眩しい光が顔を照らし、千明は目を覚ました。
窓から太陽の光が射し込んでいた。朝になったらしい。
千明は眩しさに目を細めながら上半身を起こした。
部屋の中をぐるりと見回す。
自分はシュラフにくるまっており、隣にはなでしこがすやすやと寝ている。
天井から垂れ下がったフックにはランプがぶら下がっていた。
夜中の出来事を思い出す。
ドアがどんどん叩かれて、なでしこが外に出たので追いかけようとしたら、そのなでしこに後ろから腕を掴まれて止められた。
そして、ドアの外に、得体の知れない者の姿を見た。
その後ドアが閉まったところまでは覚えているが、そこからの記憶はない。
どうやってシュラフに入ったのだろう。なでしこがしてくれたのだろうか。
「なでしこ、起きてくれ」
声をかけると、なでしこはもぞもぞと動きながら、
「うーん、お母さん、朝ご飯なにー」
とねぼける。
「お前、夜中のこと覚えてるか?」
千明は構わず訊いた。
なでしこはむにゃむにゃ言いながら上半身を起こした。
「夜中? 何だっけ?」
「あたしが外に出て行こうとしていたのを、お前が止めただろ?」
「……なんのこと? 知らないよ?」
なでしこはが言うには、昨日、千明が寝た後自分もすぐ眠くなったので、ストーブを消してそのまま寝たそうだ。
それから今までぐっすり眠っており、一度も目を覚ましていないらしい。
「じゃあ、あれは夢だったのか……?」
夢にしては随分とはっきりしているようにも思う。
しかし、そういうリアルな夢もあるかもしれない。
「あたし、おなかすいちゃった。アキちゃん、ご飯にしようよ」
いつもと変わらぬ様子のなでしこ。
彼女は夜の出来事など知らないと言うし、そういえばあの時落ちて割れたはずのランプも無事だ。
イマイチ釈然としないが、夢と思うしかない。
「そうだな。じゃあ、飯にするか」
気を取り直し、朝ごはんの支度をしようとシュラフから出ようとすると、左腕に鈍い痛みを感じた。
「……なんだ?」
シュラフから左腕を出し、袖をめくってみる。
腕の周りをぐるりと囲むように赤黒い痣が広がっていた。
それは人の手の形をしていた。
ちょうど、誰に強い力で腕を掴まれたような
「…………」
千明がじっと腕の痣を見ていると。
「――うわあ!」
外から、男の悲鳴が聞こえてきた。
続いて女性の悲鳴も聞こえる。
「なんだ?」
千明はシュラフから出て、窓から外を見た。
降り積もった雪が一面に広がり、小屋から少し離れたところに二人の人が立っている。
温井と鈴木のようだ。
さっきの悲鳴はおそらくあの二人だろう。
なにかあったのだろうか?
ここからでは、それ以上のことは判らない。
千明となでしこは素早く着替えると、外に出た。
「おっと。なでしこ、気を付けろ」
千明はなでしこに注意を促す。
小屋の屋根からたくさんのつららが垂れ下がっていたのだ。
つららはドアのところだけでなく屋根全体にまんべんなく垂れ下がっていた。
溶けかけて水が滴っているものもあり、昨夜のように突然折れて落ちてくる可能性もある。
二人は頭をかばいつつ慎重につららの下を潜り抜けた。
雪の中、温井と鈴木が呆然と立ち尽くしている。
「どうしました? 何かあったんですか?」
温井に訊くと、震えながら雪原を指さす。
そこに、雪の上に倒れているふたつの人影が見えた。
ここからでは顔はよく見えないので、誰なのかは判らない。
ただ、その姿は、遠目に見ても明らかにおかしかった。
二人とも、かなり丈が短いショートパンツを一枚はいているだけなのだ。
上半身には何も着ていない。
帽子やイヤーウォーマーやマフラーや手袋などの防寒具もない。
足は、靴下もなければ靴さえ履いていない。
この雪の中、ほとんど裸の状態なのである。
息をのむなでしこに、「ここにいろ」と言って、千明はその人影に近づく。
寒林と冬野だった。
ふたりはあおむけの状態で、全身凍りついたようにピクリとも動かない。
息はしておらず、腕をとって脈をみてみたが反応はない。
千明に医学の知識はないが、死んでいるとみて間違いないだろう。
その表情は苦悶に満ちていた。
死の間際、なにかとてつもない苦しみに襲われたのか、あるいは、とてつもなく恐ろしいものを見たのか。
千明はスマホを取り出し、警察に電話した。
状況を伝えると、雪の状況にもよるが、道路の除雪が終わっていれば一〇分くらいで着くとのことだった。
電話を切り、千明は周囲を見回す。
雪原には、倒れた寒林と冬野のものと思われる足跡があった。
彼らが借りた4号小屋から、ここまで一直線に続いていた。
千明は足跡に沿うように歩き、4号小屋の前まで移動する。
4号小屋は2等だが、大きさは千明が借りた小屋とほとんど同じだった。
出入口のドアは開け放たれており、その上の屋根だけから、つららが垂れ下がっていた。
「…………」
千明は開けっぱなしのドアから中を見る。
広さは六畳ほど。大きな薪ストーブに机と椅子、そして、簡易的なベッドに布団があるだけで、それ以外は千明の小屋とほぼ同じだ。
机の上には日本酒のカップやワインにウィスキーの瓶、そしておつまみが置かれていた。
昨夜は酒盛りをしていたのであろう。
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
千明が通報してから一〇分ほど。どうやら道は除雪が終わっているようだ。
千明は小屋から離れ、なでしこたちの元へ戻った。