名探偵大垣∞~雪国サウナの観測者~   作:ドラ麦茶

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ペンション・ダウンヒル編
1・ペンション・ダウンヒル! 到着


1・ペンション・ダウンヒル! 到着

 

 

 

 千明のキャンプ道具を片づけるのに少々時間を取られたものの、なんとか陽が暮れる前にペンションへたどり着いた三人。

 時刻は夕方の五時少し前。

 空を見上げると、押しつぶされるかと思うほど黒く重たげな雲に覆われており、ときおりかなり大粒の雪がおりてくる。風はますます冷たくなり、強さも増している。

 天気予報では夜から雪だと言っていたが、ひょっとしたら吹雪になるかもしれない。

 早めにキャンプを断念して正解だったな、と、千明は安堵の息をついた。

 

 ペンション・ダウンヒルは、丸太を組み上げたログハウス風の建物だ。

 ホテルや旅館のような豪華さはないが、スキー場へ徒歩で通える好立地で温泉付き、食事も付いて一泊一万五千円は、かなり格安と言えた。

 

 玄関は室内に雪が入り込まないよう二重扉になっている。

 ふたつ目のドアを開けると、カランカランとドアベルが鳴り、外とは一転、もわっとした温かい空気が全身を包み込んだ。

 その温度差に、千明のトレードマークであるメガネが一瞬にして曇る。

 視界は遮られたが、凍えるような寒さからようやく逃れることができ、生き返るような気分だった。

 

 入ってすぐに受付カウンターのあるロビーがあった。

 中央にテーブルとソファーがあり、雑誌やマンガ本や小説が並ぶ本棚やテレビなども置かれ、ちょっとした談話室のようになっている。

 ソファーには先客らしき三人の女性が座り、楽しそうにおしゃべりをしていた。

 一人はショートヘアで三十代くらい、残りの二人はロングヘアで二十代前半くらいだろう。

 三人の女性客はロビーに入って来た千明たちに気づくと、「こんにちは」と、笑顔で挨拶をしてくれた。

 

「こんにちは」

と、千明たちも挨拶を返す。

「えっと、今日こちらに泊まる方ですか?」

 

「そう」

と、ショートヘアの女性が応え、

「と言っても、こちらの二人とは、今日ここで知り合ったんだけどね」

と付け加えた。

 一人旅が趣味で、温泉が目当てでこのペンションに来たのだと言う。

 残りの二人は静岡の大学に通う学生で、こちらはスキー目的で来たらしい。

 

「あ、申し遅れました。あたし、ワタベと言います」

 ショートヘアの女性が名乗り、ぺこりと頭を下げた。

 

「これはご丁寧に。大垣と申します」

 千明も名乗って頭を下げる。

 あおいと恵那もそれぞれ挨拶をした。

 

「あは、メガネ曇っててチョーウケる」

 ロングヘアの女性の一人が、いきなり千明の顔を指さして笑った。

 

「え……?」

 いきなりのことに困惑し、千明は目をぱちぱち瞬かせる。

 

「ちょっと、やめなさいよ。失礼よ」

 連れから肘でつつかれ、女性は「あっ」と口を開けた。

 

「ゴメンゴメン。あたし、思ったことをすぐ口に出しちゃう性格らしいの。怒った?」

 若い女性は、ぱん、と手を合わせ、片目を閉じて首を傾けた。

 あまり悪いとも思っていないような謝り方だ。

 

「いえ別に、大丈夫です」

 千明は愛想笑いで応えたが、内心メガネをバカにするヤツとは友達になれないな、と思っていた。

 千明に限ったことではないが、メガネ愛好家は誰しも、自分をバカにされるよりもメガネをバカにされる方が許せない。

 恐らくこの女性は、大して興味もないのに友達に「メガネかけさせて?」とか言うタイプだ。

 そして、メガネの命とも言えるレンズを触りまくって指紋をベタベタ付けて返してくるのである。

 考えただけでムカムカしてきた。

 

「あ、あたしはオギワラで、こっちはハギワラ。よろしくね」

 二人も名乗り、あらためて挨拶をする。

 

「オギワラさんとハギワラさんですか……どうも、よろしくお願いします」

 千明は今ものすごくツッコミを入れたい気分だったが、あおいが

「なにも言うなよ」

と言わんばかりの目で睨んで来たので、どうにかガマンする。

 

「――あら、いらっしゃいませ」

 ロビーの奥の部屋から四十代くらいの女性が現れた。

 このペンションの従業員だろう。

 

「こんにちは。予約していた犬山です」

 あおいが従業員に告げた。

「電話でお伝えした通り、都合で一人増えました」

 

「はいはい。大丈夫ですよ。もともと三人まで泊まれる部屋ですからね」

 突然の申し出だったのにも関わらず、従業員はイヤな顔ひとつせずそう言ってくれた。

 

「では、こちらにお名前をお願いします」

 従業員は受付カウンターに入ると、名簿を開いて渡した。

 名簿には、荻原・萩原、そして渡邉とあった。

 その下に、あおいが三人分の名前を書き込む。

 

 あおいが受付している間、千明はカウンターのそばにあった館内マップを見た。

 温泉はロビーのすぐ横にあり、玄関から入って右側が女湯、左側が男湯だ。

 ロビーの奥には宿泊用の部屋や食堂などがある。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「部屋は101号室になります。お食事は夜の六時三十分時からですので、どうぞごゆっくり」

 

 従業員から鍵を受け取ったあおい。

 千明たちは荻原たちに軽く会釈をすると、ロビー奥の廊下から101号室へ向かう。

 部屋は廊下を歩いてすぐのところだ。

 館内マップによると、廊下左側の手前から101、102、103号室で、こちらは三人部屋、右側が手前から104、105、106号室で、こちらは一人部屋のようである。

 さらに廊下の奥には、大人数で泊まったり宴会もできる大部屋もある。

 

 あおいが101号室のドアを開け、恵那と一緒に中に入る。千明はそれに続く。

 

「…………」

 ドアを閉める前、ふとロビーの方を見ると、ショートヘアのワタベが受付カウンターで名簿に書き込んでいるのが見えた。

 

「アキ? どうかしたか?」

 先に部屋に入ったあおいが首を傾けて訊き、ドアのところまで戻ってきて千明の視線を追うようにロビーを見た。

 

 千明は「いや、別に」と言ってあおいと一緒に部屋に入り、バタンとドアを閉めた。

 

 部屋は十畳ほどの広さで、ベッドが三つに小さなテーブルとイス、後はクローゼットがあるだけだ。

 三人部屋にしては少々狭く、窓もない簡易的な部屋だが、宿泊客はスキーや温泉が目当てだろうから、寝る場所はこんなもので充分なのだろう。

 

「しかし、さっきは危なかったな」

 ドアを閉め、ロビーの話し声が聞こえなくなった途端、千明はガマンしきれずに言った。

「荻原さんと萩原さんってただで間違えやすいのに、なんでその二人が友達になるかな。ややこしいことこの上ないだろ」

 

「いや、友達になるのに名前は関係ないやろ」

 あおいが呆れ顔で言う。

「ややこしいとか、あんたそれ本人たちの前で言わんといてや? さっきも、ほんまヒヤヒヤしたわ」

 

「まあ、言うかどうかは相手次第だな。あたしはメガネをバカにするやつとは決して相容れない。向こうがメガネに対して失礼な態度を取るなら、あたしもそれなりの対応はさせてもらう」

 

「確かにちょっと礼儀知らずな人やったかもしれへんけど、悪気はなさそうやったし、さらっと流せばええやないか。変なこと言うたらどつくからな」

 あおいは千明に向かって拳を握りしめた。

 

「まあまあ、二人とも。せっかく同じペンションに泊まるんだし、みんなで仲良くしよ?」

 恵那が二人をなだめた。

 

 三人は荷物を片づけて部屋着に着替える。

 時計を見ると五時五分。夕食は六時三十分時と言っていたから、まだ一時間半近くある。

 

「どうする? ご飯の前に、温泉入っとくか?」

 

 千明が訊くと、あおいは「せやね」と同意した。

 

「あ、でも――」

と、恵那。

「宿に着いてすぐに温泉に入るのは、身体に悪いらしいよ?」

 

「そうなのか?」

 千明とあおいは首を傾けた。

 

「うん。宿に着いたばかりの時は、お腹が空いたり疲れたりして血糖値が下がってるから、温泉に入ると湯あたりしやすかったり、ひどい時は立ちくらみや失神しちゃうこともあるみたい。だから、温泉に入る前は何か甘いものを食べて血糖値を上げた方がいいらしいの。温泉宿に泊まると部屋におまんじゅうとか置いてあるのは、そのためなんだって」

 

「へえ、そうなのか」

 

「そんなこと、よう知ってたね」

 

 ちょっとしたトリビアに、千明とあおいは感心する。

 

「うん」

と、恵那は頷いた。

「さっき、なでしこちゃんから聞いたの。それで、これを持って行って、って」

 

 恵那はバッグの中からチョコレートやらクッキーやらのお菓子をたくさん取り出した。

 全部、なでしこからもらったらしい。

 

「まったく、アイツらしいな」

 千明は苦笑いした。ちょっとでも理由を付けてはお菓子やらなんやら食べようとするのがなでしこという生物である。

 

「せっかくやから、ロビーに行ってみんなで食べようか?」

 あおいが提案した。

 

「そうだな。あたしたちだけじゃ、こんなに食べきれないもんな」

 

 千明たちも賛成し、三人はお菓子を持ってロビーへ戻った。

 

「――あれ?」

 

 しかし、ロビーには誰もいなかった。荻原たちは、部屋に戻ったのだろうか?

 

「ま、いいか。そのうち誰か来るかもしれないし」

 

 千明たちがソファーに座ろうとすると、右手側のお風呂から浴衣姿の宿泊客が出てきた。

 千明たちと目が合うと、会釈で通り過ぎる。

 千明たちも会釈を返した。

 

「えっと、あれは荻原さんだったか萩原さんだったか」

 千明が首をかしげた。

 

「どっちでもないわ。あれは渡邉さんやろ」

と、あおい。

「相変わらず、アキは人の名前を覚えへんな」

 

「そうか?」

 

「そうや。ウチと初めて話した時も『青山イヌ子』とかいうて、いまだにイヌ子呼ばわりやし、リンちゃんのことも、結構長い間『しまりん』ってあだ名やと思ってたからな」

 

「まあ、本名よりあだ名の方が覚えやすいのは確かだな」

 

 などと言いながらソファーに座り、三人でお菓子を食べながら雑談する。

 しばらくすると、受付をしてくれた従業員が食堂から現れた。

 

「あらあら、これは豪華なこと」

 従業員は、テーブルの上に広げられたお菓子を見て笑った。

「良かったら、お茶をお持ちしましょうか?」

 

「いいんですか?」

 

「ええ。ちょっと待っててくださいね」

 

 従業員は一度食堂へ戻ると、カートを押して戻ってきた。

 カートの上にはポットとティーカップ・湯呑み、そして、紅茶や緑茶のティーバッグやスティックタイプのコーヒーなどがある。

 

「食堂に同じものを置いてありますから、いつでも飲んで大丈夫ですからね」

 

「やった、ありがとうございます」

 千明は思わずカッツポーズをする。

 温泉食事付きだけでも格安なのに、さらにドリンク飲み放題とはなんと気の利いた宿だろう。

 こっちのペンションにして正解だったかもしれない。

 

「あ、良かったら、一緒にどうですか? えっと……」

 

 そう言えば従業員の名前を伺ってなかったな、と千明が思っていたら、それを察したのだろう。従業員は、

「あ、申し遅れました。わたくし、南奥原田と申します」

と名乗った。

 

「…………」

 

 ツッコミがのど元まで出かかった千明だが、あおいを見ると、変なこと言ったらどつくぞ、と言わんばかりの顔で見ていたので、なんとか言葉を飲み込んだ。

 

 千明たちはそれぞれ紅茶やコーヒーを淹れ、お菓子と一緒に頂きながら雑談をする。

 

「そう言えば、この辺って、なんか怖いウワサがたくさんあるらしいですね?」

 千明はキャンプ場でなでしこから聞いた話を思い出し、南奥原田に訊いた。

 

「怖いウワサ?」

 

「はい。遭難した兵隊の幽霊が出るとか、雪女が住んでるとか」

 

「ああ。なんかそんな話もあるみたいですけど、あたしは去年このペンションをオープンしたばかりで、あんまり詳しくないんですよ」

 

「そうですか。あ、いえ、別にいいんです」

 ちょっと残念な気持ちになる千明。

 ホラー好きの千明としてはその辺りの話を詳しく聞いてみたかったのだが、まあ仕方がない。

 

 しばらく南奥原田を加えた四人で雑談していると、カランカラン、と、ドアベルが鳴った。

 

「あ、いらっしゃいませー」

 

 ちょっと失礼、と言って、南奥原田が受付カウンターへ向かう。

 どうやら新しいお客さんらしい。

 ロビーに入って来たのは厚手のダウンジャケットにニット帽をかぶった三十代前後の女性だった。

 全身雪まみれになっている。

 ロビーの窓から外を見ると、かなり本格的に雪が降りはじめていた。風もさらに強くなっており、吹雪と言っていいかもしれない。

 つくづくキャンプを中断してよかったな、と、千明は思った。

 

「しかし――」

と、千明は声を潜めて言う。

「荻原さん萩原さんといい、南奥原田さんといい、なんでこうややこしい名前の人ばかりが集まってるんだここは」

 

「しらんがな」

と、あおい。

「あんた、ホント余計なこと言わんといてや?」

 

「大丈夫だ。あたしは、その辺の常識は心得ている。リンなら脊髄反射でツッコんでいただろうがな」

 

「あたしもそう思う」

と、恵那が大きく頷いた。

「リンがこっちのペンションじゃなくて、ホント、良かったよ」

 

 などと話していたら、「こんにちは」と、受付を終えた女性客が挨拶をしてきた。

 テーブルに広げられたたくさんのお菓子を見て、「おいしそうですね」と、親しみやすそうな笑顔を浮かべる。

 

「あ、良かったら、一緒にどうですか?」

 千明は女性客を誘う。

 

「お茶もどうぞ」

と、受付カウンターから出てきた南奥原田も言った。

 

「いいんですか? じゃあ、ご一緒させてもらおうかな。荷物、置いてきますね」

 女性客はにっこりと笑うと、廊下奥の部屋へ向かった。

 

 南奥原田もティーカップを取りに食堂へ戻る。

 

「このペースで行くと、今の人もややこしい名前なのかな」

 千明がまた声を潜める。

 

「このペースってどのペースやねん」

 

「まいったなあ。せめて東国原くらいにしておいてくれよ」

 

 しばらくして、部屋着に着替えた女性客と南奥原田がほぼ同時に戻ってきた。

 女性客がソファーに座り、南奥原田がテーブルにティーカップを置く。

 女性客はコーヒーを淹れてひと口すすると、ふう、と息をついた。

 

「あ、申し遅れました」

と、女性客がコーヒーをテーブルに置いて姿勢を正した。

「あたし、山田って言います」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 千明は、山田とがっしり握手を交わした。

 

 

 

 

 

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