叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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義翼と隻眼⑥

 

 天界、インターン生宿舎……。

 地上のどこにでもある様な宿舎を贅沢な素材で作った、そんな外見。

 

 そこへちょこと、帰還したスバルが赴いた。

 スバルの右腕は義翼に切断されて、肩から先がない。

 そらのお陰で傷は癒えたが、腕を回収できなかったため再生は叶わなかった。

 負傷からかなりの時間が経ったので、今更腕を発見しても、もう治らない。

 左腕で体幹を取りながら歩くことにも慣れ、スバルの姿勢はかなり良くなった。

 それでもちょこは、万が一スバルが転倒した時、直様支えられる位置にいる。

 

「最近どうなんだ? あいつらの様子は」

「どうと言われてもね。普通としか言えないわよ」

「どこの役の後を継ぐのかとか、まだ決まんねェのか?」

「それは仕方がないでしょう、それを決めるのは役に就いてる人だもの」

 

 宿舎に入る前にそんな会話をしていた。

 神の遣いの後継人ついての話題。

 

 例えばトワが何らかの理由でいなくなり、「未知」の席が空いたとする。

 当然後継人は「未知」のNo2であるちょこだが、そうするとちょこのいた席が空くわけだ。

 そこへ送り込まれるのが、インターンの誰かである。

 神の一団は各々、自身が死んだ場合の空席を埋める後継人を選ぶ必要がある。

 所が、未だ殆どの者が後継人を選んでいないのだ。戦争が間近に迫ると言うのに。

 

「スバルも……後継人、決め時なさいよ」

「スバルの後継ぎなんかいらねェッて」

「…………」

「スバルの席は、スバルが居るから生まれた枠だ。スバルが居なけりゃ、その枠は消える。みこちだって分かってんだ」

「……そうね」

 

 扉を前にしたまま立ち止まり、もう少し会話を引き延ばす。

 

「……ちよこも確認したんだろ、作戦」

「ええ……」

 

 スバルが澄んだ瞳をちょこに向けた。

 プレアデス星団のように輝かしい瞳を前に、ちょこは視線と声のトーンを落とす。

 自身を抱く様に両腕を掴んだ。

 悪魔の羽が小さく揺れる。

 

「スバルが居ても居なくても大差ねェけど――」

「そんな事はないわよ……」

「そうか、ありがとう。でもどちらにせよ――後は頼んだぞ」

「――――」

 

 ちょこは口を閉ざしたままでいたが、スバルは返答を待たずして宿舎の入り口を開けた。

 ガチャコンッ、と音が室内に反響して扉が開く。

 宿舎にしては大きな扉。片腕だと開け難かった。

 

「ん? あ、スバル。おッすー!」

 

 玄関に入ると丁度廊下に1人立っていた。

 オフなのでメイクはしていない様だ。

 金髪に黒やピンクなどのメッシュ。そしてやや縦長の獣耳。長く毛深いが滑らかな尻尾。一見キツネだが正確にはフェネックである。

 瞳の中にはキラキラと銀河の様な輝きが宿っている。

 部屋着用の薄いシャツとパンツを一枚ずつ着ており、口に咥えているのは恐らくアイス。

 

「よォポルカ。みんないるか?」

「おるよ〜」

 

 玄関を閉めて土足で上がり込む。

 ちょこも後ろから続く。

 ポルカも若干だが距離を詰めた。本当に少しだけ。

 

「ちょこ先生もいんじゃん。どした? なんかあった?」

 

 アイスをしゃぶりながら視線をチラチラ動かす。

 スバルの消滅した右腕も、ちょこの浮かない表情も目に焼きつくが深くは聞かない。後にどうせ他の奴が聞くし、仕事柄そんな事態は起こり得る。

 これは将来、ポルカ自身にも降りかかる厄災かもしれない。

 

「しゅば〜? しゅばが来たのら〜?」

 

 リビングから1人、少女が現れる。

 全身がパステルカラーで包まれた少女だ。

 ツヤツヤの背中まで伸ばした髪は桃色で、独特のオッドアイを有している。

 右眼は髪に近しい桃の様な輝き、そして左眼は翡翠の様な美しさだがそれよりも更に明るさがある、若緑色の輝き。

 容姿と色彩知覚感情の相乗効果でその子の愛らしさは世界一と評価したい。

 

「しゅば〜〜ァァァ⁉︎」

 

 ルンルンと軽快な足取りでスバルに駆け寄る少女――姫森ルーナ。

 満面の笑みでポルカの傍を通ってスバルを見た。その途端にガラガラと響く凄まじい絶叫が。

 右腕を失くした姿を見た為だ。

 一同耳を塞ぐが、スバルは右耳を守れなかった。

 キーンと耳鳴りがした。耳が痛い。眩暈がする。

 

「なになに⁉︎ 何があったん⁉︎」

「びっくりしたんだけどー‼︎」

「ルーナ?」

 

 ルーナの叫びを聞きつけて、宿舎内の者達が一斉に顔を出す。

 そしてスバルとちょこを視認すると慌てて集合した。

 

「どしたのスバル⁉︎ 右腕ないじゃん‼︎」

 

 スバルの悲惨な有り様を前に皆言葉を失っていたが、1人――夏色まつりが声を上げた。

 皆スバルの力は知っているが、ここまで盛大に負傷して帰る事は珍しい。

 なんせ大概の任務を他のメンバーが熟し、スバルはサポートに徹するから。

 

 今回といい次の戦争といい、スバルが前線に出る時は、決まって特大の新ルールを要する時である。そしてその為にはスバルの負傷が必要不可欠。

 こんな結果も、よく考えれば頷ける。

 

「大役を任されてたんだ。成功したからこんなのは安いもんよ」

「痛くねェのら?」

「ああ。そらちゃんに傷口は塞いでもらった。腕は生えないが、痛みはもうない」

 

 自身の右肩をガシッと掴んで見せる。

 心配してくれるルーナの潤んだ相貌を優しく見つめ返した。

 心配無用だと伝えるとスバルの左腕をルーナが掴み、擦り寄って来た。 

 

「――そんで、何かあった? 今日は休みだけど」

 

 アイスを全て食べ切ったポルカが、棒を咥えたまま聞く。

 その視線はまっすぐスバルを見ていた。しかも、中々に鋭い眼。

 ガリガリとアイスの棒を齧る。

 

「ちよこ、説明してくれ」

「ええ。でも玄関と廊下に溜まってないで、リビングで話さない?」

「あー……それもそうだな」

 

 ちょこの苦笑にスバルも同様の相槌を打つ。

 そして集まった者たちにリビングへ行く様示した。

 

「――じゃあねね、お菓子持ってくる‼︎」

「じゃあラミィが飲み物注いでくる〜!」

 

 ねねとラミィがリビングの方へ真っ先に駆け出した。

 側から見れば客人への気遣いだが、果たしてどうだろう。

 杞憂かもしれないが、スバルは一度声を張った。

 

「待った!」

「「――ん?」」

 

 ねねとラミィが並んで振り返る。

 煌びやかな金髪と冷ややかな青髪が同時に振れて美しかった。

 

「酒はやめろよ」

「あースバル。そりゃあもう手遅れだ」

「ェ……」

「アイツは既に、『入ってる』から」

「……はァ」

 

 万が一、ラミィが酒を振る舞おうものなら、作戦の伝達に支障を来たす可能性があると考えた。

 その万が一に備えた物の、ポルカの言葉でそれ以前の問題だと知る。

 スバルは大層なため息をついた。

 対するラミィは勝ち誇った顔でピースサインを決める。

 

「入ってる分吐き出せとは言わんから、せめて話が済むまで追加は無しにしろよ」

「え〜、吐き出そッか〜?」

「吐き出すな!」

「じゃあ代わりにねねが吐き出したげる」

「意味が分からん!」

「さっき食べたご飯をお尻の方から――」

「アアもう黙れ‼︎ とにかくリビングに行け! 何も出すな!」

 

 スバルの怒号に「ギャァ〜」と笑いと悲鳴を合わせた様な奇声を上げてリビングへ入る2人。

 揶揄っているのか、本気で言っているのか……。本気だと将来が不安だ。

 この2人にはどの役職も与えたくない。

 

 ……2人の後にまつり、ポルカ、ルーナ、スバル、ちょこと続く。

 その際ポルカはアイスの棒をゴミ箱に放った。

 

 以前、作戦会議をしたトロイアほどではないが、ここも中々に広く、豪華な装飾がなされている。

 リビングテーブルの周囲のソファにそれぞれ腰を下ろした。

 

 テーブルの周りにコの字で置かれた3つのソファ。

 左端からラミィ、ねね。ポルカ、ルーナ、スバル。ちょこ、まつり。

 と並んでいた。

 ねねが不意にテレビのリモコンを手に取ったので、ポルカが身を乗り出してパシッと勢いよくはたき落とした。

 リモコンの背の蓋が取れて、電池がどこかに飛んでいった。

 

 ルーナはスバルの腕に寄り添って服の匂いを嗅ぎ、まつりは両足をバタバタとさせている。

 

「ちよこ」

「――」

 

 スバルの呼びかけに無言で首肯する。

 一度その美しい金髪をかきあげて、姿勢を正した。

 つられてまつりとポルカも姿勢を正す。しかし、それ以外の者は不変だった。

 

「今度、トロイアで戦争があるの」

「トロイアで……?」

「そう。叛逆者が攻めて来るの」

 

 戦争の発生に関しては深く追及しないが、戦場がトロイアである事が不可解だった。

 それはインターン生全員が思った事。

 

「何でわざわざトロイアで? 招き入れるって事でしょ?」

「中々大規模だからね。こよりちゃんの監視下で戦いたいのよ。それに、敵にも強力な力を持つ者が居る可能性が高い」

「ルイちゃんを使うって事?」

「そういう事よ」

 

 大方の考えは理解した様で、成程と皆が相槌を打つ。

 

「それで、あたしたちにも何か指令が来た感じ?」

「いいえ、違うわ。ただその戦の日はもしもの時の為に、ちょこがこの宿舎で警護に当たることになってる。今日はそれを伝えに来たの」

「そう、か……」

 

 ポルカは真横のルーナの顔色を伺った。

 普段通り、スバルに釘付けでいる。

 憐れだ。

 

「…………」

 

 ポルカは視線を逃した。

 その様子をまつりが不思議そうに眺めている。

 

「しゅばは? しゅばは来てくれねェのら?」

「あァ……スバルは別で指示があるから、こっちには顔出せねんだ。悪いな」

 

 左手で優しくルーナの髪を撫でた。

 幸せそうな微笑みでスバルに寄り添うと、静かに目を閉じる。

 

「そうそう。そう言えばポルカに言っておきたい事があるの」

「え、ポルカに?」

 

 ちょこが手を鳴らしてポルカを名指しすると、ルーナとスバルに集中していた視線がズレる。

 ポルカは視線を前に戻してキョトンとした。

 

「この流れで言うと不安を煽る様だけど、ぼたん様から」

「獅白? ポルカになんて?」

「ぼたん様だけ唯一、後継人を決めててね。ポルカに後を継がせたいそうよ」

「……ポルカに、恐怖の第二ポジを、か?」

「そうよ。何か変かしら?」

「……いや。好きにすればいいけど」

 

 つまり現状、すいせいかぼたんが死んだ場合は、ポルカが入団することとなる。

 正直不服だ。

 右手で首元を押さえて口先を尖らせるが、反対はしない。

 

 このタイミングでの伝達になった事は仕方がないが……。

 唯一後継人を選んでいたのがぼたんである、と言う事実はちょこやスバルも含めて、皆が驚かされた事だ。

 普段の態度からは想像もつかない。

 自分は絶対に死なないと豪語しており、後継人を選ぶだけ無駄だとさえ考えていそうなのに。

 

 ポルカは席を立った。

 アイスを食べてから口元がずっとベタついて鬱陶しいので、側のキッチンで口周りを洗う。

 その序でに水を飲む。

 

「ねねは? ねねの事、誰か選んでなかった?」

「そうね〜。ぼたん様以外はまだ、決めてないみたいだから」

「そっか〜。とわわ先輩ならねねを選ぶと思ったのに〜」

「それはない」

「む。ラミィだって人のこと言えないじゃん!」

「ラミィはねねとは違うもん!」

 

 ねねを揶揄うと反撃を喰らったので、ラミィが少々ムキになる。

 バンッとテーブルを叩いて立ち上がるとキッチンの方へ向かった。

 ポルカの背後を通ってワイングラスを掴む。

 その手をポルカが掴んで止めた。

 

「やめい。さっき言われたろ」

「――別に飲まないもん!……飲まないから〜」

「ガッツリ飲む気じゃん……」

 

 掴んだのがワイングラスなあたりを見るに、ある意味本気で飲む気は無いのかもしれない。

 ラミィはワインよりも日本酒が好きなので。

 

 ポルカがラミィの腕を引いて席に戻った。

 ラミィも膨れながらソファに倒れ込む。

 

「ボイーンボイーン」

「ガキか……」

 

 ラミィの胸の弾みを表現するねねにポルカが突っ込む。セクハラに慣れすぎたのか、ラミィは無頓着だった。

 ねねがラミィにボディタッチを始めたので流石のラミィも抵抗していたが、もはや止める気にもならない。

 ポルカは無視して隣のルーナに視線を向けた。

 ルーナはスバルの腕を枕にスヤスヤと眠っていた。

 柔らかそうなほっぺたが少し膨れていて、小さな口が微かに空いている。

 滑らかな桃髪から甘い香りが漂う。

 

「ねえちょこ先生。話戻るんだけど、先生が警護に来てる間、まつりたちは何してればいいの?」

「いつも通りでいいわよ。ここにはちょこ以外来ないと思うから」

「おっけー!」

 

 満足したまつりは眩しい笑顔と共にOKのサインを出した。

 陽気で無邪気な笑顔。まるで神の一団に向いていない。

 

「……」

 

 そう考えれば、ぼたんが真っ先にポルカを選ぶのも頷けるかもしれない。

 

「ま、そんな訳だ。悪かったな連絡もなく来て」

 

 スバルがルーナの頰を丁寧に腕から下ろし、ソファに寝かせてから立ち上がる。

 隣のポルカに任せたと伝えて玄関へ向かう。

 その様子を眺めていたちょこは無言で立ち上がった。

 2人がリビングを出そうになると、ルーナ以外が小さく手を振る。

 なので2人も小さく返した。

 

「……」

 

 そして2人が退室すると――

 

「ルーナ。ルーナ……起きろ」

「ん……ふな……?」

「スバルが帰るってよ」

「しゅば……?」

 

 ポルカが早速ルーナを起こしてそう伝える。

 色の異なる朧げな相貌がポルカを見上げ、周囲を見回す。そしてスバルの不在に気付くと慌てて上体を起こした。

 足を縺れさせながら玄関へ駆け出すので、ポルカが支えながら付き添う。

 そして他の3人も後に続く。

 

「しゅば〜!」

「ッ……」

 

 ほんの数分の眠りだったが目は虚ろ。

 それでもニヘッと笑って大きく手を振りながら駆け寄る。

 

 スバルとちょこは玄関を抜ける直前だった。

 

 スバルは一瞬怯えた様に震えた。

 だがそれを気取られぬ様に取り繕って、穏やかな表情で振り返る。

 

「ああ……ッお、と……」

 

 振り向いた途端にルーナが飛び付いた。

 子供の様に無邪気な、愛情一杯の抱擁。

 いつもスバルが帰る時、ルーナはこうして抱きついてくる。

 「いつもと同じ」が「いつもと違う」。

 

 取り繕う表情が震えて、目頭が熱くなって……。

 

(ダメだ――! ダメだ――‼︎)

 

 感情の波を必死に堰き止めた。

 堪えて、堪えて、堪えて、堪えて。

 片腕だけの抱擁を返した。

 

「ああ……またな」

「うん‼︎」

 

 ちょっぴり長めに抱きしめ合う。

 2人の抱擁をポルカはちょこの次に近くで傍観していた。

 その様子を見兼ねてちょこが歩み寄るが視線は決してブレなかった。

 

「……いい子ね。偉いわよ」

「……別に」

 

 ポルカの頭にちょこの手が乗る。

 弾力のある髪を押し込んで撫でると少し耳が曲がった。

 背後からテテテと3つの足音が迫って来たかと思うと――

 

「ポルカー偉いぞー! 何か分かんないけど!」

「エライエライ。分かんないけど」

「偉いぞぽるぽる! 何でか知らないけど!」

 

 インターン仲間が一斉に手を乗せるので、ポルカの頭の上は大渋滞していた。が3人は何が偉いのか理解していない。

 何ら変哲の無い日常風景が介入してくるので、気分が少し楽になった。

 

 ルーナとスバルの抱擁が解かれると、ポルカの頭も軽くなる。

 

「じゃ……行くよ」

「「「「じゃ〜ね〜」」」」「……じゃ」

 

 ちょこがスバルに並ぶと2人はまた小さく手を持ち上げて、今度こそ玄関から出ていってしまった。

 2人が帰ると紐が途切れた様に普段へと舞い戻る者たち。

 皆が足取り軽くリビングへ戻る中、唯一ポルカだけが玄関の前で片手を上げて立ち尽くしていた。

 

 

 

 宿舎を出たスバルは早足で扉から遠ざかる。

 天界は視界を遮るものが少ないから、長い間感情を押し殺していた。

 そしてただの石柱の影に隠れるや否や、ちょこにしがみ付いて大粒の涙を流し始める。

 

「ッぐ……ゥ……ッ……」

「スバルも、偉いわね……」

「ゥッ――ぐッ――‼︎」

 

 いつまでも涙を溢すスバルを抱き締めて、ちょこはいつまでも髪を撫でてやったのだった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 標高約1300mの山を登る叛逆者一行は頂上の目前まで到達していた。

 かなたの涙は完全に枯れてしまったが、目元はまだ少し赤い。

 それでも、進む意思を体現する様に進行路を睨み、ミオの服をぎゅっと握り締めていた。

 時折聞こえていた鼻を啜る音に可愛さを感じていたのだが、もうそれも聞こえないので残念だ。

 

 山頂まで残り僅かとなれば太陽が近付く。

 まだ昼なので標高が上がるにつれて体温も上昇していく。

 

「なんか……あっつい……」

 

 シオンが薄い服をぴらぴらと引っ張る様にして風を通し、そうぼやいた。

 そんな彼女の素肌には、確かに汗らしき水滴がぽつぽつと浮かんでいる。

 シオンの一言が火切となって、他の全員も暑さに苛まれ始めた。

 

「そんな季節じゃ、無いよね……」

「標高高いと涼しい筈なのに……」

「確かに暑いですねぇ〜」

 

 

 その暑さを我慢して斜面を登り続け、漸く山頂の大きく開けた空間が目に映る。

 ついに登頂成功とフブキが駆け出した。

 奏だけが後に続いて駆け出すが、その他は歩速をそのままに進む。

 

 ひと足先に山頂へと辿り着いたフブキはその光景に唖然とした。

 

「…………」

 

 山頂入り口で佇むフブキの背後から奏もその景色を目にする。

 そして同様に言葉を失った。

 

 先行した2人が並んで固まるので、不審に思った一同も漸く駆け足になる。

 汗を散らせて2人の背後へ到着。押し除けて前へ進み出ると――

 

「「「「「――――――」」」」」

 

 皆一様に絶句した。

 

「…………」

 

 誰よりも早くその光景を前にしたフブキは、体が動くのも早かった。

 ざくざくと落ち葉が散らばる地面を踏み締めて、「それ」に歩み寄る。

 

「ぁ、フブキ――」

 

 じゃらじゃら……と鎖が鳴った。

 

「「――――‼︎」」

 

 皆が身構え、警戒する。

 そんな中でもフブキは「それ」に迫った。

 

「フブキ――!」

 

 目前で立ち止まって見上げる。

 ミオが警鐘を鳴らすがフブキは一切離れようとはしない。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 じゃらじゃら、と鎖が鳴った。

 フブキは「それ」の口に噛ませてある鋼鉄の猿轡に手を伸ばす。

 

「待ってフブキさん‼︎」

「――?」

 

 奏が声を張り上げてフブキの暴挙を止める。

 この焦り方は非常に珍しい。

 

「『それ』は、明らかに異常ですよ」

 

 奏が紅い瞳で「それ」を睨んだ。

 「それ」の異常さは全員感知している。いや、その有り様を見て感じないなんて論外だ。

 

 視界を覆う鉄のアイマスク。

 口を塞ぐ鋼鉄の猿轡。

 四肢の自由を完全に奪う拘束の仕方。指一本動かせない。

 心臓を穿つ一本の槍。心臓に刺さったままだ。

 

 それなのに、コイツは動いた。

 この凄惨な姿で生きている。

 槍を伝う血は完全に固まっており、時間はかなり経っているにも関わらず。

 

 ここは聖域。

 これがただの人間でない事は、バカにもわかる。

 それを――解放しようなどもっと馬鹿げている。

 

「口くらい平気だって」

 

 フブキは能天気に答えて猿轡を握った。

 

「んむっぐ――」

 

 槍の突き刺さった女性が喉を鳴らした。

 フブキは猿轡を握り締めて、渾身の力で引き千切る。

 鋼鉄だ、そんなの出来るはずが――

 

 ぱきっ――ん。

 

「「「「「「――⁉︎」」」」」」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 猿轡が千切れて女性の口が開いた。

 辺りに唾液の付着した鉄の破片が飛散する。

 

「すぅーーーっ、はぁーーーっ」

 

 女性が大きな呼吸を何度か繰り返し――

 

「はぁああ! 空気うめぇえええ‼︎」

 

 と絶叫した。

 その後、声の位置から何となくの身長を割り出して、フブキの顔に頭を向ける。

 

「ねえ君さ。折角だから助けてくんない? お礼するよー」

「いいですよ」

「えっ‼︎ 待っ――‼︎」

 

 予期せぬ展開に思考停止していた一同はそのやり取りを聞き慌てて止めに掛かるが、フブキがあっという間に目隠しと左腕の鎖を引き千切る。

 勿論腕力で。

 

 その隙にミオはかなたをシオンへ預ける。

 そして奏とミオがフブキに飛びかかった。

 

「うわっ、何⁉︎」

「何じゃないよ! 何やってんのフブキ!」

「そうですよ! 死んじゃいますよ!」

 

 この際鎖を腕力で破った事には触れない。

 ミオと奏に押さえられ、漸く暴挙が収まるが、串刺しの女性は視界が開けてしまった。

 その紅蓮の如く燃え盛る瞳に見下ろされ、汗が噴き出る。

 

「別に何もしないって。それより後3つ、外してよ」

「わか――」「「ダメ‼︎」」

「えぇ〜、いいじゃんか、助けてくれたって」

 

 女性はぺらぺらと喋っているが、明らかに余裕のない有り様だ。

 絶対に怪しい。

 

「いいんじゃない?」

「「――⁉︎」」

 

 不意に割り込む声。

 それはかなただった。

 シオンに肩を借りて力無く立っている。

 蒼い瞳は何かを確信した様に女性を見つめている。

 

「らでんちゃんが態々このルートを指定してこの人と出会った。そう言う事なんじゃない?」

「「…………」」

 

 その一言で半ば強制的に納得させられる。

 らでんを信じずして叛逆は成功しない。

 今の言葉を聞いた上で彼女を無視するとはつまり、らでんを信頼しない証拠になり得る。

 どこまでが作戦の内かは読めないが、この邂逅が本当に偶然とは言い難い。

 

 奏とミオが大きく息を呑んで紅蓮の瞳を見上げた。

 

「…………」

 

 眼力の押し合いでは負けない。

 ぴりぴりとする熱視線にふたつの視線をぶつけて、答えを吟味する。

 そして――

 

「分かった」「分かりました」

 

 と渋々承諾した。

 フブキを解放し、ミオとフブキが残りの鎖を全て引き千切る。

 

 拘束が解かれると女性は大きく伸びをした後、心臓に刺さった槍を引き抜いた。

 ぐぢゅっ、と生々しい音を立てて槍が抜けるとぶしっと血飛沫が当たりを真っ赤に染める。

 そして1秒の内に傷が消滅し、心臓含めて元通りに。

 

 秩序破りな力を前に、皆の視線がかなたへ向く。

 

「――僕、何もしてない」

 

 皆の視線が女性に戻る。

 

「あたしは不知火フレア。助けてくれてありがとね。特にそこの白いネコちゃん」

「……キツネです」

「どっちも同じだって」

「「違います」」

「――」

 

 ミオとフブキの否定が重なった。

 まあ、それはさておき……。

 

「あの――」

「はいこれお礼ね」

 

 奏がフレアと名乗る女性に事情を尋ねようと口を開いた途端、言葉を被せてくる。

 しかも片手を突き出して何かを押し付ける。

 奏は咄嗟に両手を伸ばして受け取った。

 

「……?」

「今即興で作った花火。困ったことがあったらそれを打ち上げて呼んで。一回だけ何でもしたげる」

「――何でも?」

「何でも」

 

 ――。

 

「エロい事でもいいの?」

「ん〜、まあ望むならいいよ」

「どれだけ過激でも?」

「アタシそう言うのじゃないけど、まあ……。あ、でもアタシ見た目以上に歳だから、あまりそう言う目で見ない方がいいと思う。それでもって言うなら、断らないけどね」

 

 おかゆの攻めた質問にも淡々と答えた。

 そして様々を深掘りする前に――

 

「じゃ!」

 

 フレアは手足からエンジンを吹いて遥か彼方へ飛んで行ってしまった……。

 大量の木の葉が宙を舞い、そのうち数枚は焼け焦げていた。

 

「あ……行っちゃった」

 

 フレアの消えていった方角の空を見つめて呆然とする一同。

 数秒後、我に帰った奏は右手に乗せられた火薬玉を見つめた。

 

「これ……どうやって使うんですかねぇ」

 

 市販の花火しか触れた事のない奏には、打ち上げ花火の扱い方が分からない。

 着火用の導火線も見当たらない。

 

「それもらでんさんに聞いてみるしかないね」

「そうだね」

 

 フブキは落ち葉の上に散らばった鎖のかけらを何となく蹴り飛ばす。

 斜面を転がっていった。

 

「じゃ、降りようか」

「「うん」」

「じゃあはい、かなたさん」

「…………ありがと」

 

 ミオの背中に招かれて、かなたは再び背負われる。

 かなたの精神もかなり落ち着いた様で一安心。

 

 

 斯くして一行は……下山を開始。

 2時間後、目的地へと到着したのである。

 

 

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