「井口くんだよね?」
自分の家まであと少しってところで、“あいつ”と瓜二つの声が俺の名前を呼んだ。その声のしたほうへと振り返ると、目の前に転校生の大森がいた。
「・・・ドウシテココニイルンダイ?オオモリサーン」
「なんで片言?」
足音もなく、背後にいた気配すら感じなかったから、あまりにビックリしすぎてメジャーリーグのカタコト日本語実況みたいなリアクションになった。というか・・・なんで
「それよりごめんね、急に話しかけて」
「いや全然いいって同じクラスになったし・・・ってか大森んちってこの近くなんか?」
「あぁうん。実はここから歩いて2,3分くらいのところに引っ越したんだよね」
「へぇー、そうなんだな」
「ちなみに方角的にも一緒だから途中に井口くんの家もあるよ」
「うぉマジか・・・ってまずなんで俺んちがこの辺なの知ってんの?」
「ごめん。始業式終わって下校してたときに井口くんと木谷くんが一緒に帰ってるちょうど後ろをずっと歩いてた感じになってたから、それで」
「あーそういうやつね・・・じゃあ俺と話したかったらあん時に声かければ良かったんじゃね?あそこのY字路からは俺1人だったし」
「いや、ちょっとまだ井口くんと話してないってところがあったから、緊張して行けなかった」
とりあえず色々とツッコみそうな心の情緒を抑え込んで、大森の言うことに耳を傾ける。どうやら話を聞く限り、予想通り大森は俺んちのある近所に引っ越してきたらしい。俺が蒼志といつもみたく帰っていたときにずっと後ろを歩いてたのは軽く恐怖だけど、まぁこれは偶然そうなったって感じっちゃ感じだ。きっと。
「・・・あーね、俺らってまだ一回も話してねぇから、どう話していいかわかんねぇよな。その、特に俺みてぇないきなりカタコトでリアクション取るようなふざけたやつとかさ」
「いやいや、そんなんじゃないんだけど・・・」
そんなことより・・・・・・俺はどんな感じで
「てか、さっき叫んでたの聞こえてた?」
「・・・うん。でも、井口くんが嫌なら忘れるし。誰にも言わないから」
な?普通に良いやつだろ大森は?聞かれてたことは置いといて、俺がさっきやらかしたクソでかい独り言のことも思い出したくない俺のことを察して、誰にも言わないとフォローまでしてくれる。お世辞とか抜きで優しいやつだ。そんな心までイケメンなこいつが、夢の中にいた“あいつ”だとは到底思えない。ってか、何をどうしたらこの不特定多数に優しそうなイケメンが“あいつ”になるのか、こうやって話してるとまるで想像つかねぇな。今日会ったばっかでなんにもわかんねぇけど。
「そうだ、自己紹介がまだだったな。俺は井口元希。部活は」
「バドミントン部。だったよね?」
「あぁ、そっか。席替えの前にもうやってんだった」
話している感じだと“あいつ”のように人を殺したり狂ったりするような気配どころか、あの夢に繋がる未来すら1ミリも想像がつかない。だからこそ恐いものがあって、どうやって話を展開していけばいいのかがわからない。何故ならいま目の前にいるのは、夢の中で見た1年後の終業式の日に俺を殺しにくる“あいつ”なのかもしれないからだ。
「・・・っていうか、大森はなんでここにいんの?」
素朴な疑問がまるで条件反射みたいに頭の中に浮かんだ。そもそもの話、どうして大森はここにいるのか。なんでわざわざ俺にこうやって話しかけて来たのか・・・
「まだ
「・・・あーなるほどね。言われてみれば大森って川越自体がまず始めてだったな」
と思って聞いてみたら、どうやら1人で川越の駅のほうへと行ってたらしい。そういや自己紹介のときに柴崎から長野ってところから来たとか説明されてたっけ。
「じゃあクレモとか行ってみた?」
「クレモ・・・あぁもしかして駅のとこから続いてる商店街?」
「きっとそう」
「あそこは行ったことは行ったんだけど、途中でよく分からない外国人の女の人に“スミマセン”って呼び止められそうになったからまだ途中だったけど何か恐くなってそこで引き返した」
「うわ出たよカタコト中国人。たまに出没してんだけどめんどくせぇんだよなぁ」
クレモか。あそこってゲーセンとかカラオケとかカードショップとかジャンル問わず店が色々あってほぼ何でも揃ってるから最高なんだけど、たまによくわからんカタコトの中国人みたいな人が“タスケテクダサイ”的な感じの胡散臭いノリで話しかけてくるし、ただでさえチャリだとまともに走れないレベルで人が多いのに祭りのときになるとどっかの大佐が“人がゴミのようだ”と高笑いしそうなくらい人がなだれ込んで来たりするのが俺的には玉に瑕っていうかなぁ・・・・・・あの、一応言っときますけどこれはあれっすからね!あくまでこれは“俺的には”って話っすからね埼玉のみなさん!だからその、真に受けないで貰えると嬉しいかな、うん。だって俺、基本的に人からは恨まれたくないし、これでも平和主義者なんだよね・・・もちろん人以外もだけどさ。
「ってか大森、もしかして1人で行ってきたのか?」
「うん、そうだけど」
てか
「道とか大丈夫なんか?
「大丈夫だよ。スマホのマップがあるから」
「そうか・・・あれ?なんか自己紹介んとき道に迷ったとか言ってた気がすんだけど俺」
「実は今日学校行くとき、スマホを家に忘れちゃってさ」
「あ~スマホを忘れたからあんなこと・・・・・・」
「久しぶり、井口くん」
「・・・井口くん?」
「・・・ん?」
「ん・・・?」
「・・・あぁ悪い。何でもない」
何となく手探りながら話を進めていたら大森の口から“スマホを忘れた”というワードがいきなり飛び出て、頭の中で“あいつ”がフラッシュバックして5秒くらい意識がどっかに飛んでいたところに大森の声が届いて現実に戻る。てか、マジでビックリした。ビックリしすぎてわけわかんねぇリアクションしちまったじゃねぇか。おまけに大森も普通に困惑してんじゃねぇか。何してんだ俺、マジで。
「で、何だっけ?」
「?えっと、おれがスマホを」
「オーケー●ーグル。たったいま全てを思い出したからもう大丈夫だ」
「そっか・・・うん。わかった」
それもこれも、大森の声も顔も俺よりちょっと背が高いところも全部全部“あいつ”と同じせいだ。こんなのドライフラワーみたいに時間が経っても色は褪せねぇよ。ド●チェ&ガッ●ーナの香水でも掻き消せねぇよ。てかさっきからなに言ってんだ俺?基本はふざけてボケ倒してたまにツッコミ役に徹するのがテンプレートな俺にしてもちょっとおかしくなってきてねぇか?完全にこれ、大森と“あいつ”がごっちゃになり始めて頭ん中が混乱し過ぎていよいよバグり始めてんじゃねぇのこれ??
「てゆうかごめんな!帰る途中でこんなところで足止めしちまって!」
「えっ?いや、足止めしたのはおれのほう」
「また明日学校でな!じゃあな!」
「ちょっ、井口くん・・・」
とにかくもう、心の準備とかあの夢は予知夢だったのかとかまだ自分の中で整理整頓が出来ていないこのタイミングでこれ以上
「・・・やっぱり。井口くん“も”か」
おれの制止なんて一切聞かずに強引にさよならの挨拶をして自分の家へ全力疾走で帰って行った井口くんの姿が自分の家のほうへと消えたところで、独り言が静かにこぼれる。おれも今の自分が置かれている状況をまだ完全には信じ切れていないけれど、おれの“知っている”井口くんとは少し違う、転校生に心なしかよそよそしさと警戒心を感じながら接していた“今”の井口くんのあの態度と様子を見て、もしかしたら井口くんもまたおれと同じく“今日”に飛ばされていて、おれと同じようにそのことを覚えているのかもしれない・・・そう思った。
「長野県の城山中学校から転校してきた、大森理人君。東谷中に来るのはもちろんのこと川越に住むのも初めてらしくまだ色々と不安もあるだろうから、みんなもクラスメイトとして大森君と仲良くしてほしい」
おれが両親の仕事の都合によって長野から
「大森っ!放課後って暇か?」
おれがこの学校に編入したその日の放課後、井口くんは転校してきたばかりのおれを遊びに連れて行ってくれた。もちろん、井口くんと相方のように仲の良い木谷くんも一緒だった。全くの初対面な人ともまるで今までずっと友達だったかのように接してくる良くも悪くも馴れ馴れしいところがあって、たまにわけの分からないボケをかまして木谷くんや周りからツッコまれたりするおかしなところもあって、口は若干悪いけどお世辞とか抜きにしてめちゃくちゃ友達思いで“実は”とかじゃなく単純に優しいやつだった井口くんとはすぐに打ち解け合った。遊びでバッティングセンターに行ってバッティングと卓球をして、終わったらクレアモールに行こうとしたけど駅ビルまで歩いたところで井口くんが“メンドクセー”ってなって駅ビルの中にある100均で新しいノートと筆記用具を一緒に買って帰った次の日には、すっかり友達になっていた。井口くんという友達ができたおかげでおれは今の学校での生活にあっという間に慣れて、あっという間に1学期、そして2学期と時間は過ぎて行った。
「気にすんなよ理人。だってお前はなんにも悪くねぇんだろ?」
だけど2学期になったある日を境に、おれはクラスのみんなから露骨というほどじゃないけれど、少しずつ距離を置かれるようになった。そんなときでも井口くんと木谷くん、そして2人の幼馴染だった夜阿瀬さんの3人だけは変わらずに接してくれたけど、2学期も終わろうかというとき、おれは味方だったその3人すらも遠ざけて、学校に行かなくなった。
「久しぶり、井口くん」
そしておれは終業式の日。学校のみんなにバレないように教室へと忍び込んで、終業式が終わって先生も誰もいなくなった教室に入って自分の席に座っていた。そしたらそこに、井口くんが息を切らしながら入ってきた。2年C組の窓際にある自分の席に座っていたおれを見て、井口くんは唖然とした表情を浮かべていた。それをみたおれは、衝動的に井口くんを右手に隠し持っていたナイフで刺し殺した。気が付いたら井口くんは、おれの眼前で腹部と胸部から血を流して、目が半開きのまま事切れていた。
「・・・なにやってるの・・・・・・理人くん・・・」
ちょうどそこに、井口くんと同じようにもう学校から帰っていたはずの夜阿瀬さんが教室に入ってきた。夜阿瀬さんと鉢合わせてしまったおれは、そのままいつかの井口くんから教えられていた屋上へと無我夢中で駆け上がって、そこから飛び降りた。
ピピピッ_ピピピッ_
そしておれは、
「(・・・どうしておれは・・・井口くんを・・・)」
俄かには信じ難い、というかおれ自身もまだ完全には信じ切れていないのだけれど、恐らくおれは学校の屋上から飛び降りて身体が地面に落ちるのと同時に、始業式の日へタイムスリップした。目が覚めてスマホで今日の日付を確かめたときは、夢の中で夢を見ているかのような不思議な感覚で、“これはただの夢だ”と思っていた。
「2024・・・・・・まさか・・・・」
だけど、東谷中の2年C組に編入してから終業式の日までの記憶自体はちゃんと残っていたこと。冷たい水で顔を洗うとちゃんと冷たかったこと。リビングのカレンダーが2024年になっていて、つい先週の金曜に姉ちゃんが通う高校の入学式が終わったばかりになってたこと。テレビで流れているニュースの日付と内容が2024年4月8日になっていたこと。1年前の始業式と同じ2年C組に入ることになったこと。おれのことを知っているはずのC組のみんなが、本当におれのことを忘れていたこと・・・
「よろしくね。大森理人くん」
そして、編入した日にやった席替えのときと同じく、夜阿瀬さんが隣の席になったこと。これらのことが重なって、いま目の前に広がっているのは“夢なんかじゃない”とおれは確信した。傍から見ても自分から見てもあまりにも信じられないけれど、自分の身体がコンクリートの地面に叩きつけられたときに現実の理論を超越した何らかの“バグ”のような超常現象が起きて、おれはこの日にタイムスリップした。
「(・・・だめだ。やっぱり思い出せない)」
だけど、今日に飛ばされた影響なのか頭から落ちたショックのせいなのかは分からないけど、2年C組に編入してから
「(・・・もし井口くんもおれと同じように飛ばされたとしたら、どこまで覚えているんだろう?)」
そしてこれは、もしかしたら井口くんも同じなのかもしれないとおれは思った。おれの“知っている”初対面だろうとフレンドリーにグイグイと話しかけてくるはずの井口くんが、どことなくおれの存在をやたらと警戒していたのは、最初の自己紹介が終わって柴崎先生から促されて空いた席へと歩く俺をあからさまに疑心暗鬼な目線と表情で追っていた様子で分かった。そして1年前にちょうど井口くんの家の前でさよならしたときに夕方5時のチャイムが鳴った記憶を頼りに時間を合わせてY字路のところから後を追って今さっき話しかけたときに、“今”の井口くんは明らかにおれに対して緊張した様子で手さぐりに言葉を選んでいた。こんなにも人に気を遣っている井口くんの姿は、おれの“知っている”井口くんではまず見られなかった・・・恐らくあの様子からして、自分がタイムスリップした自覚があるかないかは別にして、“今”の井口くんはおれに殺されたことを何かの形で認識していてもおかしくない。
「(けど・・・これを言ったところでどうなるんだろう・・・)」
かと言ってタイムスリップの話をしたところで、井口くんがそれを信じるわけ・・・いや、言っちゃ悪いけど井口くんってちょっとバカなところがあるから意外と・・・というのは置いといて、まず井口くんがおれと同じくタイムスリップしたっていう証拠がなくて、肝心なおれも物理で示せる証拠がないから、これだとまるで中二病を拗らせた痛いヤツと何ら変わらなくなってしまうし、さすがの井口くんも“タイムスリップ説”を手放しで真に受けるほど馬鹿じゃない・・・ただ気掛かりなのは、井口くんは確実におれの存在そのものを覚えていないということ。だって井口くんはおれのことを苗字ではなく名前で呼んでいたし、おれの家がどこにあるのかも知っているから・・・
「(・・・だとしたら井口くんは)」
♪~♪♪~♪♪~♪~♪♪~
考えごとをしていた意識の中に、夕方の5時を告げる防災無線のチャイムが鳴り響いて、ハッと意識が現実に引き戻される。気が付くと視線の右側には、井口くんの家があった。
「・・・って、そんなの誰も信じてなんかくれないか」
急にタイムスリップのことを真剣に考えている自分が馬鹿らしくなって、思考回路が一気に現実的になる。冷静になってみれば、こんな話なんて打ち明けたところで誰が信じるんだって話だ。だって“タイムスリップした”なんて空想の世界で巻き起こるフィクションに過ぎないって、自分がタイムスリップしたことを自覚した今でもまだ心の中で思っているから。それに、先ずは“今”の井口くんと仲良くなって、井口くんが昨日までのことをどこまで覚えているのかを知っておかないと、いずれにしろ“このこと”は話せない。
でも、“今”の井口くんがどう思ってるは全く分からないけど・・・きっと井口くんもまた、おれと同じように自分が死ぬ1年後の
「・・・とりあえず、明日からきみと“同じ夢”を見た友達としてよろしくね。井口くん」
元希の家を見上げて挨拶代わりに静かに呟いた理人は、そのまま自分の家に帰った。
【主な登場人物】
井口元希(いぐちもとき)・・・川越市立東谷中学校2年C組の生徒でバドミントン部に所属している。1年後の終業式の日にクラスメイトの理人にナイフで刺され殺される、という夢を見る。身長164cm
大森理人(おおもりりひと)・・・長野市立城山中学校から川越市立東谷中学校2年C組に編入してきた生徒で、3学期の終業式の日に夢の中で元希をナイフで刺し殺す・・・のだが、夢と認識している元希とは違い自分はタイムスリップしてきたと認識している。身長169cm
木谷蒼志(きたにそうし)・・・川越市立東谷中学校2年C組の生徒でバドミントン部に所属している。クラスメイトの元希とは小1からずっとクラスが同じ幼馴染で、喧嘩するほど仲も良い。C組の中で最も背が高い。身長180cm
夜阿瀬りら(よあせりら)・・・川越市立東谷中学校2年C組の生徒で美術部に所属している。元希や蒼志とは小4のときからクラスが同じ幼馴染の腐れ縁だが、元希曰く中学に上がってから“ギャル化”している。顔が可愛い。身長155cm
とりあえず、この4人をメインに話を進めていく予定です。てなわけで今後ともよろしくおなしゃす。