叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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義翼と隻眼②

 

 おんぼろハウスを後にしたフブキ、ミオ、奏の3人は懐中電灯と街灯の明かりを頼りに『冥界の王』の住まう城へ向かっていた。

 

 その道中でフブキはミオに「呪い」の話を持ち出した。

 

「ミオ。ミオの刻印の力の話なんだけどね」

「うん」

「多分、怪力だよ」

「かいりき……」

 

 フブキの明るい眼差しに戸惑いつつ復唱した。

 その時3人が頭に浮かべた光景は同じもの。

 ぼたんとの戦いだ。

 

「あの時、急に力が漲ったんだ。あれがきっとミオの力なんだよ」

「うん……ウチも意識の片隅で、見てた」

 

 どうやら気絶の直前にその光景を目にしていた様で、ある程度の自覚はあるらしい。

 奏もその意見に賛同しており、ミオの力である事は間違いない、と完結した。

 

「元に戻ったら、ちょっとだけ練習してみる?」

 

 一度力を発動したフブキは自身の力で無いと認識しながらも、その扱い方を指導する気でいる。

 その姿が少し面白かったので、ミオはくすっと笑ってそうだねと答えた。

 奏も後方から温かい眼差しを向けてくる。

 

 そして一度会話が途切れる。

 途端に気不味い空気が流れた。

 

 付き合いは短いが、会話が続かない程度何とも思わない。

 緊張状態になるのは、奏とフブキがお互いのことを意識しているから。

 これも勿論、浮ついた感情の話ではない。

 

 フブキは背後の奏の様子を伺いたそうにしているが、一度も振り向かないい。

 奏もそれに気づいて視線を彷徨わせる。

 

「「「…………」」」

 

 1分は無言で歩いただろう。

 その静寂に痺れを切らせ、軈てフブキが思い切り振り向いた。

 

「奏ちゃんっ!」

 

 事が事なだけに、多少息むフブキを奏は黙って見つめている。

 フブキの感情の持ちようで、奏の瞳から受ける印象は大きく異なるのだと感じたが、そんな事今はどうでもいいはずだ。

 あの紅の瞳には、怒りなんてこもっていないのだから。

 

「……聴いても、いいかな?」

「――」

「あの人が、言ってた事について……」

 

 徐々に声量が落ちてゆくが、きちんと聞き取れた。

 奏はそっと首肯して歩き出す。

 顔を見られたくないのか、2人を追い越して先頭に立ち、フブキから懐中電灯を受け取る。

 そのまま3人で城への道を進み、その中で奏は語り出した。

 

「怒らずに、聴いてくださいね」

 

 奏のゆさゆさと揺れる金髪を見つめながら、2人は耳を傾けた。

 

 

「奏はずっと……死にたかったんです」

 

 

 ずばっと本心から切り込む奏に2人は足を止めた。

 心に穴が空いたように一瞬放心し、直後から激しい焦燥感が押し寄せてきた。

 

「え――⁉︎」

「なん――ぇ⁉︎」

 

 奏の足は止まらない。

 2人は慌てて距離を詰め、フブキは更に奏の右肩を掴む。

 

「……」

 

 振り向く事もせず、奏はフブキの手を払った。

 らしくない対応にほんの一瞬恐怖した。

 

「4年も世界を彷徨って、生きる意味も感じれなくて、いつも死に場所を探してました――いや、今もまだ探してます」

 

 会話を続けた。

 奏のその言葉にフブキは恐ろしい可能性を考えてしまう。

 ひっそり唇を震わせていたが、奏は気付いたような口振りで追い討ちをかけた。

 

「奏があの時2人を助ける素振りを見せたのも、ここまで同行したのも、全部自分が死ぬためなんです」

「そんな……」

 

 怒りなんて湧き上がらない。代わりに押し寄せるのは悲しさ。

 様々な事にがっかりした。

 フブキもミオも耳と尻尾を力無く垂らす。

 

 悲愴感の薄い奏の背を見つめていると、疑問が生まれた。

 極めて縁起が悪く不謹慎な疑問。

 

 数秒ほど質問に躊躇して口をぱくぱくさせていたが、意を決して言葉を紡いだ。

 

「か、なでちゃん……あの、不謹慎かもしれないけど……」

「――」

「何でその……えっと……ぁ……ぇっと……自殺、とかは――」

「ちょっとフブキ――!」

「だ、だって……!」

 

 ミオが不謹慎発言を嗜めるがフブキは撤回しない。

 だって、変じゃないか、そんなの。

 

「考えましたよ。何回も」

「「ぁ……」」

 

 躊躇いもなく答えた。

 奏の歩速は変わらない。

 

「でも、奏はバカなんです」

「「――??」」

「刃物を逆手に持っても、崖の前に立っても、ロープを首に巻いても――怖くて最後の一歩が踏み出せないんですよ」

「……そっ、か」

 

 二人の落ち込んだ姿なんて容易に想像できる。

 目に見えずとも、二人の表情が瞳に映る。

 それなのに奏はまだ続けた。

 

「しかも、愚かで強欲だから――どうせ死ぬなら人の為に、カッコよく、なんて考えて……。だから二人に着いていけば、二人の助けになって、いい感じに死ねるんじゃないかと、思ってたんです」

 

 フブキとミオの気も知らないで、身勝手な事を言う。

 2人が奏の死を前にすれば、一生の後悔として人生に刻まれてしまう。

 事あるごとに思い出して、悲しみ苦しむ羽目になる。

 

 それを口にしかけ、また思いとどまった。

 

「あ、でも一応は別の考えも、あるんですよ」

 

 と、奏は漸く振り返った。

 案外表情は普段通りで、逆に恐ろしい。

 そんな奏が2人の心配性を憂うように付け足す。

 

「二人についていって、それで何か奏が生きたいと思えるような、やりたい事が見つかればいいなぁ〜……って…………1割くらい、ですけど……」

 

 最後に少しだけ希望を落とした。

 あまり期待されたくないのだろう。

 奏の視線が泳ぎ気不味くなると、再び前に向き直した。

 

 進行方向を照らして、城への道を進む。

 思ったより城は近付いている。

 

 フブキとミオは色気のない目を合わせた。

 奏に言いたい事は色々ある。

 生きろとか、死ぬなとか、ふざけるなとか。

 考えて考えて、城が間近まで迫って漸く言葉が決まった。

 

「奏ちゃん」

「はい〜?」

 

 そこそこ間が空いて奏の様子は普段通りに戻っていた。

 振り返りもせず、歩き続ける。

 

「止まって」

「へ? はい」

 

 ミオが少し怒気を含んで呼び止めたので図太い奏も足を止めて振り返る。

 奏は真っ先にミオの視線を見つめたが、フブキが一歩進み出たので其方に視線を移した。

 

「さっきの話」

「――」

「私たちは多分、奏ちゃんよりも恵まれてて国を出て直ぐ、色んな人に出会えた。そして助けられた。その上出会ったばかりで奏ちゃんの想いを計り知れないから、生きろ、なんて言っても響かないと思う」

「――、――」

 

 奏はこく、こく、と2回小さく頷いた。

 

「だから奏ちゃんの想いに関しては、口出ししない。奏ちゃんの人生だから」

「――――」

 

 ミオも大きく一度首肯して、同じ意思を示す。

 

「でも奏ちゃん」

「――――」

 

 2人の瞳を見つめて、奏はある感情を数年ぶりにに体感した。

 

 

「私たちは、奏ちゃんが死んだら悲しいよ」

 

 

 フブキとミオに、恋しそうだった。

 地下都市に吹く夜風は地上のものより冷たく、奏の全身を冷やした。

 

「――」

 

 見つめ合う事に羞恥心を覚えてしまい、奏は背中を向けた。

 はらりと舞う金髪はいつ見ても美しい。

 

 奏を背後から儚げに見守る2人。

 その時奏が、右手を目元に運ぶ様子を目にした。

 鼻を啜る音や咳払いは聞こえなかったし、煌めく雫を一滴も見れなかった。

 でも2人は、その背中を見るだけで満足できた。

 

 奏の人間らしい一面が見られて少しだけ仲間意識が高まったのだ。

 

「――ほら、お城は目の前ですよ。はやく行きましょ〜」

 

 奏の切り替えの速さと上手さはやはり、目を見張るものがある。

 これだけの容姿もあるのだから、女優にでもなればきっと大成功する。

 歌も極めて上手い事だし。

 

「うん、そうだね」

 

 何も無かったかのように、奏を先頭にして3人は間近へと迫った城門へと歩んだ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 地下都市の中でどの建造物よりも大きい物――それが魔王城。

 魔王城と名付けられているだけで、本物の魔王は実在しない。

 だが、この城の主人が冥界の長であり、地下都市の最高権力者である事は間違いない。

 

 10分ほど歩いて、フブキ、ミオ、奏の3人は魔王城の門前へと辿り着く。

 佇む城門はフブキたちの身体の10倍程の大きさ。

 ただの入り口に睥睨され、あまりいい気分はしない。

 

「えーっと……」

 

 門番がおらず、インターホンなんて物もない。

 この重厚そうな扉を果たしてノックしていいのか。

 

 フブキとミオの戸惑いを理解した奏が、やはり率先して前に出る。

 そしてかんかんかんと力強く扉を叩いてみた。

 鋼鉄を殴った反動が右手に響き、甲が若干赤らむ。

 

「…………」

 

 返答が無い。

 

 かんかんかんかんかん。

 

「……」

 

 もう一度ノックをしたが、やはり返答はない。

 城壁も扉と同じ程の高さで内側の様子を見る事も叶わず、早速3人は行き詰まった。

 奏は2人に意見を尋ねようと振り返る。

 懐中電灯の光がぐるりと半回転して2人を照らし……

 

「ひゃぁっ⁉︎」

 

 何かに驚いた奏が光と身体を荒ぶらせた。

 ミオとフブキも慌てて振り返ると――

 

「貴様ら、何してんだ?」

「うわぁっ‼︎」

 

 ミオが神速でフブキの背後に逃げる。

 

 フブキとミオの背後には子どもの幽霊――のようにある少女が佇んでいた。

 目が合うなり3人にそう尋ねるが、フブキ以外はその少女を生命体かどうかすら判別しきれていない。

 2人はお化けを信じるタイプのようだ。

 

「城の前で何してんだ」

「えー……っとね、私たちここの人に用事があるから来たんだけど、ノックしても返事がなくって困ってたの。キミ、ここの事何か知らない?」

「知ってる、が……その話し方が気に食わんな」

「――?」

「それと、いつまでビビってんだお前」

 

 少女と視線の位置を合わせ、丁寧且つ簡潔に話したフブキだったが、その態度が少女のわずかな怒りを買ってしまった。

 しかし、フブキたちは何が不満なのかさっぱりだ。

 おまけにずっと怯え続けるミオを指差して、失礼だぞ、と付け足す。

 自分の姿をしたフブキの背後から、小さく顔を出すと……

 

「人……?」

「人――じゃないが、ヒト科だ」

 

 頭に生えた2本のツノはどうしても目に映る。

 そのツノの巨大さや禍々しさから、彼女が悪魔である事は一目瞭然。

 ミオが尋ねたのは、生命体かどうか、である。

 

 目を凝らして見れば、若干耳先が尖っているし、尻尾は刺々しい。

 髪の色は薄紫……のような、銀髪か?

 メッシュの部分は色が濃いので紫だと判断できる。

 瞳も琥珀のように輝いているが、明かりの反射の具合で分かりづらい。

 

「ちょっといーい?」

 

 ミオに指を突きつける少女の前に奏が進み出る。

 懐中電灯の明かりが目前に迫り、少女が眩しそうに目を細めた。

 

「キミねぇ、もう少し言葉の使い方考えた方がいいよ〜?」

「は?」

「目上とは行かないけど、名前も知らない年上の人に貴様とか、良くないよ」

「なんだ貴様。吾輩に指図する気か?」

「指図というか、矯正ですねぇ」

「何でもいいが明かり向けんな。目がなくなるわ」

 

 奏は明かりを足元に逸らした。

 

「そんな事より貴様ら、結局何の様なんだよ」

「――?」

「城の誰かに用事なんだろ? 吾輩が呼んできてやる。名前言ってみろ」

 

 少女の発言に一瞬耳を疑ったが、よくよく考えれば当然だ。

 フブキたちの様な者でなければ、こんな夜遅くに城に用はない。

 この場へ来るものがいるならそれは、内部の人間か強盗辺り。

 

 数秒抱えた疑問は自分たちで解消できたのでそれは飲み込み、少女の言葉に甘える事にした。

 

「えっと、ラプラス・ダークネスさんって言う『冥界の王』様なんだけど――」

「そうか、それで? 吾輩に何の用だ」

「「「――――???」」」

 

 流石に無理解が勝つ。

 

 飲み込みの悪い者はこの中にいないが、理想と現実の著しい乖離に脳が理解を拒んでいる。

 目の前の子どもがまさか、「冥界の王」であるなど。

 

「おい貴様ら……失礼だぞ、さっきから――」

「――! そうか、分かったぞ!」

「――あ? 何がだよ。言ってみろ金髪」

 

 奏が少女の鼻先に指を突き付けた。

 まさか本当にラプラス本人だと、微塵も信じていない様子で。

 だから少女――ラプラスは顰めっ面で言葉を待つ。

 

「王様ごっこでしょ! 子どもの頃はやるもんね、うむうむ!」

「貴様。あまり吾輩を侮辱しない方がいい。今は機嫌がいいから許すが、機嫌が悪いとその顔が台無しになってたぞ」

 

 この会話で今度こそ、少女がラプラス・ダークネスだと理解した2人があわあわと慌てふためく。

 

「あ、あの、あの! あ、あなたがラプラスさん、何ですか⁉︎ ほんとに」

「そうだって言ってるだろ」

 

 フブキが突如畏まった態度を見せるので、却ってラプラスは不満そうだ。

 奏は未だにこのガキが王である事に納得できないと、目を細めているが、それは無視する。

 

「それで、何の用だ。今なら気分がいいから、1つくらい無償で受けてやってもいいぞ」

「ホントですか⁉︎」

「フブキさん。絶対やめといた方がいいですよ〜。詐欺ですよきっと。ガキの顔して悪いことしてそうじゃぅぐ――!」

 

 無闇にラプラスへ敵対心を向け、余計な事を口走る奏の口をミオが無理矢理覆った。

 そのまま力任せに引き摺ってラプラスから距離を置かせる。

 そして、奏の耳元でミオはこう囁いた。

 

「折角機嫌がいいんだから、余計なこと言わないで」

「んむっ――! んぐぐっ――!」

 

 小さく手足をばたつかせて踠くが、実に非力。

 無駄な抵抗はやめて貰いたい。

 何故そうまでしてラプラスに噛み付くのか不思議でならない。

 恐らくただの気分だろうが……。

 

 とまあ、奏は一先ずミオに任せるとする。

 

 フブキはラプラスと視線を合わせて奏の無礼を誤魔化すように笑った。

 

「実はですね。私とミオ……えっと、後ろで問題児を押さえてる方ですけど。私と彼女の魂が入れ替わってしまってて……」

「ほう?」

「それを治してもらえないかと……」

「構わんが、何故そうなった? 普通あり得んだろ」

「それは……その……」

 

 至極当然の流れで経緯を問われ、フブキは言葉に詰まる。

 理由は分からないがかなたはこの国で密かに行動していた。

 フブキが名を呼べば、口を塞いで静かにしろと指示した。

 王であるラプラスが無関係とは言い切れない。

 

 純粋な視線がフブキを見上げている。

 

「秘密にしろと、言われてまして……」

 

 言うか否かの折衷案としてその答えがフブキから溢れた。

 かなたの名前は出さず、但し他人の介入があったのだと。

 ラプラスもここで、まさか蘇生の際に失敗したからだ、などと勘づけるはずもない。

 

「そうか、なら別に言う必要はない」

「すみません……」

「謝る必要もない。他人との約束は守るべきだからな。この国に絶対王政などない」

「あ、ありがとうございます」

 

 理解のある悪魔様で助かったと心から安堵する。

 嬉々として振り返って、ミオと視線を合わせた。

 奏は相変わらずラプラスを睨め付けていたが、もうどうでもいい。

 

「ついてこい」

 

 ラプラスが3人を通り越して門前へ立つ。

 彼女の身長の11倍ほどの高さはある。

 それを腕力だけで押し開いた。

 ゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が鼓動のように身に伝う。

 

「「「――――」」」

 

 途端に暴れ馬奏が落ち着きを取り戻す。

 先刻の言葉はハッタリではないと理解したから。

 

 人が通れる隙間分だけ押し開くと3人を招き入れ、門を閉めた。

 

「こっちだ」

 

 ガヂャン、と豪快な音で閉門する様子を眺めラプラスの後に続く。

 そこそこの広さの庭を通り正面ではない入り口から城内へ。

 夜遅い為か見張りを含め人は少ない。

 

 薄暗くてもその城の壮大さは変わらない。

 近場で見ると存在感は圧巻だ。

 

「金髪、明かりは消せ」

 

 城の内部へ入ると廊下やエントランスの広大さと豪華な装飾にも愕然とするが、見惚れる暇なく間近の一室に通された。

 窓がなく、真っ暗な部屋。

 夜目が効くフブキとミオはかろうじて物の輪郭が掴めるが、奏には何も見えない。

 懐中電灯も禁止されたので本当に全く。

 

 3人は部屋に通された瞬間、全身に悪寒が走った。

 まさか――

 

「貴様ら、そこに寝ろ」

「え……どこですか?」

「その場だ。床に寝ろ」

「――――」

 

 下賎のような扱い。

 事実だが、最悪の気分だ。

 低品質でも寝台を要求したい。

 気分を損ねたくないので黙って従うが……。

 悪寒が警鐘へと変化してゆく。

 

「金髪、貴様は邪魔だ離れてろ」

「むっ! そうは言われましても、何も見えませんけどぉー?」

 

 煽りを交えて抵抗すると奏は腕を掴まれた。

 多分ラプラスに。

 強引に壁際に押さえ付けられた。

 

「ここにいろ、動くなよ」

「――――ばーか、ばーか!」

 

 小学生のような悪あがき。

 フブキとミオは床に寝ながら眉間に皺を寄せた。

 

((お願いだから変に刺激しないで!))

 

 奏の暴言を完璧にスルーしてラプラスが2人の頭上に立つ。

 見上げるとラプラスのパンツらしき輪郭を捉えられたが、色は分からなかった。

 

「いいか、今から貴様らの魂に触れる。許可しろ」

「「――??」」

「いいから許可しろ。許可すると口にして、本心で思え」

「「…………」」

 

 事前説明が一つもなく疑心暗鬼になる。

 2人の容姿がクッキリと見えているラプラスには、その表情も見えている。

 

「治したくないなら帰ってもいいぞ」

「いえ、あの……説明が欲しいだけで」

「めんどい」

「…………」

 

 ここに来て突然、らでんの言葉を思い出す。

 8割で死ぬ。

 気分を損ねれば死ぬ。

 

 ラプラスは気分屋である事は明白だ。

 そんな彼女を数分の会話だけで信用しろと?

 不可能だ。

 だがここで拒否すれば二度と治療は依頼できないだろう。

 

 景色が見えずとも、奏は2人の心持ちを察した。

 使用を禁止された懐中電灯にそっと手を掛ける。

 

「吾輩この後も予定があるから早く決めろ。許可するか、諦めて帰るか――吾輩に力尽くで喋らせるか」

 

 ラプラスの鋭い視線が奏に向いたが、奏は例の如く見えていない。

 敵のフィールドに入った時点で選択肢なんて最早決まっている。

 信じて突き進むを選択するのみと。

 

「……許可、します」

「――」

「……うちも許可、します」

「それでいい」

 

 ラプラスが右腕をフブキの胸へ、左腕をミオの胸へ近付ける。

 手つきはいやらしくないが、緊張感は半端ない。

 ごくりと強く息を呑むと喉が動いた。

 

「あ、目は閉じた方がいいぞ」

「「え――」」

 

 言われて咄嗟に瞑ったその瞬間、ラプラスの両腕が2人の心臓に突き刺さる。

 

「「っ――――‼︎」」

 

 2人の意識は途絶し、一度命を手放した。

 そう、ラプラスの腕は肉体に触れてはいない。

 彼女の両腕は身の内側に隠された魂を掴んでいる。

 2つの魂を肉体から抜き取ると、淡く白く発光を始めた。

 その明かりで初めて奏は室内の状況を目の当たりにする。

 

 形而上の物質を掴むラプラスの異様性が顕著となり、彼女が「冥界の王」と呼ばれる所以が分かった。

 室内に漂う冷気で奏の背筋が凍る。

 肉体を離脱した魂が放っているのかもしれない。

 

 奏は全身をぶるっと震わせた。

 

「…………」

 

 ラプラスは2つの魂をマジマジと見つめている。

 淡い魂の輝きが瞳に映っている。

 後はただ魂を入れ替えて戻すだけなのだが、何をしているのか。

 

 奏に不安が蓄積されてゆく。

 

「あの……」

「…………」

 

 魂を見比べたり、重さを比べたり、輝きを比べたり。

 奪った宝を眺める賊のようで、品を見定める鑑定士のようでもある。

 

「それ、戻しますよね……?」

「…………ああ、戻す」

「――――」

 

 ラプラスの指示など忘れ、奏は一歩踏み込んだ。

 それに気が付かないほど没頭しており、今の答えもテキトーに合わせたのではと不審がる。

 しかしそれはそれで妙だ。

 裏切る腹積りなら、疾うに奏を殴り飛ばしているはず。

 ならこの状況は何なのか。

 

 これはラプラス本人も予期せぬ事態だったのだ。

 約束は守るし、2人を殺す気もない。

 ただ後学の為に暫し黙認して欲しいようで。

 

「……おい金髪。貴様、コイツらの事どこまで知ってる」

「へ……?」

 

 不意に振られる質問と視線に踏み込んだ足が止まる。

 険しかった奏の様相がラプラスへと移っていた。

 

「コイツ、変わった魂の持ち主だ」

「変わった……? 呪いを持ってるからでは?」

「いや違う。そんなんじゃねェぞ」

 

 ラプラスは魂を見つめ直すが、奏にはてんで区別がつかない。

 どちらの魂に対してコイツと言ったのかも、奏は見ていなかった。

 

「吾輩が触れた事のある生きた魂はそうないが、コレは異様だ」

「悪い事、なんですか?」

「さァな。吾輩にも良し悪しは分からん。だがこの先平坦な道を歩めんのは確かだ。その道が山であれ谷であれ、そこらの奴らと同じ生活は送れん」

「っ……」

 

 散々気に食わないと毛嫌いした相手だが、奏はその言葉を真に受ける以外出来なかった。

 そしてその瞬間、奏はある決意を手にした。

 奏の赤い瞳が煮え滾るように揺らぐ。

 

「金髪。悪い事は言わん。コイツらとは縁を切った方がいい」

「――――」

「下手な関係を保ち続ければ……お前、碌な死に方しねェぞ」

「――」

 

 ただの親切心ではないが、ラプラスは自身の見解を伝えた。

 2人と関わる者も同様に、過酷な道のりへの歩みを強いられる。

 2人に近ければ近い程、過酷さと共に死亡率も増す。

 しかも、その死は想像も出来ない凄惨なものになる。

 

 「冥界の王」直々の助言は本来誰もが聞き入れるもの。

 ラプラスは奏を脅迫したつもりだったのだが……。

 

「――」

「貴様…………なにを笑ってやがる」

 

 あのラプラスが一瞬慄く。

 魂の光が無くともラプラスにはその顔が見えていた。

 だが淡い光の相乗効果で、奏の不気味さが増加する。

 

 ある種、死の宣告を受けた者のする顔ではない。

 

「――」

 

 ラプラスの指摘に心底驚いた様子で瞳孔を広げた。

 無自覚だったのだ、この微笑みは。

 

 指摘された後も、奏は何故自分が笑ったのか分からずのままだった。

 なので考えることを諦め、ラプラスにこう告げた。

 

「今の会話、2人には話さないでください」

「……貴様、本当に何を考えてる」

「それと、もう戻してあげてください」

「貴様の指示に従う義理などないが?」

「従わなければ、一生『こぉ〜〜んな』声にしちゃいますよ」

 

 奏が喉を押さえて奇声を発した。

 自分の想像し得る限り、ラプラスの容姿にミスマッチな声。

 例えるなら、超絶気色悪いキャラが死ぬ時に発する情け無い声。

 勿論男声。

 

 非常に地味な脅しだが、絶対に実行されたくない。

 断る気は更々無かったが、断る選択肢が抹消されラプラスは不満げだった。

 

「ハッ、吾輩を脅すか。度胸は一級品だな」

 

 ラプラスが冷笑を浴びせた。

 奏の前で初めて、愉快そうな声を上げている。

 魂を力強く握り直すともう一度奏の瞳を直視する。

 

「貴様、名前は」

「音乃瀬奏」

「そうか。覚えておこう」

 

 「冥界の王」に目をつけられてしまった。

 悪い気分はしないが、良い気分もしない。

 他人からの評価なんて、奏にとっては基本無意味だ。

 

「次に会う時、生きてると良いなァ」

 

 ザンッ。

 とラプラスの両腕がクロスして、2人の魂を肉体の内に戻した。

 瞬く間に室内の明かりが消滅し、仄かな温かさが戻る。

 

「「――――――っは⁉︎」」

 

 ラプラスの両腕が身体から抜け出ると同時に、フブキとミオは意識を取り戻す。

 意識は途絶していなかったように、開いた瞳には以前から延々と続く闇が映り込む。

 呼吸も正常で、心音もよく響く。

 

 フローリングを素足で歩く柔らかい音がペタペタと鳴り、立ち止まったかと思うと天井の照明が点灯した。

 

「終わったぞ。戻ってるか?」

 

 フブキとミオは突然の光に目を細める。

 明るさに慣れると2人はほぼ同時に上体を起こした。

 フローリングに手をつくとほんのり冷たい。

 フブキは右に、ミオは左に顔を向ける。またしても同時。

 そのシンクロ率に奏は苦笑した。

 

 フブキの瞳の先に見慣れたミオの瞳がある。

 ミオの瞳の先にも見慣れたフブキの瞳がある。

 

 相手の目が丸くなった。

 

 胸元に触れた。髪に触れた。お尻に触れた。

 そして自分の姿を見つめた。

 

「戻ってる……」

「うん、戻ってる……」

 

 声を発せば耳に届くのは自分の声。

 空気伝導ではなく骨伝導で響く自分の声を懐かしむ。

 

「よし、お代は1京円だ」

「フブキ……!」

「うんミオ! 治ってるよ‼︎」

 

 ラプラスの丸分かりな冗談が虚しく消えてゆく。

 心底つまらなそうに口元を曲げて、身を寄せ合う2人から視線を逸らす。

 そして奏と目が合った。

 しかし特に会話はしない。

 

「「ラプラスさん‼︎」」

「あ?」

 

 急に名を呼ばれ、ラプラスは人相悪く振り返った。

 その態度に物怖じせず、立ち上がった2人は大きく腰を曲げた。

 

「「ありがとうございます!」」

 

 元気溌剌とした謝礼の言葉。

 滅多に受ける事のない御礼を受け取り、微かに頰が火照った。

 

「フッ。いいんだよ。今日は気分が良かったからな」

 

 鼻で笑って誤魔化すと、またそう口にした。

 どうやら奏の悪口やフブキ達からの不満の言葉を寛大に受け流せる程気分が良くなる出来事があったとみえる。

 ここから先はフブキ達の状況とは一切関係のない世間話の一部。

 だからこれは、ただの興味本位なのだが――

 

「何かいい事があったんですか?」

 

 自分の肉体に帰還した喜びを尻尾や耳で表現したまま、フブキが問いかける。

 ミオと奏は揺れる星模様を猫のように追いかけていた。

 

「まあな。ようやく吾輩の宿願が果たされる時が来たんだ」

「宿願……ですか?」

「ああ。世界の秩序を身勝手に喰い荒らす存在が、遂に死ぬ。それが堪らなく嬉しくてなァ」

「確かにそれは……困り者ですね」

 

 だから死ね、とまでは言わないが、言い換えればただの犯罪者。

 その罪の重さに応じて罰せられるべきだ。

 数多を殺したのであれば、死刑を求刑される。

 判断材料は罪の内容のみに留まらないが。

 

 しかし、そんな世界的犯罪者、フブキ達は知らない。

 大きくない国ではあったが、世界の情勢程度は耳にできる環境で、そんな重大事件が耳に入らないだろうか?

 それとも世界とは、この『冥界』を指すのか。

 

「なんて人なんですかぁ〜?」

 

 奏の気の抜けた問いに不敵な笑みを浮かべる。

 その表情が、この日見たどの表情よりも彼女に似合っていた。

 だがそんな思いも、次の瞬間には吹き飛んでしまう。

 

 

「『義翼の堕天使』天音かなた、だ」

 

 

 

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