叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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義翼と隻眼①

 

 ぼたんの気絶から30分以上が経過した。

 住宅の残骸だけが散乱する住宅街に4人が揃った。

 

 ぼたんを倒した直後、フブキは自我を取り戻し必死に2人に呼びかけていたのだが、その他には何ができるでも無かった。

 そこへかなたが駆け付けて2人の傷を完治させ、ミオは一命を取り留める。

 

 フブキがぼたんを倒してしまう展開にかなたは驚愕していたが、冷静に処分を考える。

 そして結果、国のどこか適当な洞窟に幽閉することにした。

 

 かなたがぼたんを引き摺り、奏は自ら歩く。そしてフブキがミオを抱えて小さな洞窟まで辿り着いた。

 その最奥に腕と足を拘束して縛りつけ、入口を大岩で塞ぐ。

 

 

「……一件落着、とはいかなかったね」

 

 洞窟の前で座り込んで、かなたが右肩を掴んだ。

 ここには街灯もなく、本当に真っ暗な夜道。

 だから誰1人の顔も見えやしない。

 

「3人とも運が良かったよ。僕は……もう自分を癒すことができなくなってしまった……」

「2人は何者なんですか?」

 

 硬い地表にミオを寝かせ、膝枕で頭だけは配慮している。

 自分の顔を優しく撫でながら、フブキは視線をかなたの方に向けた。

 

「奮迅獅子――獅白ぼたん。神仙陪審員――大空スバル。神の一団だよ」

「ぼたんって人も不思議な力を持ってましたし、やっぱりスバルって人も?」

 

 奏にこくりと頷いて返すが、見えていない。

 左手の擦り傷に軽く触れたが、痛みはなかった。

 かなたは痛みに慣れすぎている。

 

「どんな力なんです?」

「正確には分からないけど、『陪審員』は自分への攻撃を対価に、ルールを適用してくる」

「ルール?」

「僕が奴の右腕を切断したから、その対価に罰として自己回復能力を失った」

「分かっていたのに、どうしてです?」

「……君たちが死んだと、思ったから」

 

 かなたが理性を失ったのは、スバルが電話をしてからだった。

 

「『陪審員』が『獅子』と電話して、『2人殺したなら十分だ』って言ったんだ」

「電話……?」

「多分演技だね。なんで見抜けなかったのか……」

 

 自分の愚かしさを嘆くが後の祭りだ。

 失った力を取り戻す手段は無い。

 

 小さく頭を抱えて羽を緩めた。

 くるりと小さく天使の輪が回った。

 

「悪かったね。どうやら3人を巻き込んでしまったらしい」

「そんな……かなたさんは悪くないですよ」

「うん、知ってる」

「――――」

 

 この中に悪者はいない。

 かなたが1番の被害者である事は本人も自覚がある。

 しかし、3人を巻き込んだ事は事実であり、多少ながら被害が及んだ。

 結果的には巻き込んで得をした形にはなったが、それとは別で謝罪くらい必要だろう。

 

「……僕はこれから知り合いの下へ行く。3人はどうするの?」

 

 気持ちを切り替えてこれからの話をすると、フブキはミオの寝顔を見た。

 よく見えないが寝息は聞こえる。

 

「『冥界の王』の所へ行きたいけど、ミオがいつ起きるかわかりませんし」

「ここに居るの?」

「うーん……もしよければ、かなたさんについて行ってもいいですか?」

「構わないけど……向こうが友好的かは分からないよ?」

「大丈夫です」

「奏ちゃんは?」

「奏はお二人についていきますので〜」

 

 不変の在り方を維持するが、フブキは奏から視線を逸らせた。

 ありがたい事だと何度も言っているが、先刻ぼたんが吐いたセリフが、いつまでも頭から消えない。

 ミオが目覚めたら、きちんと話し合いたい。

 

「そっか。なら直ぐに行くけどだいじょぶそ?」

「はい」

 

 会話を深掘りせず、かなたは立ち上がった。

 フブキはミオを背中に抱える。

 

「フブキさんのその怪力が、ミオさんの力なんですかねぇ?」

「んー、どうなんだろう。確かに今までこんな力が出た事はないけど」

「じゃあ、火事場の馬鹿力って奴ですかねぇ?」

「でもさ、さっき大岩を軽々持ち上げてたよね。あれは火事場じゃないから、それだとおかしくない?」

 

 イレギュラーの重なった現場での覚醒。

 フブキの身体に刻印は見当たらないし、過去に一度もこんな怪力を発動した事はない。

 それが今、丁度謎の刻印を持つミオの身体で発動した。

 軽く触れるだけで最早疑う余地などなかった。

 

「じゃあミオが起きたら教えてあげなきゃね」

 

 ミオの真の力について。

 首尾よく事が運んで2人の魂が元に戻れば、ミオの身体を操るのはミオ自身。

 自覚の有無で制御の質の差は出るだろうから。

 

 

 奏が懐中電灯を点灯させてかなたに手渡した。

 その明かりを頼りに目的地へ。

 

 フブキがミオを抱えながら、そっと奏の隣に寄った。

 

「さっきはありがとね、目眩し」

「――いえいえ。出来ることをしただけですよ」

 

 話題を少しだけ巻き戻して、お礼を言った。

 ぼたんの油断、呪の力の発現、そして奏のアシストあってこその勝利。

 奏は控えめに言って視線を逸らす。

 あの時の醜態を思い出したのだろう。

 フブキも奏の微量の涙が頭から離れないが、それはミオが起きてから。

 優しく笑って話を切った。

 

「かなたさん。これから会う人は、どんな人なんですか?」

「どんな人、って言われても……普通の人としか」

「呪いとかは無いんです?」

「あるよ」

「どんな力?」

「年齢を変えれるって事だけは分かる」

「年齢を、変える⁉︎」

 

 生物の年齢を自在に変化させる、とかなたは答えた。

 その力を目撃しているので、それだけは確実だが、それ以外はよく知らない。

 呪いは時に自覚できない力も発揮する。

 

「その力から昔は『魔女』と呼ばれてたんだ」

「魔女……」

「『陪審員』が『隻眼の魔女』と呼んでたから、今はそう呼ばれてるみたい」

「隻眼? 片眼が無いんですか?」

「右眼がね。以前の叛逆の時に失ったんだ……」

 

 かなたの右翼と同様に、失くしてしまった存在。

 隻眼とは実に厨二心を擽る響きだが……実際に失えば冗談も言ってられない。

 かなたは静かに眉を寄せた。

 

 かなたの様子の変化に気付いた2人は言葉を止めて、暫し黙った。

 場が静まると義翼の鳴らす不快な音がよく聞こえる。

 耐えかねた奏が小さな声で鼻歌を歌い始めたので、フブキはそちらに耳を傾けて歩いた。

 

 しばらく隘路を進んでいたが、街へと近づけば道は舗装されていて歩きやすい。

 かなたの様子を伺うように言葉を控えながら冥界を歩き、やがて人の気配のある住宅街へ戻って来た。

 とは言ってももう夜遅いので、出歩く人は少ない。

 

 そんな住宅街のとある一軒家前で、かなたは足を止めて照明の角度を上げた。

 

「……ここ?」

「ここ」

 

 かなたが一歩前へ出て、扉を叩いた。

 奥で小さな物音がする。

 次第に音は近づいて――

 

「かなたん、来たね」

「うん、遅くなってごめん」

 

 中から1人の少女が現れる。

 頭だけを扉の隙間からひょこっと出して控えめに。

 そんな少女の細まった視線がフブキ達へと移る。

 光の加減で正確な色は分からないが、その瞳は黄っぽく見えた。

 瞳と併せてしゅっとした印象的な細眉も動く。

 

「この人たちは僕の仲間だから安心して」

「かなたんもか……」

「……も?」

 

 少女の細眉がハの字に歪む。

 かなたも真似るように眉を寄せた。

 気分で奏も同じ顔をしていて少し面白かった。

 

「かなたさん、この人は……」

「あーごめん。この子は紫咲シオン、こっちの子たちは――」

「かなたん、話は中で」

「あ、そうだね」

 

 シオンと呼ばれた少女が漸く扉を大きく開けた。

 曝け出されるその身なりは実に見窄らしい。

 服装は地下暮らしと思えない薄着、薄紫を足したような銀髪は少々乱れて跳ねている。首元や手脚の細さも奏ほどでは無いが、見るからにか弱そうで、奏でも握り潰せそうだと思えてしまう。

 

 シオンの開く扉からかなたが家に上がるので、3人も後に続く。

 扉を開けて待機するシオンとすれ違い様に視線が合うが、正も負も感じない。

 全員が入室すると扉を静かに閉じて鍵をかける。

 

「奥にいるよ」

 

 シオンに廊下を進むような指示を受け、一行は薄暗い廊下を進んだ。

 時折家が軋む音がしたり、所々に汚れや欠損があったりと家自体の質は良く無い。

 ミオを壁にぶつけないよう一歩一歩慎重に進んでいると、背後のシオンが鈍いと言わんばかりにため息を吐いていた。

 その圧にもめげずにペースは早めず、リビングへ到達。

 

 広く無い一室に、人が3人もいた。

 そこへ新たに4人も入るのだから、窮屈で仕方がない。

 シオンの薦めに甘えて、ミオを小さなぼろいソファへと寝かさせてもらうが、今にも壊れそうな音を響かせるので焦った。

 

 かちゃっ……。

 

「「……」」

 

 物騒な音が小さく室内に響いた。

 先客の1人が銃口をかなたに向けている。

 トリガーに指をかけて今にも発砲しそうだ。

 早々に一触即発の空気となる。

 

「ちょ……」

 

 咄嗟に声を上げたのはフブキ。

 続いて先客の2人組。

 その他は静かに成り行きを観察している。

 

「シオンたんから用件は聞いてる」

「それなのにこの出迎え?」

「何? かなたは仲が戻ったとでも思ってんの?」

 

 フブキは銃を構えた少女の容姿に一瞬見惚れた。

 こんな状況なのに。

 

 右眼を黒の眼帯で覆っており、ある意味真の姿は見えないのだが、うっとりとする美貌を持っていた。

 何がこうも目を惹くのかフブキ自身定かにできない。

 ただ真っ先に思ったのは美しい、であり、次いで若い、だ。

 あの容姿……10代後半だろうか?

 フブキたちと近しい年齢に見えるが、それ以上の妖艶な魅力を誇る。

 

「折角シオンちゃんが場を設けてくれたのに、不意にする気?」

「そうやって人を使って逃げ場を無くそうとして、性格が悪いよ」

「僕が直接誘ったら素直に応じてくれてたとでも言うの?」

「――――」

「卑怯なのはマリンの方だ。いつまでも失敗を引き摺って逃げてばかり。僕の言葉にも聞く耳を持たないで、いつまでもいつまでも!」

 

 ぴきゅん――。

 

「――!」

 

 かなたの左肩に一筋の光が突き刺さったように見える。

 マリンが構えていた銃を発砲したのだ。

 左肩からじわじわと血が滲み出てくる。

 

「何してるの!」

 

 マリンの美貌に魅了されていたフブキは正気を取り戻し、声を荒げた。

 一戦終わってひと段落ついたというのに、何故仲間割れをしなければならないのか。

 

「いいんですよ! どうせかなたは何したって意味ないから」

「そんな事――ぅぇ!」

 

 かなたの力をマリンは熟知している。

 だから横暴な手段に容易く打って出る。

 現実の残酷さも知らずに。

 なのでフブキがその現実を伝えようとしたのだが、あろう事かそれを止めたのはかなた本人。

 痛むはずの左手を大きくフブキの前に上げて、動くな、喋るなと全てを抑止した。

 

「……何だよかなた。やるってんのか」

「そんなつもりはない。僕は叛逆の為に話し合いに来たんだから」

「――‼︎」

 

 ぴきゅん、ぴきゅん、ぴきゅん、ぴきゅん――!

 

 サイレンサー付きのピストルが追加で4発放たれた。

 2発を外してかなたの両頬に掠め、1発を右肩に、もう1発を腹部に撃ち込んだ。

 痛覚を失くしたように、かなたは顔色一つ変えないが傷は確実に刻まれて蓄積する。

 ぽたぽたと3箇所から血が床に滴り、口からほんのり血を垂らす。

 

「私は叛逆なんてしない!」

「じゃあ……その子たちは何」

「2人はアイツらから守る為に匿ってるだけ! 叛逆の仲間じゃない!」

「こっちの子たちは……叛逆に賛成派だ」

「そうやって人を巻き込んで死なせんのか!」

「僕が居る限り仲間は死なせない!」

「だから!その!考え方をやめろっつってんだろうがぁ!」

 

 怒り心頭で我を忘れかけたマリンの怒号にフブキは危機感を覚えた。

 いや、きっと誰もが覚えた。

 その中で唯一体を動かせたのがフブキだった。

 かなたを強引に突き飛ばして自ら銃弾を浴びる。

 今の狙いは的確過ぎた。

 致命傷となる一発がフブキの判断により、かなたからフブキへ逸れる。

 そして、フブキの心臓が撃ち抜かれた。

 

「ふっぐ……」

 

 ミオの身体を大切にする使命を放棄して、フブキは血反吐を吐いた。

 かなたへの体当たりの勢いのまま転倒しそうになるが、かなたと奏がフブキの体を支える事で体勢を保った。

 

 ぼたぼたぼた……と、かなたとは比較できない量の出血。

 心臓から大量に血液が溢れて、口からもだらだらと血が逆流して噴出する。

 過呼吸になって喉が必死に酸素を求めていた。

 

「あ――ご、ごめ――!」

 

 マリンの頭が急速に冷えて、全身が震え始める。

 すると罪悪感が背中から押さえつけて腰が痛くなった。

 

「かなたさん!」

「う、うん、大丈夫、任せて……」

 

 かなたが負傷した右腕を持ち上げて、フブキの心臓に翳せば、瞬く間にその傷が癒えてゆく――綺麗さっぱりと。

 物の数秒でフブキの傷は完治したが、かなたの傷は1つも癒えていない。

 この不自然な状況でも、マリンは「まさか」を考え至ることができず、かなたに更なる苛立ちを募らせていた。

 だからフブキの傷が完治するや否や、先程の罪悪感は形を潜めて態度も口調も攻撃的になる。

 

「……態々庇うとか馬鹿ですか。かなたは自分の傷を一瞬で治せるから庇う必要なんてないんですよ」

「んー……ん」

 

 傷は癒えたが感じた激痛と血液を一時的に失った身体への症状は暫く持続する。

 奏に膝枕で寝かせて貰いながら、フブキは懸命に声を上げた。喉に絡まる血で掠れて今にも潰えそうな声を。

 

「そんむ――」

 

 言葉を紡ぎかけたフブキの唇に奏がそっと片手を添えて、口を封じた。

 女神のように優しく微笑んで、赤々とした瞳を細めるとマリンに視線をぶつけた。

 

「かなたさんにはもう、自分を癒す力が無いんです」

「――は? 何言ってんの?」

「1時間ほど前に奏たちは襲撃を受けて、その時にかなたさんは自己回復能力を封じられてしまったんです」

「……襲撃、って、誰に」

「神の一団の『獅子』と『陪審員』の2人です」

「――なっ‼︎」

 

 かなたの発言から、マリンが過去に叛逆した仲間である事は容易に想像がついた。だからこの通り名も記憶に残っているに違いない。

 右眼を失った『隻眼の魔女』とは即ちマリンの事だ。

 奏の静かな告発で、マリンは己の罪深さを自覚した。

 ぽろりとピストルを手から溢して両手を震わせる。

 こんな物で本性など見えはしないが、フブキ達にも悪人でない事は伝わっただろう。

 

「っ……!」

 

 マリンは部屋を飛び出した。

 扉の前にいるシオンを押し退けて、しかし誰とも目を合わせずに。

 そして玄関すら飛び出して、どこかへ行ってしまった……。

 奏はその時のマリンの様相が視界に入ったが、言葉では何とも表現し難い、複雑な感情の混同を感じた。

 

「……シオンちゃん、包帯とかある?」

「待って、探してくる」

 

 かなたが傷口に触れながらそう頼むと軽く手を上げて返答し、部屋を出ていく。

 遠くからがさごそと物色する音が聞こえるが聞こえないふりをした。

 

「それで……そこの2人は?」

 

 かなたは本当に痛覚など無いように振る舞う。

 その異様な立ち振る舞いに、見知らぬ2人の少女は困惑していた。

 どちらも獣の耳を頭から生やしているが、勢力が二分しそうな組み合わせ。

 そう、イヌとネコだ。

 

 明かりが弱くて相変わらず色は定かでは無いが、イヌ科の少女は茶色っぽい髪と垂れ耳で小さなお下げを両サイドに作っている。

 瞳は赤茶けており、隣の少女と相対的に見るとどうしても正気が薄れて見えるが、きっとそんな事は無い。

 パッと見たところ体付きはかなり良く、服の上からでも鍛えられた肉体だと分かる程にはどっしりとした存在感。それでいて隣の少女と抱き合うように身を寄せる乙女らしさも残している。

 

 もう一方の少女は薄い紫色のやや短い髪ときりりとした耳。

 イヌ科の少女とは対照的に、その両眼には人工物を疑う勢いの煌めきを宿しており、尽きない生力を感じる。

 若干のボーイッシュを印象付けてくるが、やはり隣の少女と抱き合うように身を寄せており、乙女を垣間見せる。

 

 かなたの言葉と視線に2人は顔を見合わせて、同時にかなたを見つめ返す。

 一瞬どちらと目を合わせるか逡巡したが、間を取って2人の繋いだ手に視線を向けた。

 ちらりと2人の背後から、それぞれの個性的な尻尾が顔を出していた。

 

「えっと……」

 

 かなたの問いに返答がなくかなたも困り顔。

 見かねた奏が座ったままだが口を挟む。

 

「奏は音乃瀬奏といいます〜。『呪い』が発症してからもう3年は経ちますねぇ」

「……」

 

 不安げに身を寄せて警戒していた2人が奏の自己紹介に目をぱちくりさせた。

 かなたは困惑を重ねていたが、フブキは弱々しくも笑っていた。

 

「私は、白上フブキ、って、いいます……あ、違った」

「「…………??」」

 

 フブキの誤った自己紹介に2人は更に目をぱちくりさせ、顔を合わせる。

 先程とは一変する空気に戸惑うのも無理は無い。

 だが2人の生み出した流れで2人は切り出しやすくなった。

 

「あ……ぼ、僕は猫又おかゆで――」

「僕⁉︎」

「へ⁉︎」

 

 ネコ科の少女が勇気を出して名乗ったのだが、かなたがその一人称に激しく反応した。

 僕っ娘仲間の登場に心が躍ったのだ。

 自らを僕と呼称する女性は、そうはいない。

 おかゆのように目を輝かせたかなたが、ぐいと距離を詰めた物だから大層怯えて隣の少女に抱きついていた。

 イヌ科の少女がにへっと頬を緩める。

 

「かなたん、怖がってるよ」

「――ごめんごめん。あ、ありがと」

 

 救急箱を持ったシオンが戻り嗜めると、かなたはシオンに謝りながら救急箱を受け取る。

 

「シオンちゃん、弾取れる?」

「え、玉……?」

 

 かなたが箱から取り出したピンセットを差し出すが、シオンの視線は下腹部へ向いていた。小学生レベルの冗談が炸裂し、大半は反応に悩んでいたが、かなただけは違った。

 

「この中に付いてるやついねぇから」

 

 無理矢理ピンセットを押し付けて、付近の椅子を寄せて座り込むとまずは右肩を突き出す。

 ピンセットを受け取ったシオンは傷口を見て可愛らしい眉を寄せた。

 

「コレ抉り取るの? グロくて無理なんだけどー」

 

 かなたの忍耐力は知っており、激痛を与える事への罪悪感はない(そもそもかなたは激痛と思わないが)。

 しかしピンセットを傷口に突っ込む行為が受け付けないらしい。

 困ったな、と口にしてフブキを一瞥するが視線を逸らされた。それにフブキは今疲弊している。

 奏に視線を移す。彼女なら或いは、と期待を寄せるが……

 

「奏不器用なんで多分取れないです〜」

 

 技術的な理由で断られた。

 丁度膝の上にフブキの(身体的にはミオの)頭を寝かせているので、もう少しこの至福の時を堪能したい所でもあるし。

 

 かなたはピンセットを掴んでおろおろと視線を彷徨わせる。

 ミオは絶賛気絶中な為、最早頼れる者は2人だけ。

 おかゆとかなたの目が合う。

 

「あの……お願いしてもいい?」

 

 かなたとしては珍しく控えめで、腰を低くしての申し出だった。

 隣の少女とまた目を合わせた。

 お互いを意識しすぎだろう……。それともアイコンタクトで以心伝心できるのか?

 と言うかそろそろ離れては如何か……。

 

「……、……」

 

 おかゆが初めて繋いだ手を離し、首肯しながらピンセットを受け取った。

 ピンセットを握るとおかゆはじっとかなたの傷口を凝視する。

 

「と、取るよ……?」

「お願い」

 

 緊張していそうな口振りの割に、手はぴんとして一切手先がぶれない。

 光の加減で色が薄れても尚、おかゆの瞳は煌めいている。

 ピンセットの先端もきらりと煌めいた。

 

 ぐじゅっ……と血肉にピンセットの尖端が刺さるが、やはり2人の顔色は変わらない。

 何て図太い神経なのだろう。

 

 傷が癒えて血もまともに巡り出し、フブキが漸く上体を起こしたのだが……その時奏と目が合った。

 そしてゆっくりと膝枕に帰るのである。

 

「うっ……と、取れない」

 

 その間もおかゆの懸命な摘出作業が続いていたが、素人の技術と有り合わせの道具ではどうにも上手く摘出できない。

 切開もせず傷口からピンセットで取ろうにも、血肉が邪魔だし滑るしで摘出のしようがない。

 やる気や根気といった熱意等で解決する問題ではなかった。

 

「難しいか……ならしょうがないね」

 

 おかゆから血塗れのピンセットを返してもらい摘出を諦めた、かに思われたが――。

 かちゃりと床に転がるマリンのサイレンサー付きの銃を拾い上げる。

 

「何してるの⁉︎」

「これで無理矢理弾き出すんだよ。至近距離で撃てば流石に押し出せるでしょ」

 

 と強引な手法に打って出る。

 銃口を自らの肩に当てて、傷口を直接狙う。

 周りからは冷静になれとの声が上がるが、それとは関係無しに思い止まった。

 サイレンサーが邪魔で角度がズレるのだ。

 これもまた、誰かに撃ってもらわなければ……。

 銃に関しての素人がサプレッサーの着脱のみとは言え、勝手に改造する事は出来ない――と言うか、昔マリンに怒られたからしない。

 

「誰か撃ってく――」

「かなたん、もっと自分を大切にしなって」

「大切に……って言われても、これしか方法が――」

「ちゃんと病院に行けば手術できる。かなたんはお金にも困ってないでしょ」

「いや、でもそれだと時間が――」

「時間はまだまだある。だからもっと……人を大切にして。嫌いなんでしょ? 命の冒涜は、さ」

 

 この中では最もかなたと距離の近いシオンからの助言。

 かなたはバツが悪そうに目を泳がせた。

 口元を少しだけ曲げて銃を掴んだ手をだらりと下ろす。

 その腕を血が伝って床に垂れた。

 

「マリンちゃんがなんで怒ったのか――」

「そんなのは分かってる!」

「……そっか」

 

 徐々にかなたとマリンの関係性が可視化されて行くが、同時に空気が険悪になるのでこれ以上深掘りしたくはない。

 せめて先に、イヌ科の少女の名を聞きたい。

 2人とマリンの簡単な関係も。

 なのでフブキは今度こそ上体を起こして立ち上がる。

 一瞬立ち眩みがして蹌踉めいたがなんとか踏みとどまった。

 

「私は白上フブキで、この身体はミオの身体。あっちで寝てるのが大神ミオで、あの身体が私――白上の身体」

「「――??」」

 

 流石に無茶苦茶だ。

 こんな矢鱈な説明で理解しろとはフブキも中々に鬼畜である。

 

「分からないのは分かりますよ〜。でもお二人も、何かしら喋られては?」

 

 難色を示す2人へ奏が提言した。

 おかゆは一応かなたと対話できていたが、イヌ科の少女はここへ来て一度も口を開いていない。

 声で人を強く記憶する奏にとって、声を聞く事は名前を聞くに等しい。

 

「戌神、ころね……」

 

 小さく覇気のない声で呟いた。部屋が騒がしければ聞こえなかったろう。

 

「なんだか美味しそぅな名前ですねぇ」

 

 奏が茶化して場を和ませようと……否、他意は無さそうだ。

 食べ方に困るパンのような名前は確かに珍しい。病人のお供のような名前もまず存在しないのだが。

 

「僕は? おかゆも美味しいよ?」

 

 必要無い部分で対抗心を見せ、おかゆが奏に弱い圧をかけた。

 そんな温い気魄に気圧される事などなく、奏は飄々としてこう返す。

 

「え〜、おかゆってどろっとしてて奏はあまり……お米は好きですけど。ごはんとか、おにぎりとか」

「おがゆ、美味しいよ」

「ほんとう? うれし。僕はおにぎりの方が好きだけど」

「お〜が〜ゆぅ〜!」

 

 配慮も無く自らの好みを伝えた奏にむっとして、ころねはおかゆにフォローを入れた。

 所がおかゆも奏に賛成派なのでころねは涙目で体を揺すった。

 

「そんな事より、2人はマリンとどう言う経緯で知り合ったの?」

 

 親友にしては妙に近い距離感で、かなたは少しいらっとした。なので会話を遮って話題を転換させる。

 その様子に背後でシオンだけが苦笑していた。

 

「えっと……ねえ、あれっていつだっけ、ころさん?」

「ん……? うん」

「いや、いつだっけって聞いてるんだよ?」

「うん」

「もう〜、ころさん!」

「いやひゃっ‼︎ だってわがんないんだもん!」

 

 コントのような間合いで展開される。

 ふざけるころねの脇腹を擽って他の言葉を引き出させる事には成功したが、結局分からずじまい。

 そのいちゃいちゃを見せつけられたかなたは一層眉間を力ませた。

 

「ねえ……僕の質問に、こ、た、え、て、く、れ、る?」

 

 おかゆの眼前までかなたが顔を寄せて凄む。

 怒りを混ぜた微笑がおかゆを睨んでいる。鼻息も少々荒い。

 天使の輪っかが激しい勢いで回っていた。

 

「――ん!」

「ふべっ!」

 

 突如としてぶっ倒れるかなた。

 かなたの身に何が起きたのか、3秒ほどは誰も理解できなかった。

 真っ先に事態を把握したのはおかゆ。次いでシオン、そしてその他。

 

「こーら、ころさん。駄目だよいきなり殴ったら」

 

 おかゆが赤子をあやす様な声音でころねの突き出す拳を下ろさせた。

 

「…………は? はぁぁぁあああ⁉︎ ねえ! なんで今僕殴られたの⁉︎」

 

 かなたの右頬が赤く腫れていたが、本人は例の如く痛みを感じていない。

 それでも理不尽な暴力に怒りを隠せずにいた。

 傍観者3名も、流石に酷いとは思った。

 でもかなたの反応が中々にコメディアンだったので、衝撃の表情に苦笑を紛れ込ませてしまった。

 

「何笑ってんの! あり得んでしょ! あり得んでしょ⁉︎ つーかなんでナチュラルな顔してんの⁉︎」

「ごめんね。下手にころさんよりも僕に近付くと、問答無用で殴っちゃうんだ」

「何それ怖い」

 

 躾のなっていない狂犬。それがころね……?

 意味不明なルールだが、ころねよりおかゆに近付くな、と言う事らしい。

 説明も無く殴られたかなたは腹の虫が治らず、全身の血管を浮かせて立ち上がった。

 

「握り潰すよ⁉︎」

 

 ずかっ、と一歩前に踏み込むと床がびきっとしなる。

 天使の輪っかの回転はもはや止まる気配も無い。今のかなたの握力を測れば100キロを超えていそう。

 そんな迫力だけがある。

 

 よろっ……とかなたの足がふらつき、絡まり、転倒した。

 

「あれ……なんで」

「かなたさん⁉︎」「ちょっ、かなたん」

 

 フブキとシオンが素早く駆け寄って様子を確認すると、四肢が痙攣しており呼吸も若干荒い。

 傷口から流れた血は既に固まっており、触れても付着する事はなかった。

 倒れ込んだかなたにフブキは膝を貸した。先刻奏に借りた様に。

 かなたの銀髪はつるつるなので肌に直接触れるとほんのり擽ったい。

 一瞬だけ、巻いた尻尾を枕代わりにと思ったが、抜け毛が絡むと可哀想なのでやめた。それにこの身体はミオの身体だ。後にこの行いを振り返れば、少々もどかしくなったし。

 

「も〜、怪我してるのに暴れるから」

「僕のせいじゃなくない⁉︎」

「いーから、大声出さないで、怪我に響くよ」

「なんで……もう……」

 

 踏んだり蹴ったりな1日で精神的疲労もさぞ蓄積された事だろう。

 シオンは包帯を手にしてかなたの傷口に回した。

 

「弾は病院行くまで残るけど、我慢して」

「撃って押し出せばいいって……」

「だからそれはダメ。またさっきの話する?」

「……」

 

 シオンに諭されかなたは不満そうに口元を歪めた。

 今更ではあるが、おかゆところねに加えてこのシオンと言う少女もこの場に居合わせる理由がよく分からない。

 叛逆者の仲間にしては、随分と慎ましい姿だ。

 

「あの、所でおかゆちゃんところねちゃんは、何でマリンさんと一緒に居るのかって話、またしてもいい?」

「えあー、うん、そ言えばそうだったね」

 

 再び話題は戻る。

 磁石のSとNの様にぴったりと張り付く2人に尋ねるとおかゆが2回頷いて、語り始める。

 

「正確な日は覚えてないけど、多分半年くらい前、だよね?」

「うん。多分合ってる」

 

 お互いに確認を取り記憶に間違いが無い事を示す。

 ころねがおかゆの服の袖を握りしめた。

 

「ころさんに『呪い』が生まれて僕たちは国を逃げたの」

「――――」

 

 フブキは瞠目して右腕を押さえた。

 服の袖に隠れているが、そこには丁度ミオの円形の刻印がある。

 

「それから数日で靄がかった『呪い』は刻印となって……僕にもそれが生まれた」

「――! 全く同じ刻印が、ですかぁ?」

 

 呪いの感染は嘘であるとかなたは語った。

 まさか本当に、感染るのか?

 

「んーん、刻印の形は違うよ。僕のなら見せてあげるけど、見る?」

 

 おかゆの申し出にフブキは戸惑う。

 ミオは刻印を嫌っていたし、ころねが見せたがらない辺り何かあるのだと思う。

 それに刻印の場所にはよるが、奏の様にまた厚顔無恥に肌を露出されても……。

 

「いいよ、聞いといて疑ったりしないから」

 

 結局フブキは断った。

 奏は興味を示していたが、妙に静かに話の流れる様子を見守っている。

 そう言えば、ここが誰の家かは不明だが、らでんやかなたの部屋の様に物色しなくていいのだろうか?

 

「そう? ならまあ、わざわざ見せないよ」

 

 おかゆはズボンに掛けた手を戻した。

 その動作を見てフブキは安堵した。

 

「それで、マリンとはいつ会ったの?」

「2ヶ月ほど前に……なんか野菜がいっぱいの村で会った」

「野菜がいっぱい?」

「うん。誰も管理できないんじゃないかってくらい途方も無いほど広大な面積の畑があったの」

 

 村の名前が浮かばずその特徴を挙げたが、かなたは思い当たる村が無かった。

 マリンとかなたの出身国は同じなので、その付近かと思ったが案外遠くへ移り住んでいたらしい。

 

「でもそっか……2ヶ月も2人を匿ってたんだ」

 

 かなたはこっそり口角を上げた。

 ところがその表情をこの場の全員に見られてしまう。

 そう、丁度目覚めたミオにさえも。

 

「ぅ……フブキぃ」

「ミオ!」

「えっ――いだぁっ⁉︎」

 

 ミオの覚醒にフブキが膝枕という役割を捨てて駆け寄るので、かなたの頭は勢いよく床に放られた。

 痛みはないが反射的に叫ぶ。しかしフブキは目も耳もくれず、ミオの容体を気にしている。

 今はどう考えても、絶対に!かなたの方がぼろぼろだが。

 

 1人惨めな思いでフブキとミオを眺めるかなたの枕元(頭元)にすすすと奏が身を寄せた。

 せめてもの慰めに奏が膝を貸してくれるそうだ。

 奏が憐れみの眼差しでかなたの目元に指を添えた。目頭に涙が溜まると思ったのか。

 残念ながらかなたはこんな程度で泣かない。

 赤い瞳を見つめてかなたは肩を竦めた。

 

「ミオ大丈夫?」

「うん、ごめんね、フブキの身体なのに……」

「いいの気にしないで」

 

 ぎゅっと力強い抱擁を交わすと、おかゆところねが対抗心を燃やして同じ様に抱き合った。

 シオン、奏、かなたの余り組が暫し顔を合わせるがかなたとシオンは直ぐに視線を明後日の方向へ向けた。

 奏だけはその後もじっとフブキとミオの抱擁を見つめていたが。

 

(そっか……)

 

 奏は自身の肩身の狭さを自覚した。

 僅かな寂寥感と併せて生まれる小さな疑問。かなたの相手は想像に難くないのだが、シオンのお相手は……?

 なんて、人生の暇潰し程度に考える傍らで何やら話が進んでいた。

 

「かなたさん、私たち『冥界の王』の所へ行ってもいいかな? ミオも起きた事だし」

「ん? いいんじゃない。元々その為に来たんでしょ」

 

 かなたから快諾が下り、2人はにっこりと笑って顔を合わせた。

 シオン、おかゆ、ころねの3人は話の流れについて行けないが、各々の事情があるのだと割り切って深掘りはしなかった。

 その変わりと言っては何だが、おかゆところねは別の事に触れる。

 

「あ、あの、僕たちも……マリンさんを探しに行ってもいい、かな?」

「マリンを?」

 

 ころねはぶんぶんぶんと首を縦に振った。

 

「だったら僕も――」

「行って来なよ。かなたんはシオンが見とくからさ」

「え! 待って僕も――」

「だーめー。どうーっせまた拗らせて喧嘩するんだから」

 

 シオンの意見には同意しか出てこない。

 かなたには対話の意思が強くあるが、マリンにはまだ燻るものが多いと見える。少なくとも、マリン側の問題を解消しない限り歩み寄る事はできない。

 そしてその問題は、かなたと対面するだけ解決しづらくなる。

 一同の勝手な憶測だが。

 

「それにかなたん、歩き回れるほどの体力残ってないでしょ」

「そんな事ないもん!」

「そんな事ありますぅ〜」

 

 若干の煽り口調を交えてシオンが拘束を図る。

 

「あ、あの……ちゃんと連れてくるから……」

 

 おかゆが控えめにそう約束した。

 何とも期待できない様子だが、おかゆところねが最も対話を図れる人材だ。

 ――――いや、1番はシオンだった。

 

「やっぱり僕も――」

「ほら早く行って来なよ。4人とも」

 

 かなたの言葉は全て無視してシオンが優しく4人に促した。

 4人はシオンに小さく会釈して部屋を退室する。

 まずはおかゆところね。2人が退室して玄関も出て行く音を確認すると、フブキは奏に過去に類を見ない優しい微笑みを向けた。

 

「奏ちゃんも行こ」

「――はい」

 

 こうしてかなたとシオンをおんぼろハウスに残して、3人も当初の目的を果たしに足を進めた。

 

 

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