幻想郷で、大きな異変があった。吸血鬼が周囲を巻き込んで起こした騒動は、後に吸血鬼異変と呼ばれることになる。吸血鬼がすっかり気力を無くしてしまった幻想郷の妖怪を配下にし、幻想郷の支配を目論んだものである、と言われているこれは、博麗の巫女ではない、強い力を持った妖怪に鎮圧されたとされる。その妖怪の正体は定かではなく、妖怪の賢者であったとも、一度は姿を消した鬼であったとも言う。さておき、その異変をきっかけに、一部の気力を残していた妖怪たちにより、異変を起こしやすく、そして解決しやすくして双方の関係の修繕を行うことを目的にいくつかの「決闘方法」が提案された。そのときの博麗の巫女である博麗霊夢との協議とともにいくつかが採用され、そのうち「スペルカードルール」による「弾幕ごっこ」が大いに流行ることとなる。後にこのスペルカードルールを多く経験した内の一人である魔法使い、霧雨魔理沙は、スペルカードルールを「殺し合いを遊びに変える」ルールである、と評する。攻撃よりも魅せることに主体を置いたルールは、幻想郷の女性陣を中心として、後に数多くの異変に採用されることになる。
(スペルカードルール、弾幕ごっこ……双方の消滅、殺害を目的としない決闘方式か。なるほど、妖怪共も考えたということか)
スペルカードルールの公表と概要が記された半紙を手に、魅魔が顎をさする。かつて自らが博麗の巫女であったときに少し考えたことがあるのが、幻想郷の妖怪の気力の低下であった。特に自分の引退間際は顕著で、自分の姿を見るや否や諦めの表情があったのである。博麗の巫女には勝てない、そう分かっているから、妖怪もやる気がなくなる。すると物理的体力に依存する人間と異なり、精神的体力に依存する妖怪は一気に力を失い、さらに気力を失う負のスパイラルに陥ることになる。すると妖怪が多く生息するこの幻想郷の存続にかかわってくるから、いよいよ危機感を強く覚えて対策を練った。そんなところだろう。
「魅魔様ー? 何見てるんです?」
「ん? ああ、魔理沙か。お前も読んでおくといい。新しい幻想郷のルール、だそうだ」
魅魔はそういうと、魔理沙に少し出かけてくるから修業は怠らないように、とだけ言い残し、どこかへと飛び去ってしまった。魔理沙は首を傾げながらも、魅魔に渡された半紙に目を通していく。
「靈夢。久しぶり、かしら」
「散々顔合わせておいて久しぶりもないでしょ。あ、そうだ。私少し名前変えたのよ?」
靈の字を面倒だから霊に変えた、と笑って言った霊夢。その笑いはいつも通りに見えて、少し空笑いにも見えた。魅魔はその理由に心当たり……つまるところ、魔理沙との一件を思い出し、少しだけ表情に哀しみが浮かぶ。そういえば魔界に行ったときにも、お互い顔を合わせはしなかったらしい。
「魅魔、あんたどうかした?」
それに目ざとく気づいた霊夢が尋ねる。魅魔はここに来た目的の一つ、霊夢の様子を見るということを達成した。そしてそこから分岐した目的を果たすべきだ、と感じた。
「ん、いやね。ところで霊夢。あんたと久しぶりに手合せがしたい。どうだ?」
「いいんだけどさぁ……何、もしかしてもう読んだの?」
読んだ、と返した魅魔だが、今日だけはスペルカードではない方法で手合せしよう、と申し出る。三日月の杖を向けられ、不敵に微笑む。それを見た霊夢もお祓い棒を構え、こちらはやれやれというような笑みを浮かべた。魔理沙の時とは違い、これといった合図もなしに、ほぼ同じタイミングで地を蹴る両者。お祓い棒と杖が音を立ててぶつかり合った時が、実質的な合図となった。
「ったく! なんでいきなり手合せなんて!」
「なに、ストレスが溜まっていたようだからな!」
一進一退の攻防の中、2人は会話をしながら全くその勢いを削ぐことがなかった。針が飛べば杖で弾き、魔力弾を撃てば陰陽玉が砕く。玄爺に乗ることがなくなった霊夢と悪霊で浮くように飛ぶ魅魔が、三次元機動を繰り広げながら火花を散らす。たった数分の間が、一時間にも二時間にも感じられた。そんな高レベルな手合せはついに、霊夢のお祓い棒が魅魔の脇腹にヒットして終わりを告げる。
「かーっやられたか」
完全に脱力し、仰向けに降りてくる魅魔と、肩で息をしながら降り立った霊夢。少し息を整えてから魅魔が体を起こし、霊夢と再び真正面に向かい合う。魅魔から見た霊夢は、汗を顔中に噴き出させてすっきりとした顔をしていた。
「いい顔になったじゃないか。霊夢、私はね、しばらく隠居しようと思うんだ」
「は? 何を突然」
「その隠居の間、博麗神社を少し借りようと思ってね。なぁに、今までと大差ないさ。私ゃここに居させてもらうよ……もう私が手を出す必要もないからね……」
そう言って、魅魔は霊夢に反論する暇も与えず、霊夢の目の前でゆっくりと薄れていくように消えて見せた。霊夢は最後の方を聞きのがし、唖然とした表情でそれを見るしかなかった。直後、怒りが爆発したかのように霊夢が絶叫したのはまた別の話である。
「赤い霧、ねぇ。いい加減、縁側でのんびりお茶してる場合じゃなさそうだわ」
夏の幻想郷を突如として覆った赤い濃霧。日光を遮ることにより冷害や視界不良を引き起こし、何よりその赤い霧が持つ強い妖気に、体調を崩す人間も多く、死人が出かねないほどの汚染ともいえる状況となっていた。そして半月ほど経ちその赤い霧は既に、幻想郷のみならず外の世界にまで影響を及ぼさんという力があった。これをれっきとした異変、と認めた博麗の巫女、博麗霊夢は、遂に行動を開始する。そのころ、魔法の森でも動きを見せる者がいた。
「赤い霧、異変か……いい機会、かな」
家の窓から空を覆う赤い霧を見ていた魔法使い、霧雨魔理沙が呟く。大きな帽子をかぶり、ミニ八卦炉を手に取って箒にまたがり、空へ浮き上がる。霊夢と魔理沙の最初の思考回路は同じだった。そう、とりあえず赤い霧の濃いところを目指す、である。夏の夜の幻想郷を舞台に、2人の少女の異変解決が始まった。
「……! あれは……」
箒にまたがって飛んでいた霧雨魔理沙は、湖の上で氷精との弾幕ごっこを切り抜けた先にある大きな洋館の門前で、弾幕ごっこをしている誰かの姿を見る。片方は恐らく門番であろう女性。そしてもう1人は、彼女の今最も会いたい存在、博麗霊夢その人だった。門番らしき人物が霊夢の弾幕を受け、地面に落ちていくのを見ながら、一気に加速する。一度上空を追い抜いた後、紅白の巫女装束に身を包んだ霊夢の前に高度を下げて顔を合わせた。
「よう、霊夢……」
「魔理沙。あんたも来てたのね。で、何の用? 「弱いあんた」が体を冒すリスクを背負う必要なんてないのよ」
霊夢は鋭い目で魔理沙を睨む。その眼力に一瞬怯んだ魔理沙だが、ぐっと堪えて霊夢の目線から目を逸らすことはしなかった。
「そうだ。私は普通の人間、普通の魔法使い、霧雨魔理沙だからな。だけど、例えお前が特別な博麗の巫女っていう存在だとしても私は隣に立ってみせる! それを証明しに来たんだ」
強い決意の瞳に、今度は霊夢が意外そうに眼を見開いた。ほんの少し、霊夢の頬に光るものが見えた気がした。それを拭うこともなく、笑みを見せつつも霊力がオーラのように感じるほど力を迸らせる霊夢と、それに対峙するかのように笑いながら魔力を迸らせる魔理沙。ほぼ同じタイミングで突きつけるようにスペルカードを掲げ、そのままわずかな時間にらみ合いが続いた。そのスペルカードは宣言されることなく、弾き飛ぶかのように洋館の地価の入り口めがけて2人は滑空する。横並びで飛ぶ2人は扉を蹴破り、戸惑うことなく突入した。目の前に広がる数多の書籍を有する本棚……地下図書館に突入した彼女らの前に立ちはだかるように、赤黒い髪色の小さな悪魔が立ちはだかる。
「行くぜ!」
「合わせる!」
2人とも自分の周りに陰陽玉や魔力のこもった球体を展開し、魔理沙はそのままレーザーを放つ。何とか、という風に回避した小さな悪魔の動きはしかし、魔理沙のレーザー射出と同時に急接近していた博麗霊夢に読み切られていた。強い追尾能力を持った霊夢の弾幕が、回避運動を行う悪魔を捉えて離さない。反応が遅れたせいで後手の回避しかできないところに、意識の逸れていた方向から再度飛んできたレーザーが被弾する。しまった、とでも言いたげな彼女が地面に落ちていくのを見ながら、霊夢と魔理沙は笑顔でアイコンタクトを交わす。今までの手合せがお互いの行動を完全に把握させていた、と言えばそれまでだったが、それ以上の要因があるような気にさせるほどの見事なコンビネーションだった。そのまま奥へ進む中、魔理沙が目を輝かせる。丁度魔術に関する書籍が多くなるところへ差し掛かったあたりだった。
「わぁ、本がいっぱいだぁ。後で、さっくり貰っていこ」
「持ってかないでー」
「持ってくぜ」
突然前方に現れた、いかにも気だるげだと言いたげな少女。紫色の、赤と青の複数のリボンでまとめられたロングヘアと、月飾りのついた帽子が特徴的な、ふわりと座るように飛ぶ少女だった。魔理沙には彼女が魔法使い、それも人間の魔法使いという職業的魔法使いではなく、種族としての魔法使いであることは一目でわかった。浮いているのは魔法によるものだし、彼女はこれでもかというほど魔術書然とした魔術書を抱えていたからである。霊夢に分かったかはさておき。その魔術書を広げながら、目の前の魔法使いがぶつぶつとつぶやき始める。
「えぇーと、目の前の黒いのを消極的にやっつけるには……」
そんなものが載っているのか、魔理沙は苦笑いしつつ疑問に思う。と同時に、横にいた霊夢にハンドサインを送った。先へ行け、と。驚いたような顔で見返してきた。それでも魔理沙の自信や、決して考えなしではないと思わせる冷静な瞳は、霊夢を信じさせるに十分だった。小さく頷いたのを見た魔理沙は、霊夢とともに目の前の魔法使いを見据える。それから魔理沙が魔法少女との皮肉の飛ばしあいを終えると、一気にお互いが弾幕を形成する。魔法使い同士の弾幕は、色合いの鮮やかな、そして込められた意味を確かに感じ取ることができるものだった。そしてその隙に、霊夢は一気にパチュリーの脇を通り過ぎて、大扉を蹴破って飛んでいった。
「あれが狙いだったのね……」
「そういうことだ。さ、霊夢に追いつくようにとっとと倒さないとな……」
ミニ八卦炉を正面に構え、次の弾幕に備えた魔理沙。小さくせき込んだ魔法少女は、次のスペルカードを宣言して魔理沙目がけて解き放った。
「また、お掃除の邪魔する~」
魔理沙の作った隙を無駄にせず先に進んだ霊夢は、ナイフを投げてくるメイドと対峙していた。どうやらこの館のメイド長らしいが、吸血鬼の館のメイド長は予想外にも人間が務めていた。そして、人間のはずではあるが、どうやら時間を操る力を持っているらしい。片や自らの上位的存在とも呼べる魔法使いと。片や世界を止めてしまうメイド長と。お互い強敵と対峙つつも、全く退く素振りは見せなかった。ここで退いたら、この先、あるいは後で戦っている「ライバル」に合わせる顔もない。攻撃をかいくぐり、小さな隙も見逃さず、見えないライバルとともに背中合わせで2人は弾幕ごっこに注力していった。
「はぁ……なんか今回の異変、初めてスペルカードルール使ったもんだからすごく疲れたわ」
「私は楽しかったけどな」
赤い霧の異変は、メイド長を倒した霊夢と、魔法使いを倒して追いついた魔理沙が共闘してレミリアを弾幕ごっこで打ち破ることで終結した。その宴会を終えた翌日、博麗神社の縁側で久しく2人は横並びに座っていた。あの喧嘩以来、魔理沙が全く博麗神社に姿を現さなかったからである。それを全く感じさせない仲の良さが伺える距離で隣り合って座る2人は、夕刻辺りまで話していたかと思えば、突然魔理沙が縁側から飛び降りて霊夢の方へ振り向き、指を突き付けて宣戦布告する。
「霊夢。久しぶりに手合せしようぜ。今日こそ勝つ!」
「……ふっ。いいわ。せいぜい私の手当の手間を増やさないことね?」
お互いニヤリ、と口角を上げる。境内に立ち、対峙した2人の間を微かに風が通り抜けた。コインを取り出した魔理沙が、小気味の良い音とともに賽銭箱めがけてコインを弾く。音を立ててコインが賽銭箱に落ちた次の瞬間、両者は一気に飛び上がりスペルカードを掲げて宣言する。その様子をひっそりと見ていた存在が一つ。音も立てず縁側に腰掛け、無い足を組むようにしてその戦いを眺めていた。
「全く。どっちも手間のかかる。でも、手間をかけた甲斐は、あったみたいだね。霊夢、魔理沙、これからも上手くやんなさい」
しばらくすると、彼女はふっと消えるように姿を消した。弾幕ごっこに夢中な彼女らは一切気づくことはなかったが、それでも記憶の中から、彼女、魅魔が消えることは一切ないことだろう。
「霊夢ー! 魔理沙ー! 飲んでるかー!!」
「おーよ! まだまだ行けるぜ!」
「あーもううっさい! いい加減離れろ!!」
紅霧異変と呼ばれるようになった赤い霧の異変から数年。様々な異変が起こり、その度に霊夢や魔理沙は解決に向かった。弾幕ごっこによる後腐れの無さと、霊夢の良くも悪くも人妖共に区別なく接する性格や、魔理沙の霊夢とは違う意味で人妖問わずフレンドリーに接する性格により、いつの間にか人妖幽霊何でもありの大宴会の中心となるほど、2人には「友」が多くできた。先代博麗の巫女の目論みは達成されたのだ。その効果を実感した魅魔は、小さな鬼の四天王と肩を組んで酒を飲む魔理沙と、その絡みを嫌がるそぶりを見せつつも笑顔を浮かべる霊夢を見て、静かに1人盃を傾ける。隠居を宣言した彼女は、最近ではこの宴会の賑やかさを見ながら静かに酒を楽しむことを気に入っていた。自分のしたことを、目の前で実感できるからだろう。
「私ゃもう役割もないし、成仏してもいいんだろうけどねぇ……あの子らが次の世代に託せるかどうかまで見たくなっちまうとは、つくづく悪霊ってのは強欲になりやすいらしい。なあ、ヤマさんや?」
「全く。いい加減成仏しなければ、輪廻の輪に戻れないとあれほど説明したはずですが?」
「もう戻れるとも戻りたいとも思っちゃいないよ。あたしゃここにいるよ、ずうっとな。少なくともここに神様がやってくるまではね」
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。かなーりぶっ飛んだ設定を盛り込んでいますが、これもすべて封魔録の台詞ってやつのせいなんだ(二回目