或る、フルート吹きの青春   作:ハヤブサ320

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EP.19 アンサンブルコンテスト② −Pinkie−

 秋めいた青空の下、京都市内には高い建物が少なく東山三十六峰では紅葉シーズンの訪れを予感させている。

 

 

 アンサンブルコンテストの話が出る少し前、隆翔は北野天満宮へ訪れていた。その隣では夏休み終盤に恋人同士となった希美が、隆翔と歩幅を合わせながら歩いている。

 

「私、ここ来るの中三以来だ」

「だいたいこの神社に来ますよね。天神様だし」

「確か、天満宮が学問の神様で、八幡宮が武芸の神様だって聞いたことあるよ」

 

 正確には武神でもあり、勝負事の神様である。

 北野天満宮は学問の神様である菅原道真が奉られている。受験シーズンともなると他県から訪れている修学旅行生や関西圏の学生でごった返している。隆翔と希美がここへ訪れた理由も、その御利益に肖ろうというものだった。

 

「今日、部活休みで良かった」

「大会も終わっちゃったからね。演奏会もしばらく無いんでしょ?」

「その予定です」

「あ、でも優子と夏紀が、久美子ちゃんに練習計画とか色々アドバイスしたって言ってたよ」

 先日、最後の演奏会を終えた希美たち三年生は引退した。先代の部長、吉川優子から部長を引き継いだのは黄前久美子だった。

 

「あいつ、いつになったら部長に慣れるんですかね。人前に出るとガッチガチになって声も震えてるし、見てるこっちが心配になるレベルで……」

 

 新部長挨拶で壇上に立った黄前は、それはそれは危なっかしいの一言であった。その光景を思い出せば、今後の行く末に一抹の不安を覚えた。

 隆翔の心配をよそに、希美はカラカラと笑っていた。

 

「こればっかりはしょうがないよ。久美子ちゃんに部長頼んだときもかなり渋られたって優子が言ってたし。でも、最終的に丸め込んじゃうのが優子と夏紀の人徳だよね」

「本当にそう思います」

「でもね、久美子ちゃんは優子みたいなタイプじゃないよ。隆翔や高坂さん、塚本くんたちが押し上げてあげないと」

 南中吹奏楽部の部長として率いた実績のある希美の言葉には、深い実感が籠もっていた。

 

「それは経験談?」

「まあね」

 

 境内の臥牛は参拝客に穏やかな視線を預けている。参詣に訪れた学生達はその牛を撫で、御利益を得ているようだ。

 二礼、二拍手、一礼。瞳を瞑って、希美は何を願っているのだろう。恋人として関係が深まっていくこと。受験生として志望校合格を願う気持ち。最後の高校生活。

 付き合い始めて二ヶ月。まだ彼女の心情を正確に理解するのは難しい。みぞれとの一件で露呈した彼女の負の側面は、隆翔に強い衝撃を与えた。。温和な笑顔の裏に隠している本当の気持ちを暴くことは、隆翔にとって歩み難いものであった。

 

「隆翔?」

 傍らから希美が声を掛ける。思案に耽っていた間に希美は参拝を終え、いつまでも目を閉じて合唱する隆翔を心配そうに見つめていた。

 

「願い事、そんなにあったの?」

「いや、大したことじゃないです。先輩は何を願ったんですか?」

「あ、話逸らした。そうだな、まずは受験合格出来ますように、ってことかな」

 

 希美の願い事は、周囲に跋扈する無数の学生と同じだった。むしろ、その為にこの神社へ赴いている。

「隆翔は?」

「俺は、そうですね。先輩と付き合えたことをまず報告しました。一応何度か神社でお願いしていたことだったんで」

 

 不意に右手に繋がれた希美が、強く握り返してくる。

 

「そう、なんだ……。もう一つは?」

「フルートが上手くなりたい、って願いました」

「あ、いいね。私も上手くなりたい」

「先輩がこれ以上上手くなったら、俺が追いつけないんでやめてください」

「えー、そんなことないよ。隆翔だって十分上手いじゃん」

 

 それは世間一般で見た話だ。楽譜を正確に吹くこと。それだけで上手かったらそこまで苦労しない。北宇治で求められるレベルは、強豪校のそれと同義である。

 

「来年に向けてですよ。せっかく奏者に戻ったんですし、やっぱり上手くなりたいじゃないですか」

「ふふ、やっぱり真面目だね」

 

 揶揄うような、それでいて肯定的に隆翔を見つめている。

 この時間がいつまでも続いて欲しいと願った。

 

     ◇◆◇

 

 神社デートから一ヶ月が経ち、希美の第一志望である大学の試験日まで数日となった。勉強も佳境に差し掛かった希美の邪魔をしてはならないと、希美との接触を断っていた。

 この日も隆翔はアンサンブルコンテストへの練習に励み、黙々と与えられたパートの練習に勤しんでいた。

 

「芽衣子ちゃん、ここのブレスの位置って変えられる?」

「うん、大丈夫」

「じゃあ、私がここでブレスするから、もう二小節だけ頑張って欲しい」

「わかった」

 

 

 隆翔以外のフルート三人は昨年を知っている。北宇治が上手くなっていった過程を体験している。高橋と小田が言うには、全国へ行けた昨年と関西止まりだった今年の違いは層の厚さによるものらしい。

 それは今年の三年生となる層が一昨年に大量退部したことに起因する。

 昨年、滝がここに赴任してからは音楽的視点の根本を部員に叩き込んでいった。元々基礎のあった昨年の三年生や二年生、そして高校の吹奏楽に入りたての一年生は滝の指導法のもとで自力を蓄えた。全国銅賞であった昨年の三年生は今年の数倍は所属していた。どんな魔法を使ったのかは知らないが、府大会に参加するだけだった学校が全国大会へと駒を進めている。

 

 では、今年はどうであったか。

 吉川優子部長はそのカリスマ性とリーダーシップにおいて代え難い存在であった。その上、今年の部員はどのパートもタレント揃いであり、希美やみぞれ、高坂などエース核の奏者が軒を連ねた。

 そのメンバーを持ってしても為し得なかった全国大会出場。敗退の原因は『リズと青い鳥』という物語性の強い楽曲故の難しさか、それとも昨年よりも層が薄かったからなのか。

 考えれば考えるほど、どれも正解に思えてしまう。希美の涙が染みこんだハンカチを見る度に、コンクールが与えた残酷さが心臓を引っ掻いた。

 アンサンブルコンテストのグループ練習のあとは自主練習となる。隆翔はいつも、校舎突き当たりの廊下で練習していた。放課後になれば誰も来ることはないこの場所は、集中してフルートが吹ける絶好の立地だった。

 

「ふぅ……」

 グループ練習で過った今年の結果と来年への不安が脳裏にこびりつく。それを振り払って、隆翔は真新しい譜面ファイルを開いた。

 

「よし」

 嫌なことも、最初の一音を吹けば一旦忘れられる。フルートを上手くなるなら、とにかく吹くしかないのだった。

 

 

 しばらく吹いていたら、階段を上がってくる靴音がした。

「お、やってるね」

「……先輩!」

 

 訪れた来客は希美であった。

 窓の外は既に暗くなっており、下校時刻が迫っている。この時間まで学校にいたということは、希美も図書室で勉強していたのだろう。

 

「今、大丈夫?」

「はい、大丈夫ですけど」

 隆翔が了承すると、希美は警戒するように辺りを見回した。

 そして、隆翔が抗う間もなく首に手を回して抱きしめた。

「ちょ、希美先輩!?」

「しー、ばれちゃうよ」

 

 希美の温もりと、その胸からダイレクトに伝わる鼓動。

 突然の抱擁に我を忘れていた。

「ごめん。ちょっと充電」

 隆翔の胸に顔を寄せ、深く呼吸した。汗臭くないだろうか。そんな心配が過った。

 少し強めに抱き締める希美に答えるように、その背中に手を回した。

 もぞり、とくすぐったそうに身を揺らしたが、心地よさそうな反応を見せた。

 思えば希美とこうして触れ合ったのはいつ以来だろうか。希美と行った北野天満宮でのデートから、アンサンブルコンテストの練習やフルート教室のレッスンなどで隆翔も忙殺されていた。

 希美は敢えて口にしなかったが、こうしていると寂しい思いをさせてしまったかもしれない。それは隆翔も同じ気持ちであった。

 

「試験、不安ですか?」

「ううん。そうじゃないよ」

「じゃあ、どうして」

 周囲には誰も居ないが、この密会を邪魔されたくなくて自然と囁くような声で話した。

 

 

「隆翔のフルートが聴こえたから、ちょっと逢いたくなっちゃって」

「……っ! 可愛すぎですよ、先輩」

 

 

 顔が急激に熱くなる。希美は時折、キスやハグといった直接的なスキンシップを要求してきた。

 程なくして希美は一抹の名残惜しさを残して隆翔から離れた。

 表情から見て取れるほどに、希美はすっきりしたようだ。

 

「おっけー、充電完了。心臓、めっちゃドキドキしてたね」

「誰かに見つかるんじゃないかってハラハラしてました」

「えー、カノジョにハグされてドキドキしてたんじゃないの?」

 隆翔の反応が不満だったのか、あからさまに拗ねてしまった。

「可愛い彼女がこうして迎えに来てくれただけで十分ですよ」

 そう言うと、拗ねた希美は途端に笑顔になる。コロコロと表情が変わる所が隆翔は好きだった。

 

「えへへ。もう帰る?」

「そうします」

「じゃあ、校門のとこで待ってるね」

 

 カツカツと階段を降る靴音。メトロノームのように左右に振れるポニーテールが見えなくなるまで目で追った。

 学校の正門を出た辺りで希美は待っていた。

 無闇に校内で待ち合わせたりすると他の生徒に見られてしまう可能性がある。希美は隆翔の想いを尊重した。いまだに二人が付き合っていることを知っているのは優子に夏紀、みぞれに限られる。

 辺りは暗闇で、公園の青白い街灯が二人を淡く照らしている。表情は見えなくても握られた手の温もりは確かに感じられた。

 

「練習、大変?」

「大変ですよ。早く高橋と小田くらい上手くならなきゃですし」

「あの二人は確かに上手いよね。でもさ、隆翔もフルート教室に行きだしてから音の粒が綺麗になった気がする」

「まだ通い出して一週間ですよ」

 

 そんな大袈裟な、と隆翔は息を吐いた。

 

「実はね、私も社会人の楽団に混じってやってたことあるんだ」

「え、そうなんですか?」

「そうかも、余り言いふらしてることじゃないし。それに、あの時は部活辞めて落ち込んでたから。でも学校の吹奏楽部しか知らなかった私からしたら、大人の人と一緒に吹く経験は貴重だったよ。楽器はどこで吹いても良いんだって思えたんだよ」

 

 昔の話だけどね、と付け加えて笑みを漏らした。希美は南中出身者の大量退部事件の中心に居ながらも、フルートを吹く機会を求めて所属した社会人楽団で新たな価値観を見出していた。

 希美は笑っている。そうなれるまで、一体どれほどの時間悩んだのだろうか。

 少し強くなった空っ風の中を分け入るように歩んでいく。

 もうすぐマフラーが必須になるかもしれない。そんなことを思っていると。

 

「さ、寒いね……! 受験の日はマフラーして行かなきゃ」

 希美と考えていたことが同じで、緩む口角を誤魔化した。

「もう三日後ですか」

「部活終わってからあっという間だったな」

「その割には落ち着いていますよね」

 

 来るべき推薦入試の日は、もうすぐそこに迫っていた。希美の様子に、切迫感はない。そこに計画性と要領の良さを感じた。

「時間は平等だしね。フルートをペンに持ち替えて、なんて大層なことは言えないけど、自分なりに結構頑張ったつもり」

「先輩なら大丈夫ですよ」

「ありがとう」

 

 交差点を行き交う自動車のライトに照らされた希美の満面の笑みに、この先の安泰を確信した。

 

     ◇◆◇

 

 二年生のフロアに細く響く木管楽器の音色。

 極限まで研ぎ澄まされたみぞれの音とは違う、荒削りだが弾むようなタンギング。唯一の一年生パートリーダー、剣崎梨々花の音だ。

 アンサンブルコンテストの校内予選が発表されたその日に、彼女はいの一番にメンバー表を提出した。木管五重奏『三つの小品』。隆翔が北中でまだ吹奏楽部だった頃も、木管の先輩が吹いていた。

 

「あ、樟葉せんぱーい」

 隆翔に気が付いた梨々花がこちらへ寄ってくる。少し気の抜けた口調が彼女の特徴だ。

「剣崎さん、また上手くなった?」

「え、そうですか! やっぱ、先輩には分かるんですね」

 

 一年生のオーボイスト。今年のコンクールは残念ながらコンクールメンバーに選ばれなかった。しかし、みぞれの抜けたダブルリードパートには一年生しか所属していない。それもあって、彼女は一年生として唯一パートリーダーに任命されている。

 

「そう言えば、この前みぞれ先輩から伝言を頼まれてたんだ」

「そうなんですか!」

 瞳を煌めかせて隆翔に距離を詰める梨々花。唯一の先輩であるみぞれのことは誰よりも尊敬していた。

「……う、うん。パーリー頑張ってだって」

「えへへ~。それは頑張らなきゃですね」

「会いに行けば良いのに。今日だって多分一階で練習してるよ」

「……良いんです。会ったらなんか甘えちゃいそうで」

 大好きな先輩が引退し、音大受験の為に筆記、実技ともに研鑽を積む毎日を慮るが、そこに寂しさを覚えないかと言えば嘘になるだろう。

 

 三年生が引退した日、新部長と幹部、パートリーダーが決まった。そう考えれば、ちゃんと寂しがる暇も無かっただろう。

「だから来年は絶対にコンクールメンバーになって、みぞ先輩に良い報告がしたいんです」

 梨々花はふわふわしているようで心根は強い。黄前とはまた違った接しやすさがある。来年にも期待が持てる後輩だった。

 

 

 

 楽器室に貼られているアンサンブルメンバー表。メンバー表は女子ならではの華美なデザインや、可愛らしいイラストが何色ものペンで描かれており、個々のセンスが溢れている。ここに男子の要望は絶対に取り入れることは出来ないだろうなと、隆翔は邪推した。

 

「先輩、どうしましょう。メンバーが決まりません」

 困り顔で相談に来たアルトサックスの一年生、細野暖奈。彼女を含め、サックスやクラリネットにはまだメンバーが決まっていない生徒がいる。

「組もうと思えば組める気もするけどね」

 校内を統べる楽器の音。メンバーの決まった部員は各々練習に精を出している。

 仕方ないことではあるが、その光景がまだ決まっていない部員に焦りを生む要因になっていた。

 

「樟葉くん、今大丈夫ですか?」

 隆翔に話し掛けたのはコントラバスの同級生、川島緑輝だ。緑に輝くと書いて『さふぁいあ』と読むらしい。その名前で呼ぶと機嫌を損ねるらしい。

 

「川島、アンコンのメンバー表か?」

「はい。今回は求くんと組むことにしました」

「コンバス二重奏……って、アンコンの三人以上って規約から外れるけどいいの?」

「だって、今回は誰も誘ってくれないから、それだったら求くんと二人で二重奏しよっかなって。規約は外れても演奏会は出て大丈夫ですよね?」

 

 小さな躯体から伸ばされた手にあるメンバー表を受け取る。

 

「それは大丈夫だけど、本当にいいの?」

「緑は演奏できたらなんでも! あと、来年のコンクールまでに求くんに上手くなってもらいたいから、二重奏の方が色々教えやすいと思って」

 演奏出来ればそれでいい。楽天家であり、そのメンタリティは尊敬できる。

「なんの曲やるの?」

「ベートーベンの『メヌエット』にしようかなって。あと、こっちがクラリネット四重奏のメンバー表。預かってきたので受理してください」

 これでコントラバス、クラリネットが決まった。

 と、言うことは。

「状況が悪化している!」

「……だねえ。ちょっと部長と確認してみる。今後は黄前から何か言われるかも」

「分かりました。先輩たちはお優しいですね」

「……そんなこと、ないよ」

 後輩の純度の高い信頼に目が眩む。

 本当は先輩として後輩の心配のタネを排除すべきなのだが、その場凌ぎで伝えても解決にはならない。

 メンバー漏れという事態はある程度覚悟していた。この時ばかりは、受験に精を出す三年生の存在が恋しく感じてしまうのであった。

 

     ◇◆◇

 

「と、いう訳でアルトサックスの細野さんがメンバー決めに苦労してる。ファゴットも余ってたかな。それ以外も何人か居たけど、上手いことグループには入れたみたい」

 

 その日の部活終わり、隆翔は黄前にアンサンブルメンバーの進捗を伝えた。

 

「やっぱり出ちゃうよね。こう人数が多いと」

「そういえば、黄前は管打八重奏なんだな」

「うん。この前麗奈に誘われた」

「黄前に秀一に高坂……幹部仲良くって感じだな」

 隆翔はその中に自分が居ないことを少しだけ皮肉った。自業自得ではあるが。

「仕方ないじゃん。こればっかりは成り行きだよ」

「小日向さんは? 高坂が誘ったんだろ」

 一時期マネージャーに転身すると息巻いていた後輩、小日向夢もそのチームに名を連ねていた。しかし、隆翔の推測に黄前は首を横に振った。

「ううん。夢ちゃんから麗奈を誘ったんだって」

「……マジか。肝据わってんな」

「それは確かに」

 予想外の展開にお互いクツクツと笑いが零れた。

 

 三年生が最後となった植物園での演奏会前日、小日向はマネージャーだった加部友恵から強烈な活を喰らっていた。高坂をチームに誘った経緯の中には、吹きたくても吹けなかった友恵の為に一皮剥けようとしたのかもしれない。

 

「分かった。細野さんの件はこっちでなんとかするよ。樟葉は練習に集中していいよ」

「そうしてくれると助かる。また何かあったら言ってくれ」

 

 当初の予定通り、チーム編成をある程度のところまで押し上げた。

 神社で希美に言われた言葉が蘇る。

 隆翔や秀一、高坂が、黄前を部長として押し上げてやらないといけない。その一端を担えたなら、付き合いの長い同級生としてこれ以上のことはないだろう。

 

 

 学校を出て、電源を落としていたスマートフォンを起動すると、トークアプリに一件の通知が入っていた。

『受験終わったー! 結果は明日だからまだドキドキだけど、三人とも頑張ったよ』

 

 今日は希美と優子、夏紀の志望する大学の入試だった。達成感と安堵感が察せられる内容と共に、どこか晴れ渡った表情のスリーショットが載っていた。

 希美からの報告に居ても立ってもいられず、隆翔は電話を起動していた。

 三度のコール音のあとで、希美の明るい声が鼓膜を震わせた。

『もしもし、部活終わった?』

「いま終わりました。先輩も受験お疲れ様でした」

 

 最愛の恋人との電話は昂揚する。心なしか、隆翔の声も弾んでいた。

 

『ありがとう! 今日まで長かったけど、終わっちゃえばあっさりしてるね』

「先輩の写真で良い手応えだったのは察しがつきました」

『やっぱ分かっちゃう? 別学部の受験だった優子と夏紀もばっちり手応え感じてたし、受かってるといいな』

「きっと受かってますよ」

『えへへ、ありがと。あ、あとさ、アンコンって全員チーム決まったの?』

 話が変わって、アンサンブルコンテストの内容になった。今日起きた出来事、決まらないチーム編成、希美に話したいことが山積みであった。

「まだ何人か決まってなくて。この件は黄前に引き継いだんで、今は向こうで処理してもらってます」

『……そうなんだ。何か手伝えることないかなって。受験終わったら時間あるし』

 何かを思案しながら、引退後も吹奏楽部に関わると宣言した。

「ありがとうございます。一度でいいから、先輩と合奏したいです」

『私も同じ事思ってた。高校最後の思い出作り、かな』

 しっとりとした感情が乗った希美の言葉に、胸の奥がざわつく。弾む心臓の鼓動を抑えながら、希美と隆翔は確かに通じ合っていた。

『……なんて。今日はフルート教室なんだっけ。頑張ってね!』

「はい、ありがとうございます!」

 それじゃ、と言って終話した。

 

 寒風吹きすさぶ夜の町を、隆翔はフルートを片手に一歩一歩進んでいく。

 いつか一緒に演奏しよう。その一言がこんなにも心弾むなんて、去年の自分に言い聞かせてやりたかった。

 

 

 翌々日、楽器室に貼られたアンサンブルコンテストのメンバー表が更新されていた。決定の二文字が記された編成表を眺めた隆翔は、持っていた資料を床にばら撒いた。

 右上には管楽五重奏と書かれた編成表。その中には、一緒に吹こうと約束した恋人の名前があった。

 隆翔の頭の中で、振り子のように感情が駆け巡った。

 三人の合格の報を受け取ったのが昨日。直接会えなかった隆翔は再び希美と電話し、受験合格を祝福した。その電話の前には、既に黄前に何かしらのアクションを行っていたのだろう。それに隆翔は既にフルート四重奏に所属している。この編成を裏切って希美と吹くのは誠実ではない。それは分かっていた。

 それでも、行き場の無い遣る瀬なさを飲み込めるほど、まだ大人になれていなかった。

 

 

「……でさ、曲なんだけど、あっ」

 

「先輩……」

 

 初めて経験する希美への怒りにも似た苛立ちの感情に、二人の間に不穏な空気が流れた。

 

 

【つづく】




次回でアンコン編完結です。


1/19(日)に開催されるサンフェス24に出展いたします。
当シリーズのEP.01〜EP.15までを加筆修正した小説『或る、フルート吹きの青春〈1〉』を頒布します。

また、BOOTHでも取り扱っております。
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