博麗星霊録   作:John.Doe

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中編

「今、この場で封印してくれる!」

「ふふっ、いざ勝負!! と、いいたいところだけど、完全復活まであと少し時間がかかるの、それまでは……こいつと遊んでてね。じゃぁね~」

 悔しそうに魅魔を追おうとした博麗靈夢の前に遮るように現れた、紫のローブと防止を被った、いかにも魔女然とした少女。

「おっけ~、ここは魔梨沙にまかせて」

「邪魔よ!! どいて」

「ふふっ、魅魔様のところにはいかせないよ。あなたには、ここで少しばかり遊んで行ってもらうわ。もっとも、あたいがあなたを倒しちゃってもいいんだし……」

 それが、博麗霊夢と霧雨魔理沙の初めての出会いだった。そこから一言二言、お互いに言い合って、弾を撃ちあう。レリーズは博麗靈夢に打ち勝つことはなく、砕け散って魔理沙もまた撃墜された。魔理沙にとって圧倒的な強さだった。足止めをすればいい、といった魅魔の言葉通り、自分の役割は果たしたはずだ。あとは任せよう……そんな事を思いながら、亀に乗って飛んでいく巫女の背を見送った。

 

 

「陰陽玉は、博麗の家系であるあなたしかあつかえないの。陰陽玉は、使う人の力に影響されて、その力を吸収していくの。十分に力を吸収した陰陽玉は、その絶大な力を一回だけ放出するわ、そう、正の方向にも、たとえ、負の方向だとしても……そのあとは、また元に戻り、再び吸収しはじめる……」

「その力が目的っていうわけか……」

「当然そうだったわ……でももうどうでもいいの……ううん、何でもない。それより、靈夢! あなたは、わたしを倒すために来たんでしょ?」

「……そうよ、今度こそ封印してあげるわ。博麗神社の巫女として……」

「ふふっそうこなくっちゃね。いいわ、本気を出して闘ってあげるわ!! 本気でね!!」

 大きな三日月を模した頭が特徴的な杖と、星をあしらった帽子、青を基調とした魔女装束。目の前の悪霊魅魔と、対峙した当代博麗の巫女との激闘が始まった。迫る弾の波をかいくぐりながら、札を投げつける。数度の被弾にも冷静さを失わず、先ほどまでの少女のような喋り方を全く想像させない鬼神のような強さと表情で、ひたすら札を魅魔めがけて投げつける。

(ははっ……やっぱり博麗の巫女は博麗の巫女ってことか。それでも、さっきのを見る限り私よりマシか)

 博麗の巫女であった彼女が今や、博麗の巫女の武器の一つである札で追い詰められていくという状況にある。その中で見極めるのは、彼女の素質と人柄。そしてある種の確信めいたものを得た魅魔は、自身の持つ博麗の巫女時代の霊力から引き継いだ膨大な魔力を開放し、翼を模らせる。

「くっ!! なかなか……こうなったら……」

「逃げる気なの!! 逃がさないわよ!!」

「ふん、本気を出すの!!」

「さっき本気でねっていったじゃん」

 戦闘の間のこういった一言二言の会話の間は、先ほどまで鬼神を思わせていた彼女の顔も、見た目相応の女の子の顔になる。それを再び確認して安心した魅魔は、自らの全力を以て、当代博麗の巫女である彼女めがけて容赦のない弾幕を放つ。この程度ならば、彼女は切り抜けることができる、そう分かっていたから。

 

「はぁ。こんなものか……ともあれ、上手くいってよかった……」

 存外自分の全力の攻撃をあっさりと突破され、見事博麗の巫女は自分を撃ち落した。これで負けるのは二回目、いかに悪霊になり力が全盛期以下とはいえ、素質的な問題は全くないようだ。ともかく、これで自分が干渉するのはここまでである。あとはせいぜい、彼女らを見守るだけ、そんなことを思いながら、魅魔は地面に大の字になりながら、上空の「後輩」を上がらない瞼に無茶を言いながら見上げる。向こうも肩で息をしているようだった。満足げに目を閉じる。どうせまだ、復活するだけの余力はある。今後は彼女らの関係を見守るとしよう。

 

「また来たわね魔理沙」

「勝つまでは来るよ」

 時は吸血鬼が大きな異変を起こす少し前。博麗神社境内で二人の少女が方や呆れ顔、方や笑みを浮かべて対峙していた。博麗神社の巫女、博麗靈夢と、魅魔についてきたときに初めて出遭った魔法使い、霧雨魔理沙。あれ以来神社裏の遺跡でブッキングしたり、神社の裏山にある湖でブッキングしたりしているうちに、魔理沙が何度も神社へ訪れて「模擬戦」を申し出ているのである。本人曰く決闘、とのことだが、靈夢にとっては模擬戦以上のものではない。実を言うと、先代の博麗の巫女であった魅魔が、魔理沙に求めた見返りである「仲良くしてほしい奴がいる」という、その仲良くしてほしい奴こそ目の前の博麗靈夢であり、魔理沙はそれを知ってこうしているのである。が、それ以上に彼女の力を求める性格は、生まれながらにして絶大な力を持っている博麗の巫女というものに惹かれていた。

「今日こそは勝つ。その台詞何度目かしらね」

 苦笑いしながら軽く自らの肩でお祓い棒を跳ねさせる靈夢。そう、今日という日までに魔理沙は一度も白星なく黒星を積み上げている。それでもめげずに自分のところへやってきて挑戦状を叩きつける彼女のことを、靈夢は嫌いになれなかった。むしろ、初めて友と思えるような存在だとすら思えていた。先代の話を聞いたことがあったが、先代は友と呼ぶべき存在はいなかったという。博麗の力を恐れられていたから、と聞かされた。自分にも身に覚えがないと言えば全くの嘘である。家臣のような存在である玄爺を除けば、彼女とまともに会話をしたのは今まで敵対した存在ばかりだった。

 彼女と付き合ううちに分かったのは、彼女もまた、自分と少し似た境遇にいたということだ。人里で有名な家の娘だったらしいというのは魅魔に言われたことだが、それで彼女がいつも独りでいる自分と似ているのだと納得した。親とすらも上手くいかなかったらしい彼女は家を出て魅魔のところにいたらしい。きっと、他人とは思えなかったのだろう。だから、お互いにこうして何度も戦いという名目の下に顔を合わせている。

「全く。毎度毎度手当して返す私の労力も考えなさいよね」

 靈夢の皮肉に笑って返した魔理沙が、開戦の合図とばかりに指でコインを弾き上げる。いつも通りの仕草は、賽銭箱めがけて行われていた。何度目からか、せめて賽銭を入れていけ、と文句を言われて以来の習慣だった。賽銭箱とコインが軽い音を立てた瞬間に、靈夢と魔理沙は同時に飛び上る。同時に魔理沙がレリーズを展開し、先手必勝とばかりに数多の魔力弾を放つ。

「全く、この程度!」

「へへっ……」

 いつも通りの変わり映えの無い弾幕形成、そう判断して華麗な動きで余裕を見せて回避する靈夢。それを見て小さく笑みを浮かべた魔理沙が、レリーズの動きを変化させる。靈夢を囲うように展開し、一気に弾を放出する。小型の弾をバラ撒くレリーズが二つ。大きな弾を一定の間隔で放つものが二つ。そして最近魔理沙が森近霖之助から手に入れていた、ミニ八卦炉からの弾幕が。一瞬その変化に驚いた靈夢だが、慌てることなく回避しながら手に四本の針を握る。舞でも踊るかのように、されど無駄は一切なく、体を回転させながら的確にすべてのレリーズの真ん中を針で撃ち抜いて見せた。ガラスが砕けるような音を立てながら、レリーズが砕け散る。魔理沙の顔が引きつり、慌て気味に、接近してくる靈夢の攻撃に備えた防御用の魔法陣を展開しようとする。

「遅い!」

 魔法陣が展開する前に、魔理沙の手をお祓い棒が弾く。その次の瞬間、魔理沙の視界は直に叩き込まれた札で埋まっていた。額に札を叩きこまれ、間抜けな声を上げながら背から落ちてまた間抜けな声が出た。その衝撃で上がった脚がパタリと地面に落ちて、大の字に寝ころぶ。

「ちぇっ。また負けかぁ。やっぱり強いなぁ」

 いつものように悔しがる魔理沙。いつもならすぐに起き上がって、靈夢の「指導」を聞きながら手当を受けて帰るのだが、今日は顔に被さった帽子もどけぬまま、ずうっと寝転んでいる。いつも通り指導を垂れ流しながら、その様子に靈夢が気付くのには数秒の時を要した。

「ちょっと、魔理沙。聞いてるの?」

「靈夢。靈夢はさ、なんで強いのかな」

 その一言に、靈夢がいつもと違うのは寝転がっている事だけではないと気付く。その答えを返そうと考える前に、魔理沙が続けた。ただの小さな冗談ではないことは靈夢にもわかった。

「私は一度、靈夢の先代様に助けてもらったことがある。あの人も、多分今の靈夢以上に凄かった。今でも私にとってのヒーロー。靈夢も特別な……博麗の巫女だから、ヒーロー、なのかな」

 靈夢は、自分の血の気が引くような感覚を覚えた。恐怖ではなく、疑心や怒りの昂りによって。これから言われるであろうことを、言われたくはなかった。それに対する恐怖も少なからずあった。自らが友と呼べるかもしれない唯一の存在、霧雨魔理沙の口からは出てこないと信じたかった言葉。

「靈夢……私のヒーローになってくれないかな……弱い私のヒーローに」

 魔理沙がそう口に出した次の瞬間、魔理沙の目の前が一気に明るくなる。帽子を蹴っ飛ばされた、と理解する前に、目の前に映った光景が魔理沙の心に刺さった。泣いていたのだ。あの強くて、明るくて、呑気で、なんだかんだ自分に優しくしてくれた、あの博麗靈夢が。ただ泣いているのではない。強い怒りや哀しみのない交ぜになった感情を必死にこらえて、それでなお溢れる涙が、靈夢の目や頬を伝っていく。

「あんただけは……あんただけは、そう言わないでくれると思ったのに……そんなにヒーローに憧れるなら、自分がなってみせなさいよ! 自分もヒーローになって、私の隣に立つくらい言ってみなさいよ!」

 靈夢はなんとなく、魔理沙が自分だけではなく、自分の博麗の巫女としての力を見ている部分があることは知っていた。それでも、それ以外の部分を初めて見てくれたことに変わりはなかったし、博麗の巫女の力を見るというのも、彼女が力に執着する理由を考えれば分からなくもないし、靈夢が今まで力のせいで晒されてきた視線とは違った。だからこそ、彼女は自分の隣に初めて立ってくれる存在なのでは、と信じたかった。信じていた。それを裏切られた怒りや哀しみが、一気に爆発した。

「あんたは! 結局、誰かが自分を連れて行ってくれるのを、守ってくれるのを待つだけじゃない……自分がそうなりたいんじゃなくて、なってくれる「特別な人」を待っているだけだったんじゃない……!」

 最後にそう言い残して、靈夢は魔理沙に背を向けて縁側を横切って部屋へ勢いよく入って、襖を音を立てて閉めてしまった。小さな呻きの様な声とともに手を伸ばそうとしたのを遮られて、魔理沙は呆然としたまま、自分の発言を悔いながらとぼとぼと神社を後にした。帽子を拾うことも忘れ、ただただ途方に暮れているかのように歩いていた。自然と、魔法の森で見つけた廃屋をそのまま使っている、自宅の方向へ向かっていた。いつの間にか、空からは雨が降り始めていた。

 

「魔理沙」

 家に入ろうとした直前、ふと自分のことを呼ぶ声にはっと顔を上げる。後ろを振り向くと、哀しそうな、それでいて優しげな、複雑な表情を浮かべた魅魔が浮いていた。

「魅魔様……」

「酷い顔だな、全く……ほら、中に入ろう」

 魔理沙の肩に優しく手をやりながら促した魅魔。されるがままに家の中に入った彼女は、魅魔の魔法で濡れた服や髪、体を乾燥させられた。勝手知ったる弟子の家、とばかりにカップを取り出し、どこから取り出したのか魔法で出したのか、牛乳と蜂蜜を温めて注ぐ。座った魔理沙の目の前に置かれたカップから立つ湯気の持つ香りが、僅かに魔理沙の心を慰めてくれた。俯いたまま座る魔理沙は、それに手を付けようとはしなかった。同じものを注いだもう一つのカップを口に付けて、一つ小さな息を吐いた魅魔が話しかける。

「今日のこと、実は見ていたんだ」

 その魅魔の言葉に、ぴくりと魔理沙の肩が跳ねた。

「お前の気持ちはよくわかるよ。お前の努力は私もよーく知ってる。それでなお追いつけないあいつの背中、お前があんなことを言うのも無理はない」

 もう一度、カップの中身を啜る。当代の、つまり自分の一代あとの博麗の巫女、博麗靈夢は実際、自分の全盛期を追い抜く素質があるだろう。衰えたとはいえかつての博麗の巫女であった自分をあっさりと撃墜していくほどなのだから。それに対して魔理沙はと言えば、そこそこの素養こそあれど、人間の中ではよくやる、程度の魔法使いだ。それが彼女に追いつこうというのがまず無謀であるが、それでも彼女は諦めることなく努力を重ねてきた。

「魔理沙、私が特別な存在……博麗の巫女だった時の話、してやったかな」

 魔理沙は小さく、首を横に振った。そうか、と返した魅魔は、かつて自分が置かれていた境遇を話し出した。人と隔離されたこと、人から疎まれたこと、人に使われたこと……自分に人との良い関わりが全くなかったことを。そして唯一、魔理沙だけが自分に怯えることなく接してくれたことを話した。

「あ……」

「もう、分かったか? そうだ、少しいいことを教えてやる。最近、吸血鬼が幻想郷に来て暴れているんだ。もうじき靈夢が動くだろう。三日とかからないはずだ。さて、男子三日会わざれば、とはよくいうが、魔法使いの少女のお前はどうするね」

 相変わらず俯いたままの魔理沙は、しかし先ほどと違って裾を握りしめる手に力が入っている。きっと帽子の奥でも、奥歯を噛み締めているのだろう、と魅魔は悟った。暫く無言で待ってやると、突然両手で勢いよく目前のカップを掴み、一気に飲み干す。まだわずかに湯気が立っていた事もありかなり熱かったのだろう。それだけの理由かは分からないが、僅かに涙を浮かべながら大きく息を吐く。カップを叩きつけるかのように置くと、顔を上げて決意を持った強い目で、魅魔を見た。

「魅魔様。私に力を貸してくれ。私は「特別」なあいつの……靈夢の隣に立ちたい!」

 その目を見た魅魔は、笑みをこぼしてカップを置く。いつも使っている三日月頭の杖を出現させると、家のドアへ向かう。顎でついて来い、と魔理沙に指示し、いつの間にか雨の止んでいた外に出ていく。慌てたように、箒とミニ八卦炉を持ってそのあとに続く。背に熱い意志をひしひしと感じながら、魅魔はしばらく歩く中で考えていた。一度挫折や失敗を経験した人は強い。背後の少女、霧雨魔理沙からはそれを強く感じた。きっと彼女は、もう挫けても自力で立ち直るだろう。となると、あと問題は靈夢の方か。それに対する対処法を軽く考えたあたりで、ようやくいいところを見つけた魅魔は、魔理沙の方へ向き直って修行の開始を告げた。

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