@JotaroKujo0722
なんとか志望する大学に合格することができた。部活と並行して練習を続けていた甲斐もあってなんとかなった。春からは東京で一人暮らしだ。友達からは称賛された。冬まで部活を続けて受かるなんてすごい、そう言われた。あまり嬉しいとは思えなかった。もちろん受かった時は多少の喜びは感じたものの特に感情が大きく動くこともなかった。春休みは地元を離れる前に友達とたくさん遊んだ。特に部の仲間とは多くの時間を過ごし思い出を作ることができた。行きたいところにたくさんいった。部活をやっていた時は忙しくて行けなかった場所にもいった。ディズニーランドや箱根の温泉にも行った。楽しかった。でも遊んでいる時、あまり部活の話はしなかった。なんとなくそのことについては触れられなかったんだと思う。大変だったね、でもいい思い出だったね。そのくらいのことしか話せなかった。
「それ全部捨てといて」
「え、ほんとにいらないの?」
引っ越しに向けて部屋の整理をしている時、昔集めたスクールアイドルのグッズがたくさん出てきた。お小遣いを貯めて秋葉に行って買ったものもある。かつては心の支えだったグッズも今では辛いものになっていた。負けた感覚を思い出してしまうから。スクールアイドルはもう私の人生に必要ない。
あっという間に春休みは終わり大学生活が始まった。校門をくぐるとキャンパス内では多くのサークルが新入生歓迎のビラを配っている。校門を潜ったときは空だった両手も校舎に入る頃には両手で抱え切れないほどのチラシを受け取っていた。こんなにたくさんあれば一つくらいは入りたいと思えるサークルに出会えるかな。
午前中の授業が全て終わった昼休み。多くの学生でごった返すコンビニを人を押し抜けながらなんとか脱出する。キャンパス内で見つけたベンチで1人おにぎりを頬張る。東京ってなんでこんなに人が多いの! お昼を買うだけで10分くらいかかってしまった。あまりにも人が多すぎる。これではお昼休憩の時間も足りない。今度からは家でお弁当を作っていこうと決心した。片手で買ったばかりのおにぎりを頬張りながら朝ももらったチラシをペラペラとめくる。テニスや吹奏楽といった高校にもあったようなサークルもある一方で、お笑いや古代美術研究会など一風変わったサークルもあるようだ。いろんなサークルがあるんだなあと紙をめくっていると不意に声を掛けられて手が止まった。
「あの、もしかして掛川瑞穂さんですか?」
「そうですけど」
不意に顔を上げるとそこには1人の少女が立っていた。黒い髪を肩くらいの短さで切りそろえた子だ。少し大人しそうな印象を受ける。その子はこわばった様子でこちらを見ている。えーっとどっかで会ったっけ。いくつかのサークルの歓迎会には参加したしそこで一緒になった子かもしれない。もしかしたら授業で一緒になった子かも。どこで出会ったのかを頭の中を巡らせて考えていると彼女の方からその答え合わせをしてくれた。
「私、イーズーエクスプレスのファンなんです! 受験生の時の私の心の支えでした!」
「どうも。ありがとうございます」
なんだファンの方だったか。その名前もしばらくぶりに聞いた気がする。高校時代は何度かファンの方に声を掛けてもらえることはあった。でも大学に入ってから声を掛けられたのは初めてだ。地元ならまだしも東京で声を掛けられるとは正直思ってもなかった。
「あの、スクールアイドルはもうやらなんですか」
その女の子は恐る恐るそう聞いてきた。その質問は他の人からも言われた。でももう決まってる。私は自分の中で決まっている気持ちを答えた。
「もうやらないよ」
私がそう答えると彼女はがっかりしたように固まってしまった。
「ごめんね」
何も言わない彼女を見て残りのおにぎりを詰め込むと私は席を立った。大学の昼休みは意外と短い。次の授業に遅れないように足早に教室に向かった。
「よかった。今日もここにいたんですね」
私が昨日と同じ場所で卵焼きを突いていると、例の女の子に話しかけられた。彼女は私の隣に腰掛けた。
「自己紹介まだでしたね。1年生の三河千代って言います。よろしくおねがいします」
「どうも」
千代と名乗る少女はそう言って鞄からお弁当を取り出すと食べ始めた。え、一緒に食べるの? 困惑して彼女の横顔を見ていると、千代は遠くの景色を見つめながら語り始めた。
「作詞担当って瑞穂さんなんですよね?」
「そうですけど」
「私、受験生の時すっごく不安だったんです。でもイズエクの曲を聴いてすごく励まされて勉強頑張ろうって思えたんです! 特に歌詞が本当に心に響いて勇気をもらえました!」
「そうなんだ。ありがとう」
憧れの人に会えたんだと歓喜の表情で話す彼女に対して私は平坦でそっけない返事しかできなかった。でも千代は私の対応に少しも嫌な表情を見せない。
「あの昨日のことなんですけど」
「スクールアイドルならやらないよ。もう興味ないから」
私はまだ残ってるお弁当の蓋を閉めると鞄にしまい席を立った。
「もう大学生だしスクールアイドルなんて恥ずかしいよ」
そう言い残して私は教室に向かった。彼女は追いかけてこなかった。
翌日は違う場所でお昼を食べることにした。幸いお昼休みに使っても良い教室が見つかったのでそこで食べることにした。ここは外と違って静かだし過ごしやすい。他にも同じ教室でお昼をとっている人はいるけど誰も私に話しかけてこないし気が楽だ。これでやっと静かに過ごせる。せいせいした。SNSをぼうっと眺めながら画面をスクロールする。高校時代の同級生たちの投稿が目に入る。楽しそうなサークル歓迎会の写真をあげている。早速新しい友達を作っているみたいだ。高校時代の部活と同じサークルに入るものもいれば違う活動を始めている人もいる。そういえば、スクールアイドル部の仲間たちはどうしているんだろう。ふと思ったが見るのはやめた。別に私には関係ない。スマホを閉じると次の授業の教科書をパラパラとめくった。
1週間がすぎた。あれから彼女とは会わなかった。流石に言いすぎたかなとも思ったけど初対面でいきなり距離感詰めすぎなあの子も悪かったはずだ。
「スクールアイドル部やりませんかーー!!」
校門を抜けて教室へと向かう途中、1人の女の子がチラシを配りながら叫んでいるのが聞こえた。新入生を募集するサークルの勧誘は大体上級生が行うものだ。なのに何故1年生のあの子が。
「瑞穂さん!」
顔を伏せて通り過ぎようとしたのに、バレてしまった。朝からなんなんだ。
「何?」
睨むようにして顔を向ける。そんな私の態度に彼女は俯きながらも手元のチラシを差し出して来た。
「あの! 今スクールアイドル部の仲間を募集してます」
「私はやらないよ」
「...ですよね」
彼女は視線をがっくりと落とす。背を向けて行こうとすると手首を掴まれた。
「入らなくてもいいので、ライブやる時は来てくれませんか?」
そう言って千代は無理矢理私の手にチラシを握らせた。
【スクールアイドル募集】
その文字を見た瞬間に今まで溜まっていたモヤモヤが噴き出して来た。そのチラシを思っ切り握りしめるとそれを彼女の目の前で破り捨てた。
「しつこい! 私スクールアイドル嫌いだから!」
思わず怒鳴ってしまった。突然の行動に千代は口を開けてただ立ち尽くすしていた。いきなり大きい声を出してしまい周囲の人立ちにジロジロ見れらる
自分の声で我に帰る。頭まで登っていた血がすーっと消えた。彼女の方を見ると破かれたチラシを拾いながら目に涙を浮かべている。まずい。やりすぎた。小さくごめんと呟くと逃げるようにその場を離れた。足早に教室に向かい教科書を開く。教授の声は右から左へと通り抜け何も頭に入らなかった。