@JotaroKujo0722
1ヶ月は怒涛のように過ぎ去りあっという間にゴールデンウィークへと突入した。東京で行ってみたいところがたくさんあったけれど両親が帰ってこいとうるさいので結局帰ることにした。
『部活のメンバーで集まろうよ』
スクールアイドル部のLINEグループに1件のメッセージが届いた。進学や就職で県外に行った友人も集まるとのことで断りづらい雰囲気となり私も参加することにした。できれば見たくなかったスクールアイドルという言葉だけど、仲間たちは大事だ。
「再会に乾杯!」
元部長の掛け声に合わせて乾杯する。と言っても皆未成年だからジュースだけど。順当に近況報告をする流れになった。大学や専門学校に進学した人や就職した人、どの子も順当に自分のやりたいことに向かって進んでいるみたいだ。
でもその中でスクールアイドルを続けている者はいなかった。
「東京の大学ならスクールアイドル部あるんじゃないの?」
部長からそう尋ねられて背筋が凍る。
「さすがにないと思うよ」
私はその後の空白を埋めるようにジュースを飲んだ。この前の出来事が脳裏をよぎる。三河千代、スクールアイドル部募集のチラシ。心臓がぎゅっと苦しくなる。何かに掴まれたような気分だ。
「そういえばさ、この前Aqoursのインタビュー記事見たんだよね」
Aqours。その言葉は部内では憚られる言葉であるはずだった。ハリーポッターの世界のヴォルデモートみたいに。私たちが東海地区決勝で敗れた相手。しかしその言葉を発した子はもうすでに時効であるかのように気にも留めていない様子だ。
「リーダーで作詞の高海千歌さんがすごくいいこと言ってたの。読んでみて」
そう言った彼女は鞄からその雑誌を取り出して見せた。そこには大きくラブライブ 優勝グループ、Aqours独占インタビューの文字があった。それを見てすぐに目を逸らしてしまう。でも他のメンバーたちはまじまじとその雑誌を見つめている。なんでそこまで見れるの?
その雑誌に書かれていた内容は以下の通りだった。
『私たちの学校は廃校になります。学校の名前を残すために、優勝を目指しました。正直、決勝の前日はそのことで頭がいっぱいで前が見えなくなっていました。でも仲間と共に過ごして気づいたんです。一番大事なことは楽しむことだって。スクールアイドルを始めた一番最初の気持ち、それは私もやってみたいという純粋な憧れだったんです』
『ありがとうございます。高海さんによっては楽しむ気持ちが一番の原動力だったんですね。最後に読者の方へメッセージをお願いします』
『私はμ’sに憧れて、スクールアイドルを始めました。初めは憧れの彼女たちのように輝きたいとそう思ってがむしゃらに背中を追いかけていました。私たちと彼女たちの何が違うんだろう。ずっと悩んできました。でもやっとわかったんです。彼女たちを追いかけるだけじゃダメなんだって。彼女たちみたいに、奇跡を起こすことを目指して進んでいました。ですがそこに輝きはありませんでした。仲間と過ごして気付いたんです。今まで歩んできた道に輝きがあったんです。できるかどうかじゃなくて、やりたいかどうか。それが大切なことだと思います』
その記事を読んで、雷が頭上に落ちたような感覚になった。私たちはずっと勝つことを目指して、それに向かって走ってきた。他のグループも同じだと思ってた。学校の名を残すという大義を背負いながらラブライブそのものを楽しんでいたAqours。彼女たちが多くの票を手に入れた理由が今分かった。
そうだった。私は幼い頃、ずっと将来の利益を気にしていた。読書も勉強も全部将来のため。そんな私に今この瞬間を楽しむことを教えてくれたのはスクールアイドルだった。なのにいつしか部活に熱中するあまり勝つことに焦点を当てすぎていた。私の原点である「今この瞬間を楽しむ」ことを忘れていたんだ。高海千歌さんの記事を読んでそう思った。
「みんなさ、スクールアイドルはもう興味ないの?」
気づいたらそう口走っていた。負けたあの日からずっとスクールアイドルを避けてたのに、でも今はそれを聞きたかった。
「興味あるに決まってるじゃん」
「そうだよ、あんなに頑張ったんだもん。忘れるわけないよ」
「去年はさー決勝悔しくて見れなかったんだけどこの前やっと見れたんだよね。Aqours凄かったわ」
「最近もいいグループ見つけたんだよね。代々木のイベントで見た2人組なんだけどさ」
次々とスクールアイドルの話が出てくる。皆、ずっとスクールアイドルが好きだったんだ。避けてたのは私だけでずっとスクールアイドルはみんなの中にいたんだ。負けてから部内でスクールアイドルの話は憚れてた。口にすると負けた悔しさを思い出してしまうから。でも思いは消えなかった。あんなに辛い練習についてこれたのもスクールアイドルが好きだったから。そんな大事なことを今思い出した。
「そんなこと聞くなんて、瑞穂はもう興味ないの?」
「あるよ! あるに決まってるじゃん!」
そう答えた時の私の目にはきっとあの時の輝きが宿っていただろう。スクールアイドルの魅力としてよく言及されるのはその刹那さだ。グループが活動できるのは3年間。長い人生の中の一瞬輝きに人々は魅力されるのだと言う。でもその強烈な輝きは、例え終わったとしても消えない。誰かの思いの中に残り続けるんだ。
「ねえ、その代々木のスクールアイドルってなんて名前?」
あの時の高校生活のように私たちはスクールアイドル談義でもり上がった。楽しい時間はあっという間で解散の時間となった。また再開することを誓って。
ゴールデンウィークの最終日。家を出る準備をしているとお父さんに部屋に呼ばれた。部屋に向かうと物置部屋から大きな段ボールをお父さんが運んできた。どんとそれを地面に置き私に差し出した。
「これ、開けてみて」
何が入っているのかと恐る恐る蓋を開くと、そこには見慣れた私の思い出が詰まっていた。
「これって」
お小遣いを貯めて人生初めて買ってμ'sのCD。家族旅行で東京に行った時、お父さんとお母さんと秋葉原を一日中周ってやっと見つけたスクールアイドル超全集。Angelic Angelの海未ちゃんが出るまで買ったカード付きスクールアイドルウエハース。どれも私の青春だった。一つ一つを手にとって眺めた。
「でもなんで、捨てたはずじゃ」
「捨てろって言われて捨てれるもんじゃないだろう」
それからお父さんは一枚の写真を見せてくれた。そこには小さな女の子が写っていた。
「その子な、僕の担当してた子なんだ」
「え」
担当。お父さんは医者だ。つまりこの子は何かの病気を持っているということを意味する。でもそんな風には見えなかった。だって
「不思議だろ? こんなに楽しそうにしてるんだもんな」
その女の子はまるで何もないかのように目を輝かせて立っていた。
何か体に不調があるなんて嘘みたいだった。
「この子は生まれつき体が悪かったんだ。何度も入退院を繰り返しててその度に泣いてたんだ」
しかし写真の中の少女は全くそんな風に見えない。どこにでもいる普通の女の子だ。
「この子を救いたくて必死になった。最善の治療法を探すために他のお医者さんと何度も話し合った。おかげで治療は上手くいったよ。でもその代わり週一回の通院が必要になった」
お父さんはそう言って悲しげな表情を見せた。それはいつも勉強しろと厳しかった父親とは対照的だった。
「通院の度にこの子は泣いていたよ。でもある時から泣かなくなったんだ。不思議に思ってその子のお母さんに聞いてみたんだ。何があったんですか」
お父さんはその写真を手に取って笑った。
「スクールアイドルにハマったんですって言われたよ。大好きなスクールアイドルを見てると自然と笑顔になって泣かなくなったって。ちょうど瑞穂が中学生の時だった。それで僕は思ったんだ。瑞穂の行きたい高校に行かせてあげようって」
お父さんの仕事の話を聞いたのはこの時が初めてだった。
「なんでその時言ってくれなかったの」
「プレッシャーになると思った。瑞穂が頑張ってるのに口出しするみたいで。それに罪悪感もあった。ずっと勉強ばかり押し付けた。ごめんなさい」
そう言ってお父さんは頭を下げた。お父さんの髪は薄く白髪も混じっていた。あんなに威厳のあるように見えたのに、今では弱そうにも見えてしまった。
「ちょっとやめてよ。私も親になったら子どもに同じこと言うと思う」
私は段ボールを抱えて立ち上がった。お父さんはゆっくりと頭を上げて私を見上げた。お父さんってこんなに小さかったっけ。
「それとこれとっといてくれてありがとう」
私は両手いっぱいに宝物を抱えて自室へ戻った。東京と比べて喧騒のない夜の静けさが私を優しく包み込んでくれてる気がした。