
「……何も、分からない」
「分からなくても構わない。私は君を助けに来たんだ」
「だからどうして!」
竜は私に嫌悪を示さないのか。寧ろ、目の前の竜は私に対して得体の知れない好意を持っている様にすら思える。
何が目的か。私? 弟? それとも家?
私に理由もなく手を差し伸べてくれるなんて、ある訳がない。今更になって。そんな考えが溢れ出しそうになった時。
「感じてくれ……私は君の味方だ!」
気付けば、私の身体は竜の両手に包まれていた。暖かい。金属質の鱗は、冷たい筈なのに。
「信じて欲しい。私は君の敵ではない」
「……駄目だ。信じられるものが、何一つない」
「そうか。そりゃそうだよな ──ならば、また会おう!」
竜の手が離れる。逆光を背負い仁王立つ竜の威容に、私は息を呑む。
「きっと、またすぐに会いに行く」
真っ直ぐに私を見つめて放たれる言葉に、何も返す事は出来なかった。竜は、身を翻し、森の奥へ跳んでいった。
「……あ」
伸ばした手は、何も掴む事はなかった。
──それから、数週間後
あの時の事は、誰にも言えなかった。私自身、何を信じれば良いのか疑っていたから。正直な話、あれは疲労困憊の私が見た夢の様にも思える。
だから、忘れてしまえば良いのに。私は未練がましくあの森へ来ていた。
けれど、あんな都合の良い事、二度も三度も起きる筈はなく。けれどあの日よりサーベルを振るう私の身体は不思議と軽かった。少し休んだからかもしれない。
そうしてリザードマンを1人で相手出来る様になった私は、修行の頻度を落とし、屋敷で竜について記された図鑑を読んでいた。
母から私に指示があった。弟を竜士学園に入れたくない母が告げた指示は、私が弟の代わりに学園で過ごす事。その為の知識を学べと。
最近、母は優しくなった気がする。私に、よく声を掛けてくれる様になった。もし、私の心が今より不安定になっていれば、私は母に依存していたかもしれない。
けれど、今私の頭の中には、あの銀色の竜が浮かぶ。
「──居ない」
気付けば私は、図鑑の中に銀色の竜を探していた。
けれど、銀色の竜は居ても、翼が無い銀色の竜なんて図鑑には見当たらない。
新種の竜、だとしても何故私に。そんな疑問が浮かぶ。
そんな時だった。屋敷の外で、地響きがしたのは。
「何……まさかモンスター!」
私は机に立て掛けたサーベルを取り、走り出そうとして──
「頼もぉぉぉうっ!」
その声を聞いて、足が止まる。急いで窓の外を見ると、屋敷の門の前に、見覚えのある姿があった。金塊を腕に抱き声高に叫ぶ姿は、この前の──
「私は、マクレディ家のご息女、エレーナ殿に──求婚しに参った!」
──私の顎は、外れんばかりに開かれた。