名探偵大垣∞~雪国サウナの観測者~   作:ドラ麦茶

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6・野クルと動画クリエーター

 朝食は朝七時からだが、とても食べてなどいられない。千明となでしこも警察署へ向かうべく、すぐに身支度を始めた。

 途中、別のペンションに泊まっているあおいと恵那に連絡して事情を伝えると、二人もすぐに向かうとのことだった。

 

 支度を終え、リンの荷物は千明となでしこの二人で分担して持ち、部屋を出た。

 階段を下りてフロントでチェックアウトの手続きをし、外へ出ようとした。

 

 その時、ポケットのスマホがプルプルと振動し、ライーンの着信音が鳴った。

 取り出して確認すると、あおいからだった。

 

【アキ! これなんや!?】

 

 という一文と共に、インターネットのURLが貼られてある。アドレスから大手の動画サイトであることが判った。

 なんだか知らないが急いでいるのに動画など確認していられない。後回しにしようとスマホを切ろうとしたら、さらに着信が来た。

 

【リンちゃんが逮捕されたって言うてるで! どういうことや!?】

 

「はぁ!?」

 

 ロビーに響くほどの大声を上げる千明。

 どういうことだ、とは、こっちが訊きたい。

 千明はURLを押す。

 読み込みを示すバーがくるくると回転した後、

 

『【緊急速報】人気動画クリエイター・トヨシマ死亡。殺人か? 県内の女子高生が緊急逮捕』

 

というタイトルが表示された。

 

「ええぇぇ!!」

 

 ロビーどころかペンション中に響き渡る声を上げる。

 動画クリエイター・トヨシマが殺人。間違いなくこのペンションで起こった事件だ。それが、なぜこんなにも早く動画サイトで流れているのだろう。しかも、女子高生が逮捕とはどういうことなのか。

 すぐに内容を確認したいが、表示されたのはピンを抜いたりパイプを繋げたりして財宝を手に入れるゲームの広告だった。しかも十五秒間スキップできない設定である。

 千明はイライラしながらゲームの主人公が溶岩に焼かれて死ぬ姿を見届け、ようやく本編が始まる……と思ったら、今度はムダ毛のせいで彼氏にフラれたなどとやたら早口で話すOLのマンガが表示され、思わずスマホを叩きつけそうになった。

 

 なんとか気持ちを落ち着け、広告が流れている間に考える。

 今回の事件は、警察の捜査が始まってまだ六時間ほどしか経っていない。警察が記者会見や報道発表をするような段階ではないだろう。まともな報道機関の配信番組ではないはずだ。

 一体誰がこんな動画を?

 タイトルの下に表示されている配信元を確認し、千明はまたまた声を上げた。

 配信元は、『山梨心霊スポット探訪チャンネル』となっていた。

 豊島のチャンネルだ!

 

 ようやく広告動画のスキップが可能になったので、千明はスキップボタンを連打しまくって本編動画を再生する。

 しばらく真っ暗な画面だけが表示されていたが、やがて、

 

『山梨県の老舗ペンション・ラディウスにて、当動画チャンネルの人気クリエイター・トヨシマが、全身数十ヶ所滅多刺しの惨殺死体で発見された』

 

との文章が表示された。

 しばらくしてその文章が消えると、同じく文字だけで事件の簡単なあらましが表示される。

 豊島がこのペンションへ来た理由、死体発見時の状況などが説明された後、

 

『警察の捜査の結果、山梨県内の高校に通うS・Rさんが逮捕された』

『我々は、犯人が警察に連行される様子の撮影に成功』

 

と表示され、画面が切り替わる。

 見覚えのある廊下で、よれよれコートにぼさぼさ頭の中年男性がスマホで話していた。

 小池刑事だった。

 その様子から、撮影場所がこのペンションの二階の廊下だと気付く。

 しばらく小池刑事が電話をしていたら、部屋のドアが開き、顔にボカシがかけられた少女が出て来た。

 背格好や状況から考えてリンに間違いない。

 小池刑事は電話を切ると、リンと一緒に階段をおりて行った。

 そこで画面は暗転する。

 

「これどういうこと? リンちゃんは逮捕なんてされてないよ?」

 

 一緒に動画を見ていたなでしこが言った。

 その通りだ。リンはあくまでも任意で事情聴衆に応じただけで、断じて逮捕などではない。一体誰がこんな動画を……考えるまでもない。豊島の動画制作仲間である安東と立木しかいない。

 あの時、廊下の奥から隠し撮りしていたのだ。

 

 さらに動画は続き、画面には

 

『我々は逮捕された犯人の友人に話を聞くことができた』

 

と表示された。

 友人に話? なんのことだろう、と、千明となでしこは顔を見合わせる。

 リンの友人なら自分たちのことだろうが、リンの件でなにか取材をされたということはない。

 訳が判らないまま動画を見ていると、画面に、目に黒い太線がされた女の子が表示された。

 

「え? これ、あたし!?」

 

 なでしこが声を上げる。目線加工がされているとはいえ、見る人が見ればすぐになでしこと判るだろう。

 画面のなでしこはカメラを向けられて戸惑った顔をしている。

 

 そこへ。

 

≪――お友達が、殺人の容疑で逮捕されたそうですね≫

 

 画面には映っていないが、女性の声が入った。聞き覚えのある声だ。間違いなく安東である。カメラで撮影しているのだろうか。

 

 すると、動画のなでしこが。

 

≪そんなことが起こるなんて、信じられません。怖いです≫

 

 と、戸惑いの声で答えた。

 

「ええっ!? あたし、こんな質問されてないし、答えてないよ!?」

 

 動画を見たなでしこが声を上げた。

 その通りだ。リンが警察に向かってから、なでしこはずっと千明と一緒にいたから間違いない。

 

 だが、動画はさらに続く。

 

≪宿泊客の証言によれば、人体を解体する内容の本に強く興味を示していたとか。容疑者は、人を殺してみたいと思っていたのではないでしょうか? 学校で、そういうウワサとかはありませんでしたか?≫

 

 安東の声がして、なでしこが答える。

 

≪…………。そんなウワサ話があるのは聞きましたけど、詳しいことは知りません≫

 

≪ウワサがあることは知っていたんですね? 学校で、なにか兆候のようなものはなかったんでしょうか? 例えば、ネコやカラスなどの小動物の虐待とか――≫

 

 すると、カメラに割り込む形で別の少女が画面に映った。こちらも目には太線の加工がされているが、すぐに千明だと判る。

 

 動画の千明はなでしこをかばうように立つと。

 

≪すみませーん。あたしたち、…………、その辺のことはあんまり詳しくないんですよー」

 

≪しかし、三人は一緒に旅行をするほど仲が良かったんですよね? それなのに、何も知らないということはあり得ないんじゃないでしょうか? 何か隠してるんですか?≫

 

≪ですから、知りませんって。他の人に訊いてください≫

 

 会話の流れを聞いて、千明はピンときた。

 これは、ペンションに入ったときに豊島から強引に取材を受けたときの動画だ!

 

 もちろん。

 

 あのとき二人に質問してきたのは安東ではなく豊島だったし、質問内容もリンについてではなく都市伝説に関することだったし、そもそも殺人事件さえまだ起こっていない。

 

 つまりこれは、あの時の会話の豊島が話す部分が安東の質問に変えられ、なでしこと千明の話は一部が切り取られ、あたかも事件後に取材したように見せかけているのである!

 

「なんじゃこりゃああぁぁ!!」

 

 千明は隣のスキー場までとどくほどの声を上げた。

 

 その時、階段から安東と立木が下りてきた。

 

「あ! 安東さん! 立木さん! この動画はどういうことですか!?」

 

 千明はロビーに下りてきた安東に詰め寄ろうとしたが、立木がボディガードのように立ち塞がる。

 

「どういうことって、あたしたちの取材動画が何か?」

 

 屈強な立木に守られているからか、安東は勝ち誇ったような笑みで言う。

 

「取材動画? あたしたちはこんな話はしてません! こんなの、悪質なフェイク動画じゃないですか!」

 

「人聞きの悪いことを言わないで。何を証拠に」

 

「リンだって逮捕されたわけじゃない! まして、アイツが人を殺したいなんてウワサ、完全なねつ造だ! こんな動画を流して、名誉棄損じゃないですか!」

 

「だったら訴えるなりなんなりすればいいでしょう? でも、世間はどう思うかしらね?」

 

「世間?」

 

「コメント欄を見てないの? みんな、あたしたちの動画を支持してるわよ?」

 

 千明は慌てて動画のコメント欄を確認する。

『トヨシマ殺害マジショック』『犯人許せん』『警察は相手が未成年だからって遠慮することはないぞ』と、動画の内容を信じるコメントが並んでいる。

 中には犯人や友達の名前や学校などを特定しよう、などという声まで上がっていた。

 

 安東は腕を組み、千明を見下すようにあごを上げた。

「顔の加工を外して、名前を公表することもできるのよ? そうすれば、住所や電話番号なんかすぐに特定されるわ。あなたたちの人生は、もう終わりね」

 

「そんな……なんでやってもいないことでそんな目に遭わされなきゃいけないんだ! ふざけんな!」

 

 千明は安東に掴みかかっていこうとしたが、立木に両肩をつかまれ、強い力で押さえられた。

 相手はクマみたいな大男だ。非力な千明では身動きひとつできない。

 

「まあ、それがイヤなら、おとなしくしてることね。お友達にも、早く罪を認めた方が身のためよ、と伝えておいてちょうだい。じゃあね」

 

 ひらひらと手を振り、安東は食堂へ向かう。

 

「ちょっと待て! まだ話は終わってない!」

 

 追いかけようとする千明を、立木は押しとどめる。ググッと力が込められ、肩に痛みが走った。

 

「イタタタタ! 痛い! 痛いってば!」

 

 思わず悲鳴を上げそうになる千明に、立木は、黙れと言わんばかりにさらに力を込める。このままでは肩を握りつぶされる。そう思った時。

 

 どん! と、千明の身体に軽い衝撃が走り、肩の痛みから解放された。

 

 そして、巨漢の立木が、ぺたんと尻餅をついて倒れた。まるで歩きはじめたばかりの赤ん坊がバランスを崩したかのような姿だ。

 きょとんとした顔をする立木。

 安東も、目を丸くしている。

 

 千明のそばには、両手を前に突き出した状態のなでしこが立っていた。

 

 今のは、なでしこが立木を突き飛ばしたのだろうか?

 あり得ない話ではない。

 立木はクマのような大男だが、なでしこはそのクマさえ押さえこんでしまうほどの力があるとかないとか。

 

「……アキちゃん。こんな人たちに構うことはないよ。早く行こう」

 

 うつむき、肩をプルプルと震わせながら言った。

 こりゃ相当怒ってるな。言う通り、早く行った方がいいかもしれない。

 これ以上怒らせると、昨夜以上の惨劇が起こりかねない。

 

 千明は肩をぐるぐると回した。もう痛みはないから大丈夫だろう。

 千明はぽかんとする安東と立木に向かって、

「絶対このままじゃ済ませませんからね」

と言って、ペンションを後にした。

 

 

 

 

 

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