「――それにしてもスカッとしたぜ。あの小池って刑事、なーんか最初からイヤな感じだったんだよな。
あたしたちの話をぜんぜん重要視してないっていうか、小バカにした感じというか、前世とか並行世界とかで因縁があったというか。
でも、リンが真相を暴いたことで、ぎゃふんと言わせることができた。
あの時の小池刑事の顔、みんなにも見せてやりたかったぜ」
ログキャビン・オフピステを後にし、山を下りてふもとの街のファミレスであおいたちと合流した千明は、ボックス席に座って得意げに話をしていた。
オフピステのオーナー・小屋原は、危険を承知で雪ダイブをウリにしたログハウスサウナを密かに営業していたことを認めたのだ。
全てリンが指摘したとおりであり、現在は警察署で取り調べを受けていることだろう。
「そうか。そら大変やったなぁ、リンちゃん」
あおいはリンを労わるように声をかけた後、千明に鋭い目を向ける。
「
「ま、ま、それはもういいじゃねぇか」
千明はあおいをなだめ、それからリンを見る。
「それより、オーナーさんはどうなるんだ? あれって、なにか罪に問われるのか?」
「危険性を認識しつつサウナを営業していたのなら、業務上過失致死に問われる可能性はあるだろうね。
とは言え、サウナの営業自体はキチンと届け出していれば別に違法でもなんでもないし、雪ダイブを行ったのも、寒林さんと冬野さんの自己責任と言えなくもない。
その辺は、警察や裁判所がどう判断するかだね」
ナルホド、と千明は頷く。
千明的には、オーナーには湯たんぽをタダで貸してもらった恩があるので、どうにか情状酌量してほしいとも思う。
「でも、そのサウナ小屋にアキが泊まらんで良かったわ」
あおいがからかうような目を千明に向けてきた。
「もしアキが泊まってたら、死んでたのはアキやったかもしれへんで」
「そんなことはないぞ……とも言い切れないな。ログハウス型サウナなんて魅力的だし、サウナからの雪ダイブは、サウナー憧れの究極の整いだからな。あたしも、死ぬ前に一度はやってみたいと思ってる」
「それでホンマに死んでたらミもフタもないやろ」
「まあ安心しろ。あたしのサイフじゃ、到底泊まれるようなところではない」
「なんで偉そうに言うねん。
そや、アキ。あんた、リンちゃんに立て替えてもらった宿泊費、ちゃんと返すんやで? 踏み倒したりするんやないで?」
「判ってるって。まったく。お前は母親みたいにうるさいな」
「あんたが部長やのにしっかりせぇへんからやろ」
などと言っていると、
「みんなおまたせー」
と、席を離れていたなでしこと恵那が戻ってきた。
このファミレスは安くて美味しいランチバイキングが人気で、ふたりが両手に持つ大皿には唐揚げやらピラフやらの料理がてんこ盛りに盛られている。
「おー、ウマそうだな。あたしたち、いろいろあって結局朝ご飯食べそこなっちゃったからな。今日は食べるぞー」
千明は大皿を受け取って机に並べる。
変な事件に巻き込まれたものの、リンの鋭い観察力と推理で見事に解決し、実に気分がいい。
まさにメシウマな状態だ。
もしリンがいなかったら、千明では真相を暴けなかっただろう。
それどころか、寒林がした怪談話が創作であることも見抜けず、二人の死は日本兵の幽霊のしわざでは? などと考え、もやもやした気分のまま家に帰る羽目になっていたかもしれない。
千明はあおいが配った小皿を受け取り、ぱちんと割り箸を割って唐揚げをとろうとした。
リンも小皿を受け取り、箸を伸ばす。
すると。
「――ちょっとリン、あんた、その腕、どうしたの?」
料理を取ろうと大皿に手を伸ばしたリンの腕を見て、恵那が驚いた声を上げる。
手を伸ばして上がった左腕の袖から、赤黒い痣がのぞいていた。
「ああ、これか」
リンは手を戻し、袖をめくって痣を見せた。
「あたしにもよく判らないんだが、朝起きたらこうなってたんだ」
痣は、リンの腕をぐるりと囲み、肘近くと手首近くの二段になってできていた。
ふたつとも丸い形に細長い棒のような形が五本ずつ付いており、人の手の形をしているように見える。
リンの左腕を誰かが両手で強く掴むと、あのような痣になるように思う。
「よく判らないって、心当たりはないの?」
恵那が訊く。
「ああ。
千明は首を傾けた。
「現実的な、って、どういうことだ?」
「一応、夜中に変な夢を見たのは見た」
「変な夢? どんな夢だよ」
「それは――」
と、リンはなにか言い淀み、そして、チラリとなでしこを見た。
なでしこはきょとんとした顔をしている。
リンは視線を落とし、小さく咳払いをした後で言った。
「千明が、スキーに行こうって駄々をこねて、あたしの腕を掴んで引っ張る夢だ」
「なんだそれ」
と、千明。
「あたしは、そんな子供みたいに駄々をこねたりはしないぞ」
「いやこねただろ」
リンが目を細めて千明を見る。
「まあ、駄々はこねたかもしれんが」
「こねたんかいな」
と、あおいが呆れ声で言った。
千明もコホンと咳払いをする。
「寝転がってじたばたはしたが、腕は掴んでない。それに、なんで夢で見たことが、現実に痣になるんだ?」
「だから、現実的な心当たりじゃないんだってば」
リンが答えた。
「アキ」
と、あおいがまたからかうような目をする。
「あんた、まさか寝惚けて夜中にリンちゃんの腕掴んだんとちゃうやろな」
「二段ベッドの上と下だぞ? 寝惚けて掴める状態じゃないだろ」
「どうやろ? アキならやりかねんかもしれへんで?」
「いや、さすがにそんなことはないと思うが」
夜中に寝惚けてベッドの下段から起き出し、上の段で寝ているリンの左腕を掴み、そしてまた下段に戻る――千明は想像してみたが、やはり、かなり無理があるだろう。
千明もけっして寝相がいい方ではないが、そこまでいけばもはや夢遊病だ。
「まあ、別に気にしないでいいよ」
そう言って、リンは袖を戻した。
「夜中に無意識のうちに自分で握ってたのかもしれないし、それよりもっと前、バス亭の待合小屋で雪をしのいでいた時に、千明に握られていたのかもしれない。
なんにしても、これくらいの痣ならすぐに消えるよ」
夜中に自分で握る……片手で握ったような痣ならともかく、リンの腕についているのは両手で握ったような痣だ。
一人でつけられるとは思えない。
バス停の小屋で雪をしのいでいたときはどうだっただろうか?
暖を取るため密着していたから思わず手に力が入っていたかもしれないが、両手でリンの左腕を握ったような記憶はない。
仮に無意識に握っていたとしても、千明は手袋をしていたし、リンは厚手のダウンジャケットを着ていた。
そんな二重に間接的な状態で握って、あれほどくっきりとした痣になるものだろうか。
それに。
夢の話をする前、リンはなでしこの方を気にしているようだった。
そして、改めて話を始めた。
どうも、あそこで話の内容を変えたような気がする。
ひょっとしたら、千明が駄々をこねた夢というのはウソで、
「え、ちょっと待って」
あおいが千明を見た。
「なんでバス停でアキがリンちゃんの腕を掴んだりするんや?」
「ああ」
と頷き、千明はにんまりと笑う。
「寒さで凍えそうだったから、リンと二人で身を寄せ合って、密着いちゃいちゃラブラブでお互いの身体を温め合ったんだ。な?」
千明がリンを見ると、リンは
「バカ! 変な言い方するな!」
と、顔を真っ赤にする。
「ええ!」
と、なでしこが両手でテーブルを叩いて立ち上がった。
「あたし、ペンションで二人のことごっつぅ心配してたとやのに、二人っきりで裸で抱き合ってにゃんにゃんチョメチョメしながら身体を温め合うとか、そんなエッチなことをしてたとですか!? ズルいとです!!」
「なんでなまるんだ。あんな寒い中裸になるか。にゃんにゃんチョメチョメって山城さんか。身体を温め合うのは低体温症を防ぐためでエッチなことなんかじゃない。ズルいってなんだ」
リンはなでしこのいうことをひとつひとつ丁寧にツッコんで返す。
あおいも顔から火を噴きそうなほど真っ赤になっている。
「ききき清らかな乙女がお二人でそんな破廉恥なことをなさるなんて、わたくし千明さんを見損ないましたわ!」
「お前はなぜお嬢様言葉になる」
千明は呆れ声で返した。
「二人ともズルいとです! ウチもするとです! するとです!」
なでしこはリンに抱きつこうとし、
「あーうっとうしい」
と邪険に押しのけられる。
「ちちち千明さんは淑女の心構えができていないようですわね。そんなことでは、おおおお嫁に行けませんわ。良い機会ですから、わわたくしがしつけてさしあげましょう」
「別にあたしは淑女のつもりはないし、お前のこともそう思ってないから遠慮しとく」
取り乱しているあおいに、千明は冷静な口調で返す。
「――じゃ、いただきまーす」
いつの間にか複数の小皿に料理を盛り付けた恵那が、割り箸を割って手を合わせた。
「あ、恵那ちゃんズルい! あたしも食べる!」
我に返ったなでしこがものすごい勢いで料理を取りはじめる。
「慌てるな。料理はたくさんあるんだ。食べ放題だから、また取りに行けばいい」
リンがなでしこをなだめた。
「いや、なでしこのことだから、一人でこの店の料理を食べかねないぞ。無くなる前に、あたしも早く食べなきゃな」
千明も改めて料理に箸を伸ばす。
「お待ちなさい千明さん! 話はまだ終わってませんわよ!!」
あおいはまだ動揺が抜けていないようだ。
五人はワイワイガヤガヤ言いながら楽しくランチを食べ、そして、帰路についた。
リンの腕の痣は、翌日には消えていた。