「――それでは、これより野外活動サークル捜査一課による第一回捜査会議を始める」
101号の客室内で、千明はベッドに座るあおいと恵那に向かって宣言をした。
室内には、どこから持って来たのかホワイトボードがあり、黒ペンで『ペンション・ダウンヒルサウナ殺人事件』と書かれてある。
そして、ペンションの館内マップと、その隣に千明たちを含む宿泊客と従業員全員分の写真がマグネットで張り付けられてあった。
「前にも似たようなことがあったけど、いつの間に
あおいが冷めた声で言った。
「今しがた立ち上げたところだ」
千明は腕を組んで自信満々に言った。
「なにか事件があれば即座に対応する部署をつくる。このフットワークの軽さが、我が野クルのウリのひとつだぜ」
「部長の気まぐれに付き合わされる部員は、いい迷惑なんやけどな」
「まあそう言うな。ここであたしらが犯人を見つけて事件を解決すれば、話題になって入部希望者が殺到し、見事サークルから部に昇格できるかもしれねぇぞ?」
「そんなことのために殺人事件を利用するなんて不謹慎やろ? なにより、そう簡単に解決できるとは思えんけどな。素人が探偵気取りで迂闊なことせん方がええで?」
「そうかもしれんが、警察はいつ到着するか判らないからアテにできない。犯人がペンション内に潜んでいる以上、身を守るためには、一刻も早く犯人を見つけ出すしかないだろ」
「まあ、それは一理あるかもしれんけどな」
「アキちゃん――」
恵那が手を挙げた。
「どうして、犯人はまだペンション内に潜んでいると思うの?」
「ふふん、説明しよう。まず、犯行現場であるサウナから外に出るのに最も近いのは、隣の露天風呂エリアだ。しかし、露天風呂の周りは高い壁に囲まれていて、容易に乗り越えることはできない。露天風呂エリアには東屋もあるが、屋根に積もった雪は綺麗なものだったから、屋根に登って壁を跳び越えたってこともない。よって、犯人は脱衣場からロビーへ出るしかないわけだ」
千明は説明しながら、ホワイトボードの館内マップに逃走ルートを示す矢印を書き込んだ。
「ロビーからペンションの外に出るには玄関か裏口を使うワケだが、どちらも施錠されていた。ドアは外から施錠することも可能だが、そのための鍵はそれぞれ一本しかなく、従業員の南奥原田さんが持っていた。さらには、玄関も裏口も積もった雪には足跡ひとつ無く、綺麗なものだった。夜になってから雪は降ってないから、犯人がペンションの外に逃げたなら足跡が残っているはず。それが無いんだから、犯人はまだペンション内に潜んでいると考えるのが妥当だ」
「ちなみに、犯行後みんなでペンション内をくまなく探したけど、宿泊客と従業員さん以外の人はおらへんかった」
あおいが補足するように言う。
「当然やけど、秘密の抜け道なんてのもないで」
「うむ」
と、千明は頷いた。
「そこは最初にハッキリとさせておかなければならないからな。ご苦労ご苦労。ではイヌ子くん。事件の概要を説明してくれたまえ」
「はいよ」
あおいはベッドから立ち上がり、メモ帳を開いた。事件後、あおいたちは手分けしてみんなから話を聞いてきたのだ。
「えーっと、被害者は静岡の大学生・荻原さん。胸を鋭い刃物のようなもので刺されたものと思われる。ウチらには検死とかの専門的な知識はないから詳しくは判らんけど、まあこれが死因で間違いないやろな。凶器が何かは判らへん。少なくとも、目につくところにそれらしいものは落ちてへんかったな」
「ふむ。胸を刺され、凶器が無くなっていることからも殺人と考えて間違いないだろう。殺人の捜査で重要なのはまず動機だ。殺人の動機で定番なのは金か恨みだが」
「定番いう言い方はどうかと思うけど、まあせやろな。まず、被害者の財布などの金品、その他持ち物は無事やそうやから、物盗りの犯行ではないやろな」
「まあ、お風呂に入ってて持ち物はロッカーか部屋にあるんだから、物を盗るのにわざわざ本人を殺す必要はないだろうな。そうなると、動機は怨恨の線が濃くなる」
「でも、全員に話を聞いたけど、友達の萩原さん以外はみんな今日このペンションで初めて
「確かに、あの人にはそういうところがあったな」
千明はペンションに入って荻原に会った時のことを思い出した。曇ったメガネをバカにされ、少々不愉快な思いをした。とはいえ、それだけで殺意を抱くようなことはない。
「ふーん」
と、千明は唸った。
「動機の面から犯人を特定するのは難しそうだな。そうなると、次に重要になってくるのはアリバイだ。ではイヌ子くん。続いて、あたしがうたた寝している間に、ペンション内で何が起こっていたのか、説明してくれたまえ」
「まず、食事が終わったのが七時三十分。それから、アキ・ウチ・恵那ちゃん・荻原さん・萩原さん・渡邊さん・山田さんの七人はロビーでゲームを、他の客は各自の部屋に戻り、従業員の南奥原田さんは食堂で後片付けをした後奥の休憩室で休憩をしていた。アキが寝たのは七時四十五分ごろや」
「うむ」
「アキが寝てもうたからゲームはそこで終了し、荻原さんと萩原さんは一旦102号の自分らの部屋に戻った。残りの五人はしばらくロビーでおしゃべりしてた。で、八時頃に、荻原さんが102号室から出てきてお風呂へ入った。これは、ロビーにいたみんなで確認してる」
「荻原さんってどっちだ?」
「は?」
「荻原さんというのは荻原さんなのか萩原さんなのかハッキリしろ」
「荻原さんは荻原さんやろ。萩原さんじゃないほうや。じゃない方って言うのも失礼な話やけど」
「じゃあ、そのとき荻原さんは自分の部屋にいたんだな?」
「荻原さんはお風呂や言うてるやろ。部屋にいたのは萩原さんや」
「だあぁもう! ややこしいからカタカナで言え!」
「カタカナで言えっていうのも意味わからんけど、まあそうするわ」
ということで、これからはオギワラさん・ハギワラさんと呼ぶことになった。
「――八時頃にオギワラさんが102号室から出てきてお風呂に入った。これは、ロビーにいたみんなで確認してる」
「ふむ」
「その一〇分後の八時一〇分に、山田さんがロビーからお風呂に入った。山田さんの証言によると、この時オギワラさんはサウナにいて、山田さんは内風呂に入ったそうや」
「ふむふむ」
「んで、その二十分後の八時三十分、渡邉さんが部屋から出てきて、ロビーを通ってお風呂に入った」
「渡邉さんの部屋は何号だ?」
「えーっと、105号室やな」
「OK」
「次はさらに二十分後の八時五十分。山田さんがお風呂から出てきて部屋へ戻った。山田さんの部屋は106号室や」
「ふむ」
「ほんで次は九時頃」
「例の殺害予告らしきものがあった時刻だな」
千明はポケットからくしゃくしゃに丸めた紙を取り出し、広げてホワイトボードに張り付けた。
カクカクの文字で『こんや くじ だれかが しぬ』と書かれてある。
「捨てなくて良かったぜ。こうなると、このメッセージは無関係ではないだろうからな」
「せやな」
と言って、あおいが続ける。
「九時ちょっと前やったと思うけど、恵那ちゃんがもう一回温泉につかる言うてお風呂に入った。このとき、恵那ちゃんはオギワラさんらしき姿を見てる。せやったね?」
あおいが恵那を見る。
恵那は「うん」と頷いた。
「オギワラさんはサウナにいた。ガラス越しだったけど、まだ殺されてはいなかったよ」
「でも、恵那ちゃんはタオルを持って来てなかったことに気づき、すぐにお風呂から出てきて、101号室のウチらの部屋に戻った。当たり前やけど、恵那ちゃんは犯人やないで? お風呂にいた時間は一分もないやろから、時間的に犯行はムリや」
「まあ、仲間を疑うほどあたしは薄情じゃない」
そう言った後、千明は眼鏡をくいっと上げた。
「だがイヌ子、オメーは別だ」
「ウチもアキが犯人の説は捨ててないで」
あおいも不敵な笑みで応戦する。
「で、恵那ちゃんが部屋に戻った直後に、渡邊さんもロビーから部屋に戻ってる」
「ふむふむふむ」
「そのままウチはロビーにおったんやけど、十五分後の九時十五分。恵那ちゃんが部屋から出てきてロビーに来た。ほぼ同時にハギワラさんも102号室から出てきて、いくらなんでもオギワラさんがお風呂から出てくるのが遅いっていうて、恵那ちゃんと一緒にお風呂に入り、サウナでうつ伏せに倒れているオギワラさんを発見した」
「うつ伏せ? あたしが見たときは、あお向けだったぞ?」
「あ、それは、ハギワラさんだよ」
と、一緒に死体を発見した恵那が言った。
「オギワラさんが倒れてるのを見て、慌てて駆け寄って抱き起したの。それで、胸から血を流しているのに気付き、悲鳴を上げた」
「その後で騒がしくなり、あたしが目を覚ます、ということか。よし、よく判った」
千明はうんうんと頷くと、それらの情報をホワイトボードにまとめた。
「フ……これを見れば犯人は明確だな」
ホワイトボードのまとめを見て、千明は自信満々に言う。
「九時に恵那がお風呂に入り、オギワラさんが生きていることを確認した。恵那はすぐに部屋へ戻り、その直後に渡邊さんがお風呂から出てきて部屋に戻った。そして、十五分後に恵那とハギワラさんがお風呂に入ってオギワラさんの死体を発見。ならば、犯人は渡邊さん以外にはありえないだろう」
だが、自信満々の千明に対し、あおいは。
「なんでやねん。渡邊さんは、お風呂に入ってへんやろ」
バッサリと斬り捨てるように言った。
「……は?」
目を丸くする千明。
「渡邊さんはお風呂に入ってへんよ。七時三十分からずっとロビーでウチらと話してて、九時に部屋に戻ったって言うたやろ」
「それこそなんでやねんだろ。八時三十分に渡邊さんがお風呂に入ったって、イヌ子が言ったんじゃねーか」
「八時三十分にお風呂に入ったのは渡邉さんや」
「…………」
「…………」
「……は?」
「せやから、八時三十分にお風呂に入ったのは渡邉さんや。渡邉さんが部屋から出てきてお風呂に入った、って言うたやん。渡邊さんはロビーにおったんやから、部屋から出てくるわけないやろ」
「……ちょっと待ってくれイヌ子さん。ゆっくり話をしよう」
「なんやねんな」
「七時三十分にロビーにいたのは誰だ?」
「渡邊さんや」
「八時三十分に部屋から出てきてお風呂に入ったのは?」
「渡邉さんや」
「それは、ドッペルゲンガー的なヤツか?」
「ちゃうわ。渡邊さんと渡邉さんや」
「その二人はどう違うんだ」
「全然ちゃうやろ。よう見い……いや、よう聞きや。渡"邊"さんと渡"邉"さん。カタカナで言うと、ワタベさんとワタナベさんや」
「…………」
「…………」
「ワタベさんとワタナベさんの二人がいるのか!?」
「当たり前やろ。最初の頃からずーっとおったやないか」
「なんという複雑な事件だ。ただでさえオギワラさんとハギワラさんでややこしいのに」
「ややこしい言うな。アキが人の名前覚えへんのが悪いんやろ」
千明は、くそう、頭を抱えた。
「そうなると、事件を最初から整理し直さないといけないな。イヌ子くん。もう一度最初から説明をしてくれ」
「めんどいな。なんやねんな」