名探偵大垣∞~雪国サウナの観測者~   作:ドラ麦茶

10 / 32
ペンション・ラディウス編 登場人物



豊島(とよしま) ………… 動画配信チャンネル『山梨心霊スポット探訪チャンネル』の人気クリエイター。軽薄そうな男で、雪女の伝説を調査している。

安東(あんどう) ………… 『山梨心霊スポット探訪チャンネル』の女性スタッフ。

立木(たちき) ………… 『山梨心霊スポット探訪チャンネル』の男性スタッフ。屈強な体つきの用心棒。

岩内(いわうち) ………… 元鑑識官と名乗る女性。

田中(たなか) ………… 雪まみれでやって来た女性。

西谷(にしたに) ………… ペンションオーナーの女性。

半田(はんだ) ………… ペンションスタッフの男性。

小池(こいけ) ………… 事件を担当する刑事。

     ☆

大垣千明
志摩リン
各務原なでしこ

犬山あおい
斉藤恵那

※この登場人物表は大垣の個人的な認識ではなく()()()による正確なものです。



ペンション・ラディウス編
1・ペンション・ラディウス! 到着


 千明のキャンプ道具を片づけるのに多少時間を要したものの、なんとか夕方の五時前にはペンション・ラディウスに到着した千明たち。

 空はさらにどんよりとした雲が立ち込め、かなり大粒の雪が降り始めている。風も一段と冷たくなっていた。

 天気予報では夜から雪になると言っていたし、ひょっとしたら吹雪になるかもしれない。

 やっぱり雪中キャンプを中止して正解だったな、と、千明は心底思った。

 

 ペンション・ラディウスはレンガ造り二階建ての欧風建物だ。

 重厚かつアンティークな外観から、ペンション素人の千明にもその溢れる老舗感が伝わってくる。

 雑誌の紹介によると、その最大の特徴は施設面積だそうだ。

 一般的なペンションは客室が五部屋ほどしかないが、ラディウスに関してはなんと十部屋以上もあるという。

 

 さらには。

 

「ここ、本館の他に、別館もあるんだって」

 

 なでしこがレジャー雑誌を開いて言う。

『スキー場に近いペンション』という特集ページで、ラディウスは見開き2ページで紹介されていた。

 1ページ目には、いま千明たちがいるレンガ造りの本館の記事があり、2ページ目には和風古民家造りの別館の記事が載っていた。

 別館には総ヒノキ造りの温泉とサウナがあり、食事も囲炉裏を囲んでのイワナの塩焼きや野菜たっぷりのほうとう鍋に山盛り白ご飯、客室は畳にお布団と、全体的にがっつり和風である。

 

「おお。こっちもこっちでいいな」

 

 雑誌を見た千明は、温泉サウナからのアツアツ焼き魚にほうとう鍋白飯へと繋げる温泉宿コンボ技を想像し、ごくりと喉を鳴らした。

 ペンションの定義は西洋風の民宿のはずだから、これはペンションではなく温泉宿と言うべきだが、これはこれでもちろん魅力的である。

 

「それで、なでしこのチケットだとどっちに泊まれるんだ?」

 

「それが、チケットにはどちらとも書いてないだよね」

 なでしこは懸賞で当てたチケットを取り出して言った。

「受付の時、スタッフさんに訊いてみるね」

 

 三人はとりあえずラディウス本館の方へ入る。カランカラン、とレトロなドアベルが鳴り、外とは一転暖かい空気が迎えてくれた。

 入ってすぐ広いロビーになっており、正面に受付カウンターがある。ロビーの中央には大きな薪ストーブが置かれ、ぱちぱちと耳心地の良い音を立てて炎が揺れていた。その側にはテーブルとソファーがあり、雑誌やマンガ本や小説が並ぶ本棚やテレビなども置かれ、ちょっとした談話室のようになっている。

 ほんの一時間ほど前には凍死してもおかしくない雪中キャンプに挑もうとしていた千明にとって、楽園の門を開いたかのような光景だ。

 

 薪ストーブのそばには四人の男女が集まって何か話をしていた。

 部屋着を着ているので宿泊客だろう。

 なでしこは軽く会釈をし、まずは受付カウンターへ向かおうとしたのだが。

 

 宿泊客の一人がなでしこへ駆け寄ってきた。二十代前半と思われる若い男性で、手には小型のハンディカメラ持っていた。

 

「すみませーん。僕たち『山梨心霊スポット探訪チャンネル』って動画配信をしてる者なんですけど、いま、お話しても大丈夫な感じですぅ?」

 

 カメラを向け、チャラそうな口調で話しかけてくる男性。

 なでしこが

「えっと、どんなお話でしょうか?」

と戸惑い気味に答えるが、最後の「しょうか?」を言い終えるよりも早く、男は。

 

「僕たち、この地域に伝わる雪女の伝説について調査してるんです。雪女の伝説って、聞いたことありますか?」

 と、早口で一気にたたみかけてきた。

 こちらの都合などお構いなしいう雰囲気だ。

 そうでなくてもいきなりカメラを向けられては気分の良いものではない。

 

 それでもなでしこは怒ったりせず、困惑顔ながらもちゃんと答える。

 

「うーんと、スキー場の方でそんなウワサ話があるのは聞きましたけど、詳しいことは知りません」

 

「そうなんですか。実はですね、話の発端は、江戸時代の後期から明治の初めくらいまでさかのぼるんですけど、その頃、この地域で猟師をしている父子(おやこ)がいたそうなんですよ。その二人が、真冬に猟に出かけてですね、吹雪に襲われて、小さな山小屋に逃げ込んだそうなんです。その山小屋というのがこの近くにあるんですけど、見たことないですか?」

 

「いえ、ないです」

 

「そうですか。ちょっと話は変わるんですけど、この辺りって、冬に遭難事件が多発してるんですけど、遭難者は、どういうわけか真冬の猛吹雪の中、裸で発見されるんです。これについては、どう思いますか?」

 

「そんなことが起こるなんて、信じられません」

 

「これも、雪女のしわざだとか、旧日本軍の兵隊の幽霊のしわざだとか、いろいろウワサもあるんですけど、めちゃ怖くないですか?」

 

「怖いです」

 

 男性は、戸惑うなでしこに対し、まくしたてるように話を続ける。

 

「……なんだ、アイツ」

 少し離れた場所で、リンが小さな声で言った。

 

「『山梨心霊スポット探訪チャンネル』っていったら、最近ちょっと人気の動画配信チャンネルだな」

 千明も声を潜めて答えた。

「その名の通り、山梨県内の心霊スポットを巡って紹介する番組だ。あたしは心霊系の番組はキライじゃないから何度か観たことあるけど、なんと言うか、火のない所に無理矢理煙を立てようって感じの番組で、好感は持てなかったな。とにかく全体的に心霊現象に対するリスペクトが感じられないんだ。あんな風に強引に取材をしたり、私有地にズカズカ入って行ったり、話を大袈裟に盛ってみたりして、どちらかというと炎上系で有名になってる感じだよ」

 

「そうか。なでしこも、厄介なヤツに絡まれてしまったな」

 

 千明とリンが声を潜めて話している間も、なでしこは強引な取材を受けている。

 いろいろ質問されても知らないものは知らないと答えるしかないのだが、相手はお構いなしという感じだ。

 有益な情報が得られなくても、しつこく話しかけていれば相手は怒り出して面白い()になる、などと考えているのかもしれない。

 なでしこは困り果てた表情で助けを求める視線を千明たちに向けてきた。

 やれやれ、とため息をつき、千明はなでしこと男性の間に割って入った。

 

「すみませーん。あたしたち、今日初めてここに来たんで、その辺のことはあんまり詳しくないんですよー」

 

 愛想笑いをしながら言うと、男性は

「あ、お友達の方ですか?」

と、新しい獲物を見つけたみたいに目を輝かせ、カメラを千明に向けた。

「僕たち『山梨心霊スポット探訪チャンネル』って言いまして、今、この地域に伝わる雪女の伝説について調査してまして、取材しても大丈夫でしょうか?」

 

「ですから、知りませんって。他の人に訊いてください」

 

「そうですか。実は、話は江戸時代後期から明治の初めくらいにさかのぼりましてですね――」

 

 という具合に、千明があからさまに拒絶感を出したにもかかわらず、男は関係なしに話を続けてくる。

 街中のナンパ男並みのしぶとさだ。まあ千明にナンパされた経験など無いが、なんとなくそんな感じであろう。

 こういう人間を追っ払うのが得意そうなのはなんと言っても恵那とあおいだが、残念ながら今は別行動中だ。

 

 千明たちが対応に困っていると、受付カウンターの中から男性スタッフが出てきた。

 

「すみませんトヨシマさま。他のお客様のご迷惑になりますので、お話なら僕が伺います」

 

 スタッフが丁寧な口調で言うと、トヨシマと呼ばれた男性客はカメラをそちらに向け、また雪女の話をする。

 男性スタッフは接客スマイルで応じながら、千明たちからトヨシマを引き離すようにロビーの端の方へ移動して行った。

 助かった、と千明たちは安堵の息をついた。

 

「――申し訳ありません。ウチの者が、ご迷惑をおかけしました」

 

 恐縮した様子で声をかけてきたのは、さっきトヨシマと一緒に薪ストーブのそばにいた四人のうちの一人だった。

 トヨシマと同じく二十代前半と思われる女性だが、身長はかなり低く、よく中学生と間違われるリンと同じくらい小柄だ。

 

「いえ、迷惑ってほどのことはないようなあるようなという感じですが、まあ大丈夫です」

 千明は苦笑いで答える。

 

「本当に申し訳ありません。改めまして、あたしたち『山梨心霊スポット探訪チャンネル』という動画配信をしている者でして、アンドウと申します」

 

 トヨシマとは違い、女性は見た目の通りの低姿勢で名刺を差し出してきた。

 

「これはご丁寧に」

 千明は名刺を受け取る。名前は『安東』となっていた。

 

 安東は、さらに二枚の名刺も渡してくる。それぞれ『豊島』と『立木(たちき)』とあった。

 豊島がさっきのチャラい男だから、立木は安東の後ろにいるもう一人の男性だろう。

 こちらは安東とは対照的に身長一九〇センチはありそうな背の高さで、身体もラグビー選手のように筋肉質でがっしりしていた。

 なんとなく、動画撮影中の揉め事を回避するための用心棒的な役割の人なのかな、と思った。

 ちなみに四人いたうちのもう一人はソファーに座って本を読んでいる。

 安東たちの仲間ではなく、千明と同じように取材を受けていたのかもしれない。

 

「ご迷惑をおかけしてお願いをするのもなんなんですけど、豊島の言った通り、あたしたち、この地域に伝わる雪女の伝説を調査してるんです。明日の夕方くらいまではこのペンションに泊まってるんで、何か面白い話があったら、ぜひ聞かせてくださいね」

 

 安東は親しみ深い笑顔を浮かべた。

 豊島のズカズカとパーソナルスペースに入りこんで来るような態度には辟易としたが、元々千明は都市伝説とか心霊現象といった胡散くさい話は大好きだ。

 雪女の伝説というのも、興味深くはある。

 

「判りました。実はあたしもそういう話は好きな方なので、なにかあったらお話ししますね」

 

 千明がそう約束すると、安東はもう一度笑顔を浮かべ、ロビーの端で取材を続ける豊島の方へ向かった。

 

「ありがとねアキちゃん、かばってくれて」

 なでしこが、通りすがりの白馬の騎士に助けられたお姫さまのようにうっとりとした顔をする。

 

「気にするな。カワイイ部員が悪の恐怖の闇の魔の手にかかろうとしてたら、命を賭けて守るのが部長の役目ってもんだ」

 千明は白い歯をきらりと輝かせて親指を立てた。

「さて、気を取り直して、受付しよーぜ」

 

 千明が言い、なでしこは改めて受付カウンターへ向かった。

 カウンターでは、『西谷(にしたに)』というネームプレートを付けた三十代くらいの女性店員が迎えてくれた。名前の上にはオーナーという肩書きもある。

 

 なでしこが話をしている間、千明はカウンター横の壁に貼ってある館内マップを見た。

 玄関から入って正面が受付カウンター、いわゆるフロントというヤツで、その奥にはスタッフルームがある。

 フロントに向かって右側には二階へ向かう階段があり、客室へ通じている。

 左側には温泉や食堂へ向かう廊下が続いていた。

 その奥には別料金で貸し切りできる個室サウナ温泉もあるようだ。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「アキちゃん、リンちゃん」

 なでしこが二人を振り返った。

「さっき言った本館と別館だけど、このチケットで、どっちでも好きな方に泊まれるんだって。どっちも三人部屋に空きがあって、料金も同じだそうだよ。どうする?」

 

 フロントには本館の他に別館の簡単な案内もある。

 別館は本館よりも小さいが、あちらでは純和風の温泉宿を満喫できそうだ。

 

 千明は――。

 

 

 

      ◇

 

 

 

「――そうだな。ここに宿泊するのは初めてだし、まずは本館の方から泊まってみたいけど、みんなはどうだ?」

 

 千明の意見に、なでしこは、

「うん、そうだね」

と同意した。

「別館の方は、またみんなでお金貯めて来ることもできるしね」

 

「あたしも、本館の方でいいぞ」

 

 と、リンも言うので、三人は本館の方に泊まることになった。

 

 なでしこが受付を済ませると、さっき千明たちを豊島の魔の手から救ってくれた男性スタッフが戻ってきた。

 

「それでは、お部屋にはこちらのハンダがご案内します」

 

 オーナーの西谷が言った。

 男性スタッフのネームプレートには、『クルー:半田』とあった。

 

「すみません。さっきは助かりました」

 千明たちはお礼を言う。

 

「いえいえ、ああいうのも仕事の内ですから。では、お部屋にご案内いたします」

 

 千明たちは半田についてフロントそばの階段を上がる。

 

「でも、この地域って、雪女の伝説があるんですね」

 階段をあがりながら、千明は半田に訊いた。

 

「そうなんですよ。まあ、お話としては、よく聞くようなやつなんですけどね」

と、半田は話す。

 

 豊島の言った通り、それは江戸時代の終わりから明治の初めごろに広まった話だという。

 この地域に、代々猟師を営む年老いた父と若い息子が住んでいた。

 冬、獲物を求めて山へ狩りに出かけた二人は、途中猛吹雪に遭う。

 なんとか山小屋へ避難し、吹雪が治まるのを待っていたら、夜中、真っ白な着物を着た真っ白な肌の美しい女が現れた。

 女は眠っている父親に息を吹きかけると、たちまち父親は凍死してしまう。

 女は息子も手にかけようとしたが、顔が美しいという理由で助けられた。

 そのとき、もし里に戻って今夜の話を誰かにすれば、どこにいようと必ず殺しに行く、と脅されたそうである。

 

「確かに、なんか聞いたことあるような話だな」

 千明は言った。

 

「うん、そうだね」

と、なでしこも頷く。

「その後、無事村に戻ってお父さんを弔った息子のところへ、美しいお嫁さんがやってきて、たくさん子供に恵まれたけど、ある日、そのお嫁さんに、ふと父親が殺された夜の話をしたら、『約束を破ったなー』って殺されそうになったけど、子供のことを思うと殺すことができなくて、女は去って行った、って話だよね?」

 

小泉(こいずみ)八雲(やくも)の『怪談』だな」

 リンが解説するように言った。

「雪女の伝承は、古くは室町時代から存在するらしい。地域によっては呼び名が『つらら女』だったり『雪婆(ゆきんば)』だったりするが、概ね、子供をさらったり、旅人を襲ったりする恐ろしい妖怪だった。それを、八雲が脚色して、恐ろしいながらも悲恋の物語になり、それが全国的に広まったんだ」

 

「じゃあ、この地域に伝わる雪女の伝説って、その話をパクったってことか?」

 

 千明が言うと、リンは「たぶんな」と頷いた。

「まあ、地方に古くから伝わる幽霊や妖怪の伝承なんて、だいたいそんなもんだ」

 

 という具合に、階段で怪談の話をしながら二階へ上がり、廊下を曲がって二番目の5号室が千明たちの部屋だった。

 

「夕食は七時からになっております。温泉は二十四時間いつでも入れますので、お好きな時間にどうぞ。他に、貸し切りの個室サウナもありますので、ご希望の際はフロントまでお申し付けください。では、ごゆっくり」

 

 半田から鍵を受け取り、三人は部屋の中に入った。

 部屋は十畳ほど。テーブルとクローゼットとベッドがあるだけのシンプルなものだが、その分広々とした空間である。

 ベッドが三段ベッドなのも広く感じる理由だろう。

 三段といっても通常の二段ベッドの最下部にスライド式のベッドが収納されており、使用時に引き出して使うタイプなので、寝るときの圧迫感も少なそうだった。

 千明たちはキャンプが趣味なので狭い場所で眠るのには慣れているが、スペースは広いに越したことはない。

 三人は荷物を置くと、部屋着に着替えた。

 時計を見ると、五時一〇分。夕食までまだ二時間近くある。

 

「どうする? 先に温泉入っとくか?」

 千明は二人に訊いた。

 

「そうだな」

とリンが同意する。

 

「あ、でもね――」

と、なでしこ。

「宿に着いてすぐお風呂に入るのは、身体に悪いんだって」

 

「そうなのか?」

 

「うん。宿に着いたばかりの時は、お腹が空いたり疲れたりして血糖値が下がってるから、温泉に入ると湯あたりしやすかったり、ひどい時は立ちくらみや失神しちゃうこともあるみたいなの。だから、温泉に入る前は、何か甘いものを食べて血糖値を上げた方がいいんだよ。ほら。温泉宿に泊まると、部屋におまんじゅうとか置いてあるでしょ? あれは、お風呂に入る前に軽く食べるためなんだって」

 

「へえ、そうなのか」

 千明は部屋の中を見回したが、残念ながらおまんじゅうは置いていないようだ。

 

「大丈夫」

と、なでしこは胸を張った。

「こんなこともあろうかと、お菓子、いーっぱい持ってきたから」

 

 なでしこはバッグの中からチョコレートやらクッキーやらポテトチップスやら柿ピーやらチータラやらビッグカツやらの大量のお菓子を取り出した。

 

「お前、ただ食べたいだけだろ」

 リンは呆れ声で言った。何かしら理由を付けてはお菓子やらなんやら食べようとするのがなでしこの流儀である。

 

「ま、いいじゃねえか」

と、千明。

「あたし、結局お昼食べてないから、ちょうど良かったぜ」

 

「せっかくだから、ロビーに行ってみんなで食べようか? セルフサービスのお茶とかコーヒーもあったみたいだし」

 

「そうだな。さすがのなでしこでも、こんなには食べられないだろうからな」

 

「いや、コイツなら食べかねんぞ」

と、リンは言って、なでしこを見る。

「すぐに夕食なんだから、ほどほどにしておけよ」

 

 三人はお菓子を持って一階のロビーへ移動する。

 フロントにはオーナーの西谷とクルーの半田がいたが、豊島たち三人の姿はなかった。

 別の場所に取材に行ったのかもしれない。

 

 ロビー中央のソファーには、千明たちが入って来た時に豊島と話をしていた女性が座り、本を読んでいた。

 

「こんにちは、ご一緒してもいいですか?」

 

 なでしこが得意のコミュニケーションスキルを発揮し、笑顔で話しかける。

 女性は、「ええ、どうぞ」と、気さくに答えてくれた。

 

 テーブルにお菓子を置き、セルフサービスのお茶やコーヒーを紙コップに淹れてソファーに座ると、千明たちは簡単に自己紹介をする。

 女性は岩内(いわうち)と名乗った。年齢は聞かなかったが恐らく三十代。雪のように肌が白く、夜空のように黒い髪が目を引く、綺麗な女性だった。

 

「なんの本読んでるんですか?」

 なでしこがさらに訊いた。

 本にはブックカバーがされておりタイトルは判らない。

 冬の山荘にたたずむ美しい女性が読む本。きっと、詩集や画集と言った芸術的な本に違いない。

 

「これ? 知りたい?」

 

 岩内は意味深げな笑みを浮かべると、カバーを取ってタイトルを見せた。

『誰でも簡単! 包丁一本で人体解体』という本だった。

 

「……え?」

 

 想像していたものとはあまりにもかけ離れた猟奇的なタイトルに、千明となでしこは目が点になる。

 

「うふふ、驚かせちゃったかしら」

 岩内は含み笑いをする。

「ごめんなさい。あたし、実は元鑑識官なの」

 

「鑑識官?」

 なでしこは声を上げた。

「それって、殺人事件が起こった時とかに、現場で指紋を採取したり、死因を調べたりする警察の人ですか?」

 

「そう。山梨の()()()刑事部鑑識課所属だったの。今は、ちょっと理由があって退職しちゃったけどね」

 

「そうなんですか! スゴイ!」

 なでしこは、まるで推しの芸能人に出会ったみたいに目を輝かせた。

「どんな事件を解決したんですか!?」

 

「そうねぇ。いろいろあるけど、いちばん思い出深いのは、十年くらい前にあった、『甲府アパート焼死体事件』かな。古いアパートで起こった火事なんだけど、現場から女性の焼死体が見つかってね。普通に考えれば火災で死亡したんだろうけど、検視の結果、女性の気管や肺は綺麗なものだった。煙や炎を吸い込んだ形跡がないのよ」

 

 千明も思わず前のめりになる。

「それてつまり、火災発生の前に死んでたってことですか?」

 

「そういうこと。そうなると、殺人事件の可能性も出てくる。それで重要になってくるのが、被害者がいつ死んだかってこと。つまり、死亡推定時刻ね」

 

「でも、焼死体から死亡推定時刻を割り出すのって、なんだか難しそう」

 なでしこが心配するような口調で言う。

 

「そうなの。だから、当時としてはかなり画期的な方法を用いたの」

 

「画期的な方法? どんなのですか?」

 

 さらに前のめりになる千明たちに、岩内は「ふふん」と、満足げな笑みを浮かべた後、言った。

「焼死体の内部から採取されたウジ虫の成長具合を調べたの」

 

「ゲ……ウジ虫、ですか……」

 続ける言葉を失う千明。チョコバーを食べようしていた手も思わず止まる。

 

「そう。幸い、遺体は内部までは焼けてなくて、ミディアムレアな状態だったの。ウジ虫たちはそこに避難して無事だったってワケ。ウジ虫は、成長して脱皮するたびに『一齢』とか『二齢』とか区別されるんだけど、その焼死体のウジ虫には、三齢のウジ虫が何匹も混じってたの。三齢っていうのは、人が死んでそこにハエが卵を産み付けて羽化し、最低でも十日以上は経過してることになる。検視が行われたのは火災発生から二日後。つまり、その女性は火災発生よりもずっと前に殺されてたってことなんだよ」

 

 得意げに話す岩内だが、千明は焼死体内部の恐らく腐乱した内臓に群がっているウジ虫を想像して、胃の奥から酸っぱいものが込み上げてくる気分になり、手にしたチョコバーをテーブルに戻した。

 さすがのなでしこも食欲を無くしただろうと思って目を向けると、青ざめた顔をしながらも手はせわしなく麦チョコを袋から口へ運んでいた。

 

「…………」

 

 リンは、無言で岩内を見つめて話を聞いていた。

 まさか、今の話に興味を持ったのだろうか?

 リンならあり得なくはないな、と千明は思った。

 リンは図書委員かつ本屋でバイトをするほどの本好きで、いつも『UFO遭遇ファイル』とか『三ツ星心霊スポット』などといった変わったタイトルの本を読んでいる。

 階段で怪談の話をしたときのように突然うんちくを語りはじめるのは、それらの本から得た知識だろう。

 

 グロい話に微妙な空気なったところで、カランカラン、と、入口のドアベルが鳴った。

 千明が見ると、雪だるまが一体入って来た……と、一瞬思ってしまうほど、雪まみれになった客が一人入って来た。

 窓に目を移す。外はかなり本格的に雪が降っていた。風も強くなっているようで、吹雪と言っていいような状態だ。

 ひょっとしてその辺に雪女がいるんじゃないか、などと思ってしまう。

 

 入って来た客は全身の雪を払い落す。

 厚手のダウンジャケットにニット帽をかぶった三十代前後の女性だった。

 

 従業員の半田がフロントから出てきて、

「いらっしゃいませ、大変だったでしょう?」

と言って、女性客にタオルを渡した。

 

「ええ、もう、前も後ろも右も左も真っ白で、どこを歩いてるのか判らないような状況でした。この地域って、冬はいつもこうなんですか?」

 

「そうですね。頻繁に起こるというわけではありませんが、一年に一、二度は大雪の日があります」

 

「そうなんですね。いや、ホント、凍え死ぬかと思いましたよ。これ、ありがとうございます」

 ジャケットに付いた雪を払い落した女性客は、タオルを半田に返した。

 

「ロビーで温かい飲み物を提供しておりますので、よろしければご利用ください」

 

「ホントですか? ありがとうございます」

 

 女性客は半田に連れられ、フロントで受付を済ませると、荷物を置くため一度二階へ上がった。

 そして、しばらくして部屋着に着替えてまたロビーに戻ってくる。

 

「こんにちは、おいしそうですね」

 

 女性客は千明たちのそばに来ると、テーブルいっぱいに広げられた大量のお菓子を見て、笑顔で話しかけてきた。

 

「たくさんありますから、良かったらどうぞ」

 なでしこが席を勧めた。

 

「いいんですか? では、お言葉に甘えて」

 

 女性客はコーヒーを淹れると、席に座り、ひと口すすった。

 

「ああ、やっと生き返った気分です」

 

 女性客は大きく息をつくと、

「じゃあ、遠慮なく頂きます」

と言って、お菓子の中からクッキーをひとつ取った。

 

「すごい天気になりましたね」

 なでしこは窓の外を眺めながら言った。

 さっき女性客が言った通り、雪が吹き荒れ真っ白な状態だ。

 こういうのをホワイトアウトというのかもしれない。

 

「そうなんですよ。道も雪に閉ざされて、まともに歩けないような状態でした」

 

「無事たどり着けて、良かったですね」

 そう言った後、なでしこは不安そうな表情になる。

「でも、大丈夫かな。このまま雪が降り続いたら、あたしたち、帰れなくなるんじゃ……」

 

「まあ、そう心配することもないと思うぞ」

 リンが冷静な口調で言う。

「この辺じゃこのくらいの雪はそれほど珍しいわけじゃないし、天気予報だと明日は晴れだ。朝になれば除雪車が動き出すだろうから、お昼までには帰れるよ」

 

「そっか、なら安心だね」

 

 新たに女性客を加えた五人で、お菓子を食べながら自己紹介をする。

 女性は田中(たなか)と名乗った。

 田中は岩内が元鑑識官だと知ると、

「そうなんですか? じゃあ、もし今夜このペンション内で殺人事件が起こっても安心ですね」

と、冗談を言って場を和ませていた。

 

「――よし。糖分補給も終わったし、そろそろ温泉に行くか」

 

 千明が言い、なでしこたちも「そうだね」と席を立つ。

 岩内と田中に「いってらっしゃい」「ごゆっくり」と見送られ、千明たちは温泉へ入ることにした。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。