バカと運命と召喚獣   作:湯ノ川

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エゴ

 

 午前の授業を全て終え、昼休みに入った文月学園。普段はクラスの格差によって生じる諍いも、この時間だけは些か和らぎ、校内には平穏な空気が流れていた。

 

「くぁ……、もう昼か。明久、今日の昼飯はどうするんだ?」

 

 授業の殆どを睡眠時間の補填に充て、ちゃぶ台に突っ伏していた雄二がのそりと起き上がりながら僕にそう聞いてきた。

 

「あー、ごめん。今日はお弁当の日なんだよね」

 

 雄二は基本的には食堂で学食を食べるか、購買でサンドイッチかパン、おにぎり等を買い教室で食べるかの二択になる事が多い。僕も基本的には雄二と同じ様な摂り方をしていたが、ここ最近は自分で作った弁当を持ってくる日も増えてきていた。

 

「む、そうか。秀吉もいつも通り弁当、っと。ムッツリーニは……聞くまでもないか」

 

「俺はこれがある」

 

 そう言ってムッツリーニは片手に持っていたブロックタイプの栄養調整食を齧っていた。それを受けた雄二は気怠そうに頭をかいて立ち上がった。

 

「だよな。はぁ、面倒だが購買でパンでも買ってくるか」

 

「雄二は今日は購買なんだ。待ってようか?」

 

「ん、いや。食い始めを揃えても食い終わりはバラバラなんだ。先に食べていてくれ」

 

「うん、分かった」

 

「っと。そういや春夏冬は?」

 

「春夏冬さんならチャイムが鳴ってすぐに出ていったよ?この時間なら食堂にでも居るんじゃないかな」

 

「そうか。どうせ行くんだし、ついでに様子でも見てくるか」

 

「いってらっしゃーい」

 

 雄二を見送ってからものの数分。適当にお喋りをしながら箸を進める僕と秀吉を横目に、いち早く昼食を終えたムッツリーニは、件の録音データの解析を進めていた。

 

 

 

「はぁ……」

 

 午前の授業を終え、昼休憩に入った私は、一人になるためにいち早く教室を抜け出し、昼食の為に食堂、では無く教室棟からは少し離れた旧校舎へと足を運んでいた。

 

 あれがFクラス。ある程度の予想は付けてたけど、ここまで寄ってたかってこられると流石にウザく感じるな。結局、あーちゃんとも話せてないし……。

 

 私が探していた友人。その正体がクラスメイトだと知った時は、驚いたのか、悲しかったのか、私自身にも分からない感情によって思考は破壊され、頭の中はぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 

 あーちゃん。いや、あー君になるのかな?まさか男の子だったなんてね。そりゃいくら探しても見つからない訳だ。

 

 朧気な記憶を頼りに探し続けたかつての友が、知らぬ間に何処か遠くに行ってしまっていたかの様な感覚。裏切られた。今の私が抱く感情は、それに近いものだった。

 

「私、何の為にここまで来たんだろう……」

 

 記憶に残る彼女と再会し、少なくない言葉を交わし、また以前の様な友達になれる。そんな私の思い描いた小さな夢は、出だし一歩目からガラガラと音を立てて崩れ去ってしまった。

 

「はぁ。まぁ、言っても仕方ないか。ボヤいた所で何も変わらないんだし。試召戦でAクラスに勝ったら再試験の権利とか貰えたりしないのかなー」

 

 ぶつぶつと漏らした私の不平不満は、誰の耳にも届く事なく、空へと消えて行くと思っていた。だが、少し離れた場所。そこには桃色の髪を腰辺りまで伸ばした、可憐な少女の姿があった。

 

「あ、あのっ!」

 

「えっ?」

 

 足元に転がる小石を拾い上げては投げてを繰り返していた私は、周囲への注意が疎かになっていたと、少し反省した。

 

 ちょっと遠くて見えずらいけど、あのネクタイピンの色、私と同じ二年だよね?やばっ。今の聞かれてた?独り言が激しい子だって思われる?!

 

「いや、今のは違くて、ただの冗談〜みたいな?!だから私は決して変な子とかじゃ──」

 

「ちーちゃん?」

 

「──え?」

 

 その瞬間、動転していた思考が完全に停止した。そのおかげで私の心は一瞬で冷静さを取り戻す事が出来た。

 

「こ、この髪留めに、見覚えはありませんか?」

 

 そう言って彼女は自身の髪を留めていたウサギの髪留めを私に見せてくれた。そして、その髪留めは私の記憶に強く残っている物に酷似していた。

 

 私の記憶に強く残る、楽しかった思い出。私とあの子(あーちゃん)。そして、ウサギが好きな、ウェーブ掛かった桃色の髪を持つ女の子。

 

「みーちゃん……?」

 

 

 

「よう、坂本。ちょーっとツラ貸してくれよ」

 

 多くの生徒が集まる食堂にて、見渡す限りで春夏冬の姿が見えない為、買うものを買ってすぐに教室に戻ろうとしていた雄二は、普段なら顔を合わせることも無い相手に絡まれ、不満を隠す事なく舌打ちをしながら答えた。

 

「出来ない相談だな。俺はお前ほど暇じゃないんだよ、"根本"」

 

 根本恭二。Bクラスのまとめ役であり、Fクラスは勿論、Cクラス以下のクラスから反抗の意思を抱かせる事すら嫌う、根っからのヒエラルキー信者であり、同学年の下位クラスからの評判はすこぶる悪いが、同じ様な考え方を持つ人間との繋がりは広く、ある意味この学年で一番顔の広い人間とも言える。

 

「まぁ聞けよ。お前達に取っても悪い話じゃないさ」

 

「あ?」

 

「坂本、俺たちと一緒に、試召戦をやらないか?」

 

「一緒に、ねぇ?例の新システムってやつだろ」

 

 元来、試召戦争とは二つのクラスによる争いであり、他のクラスはそれに関与する事が出来なかった。だが、今回のシステム調整により、最大三クラスまでの同盟を組む事が可能となり、それにより複数クラス同士での戦争が起こせるようになった。学園はそれを"同盟戦"と名付け、自分達より上位のクラスに試召戦を挑む際、他クラスに協力を要請する事が可能となり、挑戦を受けた上位クラスは、相手の同盟に参加するクラス分、他のクラスに援軍を要請する事が出来る。Bクラスが同盟戦を挑めるのはAクラスのみである為、根本はそのAクラスとの戦争にFクラスを巻き込もうと考えているのだと容易に察しが着いた。

 

「お前の言うその試召戦、本当に勝算はあるのか?」

 

「あぁ。最強クラスといえど規格外(バケモン)は数人。残りはたまたま俺達より点が取れただけ(・・・・・・・・・・・)の連中だ。Aクラスであるという傲りから、成長する事を止めた思考停止が大半を締めている。だがBクラス(俺たち)は違う」

 

 ギラギラと燃えるような瞳を輝かせ、根本は拳を固く握り締めた。

 

「今回のシステム調整は想定外だったが、同盟という餌のおかげでクラスの士気も高い。俺たちに必要なのは優秀な指揮官。つまり俺とお前なら、凡庸な兵隊を最大限活用してアイツらに勝てる。俺はお前を高く評価している。その意味がお前になら分かるだろう?」

 

「……あぁ、よく分かるよ」

 

「なら、俺たちと一緒に───」

 

「断わる」

 

 少し考えるふり(・・)をした後、雄二は端的にそう答えた。

 

「はぁ?おいおい。まさか日和(ビビ)ってんのか?正直ガッカリだぜ。お前の目的は俺と同じ、Aクラスを倒し、その地位を奪う事だと思っていたんだがな」

 

 根本が声を荒らげたのを受け、周囲の人間がなんだなんだとざわめき始めるも、雄二はそれを意に介する事なく、ゆっくりとため息をつき言葉を続けた。

 

「なぁ。お前、何か勘違いしてないか?」

 

「勘違い?」

 

「俺とお前を一緒にするなよ。俺はAクラスなんぞに興味はない(・・・・・・・・・・・・・)。勿論、王者の象徴たるあの馬鹿みたいに金の掛かった教室にもだ」

 

「……だったらお前は、何の為に戦うっていうんだよ」

 

 困惑した様子を見せた根本の見て、少し口角を上げた雄二はゆっくりと食堂入り口、根本の居る方へと足を進めた。

 

「何の為、か。強いて言うならエゴ(・・)だ。俺は俺の為に戦う。そして、アイツ(・・・)に勝つ。ただそれだけだ。俺はお前がアイツに勝てるだなんて微塵も思っちゃいないし、同盟戦をしたいというなら止めはしない。Aクラス側にもつく事は無い。勝手にすればいいさ。だけどな、一つだけ忠告しておくぜ」

 

 周囲の視線を受けながら、雄二は根本の隣をすれ違いざまにボソリと呟いた。

 

「あんまり俺の視界をチョロチョロするなよ。Bクラス代表代理クン(・・・・・・・・・・)

 

 自身がAクラス入りは確実だと思っていた根本にとって、Aクラスどころか、Bクラスの代表ですらないという事実。現に今は代表が不在であるが故のクラス指揮権であり、それも代表の復帰と共に失われる。玉座どころか表彰台にすら立つ事を許されない、仮初の銀冠。

 

 それは、根本恭二という人間にとって、最大の地雷であった。

 

「……あぁ、そうかよ。だったら仕方ねぇよなぁ」

 

 根本は怒りに震えながら、学園生徒に配布されている携帯端末、電子生徒手帳を取り出し、数度タップした。すると雄二のポケットに入っていた端末がぶるりと震え、そこには試験召喚戦争の宣戦布告申請とそれを受諾か拒否かの選択肢が表示されていた。

 

 下位クラスからの宣戦布告に対し、上位クラスにそれを拒否する権利は無い。だが、上位クラスが下位クラスに戦争を仕掛ける際には、それをある程度拒否する権利が与えられる。上位クラスによる一方的なサンドバッグ状態を回避する為である。もちろん上位クラスが勝った際の特典も少なく、負けた下位クラスへのペナルティも極めて少ないものとなるが、毎年一度は上位クラスが下位クラスとの戦争を望む。それは言わば見せしめの為であり、特にBCD等の中間層のクラスは下位クラスとの力の差を理解らせ反抗の芽を削ぎ、上位クラスとの戦争のみにフォーカスを合わせる為だ。

 

「試召戦争だ。逃げたきゃ逃げろよ坂本。ここで拒否したって、システムはいつかお前を捕える。その時がお前らの終わりなんだよ!」

 

「──はっ。まんまと食い付いて来やがった」

 

「あ?」

 

 雄二が根本からの宣戦布告の承認を行うと、その数秒後には第二学年の生徒全ての端末に、BクラスとFクラスの戦争が起こることが告知された。それ以外のクラスが戦争禁止期間になったということを知らせる為である。

 

「この戦、勿論受けるぜ。ペナなしで戦争が出来るんだ。拒む理由なんてねぇよ」

 

「正気か?ここでズタボロにされて、兵の士気が下がる事を考えて無いのか?」

 

「負けて士気が下がる?それはお前たちの方だろう」

 

「……お前、本気で俺たちに勝てると思ってんのか?」

 

「さぁな。細かい指定は端末から確認しといてくれ」

 

 これ以上の会話は無意味と判断したのか、電子生徒手帳をポケットに突っ込み、再び歩き出した雄二は去り際にボソリと呟いた。

 

「お前らごときに勝てないようじゃ、アイツらに挑む権利すら無いんだからな」

 

 その声が根本の耳に届いたのかは雄二には分からない事だが、雄二と根本。二人の瞳は奇しくも同じ、熱意の炎が猛々しく燃え盛っていた。

 

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