名探偵大垣∞~雪国サウナの観測者~   作:ドラ麦茶

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6・恵那ナビと謎解きの夜

「――みなさん、お集まりいただきありがとうございます。ようやく、事件の謎が解けました」

 

 再びロビーに全員を集めた千明は、みんなの前に立ち、メガネをくいっと上げて堂々と宣言した。

 

「誰? 誰が彼女を殺したの!?」

 

「本当にこの中に犯人なんているのでしょうか? 犯人が逃げた可能性もあるのでは……」

 

「ていうか、あんたただの高校生でしょ? 素人が探偵気取りで捜査なんてして、付き合わされる方はいい迷惑だわ」

 

「せやせや。しかも何回も推理間違えて、謎が解けたのはほとんどウチのおかげやしな」

 

 謎解き宣言をした千明に対し、集まった人たちから様々な声が飛んでくる。

 中には批判やヤジもあるが、謎解き時に文句を言われるのも名探偵の宿命とばかりに、千明はウンウンと頷いた。

 

 ひと通り文句を聞き流した千明は、説明を始める。

 

「さて、今回の事件で重要なのはアリバイでした。被害者であるオギワラさんがいつ命を落とし、その時間彼女は誰と一緒だったのか……それが判明すれば、自然と犯人が判る、と、あたしは考えたのです。そこで、みなさんに聞き込みを行い、食事を終えた夜七時三十分から、オギワラさんの死体が発見される九時十五分までの間、誰がどこにいたのかを整理してみました。みなさんにも判りやすいように説明させていただきます。イヌ子くん。例のものを」

 

「へいへい」

 

 千明に言われ、あおいはガラガラとホワイトボードを押して千明の横に持ってきた。

 ボードには館内マップを書き、その横に丸型のマグネットを張り付けてある。

 マグネットはそれぞれ違う色で、千明やあおい、ハギワラやワタベ、南奥原田たちみんなの名前を書いてある。

 

「まず、食事が終了したのが七時三十分ごろ。あたし・イヌ子・恵那・オギワラさん・ハギワラさん・ワタベさん・山田さんはロビーでゲーム、ワタナベさんは自室である105号室、従業員の南奥原田さんは休憩室で休憩をしていました」

 

 そう言って、千明は館内マップの該当する場所にマグネットを移動させた。

 

 

 

 

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「七時四十五分ごろ、あたしがロビーで寝てしまったので、ゲームは終了。オギワラさんとハギワラさんは自室である102号室へ戻り、イヌ子・恵那・ワタベさん・山田さんは、そのままロビーでおしゃべりしています」

 

 

 

 

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「八時ごろ、オギワラさんが102号室から出て温泉に入ります。当然、女湯です」

 

 

 

 

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「その一〇分後の八時一〇分、ロビーで話していた山田さんも温泉へ入ります。これも当然女湯です。この時、オギワラさんはサウナにいたそうです」

 

 

 

 

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「続いて八時三十分。ワタナベさんが105号室から出てきて温泉へ入ります。ワタナベさんは()()()()()()()男性なので、当然男湯です」

 

 

 

 

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「そして八時五十分、山田さんが女湯から出てきて、106号室の自分の部屋に戻りました」

 

 

 

 

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「次は九時。恵那がロビーから女湯へ入ります。」

 

 

 

 

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「このとき恵那は、サウナにいるオギワラさんの姿を見ています。しかし、恵那はタオルを持っていないことに気づき、すぐに女湯から出てきました。女湯に入っていた時間は一分にも満たないと本人は言っており、その時間ロビーにいたイヌ子も同じ証言をしていますので、時間的に恵那に犯行は無理でしょう。よって、恵那は犯人ではなく、オギワラさんはこの時間までは生きていたということになります。そして、恵那は自室の101号室に戻ります。この直後に、ワタベさんもロビーから自室の104号へ戻っています」

 

 

 

 

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「そして、その十五分後の九時十五分。恵那が101号室からロビーに出てきて、ほぼ同時にハギワラさんも102号室から出てきます。ハギワラさんは、いくらなんでもオギワラさんがお風呂から出てくるのが遅いと心配になり、恵那と一緒に女湯に入って、サウナで倒れているオギワラさんを発見します」

 

 

 

 

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「これで大騒ぎになり、イヌ子と南奥原田さんが女湯に駆け付け、あたしも目を覚ます……以上が、食事が終わってからサウナで遺体が発見されるまでの人の流れです。ここまで、お判りいただけましたでしょうか?」

 

 説明をし終えた千明は、みんなの顔をぐるりと見渡した。

 

 ワタベが首を傾けた。

「誰がどこにいたのかは判ったけど、結局犯人は誰なのよ?」

 

「ポイントは九時からですね。九時に恵那が女湯に入り、オギワラさんがサウナにいたことを確認しています。そして、死体が発見されるのが九時十五分。よって、オギワラさんが死亡したのは、この十五分の間ということになります」

 

「ちょっと待ってよ」

と、ハギワラ。

「その時間、お風呂にはオギワラしかいなかったんじゃないの?」

 

「その通りです」

千明は、イイ質問ですね、と言わんばかりにぱんと手を叩いてハギワラを指さした。

「彼女の言う通り、オギワラさんが死亡したと思われ九時から九時十五分の間、お風呂にはオギワラさん一人だけでした。誰も彼女と一緒にいなかったのです。これでは殺人事件なんて起こりようがありません。よって、この事件の真相は……オギワラさんの自殺です!!」

 

 ばばーん、と、千明は自分で効果音を口にしながらそう結論付けた。

 

「自殺!?」

 みんな驚いた声を上げる。

 

 その反応に満足し、千明は「そうです」と頷いて続ける。

「死亡時にオギワラさんが一人だったのなら、そう考えるより他にありません」

 

「ちょっと待ってよ」

 被害者の友人であるハギワラが、納得いかないという顔をした。

「オギワラは、胸を刃物のようなもので刺されてたのよ? それがオギワラの自殺だって言うのなら、現場に刃物が落ちているはずでしょ? でも、そんなものどこにもなかった。刃物が消えてるんだから、誰かが持ち去ったってことでしょ。それは犯人以外あり得ないじゃないの?」

 

「そのトリックも説き明かしました。自殺に使用した刃物は……ズバリ、()()()です!」

 

「つらら!?」

 

 みんな、さらに驚いた顔になった。

 

 千明は自信満々に説明を続ける。

「露天風呂の東屋にはいくつものつららがぶら下がってました。オギワラさんはその一本をもぎ取り、自分の胸に突き刺して自殺したのです。ミステリーの世界では、つららは別名『消える凶器』と呼ばれています。胸を刺した後、残ったつららは溶けてなくなってしまうのです。サウナほど高温の場所なら、ホントにすぐなくなってしまうでしょう。こうして凶器は消え、一見すると殺人事件のような状態になってしまったのです」

 

「でも――」

と、ハギワラはまだ納得がいかない様子だ。

「鋭い刃物ならともかく、つららをそんなに深く自分の胸を刺せるものなの?」

 

「できないことはありません。つららの先端を自分の胸に当て、前に倒れ込めばいいんです」

 

 千明は自分の胸につららを当てるポーズをし、ちょっとだけ前に傾いてみせた。そのまま勢いよく倒れれば、多少切れ味ならぬ刺し味の悪いモノでも刺さるだろう。

 死亡時にオギワラがうつ伏せに倒れていたのはそのためだと思われる。

 より確実に行うなら、サウナ内のベンチの上に立って床に倒れるという方法もある。そうすればより勢いがつくはずだ。

 

「でも、なんでオギワラが自殺しなきゃいけないの!? 理由は!?」

 

「申し訳ありませんが、あたしに動機までは判りません。今回の推理では動機面は考慮していないのです。これは、あくまでも事件発生時刻に皆さんがどこにいたのかのみで導き出した結論です。動機面を考慮しなかったのは、オギワラさんを始め、ここにいる皆さんとは今日ここで会ったばかりで、過去に何があったのか判らないからです。友人であるハギワラさんにもオギワラさんが自殺する理由に心当たりがないのであれば、それ以上この場では調べようがありません」

 

 ハギワラはまだ疑わしそうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 

 千明はそれ以上疑問の声が出ないことを確認すると、さらに続ける。

「以上のように、あたしたちの捜査によって、今回の事件はオギワラさんの自殺であることが判明しました。よって――」

 

 千明は、もう一度みんなの顔を見回し、そして、がばっと床に膝をつくと。

 

「――殺人事件とか犯人はこの中にいるとか言ってみんなを怖がらせ、スミマセンでしたぁ!!」

 

 土下座して詫びる千明。

 そのうえ名前や性別の憶え違いで罪のない人を犯人に仕立て上げるところだったのだ。本当に危ないところだった。

 

「ま……まあ、この中に殺人犯がいないのなら安心だわ」

 従業員の南奥原田が言った。

「あとは、警察が来るのを待ちましょう」

 

「そうですね」

と、同意したのはワタベだ。

「大垣さん。警察が来たら、今のことを証言してね」

 

「判りました。任せてください」

 立ち上がった千明は、手のひらをおでこに当てて敬礼ポーズをする。

 間違った推理で危うく冤罪を生むところであったが、結果としては無事に事件を解決できたのだから、まあ良かったと言えるだろう。

 

 ……と、ずっと無言で千明の説明を聞いていた恵那が。

 

「ダメだよアキちゃん。そんな間違った証言したら」

 

 ホワイトボードを眺めながら、静かな口調で言った。

 

「へ? 間違った証言?」

 千明はぱちぱちと目を瞬かせる。急に何を言い出すのだろう。

 

「ゴメンねアキちゃん。アキちゃんのこの推理は間違ってると思う。やっぱりこれは、殺人事件だよ。なのに自殺なんて言ったら、アキちゃんが恥をかくと思う。まあ、それだけならまだいい方。ヘタをすると捜査が混乱して、犯人を捕り逃がしちゃうかも」

 

「どうしたんや恵那ちゃん」

 あおいが苦笑いで言った。

「みんな自殺で納得してるんやから、ヘタなことは言わん方がええで?」

 

「そうだぞ恵那。素人が探偵気取りで適当な推理でをしたら、痛い目を見るぞ」

 

「アキみたいにな」

 

「そうだそうだ」

 

 あおいの言葉に、千明はうんうんと頷いた。

 

「あたしもそう思ったんだけど、やっぱり、人がひとり死んでるのに、それをうやむやにはできないよ」

 そう言った後、恵那はボードから千明たちに目を向けた。

「必ず、犯人は捕まえる」

 

 決意の宿る目だった。その力強さに、思わず千明も「お……おう」と応える。

 

「でも、ホンマに犯人なんているかな? ウチは、アキの推理でええと思うで?」

 あおいが珍しく千明の肩を持つ。

 

「そ、そうだ」

と言って、千明は自分の推理を肯定するために言う。

「恵那も、今の説明、見てただろ? みんなの証言をまとめて、七時三十分から九時十五分までの間の人の動きを再現したけど、オギワラさんの死亡時刻である九時頃には、お風呂にはオギワラさんしかいなかったんだ。なら、自殺としか考えられないじゃないか」

 

「でもね、つららで胸を刺して自殺するのはムリだと思う。だって、天然のつららなんて、人に刺さるほど鋭くはならないし、水が固まっただけのものだから、強度にも問題があると思うの。ちょっと衝撃を加えただけで砕けちゃうし、お風呂やサウナの中だから溶けやすい。そんなので、人が死ぬはずない」

 

 そう言われると、千明も自信が無くなってくる。

 確かに、東屋からぶら下がったつららの先端は丸みをおびていたように思う。

 ミステリー作品では『消える凶器』といえばつららが定番だが、現実はそんな甘いものではないのかもしれない。

 

「まあ、確かに、つららで自殺は難しいかもしれない」

千明は認めたが、「しかしな」と言って、反論を続ける。

「方法は今のところ判らないが、自殺なのは間違いないと思うぞ? だって、オギワラさんの死亡時、お風呂には他に誰もいなかったんだからな」

 

「それも違うと思う。そもそも、アキちゃんのこの推理方法には、根本的な間違いがあると思うの」

 

「間違い?」

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

「え?」

 

 恵那は、視線を千明から他のみんなに移した。

「これが殺人事件だった場合、犯人はこの中にいる。アキちゃんの推理は、みんなの証言に基づいているよね? でも、犯人は、自分が疑われるような証言はしないと思うの」

 

「――――」

 

 恵那の言うことに、千明は言葉を失う。

 犯人は自分が疑われるような証言はしない――確かにその通りかもしれない。

 犯人は被害者の死亡時刻に接触しているはずだが、わざわざそれを言うはずがないのだ。

 

 恵那はさらに続ける。

「誰が犯人か判らない以上、誰がウソをついているか判らない。アリバイ証言をもとに推理するなら、信頼できる証言だけをピックアップしないといけないんだよ」

 

「あたしたちがウソをついてるって言うの? 失礼な」

 不満をあらわにしたのはワタベだった。

「あたしは犯人じゃないから、ウソなんてついてないわよ。大体、殺されたオギワラさんとは、今日ここで初めて会ったのよ? あたしには殺す動機がないわ」

 

「ちょっと待ってよ」

と、今度はハギワラが声を上げた。

「それだと、まるであたしが犯人みたいじゃない」

 

「そうね」

と、ワタベは不敵な笑みを浮かべる。

「殺したいほどの恨みを持つなんて、それなりに長く付き合ってる人だと考えるのが妥当だわ」

 

「あたしとオギハラはそんな関係じゃあいません! 子供の頃からずっと友達なんです! 恨みなんてありませんよ!!」

 

「恨みが無いのははあたしだって同じよ。今日会ったばかりの人を、なんで恨まないといけないのよ?」

 

「――信じません」

 恵那が、二人の言い分をバッサリと斬り捨てるように言った。

「みんな、今日ここで初めて会ったばかりの人で、どういう性格でどういう人生を歩んできたのか判りませんから。過去、どこに接点があって、どこで恨みを持つことになったのか、あたしに判断することはできません」

 

 そして恵那は、ハギワラに目を向ける。

「だから、あなたの証言も信じません。確かに仲がよさそうに見えましたけど、ウラではどうか判りませんから」

 

 さらに、恵那は他の人にも目を向けた。

「この二人だけじゃありません。ワタナベさんも、山田さんも、南奥原田さんも、誰の話も信じません。あたしが信じるのは、あたし自身がこの目で見たこと。そして、あたしと、アキちゃんと、あおいちゃんは、絶対に犯人じゃない、ということだけです」

 

「友達は信じてるってわけ? それこそ信じられないわね」

 ワタベが言った。

 

「別に他人に信じてもらう必要はありません。あたしがそう確信しているだけで充分です」

 

「ど……どうしたんだ、恵那さん」

 千明は恐る恐る言った。

「なんか、別人みたいだぞ」

 

「それにな、恵那ちゃん」

と、あおいも言う。

「ウチらを信じてもらえるのはありがたいけど、ウチら以外の人の証言を捨てたところで、結果は変わらんと思うで?」

 

「ん? なんでだ?」

 千明は首を傾けた。

 

「だって、オギワラさんが生きていた七時三十分から、死体が発見される九時十五分までの間、あたしはずっとロビーにいたんやから」

 

 あ、そうか、と千明は思い出した。先ほど館内マップ上で人の動きを再現した時、あおいは最初から最後までロビーから動いていない。

 

 つまり、ロビーを通って移動する人がいた場合、必ずあおいの目に()まるのだ。

 

 仮に、ワタベや山田の『部屋にいた』という証言がウソだったとしても、結果は覆らないだろう。

 オギワラを殺害するには、結局のところロビーを通って女湯に入らなければならないのだ。

 そして、九時までに女湯に入った人はみんな出てきており、死亡時刻の九時から九時十五分の間は誰もロビーを通っていない。

 ならば、その時間女湯内にはオギワラしかいなかった、ということになる。

 

「なに? あなたが信頼してる人たちの証言を集めても、結局は自殺だって言うつもり?」

 ワタベが恵那に向けて挑発するように笑う。

 

「違います」

 恵那は動じずに言い返す。

「確かに、あたしはアキちゃんもあおいちゃんも犯人じゃないと確信してます。でも、だからと言ってウソをつかないとは限らない」

 

「……はあ?」

 

 首をかしげるワタベから目を離す恵那。

 

 その視線を、あおいに向ける。

 

 そして。

 

「あおいちゃん、ウソついてるよね?」

 

 まっすぐにあおいの目を見つめ、言った。

 

 思わぬ言葉に、千明は「え……?」と、目を丸くする。

 

 あおいの表情は変わらない。驚いてもいなければ、怒ってもいない。ただ、恵那と同じまっすぐな視線を返す。

 

「……なんでそう思うんや?」

 静かな声で言った。

 

「あたしは、七時三十分から九時までロビーにいて、通った人を全部把握している。ここまでは、あおいちゃんの証言にウソはなかった。だって、あたし自身も見てるんだから。問題は九時から。あたしは、九時に一度女湯に入って、オギワラさんが生きていたことを確認してる。だから、犯行が行われたのは、九時から九時十五分までの間しかあり得ないの。その時間、あたしは部屋にいたから、ロビーの状況は判らない。犯人が女湯に入るとしたら、九時から九時十五分までの十五分間しかないんだよ。でも、あおいちゃんは、その時間は誰もロビーを通らなかったって言う。これだと辻褄が合わない。この十五分の間に、誰かが女湯に入ってオギワラさんを刺したのは間違いないんだから。だったら、あおいちゃんがウソをついてるとしか考えられない」

 

「…………」

 

「あおいちゃん、正直に言って。大丈夫。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。真犯人は、必ず捕まえるから」

 

 無言で何かを思案しているようなあおいに、恵那は力強い声で言った。

 あおいが心配しているような事態? いったい何のことだろう? と、千明は首を傾けた。

 

 ふっ、と、あおいは小さく笑い、

「……恵那ちゃんにはかなわへんなぁ」

と言って目を伏せた。

 そして、降参と言わんばかりに両手を挙げる。

「そうや。ウチはウソをついてた。ウチは九時に恵那ちゃんが部屋に入って、部屋から出てくる九時十五分までの間、ロビーにはおらへんかった」

 

「なっ! なんでそんなウソを……」

 千明は驚いた声で言った後、はっとして目を見開き、あおいを指さした。

「まさか! 犯人は貴様かー!!」

 

「ちゃうわアホ。ちょっと喉が渇いたから、食堂でお茶を飲んでただけや」

 

「まあ、そうだろうな。さすがにおまえが人を殺すとは思えん」

 千明はけろっとした顔に戻って言った。

「でも、だったらなんでロビーにいたなんてウソをついたんだ。ヘタすりゃ捜査妨害だぞ?」

 

「しゃーないやろ。ウチがウソついてなかったら、犯人として真っ先に疑われてたのは、アキ、あんたやで」

 

「……は?」

 

 予想外の言葉に、千明はきょとんとした顔になる。

 

「そうなの」

と、恵那が説明を引き取るように言う。

「あおいちゃんが九時から九時十五分まで食堂にいたのなら、その時間ロビーにいたのはアキちゃんだけ。犯行が行われた時間に女湯に入ったのは、アキちゃんが最有力候補になっちゃうの」

 

「あ……あたしは寝てたから、その時間は女湯になんて入ってないぞ!? まして、あたしに人を殺すなんてムリだ!」

 

「判ってる。アキちゃんは犯人じゃない。でも、あたしたちが他の人の証言を信じないように、他の人もアキちゃんの言うことを簡単には信じてくれない。だから、あおいちゃんはとっさにウソをついたんだよ。あおいちゃんが、アキちゃんはその時間寝ていた、と証言すれば、疑われる可能性は低くなる」

 

「こういうのは最初が肝心なんや」

と、あおいも説明する。

「最初に疑いをかけられたら、後でどんなに無実を主張しても、信じてもらえなくなる。特にアキは、被害者からメガネをバカにされるようなことを言われてるからな。普通に考えたら動機としては弱いやろけど、犯人探しで疑心暗鬼になった人には充分すぎる動機に思えるかもしれへん。せやから、とにかくアキに疑惑が向かんようにせないかんと思たんや」

 

「あおいちゃんの判断は、すごく効果的だったと思う。あおいちゃんがウソをついたことで、犯人は、当初の予定が大幅に狂ったはずだよ」

 

 千明は首を捻った。

「当初の予定?」

 

「うん。オギワラさんを殺害する機会を伺っていた犯人は、九時頃に絶好のチャンスを得た。女湯にはオギワラさん一人。ロビーにはアキちゃんが眠ってる。この状況でオギワラさんを殺して部屋に戻り、事件後、犯行時刻にロビーにいたのはアキちゃんだけだったということが発覚すれば、いちばん疑わしいのはアキちゃんということになる」

 

 恵那の説明に、千明の背中を冷たい汗が流れた。うたた寝している間に、自分は犯人に陥れられようとしていたのだ。

 

「でも」

と、恵那はさらに続ける。

「あおいちゃんが、犯行時刻に自分はロビーにいて、アキちゃんは寝てた、というウソの証言をしたことで、犯人はアキちゃんに疑いをかけることが難しくなった。寝ていたことを誰も証明してくれないのと、たとえ友達でも誰かが証言してくれるのとでは、信頼性は全然違ってくるからね」

 

「イヌ子……お前ってヤツぁ……」

 千明はうるうるとした目であおいを見る。

 あおいはとっさのウソで千明をかばったのだ。

 

「貸しふたつやで」

 あおいはぱちっと片目を閉じた。

 

 恵那は二人の様子を微笑ましそうに見た後、さらに説明する。

「あおいちゃんがウソをついたことで予定が狂った犯人は考えた。犯人にはあおいちゃんがウソをついていることは判っていたけど、それを指摘するのはリスクが高いと判断したんだよ。もし、犯人があおいちゃんのウソを指摘したら、あおいちゃんと犯人、二人の証言が食い違って、どちらかがウソをついているってことになり、結果、二人とも疑われることになる。でも、あおいちゃんのウソを指摘しなければ、直ちに犯人に疑いの目が向くことはない。そう考えて、犯人はしばらく様子見することにしたんだろうね」

 

「幸い、()()探偵がいたおかげで、事件は自殺ということで片付こうとしてた」

 あおいが皮肉っぽく言う。

「犯人にしてみれば、自分に疑いがかからなければそれでも良かったんやろな。正直、ウチもそれでええと思てたわ。アキが犯人として疑われたり、例の推理ゲームのバッドエンドみたいに関係者全員疑心暗鬼になって殺し合いに発展するよりはな。どの道警察が来て本格的に捜査すれば、真相なんてすぐ判るやろし」

 

「……って、結局お前は最初からあたしの推理をアテにしてなかったのか」

 千明が不満を言う。

 

「当たり前やろ。関係者の顔も名前もロクに覚えてない人の推理なんか誰がアテにするねん。ウチのウソの証言があれば自殺ってことになってとりあえずこの場は治まる思てたけど、アキが間違った推理ばっかりして無関係かもしれん人を犯人にしようとしてたから、むしろヒヤヒヤしたわ」

 

「それについては返す言葉もない」

 そう言った後、千明は視線を恵那に向けた。

「で、結局犯人は誰なんだ?」

 

「うん。あおいちゃんがウソをついてたから、さっきの配置は違ってくるの。正しく再現してみるね」

 

 恵那はホワイトボードに貼られたマグネットのいくつかを取り、マップ上に並べ直した。

 

「問題になるのは九時。あおいちゃんのウソの証言では、こうなってた」

 

 

 

 

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「でも、実際はこう」

 

 

 

 

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「あちゃー」

と、千明は両手を頭に当てた。

「これだと、ロビーにいるのは寝てるあたしだけで、誰が女湯に入ったかわかんねーぞ」

 

 この配置だと、実質ロビーは誰もいないのと同じである。

 客室にいたワタベやハギワラや山田はもちろん、休憩室にいた南奥原田も、調理室から勝手口側に出て客室前を通れば女湯に入ることができる。

 

 だが。

 

「ううん、大丈夫」

 恵那が自信満々な声で言う。

「これで、犯人の可能性がある人は、かなり絞られる」

 

「なんでだ?」

 

「あたし、このとき部屋でタオルを取ってすぐに温泉に入ろうとしたんだけど、なでしこちゃんから電話がかかってきてね、部屋でしばらく話してたの。ドアを開けた状態で」

 

「ドアを……開けた状態!?」

 

 千明はもう一度館内マップを見た。

 恵那がドアを開けた状態で部屋にいた。そうなると、誰かが部屋の前を通ったら判るはずだ。

 

「誰だ!? 誰が部屋の前を通ったんだ!?」

 千明は興奮しつつ訊く。

 

 しかし、恵那は首を振った。

「誰も通らなかったよ」

 

「……は?」

 

「九時から九時十五分までの間、101号室の前を通った人はいない。廊下から一切目を離していないとは言えないけど、でも、ドアの近くにいたから、誰か通ったら絶対に気づくよ。間違いなく誰も通らなかった」

 

「ちなみに、食堂も誰も通ってないで。静かなもんやったわ」

 あおいが補足するように言う。

 

「じゃあ、そうなると……」

 

 千明は、館内マップの右上の方を見た。そこは男湯で、ワタナベの名前がある。

 

「犯行時刻、101号室の前と食堂、どちらも誰も通らなかった。そうなると、誰にも見られずに女湯に入れるのは、男湯にいたワタナベさんしかいない!」

 

 恵那はまた首を振る。

「ううん、違う」

 

「はい違いまーす。すみませーん」

 千明はまた土下座した。

 

「確かに、ワタナベさんなら犯行時刻に誰にも見られずロビーを通って女湯に入ることはできる。でも、やっぱり男の人が女湯に入るのはリスクが高いよ。オギワラさんに騒がれたらみんな集まって来るし、アキちゃんも目を覚ますかもしれない。殺すことはできても、逃げることが難しくなっちゃうの。そんなリスクを冒してまでわざわざ女湯で犯行に及ぶ理由がない。犯人は、やっぱり女性だと思う」

 

「それに――」

と、またあおいが補足する。

「ウチも、食堂のドアは開けていて、ロビーが見える位置にいた。まあ、それほど注意はしてなかったけど、誰も通ってないと思うで?」

 

「でもよ、それだと、やっぱり犯行が可能な人がいないじゃないか?」

 

「アキちゃん、よーく見て」

 恵那が、マップを指さした。

「犯行時刻、101号室の前と食堂の前、どちらも通らず、女湯に入れる人が、一人だけいるの」

 

「『あたしだ!』っていうボケはいらんで」

 あおいがクギを刺す。

「ウチら三人が犯人じゃないっていうのは大前提やからな」

 

 犯行時刻に一人だけ女湯に入れた人物……千明は、あらためて館内マップと名前を見た。

 101号室の前と食堂の前は恵那とあおいが見ている。誰か通ればすぐに判ったはずだ。

 しかし、客室にいた人も、男湯にいた人も、休憩室にいた人も、みんなどちらかを通らなければ女湯に入ることはできないように思う。

 一体、恵那はなにを言っているんだ。

 

 …………。

 

 いや。

 

 千明は、101号室と104号室のドアの位置に気が付いた。

 

 

 

 

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 ドアは正面同士ではなく、少しずれた位置にある。

 

 この位置関係なら、101号室にいた恵那からは、104号室のドアは死角になる――。

 

「そう」

と、恵那が頷いた。

「この時、あたしがいた位置からは、104号室のドアは見えない。中の人が出入りしても、あたしには判らないの。つまり、犯行時刻、誰にも気づかれず女湯に出入りできたのは、104号室にいた人だけ」

 

 みんなの視線が、一斉にその人に集まった。

 

「犯人は……ワタベさん、あなたですね?」

 

 恵那は、ダメ押しするように言った。

 

 ワタベは大きく目を見開いた。

「ちょっと! ふざけないでよ! あたしは今日ここで始めてあいつと会ったって言ってるでしょ!?  殺す動機がないじゃない!!」

 

「今日初めて会ったからといって、殺さない理由にはなりません。」

 恵那はキッパリと言った。

「会ってから何時間も経ってますし、その間に何かあってもおかしくありません。あたしたちの知らないところで殺意を抱くほどの出来事があったのかもしれませんし、普通なら殺意を抱くほどではない些細な出来事でも激昂するような気の短い人なのかもしれませんし、最悪、理由もなく人を殺すサイコパスな人だって可能性もあります。動機なんて、いくらでも考えられるんです。でも、あたしたちにはそれを確認する手段がない。だから、あたしたちは最初から動機は重要視していません。今回の推理は、あくまでも、犯行時刻のアリバイだけに絞って導き出したものです」

 

「だったらあなたたちはどうなのよ!」

 ワタベが恵那たち三人を指さしたあと、その指をホワイトボードに向ける。

「大体、この状況から考えて一番怪しいのは大垣さんでしょ!? 大垣さんが寝たふりをしてて、ロビーから誰もいなくなった隙に女湯に入ってアイツを刺し、戻ってまた寝たふりをした、って考えるのが妥当じゃない! その後、三人で口裏を合わせてあたしに罪を着せようとしてるんじゃないの!? それを否定する証拠はあるの!?」

 

「無いですね」

 恵那はあっさりと言った。

 

「無いな」

 あおいも言う

 

「無いのかよ」

 千明は呆れた。

 

「仕方ないよ」

と、恵那。

「この推理は、あくまでも『あたしたち三人は犯人じゃない』ということが前提になってる。その前提が通じない人は、そう考えると思う」

 

「はん! とんだ茶番だわ」

 ワタベは欧米人のような大げさな動作で両手を広げて首を振ると、他の人たちに訴える。

「みんな、この子たちの言うことを真に受けちゃダメよ。あたしは絶対やってない。犯人は絶対この子たち。あたしはそう確信したわ」

 

「はい。こうなると後は水掛け論ですから、これ以上はやめておきましょう」

 恵那は、今日はもう閉店ですくらいのテンションで言った。

 

「なに? 自分たちが疑われ始めたから議論をやめようだなんて、ますます怪しいわね」

 

「別にどう取ってもらっても構いません。なんにしたって、そのうち警察が来て捜査が始まりますから」

 

「まあ、だいぶ()()()な犯行やろからな」

 あおいが言った。

「素人のウチらがちょっと考えただけですぐに犯人が判ったくらいや。捜査のプロである警察が調べれば、真実はすぐ判るやろ」

 

「だから! その真実が、あんたたちが犯人かもしれないって言ってるの!」

 

「ですから、それは調べてもらえばすぐに判ると思います」

 恵那は相変わらず冷静に言う。

「あたしはこの推理が間違っているとは思えませんし、万が一間違っていたとしても、あたしたちは犯人ではないから、いくら調べてもらっても構いません。ワタベさんも、犯人じゃないと仰るのであれば、おとなしく警察が来るのを待って、ちゃんと調べてもらいましょう。それでいいですね?」

 

「…………」

 

 ワタベはうつむき、急に黙り込んだ。

 

「ワタベさん?」

 恵那が顔を覗き込んで言う。

 

 フフ、っと、ワタベが笑った。肩が揺れている。

 笑い声は徐々に大きくなり、やがてロビー中に響き渡るほどの大声になった。

 

 そして、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。

 

 ハギワラや山田が悲鳴を上げ、ワタナベの後ろに隠れる。

 

「恵那! イヌ子! 下がれ!」

 

 千明は二人をかばうように前に出た。

 

 ワタベは両手に持ったナイフを前に突き出し、

「近づかないで! どうなっても知らないわよ!」

と、大声で威嚇する。

 

「ワタベさーん。そんなナイフを振り回したら、あぶないですよー」

 千明の後ろから。恵那がまったく緊張感のない声で言った。

 

「フフ、あんた、見事な推理だったわ。とんだ名探偵がいたものね」

 

「それは自白と受け取ってもいいですか? ワタベさん?」

 

「ええ、そうよ。アイツを殺したのはこのあたし。このナイフで、ぶっ殺してやったのよ!」

 

「ワタベさんが、そのナイフで、オギワラさんを刺したんですね?」

 恵那は、ひとつひとつ確認するような口調で言う。

 

「そうだって言ってんだろ!」

 

 吠えるように応えるワタベに、恵那は

「なんでそんなことしたんですか?」

と、さらに問う。

 

「アイツは殺されても仕方のない女よ。あたしのこと、なんて言ったと思う?」

 

「なんて言ったんですか?」

 

 ワタベは言葉を切り、表情を歪めた。

 憎しみの宿った顔だった。

 憎悪、と言っていいだろう。般若とか()()()()とかの妖怪を思い起こさせる狂相だ。

 一体何を言われたらそれほどの憎しみを抱くのか。千明はごくりと喉を鳴らした。

 

 ワタベは口にするのも忌々しという声で言う。

「『ワタベさんって、ワタナベさんの劣化版ですよね? きゃはは!』だってさ」

 

「……は?」

 千明は目を丸くした。

「それだけのことで、人を一人殺したのか?」

 

「そうよ。いけない?」

 

「イヤ()()()に決まってるやろ」

 あおいも呆れ声で言う。

「恵那ちゃん、さっきの『普通なら殺意を抱くほどではない些細な出来事でも激昂するような気の短い人なのかもしれません』ってヤツ、当たってたな」

 

「些細なこと? 些細なことですって!? あんな初めて会った小娘にバカにされて、許せるはずないでしょ! しかも、なんであたしがワタナベの劣化なのよ! むしろ、ワタナベの方が、ムダに一文字が追加されてる分スマートじゃないわ!」

 

「いや、ちょっとなに言ってるか判らないです」

 千明は顔の前で手をひらひらさせた。

 

「別にあんたたちに理解してもらおうとは思わないわ。これは、ワタベという名字を持った人にしか判らないことだもの。あたしはワタベという名字にプライドを持ってる。それを傷つけられて、黙っていられるわけがない」

 

「たぶん、世界中全てのワタベさんも理解できないと思いますよ」

 

「まあ、動機はどうでもいいんですよ」

 恵那は相変わらず感情を乱さずに言う。本当に興味がなさそうな顔だ。

「それより、罪を認めたなら、おとなしく警察を待ちましょう。ナイフを下ろしてください」

 

「そうはいかないわね。あんな無礼な小娘一人殺しただけで捕まるわけにはいかないわ」

 

「じゃあ、どうするんです? 真実は明るみに出ました。もう否定してもムダですよ?」

 

「そうかしら? 今のところ真実を知っているのはここにいる人だけ。なら、警察が来る前に全員を殺して逃げればいい。そうすればあたしの犯行だって判るはずない!」

 

 ワタベの恐ろしい考えに、ハギワラが怯えた悲鳴を上げた。

 全員を殺して逃げる――確かに、ここにいるみんな、今日初めてあった人たちばかりだ。他に接点はない。全員殺してその口を封じ、宿泊名簿を処分すれば、もうこのペンションにワタベが泊まった証拠は無くなる。

 

「じゃあ、まず一番うるさいあんたからやってやるよ!」

 

 ワタベが一歩近づいた。

 まずい、と、千明は焦る。こちらは七人。だからと言って、侮ることはできない。

 ここにいるのはほとんどが女性であり、しかも恵那以外はみんな怯えている(ていうか、なんでコイツはこんなに余裕があるんだ)。相手が一人とはいえ、ナイフを持った相手に対抗するのは難しい。

 頼みの綱と言えるのは、ただ一人の男性であるワタナベだ。

 千明は助けを求めてワタナベを見た。

 

 いつの間にか、ワタナベはハギワラや南奥原田の背後に身を隠していた。

 膝を抱えて縮こまり、ガタガタと震えている。怖い話を聞いたなでしこよりもひどい有様だ。間違いなくこの中で一番怯えているだろう。

 まあ、それも仕方がないかもしれない。

 ワタナベは男性ではあるが、実は身長は千明たちよりもずっと低く、ヒョロッヒョロのモヤシみたいな体格で、顔色も青白くまるで病人のような見た目なのだ。

 ハッキリ言って全然頼れそうにない。

 

「ムダですよ」

 向かって来るワタベに対し、恵那が怯えひとつ見せず言った。

「真実は明るみに出たって言ってるでしょ?」

 

「だから、全員殺してまた闇に葬るって言ってるんだよ!」

 

「ムダですってば。今回の事件の犯人がワタベさんであることは、もう隠せません。全員殺しても同じです。ワタベさん、たぶん勘違いしてるんじゃないですか?」

 

「勘違い?」

 ワタベの足が止まった。

「あたしが何を勘違いしてるって言うの?」

 

「このペンションが、雪に閉ざされて外部との連絡がつかない、とか」

 

「だったらなんだって言うんだ!」

 

 恵那は、やれやれと言って首を振った。

「あたし、さっき言いましたよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。道は雪で塞がれてますけど、外部との連絡は取れるんですよ。そもそも、すでに警察には連絡してるんですからね」

 

 そう言って、恵那はポケットからスマホを取り出した。

 画面は通話中になっており、番号は110だ。

 

「これまでのやりとり、ぜーんぶ、警察の人に聞いてもらってます。ワタベさんが犯行を認めたこととか、ナイフを取り出して脅しはじめたこととか、名前をバカにされたことが動機とか、あたしたちを全員殺そうとしていることとか、全部です」

 

 ひょうひょうと言う恵那。

 そう言えば、さっきからやたらとワタベの言動を説明するようなしゃべり方をしていたが、警察にハッキリと聞き取ってもらうためだったのか。

 

「これで、もう真実を闇に葬り去ることはできません。これ以上殺しても、罪が増えるだけです。逃げきることもできませんよ? 雪が積もってますからただでさえ逃げにくいでしょうし、足跡は残りますし、途中いろんなところに監視カメラもあるでしょうからそこに姿も映ります。それらをかいくぐって、逃げきる自信がありますか?」

 

 がけっぷちに追い込むような恵那の言葉に、ワタベはギリギリと歯を噛みしめる。

 正直、どう出るかは判らない。

 恵那の言う通り、確かに逃げきることは難しく、これ以上は罪を増やすだけだ。

 しかし、相手はちょっとバカにされただけで激昂して人を刺すような人間だ。

 追い詰められたあげく、さらに犯行に及ぶ可能性もある。

 

「それに――」

 

 と言って、恵那が玄関の方を見た。

 

 カランカラン、とドアベルが鳴る。

 

「遅くなりました! 犯人はどこですか!」

 

 制服姿の警官が二人、勢いよく駈け込んで来た。

 やっと来たか! 千明は叫びそうになった。

 

 警官たちはナイフを突き出しているワタベを見て、警棒を構え、腰に携えた拳銃に手をかけた。そして

「すぐにそのナイフを捨てなさい!」

と、警告する。

 

 さすがにこの状況ではワタベも観念するしかない。ワタベはナイフを手放すと、ガックリと膝をついた。

 

「確保!」

 

 警官は駆け寄り、ワタベを取り押さえる。

 そして、手錠がかけられた。

 

「よ……良かったぁ……」

 

 千明たちは力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

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