警察が到着すると、すぐに捜査が行われた。
捜査を指揮するのは小池という名の刑事だ。
ボサボサ頭にトレンチコートと、見た目は冴えない中年男だ。
受付小屋のロビーで、小池刑事と千明・なでしこがテーブルを挟んで座る。
取調べ――のような雰囲気はない。
小池刑事の顔はにこやかで、ちょっとした雑談をするかのようだった。
フロントでは山小屋施設のオーナーが仕事をしている。
重要な取り調べなら、第三者に話が聞こえるような状況で行ったりはしないだろう。
「それでは、大垣さんに各務原さん。昨夜から今朝にかけてのことを、簡単に話していただきたいのですが……各務原さん、大丈夫ですか?」
小池刑事はなでしこの姿を見て心配そうな呆れているような複雑な表情をする。
無理もないだろう。
なでしこは薪ストーブが焚かれて温かいロビーで、頭からブランケットをかぶり、真っ青な顔でガタガタ震えながら、
「次はあたしだ……次はあたしだ……」
と、ずっとぶつぶつつぶやいているのだ。
「すみません。ちょっと、怖い思いをしたもので」
なでしこの代わりに千明が答えた。
「まあ、年頃のお嬢さんが朝から死体なんて見てしまったら、仕方ないでしょうな。事件の関係者には、よくあることです。警察には専門のカウンセラーがいますので、よろしければご紹介しましょうか?」
「いえ、なでしこなら、ご飯でも食べさせておけば大丈夫です」
千明は小池刑事の申し出を断った。
なでしこが怖がっているのは、死体を見たせいではない。
昨日寒林さんから聞いた怪談話の影響で、二人の死は、雪中訓練中に遭難死した日本兵の幽霊に襲われた、と思い込んでいるのだ。
夜中に日本兵の幽霊が現れ、服を剥ぎ取って行ったというのである。
そして、次は自分のところにその幽霊が来ると言って、ずっと怯えているのだ。
「えっと。昨夜から今朝にかけての出来事でしたよね」
そう言った後、千明はこの小屋に来るに至った経緯から、昨夜のことを話す。
吹雪で道に迷い、鈴木の案内でこの施設に来たこと。
雪で予定していたペンションに向かうことができなかったので、やむを得ずこの小屋に泊まることにしたこと。
死んだ寒林と冬野とは、受付小屋のロビーで知り合い、お菓子とお茶を飲みながら自己紹介と雑談をしただけだということ、など。
小池刑事はふむふむと頷きながら時々メモを取る程度で、口を挟まれることはなかった。
「――ご飯を食べた後は眠くなったので、すぐに寝ました。なでしこも、その少し後に寝たはずです。
それで、朝起きてご飯の支度をしようとしたら、外から温井さんと鈴木さんの悲鳴が聞こえてきたので、あたしたちも外に出て、倒れている二人を発見しました。
息はしていませんでしたし、脈もありませんでしたので、その場であたしが通報しました」
千明が話し終えると、小池刑事は
「なるほどなるほど」
と頷いた。
「判りました。では、夜中に何か変わったことがありませんでしたか?」
小池刑事の質問に、千明は、どう答えるべきか迷う。
夢のことを話すべきだろうか。
と、いきなりなでしこが、
「――刑事さん!!」
と言って、机の上に身を乗り出した。
「寒林さんと冬野さんって、日本兵の幽霊に襲われたんですよね!? 幽霊って逮捕できるんですか!? どうやって逮捕するんですか!? 早く逮捕してくれないと、次はあたしが襲われるんです!! お願いします! 助けてください!!」
涙を流しながら訴えるなでしこに、小池刑事は
「はあ? 幽霊、ですか?」
と、首を捻った。
「いいからお前はおとなしく座ってろ」
千明はなでしこの首根っこを掴んで座らせると、小池刑事にすみませんと詫びる。
「実は、昨日の夜寒林さんからこの地方に伝わる幽霊の話を聞かされてしまって、ずっとそれを怖がってるんです」
千明は昨晩寒林さんから聞いた日本兵の幽霊に関する怪談話を簡単に話した。
「ははあ、なるほど。それで」
話を聞いた小池刑事は呆れたような目でなでしこを見る。
そんな子供じみた話を怖がるなんて、と言いたげだ。
千明は、やっぱり夢の話はしないでおこう、と思った。
「すみません、変な話をして」
千明がそう言うと、小池刑事は
「いえいえ。いいんですよ。大変参考になりました」
と笑顔で言ったが、なにも参考にしようとしていないのは明らかだった。
「小池刑事、あの二人は、どうして真冬の夜に、裸同然の格好で外に出たんでしょう? この山では、同じような出来事が頻発してるって聞きましたけど」
千明は思い切って訊いてみた。
「頻発というほどでもありませんが、確かに似たような出来事はいくつかありますな。どれも不幸な遭難事故で、事件性はないと判断されていますがね。
今回の出来事も、恐らく同じでしょう。まだ捜査段階なので断定はできませんが、あの二人の小屋からはお酒のカップやら瓶やらがたくさん見つかってます。お二人の身体には外傷はありませんでしたから、大方、昨晩酒盛りをして酔っぱらい、裸で外に出て、そのまま雪の上で寝てしまったんでしょうな。
実は私も同じような経験がありましてね。まあ、その時はまだ秋の中ごろでしたから、大事には至らなかったんですが」
むっふっふ、と小池刑事は笑うと、
「いえ、失礼しました」
と言って、視線をなでしこへ向ける。
「なので、安心してください各務原さん。今回の事件は、幽霊のしわざなんかじゃありませんよ。もちろん、次は各務原さんの番ってこともありません」
小池刑事がそう言っても、なでしこは耳を塞ぎ、
「信じない信じない信じない信じない……」
と、やはりぶつぶつつぶやき続ける。
幽霊コワイコワイモードになったなでしこには、リン以外が何を言ってもムダだ。
「御協力感謝します。何かあったら、またご連絡します。まあ、なにもないでしょうけどね」
そう言って、小池刑事は二人を解放した。
千明となでしこは一度自分たちの小屋へ戻って帰り支度を整えると、チェックアウトをし、オフピステを後にした。
捜査はまだ続いているようだが、特に止められることはなかった。