内容は大覇星祭に(ちょっとだけ)出た垣根帝督のお話です。
間もなくスマホゲーム『とある魔術の禁書目録 幻想収束』(とあるIF)でも『とある科学の未元物質』イベントがスタートするので、便乗という形になりますがお楽しみいただければ幸いです。
九月上旬―――
少女・杠林檎は忙しなく周囲を見回していた。
そこらのポスターや看板にフォントや大きさはそれぞれ異なるものの、同じ文字が書かれていることを発見したからだ。
そして、その中の一つに近寄ると、難しい漢字に苦戦しつつも、一文字ずつ声に出して読んでいく。
「だい・は・せい・さい…?」
「おい、何をしてんだ? モタモタしてると置いてくぞ」
少し先を歩いていた
彼は先程林檎を連れ去ろうとしていた
垣根の呼ぶ声に、林檎は再びトテトテと彼の後を付いて行くが、少しして、今度は彼女のほうから話しかけてきた。
「垣根、"だいはせいさい"ってなに?」
「あん? そうか、お前は知らねぇか」
アジトに着くまでの時間潰しがてら、垣根は簡単に説明を行った。
「まぁ一言で言うなら、この街を挙げての大運動会みてぇなもんだ」
「運動会? 私も出られる?」
「そんなの無理に―――」と言い掛けて、垣根は口を噤む。
こちらを見つめる林檎の瞳はキラキラと輝いていたからだ。どうも強い興味を抱いたらしい。
「―――学校に籍があればな」
これから協力してもらう相手の、しかも子供の機嫌をわざわざ損ねることもないと考え、垣根は彼なりに言葉を選んで言い直すが、林檎の次なる質問には流石に眉を顰めた。
「垣根は? 垣根は出るの?」
「はん、誰が出るかよ。あんなガキ共のお遊びに」
思わず悪態を吐いていた。暗部に身を置く中で様々な闇を見てきた垣根帝督にとって、あのような平和的な祭典など、反吐が出る程の忌々しい行事だった。
かつては、その“ガキ共のお遊び”に真剣に向き合っていた頃もあったのだが――――
「……一緒に、出たい」
最初は聞き取れないほど小さかったが、次はハッキリとした声で林檎は主張する。
「私、垣根と一緒に出たい!」
「おい、ふざけてんのか?」
声を荒げて威圧する垣根だったが、林檎は少しも怖がるどころか堂々と意見を述べる。
「ふざけてない、一緒に出たらきっと楽しい!」
「…チッ」
さっきの羽のことといい、どうもこいつには調子を狂わされる。
ガキ相手にムキになって議論するのも馬鹿らしいと考えた垣根は、さっさと会話を打ち切り、さっさと先を歩いていった。
後ろからの「絶対楽しい! 絶対出て!」といった声に辟易し、やがて根負けして「わかった、わかった」と適当な返事をしながら。
***
約二週間後―――
ここ、大覇星祭運営委員会の会議室では議論が紛糾していた。
「本当に…本当なんですか? 何かの間違いではなく本当に例の案が通ってしまったんですか?」
「はい、開会式での選手宣誓が思いのほか好評だったらしく、『閉会式での学生代表挨拶も
「畜生ッ! こっちは選手宣誓の人数を揃えるために、どれだけの犠牲を払ったと思ってやがる!」
運営委員は頭を抱える者、上層部への恨み言を述べる者、中には辞表を書こうとする者もいたが、そんな中でも委員長はあくまでも冷静になるよう促す。
「やめるんだ。方針が決まった以上、我々はそれに従うしかない。それが我々に課せられた任務なのだから」
「ですが、今回は第五位と第七位が使えないんですよ!」
「それに、閉会式といったら三日後じゃないですか!」
口々に文句を言う委員たちだったが、委員長はガタっと立ち上がるなり彼らを一喝する。
「それでもやるしかない! 幸い代表は一人で良いそうだ。ありとあらゆるコネクションを通じてでも、いかなる手段を使ってでも交渉するのだ!」
その結果は散々なものだった。
会議室では、もはや悲壮感のみが漂っていた。
「やっぱり駄目だったか……」
「残るは
「彼もきっと駄目ですよ。前回だって機嫌を損ねて大暴れされたそうじゃないですか。今度怒らせたら、我々の身が危ないんじゃ―――」
その時、交渉結果を知らせるメールの着信音が入った。
全員がゴクリと息を呑み、画面を覗き込む――――
そして、ほんの数秒の静寂の後、室内は一気に歓声と興奮で沸き立った。その場にいた全員が抱き合い、涙を流し、神に感謝した。
画面に表示されたのは『承諾』の二文字だったのだ。
***
タイミングも良かったのかもしれない。
その日、垣根帝督はアジトの一室で珍しくTVを視聴中であった。
その番組内容は大覇星祭の生中継。あれだけ大覇星祭を唾棄していた彼が、何故かこの時は真剣な眼差しで画面を注視していた。
近くのソファに座ってネイルケアに勤しむドレスの少女には、その理由が解っていた。
画面に映し出されていたのは、彼が一学期の終わりまで通っており、現在も籍だけは置いてある学校だったからだ。
心なしか垣根の表情もいつもより穏やかに見える。
とはいえ彼女は決してその事を口には出さない。先程、不用意に指摘したヘッドギアの少年のようにボコボコにされて床に転がされたくないためである。
エージェントからの連絡が来たのは、それから間もなくだった。
「閉会式の挨拶をしろだと? テメェ、マジでいい加減にしろよ」
『そこを何とか引き受けてくれないか? 勿論こちらからも見返りを出そう』
安全地帯に居るからか普段は高圧的な『スクール』担当のエージェントだったが、この時ばかりは下手に出ていた。見事承諾の返事を貰えれば、上層部における自身の評価も上がるためだ。
(―――
当然最初は一蹴するつもりだったが、“見返り”という言葉に彼は抜け目なく反応する。
そして、しばし考えた末―――「いいだろう、引き受けてやる」と告げた。
これにはエージェントだけでなく、ドレスの少女も意外そうに彼の方を見た。もう少しで驚きの声が出るところだった。
垣根はそんなことなど気にも留めずに話を続ける。
「だが条件が二つある。一つ目は―――」
それを聞いたエージェントとの間で多少のやり取りがあったが、向こうも背に腹は代えられず渋々ながら彼の要求を呑むのだった。
***
九月二十五日。大覇星祭最終日―――
その学校の生徒たちの士気は落ちるところまで落ちていた。控え室の空気も重々しかった。総合優勝にこそ程遠いものの、入賞にはあと一息のところまで漕ぎ着けていたというのにだ。
それというのも、入賞を懸けた最終競技の相手が、よりにもよって学園都市の超エリート校―――通称『五本指』の一角である長点上機学園だったからである。
今年の長点上機学園の戦績も連戦連勝。優勝は確実とされており、こちらの勝ちの目は限りなくゼロに等しい。
「どうすんだ? 向こうはエリート中のエリート揃いだぞ」
「ここまで来たなら勝ちてぇよ。けど……」
「並の能力や作戦でどうにかなる相手じゃないよなぁ…」
能力でも技術でも向こうに大きく劣っている彼らは諦めた様に大きな溜め息を吐いた。
その時だった。
「なんだなんだ、久しぶりに顔を出してみれば、どいつもこいつも随分とシケた面しやがって」
彼らは一斉に声のする方を振り向いた。そして全員が驚きの声を上げる。何故ならそこにはしばらく顔を見せることのなかった、彼らが誇る
***
『長点上機学園敗れる』
その一報に長点上機学園を知る者全てが驚愕した。
相手の学校はどこだ? 行われた競技は? いったい何があった?
情報は錯綜し混乱を極めた。何故ならただの消化試合と目されていたため、あまり中継カメラも観客も入っておらず、その中継カメラも何故か映像トラブルが起き、肝心の競技の様子がほとんど録られていなかったのだ。
そして、辛うじて保存されていた映像に映っていたのは、大番狂わせを演じた学生たちが、たった一人の
―――まったく、“
電子操作でのハッキングとジャミング、透明化でのケーブル等の引き抜きを休みなく行っていたヘッドギアの少年は、やれやれと愚痴を零すのだった。
***
午後七時過ぎ。
垣根帝督が学生代表挨拶を務めた大覇星祭の閉会式は滞りなく終了した。本当に滞りなく。警戒していた周囲の人間たちが拍子抜けするくらいに。
それもこれも、垣根の出した条件の一つが【挨拶の文面は全て俺に考えさせること】だったせいである。
どのような内容が彼の口から語られるか、誰もが気が気ではなかった。
「第二位は何を話すつもりだ?」
「それが本番まで一切秘密にするというのも彼からの条件で―――」
「まさか暗部について全世界に暴露するのでは?」
「いやいや、きっとサプライズで生ライブをしてくれるんだろう。きっとそうだ」
といった上層部にとって看過できないものから、現実逃避したものまで様々な噂が飛び交っていた。
そのため、閉会式会場では万一に備えて中継をいつでも打ち切れる態勢を整え、垣根の声が誰にも聞こえなくなるように音響兵器まで配備し、いざという時は彼を狙撃するスナイパーまで外部から雇う始末だった。ここまでやるなら最初から打診するなよという話である。
だからこそ、普段の柄の悪い態度や口調が鳴りを潜め、指定された体操服を身に着けて登壇し、最後まで当たり障りのないまま代表挨拶を終えた時、運営委員会は勿論のこと、会場の中継を観ていた上層部の人間も皆一様に安堵の溜め息を吐いた。
「彼に一杯喰わされたのでは?」と考える者さえいたほどだった。
無論、彼の真の狙いは別なところにあったのだが―――
***
第七学区の外れ。人気の無い路地裏にて―――
閉会式の後、早々に普段のジャケットへと着替えた垣根帝督は、そこで待機していたドレスの少女と合流した。
「お疲れ様」
「おう」
既に垣根の表情も態度も先程までの一人の学生としてではなく、暗部組織のリーダーのそれに変貌していた。
「誉望の奴はどうした?」
「さっき後輩ちゃんに呼び出されたわ。あの慌てぶりだと、また彼女からお仕置きされるようなことをしたんじゃない?」
いつものことだろ、と垣根は内心で苦笑する。
「ところで、このまま抜け出して良かったの? 折角だから後夜祭も楽しんできたら?」
「はっ、
垣根はドレスの少女の勧めを冷淡に突き放す。
「それにしても貴方が代表挨拶を引き受けた時は驚いたわ。あれだけ嫌がっていたのだから。でも、別の狙いがあったのね」
「そういうことだ」
珍しく素直に感心され、垣根はフッと笑った。
垣根帝督の真の狙い。それは彼がエージェントに呑ませた二つ目の条件【今後『スクール』は上層部からの指示を待つことなく任務を遂行する権利】である。
当然、最初はエージェントも渋ったが、一応これまでの彼らの活動に大きな問題は見られないこと、『スクール』の主要任務が『テロ行為や反乱計画を未然に防止すること』であり、いちいち上層部に報告して指示を仰いでいたら、防げるものも防げなくなるという垣根からの意見に最終的に押し切られたのだ。
これにより、『スクール』は今よりも秘密裏に暗躍できるお墨付きを頂戴したわけである。
このことは彼らの『最終目的』を達成するための重要な一歩となるはずなのだ。
***
その後、垣根は本日の任務が全て終了したことを確認したドレスの少女とも別れ、珍しく公共交通機関を使って
大覇星祭の開催期間は今日までだが、外部の人間の自由な出入りは明日まで可能であり、現在も大勢が出歩いているため、先程世界中の注目を集めたであろう彼が歩いていたところで誰も気に留めなかった。そのうえ服装も雰囲気も変わっているのだから尚更だ。
さて、そんな彼が向かった先は学園都市の東の外れに位置する第一二学区。
この街の宗教施設が最も集中している学区であり、そこのとある施設の敷地内に二基の墓が建てられていた。
通常、身寄りのない子供や犯罪者の遺体は焼却処分されたうえで第一〇学区の墓地に納められるのだが、この墓に埋葬されている者に関しては垣根がそれを許さなかった。学園都市が直接管理している墓地に“彼女たち”を葬ることが、彼には到底受け入れ難かったのだ。
「こんな時間で悪いが、どうしても今日中に来ておきたくてな」
垣根は小さな二つの墓に静かに語り掛ける。
ここに埋葬されているのは二人の少女だった。その一人は、ほんの僅かな間でしかなかったが、垣根帝督と交流を持ち、彼の心に多大な影響を与えた杠林檎。
そして、もう一人は、杠林檎の、おそらくは彼女の唯一の友達―――流郷知果であった。
知果に関しては、やはり第一〇学区にも墓は存在しなかった。例の実験施設にも僅かなデータが残されていた以外は遺品の一つも見つからなかった。
それでも「おぼえててほしい」という林檎の最期の願いを、垣根はこういう形でも叶えたのだ。
この施設はいい場所だと思う。宗派も思想も人種も関係なく弔ってくれるし、今は夜であるため人工の灯りのみだが、昼は暖かい太陽の光で照らされ、敷地内には多少の草木が植えられていて季節ごとに小鳥や虫の声が耳を癒してくれる。
少なくとも、彼女たちが苦しめられてきた暗闇の中よりはまともな環境と言えるし、何よりも、ここでなら誰にも傷つけられることなく二人は一緒に居られる。
そして、もう一つ。ここからだと、あの忌々しい『窓のないビル』が見えないことも気に入っていた。
「まぁ…なんだ、一緒には出られなかったが、お前の言う通り、悪くは無かったぞ」
垣根は言い淀みながらも素直に認める。その声も表情もどこか優しげだった。
久しぶりに会ったクラスメイトと言葉を交わし、協力し合い、強敵を降した時、何とも言えない高揚感があったのは確かだった。
本当に痛快だった。“
それからしばらくの間、垣根は無言で墓を見つめ続けた。その間、彼の心にどんな思いが去来していたのか、それは本人のみぞ知ることである。
やがて、彼は「また良い報せがあったら、伝えに来る」とだけ言い残し、淡々とした様子で墓に背を向けて歩き出した。その表情は再び暗部の人間らしく冷徹なものとなっており、瞳にも暗い闇が宿っていた。
おそらく次にここに来るとしたら、“自分の目的”が達せられた時だろう。
そのために必要な物の情報は既に入手している。あとはその所在を掴むだけだ。
そのまま彼は一度も振り返ることなく、顧みることなく、墓地を後にする。
そして、これがエリートと讃えられた学生・垣根帝督が、表の世界に姿を見せた最後の日となった。