或る、フルート吹きの青春   作:ハヤブサ320

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傘木希美の吹奏楽物語前編です。
南中部長を経験し、北宇治に入学した彼女を待ち受けた事態とは…。


【幕間】傘木希美の物語 −nocturne−

 フルートが好き。吹奏楽が好き。音楽が好き。

 

 シルバーメタリックの凜とした佇まい。低音も高音も濁りなく、透き通るような音を奏でる。それでいて、人の息遣いを感じさせるメロディーを放つ。当時小学生だった私は、演奏会で見たフルートに一目惚れした。

 

 

 

 宇治市立南中学校に進学した私は、当然のように吹奏楽部の門を叩いた。見学では迷いなくフルートパートへ。憧れた銀色の横笛はそこにあった。しかし、南中のフルートはマイ楽器所有者しか入ることが許されなかった。

 中学一年生がフルートを買ってもらう、それは余りにも難しい要求だった。両親には勉強と部活を両立させることを約束に、頭を下げてお願いした。勿論断られた。当然である。楽器だけでも二十万円は下らない。それでも諦めきれない私は、楽器屋さんに何度も通った。何度も何度も、フルートが陳列してある棚の前で自問自答した。吹奏楽が出来れば、それで良いではないか。サックスやクラリネットには予備の楽器もある。そう弁えることが出来るほど、私は聞き分けの良い子供では無かった。

 その日から、私がフルートにかける想いを手紙に認めた。認める、という言葉には見合わないほど、当時の私は拙い文章で書き殴っていた。部活の見学期間が終わるまでの二週間、毎日手紙を書いた。

 根負けしたのは両親だった。父は再度私の意志を確認した後、楽器屋さんで貰ったカタログにあるフルートを読んだ。

 吹くからには本気でやりたい。その意志が伝わった。

 

 手元にフルートが届いた瞬間、私は嬉しさのあまり涙を流した。

 翌朝、入部届が入ったスクールバッグと、新品のフルートケースを手に学校へ向かう。

 羽根があれば飛び立ててしまいそうな程に足取りが軽かった。桜が散り、新緑が萌える記念すべき日に、私の吹奏楽人生が幕を開けた。

 

 

 

「傘木さん。次の部長、お願いできる?」

  関西吹奏楽コンクールを銀賞で飾り、三年生は引退となった。中学二年生となっていた私は、先代の部長から部の運営を引き継いだ。

 部長。その言葉の重みを自覚したのは、いつだっただろうか。

 この二年間、私は脇目も振らず練習した。毎日が楽しかった。吹きたい曲を吹けるようになる達成感は心に大きく刻まれた。友達もたくさんできた。吹部の子も、そうじゃない子も。

 そして私は、みんなの期待を背負って南中学校吹奏楽部の部長となった。

 

 部長職は多忙を極めた。それまで、学業と部活を交互に熟せばよかったものが、部長になれば顧問とのやり取りに部員からの相談事、部長会議、行事で出張すれば部全体を見て仕切る必要があった。慣れない出来事の連続だったが、部員の成長を垣間見ればその苦心も吹き飛ぶほど嬉しい。これも事実だった。

 気が付けば三年生へと進級し、中学最後のコンクールが迫っていた。

 

『希美が部長なら全国も夢じゃないよ』

 

『去年の雪辱を果たしてほしい』

 

『うちの吹部、上手いよな。コンクール見に行こうかな』

 

 様々な声があった。色の付いた、見栄えの良い声。中学三年生の私は、その期待に胸を踊らせた。だいぶ威勢の良い言葉を連ねた。皆はその言葉に乗った。人を率いる快感は麻薬だった。

 そして、その反動はあまりにも大きかった。

 

【宇治市立南中学校 銀賞】

 

「嘘でしょ、まだ府大会だよ・・・・・・」

 絞り出された声は、他校が発した歓声に掻き消された。それから何度も涙を流した。メンタルはズタズタだった。

 

 フルートが好き。音楽が好き。吹奏楽が好き。

 私の根底にあった気持ちは、私自身が自然に蓋をした。

 

 高校では、絶対に金を獲る。全国へ行く。

 呪いのように心の壁にへばりついた願いは、徐々に私を蝕んでいった。

 

 

 

 

 

 私の中学校生活は充実していた。それは嘘偽りもなく、友達もたくさん出来たし、後輩にも恵まれた。

 フルートは一日も休まず練習した。吹くことは日常になっていたし、吹けることが喜びとなっていた。明日も明後日も、コンクールのために吹く。私の至上命題になっていた。

 高校は地元の北宇治高校へ進学した。何年も前になるが、全国大会で金を獲ったこともあるらしい。ただ、その理想は儚く散ることになる。

 入学してすぐの部活見学、私はここの演奏を聴いて愕然とした。中学で部長を経験してから、あまりこういうことは言わなくなっていたけれど、とにかく下手だった。恐らくチューニングでさえもまともに出来ないであろう。そのバラバラとした音符の連なりを想像しただけで眩暈がした。一緒に入学した南中の同級生達も同様に、北宇治のクオリティにはがっかりしていた。コンクールでは参加賞である銅賞が関の山。その見解は一致していた。

 しかし、中学での苦い経験が彼女たちを奮起させた。

「私達がこの吹部を変えてやる」

 今思えば甘い考えであった。私はその言葉に肯定も否定もしなかった。その煮え切らない態度が災いしたのか、元部長という肩書きがそうさせたのか判別しないが、元南中グループの筆頭となっていた。

 私にはリーダーシップがあると、誰かが言った。面倒見の良さなのか、フルートが上手いのか、明るい性格だからなのか。向いていると言った理由までは明らかにならなかった。

 何かを変えて行くには誰かが音頭を取らなくてはいけない。私は踊らされるまま、先輩達と会話を促した。

 

 ただ、みんなと音を合わせて合奏がしたかっただけなのに。

 

 

 

 

「希美、私もうこの部の空気に耐えられない。私達、高校では金を獲るんじゃなかったの?」

 最初に不満を噴出させたのは、ホルンの子だった。演奏しよう、音を合わせようと伝えても、三年生はお菓子を片手に談笑に勤しんでいる。先輩に逆らえない一年生達も、その空気に乗っかっていた。練習をしようとする私達は教室を追いやられ、異なるパート同士で校舎裏や廊下で音を合わせた。

 南中の頃はあんなに音が煌めいていた子が物悲しい音を出している。まるで覇気がない。こんな状態では、いつか破裂してしまう。毎日毎日、先輩達からの理不尽に耐えていた私の心は、ヒビが入りボロボロになっていた。フルートを吹くことで、その割れ目にセロハンテープを貼り付けている気分だった。

 パートが違う子と合わせても本質的な解決には至らないが、やる気のある者同士で吹くしかなかった。そのたびに私は笑顔を貼り付けてこう言うのだった。

「一緒に合わせてみよう」

 

 

 時が過ぎ、顧問からコンクールメンバーの発表があったが、結局とんだ出来レースを見せられた。三年生の中には練習に打ち込む者も何人かいる。一年間の集大成と言えるコンクールには、そのような生徒が出るべきだ。私も、何人かの優しい先輩にお世話になった。二年生の香織先輩や晴香先輩、葵先輩には、学校生活のことや吹部での活動など何かと気に掛けていただいた。

 コンクールは晴れ舞台であると同時に、ミスが目立つ怖さを孕む。去年の北中の演奏が正にそうだ。『ウィリアム・テル』のセカンドを吹いた女子、吹きミスやテンポのズレが目立った。練習不足は吹いていれば分かる。その覚悟と緊張感を乗り越えた人だけが金賞を獲得できるということも、私は分かっていた。

 しかし、浮いていた私達に手を差し伸べてくれていた晴香先輩や香織先輩は、年功序列の名の下にコンクールメンバーから外された。発表された時の、今にも顧問に喰って掛かりそうな表情をした優子のことが忘れられなかった。私にもその気持ちは痛いほど分かった。『上手い人が吹く』ということが当たり前の空間にいた私達南中出身者には、到底受け入れがたい事実であった。

「どうして香織先輩がAメンバーじゃないんですか!」

 音楽室でサックスの一年生、若井菫が叫んだ。彼女も南中出身。正直、いつかは声が上がると思っていた。

「何言ってんの? 最初から学年順って言ってたでしょ」

 三年生が溜息の混じった声で菫を見下した。

 それでも菫は、溜まりに溜まった不満を吐き出した。

「こんなの、こんなのおかしいですよ」

「何がおかしいのか言ってみ? みーんな正しく順番こ、完璧な平等でしょ。香織だって来年になればコンクールに出られる。これが北宇治の伝統よ」

 売り言葉に買い言葉で、三年生と菫はヒートアップした。三年生も菫の態度に不満を募らせたのか、その矛先を我々一年生に向けてきた。

「いい? うちの部活はもともと上を目指してない。なのに練習しろとかどうとか、毎度うるさくて迷惑なの。うちらじゃなくてアンタらが部内の秩序を乱しているってのが分からないの? 空気読んでよ」

 迷惑、空気読め。無情に放たれた言葉は私達に深く突き刺さった。涙が出そうなのを、唇を噛みしめて我慢した。泣いたら負けだ。その思いが伝わったのか、南中のメンバーは皆同じ表情で堪えていた。

 

「私、明日から一人で部活に行く」

 南中出身者は異端扱いを受け、自然の成り行きでその九人で下校していた。その中で、声の主であるみぞれは唯一のコンクールメンバーであった。編成上、オーボエ奏者がいない為の措置である。

 コンクールメンバー発表から、南中出身者の面々は腐りきっていた。先輩達へ向いていた愚痴は、協調路線を貫く顧問へ向いた。指導力不足だの、私らが教えた方が上手いだのと。何言ってんだ。そんな甘い世界ではない。私はもっと高いレベルで、音楽を奏でたかった。みんな同じ方向を向いて吹奏楽をしたかった。

 そんな見ていられない雰囲気の中で、みぞれだけは前を見ていた。

 

 

 反骨心で団結していた南中メンバーも、一人が退部するとなし崩しに集団で退部していった。それでも音楽には関わりたいのか、何人かは軽音部へ編入したらしい。

 見えないところで何度涙を流しただろう。気が付けば、目指したいものの正体が分からなくなっていた。辞めてしまいたい。そう思って下を向けば、両親から与えられたフルートが目に入った。

 最悪な環境と、親に見せた意地との狭間で藻掻いている。窓ガラスには、少しやつれた私の顔が映っていた。

「夏紀、ちょっと隣いい?」

 中川夏紀。特徴的な釣り目にポニーテールが特徴の同級生。彼女も南中出身だが、中学時代は帰宅部だった。入学してすぐに同じクラスだったので、私が吹奏楽部へ誘った。

 夏紀が校舎の端にある部屋にいることは、低音パートの長瀬さんに聞いた。その事実を知った夏紀は小さく舌打ちした。あまり仲は良くなさそうだ。

 目の前に開く窓を閉め、目を合わせないまま夏紀に話し掛けた。

「夏紀が部活辞めないって言ったの、意外だった」

「何、急に」

「だってさ『こんな部活クソだ』くらいは言い出しそうじゃん」

 フッと、彼女の頬が少し緩んだ気がした。

「辞める理由がないから」

「続ける理由もないでしょ?」

「ま、そこは惰性ってやつかな」

「夏紀が吹奏楽部を気に入ってくれたならよかったよ。私が誘っちゃったからさ」

「負い目でも感じてた?」

「ちょっとだけね」

 所在なく脚を交差させる。夏紀の引き締まった腕が太陽に照らされて白く輝いていた。

「希美はどうする?」

「うーん、どうすると思う?」

「疑問を疑問で返す?」

「夏紀だって疑問で返してる」

 私らしくないと思った。実際、ねっとりとしたやりにくさが喉の奥にへばりついている。

「希美はさ、軽音部に行くんだと思ってた」

「どうして?」

「アンタら仲いいじゃん」

「ああ、それね」

 鼻から勢いよく出た吐息には、少なからず見下した態度があった。お腹の下の方がむず痒い。

 仲の良さで言えばそうだったかもしれない。一つの事に向かって団結するという側面においては、だが。しかし、例えば軽音部でバンドを組もうとしている菫たちとは、遊びに行っても、心の底から肩の力を抜いて楽しめる自信がなかった。彼女から見たら、私はいつまでも『南中の部長』なのだ。

「夏紀はうちらに夢見すぎだよ。別に、仲良しこよしでこの学校入ったわけじゃないよ」

「そうなん? はたからはそう見えてたけど」

 正直、三年生たちに対して無礼な態度を取ってしまう彼女たちとは、今後も相容れないだろう。過激な行動は嫌でも目立つ。そして、そのしっぺ返しはいずれ私の元へ帰ってくることも理解していた。

 顔がカッと熱くなった。高校生は正しさ一辺倒でどうにかなるものではない。私達が働きかければ、正しい方向に収まってくれていた中学時代とは訳が違ったのだ。

 悔しかった。この吹部に対して、諦めの感情が勝ってしまった事が悔しくて、死んでしまいたかった。

「ねえ、夏紀。私どうしたらいいと思う?」

 私の悪い癖だ。本音は言葉にしても、その感情とは程遠い飄々とした態度で出てしまう。もっと縋ればいいのに、小さいプライドが燻っている。

「希美のしたいようにしたらいいよ」

 背中に夏紀の手の感触がした。彼女は優しい。言葉にはしないけど、そうして欲しい時に背中を押せる優しさがある。

「希美の信じた選択が、多分、いちばん正しいよ」

 その言葉の裏には、楽になれという言葉がある。やっぱり、夏紀に話して正解だった。

 私は彼女に「ありがとう」と伝え、笑った。高校に入学してから、心の底から笑ったのは初めてだった。

 

 

「お世話になりました」

 顧問のデスクの上には退部届と書かれた私の封書が置かれている。書類の間には、同じような封書が何枚か挟まっていた。集団退部。部長経験者の私でも背筋の凍る言葉だ。しかし、すぐそこに事実として存在している。

「傘木、本当にいいのか?」

 私を引き留めたのは顧問でなく、副顧問の松本先生だった。

「先生、短い間でしたがお世話になりました」

 深いお辞儀をする。この人は厳しいが、芯のある先生だ。礼を持って接すれば、何も怖いことなんか無い。

「正直、こんな事になってすまないと思っている。お前たちがどんな思いでこの学校に入ってきたのか、担任の先生からそれとなく聞いてはいたが」

「先生、良いんです、もう。これ以上何か言われると決心が揺らぎそうなんです」

 声が震えている。先生の言葉に温かみを感じた瞬間、琴線に触れるものがあった。松本先生も何とかしたいという想いがあった。顧問と上手くいってない事も空気感で伝わっていた。ここにもちゃんといるのだ。今の北宇治で良いのかと思う人が。

 先生の顔を見ると、唇を噛みしめ、無力さに苛まれた苦い表情を零していた。

「松本先生とお話しできて良かったです。この部活を、どうかよろしくお願いします」

 

 

 北宇治高校吹奏楽部を退部した私は、フルートを吹ける環境を追い求めていくつかの楽団を見学した。社会人中心に組まれていて、週に一度活動がある市民楽団。大学生が個人でやっているサークル。どれも楽器を吹く上では申し分ない環境だった。

 軽音部に入った菫たちのように、ギターやベースで奏でる音楽も嫌いではない。ただ、普段から嗜んでいる吹奏楽やクラシック音楽よりは造詣が深くないし、なによりその環境ではフルートの出番がない。

 楽団も部活よりは吹く時間も取れない。きっと不完全燃焼になるだろう。だけど吹く機会がないのはもっと嫌だった。

 数週間悩んだ後、私は社会人中心で組まれる楽団へ入団した。

 

 

 

 

 秋が過ぎ、冬が過ぎ、そして二年生となった。

 吹奏楽部の顧問が代わった。始業式で紹介されていた眼鏡を掛けた高身長な先生。名前までは覚えていなかった。

 腑抜けていた三年生は卒業したが、あの怠け癖が染みついた部活が顧問一人で変わるとは到底思えず、私は見て見ぬ振りをした。

 その思いは、早くも裏切られた。

 四月も下旬に差し掛かった頃、下校の際に音楽室から漏れる『海兵隊』の合奏は、私の脚を留まらせた。

 心の中に渦巻く濁りきった感情。悔しい。あの場に私は踏み込めない。どうしていつもこうなのだろう。どうしていつも、私の望まない方向に物事は進んでいくのだろう。

「くそっ」

 誰に向ける訳でもない怒りを、道端に転がる石ころにぶつけた。

 

 

 時は過ぎ、夏休みを迎えた。

 何度か悩んだ末に、私は府大会を見に行くことにした。いつまで経っても未練がましい自分が嫌になる。それでも、もう一度あの舞台に立ちたいという願望が燻っていた。

 これまで、音楽室から漏れ出る音は聴いていた。日に日に上達する彼らが気疎いと思うと同時に、確実に私が求めていた環境に近づいている実感があった。

 もう一度、このホールでフルートを響かせたい。どうしてもその未練を断ち切りたかった。

 北宇治の自由曲は『三日月の舞』。初心者に毛が生えた程度の技術しか持ち合わせていない吹部が、ここまでの難関曲を選択した経緯は知らない。練習で出来ても、本番で吹けなければ結果はついてこない。

 最初は、彼らの本気度を計ろうとしていた。

『そもそも、うちらは全国を目指してないの』

 去年の先輩が宣った言葉が脳内で反芻する。やる気のない先輩に空気を支配される遣る瀬なさがリフレインして、胸が苦しくなった。

 そんな思考は課題曲『プロバンスの風』で一蹴された。

 揃った音の粒、奏者が指揮者を見る目。それだけではない。指揮者の求める音を正確に表現できる精度の高さがある。各パートに散る三年生が核となり、元々技術のある優子やみぞれ、そして何より、一年生に上手い人が多すぎる。優子や笠野先輩を差し置いてファーストを吹く黒髪の子、コントラバスよりも背の小さな子。私が見る限りでも、赤いスカーフを巻いた一年生の数は二年生よりも多かった。そして、あすか先輩の横には夏紀はおらず、これまた一年生の子がユーフォニアムを吹いている。

 先輩を差し置いて一年生が吹く。去年の北宇治では考えられなかった環境の変化が、そこで吹く彼らの実力を底上げしたのだろうか。

 これでは、余りにも私が馬鹿みたいだ。

 私がずっと追い求めてきた環境がそこにはあった。

 自由曲『三日月の舞』。最初のフレーズを吹き上げるトランペットに鳥肌が立った。音楽を愛する無邪気な私が、その演奏に内心では万雷の拍手を贈ってしまっていた。

 そして、トランペットのソロはなんと一年生が担当した。香織先輩はどうしたの? 去年吹けなかったのに。今年は最後の年なのに。香織先輩より、あの一年生の方が実力が上だということなのだろうか。

 みぞれのソロは完璧であった。正確、的確、求められたことを完璧に熟す意識。毎朝早くから練習する彼女の積み上げた実績を見せられていた。それが少しだけ妬ましい。

 フィナーレへ向かう最終楽章。

 私の前で、そんな楽しそうに演奏しないで。私の目の前で、やり切ったような表情をしないで。私も、あそこで吹かせてくれ!

 指の爪が掌に食い込む。瞳を覆う涙の膜が悔しさを表していた。

 こんなところで終わってはいけない。私の心がそう叫んでいる。

 決意が固まった。関西大会出場を決めた彼らの歓喜の輪を見て、会場を後にした。

 

 

【つづく】

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