何だか、懐かしい夢を見た。朧気に浮かぶ、少女の笑顔がとても眩しくて。守りたい、幼い僕は彼女の笑顔を守ると決めた。けれど、彼女は僕の前から姿を消した。そして僕は──。
「……久、明久」
「んにゃ……?秀吉、もう時間?ごめんね、ありがとう」
「いや、それは良いが……大丈夫かの?顔色が優れぬようじゃが」
「……変な夢を見たからかな。そんな顔しないで?ホントに大丈夫だから」
︎ 心配そうにこちらを覗く秀吉の肩をポンと叩き、固まった身体をほぐす様に大きく伸ばすと、ポキポキと小気味の良い音がした。丁度そのタイミングで、始業を告げるベルが鳴り、鉄人が教室へと足を踏み入れた。
「お前達、揃っているか?クラス代表、坂本、どうだ?」
「んぁ?あ~、……あぁ、揃ってるな」
このクラスには"席"が無い。無造作に置かれたちゃぶ台を皆が備品として自由に使う。故に席順は無く、クラスの代表である雄二が全員揃っているかを確認し、鉄人に報告する。それがFクラスの点呼になっている。
「よし、それではホームルームを始める、と言いたい所だがその前にだ。春夏冬、入ってくれ」
鉄人の呼び掛けと共に教室のドアが開かれ、皆の視線がそちらへと向く。皆の視線を一身に受け、少し緊張が見られる足取りで、茶色の髪を肩より少し伸ばした少女が入ってきた。
「今日からこのクラスの一員となる春夏冬だ。春夏冬、自己紹介を頼む」
「は、はいっ。春夏冬千秋ですっ。よろしくお願いしますっ!」
ガバッと頭を下げた、昨日出会った少女へと、まばらながらも拍手が送られる。
「春夏冬は家庭の事情で急遽転校が決まり、振り分け試験の都合上、このクラスへの編入となった。分からん事もあるだろうが、皆で支えてやってくれ。さて、席だが今空いてるのは、……吉井の横か。吉井、後で校内を案内してやれ」
「はーい」
先程まで寝ていたからか、クラスメイト達は近く席を開け、少し離れていてくれたらしく、今日の所はその穴を埋める形で春夏冬さんが座るらしい。僕が窓際の一つ隣にいる為、春夏冬さんの席は窓際、この時期ではまだ少し隙間風で肌寒さを感じる席だ。
「……」
そんなあまり人気の無い席を引いた当の本人は、ちゃぶ台にカバンを置き、何故か横目でこちらをジッと見つめていた。昨日会った事でも思い出して居るのだろうか?小さく手を振ると、少し苦い顔をして視線を背けた。
あれ?何か嫌われる様な事でもしちゃったかな?あとで謝っておかなきゃだ。
「それではホームルームだが。うむ、伝達事項は特に無い。どうせお前達に勤勉を求めても無意味だろう。せめて普段通りを目指せ。以上だ」
それだけを告げると、満足したのか鉄人は簡単な挨拶だけを残し教室を後にした。それと同時に僕の隣の席には、光に集まる羽虫のようにバカ達が集っていた。巻き込まれても面倒くさいので、少し離れた席に適当に腰を下ろし直すと、同じ様な考えなのか、秀吉と雄二、意外な事にムッツリーニも近くに来ていた。
「あれ?ムッツリーニは"あっち"じゃないの?」
「……面倒くさい」
「あー、確かに。あそこに割って入るのは色々と面倒くさそうだね」
ムッツリーニはその名の通り、ムッツリの中のムッツリだ。三度の飯よりもエロスを追求し、不意に訪れるチャンスを逃さぬ様に何時だって備えているのがこの男の生き様なのだが、ムッツリーニの性質は決して勤勉では無く、どちらかと言うと怠惰に近いものらしい。常に備えているのもその場その時に対処する為ではなく、その場その時の手間を嫌うが故なのだそうだ。そんな
「儂らも挨拶をしたいが、あの様子じゃと夕方まで待つ事になりそうじゃ」
「僕も校内の案内をしたいんだけど、こっちも放課後になりそうだね」
文月学園は、大体六対四の比率で男女比が形成されている。その為どのクラスにも基本的には女子生徒が二十人近く居る計算になるのだが、下位クラスに行けば行くほど、その比率はガクンと落ちていく。とは言え、そんな
「でもこれで、クラスに華が増えたね」
「あぁ。流石に秀吉といえど、たった一人で
秀吉は望まずして、双子の姉である優子さんと瓜二つの容姿を持ち、そのあどけなさが残る顔立ちと演劇の為に引き締まった身体から、学園内にファンクラブが存在する程の人気者なのだが、その大半が男子生徒であり、男子生徒からは熱狂的な熱い視線を、女子生徒からは半ば嫉妬に近い感情を向けられている。秀吉が古風な喋り方をするのも、中学の時にそういういざこざがあったからなのだが、それでも他の人と比べて、秀吉と長い付き合いになる僕でさえ、秀吉の事を本気で可愛いと思う時があるくらいだ。
「……儂は華役じゃないんじゃが?」
「そういえば雄二。さっきウチは戦争を仕掛けないって言ってた?」
「ん?あぁ、そうだ。俺たちは少し様子を見る事になるな」
秀吉からの苦情をあっさりと切り捨てて、僕と雄二は会話を始め、秀吉は頬の袋に不満を詰めて膨らませていた。そういうところだと思うよ?
「今回のシステム調整が無ければガンガン行くつもりだったんだがな。この二週間長は俺達には不利すぎる」
「そっか。僕たちは殆ど何にもしてなかったけど、他のクラスは戦争の準備を進めている可能性があるんだね」
「その通りだ。ムッツリーニが調べてくれた。俺たちが野球やサッカーで健全な汗を流していた時に、補充をしてるクラスがあるってな」
補充テスト。召喚試験とも呼ばれ、召喚獣の生命である点数を増やす事が出来る唯一の方法である。手持ちの点数を捨てて、新たに召喚用の試験を受ける事で点数を回復させる事が出来るが、必ずしも元の点数よりも高くなる訳では無い上、マックス一時間の拘束を受ける事から、試召戦争中では試験を受けるタイミングが難しくなるのだ。
「補充、って事はやる気満々って事なんだ?それで?どのクラスなの?」
「それは分からん。空き教室でそういう会話があった、程度の情報でな。さっきムッツリーニに頼んだのは、これの調査がメインになる」
試験を受け、召喚獣を強化する唯一の機会である補充テストは一度行うと、次に受けられるのは戦争期間に入り、戦闘において少しでも点数が変動した場合、もしくは戦闘で点数がゼロになり、ペナルティとして補習を受けた後になる。このタイミングで補充テストを受けるという事は、近々戦争が起きるという事なのだろう。
「そっか。でもそれなら、僕らもこの期間で準備をして、開幕速攻を狙うべきだったんじゃない?」
「それも一理ある。だが、人を動かすにはそれ相応の動機が必要になるだろう?幸か不幸か、この一ヶ月で俺達はFクラスに馴染んじまった。今更Aクラスを目指そう!なんて言っても本気で動けないと思ったんだ」
何か一つでも理由があれば良かったんだがな。雄二が小さくそうボヤいたのを、僕は聞き逃さなかった。僕達Fクラスは失う物が無い。故に常に挑戦者で居られるが、だからといって無策のまま格上に挑めば敗戦はほぼ確定。ただでさえボロボロの設備のFクラス教室だが、噂によると過去にはちゃぶ台さえも取り上げられ、ミカン箱と画板のみになった代もあったそうだ。雄二としてもそれは望むべき事では無い。だからこそ、Fクラス全体のモチベーションが高まる機会を伺っているのだろう。
「うん。雄二の考えは大体分かったと思う。当分は召喚試験も無しって方向でいいんだね」
「あぁ。どこのクラスか知らんが、その動きを見てから決める事になる。今は普通の学生生活を楽しめば良いって事だ」
「おっけー。情報だけは貰えそうなら貰ってくるよ」
そうして僕達は、いつもと変わらぬ日常を過ごす事となる。
波乱の幕開け。
その時が刻一刻と迫りつつある事を、僕達はまだ知らない。