叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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義翼と隻眼⑤

 

 神の社――。

 

「みこち、また予言?」

「うん。ここが運命の別れ目、失敗はできないにぇ」

 

 そらとみこが神の間で1つの水晶を見つめていた。

 みこは熱心に中を見つめ、魔力を込めるように手を動かしていたが、そらにはただの水晶にしか見えない。

 

「――――」

 

 とある景色が見えた。

 その中で息を引き取る者の姿も。

 

「……」

「誰か、死ぬの?」

「……ん? あー……まーね」

 

 みこの表情を一目見て、予言の結果を予知した。

 みこは小さく頷いて1冊のノートを開いた。

 表紙には円に星形を埋めた魔法陣のようなマーク、裏表紙にはサクラのマークとドクロのマーク。

 中身もアニメに出てくる魔術書のようで、アルファベットやギリシャ文字、数字などを詰め合わせた読めない単語の羅列ばかり。

 そこへ様々な意味不明を書き足してゆく。

 

 「aA」、「Σ」、「1yen」、「ABC」、「16」、などとにかく意味不明。

 なのでそらは熱心に書き綴るみこの横顔を見つめて時を過ごす。

 

 コンコンコン……。

 

「どーぞ」

「失礼します」

 

 そこへ1つのノックと共にこよりが入室する。

 入室時に小さくお辞儀した後眼鏡をクイッと上げる。すると眼鏡がキラリと光った。

 両手で筆記用具と数枚の書類を抱いており、その書類を引き抜きながらみこに歩み寄った。

 

「トロイアでの叛逆応戦の策を練ってきました。どうでしょう?」

「ん、見して」

 

 意味不明書を閉じてこよりから数枚の紙を貰う。

 字とまとめ方が綺麗で分かりやすい。5分と掛からずに概ね理解できたので幾つか確認を取る。

 

「プランはこの1つだけ? 敵の動きが随分こっちに都合良く設定されてるけど、そうなる確証はある?」

「あくあちゃんが道を開いて誘導する流れになってるので、始めはその通りに動くはずです」

 

「なるほどにぇ。スバル…………ん、待って。ぼたんは?」

「いやそれが……作戦以降応答がなくてですね。伝令の受信は感知したので生きてはいるんですけど、行方不明なんです」

「あいつ……」

 

 スバルの任務完了報告は受けたが、消息を絶ったぼたんの情報は初耳。

 額に右手を当てて小さく頭を横に振った。

 

 扱いが難しいがぼたんの戦闘能力は高い。

 とは言えルイとあやめは動かせないし、そもそもぼたんの不在は作戦に大きく影響しないだろう。

 

「現在はラプちゃんが捜索に当たっているそうなので、発見次第こちらへ連れ戻させます」

「ん、分かった。それと……みことそらちゃん、こよりが監視だにぇ」

「はい。こよがリアルタイムで盤面を確認して、状況に応じた伝令を送ります。そらちゃんは医療班として待機です」

「ちょこ先生、は……完全不参加?」

「一応インターンの子たちの方も護衛がいた方がいいかと」

「そうだにぇ。どこかの席に穴が空いた時、後継人がいないと困るし」

 

 一部は代わりの利かない席もあるが、その時はその時考える。

 他に気になる点は……ない。

 

 みこは薄赤い髪を掻き上げて笑った。

 

「うん、おっけィ!」

 

 右手の親指と人差し指で小さな丸を作る。

 幼稚園の先生のようだった。

 対するこよりもニッコリ笑って紙を受け取るので、園児と先生のやり取りのようだ。

 先までの会話は立場が逆だったが。

 

「そ言えばあくあから情報は来た?」

「いえ。でも伝令は送ったので間も無く帰還すると思います。スバルちゃんも同じ頃に戻るかと」

「ん。そしたらそん時に敵の数を確認しといて。で、人数差を考慮して作戦を再確認――全員に伝達。それとトロイアの監視カメラや、『アレ』の状況もよく確認しておいて」

「はい!」

 

 最後にみこから指示を受け、意気揚々と返事する。

 こよりは満面の笑みを絶やさず部屋を後にした。

 

「――健気な子だね」

「にぇ〜……」

「みこちを本気で慕ってるの、レアだよ、レア」

「もー! そらちゃん!」

 

 そらの冗談にみこは女児のように膨れた。

 そらが小悪魔の様にクスクスと笑うので、次第にみこも釣られる。

 

 こよりは組織のブレイン。

 いつも助けられてばかりだ。

 

 戦闘員は育成すれば幾らでも増員できる。

 だが特殊な力や技能を持った者は中々代えが利かない。

 スバル、こより、そら、らでん。

 ルイもギリギリ含まれるか。

 敵で言えばかなたもそう。

 

「……よし」

「――?」

「みこももっと頑張らにぇえと!」

「そうだね」

 

 気張るみこを前に、そらは太陽の様に明るく笑った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 聖域、某所――。

 

 薄暗い洞窟の中で拘束されたマリン。

 一時的に意識を失っていたが、目を覚まして左目を開ければ、ごつごつとした岩肌が視界に映る。

 日光も月光も差し込んでいないが、松明の様な照明のお陰で小範囲だが色が識別可能だった。

 

 ぐっと身体を動かそうと身を捩ったが、動かない。

 見える範囲で自身の様子を確認したところ、一本の棒に縛り付けられている様だ。

 背後に鉄の棒があり、それを巻くようにしてマリンの両腕が交差して縛られている。

 棒はマリンの身長以上の長さで、自力では抜け出せない。

 足もそれぞれ枷を嵌められている。

 

「あ、起きてんじゃん」

 

 照明の薄い場所に人がいた。2人だ。

 見覚えがある。以前の叛逆の際にも敵として立ちはだかった奴ら。

 常闇トワと星街すいせい。

 マリンの目覚めに反応して、すいせいが歩み寄ってきた。

 

「……私に何か用ですか」

「別にお前に直接的な用事はない。ただの撒き餌」

「撒き餌……?」

 

 マリンの目前で立ち止まり、拘束された無様な姿を見て嘲笑を浮かべる。

 トワは薄暗い場所で岩に座り込み、暇そうにスマホを触っていた。

 そちらを一瞥して不満げに眉を動かす。

 そしてマリンに向き直ると、顔を数ミリの距離まで近づけた。

 顔を背けて極力逃げたが、やはり自由が効かずに互いの息がかかる位置まで迫られる。

 

「マジでババアとは思えねェな」

「――――」

 

 マリンの左目がぴくりと動いた。

 互いに整った顔を睨む。

 

「あたしの年齢も戻してよ」

 

 両腕を広げてそう要求してみた。

 今の容姿に不満はないので、ただの時間潰しの会話。

 トワも一々咎めたりせず、スマホの明かりを追い続ける。

 

「すみませんね。私の年齢操作には制限があるんで。それ以上貧相な身体にはできないんですよ――。貧乳を誤魔化したいならパッドを推奨します」

「ァ?」

 

 嘲笑を返して煽った途端、すいせいの顔が酷く歪んだ。

 目頭を鋭く吊り上げて睨み返した後、突然右脚を振り抜いた。

 

 ガンッ――。

 

「ぉっ――‼︎⁉︎」

 

 マリンの腹に強烈な蹴りをお見舞いした。

 明らかに人間の脚力ではない。

 背後の鉄の棒に背中が砕かれ、腹の中身が逆流しかけた。

 呼吸が数秒止まり、意識が飛んだかと思った。

 

 今のひと蹴りに金属の棒が甲高い音を鳴らしたので、トワも無視しきれず視線を向けた。

 が、一瞬でスマホへ落とす。

 そして――

 

「拷問して義翼が来る前に殺すなよー」

 

 と雑な忠告だけ。

 

「チッ」

 

 すいせいは舌打ちし、怒りを紛らせるように洞窟内をグルグル回り出した。

 その様子を見ながら状況整理を完了させたマリン。

 そしてかなたの性格から、助けに来るであろう事も容易に想像できた。

 

 この状況に今のかなたが飛び込めば犬死に必至。

 マリンの決断は果てしない速度だったが、ある問題が発生。

 

「――――」

 

 自殺できない。

 全身の自由は効かないし、道具もない。そして敵は殺さない為に拷問すらしない。

 ちらりと口元を一瞥した。自慢の豊かな胸がよく見えた。

 

「――」

 

 舌を噛み切って自殺。これは不可能である。

 昔かなたに教わった。

 

 可能な手段としては、後頭部を背後の棒にぶつける事。

 しかしこの可動域では気絶程度が関の山となる。

 

 すいせいの靴音とトワのタップ、スワイプ音を聞きながらマリンは思考する。

 どうすれば死ねるのか。

 マリンが死ねば、かなたは助ける相手を失い、ここへ突入する意味を失くす。

 それを実現するには……。

 

 マリンは左眼を尖らせた。

 黒い眼帯の奥からも睨まれていると錯覚できる眼力だ。

 

「――自分から煽ってきて逆ギレとか、精神年齢は身体以上に子どもですね」

 

 思い付いた策、それはすいせいを煽って殺される事。

 今し方見た通りなら、こいつは短気で暴力行為に出易い。

 煽ってマリンを殺させる。

 時間差はあったが一言そう告げるだけで、すいせいはピタリと足を止めツカツカと切迫してきた。物凄い足音で。

 

 ガンッ!

 

「ぅ゛っ……」

 

 また吐瀉物が噴き出かけた。

 多少の自制心を持ったのか先程より威力が弱い。

 

「な……んだ、神の遣いも……大した事、ないですね」

「チッ‼︎」

 

 ガンッ‼︎

 

「ぅぉっ――‼︎」

 

 威力が増した。

 鉄の棒が僅かに曲がり、マリンの背骨が折れる。

 

「わ、だしひとり……殺せないで……かなた、ころす……とか――あたま、湧いてんじゃ、ない、ですか……」

「ッ――‼︎」

「おい星街ィ‼︎」

「――――――」

 

 すいせい渾身の蹴りは人の目で追えない。

 だからそれが重なったのは偶然だ。

 

 トワの声に反応したすいせいが、寸でで攻撃を中断した。

 風圧で赤髪が小さく靡いた。

 一瞬後、マリンの鼻先にすいせいの右足が触れていた事に気付く。

 

 静かにすいせいの足が地に着いた。

 

「あんま挑発に乗んなよ、ッたく……」

 

 すいせいとマリンが同時にトワを一瞥した。

 いつの間にか片手に菓子パンを掴んで、半分程齧っていた。

 すいせいを嗜めるとまたしても視線をスマホに返す。

 

 マリンは苦い表情を浮かべた。

 

「…………」

 

 すいせいがマリンから遠ざかり、トワの側へと近寄る。

 ギリギリまで気付かず、足が見えて初めて顔を上げたトワ。

 モグモグと口の中のパンを咀嚼しながら見上げる。

 

「何だよ」

 

 飲み込む前に尋ねた。がすいせいは答えずしばし無言で見つめ合った。

 マリンはごくりと息を呑んだ。

 まさか――喧嘩が始まるのか。

 

 チラリとすいせいの視線が菓子パンにズレた――。

 その瞬間には思惑を見抜いたが、瞬発力が段違い。

 すいせいの俊敏な動きに抵抗すらできず菓子パンを盗まれてしまう。

 

「もーらいッ」

「オイ‼︎ トワのやぞ、返せ!」

 

 スマホを置いてすいせいに飛び掛かる。

 しかし、すいせいが手を高く掲げるので身長差で届かない。

 背伸びすると腹の露出面積が増える。

 それでも届かずジャンプしたが、合わせてすいせいも揶揄う様に跳ね、後方へ逃げる。

 

「オイふざけんなや!」

「ぁ――――ぇ?」

 

 驚愕の光景に痛みも忘れて呆然とするマリン。

 先程すいせいの精神年齢について煽ったが……本当に小学生のようなレベル。

 敵ながらトワにも同情できてしまった。

 敢えて暫く逃げる回るすいせい。

 

「あむッ――うまァー!」

 

 ある程度楽しむと半分ほどしかないパンを齧って更に半分にした。

 トワに見せつけるように齧り付き、咀嚼して飲み込む。

 

「あァ‼︎ チッ、クソが‼︎」

「ぉ゛っ――――⁉︎」

 

 折角の食事が4分の1も取られトワも怒りを露わにする。

 しかし、雷を落とす事もできないので取り敢えずストレス発散としてマリンの腹に蹴り込んでおく。

 とばっちりを喰らい少し胃の中身を吐き出した。

 目ん玉が瞼の裏に飛ぶ。

 

「かーえーッせ‼︎」

「――――」

 

 漸く取り返す事に成功。

 これ以上勝手に食べられては困るので残りを纏めて小さな口の中に突っ込む。

 好きな物は味わって食べたいのに。

 

 すいせいがほんのり口角を上げている姿を見て、マリンはここぞと再度煽り始めた。

 

「や、やる事なす事全部幼稚ですね」

「――――」

 

 ギロリとすいせいの眼光がマリンに突き刺さる。

 だか怯まない。

 さあ殺せ。

 かなたの為なら、マリンは死ねる覚悟だ。

 

「子が子なら親も親。教育係が腐り悪魔なら、当然ですが――」

 

 ビュンッ、とそれは刹那だった。

 音速の域に到達したとも錯覚する速度。

 誰の目でも追えない速さでマリンに肉薄したすいせい。

 一切の躊躇いもなく、勢いのまま顔面に蹴りをぶち込んだ。

 

 ガゴンッ‼︎ 「――っが‼︎」

「――! オイ!」

 

 マリンの頭蓋が粉砕したような異音が響いた。

 それと同時にトワが冷や汗を流す。

 幸い脳震盪による意識不明に陥っただけで、頭骨は砕けていなかったし、死んでもいなかった。

 

 気絶したマリンの美貌からだらだらと髪より赤い血が流れて、床に垂れる。

 ぴちゃ……ぴちゃ……と。

 そこに歯のカケラも落ちていた。

 頭の支えが効かなくなって、がくりと首が落ち込む。

 鼻血の軌道が変わって、鼻先と顎に血が溜まり始めた。

 

「ッたくお前は……」

「殺してないし」

「……あーもういいよ! 死んでないからいいよ!」

 

 トワは叱責する事さえ億劫になり、定位置に戻ってスマホを再び手に取った。

 そのまま画面に没頭し、感情を収める事に専念していた。

 

 すいせいは自身の唇に触れる。

 仄かに残る菓子パンの甘味を心ゆくまで堪能して、その味を感じられなくなった時、漸く黙ってスマホを弄り始めたのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ――ふと目が覚めた。

 

 目覚ましもかけていないし、室内は静まり返っている。

 それでも突然、覚醒した。

 

 周囲の様子を確認すると、質の悪い床やソファ、椅子の上で仲間達が寝息を立てていた。

 

「――――」

 

 二度寝するか逡巡したが、時間も時間なので起床する事に。

 フブキは上体を起こし、隣で窮屈そうに眠るミオの頰を突いた。

 ふにぃ〜、と指先が頬に埋まって気持ちいい。

 

「ぅ、ぅー……」

 

 小さく唸ってフブキの指から逃げると、壁にぶつかる。

 勢いがない為それだけでは起きなかった。

 ミオの反応が可愛かったので、もう一度頬に触れようと体勢を変える。

 

「……お、おはよう」

 

 体勢を変える際にちらりと左側が視界に入った。

 そこに寝転がったまま目を開ける奏がいた。

 相変わらず紅い瞳。

 何となく気不味くなってフブキから挨拶をすると、こくりと小さな首肯で返された。

 まさか奏に周囲の人を気遣える度量があったとは。

 

 寝起きで渇いた喉や眼がやけに気になる。

 目元を拭って、喉を摩って唾を飲み、序でに耳と髪の寝癖を確認した。

 ぴんと跳ねた小さな髪の束が手のひらに触れたが、それはアホ毛。

 その他には目立つ癖毛は無かった。

 

「…………」

 

 無言のまま数秒時間が進み、一層気まずくなった――ので、ミオの身体を強めに揺すって起床を促した。

 

「ミオ。み〜お〜」

「ん……うぅ……?」

 

 ミオが虚ろな瞳をフブキに向けた。

 しかし、ミオよりも早くフブキの声に反応して目覚めた者がいる。

 シオンだ。

 彼女は他のメンバーより若干の好待遇で、質は悪いが敷き布団を敷いて寝ていた。

 にも関わらず、少しはみ出している。

 

「あさぁ……?」

 

 こちらもまた虚ろな目を擦ってゆったりと周囲を見回す。

 その際、うっかり側で寝ていたおかゆの尻尾を手で潰してしまった。

 

「ん゛っ、に゛ゃに⁉︎」

 

 敏感なのか、深い眠りから跳ね起きた。

 

「んあ、ごめんごめん」

 

 朝っぱらから騒々しくなる室内。

 ミオとシオンの目は冴え、奏とフブキは立ち上がって伸びをしている。

 そして、喧騒によって他の2人も不本意に目を覚ました。

 ころねが目を開き、真っ先に視界に入れるのはおかゆ。

 そのおかゆとシオンの距離を目視して――

 

「ぁっぶ――!」

 

 ころねの鉄拳を予知したかなたがシオンの肩を引いて間一髪回避。

 シオンの右腕が側の机にぶつかって悶絶していた。

 

「――ころさん、ダメだってば」

「おあよ、おがゆ」

「うん、おはよう」

「「…………」」

 

 おかしい。

 謝罪がないが?

 しかもその会話、微妙に成り立っていない。

 

 苦言を呈してもきっと無視されて虚しくなるだけなので、シオンもかなたも泣き寝入りするしかない。

 結局最後まで寝転がっていたのはミオ。

 そのミオが漸く上体を起こして大きなあくびを1つ。

 

「――時間は早いけど、全員支度して。早速だけど向かおう」

 

 かなたが置き時計の時刻を確認して号令をかける。

 誰1人文句を垂れることもなく支度を始めて驚いた。

 洗面所とお手洗いに列を作って、皆が出発の準備を始める。

 

 化粧や服選びの無いこの状況下なら、支度に時間はかからない。

 30分程で全員の支度は完了した。

 

 

 その後朝食を近場の店で各々購入し、一行は『冥界』を後にした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 冥界を出た一行は南東へと足を進めた。

 かなたの話によれば、その先に聖域があるらしい。

 この聖域とは実際の所は名ばかりで、そこらの森や洞窟、山と何ら変わりはない。

 神の所有する土地である為に名付けられたのだ。

 らでん曰く、この聖域の森の中央で待機すれば、神の気紛れで天界への道が開けるらしいが……。

 まあそれはその時に考えよう。

 

 大した時間を要せず、一行はとある山まで辿り着いた。

 既に聖域の中。

 らでんの指示によれば、この山を迂回してはならないらしい。

 如何なる罠が仕掛けられているか分からない。

 ここはらでんの指示通り、少々苦痛となるが山を越える事とする。

 幸い標高は1300mとそこまで高くない。

 

 かなたを先頭にして歩き始めて早10分。

 

「うぁっ――!」

 

 突如かなたが滑って転んだ。

 舗装されていない山なので、歩き辛いのは確かだが、斜面は緩やかな方で、地面も滑りやすい訳ではない。

 目前でかなたが転倒しフブキが心底驚いていた。

 

「だ、だいじょぶですか……?」

「あ、っはは……ごめんね……っよ……あれ――?」

 

 右膝を擦りむいてほんのり出血していた。

 砂が付着して汚れている。

 しかし、それは些細な問題。

 もっと深刻なのはかなたが立てない事。

 手を突いて踏ん張るが、全身ががくがくと震えて腰が上がらない。

 痛みも疲労も何も感じないのに――身体が悲鳴をあげている。

 

「かなたん……もう限界なんじゃ……」

「――そんな事ない。立てるよ」

 

 シオンが不安げに眉を寄せた。

 小さくきりりとした眉がハの字を作っている。

 その他の5人も手を貸そうと隣で中腰になるが、それらを全て拒む。

 渾身の力で何とか立ち上がった――瞬間倒れ込む。

 

「――っ」

「かなたん――」

「大丈夫! だいじょうぶ……」

 

 ミオに支えられて転倒は免れたが、このまま登山はできない。

 心を奮い立たせても、身体が限界では意味がない。

 昨日の傷だって癒えてないのだ。これ以上の無理は死に直結する。

 しかし、引き返す訳にもいかない……。

 かなたが懸命に自力で歩こうとする理由は、全く別の所にあるのだが。

 

「ウチが運ぶよ」

 

 かなたを囲む視線が冷める前にミオがそう申し出た。

 フブキとアイコンタクトを取り、許可を得てからかなたに背を向ける。

 赤子を誘うように背中を広げて両手をくいくいと動かすが、かなたはまだ拒む。

 

「僕は自分で歩けるから――!」

「かなたん。いい加減にして、怒るよ」

「怒るって――シオンちゃんは別に――」

「ええ何も出来ませんけど! 心配したら悪い⁉︎」

「――‼︎」

 

 かなたとシオンが口喧嘩を始めた。

 今回ばかりは皆シオンと同意見――というか同じ感情。

 これ以上の身勝手は却って仲間を危険に晒すことになる。

 馬鹿でないかなたなら、気付ける筈なのに……。

 

「喧嘩腰やめようよ……もう聖域の中なんでしょ?」

「「――――」」

 

 おかゆがその暖かい声音で2人を宥める。

 ばちばちと視線が電撃を放つ様にぶつかっていたが、軈て互いにふんっ、とそっぽ向いた。

 奏以外の周囲の者たちの獣耳が不満げに曲がった。

 

「じゃあかなたさん、乗ってください」

「……重いよ」

「平気です。うちは怪力なので」

「…………」

 

 何とか断念させようと画策するも早々に撃沈。

 かなたは過去最高に不貞腐れてミオの背に倒れかかった。

 こう見れば外見も相まって幼子の様にも見えるが……一体何歳なのだろう?

 不老だと言っていたが。

 

 ミオはぐっと腰に力を入れて立ち上がる。

 想像以上の軽さに驚いた。

 怪力あってこそなのか、かなたが羽の様に軽いのかは定かではない。

 拗ねたかなたはミオの背中で顔を隠して周りの視線から逃げていた。

 誰も言葉を発さないので奏が先頭に立ち、一度だけかなたに尋ねる。

 

「このまま真っ直ぐ登ればいいんですよねぇ?」

「……うん」

 

 ミオの背中からのくぐもった声。

 かなたの吐息で定期的に背中に弱々しい風が当たる。

 

「…………」

 

 しばらく無言で歩いていたが、先ほどの口喧嘩等もあり、少々空気が重い。

 自然の心地よい風が幾度その空気を吹き飛ばしても、直ぐに重くなる。

 それぞれの特徴的な息遣い以外にも音が欲しくなり、奏は話題を振ることに。

 

「シオンさんって、以前も叛逆組織にいたんですか〜?」

「いや、シオンは叛逆の後から入った。かなたんに出会ってね」

「へぇ〜、じゃあマリンさんとはいつ出会ったんです〜?」

「かなたんに頼まれて探し回ったんだよ。それで何とか話し合いの場を取り継いだんだけど……結果はね……これだよ」

 

 どうやらシオンもかなたに誘われた口らしい。

 刻印も無しによく決心した物だ。

 フブキはミオがいるからこその決断だが……。

 

 あれ?

 それだとシオンの決心以上に、かなたの勧誘が不自然だ。

 神相手にお世辞にもシオンは役に立たない。

 マリンとの接続の為だけに誘うか? 普通……。

 

「…………」

 

 そう言えば、ぺこらとシオンはやけに仲が良かったな。

 シオンには自覚がなさそうだが、ぺこらからの好意は確実だった。

 

「――――」

 

 いや、でもかなたはぺこらを知らなかった。

 とすると……あくあか?

 まさかあくあが……味方なのか?

 

「シオンさんって、あくあさんとどんな関係なんですかぁ?」

「友達」

「……それだけ、ですか?」

「そ」

 

 安直に言い切られて言葉に詰まりかける。

 

 友達。

 使い勝手の良い言葉で片付けられると、何とも分析に悩む。

 きりりとした眉も、琥珀色の瞳も、小さくて愛らしい口や鼻も、靡く銀髪も全てがいつも通り。

 シオンの表情から読み取れる情報も無く、奏はそれ以上の詮索を断念した。

 

「奏ちゃん、最近よく喋るよね」

「へ? そうですか?」

「うん。初めて会った時は人の話とか聞かないし、自分から話振る事も殆どなかったよ」

「そ、そこまでじゃ……」

「うんうん、ウチもフブキと同じ意見」

「えぇ〜……」

 

 変化を感じ始めたのは、裸の付き合いから。

 その変化が顕著になったのは冥界で奏の本心を聞いた時から。

 

 2人以外は全く共感できないらしい。

 初対面から奏は変な奴で、相手方の心意など知らんぷりで切り込んでゆく。

 デリカシーが無いけれど顔が良くて、声が麗しい、不思議な奴。

 

 奏は少し照れくさそうに髪を弄った。

 心を開いた証拠なのだと勝手な解釈をして、フブキとミオは顔を見合わせてはにかんだ。

 

「そう言う奏ちゃんこそさ、その辺とはどう言う関係?」

「へ、奏ですか〜? 奏は死にそうな2人を助けようとしてー、奏も死んじゃってー、かなたさんに蘇生されてー、それで成り行きで2人と行動を共にしてる所ですねぇ」

 

 具体的に話し始めてシオンは一度を息を飲んだが、突然端折られた事に驚き躓いた。

 そう聞けば奏の動機も中々に不自然。

 フブキとミオにしか見えない奏の本心がある。

 シオンが深掘りしないので、奏も敢えて言う必要は無いと判断した。

 奏は無意識に歩速を上げる。

 

「…………」

「――どうかした?」

 

 ころねの視線がフブキを貫いていた。

 フブキは妙な圧を感じたが、ころねにそんな意図は微塵も無い。

 声が掛かり視線が集まると仔犬のように小さく喉を鳴らして視線を逸らす。

 

「フブキちゃんとミオちゃんって、付き合ってるの?」

「え――⁉︎ っうわぁっ――たとと! あっぶねぇ……」

 

 おかゆが代弁するように尋ねた。

 なるべく優しく穏やかな笑みを浮かべて。

 それでもミオは面食らって倒れかける。かなたをおぶっている為、後方に倒れかけたが、フブキが慌てて支えて何とか転倒を阻止。

 全員の肝が冷えた。

 

「ふぅ、セーーーフ。かなたさん大丈夫ですか?」

「……、……、……ん」

 

 大きく安堵の息を溢しかなたの無事を確認する。

 数秒だけ間を空けてかなたが小さく頷いたが、ずっと顔を埋めていて表情が見えない。

 不思議そうにフブキが首を傾げていると――

 

「大丈夫だよフブキ、安心して」

 

 とミオが答える。

 ミオが言うならと、何故かそれで納得してミオの隣に戻る。

 そして数秒前のおかゆの言葉を思い出して紅潮した。

 

「ぁ――! ぁ、ああ、わ、私たちは別に、付き合ってたりする訳じゃ――‼︎」

「フブキ……」

「フブキさん……」

 

 ミオと奏が全く同じ反応で目を細めた。

 ミオは加えてため息を吐く。

 

「な、何でミオ、冷静なの⁉︎」

 

 図星を突かれて動揺するのはいつもミオの方だ。

 そのミオが冷静な事の方が無性に気になり始める。

 フブキは耳と尻尾を威嚇する様に立てた。

 

「あ、はは……まあ、驚き過ぎて、かな」

 

 と乾いた笑いで答えた。

 頰が痒くなって来た。

 耳がぴょこぴょこと動く。

 

 ミオが本音を隠している事は皆勘付いた。

 

(……)

 

 しかし結局、その真相は奏にすら解明できなかった。

 

(背中が濡れてそれどころじゃないんだよなぁ……)

 

 軽く跳ねて、かなたを背負い直す。

 すると小石と土が坂道を滑り落ちていった。

 

「ぐぬぬ……」

 

 敗北した気分になりフブキは強く歯軋りする。

 腹いせに……ではないが、自分だけ恥ずかしい思いはしたくないので、フブキは質問をそっくりそのまま返すことにした。

 

「そう言うおかゆちゃんところねちゃんだって、普通の関係には見えないよね! 付き合ったり――ましてや結婚とかしてるんじゃないのぉ〜?」

「付き合ってるよ」

「「――――」」

 

 おかゆが堂々と、躊躇いなく答えて場が静まり返った。

 ころねはほんのり頬を赤らめているが、おかゆの瞳は輝きを増して少々誇っているように見える。

 

「……へ、へぇ〜。なかなかやるじゃん」

 

 一体何目線なのか。

 悠然としたおかゆの在り方にフブキは益々恥ずかしくなる。

 反撃は失敗。フブキは顔を隠すように奏の前に出て先頭を歩いた。

 耳と尻尾の動きが羞恥心を表しており、それを間近で見られた奏はラッキーだ。少しだけ口角を上げて、しばしその動きを見つめた。

 

 シオンが退屈そうに視界の悪い道の先を眺めている。

 

「飛び火するようだけど、かなたさんとマリンさんも色々ありそうだよね」

 

 とおかゆから揶揄うような一言が飛び出す。

 あの喧嘩の現場を見ても、やはり皆同じことを思っている。

 数ヶ月マリンの側で過ごした2人とシオンは特に。

 

 おかゆはにまにまと笑って、かなたの反応を楽しみにしている。

 所がかなたは一向に顔を上げず、声も出さない。

 流石に一同も異変に気付く。

 揶揄った張本人が真っ先にミオに歩み寄った。

 ころねはおかゆと距離を置かぬようにくっ付いている。

 

「ご、ごめんね? 悪気はないんだけど……大丈夫?」

 

 温和な声が心を温める。

 おかゆがかなたの背に触れようと手を伸ばすと、ミオが慌てて躱す。

 

「ぇ――」

「ごめんね! かなたさん、寝てるみたいだから……そっとしてあげて」

「ミオ……?」

 

 フブキも漸くミオの様子が変だと気付く。

 折角先頭に出たが、ミオの隣まで戻って奏に先頭の座を返す。

 シオンもちらちらとかなたを心配しているが、喧嘩した手前声を掛けられずにいた。

 

「どうしたの?」

「ん? どうもしないよ?」

「かなたさん、どうかした?」

「んーん、どうもしない。心配しないで」

 

 フブキが多岐に渡って尋ねるも、どうもしないの一点張り。フブキと奏以外の者が徐々に不満を募らせ始めた。

 先頭である奏がずっと先へ進むので、一同も足を止めないでいたが、漸く奏が足を止めて振り返る。

 

「……多分。泣いてるんですよ」

 

 答えを知らない奏の推測。

 しかし奏の直感に対する皆の信頼は非常に高い為、全員がそうなのだと決めつける。

 ――事実、そうなのだが。

 

 奏の憶測で暴露され、ミオが冷や汗を流す。

 背中はもう既にびしょびしょで、冷や汗なんて気にならなかった。

 

「……かなたん」

 

 シオンがそっと手を伸ばした。

 隠し事がばれたので、ミオももう避けようとしない。

 シオンのか細く震える手がかなたの頭に乗った。するとシオンの手が……一層ぷるぷると震える。

 時折、鼓動のようにかなたの全身が跳ねる。

 音を最大限まで抑えており、耳を澄まさないと聞こえない。

 

 かなたが必死に惨めな姿を隠すものだから、ミオも皆に黙っていた。

 それも結局徒労に終わったが……。

 

「かなたん……声出さないと、吐き出せないよ」

「……んー……」

 

 ゆさゆさとかなたの髪とミオの体が左右に振れた。

 

「顔上げなよ……それじゃぁ泣いてる意味、ないじゃん?」

 

 すぅーと髪を撫でる。

 すべすべできらきらで、いい髪質だ。

 天使の輪の回転は止まり、左翼が煩わしいほど羽ばたいている。

 その中で、涙を啜る音と義翼の軋む音が交互に山に響ていた。

 

 どうやら、かなたが嗚咽する理由に勘付いたのは、シオン、奏、ミオの3人だけのようだ。

 シオンはその関係の深さから、奏はその鋭い観察眼と推測能力から、そしてミオは一度同じ境遇に立った者として。

 

「――――」

 

 シオンがまた言葉を探している。

 どうにかかなたに前を向かせたい。それと同時に慰めてやりたい。

 この2つの想いは矛盾していると分かっていても、シオンはどちらも兼ね備えた、奇跡のような言葉を探している。

 甘い。

 その考えは甘い。

 

 かなたを立ち直らせる言葉は簡単な一言。

 それを思い至り口にできるのは自分だけなのだと、奏は力強くかなたに迫った。

 ずかずかと地面を踏み締めて、傷ついた身体への負担なんて考慮せず、がしっと豪快にかなたの右肩を掴んだ。

 反動でミオの身体までも揺れる。

 

 かなたの顔を見つめる。

 透視するように、耳と頬を見つめて、見えない表情を捉える。

 目と目が合った。そう思った時、がなるように、普段の美声なんて捨てて、

 

 

「早く――マリンさんを助けに行きますよ!」

 

 

 たった一言告げた。

 

「「…………」」

 

 しばし、沈黙と静寂――。

 右肩を掴む華奢な手と頭に乗るか細い手。

 

 かなたは大きく鼻水を啜って、左手を回す。

 

「……っ」

 

 シオンの手を払い除けて、顔を上げた。

 真っ赤に腫れた両目は誰の目も見つめず、道の先を睨んでいる。

 感情を押し殺すように歯を噛み締めて、涙を必死に目の奥に返して。

 とにかく前を見る。

 山頂の、更に上を。

 

「――うん゛っ‼︎」

 

 ぎゅいんと一周、天使の輪が回った……。

 

 

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