名探偵大垣∞~雪国サウナの観測者~   作:ドラ麦茶

8 / 32
7・たなぼた推理と改めて思ったこと

「――アキちゃん!」

 

 大勢の人でガヤガヤとする警察署のフロアに、ひときわ大きな声が響き渡った。

 千明は顔を上げた。千明だけでなくフロア中の人が何事かと声のした方を見ている。やれやれ、うるさいやつが来たか、と、千明はため息をつくが、その声にどこか安心する気持ちもある。

 出入口の方を見ると、人ごみの中をなでしこが猛然と駆けてきた。世界ランク1位のラグビーチームの選手がタックルで相手選手を弾き飛ばすかのごとき勢いである。

 

「大丈夫アキちゃん!? 怪我してない? 心が傷ついてない? トラウマになってない? お腹空いてない? 宿題ちゃんとやった? 寝る前に歯磨いた?」

 

「あーもうとりあえず落ち着け。あたしは大丈夫だから」

 千明は苦笑いをし、なでしこをなだめた。そして、

「イヌ子も恵那もピンピンしてるよ。まあお腹は空いてるし、宿題はまだだけどな」

と言って、にひひと笑った。

 

「そっか……とりあえずみんなが無事で良かった……」

 心底安心したのだろう、なでしこは腰が抜けたかのようにその場に座り込んだ。

 

 悪夢のようなそうでもないような事件から一夜明け、千明たちはふもとの警察署に来て事情聴取を受けていた。

 と言ってもすでに犯人は捕まり容疑も認めているので、簡単に経緯を説明するだけで済み、それほど時間はかからなかった。

 千明はすでに聴取を終え、あおいと恵那を待っているところだ。

 

「千明――」

 少し遅れて、なでしこと同じペンションに泊まっていたリンもやってきた。

「大変だったな」

 

「ホントに大変だったぜ。まさか、殺人事件が起こるなんてな」

 

 昨日は気持ちが高ぶっていたこともあり、あまり悪い方には考えなかったのだが、落ち着いて思い返してみるととんでもないことだ。

 サウナで刺殺体を発見し、間違った推理で無実の人に罪を着せかけ、犯人を指摘するとヤケになり全員殺すと言い始める、など、いま思うと背筋が寒くなる出来事だ。

 なんとか警察が間に合って事なきを得たものの、一歩間違えれば取り返しのつかない事態になる所だった。

 

「探偵気取りで捜査まがいのことを始めるからそんなことになるんだ」

 リンは腰に手を当てると、千明の軽率な行為をとがめる。

「そういう時はおとなしくしてろ」

 

「そういうわけにもいかないだろ。もしあの時あたしたちが捜査してなかったら、疑われてたのはあたしだったかもしれないんだぞ? そうなると、『人殺しとは一緒にいられない!』とか言われて、どこかに監禁されたり、ペンションから追い出されたりしてもおかしくない。最悪、友達の仇だーって、殺されてた可能性だってある」

 

「えー! そんなのヤダー!」

 なでしこがムンクの叫びみたいなポーズで悲鳴を上げた。

 

「だろ? 死亡フラグ立ちまくりだ。我が身を守るためには、必要なことだったんだよ」

 

「ホントにそんな危機的な状況だったの?」

 リンは疑わしそうに千明を見る。

 

「ああ。イヌ子が言うにはな――」

 

 千明は説明を始めた。

 サウナで死体を発見したこと。館内の出入口などを調べたが犯人が外に逃亡した形跡がなかったこと。アリバイを調べるため聞き込みを行い、推理の結果被害者の自殺となりかけたが、あおいが千明を守るためにウソをついていたことが発覚。恵那が推理をやり直し、真犯人を指摘したこと。

 など、全てを詳しく話す。

 

 話を聞き終えたリンは、「そうか……」と言い、話を吟味するようにあごに手を当てた。

 そして、しばらく思案した後で言った。

「それは、確かに危なかったな」

 

「だろう? 危うく、あたしが犯人にされるところだったんだぜ?」

 

「いや、そうじゃなくてだな」

 

「え?」

 思わぬ言葉に、千明は声を上げる。

 

「確かに、初期の段階で何もしなければ、疑われていたのは千明だったかもしれない。でも千明が捜査を始め、間違った結論に至ったことで、別の危機が生じていたんだ」

 

「別の危機?」

 

「ああ。もし、『被害者の自殺』っていう千明の推理にみんなが納得し、そのまま警察が到着してその話をしていたら、どうなってたと思う?」

 

「どうって、そうだな……」

 千明は少し考えた後で言った。

 「まあ、正直いま思うと無茶苦茶な推理だから、警察もそのまま鵜呑みにすることはないだろうな。きちんと捜査するだろ」

 

「そう。そして、そうなった場合、今度疑われることになるのは千明でも真犯人でもなく……斉藤だ」

 

「……は?」

 

 意味が判らず、千明は目を丸くする。今回の事件を解決に導いた恵那が、なぜ疑われるようなことになるのか。

 

 リンは、ゆっくりとした口調で話す。

「警察の捜査には、『第一発見者を疑え』というのがある。特に殺人の場合は、まずは死体の第一発見者から調べるのが鉄則なんだ。だから、捜査が始まっていたら、警察は最初に斉藤から調べたはずだ」

 

「確かに恵那は第一発見者だが、でも、発見時はハギワラさんも一緒だったぞ? 第一発見者が疑われるなら、前から親交があるハギワラさんの方が疑われるんじゃないのか?」

 

「通常ならそうかもしれない。しかし、斉藤にはもうひとつ不利な点がある。被害者が生きているのを最後に見たと()()()()人物、という点だ」

 

「――――」

 

 千明は言葉を失う。

 被害者が生きているのを最後に見たと主張する人物。冷静に考えると、確かにそれは不利なのかもしれない。

 

「斉藤は九時に女湯に入り、被害者が生きているのを目撃したと証言している。そして一旦部屋に戻り、九時十五分にもう一度女湯に入って死体を発見した。これは、どう考えても怪しい。九時に女湯に入った時に殺害したんじゃないかという疑惑が浮かび上がる。正直、友達じゃなければあたしも真っ先に疑ってる」

 

「でもよ」

と、千明は反論を試みる。

「恵那が女湯に入っていた時間は一分もないんだぞ? そんな短時間で犯行は無理だろ?」

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。あたしはそっちのペンションのお風呂の広さが判らないから何とも言えないが、よほど広くない限り一分もあれば充分なようにも思う。もちろん、斉藤がそんな人殺しに手馴れているわけはないが、警察はとりあえずそう疑うだろう。また、その一分という証言をしているのが犬山さんというのも問題なんだ。友達だからかばっているのでは、という疑いが生じる。さらには、もうひとりの友達も、『被害者は自殺だ』なんてトンデモ推理を言っている。これはますます怪しいぞ……と、なったはずだ。最悪の場合、三人の共犯と疑われていたかもしれない」

 

「……まじか」

 額に汗をかく千明。つくづく自分たちは危ない状況だったと思い知る。

 

「まあ、それでもあたしは、素人が余計なことをするべきじゃないと思うけどな」

 リンはまた最初の言い分に戻った。

「疑われたかもしれないが、警察もそこまで無能ではないだろうから、捜査を続ければすぐに真相にたどり着いただろう。それまではしつこく調べられるだろうが、それでも、逆ギレした犯人に殺されかけるよりはマシだ」

 

 リンの言う通りだった。万が一冤罪で捕まっていたとしても、今回の事件で死刑になるということはないだろう。

 だが、あのとき逆ギレした犯人に殺されていたら、それで全て終わりだったのだ。

 

「――いやいや、あたしはそうは思わないけどな」

 

 別の声が割り込んできた。

 そちらを見ると、事情聴取を終えた恵那が立っていた。

 後ろにはあおいもいる。

 

「恵那ちゃん! あおいちゃん!」

 なでしこが声を上げ、世界ランク1位のバレーボールチームのアタックしたボールのごとく猛烈なスピードで駆け寄る。

「大丈夫だった? 理不尽な取り調べを受けなかった? 弁護士には連絡した? 黙秘権は行使した? カツ丼は食べた? おいしかった? あたしの分もある?」

 

 恵那は「大丈夫大丈夫」となでしこをなだめた後、リンに視線を移し、話は全て聞かせてもらったというような顔で続ける。

「――人が殺されて、犯人が判らない状況じゃ、なんとかしなきゃと考えても仕方ないと思うな。次は自分が殺されるかも、って、みんな思うよ。身を守るためならなんだってする。冷静に考えれば犯人じゃないような人まで犯人に仕立て上げようとするかもしれない。そうやってみんなが疑心暗鬼になったら、それこそ危険じゃない?」

 

「そんな過激な思考をする人ばかりじゃないと思うけどな」

 リンは自分のスタンスは崩さずに言う。

「それに、千明の推理で一時は被害者の自殺で落ち着こうとしてたんだ。それならだれも疑心暗鬼にならないし、犯人が逆ギレすることもない。そこで収めておけばよかったんだ」

 

「でも、それだと今度はあたしが疑われちゃうじゃない。そんなのイヤだよ」

 

「ゴメンな、恵那ちゃん」

 あおいが謝る。

「ウチ、アキをかばわなきゃと思てウソついたけど、とっさのことやったから、そこまで気が回らんかったわ」

 

「ううん、いいのいいの。あおいちゃんは悪くないよ」

 恵那は両手を振ってそう言った後、片目を閉じた。

 

「たとえ斉藤が疑われるような事態になっても、それで命を落とすわけじゃないだろ。犯人を追いつめてみんなを危険にさらすようなことになるよりはマシだったと思うぞ」

 リンはまだ譲らない。

 

「なんであたしがやってもいないことで疑われてしつこく取調べを受けなきゃいけないのよ? 正直、今日のこの事情聴取だってめんどくさいのに」

 そう言った後、恵那は大きく伸びをした。

「あーあ。こんな事件が無ければ、今ごろみんなでもう一回スキーに行けたのに」

 

「おまえは……」

 

 さらに何か言おうとするリンと、それを平然と受け流そうとする恵那の間に、なでしこが割って入る。

「まあまあ。とにかく、誰も怪我とかしなくて良かったよ。今はそれでいいじゃん。ね? リンちゃん」

 

 なでしこが必殺の笑顔で言うので、リンは、まあ仕方ないというような顔で話を打ち切った。

 

「しかし、ホントに大変な一日だったな」

 やれやれ、と、年寄りくさく肩を叩く千明。

「せっかくのスキー旅行だったのに、殺人事件なんて、もう勘弁してほしいぜ」

 

「いや、あんた絶対面白がってたやろ」

 あおいが苦笑いを浮かべる。

 

「ところで、リンたちの方はどうだったんだ? なにか、変わったことはなかったのか?」

 

 千明はリンたちに訊いた。リンとなでしこは、昨晩『ラディウス』という別のペンションに泊まっている。

 

「別に、なにもなかったぞ」

と、リン。

 

「うん、そうだね」

となでしこも頷いた。

「温泉もサウナも料理もデザートも夜食も朝食もデザートもお土産もサイコーだったよ」

 

「そっか。くそ。そっちに泊まれば良かったぜ」

 

 悔しがる千明。

 雪中キャンプを中断した時、どちらの宿に泊まるか悩み、少しでも安い方をと思いペンション・ダウンヒルを選んだが、今はそのことを後悔している。

 

「アキがラディウスの方に泊まってたら、そっちの方で事件が起こってたかもな」

 あおいが意地悪い声で言った。

 

「推理モノじゃ、主人公が行く先々で事件が起こるのが定番だからな」

 リンも頷く。

 

「なんだよそれ? あたしはトラブルメーカーか」

 不満顔をする千明。

 

「立派なトラブルメーカーやろ」

 そう言って笑った後、あおいはふと真顔になった。

「そういやアキ。あの()()()()()()()、ホンマにアキやないんやろな?」

 

「犯行予告? ああ、あの、『こんや くじ だれかが しぬ』ってヤツか? あたしじゃねーぞ? てか、アレ、犯人が書いたんじゃないのか?」

 

「そうらしいねん」

と、あおいは頷いた。

「犯人は否定してるらしいし、警察もみんなに訊いてるけど、誰が書いたか判らへんそうや」

 

「それに――」

と、恵那も言う。

「そもそも、犯人が九時に犯行に及ぶのって、あのメモを見つけた段階では判らなかったと思うの。だって、被害者が女湯で一人になって、ロビーでアキちゃんが寝て、あおいちゃんやみんながロビーからいなくなったのって、完全に偶然だもの。犯人が狙って九時に事件を起こしたとは考えにくいよ」

 

「そっか……考えてみたらそうだな」

 千明はリンを見た。

「リンはどう思う?」

 

「話を聞いただけではあたしも判らないな。まあ、恐らくそれは某有名推理ゲームをマネたものだろうから、誰かのイタズラで、その時間が偶然事件発生時刻と一致した、と考えるべきだろうな」

 

「そんな偶然があるか?」

 

「偶然じゃなければ必然ということになるけど、それだと予知能力を持った何者かがいたか、予告通りに殺人を犯すように操られたか、そんな未知の現象になってしまう。それよりは、偶然と考えた方が納得できる」

 

 うーん、と唸る千明。リンの言うことはもっともだが、どうにも腑に落ちない。

 

「ま、もう犯人は捕まったんだからいいじゃん」

 なでしこが言った。

「それより、みんなお腹空いてるでしょ? せっかくだから、カツ丼食べに行こうよ」

 

「なぜカツ丼にこだわる」

 リンが呆れた。

 

「そうだな。なでしこの言う通り、もう終わったことだ」

と、千明はなでしこの提案に乗ることにした。

「今日はカツ丼よりも()()()()の気分だな。みんなで食べて帰るか」

 

「さんせーい」

と、なでしこが手を挙げ、恵那とあおいも続く。リンも、まあいいかと笑顔を浮かべた。

 ちなみに山梨でカツ丼と言えばご飯の上に千切りキャベツと揚げたてトンカツをのせてソースをかけて食べるもので、一般的なトンカツを卵でとじるヤツは煮カツ丼と呼ばれている。

 

「お? ちょうどこの近くに有名なお店があるわ。さすが警察署の近くやな」

 素早くスマホでお店を検索したあおいが言った。

 

「よーし、さっそく行こうぜ」

 

 千明はみんなと一緒に警察署を出た。

 雪はすっかりやみ、空には雲ひとつなく、澄み渡った青空が広がっている。絶好のカツ丼日和だ。

 五人は雪道を踏みしめながら、おいしいカツ丼のお店へ向かった。

 

 

 

(ペンション・ダウンヒル編 終わり)

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。