非常事態が発生。
窮屈にもおんぼろハウスのリビングに8人が集合した。
そして帰還したおかゆところねより、マリンが神の一団と思わしき2人組に連れ去られたとの報告があったのである。
――――。
「待って‼︎」
「待って? 待ってる暇なんかない‼︎」
「その怪我で何が出来るの!」
「こんなの痛くもない! 早くマリンを助けなきゃ――!」
「今のかなたんが1人で向かっても、助けられるわけないでしょ⁉︎」
「――っ‼︎ ならシオンちゃんなら助けられるって言うの⁉︎」
「そう言う問題じゃ――」
「何も出来ないくせに偉そうに‼︎‼︎」
「…………」
おかゆところねからの伝達直後、シオンとかなたによるこんな口論が繰り広げられた。
シオンの正論に対して、かなたが攻撃的な言葉を放つ。
既にぼろぼろな全身を大きく使って怒鳴り散らす様が、これまでの人間性と著しく乖離しており、別人かと思う程。
両目を血走らせて、似合わない恐喝を行うかなたにシオンが怖気付いた。
腕を掴むか弱い手を振り解き、かなたがリビングを抜け出そうと物と人の合間を縫い始める。
「ま、待ってくださいかなたさん」
「――邪魔」
「邪魔してるんです!」
そのかなたの前にフブキが立ちはだかる。
大きく腕を広げて、その場を通さんと。
口論は無意味と感じたのか、フブキに説得を試みる様子は無い。
鋭い眼光に視線で訴えかけるもその甲斐なく、かなたはフブキの右腕を掴む。
そして得意の握力でへし折ろうとする。
「ぃ゛でだだだっっ‼︎」
暴力に出るとは思いもせず、逆方向へ曲げられそうな腕に力を込め必死に抵抗するフブキ。
その光景を前に一同は強硬策へ出た。
ミオ、ころね、奏、シオンと幾人もで力を合わせてかなたを押さえ込む。
それぞれが四肢のひとつを床に押さえて。
「やめて、離して!――うぅー‼︎ やめろ‼︎ 離せよ‼︎」
4人に四肢を拘束されてもなお暴れ、奏の頰やシオンの脇腹にパンチとキックが当たる。
これでも銃弾を3発受けて重症のはずだが……。
「冷静になってかなたん! 助けるのは賛成だけど、プランを練ってからでないと――」
「その間にマリンが死んだらどうするの‼︎ 急がないとマリンが――‼︎ マリンが――」
身体を壊してまでの必死の抵抗。
奏以外の者達ももう気付いただろう。
かなたの持つ愛情に。
しかしだからと言って無謀な真似はさせられない。
「あくあ、かなたんどうにかして」
「どうにか、って……気絶?」
「それでいいから!」
収まらないかなたの暴動を止めるべく、更なる強硬策へ。
あくあがかなたの呼吸器に手を翳すと水滴が集まり、そこを塞いだ。
「――っ‼︎ ――‼︎」
まるでいじめや拷問のようだが、押さえるためには仕方がない。
じたばたと動かせない四肢の代わりに頭やお腹を暴れさせて抵抗するも、あえなく気絶――する直前。
こんこん、こんこん。
「「――――‼︎‼︎‼︎‼︎」」
玄関がノックされる。
「――ぶはっ‼︎」
唐突な来訪に一同は硬直し、あくあも水を消滅させてしまう。
息を吹き返したかなたが再び暴れだす。
義翼が壊れそうだ。
「マリン⁉︎」
「――そんなわけないでしょ」
「うるさいっ!」
皆の鼓動が早まる中でも、かなたとシオンは口論を続ける。
そして扉をあけるために足掻くかなたを、4人で押さえ続けた。
場はほぼ膠着状態となり、事態が進展しない。
ので、来訪者が再び催促する。
こんこんこんこんこん、と。
「っ……」
フブキは息を呑んだ。
乾きかけの唾液が喉に絡む。
「……」
尚も膠着状態。
この不穏を破るのは――
「奏ちゃん、私だー! 開けてくれー!」
来訪者の声。
薄い壁を数枚貫通する声を張って、扉越しにコンタクトを図る。
その声に、フブミオ奏は聞き覚えがあった。
誰の声か思い出せないフブミオに対し、指摘のあった奏はある人と反射的にリンクしたようだ。
奏がかなたの右足拘束の任務を離れたので、かなたの自由度が上がった。
ここぞとばかりに力を増して暴れ始めるかなたを、他のメンバーが止めている。その間に奏は玄関まで。
「ちょっ! 勝手に開けないでよ⁉︎」
「大丈夫です。奏の知り合いなので」
「はぁ⁉︎ 何言って――あちょっと!」
かなたの制圧に手一杯なシオンの声は、奏を止められず。
かわいげな小走りで廊下を駆けて、無造作に扉を開いた。
「いやぁすまないね。不躾ながら勝手に失礼させてもらうよ」
扉が開けば、誰の許可もなくある2人が奏の後に続いて宅内に上がり込んできた。
狭い室内に10人。
窮屈なんてもんじゃあない。
かなたを押さえ込んだりして場所を無駄に使っているので、10人は入れなかった。
新たな来客と奏はリビング前の廊下で立ち止まる。
「……誰?」
「――!」
来訪者の姿に驚いたのは4名。
フブキ、ミオ、あくあ、シオン。
フブミオとあくあは黒に濁った灰色を混じらせた長髪の女性に、シオンはウサギ耳を生やした太眉の女性に。
「ぺこちゃん?」
「やっほ……」
シオンの怪訝そうな顔に、ぺこらは頰を掻いて照れ臭そうに挨拶した。
歩み寄りたい気持ちをぐっと堪え、ぺこらはその場に留まる。
小さく挙げられた左手を隣の女性――らでんが一瞥した。
「らでんさん! どうしてここへ⁉︎」
「いや、そもそも誰よ――」
と各々が自由に言葉を発するがその全てを制してらでんが言葉を放つ。
「各々思いはあるだろうがまずは私の話を聞きなさいな」
ぺこらに貰ったお気に入りのタバコを1本口に咥えるとライターで火をつけた。
「……」
小さな明かりでらでんの顔に影がつく。
額に入れて飾りたい程の美貌に惹き寄せられる。
整った顔立ちを皆が見つめる中、静かに煙を喉に通し――
「隻眼の魔女を救う策がある。成功率は98%と言ったところだ」
「「――――――」」
更なる静寂が場を支配した。
タバコの先端から立ち上る煙が天井で停滞し、室内にはタバコの臭いが充満している。
「――――」
「信じるも信じないも君たちの自由だが、この作戦を起点として叛逆の開始を企てている。私の計画通りに叛逆を開始できたなら、叛逆の成功を確約しよう」
フブキとミオは笑みが溢れた。
それもそのはず。奏を含めて3人で話し合ったばかりだ。らでんが味方につけば負けないと。
こちらから出向くまでもなく、らでんが加勢すると言うのなら、願ってもいない話だ。
「いいじゃん! それ最強じゃん!」
目を煌めかせ、息巻くフブキ。
ミオも賛成寄りだ。
しかし、その他は疑心暗鬼に駆られていた。
奏が乗り気でない事は2人にとっても想定外で、次第に興奮が弱まった。
みるみる耳と尻尾が萎縮していく。
「対価は求めないんですかぁ?」
「ああ、ある意味無償だ」
「ある意味?」
「対価は既に支払われている」
「――――そこで、その人ですか」
推察能力の高い奏の行き着いた答え。
らでんと共に現れた容姿のクセが強いバニーガールこそ、依頼人なのだ。
煙が立ち上るタバコの先端で奏を指した。
「ご明察。私はぺこらさんに人生を買われたのさ」
「いや、そんなもの買ってねぇぺこ……捏造すんな」
「半分程は事実だろう? 確かに君が欲しいのは……私じゃないのかもしれないが――」
「おい!」
「あだっ……! ほ、ほんの冗談やけん……」
身内で茶番を披露されても反応に困る。
最後、ぺこらがらでんの頭を引っ叩いたが、何故か2人して頰を赤らめているのだから余計に混乱する。
と言うか、色々意味不明すぎだ。
人生を買うとかもそうだが――
「いや、ってーかそもそもあんたら誰な訳⁉︎ 急に来てマリン助ける策があるって――! 怪し過ぎ!」
「おあ――おっとこれは失礼。私は儒烏風亭らでん、知識の源泉を所持している。その力故に、巷では『叡智の書』と呼ばれているらしい」
「――――」
一同の胡乱な瞳がらでんを貫く。それはぺこらも同様だった。
他人に整理させる隙も与えず切り出した癖に、かなたの指摘に仰々しく応えるのだから当然だ。
身なりを整え直し、胸元に手を当てて一礼など上品さも意識している。
「彼女の好感度は上げておきたいんだ。何せ今回の作戦の要は、『義翼の堕天使』なのだから」
疑問はらでんが自白することによって解消された。
かなたは怒りの表情を掻き消して難色を示す。
「それで、そちらの方は?」
続いてミオがぺこらに右手を向けた。
長いウサギ耳がぴょこんと反応する。
「ぺこーらは兎田ぺこら。ただのウサギぺこよ」
「嘘はダメだよぺこらさん。君は大富豪のウサギだ」
「――――???」
またしても謎の掛け合いが始まり、疑問が尽きない。
話が中々進展せずに癇癪を引き起こしかける数名。
それを見兼ねたシオンが華奢な腕を挙げる。
「ぺこらちゃんはシオンの知り合いで、『呪い』を持ってんの。いつでもどこでも、無限にお金を生み出せる能力だって」
「「――――」」
初耳の者に電撃が走った。
次第に瞳の輝きが増して行くような……?
と、ここで突如奏がぺこらの目前へ躍り出た。
「どうもお嬢さん。わたくし音乃瀬奏というんですけども〜」
「はぁ……?」
すっとぺこらの前で片膝をつき右手を軽く持ち上げる。
その滑らかな肌を見つめ、ぺこらの容姿を見上げる。
眼の中の兎と目が合った。
「いや〜実にお綺麗でございますねぇ。それに可愛らしい声まで――」
「こらっ、奏ちゃん!」
「な、なんですか……」
「1人だけ媚び売ってずるいよ! 私もお金欲しい!」
「なっ――‼︎」
「ぼくも!」
「おがゆ――っ!」
ぺこらの元へ守銭奴のように金を集りにゆく。
ぺこらの眼前でかしずくように振る舞う奏を引き剥がし、がやがやと騒ぎ立てる数名。
らでんがくすくすと笑い、ぺこらは呆れてシオンと目を合わせる。
その様子を見つめるあくあは剣幕な顔だ。
「――いい加減にして‼︎」
かなたの一喝で空気は凍った。
「――かなたん」
「こんな時にふざけないで‼︎」
かなたは全身を力ませる。
束縛は解けたのだが、まるで力が入らない。
それでも包帯の血の腐食を広めながら――口から血を垂らしながら絶叫する。
「そうだね、ふざけている場合じゃない」
「「「お前が言うな」」」
らでんが同調する姿勢を見せた途端、皆の矛先が向けられて怯む。
繊細に手入れされた様な眉をぴくりと動かして苦笑いを浮かべると、「分かった分かった」と口にして、タバコを咥え直した。
口腔に煙を通して苦味と辛みを味わうと、その先の言葉を続ける。
「要約するよ? ぺこらさんはシオンちゃんの味方であり、そのぺこらさんに雇われて私は君たちの味方をする。そんな私からの提案だ。『隻眼の魔女』を助け出す策がある。乗るかい?」
その要約を早くしろ、とは突っ込まずしばし黙り込む。
ここまで簡潔に言われようとも、結局腹の中が見えず決めかねる。
かなたの蒼く鋭い眼光をらでんの碧い瞳が見つめ返し、火花を散らしていた。
「かなたん」
「――」
「ぺこちゃんは、シオンの事を助けてくれたし、叛逆の事も知ってて賛成派だったから……信じていいと思うよ」
「――」
かなたのメスの刃のような視線がぺこらへ逸れ、また火花を散らす。
腹を切開して心の中を覗き見るように、睨め付けて。
シオンの助言をかなたがどう捉えるか。
らでん曰く、この作戦はかなたにかかっているらしい。
一部の者は緊張で身が凍りそうだった。
「……分かった」
「ありがとう」
「但し! ぺこらちゃんって言ったね。お金を出して見せて」
「……」
「……ほら、ぺこらさん」
能力の証明により、らでんが仲間である事を示す。
ぺこらとシオンの繋がりはシオンの信頼の元で証明とする。
「――はい」
じゃらじゃらじゃらじゃら……ひらひらひら……。
ぺこらの逆さまにした掌から、手品のように硬貨と紙幣が溢れ出す。
手品では無く、歴とした「呪い」の力。
「「「お金ぇぇ‼︎」」」
約3名、はしたなくお金に飛びついた。
おかゆ、フブキ、奏だ。
上品さのかけらもなく、瞳を金のように煌めかせて、床に散らばる硬貨と紙幣を掻き集める。
しかも全員が紙幣を優先し、500円玉、100円玉と減って行く。
終いには1円玉が大量に残る始末。全てかき集めても100円ほどにしかならないので、誰も手間を掛けて拾おうとはしない。
「「「ぺこら様ぁ‼︎」」」
「えぇい鬱陶しい!」
纏わりつく3名を全力で振り解く。
ぽこぽことにんじんが3人にぶつかった。
ぺこらの攻撃を受けても尚、奏だけは剥がれなかったので蹴り飛ばしておいた。それでもにこにことお金を見つめ、大切にリュックの中へ仕舞った。
「やれやれ……ともあれこれで、信じてもらえたのかな?」
「……作戦は?」
ため息をつくらでんに、賛成よりな様子で尋ねるかなた。だが未だ、その視線は刃の如く。
らでんはぺこらと視線を交差させるとかなたの腕を引く。
偶々傷口を握り締めてほんのり再出血したが、2人は意に介さず玄関の方へ。
部屋に8人が詰め込まれて、ぺこらがリビングの戸を閉める。
その扉前に仁王立ちして道を塞いだ。そして
「みんなはこっちで待機ぺこ」
との指示をだす。
「ど、どうして?」
おかゆが皆の疑問を代弁した。
煌めく瞳が純粋に困惑しており、感情までも全員分纏めてぺこらにぶつける。
「それがらでんちゃんの作戦。かなたちゃん以外に、作戦の全容は話せない」
「「――――」」
らでんの策に乗るかはかなたが決める。
その結果乗る事になれば、かなたから作戦の一部を伝達される。
真の作戦を知る者は極一部だ。
詳細はぺこらでさえ伏せられている。
らでんとかなたを信頼できなければ、成り立たない作戦だ。
「シオンちゃん、本当にこの人信用できるの?」
「うん、ぺこちゃんは信頼できるよ」
「……」
シオンの純真な言葉にあくあが押し黙る。
そして鋭くぺこらを睨んだ。
室内のあちこちで無形の刃が飛び交い続ける。
気配を消しながらも、物凄い眼力。
ぺこらも対抗する姿勢を見せた。
あくあとぺこらの無言の抗争に奏以外が首を傾げる。
「――! そ言えばあくあ、ここに長居してて大丈夫?」
「え……あー」
シオンがぱちんと手を鳴らして重い空気を取り払う。
あくあが右袖を捲って腕時計を一瞥した。
長針も短針も……21?
「逆だ……」
逆さに取り付けていた時計を付け直す。
時刻は深夜の12時丁度。
「それ……高そうだね」
「えっ⁉︎」
高級品である事は一目瞭然だった。
ミオの率直な一言にあくあは慌てて時計を隠す。
一般人の身に付ける物ではないとだけ分かるが、正確な金額までは見ても分からない。
ぎらぎらでぺらぺらな腕時計。
「それ、300万くらいするブランドじゃねぇの?」
「さっ――⁉︎」
目玉の飛び出る金額に一同の喉が詰まりかけた。
おかゆは本当に詰まって咳き込み、ころねが背中を摩っていた。一瞬おかゆが艶かしい声を漏らすが全員スルー。
その後全ての視線があくあに集うので、シオンの影に隠れる。
しかしシオンも怪訝そうに眉を顰めている。その表情を前に、あくあは更に萎縮していった。
それにしても――流石大富豪。
一目見て概ねの金額を言い当てるのだから。
やはり金持ちは見る目がある。
因みに余談だが、ぺこらは1000万相当の時計を複数所持している。
全て家に投げ捨ててあるが。
「……神様に貰ったの?」
「ん、んーん…………すいちゃんに」
「すいちゃん……?」
シオンがその名を問い返す。
その瞬間奏の紅の瞳が炎の様に光り、疑心が爆増した。
「う、うん……神の遣い『恐怖』担当」
「『轟天一等星』……」
ぼそりと呟いたのはぺこら。
先程から皆の視線がぺこら、シオン、あくあを行き来している。
そしてまたしても言葉の意図を問おうと誰かが口を開きかけたのだが、それよりも先に扉が開く。
「話はついた」
「――――」
らでんとかなたが再度入室し、またしても窮屈になるが今度は上手く収まった。
タバコの火は消えている。
「……僕は作戦に乗る」
「――との事だ。作戦の詳細をかなたさんに聞いて君たちも決めるといい」
結果だけ伝えるとらでんは背を向けて廊下へ出て行く。
その後にぺこらも続いた。
思考が追いつかず呆然とする一同。その間抜け面を去り際に一望できて、らでんは満足そう。
「どこへ行くんですかぁ?」
「準備だ。私たちはマリンさんの奪還作戦には加わらないのでね。じゃあ行こうか」
「おけ。またねシオンちゃん」
「うん、またね」
目配せもなく去るらでんとは違い、ぺこらはシオンにのみ挨拶をした。
時折見せる朗らかな顔は友情なんて物じゃない。もっと大きな、愛情だ。
それに気付けた者はほんの僅か。
らでんを除けば、たったの2人。
シオンとぺこらはお互いが見えなくなるまで手を振り続ける。
ぺこらが前方不注意により玄関で躓いて、らでんがはははと揶揄っている声が聞こえた。
そして間も無く、らでんとぺこらが玄関を出ると静寂が訪れた。
「ぁ、あてぃしもそろそろ上に戻るね」
「分かった。気を付けてね」
「――うん」
あくあは周囲の――取り分け奏の視線から逃げるように家を後にした。
3人の退室により重苦しかった空気が少しだけ緩和される。
おかゆところねが再び手を繋いで身を寄せ始めた。
「あのさ……」
シオンが狭い部屋を見回す。視線の向く先は床。
皆が足元に目をやれば、アルミの塊が散乱していた。誰も全く興味を唆られない。
「片付け手伝って」
「「うん……」」
ぺこらの残した1円の置き土産をせっせこ掻き集め、各々の財布にしまった。
時折拾い損ねた100円玉を見つけた時だけ声が上がる。
フブキとミオは財布が無いので奏のリュックに押し込んだ。
奏のリュックには大量の小銭とお札が貯まった。
目に付く範囲のお金を全て収集し、漸く本題へ突入。
かなたの瞳からは大半の怒りが抜けていた。
「作戦の前にまずは状況を整理するよ」
口と共に手を動かして慎重に話を進める。義翼の不快な音がした。
一体らでんに如何なる作戦を聞いたのやら……。
「マリンを連れ去ったのは2人。どちらも神の遣いで、1人は『恐怖』担当の星街すいせい。もう1人は『未知』担当の常闇トワ」
「星街すいせい……さっきあくあが言ってた『すいちゃん』かな?」
「常闇トワ、って私たちを襲った……『雷霆』だよね?」
各々が持つ情報を寄せ集めた所で先の展開が変わるほどの策を練る事はできない。
らでん無しでは精々トワの雷を放つ力を事前に知れる程度。
しかしらでんの情報によって戦況は覆る。
「星街すいせい。彼女は人間の数倍に及ぶ五感を所持し、優れた身体能力を誇る。また、無数の矢を生み出して数多の獲物を仕留める事も可能。月光の下で彼女の暴挙を止められる者はいない」
「…………」
「夜間の彼女の無双ぶりと稲妻轟くかの身体能力より、『轟天一等星』と呼ばれている」
皆の息を呑む音が重なる。
まるで怪力の上位互換。
力が強い程度ではしゃいでいたフブミオが、霞んで見える。
「常闇トワ。こっちは単純明快で雷を起こす。神の怒りを体現したその力、人は彼女を『雷霆』と呼ぶ」
マリンを連れ去った2人の持つ「呪」の力。
かなたが一頻り説明を終えると、ころねが身をぶるっと震わせた。
「この2人がマリンを連れ去り、聖域にある洞窟へと連れ込もうとしている」
「2人が見張りになるの、かな?」
「そうらしい」
即ち――トワとすいせいの猛攻を掻い潜り、マリンを解放して逃げる必要がある。
はっきり言うと不可能。
そんな芸当が可能なのは神か、力を失う前のかなたのみと推測される。
但しそれは、単独で向かった場合。
敵が2人いるように、こちらにも複数人いる。
上手く虚を突く事ができれば、被害をある程度は抑えられるかもしれない。
「らでんさんの作戦は至って簡単。僕たちが突入し、マリンを解放、そして退散。これだけだよ」
「タンマ‼︎」
「――」
「まず突入ってどうやるの?」
「これから説明する」
たった3つの単純でありながら、難題な作業。
不可能手順を可能にする策が欲しい。
シオンの待ったにもかなたは冷静に対処する。
「詳細は伏せるけど、突入の3秒前まで敵は僕たちの存在に気付けない」
「3秒前……」
「そして突入後、約5秒間は敵が動けない」
「5秒間……」
「つまり、その5秒でマリンさんを助けて逃げる、と言うわけですね?」
「そう言う事。しかも、逃げてしまえば追っては来れない」
「なるほど……」
10秒にも満たない超速の仕事。
シナリオ通りに行くのなら、5秒間で解放して逃げられるか、が至上命題となる訳だ。
しかし……らでんへの信頼然り、この作戦の詳細然り……不安感ばかりが募って作戦に集中できる気がしない。
一歩間違えれば死んでしまう。
「身勝手な話だけど、もし来てくれるのなら……フブキちゃん、ミオちゃん。2人に同行してほしい」
「「――‼︎」」
恐れ多くもご指名を受けた。
緊張の面持ちでかなたの目を見つめた。
おかころが互いの手を強く握りしめる。
ミオは耳をフブキは更に尻尾をぴんと立てて姿勢を伸ばす。
そして顔を見合わせ、大きく顎を引く。
「叛逆に賛成してましたし、助けて貰った恩もありますから――」
「うん――当然行きます」
「…………」
2人が貸せる力は微々たるものだ。
しかし、怪力を上手く発動出来ればマリンの解放に一役買って出られる。
この人選もらでんの推奨したものに違いない。
「ありがとう」
「僕たちは、行けないの?」
連れ去られた現場にいたおかころは、多少の罪悪感を持っている為、作戦に加わりたいそうだ。
シオンは消極的な様子で2人の嘆きを聞いていた。
「ごめんね、今は気持ちだけ。奪還後の叛逆には参加してもらうから」
「――――」
かなたが義翼を軋ませて笑う。
勝手に叛逆メンバーとされたが、2人は特に咎めない。案外賛成派なのかも。
「とは言っても、現地までは全員同行してもらう事になる。出発は明日の朝だよ」
「そうなの?」
「うん。まあ、行けば全部分かるから」
百聞は一見にしかず。
やがて分かる問題の解を今必死に探す必要はない。
学校の勉強ではないのだから。
「それじゃ、ご飯にしようか」
「「――⁉︎ ご飯あるの⁉︎」」
家主のシオンも含めて、今日はこのまま就寝となる、と思っていた。
時間も時間であるわけだし。
「どこか近くにコンビニでも何でもお店探して買ってきなよ。全部僕が出すから、好きなだけ買いな。本当に好きなだけ」
寛大にも7人全員分を支払ってくれるそうだ。
叛逆参加の褒賞になればと。
お言葉に甘えて好きなだけ買わせてもらう。
不正を防ぐ為に後払いとなるが、幸いにも先程ぺこらの力によって得たお金があるので、自身の分は一時的に建て替えられる。
奏が嬉々としてリビングを飛び出すので、フブキとミオが慌てて後を追う。
続いておかゆところねが手を繋いで退室。何を買うか、楽しげに話していた。
残ったかなたとシオン。
「ほんとに良かったの?」
「いいよ。シオンちゃんも遠慮せずに買っといで」
「……かなたんは行かないの?」
「僕はこの有様だし、冥界で下手に歩き回れないからさ」
らでんの作戦を聞いてからの感情の豹変。
シオンは不穏な空気を感じ取っていた。
それを他に感じた者がいるかは不明。
「かなたん……」
「ん?」
「――自己犠牲ほど身勝手なものはないよ」
「…………」
「……ごめん」
飲み込めないほど重たい空気が漂う。
かなたが黙り込むと、やはり義翼が気味悪く音を鳴らして不快だ。
「……シオンも何か買ってくる。かなたん、何が欲しい?」
「おにぎりをふたつほど」
「――分かった、けど……最後の晩餐はもっと豪華な物にするんだよ?」
「あはは……は……うん、今は傷もあってあまり食べられないから」
「ん、じゃあいい子で待っててね」
人形のように笑い合う。
そしてシオンも近くのコンビニへ向かった。
「…………」
せめて……おにぎりの具でも指定すれば良かった……。
「……夜遅いから、選ぶほどの在庫もない、か」
かなたは腹の傷口に触れた。
寂寥感に心が痛み、連動して怪我が痛んだ。
懐かしい痛覚に苦笑する。
「……よし」
気合いを入れ直したかなたは携帯を取り出すと、ある人物に電話をかけた。
深夜だが、数コールで応答があり、伝えるべき事実を伝えると静かに携帯をしまった。
そして……マリンが置いて行ったピストルを眺めて仲間の帰宅を待ったのだった。