「――だーからー。あたしはホントに『占い師』なの。『人狼』は、絶対イヌ子だって」
千明は必死になって潔白をアピールするが、みんなあからさまに疑惑の眼差しを向けている。これは、完全に旗色が悪い。
対するあおいは、かなり余裕の表情だ。
「そうやってムキになってウチを人狼に仕立てようとするあたりが、ますます怪しいよな」
あおいは他の参加者に同意を求めるように言った。
みんな「確かにそうね」「犬山さんの言う通りだわ」「あたしも最初から大垣さんは怪しいと思ってたのよ」などと言って頷き合う。完全にあおいのペースだ。
あおいは口元にわずかな笑みを浮かべた。参加者のほとんどを味方につけ勝利を確信したのかもしれない。
その不敵な態度が千明の感情を逆なでする。
「おまえだってムキになってあたしを陥れようとしてるじゃねーか! みんな、騙されてはいけません! そもそもコイツは、元から息をするようにウソをつく人間なんです! な? 恵那? そうだろ?」
千明は恵那に助けを求めたが、恵那は両手を挙げて首を振った。
「あたしは進行役なんで、その発言には解答しかねまーす」
「あー! てめー! イヌ子の味方するつもりかー!」
「とんでもない。あたしは、あくまでも中立の立場です」
いつものにこやか顔で言った後、恵那は受付カウンターの壁掛け時計を見た。
「はーい。時間になりましたので、以上で話し合いを終了しまーす。みなさん、今からは喋らないでくださいねー」
恵那がそう宣言すると、さっきまで白熱の議論を繰り広げていた参加者全員が一斉に口を閉ざした。
言いたいことはまだまだたくさんある千明だが、これ以上喋るのはルール違反なので、仕方なく自分も口を閉ざす。
「では、お配りした紙に、今回追放したい人の名前を書いてください」
恵那が配った紙に、参加者みんな、他の人には見えないように書き込む。
千明は、もちろんあおいの名前を書いた。
全員名前を書き終え、伏せた状態でテーブルに置く。それを恵那が集め、一枚一枚オープンしていく。
紙は、大垣さん、大垣さん、アキ、大垣さん、イヌ子イヌ子イヌ子イヌ子イヌ子イヌ子、大垣さん、となっていた。
「いや一人で名前たくさん書いても一票は一票や」
あおいは千明が書いた紙を見て呆れる。
劣勢を覆す最後の手段として一人で六人分の名前を書いてみたのだが、当然そんなことで覆るはずもなく。
「はい。大垣五票、犬山一票で、追放されるのはアキちゃんになりまーす」
恵那は、にこやかに笑いながら容赦なく追放宣言をした。
「なんでやねーん!!」
千明は未練がましくテーブルに手を伸ばしながら、みんなの輪から外れていった。
夕食後、千明たちはロビーに集まってみんなでゲームに興じていた。
いま行っているのは正体隠匿系ゲームの定番『人狼』。参加者たちは小さな村の住人に扮し、議論をしながら村人の中に潜んでいる人狼を探し出す、というゲームである。
ロビーにいるのは七人で、初対面でも名前が判るように胸に名札を付けている。
千明とあおい、荻原と萩原、渡邊、山田、の六人がゲームに参加し、恵那は進行役を務めていた。
残りの宿泊客は部屋に戻ったようである。従業員の南奥原田は食事の後片付けをしている。
「……くっそーイヌ子め。よくもハメやがったな。後で覚えてろよ」
いきなり追放された千明は、ゲームを進めるあおいを憎々しげに睨む。
その視線に気づいたあおいは、ふふん、と言わんばかりの勝ち誇った顔であごを上げた。
見下されたようで、さらに腹が立ってくる。
「怒らない怒らない」
となだめながら恵那がやってきた。
現在テーブルでは、誰が人狼かを探る二回目の議論が行われており、進行役である恵那は特にやることがないのだ。
「まあ、アキちゃんは、最初からちょっと目立ち過ぎちゃったかな」
と、恵那は続けた。
「んなこと言ってもよ、『占い師』になった以上、早めにカミングアウトしないと、どんどん不利になるだろ?」
千明は腕を組んで椅子の背もたれにもたれかかった。一回目の議論を思い返しても、自分の戦略が間違っていたとは思えない。
人狼ゲームにおける『占い師』は、参加者を一人選んで占い、村人か人狼かを知ることができる役職だ。
参加人数や配役によって戦略は様々だが、概ね最初からカミングアウト、つまり自分が占い師であることを公表するのが定石である。
当然、人狼側も自分が人狼であることを隠すため手を打ってくる。
あおいの場合、「自分こそ占い師である」とウソのカミングアウトをして場を混乱させ、後は言葉巧みにみんなの気持ちを誘導して、千明が人狼であるかのように仕立て上げたのだ。
「アキちゃんは、自分が人狼でないと必死にアピールしすぎて、ますますドツボにハマってた感じだったよ」
恵那がさっきの議論を振り返る。
「最初に疑いをかけられると、よほどの証拠を提示しないかぎり覆すのは難しくなる。言葉だけの弁解では疑惑は増すばかりだよ。あそこで熱くならずに、冷静にあおいちゃんのウソを見破るようにした方が良かったかもね」
あおいのウソを見破る……それは簡単なようで、実はとてつもなく難しい。
あおいはウソをつくときに目が泳ぐクセがあるが、それは自ら「ウソですよー」とアピールしている時であり、この状態のウソに騙されるのはなでしこくらいのものだ。
あおいのウソで最も恐ろしいのは、なんでもないウソをさらっと言う時である。
例えば、以前クリスマスキャンプの計画を立てていた時に、あおいは「彼氏との約束があるから無理」というウソをつき、千明はまんまと騙された。すぐにウソだとバラしたが、あそこであのウソをつくことにどういう意味があったのか、千明は今でも判らない。
そういった全く意図が判らないあおいのウソを見破るのは、付き合いの長い千明でも困難を極めるのだ。
だが、やられっ放しでは到底腹のムシが治まらない。次のゲームでは絶対アイツを貶めてやる。
そう心に決めた千明は、復讐心を抱きながらあおいがゲームを進める様子を見ていた。
とはいえ。
人狼ゲームは、追放されてしまうと特にやることはなくなる。
最初は胸に復讐の炎を燃やしながら見ていた千明だが、徐々に退屈になり、ふわあ、と大きなあくびをした。
眠い、眠すぎる。
それも当然だ。今日は朝から早起きをし、お昼は雪中キャンプを強行しようとせわしなく動き回り、夕方は温泉サウナでリラックスをし、夜はおいしいご飯をたらふく食べてお腹いっぱいだ。寝落ちフラグが立ちまくっている。
ま、イヌ子のウソにムキになってもしょうがないか。そう思うと、胸に灯った復讐の炎はあっさりと消えた。
千明は、そのまま心地よいまどろみの世界へ落ちていった。
悲鳴が聞こえた。
千明はそれを、ものすごく遠い場所であるように感じていた。
悲鳴とは危険を知らせるものであるはずなのに、まったく危機感がない。テレビのサスペンスドラマを観ているような感覚だ。
悲鳴を聞きつけたみんなが、どうしたの? なに? と声を出して集まってきて、さらに悲鳴が響く。
それでも千明は、うるさいなぁ、としか思っていなかった。
だが、さらに騒がしさが増すと、ぼんやりとしていた意識も徐々にはっきりとしてくる。
千明は目を開けた。
一瞬、自分が置かれている状況が判らなかった。椅子に座り、ブランケットをかけられた状態。テーブルやソファーや受付カウンターなどが見える。
少し考えて、ここはスキー場近くのペンションだと思い出した。ロビーであおいたちとゲームをしていて、いつの間にか眠ってしまったらしい。
受付カウンターの壁掛け時計を見た。九時十六分。食事を終え、ゲームを始めたのが七時半ごろだったから、一時間半ほど眠っていたようだ。
うーん、と大きく伸びをし、肩をトントンと叩いた。
寝る前にもうひと風呂いこうかな、などとのんきなことを考えていたら、ロビー横の女湯の方から、
「救急車! 救急車を!」
「いや、この場合は警察の方が良くない!?」
「どっちでもいいから早く!」
と、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
そういえば、さっき悲鳴みたいなのを聞いた気がする。
千明は椅子から立ち上がると、まだいまいち冴えない頭のまま女湯に入る。
脱衣場にはあおいと恵那がいた。
「どした? なんかあったのか?」
ねぼけ眼をこすりながら訊いた。
「あ、アキ……」
あおいが、青ざめた顔を向けた。
「荻原さんが、サウナの中で倒れてるんや」
「――え?」
ぴく、っと、千明は眉を動かす。
「倒れてるって、まさか、熱にやられたのか?」
「ううん」
と言ったのは恵那だ。
「荻原さん、胸の辺りからいっぱい血を流してるの。詳しくは判らないけど、事故とかじゃないと思う」
「血……?」
ようやく千明の頭は覚醒し、急いでサウナへ向かう。
「アキ、見ん方がええで」
とあおいが止めたが、無視してサウナに入った。
サウナの中では、床に座り込んで泣きじゃくる萩原と、どうしていいか判らないというような顔の南奥原田がいた。
そして、サウナの中央あたりに真っ赤な血溜まりが広がっており、その中に、バスタオル一枚巻きつけた荻原があおむけの状態で倒れていた。
胸の辺りが、特に血で染まっている。
「……死んでるんですか?」
千明は南奥原田に訊いた。
「はい」
と、南奥原田は頷く。
「脈をとってみましたから、間違いありません」
倒れている荻原を見た。
かっと目を見開き、何か恐ろしいものでも見たかのような表情。
まぶたも目玉も動かない。
胸も上下することなく、指先ひとつピクリとも動かない。
かなりの出血量だし、死んでいるのは間違いなさそうだ。
「警察に電話は?」
千明はさらに訊く。
「ウチがしたで」
脱衣場からあおいが言った。
「ただ、雪で道が閉ざされてるらしく、到着は時間がかかるかもしれんそうや」
「くそっ」
千明は歯がゆさを拳に込めて自分の手のひらに打ち付けた。
そして、少し考えた後、
「とりあえず、彼女を部屋へ」
と言って、放心状態の萩原を連れ出すよう南奥原田に伝えた。
続いて、千明は隣の露天風呂のエリアへ移動する。
雪は降っておらず、空には星が瞬いている。
千明はエリアをぐるりと見回した。女湯なので、当然周りは高い壁に囲まれている。床には雪が降り積もっており、千明がはしゃぎまくったので足跡がたくさん残っていた。
湯船の隣の東屋を見る。つららがたくさんぶら下がった屋根に降り積もった雪には、なんの跡もない。
「なんやアキ、なにを見てるんや?」
後ろからあおいが訊いてきたが、千明はそれには答えず、さらに内風呂のエリアも調べ、女湯内には他に誰もいないことを確認する。
そして、ロビーに出ると、今度は玄関へ向かった。
玄関は二重扉だが、鍵は両方ともしっかりと掛けられている。それを解錠し、ドアを開けて外を見た。
外に降り積もった雪は綺麗なもので、足跡ひとつ無い。
千明は玄関を閉めた。
ちょうど客室から南奥原田が戻って来たので、千明はさらに質問する。
「南奥原田さん、このペンション、玄関以外に出入口はありますか?」
「え……ええ。調理室の裏に、勝手口があります」
「見せてもらっていいですか?」
戸惑う南奥原田に案内され、千明は調理室の裏の勝手口へ移動する。
勝手口のドアにも鍵がかけられており、ドアを開けて外を見ても、雪の上には足跡ひとつ無かった。
「……南奥原田さん。ペンションにいる全員を、ロビーに集めてください」
「え……?」
「早く」
南奥原は戸惑いながらも、客室の方へ向かった。
「アキ」
と、あおいが、低い声で言う。
「あんた、いらんことせん方がええんちゃうか?」
「そんなワケにはいかねぇだろ。人が一人死んでるんだぞ。その上、警察はいつ到着するか判らない。何もしないでいられるかよ」
「…………」
あおいは、それ以上なにも言わなかった。
「大垣さん、みなさんロビーに揃いました」
南奥原田が戻ってきて告げた。
千明は小さく頷くと、あおいたちと一緒にロビーへ移動する。
サウナで死んでいる荻原を除く、すべての人が集まっていた。
「ちょっと、これは何の騒ぎです?」
宿泊客の山田が不満気な口調で言う。
ずっと部屋にいて事情を知らないのかもしれない。
「いま説明します」
そう言って、千明はみんなの前に立った。
一斉に視線が集まる。
不安そうな目、不愉快そうな目、心配そうな目……様々な視線を受け止めた後、千明は一度コホンと咳払いをし、そして言った。
「すでにご存知の方もいらっしゃいますが、なにが起こったのか、あらためて説明させていただきます」
神妙な声で始めた千明だったが、
「先ほど、女湯のサウナで――」
と言った後、言葉に詰まる。
「……なんですか」
山田が眉をひそめた。
「女湯のサウナで、えーっと、その、なんと言いますか」
急に歯切れが悪くなった千明に、山田は
「なんなんですか、ハッキリ言ってください」
と、苛立った声で言った。
「ですから、女湯のサウナで、
「あの人?」
山田は首をかしげた。
「あの人って、誰です。ちゃんと名前で言ってください」
「名前ですか? えーっと、つまりその、ゥギワラさんです」
「は?」
「ゥギワラさんですってば」
あおいが、まだ覚えてないんかいな、というような顔をした。
「荻原さんか萩原さんか判らんからいうて、中間の母音でごまかそうとすな。倒れてたのは荻原さんや」
「そうそう、その人」
千明はポンと手を叩いてあおいに人差し指を向けた。
「倒れてるって……事故か何かですか?」
渡邊が恐る恐るという感じで質問した。
「いいえ、違うと思います」
千明はキッパリと否定した。
「彼女は胸から大量の血を流していました。恐らく、鋭い刃物のような物で刺されたんでしょう。間違いなく殺人事件です」
殺人――その不吉な言葉に、ひぃ、と、誰かが引きつった悲鳴を上げた。
「そして――」
千明はロビーに集まった人たちを見まわし、たっぷりともったいをつけ。
「犯人はこの中にいる!!」
自信満々に宣言したのだった。
「いや、被害者の名前も覚えてない人が言うても、説得力ないでー」
あおいが野次を飛ばした。