「なぁ
「どうした
「俺たちって4月から3年生になんじゃん?どうするマジで?」
「いやどうもしないだろ。クラスが変わるわけじゃあるまいし」
3学期の終業式が終わった帰り道。俺は幼馴染の蒼志といつものように帰り道を歩いていた。
「けどさー、修学旅行とか中学最後の大会とか文化祭とかイベント全部終わったら受験だぜ?ガチめにウゼェわ」
「そんなのどうにかするしかないよ」
「お前はどーにかなんじゃん、頭いいし。てか高校どこにするかとかもう決めてんの?」
「まあ無難に“アサ高”かな。家近いし」
「無難に家が近いからアサ高に入学するとかさすが“出木杉君”は違うわ」
「別にアサ高ぐらいだったら本気出せば元希でも行けるでしょ」
「文系科目はワンチャンな?けど理系は察しの通りボロッカスよ。こんな俺がアサ高なんて進学校に受かるなんてマジで夢だわ」
「頑張れば行けるってお前なら」
「え?マジで言ってる?」
「冷やかし」
「ぶっ殺すぞクソノッポが」
小1のときからずっとクラスが同じ幼馴染で、今やってる部活も同じこいつとこうやって帰り道を歩くのはクラスが同じになって仲良くなった小1のときからずっと続いていて、クソほど恥ずかしいから墓場まで持っていくと心に決めているけど、俺にとっては喧嘩するほど仲が良いこいつとクソほどしょうもない話をしながら帰るこの時間が、何だかんだでずっと一番楽しかったりする。
「で?アサ高は本気で目指す気なの元希は?」
「さあな。とりま文化祭終わったら考えるわ」
「目指すならそれだと遅くね?」
「目指すなんて一言も言ってねぇし」
それも俺たちがそれぞれ違う
「それより
「普通に“集合”って言えよ・・・言っとくけど俺は普通に家帰って“スプラトーン”でもしてるわ。お前と違って谷口くんとは仲良くないし」
「別に普段話さねぇってだけで仲は悪くねぇだろ。まあかと言って俺も俺で別に谷口とはめちゃくちゃ仲良いってわけじゃねぇけどな」
こんなふうにまるで中身がすっからかんな話を幼馴染としながら並んで歩いていたら、例のY字路が目の前まで来ていた。今更だけど俺らの通う中学校からこのY字路までは歩いて5分もすれば着いてしまうおかげで、話に夢中だとかそんなの関係なくマジであっという間だ。と言っても
「ってか明日って部活あるよな?」
「あるよ」
「サンクス。じゃあまた学校でな」
「はいよ」
そしていつものように軽く手を振りこのY字路を俺は右に、蒼志は左へと歩く。こういうことができるのも、あと1年か。まだ1年もあるのか・・・いや、中2が終わるまでがこんなに短いから、中3なんてあっという間だよな。てか、高校生にもなって一緒に帰るとかそんなこと考えるのはそれはそれでキモいって話じゃねぇのぶっちゃけ?相手が彼女とかならまだしも・・・ってか彼女なんて俺にはいねぇし。蒼志にもいねぇけど。
「(・・・さっきからなんか忘れてんな、俺)」
現時点では俺と蒼志の人生において全く無縁な彼女という存在を否定しながら1人になった帰り道を歩き始めたら、嫌な予感がしていつも“アレ”を入れているスラックスの右ポケットに手を突っ込んでみる。
「・・・・・・終わった」
その瞬間、俺は気が付いてしまった。いつもはスラックスの右ポケットに入れているはずのスマホを、教室の机の中に置き忘れてしまったことを。中学に上がるのと同時に理系科目を捨てたバカな俺でも分かる、“スマホを忘れてきた”ということがどれだけ重大なのかを。
「f*ck!」
やり場のない怒りというにはあまりにダサすぎる八つ当たりを誰もいない空気に向かって言い放ち、部活で鍛えた脚力とスタミナをほぼフル動員しながら、来た道を全速力で戻る。ありとあらゆる困難が科学と情報で解決するこの令和の時代。そのうちの片翼を担う情報源と言っても過言ではない“スマホ”を忘れるということは・・・
「はっ、はっ、あぁっ、どくせぇっ!」
全速力で走ってるせいで全然頭が回んねぇから例えとかそんなの思いつかねぇけど・・・これはあれだ。既読とか色んな意味で生存確認ができなくなるからすなわち“死”だ。“YOU DIED”ってやつだ。バドミントンで例えるなら、大会当日に試合会場まで来たところで自分のラケットを家に忘れてきたってレベルのやつだ。知らんけど。
「あれぐっちやんどした?」
「スマホ教室に忘れた!」
「はははっ!馬鹿かよw」
「やかましわっ!」
俺の通う
「はぁ・・・手間取らせやがって・・・」
蒼志と別れたY字路から何分何秒経ったかは知らないが、やっと2年C組の教室の前に着いた。さすがにウォームアップなしでいきなり数百メートルをダッシュして3階まで階段を駆け上がったせいか、シンプルに息が切れて呼吸を整えるのに10秒以上くらいロスした。運動部の中でも1,2位を争うくらいキツいことで有名っていう“諸説”で有名なバド部の練習でも最初にストレッチとウォームアップの軽い走り込みぐらいはするから、そりゃ身体はついていかないから息は切れる。
「・・・待ってろ・・・俺のスマホ」
なんて余計なことは考えず、やっと息が整ったところでC組の扉に手を掛けて、中に入る。
「・・・・・・は?」
教室に入った瞬間、俺は目の前の光景に思わず言葉を失った。終業式が終わってみんなも下校してがらんどうになっているはずのC組の教室に、3学期が始まるのと同時に不登校になってすっかり学校に来なくなっていた“あいつ”が、3学期のあいだずっと空いたままだった窓際の席にポツンと1人で座っていた。
「お前・・・学校来てたのか」
俺たちC組のみんなが2年に上がったときに、長野の学校からこの学校の2年C組に転校してきた、“あいつ”だ。
「久しぶり、
教室の中に入った俺を見るや、“あいつ”は不気味に微笑んでゆっくりと自分の席から立ち上がって、右手を背中で隠しながらスッと俺に近づいてきた。
「ちょっ、おいっ・・・!」
それに合わせて咄嗟に教室の外へ逃げようとしたが、俺のことを見つめる不気味な笑みと死んだ魚のように正気のない“あいつ”の眼つきがあまりにも怖すぎて、足がすくんで一歩も動けないでいるうちに気が付くと抱きつかれた。
「・・・これで終わりだよ。きみの人生」
抱きつく刹那、“あいつ”は俺の耳元でこう小さく呟いた。その声色はこの世のものとは思えないくらいに恐ろしく聞こえて、寒気にも似たゾッとする感覚が全身を襲った。
「なに・・・・・・ッッ!!!」
ゾッとする感覚が一旦落ち着くのと同時に、声が全く出せないほどの痛みが腸を駆けずり回りながら襲ってきて、俺は無抵抗で重力に吸い寄せられる恰好で教室の床に倒れた。明らかに人の限界を超えている痛みで頭の中が支配される中で、俺は“あいつ”からナイフで刺されたことに気付いた。だけど気付いたところで、もうどうしようもなかった。
「ッ・・・・・・カァッッ・・・!!」
痛みのあまり失いかけていた意識が、“引っこ抜かれる”感触と共に再び鮮明になって、腸が痛みとかそういうのを通り越して文字通りに煮えくり返りマグマのように熱くなって、全身が鉛のように一気に重くなって、力が入らず動かなくなった右手のあたりに伝う生暖かい液体の感触を感じる中で、意識は再び遠のいていく。
「(・・・そうか・・・俺は死ぬんだな・・・これで)」
夢と現実が曖昧になっていく意識の中で、“死ぬかもしれない”という恐怖心が“死ぬんだな”という悟りに変わって、一周回って冷静になった。俺は“あいつ”から腹を刺されて、そのまま死んでいくって分かったら、不思議と刺された腹の痛みが引いていった。
「井口くんのおかげでやっと分かったよ・・・・・・一度でも“悪”に加担したら、どんなにやり直そうにもボロカスになるってさ・・・」
曖昧な意識と視界の先で、右手に俺の血がこびり付いたナイフを持って見下ろしながら立つぶっ壊れた“あいつ”は、正気のない眼と感情で語りかけた。消え入りそうなほど小さな声で呟いていたのに、耳の穴がかっぽじられるくらいに“あいつ”の声が意識の中に響き渡った。壊れてしまった理由を知っている俺に、言い返す気力も体力もなかった。
「(・・・やっぱりやるもんじゃなかったな・・・“あんなこと”は・・・)」
そうだ。“こいつ”が壊れる原因を作ったのはこの俺だ。“こいつ”の言っている通り、一度でも“悪”に加担したやつは、
「ごめんね井口くん・・・おれだって“こんなこと”はしたくなかった。ただやり直したかっただけだった・・・・・・けど、やり直すのが遅すぎた・・・」
見下ろしながら刺したことを謝ってきた“あいつ”を前に、動けなくなった俺はただ黙って教室の床に倒れたまま見続けることしかできなかった。
「だからさ・・・せめてもの償いで
「(・・・いま、なんつった?)」
今際の際、“あいつ”は俺を殺した後にりらをこっちに連れて行くと、感情の消え切った細い声で言い放った。それが何を意味しているかは、朦朧とする意識の中でもすぐに分かった。“あいつ”の言っていることの意味が分かると、痛みと悟りで夢現になっていた意識は一瞬にして殺意にも似た使命感に支配された。
「・・・りらは、関係っ、ねぇだろ・・・」
俺はこのまま死んでも構わない・・・でもりらは、りらだけはこんな“終わり方”なんてして欲しくない・・・・・・だから・・・そうなる前に・・・・・・俺は“こいつ”を・・・
「・・・ざけんじゃ、ねぇぞ・・・・・・りらに手ェ、出してみろ・・・・・・俺は」
ドスッ_
「ッはッ!!!・・・・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」
ちょうど心臓のあたりにとてつもない衝撃みたいな何かのような、とにかく“あ、死んだわ”ってぐらいの潰される衝撃が伝わったかと思ったら、どっからどう見ても俺の部屋が視線の先に広がる。なんかよくわからないけど、気が付いたら飛び起きていた。
「はぁっ・・・・・・夢?」
息が整うと、ナイフで刺されて尋常じゃないレベルの腹の痛みが嘘みたいになくなっている。なんだ、全部夢だったのかよ。
「・・・ぁぁもうマジで焦らせんなよクソが」
夢だってことが分かって安堵して、飛び起きたベッドの上でまた横になる。何だかおかしいなとは思ってはいた。なぜなら今日は“3学期の終業式”じゃなくて“1学期の始業式”だし、俺をナイフでぶっ刺した“あいつ”とは会ったことすらないっていうか夢の中だから会ってすらもいないし、名前も顔も知らない。そもそも夢とはいえなんでりらまで殺されなくちゃいけねぇのかマジで意味わからんし、というか俺が刺し殺されてる時点でふざけんなって話よマジで。ったく、中学2年生になった初っ端からどんだけバイオレンスで悍ましい夢を見てんだよ、俺ってやつは・・・
「(けど、夢ってあんなに“リアル”なもんなのか?)」
横になって、今さっきまで見ていた夢を思い出してみる。それにしてもめっちゃリアルだったな、さっきの夢。まずスマホ忘れてあのY字路からC組の教室まで戻るのに全力疾走したら普通に疲れたし、ナイフで腹をぶっ刺されたときはマジで痛いを通り越して余裕で“死ねる”レベルでヤバかったし。ってかまず夢の中で足を踏み外して奈落の底的なところに落っこちるのはまだしも、痛いってことはあんのか?だって痛かったら普通はあそこで嫌でも目が覚めたりするのが夢ってやつだろ?まあ俺が覚えてないだけで実はどっかで見たことがあるかもしれないけど、さすがにあんなレベルだったら腹ぶっ刺されたところで飛び起きるのが普通なんじゃねぇの?知らんけど。
「(・・・ホントに夢か?今の?)」
でもなんていうか、ナイフで刺されたときの感じとか、痛すぎて意識が何回も飛びそうになる感じとか、刺されたとこから流れる生暖かい血?みたいな感じとか、人からナイフを刺されたことなんてあるわけないけど、夢とは思えないくらいすげぇ“リアル”だった。ってか、リアルより“リアル”って感じだった・・・・・・あれ?これってまさかまさかの夢じゃなかったパターン?
「(いやいやだったらなんで“未来”なんだよ)」
ピピピッ_
「まそっぷ!・・・・・・んだよアラームか」
スマホのアラームが突然大音量で鳴って、ビックリして自分でもちょっと何言ってるかわからない叫びを口から出しながらまた飛び起きて、100均で買った枕元のスタンドに置いてあるスマホのアラームを止める。スマホのホーム画面に表示されている日付は2024年4月8日、6時30分。これは・・・紛れもなく“現実”だ。
「・・・うん。夢だな」
なんかアラームで目が覚めたとかじゃないけど、一気にこれで現実に引き戻されて、さっきまでの体験が夢か夢じゃないかで結構ガチめに考えていた自分がめっちゃ馬鹿らしく思えた。