「――この、『人狼』ゲームにおいて、『占い師』は最初にカミングアウト――つまり『自分は占い師である』と名乗り出るのが基本戦術とされています。そして、『人狼』側はそれに対抗するため、『自分も占い師である』とウソのカミングアウトを行うものです。今回、『占い師』と名乗り出たのは、なでしこと岩内さんの二人。このどちらか一人が『人狼』であることは間違いないでしょう」
テーブルを囲む五人のプレイヤーに向けて、千明は自分の考えを述べた。
このゲームに慣れている人にはあえて説明するまでもない基本戦術と言っていいだろう。
問題は、どちらが『人狼』であるかだ。
安東が手を挙げた。
「そうなると、後から名乗り出た岩内さんの方が怪しいってこと? 」
「そうとも限りません」
と、千明は答える。
「それを見こし、人狼の方が先にウソのカミングアウトをした、ということも、充分にあり得ます」
「じゃあ、本当はなでしこちゃんが人狼……」
安東がそう言うと、みんなの疑惑の眼差しがなでしこに向けられた。
「あたしは人狼じゃないよー」
なでしこは泣き出しそうな顔でアピールする。
「ね、アキちゃん。アキちゃんは、信じてくれるよね?」
「うーむ」
と、千明は唸った。
「確かに普段は草原の子羊のように人畜無害な存在だが、実は腹の中に猛獣を飼っているからな。今の段階では、確信は持てん」
「そんなー」
「悪いな。このゲームにおいては、たとえ友達であっても疑うのが鉄則だ。もしそれが冤罪であっても、それは仕方のない犠牲と言えるだろう」
「でもさ」
と、安東がまた手を挙げる。
「今回、人狼の他に
ええ、と、千明は頷いた。
狂人とは、村人でありながら人狼側に味方をする役職である。
人狼は狂人が誰であるか判らないし、狂人もまた人狼が誰であるかを知らないため立ち回りは難しいが、概ね人狼に変わり最初に「自分は占い師である」とウソのカミングアウトをするのが常套手段だ。
「なでしこちゃんと岩内さんのどちらかが人狼だったとして、狂人は、疑われている人狼をかばおうとするんじゃないかしら? もしくは逆、なでしこちゃんか岩内さんが狂人で、それを人狼がかばおうとしている。そうなると、大垣さんが狂人か人狼ってことも考えられるわよね?」
安東の指摘に、今度は千明に疑惑の目が向けられた。
「え?」
予想外の展開に、千明のメガネがずりっとずれる。
それを慌てて戻し、反論を試みる。
「いやいや、あたしはあくまでも基本戦術の話をしているだけであって、決して人狼や狂人なんかじゃありません。怪しいといえば、ゲーム開始時からずっと沈黙を守ってる田中さんや立木さんも怪しいでしょう」
だが、疑惑の目は千明から動かない。
「そうやって、自分が疑われ始めると他の人に罪を着せようというあたりがますます怪しいわね」
安東はさらに千明を追いこむ。
他の人の疑惑の眼差しは、ますます深まったように思う。
まずい。このままでは、自分が人狼にされてしまう。どうにかしてこの劣勢を覆す発言をしなければ。
千明はさらに反論を試みようとしたが。
「はい。時間になりましたので、話し合いを終了します。これより発言は禁止です」
進行役のリンが、無情にもターン終了を告げた。
これ以上喋るのはルール違反なので、千明は口を閉ざすしかなかった。
「では、お配りした紙に、今夜追放する人の名前をひとり書いてください」
千明は先ほどの話し合いの内容を吟味する。
今回、千明は人狼でも狂人でもない、ただの市民だ。
疑わしいのは占い師であるとカミングアウトしたなでしこと岩内、そして、千明に疑いをかけてきた安東だ。
この内なでしこと岩内のどちらが人狼であるかは判断できないが、安東は人狼か狂人である可能性が高いように思う。
なでしこと岩内のどちらかであろう人狼をかばうために、疑いの目を千明に向けさせたのだ。
ならば、まずは安東を追放すべきだろう。
千明は配られた紙に安東の名前を書き、伏せてテーブルに置いた。
他のプレイヤーも各自書き終え、テーブルの上に置く。
「では、回収します」
リンがそれらを回収し、一枚一枚表向きにして並べていく。
大垣さん・なでしこちゃん・大垣さん・岩内さん・安東さん・大垣さん、となった。
「以上の結果により、今夜追放されるのは、千明になりまーす」
リンは淡々とした口調で千明の追放を宣言した。
「いやなんでやねーん!」
千明は頭を抱えてくるくると回りながら、テーブルから離れて行った。
夕食後、千明たちはロビーに集まってみんなでゲームに興じていた。
いま行っているのは正体隠匿ゲームの定番『人狼』。
参加者たちは小さな村の住人に扮し、議論をしながら村人の中に潜んでいる人狼を探し出す、というゲームである。
ロビーにいるのは七人で、初対面でも名前が判るように胸に名札を付けている。
千明となでしこ、安東と立木、岩内、田中、の六人がゲームに参加し、リンは進行役を務めていた。
オーナーの西谷とクルーの半田は食事の後片付けをしており、豊島はまだ個室サウナにいるようだ。
「ちきしょう、なんであたしが追放されるんだ。人狼は、絶対安東さんと、なでしこか岩内さんのどちらかなのに」
千明は離れた場所から納得いかない目でテーブルを見る。
テーブルでは残った五人で二回目の話し合いが行われていた。
「千明は、市民なのにいきなり目立ちすぎなんじゃないか?」
話し合いが行われ、特にやることが無くなった進行役のリンが話しかけてきた。
「序盤で『○○が人狼かも』と言っても、まだ判断する材料に乏しいから、言ってもあまり意味はない。『自分は人狼ではない』というのも同じだ。他の人には、それを正確に判断することはできないからな。そこをうまく人狼サイドに突かれれば、あっさり退場させられてしまう。『市民』は『占い師』などと違って、なんの力も持ってない役職なんだ。序盤はおとなしくして、無闇に敵を作らない方が無難だと思うぞ」
「でもよ」
と、千明は腕を組んで反論する。
「それだと、ゲームに動きがなくて面白くないだろ?」
「それで追放されてたら本末転倒だ。まずはなによりも生き残ることを優先しないとな」
そういうものだろうか。リンの助言にイマイチ納得できない千明だが、実際一番に追放されたのだから一理あることは否めない。
次のゲームではその点を注意してみるか。
そう思いながら、千明はゲームの進行を離れて見守る。
しかし。
人狼ゲームは、追放されてしまうと特にやることが無くなる。
今日は朝早起きして大荷物を抱えてキャンプ場へ向かい、お昼は無謀な雪中キャンプに挑もうと悪戦苦闘、夜はまったり温泉からの豪華フルコースを堪能し、今は薪ストーブが生み出す温かい空気とぱちぱちという耳心地の良い音に包まれのんびりゲームを観戦中だ。
これでどうして意識を保っていられるだろう。
千明は、昼間の疲労モードからリラックスモードへ転じた際に生み出される眠気という名の誘惑に抗うことができず、やがて夢の世界へと旅立って行った。
悲鳴が聞こえた。
びくっ! と、千明は大きく身体を震わせて目を開けた。ソファーの上でブランケットかけられた状態だった。
少し考え、みんなとゲームをしていて途中で眠ってしまったのだと思った。
壁にかけられた時計で時間を確認すると、九時半を少し過ぎたところだった。
ロビーにいるのは千明の他になでしこだけだ。
なでしこはソファーで雑誌を読みながらお菓子を食べていたようだが、その目はロビー左奥の廊下へ向けられている。
「なでしこ、いま、悲鳴みたいなのが聞こえたか?」
千明はなでしこに訊いた。ひょっとしたら寝惚けていたのかもしれない、とも思ったのだが。
なでしこは、廊下の奥を真っ直ぐ見つめたまま、「うん」と頷いた。
「個室サウナの方だよ」
「リンは? 他のみんなは?」
「リンちゃんは部屋に戻ってる。岩内さんと田中さんも二階の部屋だよ。安東さんと立木さんは、スタッフの西谷さんと半田さんと一緒に、豊島さんの様子を見に行ったの。豊島さん、ずっと姿を見せてなかったからね」
動画配信者の豊島は、千明たちがペンションに訪れたときに強引な取材をした後、人に会うと言って、館内奥にある個室サウナを借りたそうだ。いつ借りたのかは判らないが、千明は少なくとも四時間以上豊島の姿を見ていない。
「今の声、なに?」
声を聞きつけたのだろう。二階からリンが下りてきた。
少し遅れて、岩内も「何かあったの?」と言って下りてくる。
なでしこが「判りません。奥で何かあったみたいなんですけど」と答えた。
「行ってみよう」
千明はソファーから立ち上がると、廊下の奥へ向かった。
なでしこと岩内が続く。
少し遅れて、リンもついてきた。
食堂の前を通り、角を曲がったところが個室サウナのエリアだ。三部屋並ぶうち一番手間の扉が開いている。豊島が借りた部屋だろう。
「すみませーん、なにかあったんですか?」
千明は遠慮がちに声をかけ、中の様子を伺う。
中は、入ってすぐリクライニングの椅子や壁掛けのテレビなどがあるリラックスルームで、奥にサウナルームやシャワー室がある。
その前で、安東と立木と西谷と半田が、青ざめた顔でサウナルームを凝視していた。
半田は腰を抜かしたかのように座り込んで怯えている。
「どうしたんです!?」
ただならぬ雰囲気に、思わず千明は声をあげて訊く。
従業員の半田が、ガタガタと震えながらサウナルームを指さし、千明たちの方を見た。
「サ……サウナで……豊島さんが……し……死んで……」
「死んでる!?」
思わず部屋に駆け込む千明。リンが後ろから
「おい千明やめろ!」
と言ったが、無視してサウナルームを見た。
「……うっ」
千明は、思わずうめき声を上げた。
凄まじい光景を目撃したのと、凄まじいにおいが鼻腔を刺激したのとが重なり合い、胃の中のものが逆流しそうになる。
それを抑えるように、口を手で覆った。
サウナルームの中央に、バスローブ姿の男があおむけの状態で倒れていた。
豊島で間違いないだろうが、千明にはその確信が持てない。
その顔は、なにかとてつもなく恐ろしいものと遭遇してしまったかのように恐怖に歪んでいた。
あるいは、あまりの恐ろしさに絶望した表情かもしれない。
これまで経験したことのないような信じられない苦痛かもしれない。
恐らくはその全部であろう。そんな想像をしてしまうほどの、苦悶に満ちた表情である。
数時間前にロビーで会った時の、どこか軽薄そうな印象はまるでない。
全くの別人のような顔であった。
身に付けているバスローブは真っ赤だ。元から赤いのではなく、血に染まっているのだ。
左胸の辺りが特にひどいが、右胸や両肩、さらにはお腹に至るまで、多少
恐らく、鋭利な刃物で刺されたのだ。
それも、一ヶ所ではなく、何ヶ所、何十ヶ所も。
それを示すかのように、サウナルームは、床も、壁も、天井にも、飛び散った血が付着していた。
ちょっと息をしただけで、むっとする血臭が鼻腔から喉にかけて張り付いてくる。
「アキちゃん、大丈夫?」
なでしこが部屋位入ってこようとしたので、千明は「来るな!」と言って止めた。
なでしこが見たら卒倒しかねない。
「警察に通報は?」
千明が半田たちに訊いたが、
「警察……いえ……」
と、頼りない返事をする。
衝撃のあまりそれどころではなかったのだろう。
リンがスマホを取り出した。
「事件です。場所は、河口湖近くのペンション・ラディウスで――」
と、落ち着いた様子で状況を伝えている。
通報は、リンに任せていいだろう。
千明は室内をぐるりと見回した。
部屋の壁には換気扇がひとつあるだけで、窓はないようだ。
シャワールームとトイレのドアは開いており、中を確認するが誰もいない。
「――そうですか。なるべく早くお願いします」
リンが電話を切った。
「警察はどれくらいで着く?」
千明が訊く。
「判らないそうだ。雪で道が閉ざされていて、時間がかかるらしい」
「くそっ」
千明は悔しさを拳に込めて手のひらにぶつけ、しばらく考えた後、入口近くに立っている岩内を見た。
「岩内さん、死体の検視をしてもらってもいいですか?」
「検視? あたしが?」
岩内は驚いた顔になる。
「そうです。元鑑識官なんですよね?」
「そうだけど、道具も何も持ってないし」
「それに――」
と、リンが言う。
「いくら元鑑識官でも、退職したらもう一般人だ。勝手に検視なんかしたら、捜査に支障が出ないとも限らない」
リンは千明にそう言った後、岩内の方を見て、
「そうですよね?」
と、同意を求めた。
岩内は、
「え……ええ、その通りよ」
と答える。
「できる範囲で構いません。とにかく、お願いします」
そう言うと、千明はサウナルームから廊下へ出た。
奥の方を見ると、裏口と思われる扉が見えた。そちらへ向かう。
ドアには鍵がかかっていた。それを解錠し、ドアを開ける。
外は暗く、廊下から漏れる明かりが周囲を心細く照らすだけだ。
雪はやんでいる。夜の前に降り積もった雪は綺麗なものだ。
「――おい千明、なにをしてる。ヘタなことはしない方がいいぞ」
リンが千明の行動をとがめるように言うが、千明は無視してドア閉めて鍵をかけ、今度は玄関へ向かった。
こちらも内側から鍵がかけられてある。
解錠してドアを開け、外を確認するが、裏口と同じく、降り積もった雪は綺麗だった。
「あちこちベタベタ触るな。警察が到着したら捜査が始まるんだぞ。余計なところに指紋を付けない方がいい」
「確かにそうかもしれないが、今はそれ以上に大事なことがある」
「大事なこと?」
千明は玄関のドアを閉じて鍵をかけると、個室サウナへ戻った。
「西谷さん、このペンション、玄関と裏口以外に出入口はありますか?」
オーナーの西谷に訊くと、
「いいえ、ありません」
と答えた。
続いて千明は、サウナルームで検視をしている岩内に訊く。
「岩内さん、死亡推定時刻って、判りますか?」
「そうね……死体はまだ温かいから、死後一時間ってところかしら」
「一時間……くそっ」
千明はまた拳を手のひらに打ち付けた。
「みなさん、一旦ロビーに戻りましょう。大事な話があります」
「大事な話?」
みんな一斉に不安そうな顔を見合わせた。
「立木さん、二階へ行って、田中さんを呼んできてもらってもいいですか?」
「俺が?」
千明の指名に、立木は目を丸くする。
「男の人でないといけないんです。お願いします」
真剣な表情をして言うと、立木は、まあそれくらいなら、というような顔で引き受けてくれた。
みんなでロビーに戻り、立木は二階へ向かう。
しばらくして、田中と二人で下りてきた。
「なんなんです? いったい、何があったんですか?」
田中は不安そうな顔で訊く。さっきの悲鳴は聞こえなかったのかもしれない。
「説明します」
千明はみんなの前に立ち、一人一人の顔を見た後、ゆっくりと話し始めた。
「先ほど、個室サウナで豊島さんが殺されているのが見つかりました。全身何十ヶ所も滅多刺しの状態です」
ひぃ、と、なでしこが息を飲んだ。
リンが、「大丈夫だ」と手を握る。
「殺されてるって……誰がそんなことを……」
田中も青ざめた顔で訊いた。
「今のところ判りませんが、出入口の雪は綺麗でした。玄関と裏口、両方です。雪は夕方の六時にはやんでいましたから、犯人が逃げたのなら足跡が残っているはず。それが無いということは、犯人は、まだペンション内に潜んでいるということになります」
みんなが一斉に息を飲んだ。
一瞬にして空気が張り詰め、室温が一〇度は下がったのではと錯覚するほどの寒気が走る。
「おいやめろ」
リンが声を上げた。
「余計なことを言って、みんなを不安にさせるな」
「余計なことじゃないだろ。あんな滅多刺しにするような残忍なヤツが、ペンション内に潜んでいるんだぞ?」
「そうよ!」
と、安東が千明の意見に同意する声を上げた。
「一刻も早く犯人を見つけ出さないと危険だわ!」
安東が言うと、他の人も
「そうだ、確かに危険よ」
「すぐに探そう」
と、口々に言うので、リンはそれ以上反対できなかった。
「立木さん、手伝ってくれますね?」
千明は立木にお願いする。
立木は身長一九〇センチほど。屈強な体格で、間違いなくこの中で一番頼りになるだろう。
話によると柔道と空手の有段者で、炎上系動画配信者でなにかと街ゆく人に絡まれやすい豊島のボディガード的な存在であるらしい。
話し合いの末、立木に加え、もうひとりの男性である従業員の半田、そこに、言い出しっぺの千明を加えた三人で館内を見て回り、残りはロビーで待機することにした。
ロビーに残るメンバーに男性はいないが、一応元警察官である岩内がいるし、みんなで集まっていれば、犯人もそうそう手は出せないだろう。
犯人は鋭い刃物のようなものを持っている可能性が高いので、こちらも何か武器を持たなければと、ロビーとフロントを探して使えそうなものを集めることにした。
見つかったのは、鉄パイプ、傘、バール、ラチェットスパナ、ネイルハンマー、火掻き棒、と、武器にするには少々心細いものばかりだったが、素手よりはマシなので、それぞれ思い思いのものを手にする。
千明は傘を持ち、心配するなでしこをなんとかなだめて、立木たちとともに館内の捜索を始めた。
従業員である半田の案内で、食堂、男女大浴場、個室サウナ、従業員の部屋、と、順繰りに調べていく。
一階には誰の姿もなく、続いて二階へと上がった。同じ要領で客室を一部屋一部屋調べていくが、こちらも誰の姿もない。
その他、隠れられそうな場所はすべて調べたが、やはり誰も発見することはできなかった。
「……誰もいませんね。もう、犯人は逃げたんでしょうか?」
ちょっと安堵したような半田に、千明は
「とりあえずロビーへ戻りましょう」
と告げる。
三人は階段を下りた。
「アキちゃん!」
ロビーに戻ると、なでしこが猛ダッシュで駆けてきて、千明にケガがないか怖くなかったかなどなどうるさく心配してくる。
それをなんとかなだめた後、千明はもう一度みんなの前に立った。
「館内はくまなく探索しましたが、誰もいませんでした」
「なら、犯人は逃げたということね?」
安東がホッとした表情で言う。
その言葉に、他の人も緊張の表情が和らいだ。
だが、千明は表情を崩すことなく、
「いえ、そうじゃないと思います」
と、話を続ける。
「元鑑識官である岩内さんの検視の結果、死亡時刻は八時半ごろと判りました。さっきも言った通り、雪はやんでいる時間帯です。犯人がペンションから逃げ出したのなら、どこかに足跡が残っているはずです。しかし、出入口はもちろん、全ての窓の下も調べましたが、足跡はありません」
「じゃあ、犯人はどうやって逃げたの?」
安東の質問に、千明は一度全員の顔をゆっくりと見回した後で答えた。
「犯人は逃げたんじゃありません。この中にいる、ということです」
千明の指摘に、ロビーの空気はさらに凍りついた。