叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

16 / 52

 警告! 警告!
 ネタバレにはなりますが、超警告!
 読む際は気をつけて!

 また、今後はこんな警告文は出しませんので!



義翼と隻眼⑦

 

 土や岩に囲まれたある場所で、かなた、フブキ、ミオが話している。

 もう間も無く、突撃の時――

 

「2人とも準備はいい?」

 

 かなたから最終確認が来た。

 フブキとミオは両手で拳を作り、ぐっと力を込める。

 嘗てないパワーが全身を巡っている。

 鼓動が高鳴り、益々パワーが漲る。

 謎ばかりだが、フブキとミオは同様に「怪力」を扱えることが発覚した。

 拘束を解くスピードは当初の想定の2倍。

 

「3秒、5秒――だったね」

「必殺仕事人みたい」

 

 作戦の詳細を聞いた2人はそれぞれの反応を示して、かなたの緊張を意図せず解した。

 側の土塊に触れるとぱらぱらと崩れる。

 かなたの義翼がぎぎぎと鳴った……。

 

「――――じゃあ、行くよ」

「「はい」」

 

 かなたは4度土壁をノックした。

 直後――奇妙な地響きに乗せて3人は地上へと突き上げられていった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ねェトワ」

「あん?」

「暇」

「黙って集中しろ」

「――」

 

 汚い洞窟の床に仰向けで寝転がるすいせい。

 マリンを拘束してから早10時間。

 追手はすぐ来るものと思っていたが、待てども待てども1人も来ない。

 3時間ずつ仮眠を取って、2人とも目覚めた所。

 マリンも意識を取り戻している。

 

 あくあからの情報を受けたこよりが、数刻前に伝令を飛ばしてきた。

 きっと間も無く襲撃がある。

 それなのにこの怠慢っぷり。さすがはすいせいだと一周回って感服する。

 

 すいせいは大の字になって寝転んで天井を見つめる。

 薄暗いが、夜目の利くすいせいにはゴツゴツとした岩肌がよく見える。

 見えた所でこの退屈は変わらないが。

 

 トワは岩に腰を下ろしてマリンを監視する。

 そしてマリンは、黙って成り行きを見守る事に。

 12時間以上食事も摂らずにいて、現在は拘束中とあり、思考や行動する気力が無いだけだが。

 

 乾いた血を拭くこともできず、窶れたマリンの顔は酷く薄汚れていた。

 それでも感じる美貌の片鱗。

 美しさだけはちょこと「同等以下」と評価できよう。

 

「「「…………」」」

 

 遥か遠くの入り口から風の鳴き声が響く。

 

「あー……つまんねェ」

 

 堪え兼ねたすいせいが愚痴を溢す。

 いつもより声のトーンを落として、退屈さを吐き出すように。

 トワは特に返答することも無く、黙ってマリンを睨む。

 時の流れが遅い。

 

「あー……折角――――?」

「「――?」」

「――――?」

 

 独り言が突如切れたのでマリンとトワが胡乱げにすいせいを見やる。

 すいせいは自身の五感を一瞬疑った。

 だがその直後には瞳孔を強く開いて飛び跳ね起きで立ち上がると、星の瞳をトワへ向ける。

 年に一度と見ることのない焦りの表情。

 

「何か来る……‼︎」

「ァ――? 何かッて何だよ」

 

 判然としないすいせいの警鐘に眉を寄せつつもトワは警戒態勢を取った。

 そしてマリンの側へ――

 

「――ッ‼︎」

「トワ――‼︎」

「んぇっ――⁉︎」

 

 

 どがぁぁぁぁぁぁっっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎

 

 

 と、地面が爆ぜて爆風が一帯を襲う。

 

 視覚外からの無差別広範囲攻撃。

 それは丁度トワの足元で発生した。

 下手すれば即死の位置だったが、すいせいの反射神経に命を救われる。

 すいせいとトワは吹き飛ばされて岩壁に激突。更に爆発の衝撃で飛散した岩石が弾丸のように全身を襲う。

 呪のお陰でタフなすいせいは、ある程度を受け切れる。だからトワを守る様に全身で彼女の身を覆った。

 

 そして救出対象であるマリン。

 こちらにも岩石の雨は降り注ぎ、彼女の全身を粉砕する。

 

「っ――!」

 

 灯火は全て消滅し、洞窟内は土煙で満たされた。

 予定通りすいせい、トワ、マリンは一時的に動けない。

 

「2人とも早く‼︎」

「「はい!」」

 

 地面から飛び出す3つの影。

 煙幕で間近の人間すらまともに見えないが、突入前にマリンの位置は割り出している。

 かなた、フブキ、ミオの3人が突入し素早くマリンの下へ。

 

「我慢してねマリン」

 

 天使の声音にマリンの涙腺が緩む。

 

 マリンにも大ダメージを与える突入法。

 これはかなたの回復あってこその作戦だ。

 使い物にならない全身でありながら、逸早く駆け寄ったかなたはマリンの全身を呪いの力で包み込む。

 マリンの体に刺さった石を押し出しながら、傷が癒えていき、マリンは瞬く間に完全回復した。但し隻眼はそのまま。

 

「っ――ばか! 何で来たんだよ!」 ぱきんっ。

「来ない訳がないっての!」 ぱきんっ。

 

 土煙の中での小さな口論。

 そして鋼鉄の弾ける音。

 

 その声と鎖の砕ける音はトワとすいせいにも届く。

 2人は最悪の展開を想像した。

 が、すいせいは全身が岩石に撃たれ、血だらけだった。

 岩石の雨が止むとトワはすいせいの親切心を一蹴するようにその身体を退かして、声のする方を睨んで立ち上がる。

 

「おい星街!」 ぱきんっ。

「わがッ……てるッ……」 ぱきんっ。

 

「とれた!」「とれました!」

「早く穴へ‼︎」

 

「星街‼︎」

「分かってるッ、てのッ!」

 

 駆ける足音が3つ、穴と思われる場所へ向かう。

 すいせいは五感と第六感で敵の数と位置を割り出す。

 1人がマリンを抱え、もう2人がその後に続く。

 極めて迅速な、隙のない救出作業。

 この策を考案した奴は、只者ではない。

 だが――神の遣いを侮っている!

 

 すいせいは全身の痛みなんて無いように立ち上がり、トワの右腕を握った。

 まるでその手に武器を握るように。

 

 連動する様にトワの右手からバチバチと電気が発生。やがて雷が形を成し、雷の槍が生成された。

 槍を握るトワの腕、をすいせいが握る。

 そして振り被って――

 

「痛ェぞ!」

「許す!」

「オッッラァッ‼︎」

 

 ――投函。

 

 疾風迅雷の一撃。

 ビィッ――と土煙を切り裂いて、雷の槍が轟いた。

 

 

 ――――

 ――――

 ――――

 ――――

 

 

 音が消えて1分後、土煙が霧散していき、真っ暗な洞窟が視界に入り始めた。

 トワがスマホの明かりで周囲を照らすと、そこにはもう誰の姿も無く、ただ大量の血痕が残されているだけだった。

 

「クッッソ‼︎ 逃げられた‼︎」

 

 スマホを力任せに投げ捨てて怒りを露わにする。

 衝撃でスマホは破損し、照明と画面が切れた。

 辺りに液晶の破片が散った。

 

 代わりにすいせいがスマホを取り出してライトをつけ、洞窟内を入念に調べた。

 

「……いや、トワ。多分作戦成功だ」

「ァア⁉︎」

「ほら、これ」

「――――」

 

 

 すいせいが右手で摘み上げたのは――――焼け焦げた天使の羽だった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 穴に飛び込むと全身が浮遊感に包まれた。

 足は地に着いているのに、その地面がどこまでも下へ下へと落ちて行く。

 真っ暗な地中へと一直線に落下して――

 

 どさっ――と、土で生成された地下室へと舞い戻った。

 

「ぃってて……」

 

 盛大に尻餅をついたフブキがお尻を摩りながらよろよろと立ち上がる。

 灯りがなく周囲は未だ闇に包まれているが、間近にミオの気配を感じた。

 気配だけを当てに数歩闇の中を歩き、ミオを捕まえる。

 

「ぅ、フブキ……? ふぅ……よかった」

 

 その温もりを感じ、お互いに安否確認が取れたので2人は胸を撫で下ろす。

 ミオも腰を上げると、2人並んで尻尾を揺らし、全身を叩き、汚れを落とした。

 

「ったー……ったく。助けるにしてもやり方ってもんがあるでしょうに」

 

 暗闇から届く若々しい声。

 助けられた身でありながら文句を垂れるマリンに、フブキとミオは一定の不満を感じながらも、無事である事に安堵した。

 ――のも束の間。

 

「――でもま……感謝くらいはしとく。ありがとかなた」

「――――」

 

 微かなデレを散らつかせつつ、マリンは謝礼を述べるが、かなたが何も返事をしない。

 マリンの感謝が虚しく闇に吸い込まれていく。

 

「――? かなたー?」

「……かなたさん?」

「…………」

 

 かちっ。

 

「――うわっ⁉︎」

 

 不意にフブキの正面でランタンが点いた。

 室内に明かりが灯ると同時に、真っ白いらでんの姿が目に映る。

 2秒ほどで目が慣れて、いつもの色に戻った。

 絵画の様な容姿がランタンの明かりで照らされて、幻想的な油絵の様に見える。

 らでんの背後には通路があり、その奥には見覚えのあるメンバーと、見覚えのないメンバーが詰まっていた。

 

 間近に並ぶフブキとミオが、らでんの瞳を見詰めてたが、その瞳は2人を見ていない。

 2人の奥の――マリンとかなたに向いていた。

 マリンも初めはらでんに視線を向けていたのだが、その違和感に気付き咄嗟に斜め後方を目視した。

 

「――? かなた、どした?」

 

 その光景――理解できないはずは無かった。

 受け入れ難い現実に直面して、脳が思考停止していた。

 だから唯一マリンだけが、その結末を理解できなかった。

 

 ミオが目を伏せ、フブキが息を詰まらせて口元を手で覆う。

 その他の者も、各々の態度を貫く。

 

「かなた、寝てんの?」

 

 マリンが転がるかなたの片腕に触れた。

 軽く触れただけで、バランスを崩したかなたの身体がぱたっと倒れた。

 その挙動は、無生物特有のもの。

 義翼が地面と擦れて耳障りな音を鳴らした。

 

「――あ、ああ……拗ねてんでしょ? ごめんって、ね」

 

 マリンはかなたの焼け焦げた羽には目もくれずに身体を持ち上げる。

 土の上で正座すると、かなたの頭を膝の上に乗せ、顔を合わせてみた。

 瞳を閉じて、小さく口を開けている。

 

「しょ、しょうがないな〜…………ほら、膝枕、特別だぞ……?」

 

 閉じた瞼をじっと見つめて、マリンははにかんでもみた。

 ぴちゃっ……と、かなたの頰に雫が垂れる。

 その雫がかなたの頬を伝って、マリンの膝に垂れた。

 どういう訳か、それをかなたの涙と勘違いしたマリンは安堵の吐息を漏らす。

 

「っ……はぁ……何だよお前、びびらせんなって……」

 

 かなたの黒みを帯びた銀髪を撫でた。

 静電気で酷い乱れ方をしていたので、マリンが素手で丁寧に直す。

 かなたの銀髪に似合うように、丁寧に、丁寧に――。

 

 ――まるで人形遊びをしている様だ。

 

「マリンさん」

「――っ‼︎ な……なんですか!」

 

 らでんが一度だけマリンの名を呼んだ。

 感情を込めず、ただ点呼する様に。

 マリンはそんな一声に激しく肩を跳ねさせて振り返る。

 ランタンの明かりを正面から浴びるマリンの瞳に溜まる液体が、執拗に光を反射してくる。

 よく見ればマリンの身体は血だらけだ。傷はもう、右目以外には何一つ残っていないが……。

 マリンがらでんの顔を見つめていると、彼女の口元が開きかけた。

 普段通りに話すらでんの口の動く速度が、物凄く遅く感じた。

 

「かなたさんは死んでいる」

「死んでない!」

「死んでいる」

「死んでない‼︎」

 

 現実逃避を止めないマリンにストレートに言葉をぶつけたが、正面から否定される。

 こんな押し問答をする意味は無い。

 らでんは一度、態とらしくため息を吐いてマリンに鋭い視線を返す。

 

「はぁ……本人に直接触れているキミが、誰よりも感じているはずだ。息はあるかい? 対光反射は? 鼓動は? 脈は?」

「うるせぇ黙れよ!」

「死んでいるから、騒ぎ立てるんだろう?」

「黙れっつってんだよ‼︎ 黙らねぇとお前――ぶっ殺すぞ‼︎‼︎」

 

 執拗ならでんの挑発にマリンは怒り心頭で銃を構えた。

 左腕でかなたを胸に抱き留め、震える右手でらでんに銃口を向ける。

 鬼の様な形相に涙や鼻水、怒り、悲しみと様々な要素が混ざり込んで、表現し難い歪み方をしていた。

 

 ある意味恐ろしいその様相にも、向けられた銃口にも、らでんは一切怯まない。

 隣にいるぺこらにランタンを手渡すと、数歩歩いた。

 

「やれやれだよ。キミほど感情任せに醜態を晒す人間は生まれてこの方見た事がない」

「っ――‼︎」

 

 トリガーに掛かった指がぷるぷると震える。

 らでんの言葉に憤りながらも、否定できないでいた。

 しかし、徐々に怒りが理性を押し返して行く。

 

「これはかなたさんの決めた道だ。かなたさんが死ぬか、マリンさんが死ぬか。そう伝えた時、彼女は迷い無く死を受け入れ、キミの救出に向かう事を決めた」

「――――」

「だからかなたさんを地獄へ導いたのは私だ。だが彼女を死へ追いやったのは他でもない、キミだ」

「――――――」

 

 らでんの嘘偽りのない言葉はマリンに突き刺さる。

 かなたの身に起きた事も知らず、撃ち殺しかけたのはマリンだ。

 勝手に2人に捕まったのもマリンだ。

 かなたに致命傷を与えなければ、違う結末があったのかも知れない。

 それを無理矢理認識させられ、マリンの表情は絶望一色となる。

 

 溜まっていた怒りの矛先は全て自身に向き、精神が死の淵まで落下した。

 マリンの右腕が力無く地に落ちた。そして2秒後――その腕が持ち上がったかと思えば、銃口がマリンの頭を狙っていた。

 

「「――‼︎」」

 

 傍観者複数名が更に息を詰まらせた。

 マリンの瞳に、もう色は無い。

 

「はぁ……本当に感情任せで無責任な人間だ」

「……うるせぇっ、てんでしょ」

 

 マリンの言葉に覇気はない。

 ここでマリンが死ぬ事に、何の利益もない。

 だが誰1人、マリンの暴挙を止める者はいない。

 

「叛逆作戦は動き出した。かなたさんの死が無駄になることは無いだろうから、死にたいのなら好きにすればいいが――」

 

 らでんはマリンを一瞥するが目が合わないのですぐに逸らす。

 

「――その子は叛逆なんかより、キミのことを考えて行動した。その事だけは履き違えるんじゃないよ」

 

 らでんはぺこらからランタンを受け取る。

 マリンがここでどんな選択をしようと叛逆作戦に支障をきたす事はない。

 それに合わせて作戦を練り直すまで。

 だが……1つだけかなたに頼まれた事があるため、正直死なれたくはない。

 

 一同が沈黙して経過を見ていた。

 1秒、2秒と重苦しい時間が過ぎ――やがてマリンが右腕を下ろした。

 

「そんな事言って、私を焚き付けようって……人情のかけらも無い人ですね」

 

 左の瞳からぽたぽたと大量の涙が溢れ出て、かなたの顔を濡らした。

 マリンがらでんの言葉をどう受け止めようが、知った事ではない。

 マリンからの評価など、無に等しい。

 

 マリンは銃を懐へ仕舞った。

 脱力した全身を懸命に持ち上げて立ち上がると、かなたの亡骸をお姫様のように抱える。

 重たくて、一瞬蹌踉めいたが、すぐに立て直す。

 

 よた、よた、よた……と歩き出した。

 

「どこへ行く気だい?」

 

 よた、よた、よた……。

 

「かなた、お前、ちょっと軽くなったな……」

「――――」

 

 傍観者の集まる通路に差し掛かると、皆が道を開けた。

 らでんの問いはもう、マリンの耳に届いていなかった。

 暗く視線を落として、かなたに語りかける。

 

 義翼はもう鳴らない。

 天使の輪っかももう回らない。

 マリンの靴音だけが悲しげに遠ざかってゆく。

 

「大丈夫。マリンがそばに居るからな……」

 

 かなたと会話しながら、マリンは闇のむこうへと姿を眩ませて行った……。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ランタンを中央に配置し、一同はそれを囲んで並んだ。

 かなたの死を前に未だ震えている者もいれば、逆に覚悟が決まった者もいる。

 かなたとマリンの名前すら知らず、何も感じていない者もいるようだ。

 

「さて。これで役者は揃い、準備は整った。これより叛逆作戦について軽く説明する」

「「――――」」

 

 らでんがいつもの調子で切り出したが、一部の者は気持ちを切り替えられない。

 特にかなたと親しかった者。

 皆、命の灯火を見る様にランタンの明かりを眺めていた。

 

「……その前に、キミたちに今一度確認しておこうか」

 

 作戦伝達なんて状況にないので、らでんは一度話題を変える。

 その言葉にも浮かない顔を見せるものばかりだが、ここで全員の意思を再確認しなければならない。

 まばらに上がる視線を一つ一つ見つめた。

 

「今かなたさんが死んだように、この先も数多くの者が死ぬ。そしてそれが自分である事も覚悟した上で君たちはここに居ると、そう認識していいね?」

 

 こく、こく……と弱々しい首肯が視界に映る。

 

「君たちは自分が死のうと構わない。そう考えている者が多いようだが、もし今隣にいる大切な人が死んだら、どう思う?」

「「――――」」

 

 途端に反応する事を躊躇った者がいた。

 

「自分が死ぬという事は、大切な人に『マリンさんと同じ苦痛を与える』事になる。そう考えて貰っていいだろう」

 

 ミオがフブキを、フブキがミオを。

 おかゆがころねを、ころねがおかゆを。

 そんな風に、各々の大切な人を見つめる。

 

「加えて! もし大切な人が死んだ時でも、任務や作戦を優先し、屍を超えて先へ進む事ができるか?」

「――――」

 

 今し方マリンが感情的でいたように、怒りに任せて戦ったりしないか。悲しみに暮れて生きる事を諦めないか。

 らでんはそう問うている。

 

「君たち自身は自らを犠牲にする覚悟があるのだろうが、この先に進む為必要なのは、仲間を犠牲にし、見捨てる覚悟だ」

 

 戦が始まればらでんは常に作戦を再思考しながら動く事になる。

 その時誰か1人でも指示に背く事があれば、それだけらでんの思考パターンは増え、作戦失敗に傾く。

 ただでさえ運要素を含んだ作戦になっている。

 これ以上感情などと言う、要所要所で変化する博打を作戦に組み込めば、作戦の成功率は0へと近づく。

 

「その覚悟が決まらない者は、今すぐにこの場を抜ける事だ。作戦を降りる事に罪などない。自身や友を想う事が、罪だなんて有り得ないからね」

「「――――」」

 

 らでんは1秒だけ目を伏せ、その後顔を上げるとぐるりと一同の顔を見た。

 誰1人、手足を動かさない。

 だから最後にもう一度脅す。

 

「ここに残る者は如何なる死をも受け入れ、私の指示に忠実に従ってもらう。愛する人を囮にして逃げろと指示するかもしれない。それでも――いいね?」

「ダメです」

「――――なんだって?」

 

 最終確認に異論は出ず終了。

 その運びを予想していたが、奏が口を挟んだ。

 想定外の反対意見にあのらでんが顔を顰めていた。

 ぺこらの鋭い視線や、その他の胡乱げな視線が一点に集中する。

 

「そんな指示、奏は許しません」

「……ならばキミは作戦を降りると言うことかな?」

「違います。奏はどんな指示にも従いましょう。皆さんにもそうしてもらいます」

「――――」

「だかららでんさん。人が死ぬ事を作戦に組み込む事は許しません」

「ほう」

「もし、だれかを囮にする策を実行するなら――らでんさんが囮になってください」

 

 煌々と紅い瞳をぎらつかせ、らでんを直視する。

 

 らでんに誰かを欺く気などさらさら無い。

 それを理解した上で奏はこのように保険をかけた。

 誰1人気が付いていやしないが、この場合らでんだけはほぼ安全圏で指示を出せる。

 らでんが司令塔になるのだから、そうすべきではある。だが全員が命を賭ける中、1人だけが安全圏に立ち、悠々と皆を死地へ送ると言う構図は必ず何処かで綻びを生む。

 いざと言う時、らでんを信用できない要素になる。

 

 皆が重たい空気を吸って、それを飲み込んだ。

 

「確かにその指摘は正しい――いいだろう」

「――うむうむ」

 

 奏は偉そうに頷いて口を閉じた。

 

「他に異論は無いかな?」

 

 もう一度ぐるりと見回した。

 心なしか数秒前より皆の顔つきが凛々しくなっている気がする。

 

「よし……」

 

 らでんはランタンを見た。

 一度頭の中で順序を考えて――

 

「まず最初に、紹介からしておこうか」

 

 開いた瞳をある1人に送る。

 ここへ来た時、フブキたちの知らない顔がこの場に4つも増えていたのだ。

 その人たちの紹介から入る。

 

 らでんの視線に合わせて1人の少女が一歩前へ進み出た。

 黒を基調としたフードを被っており、目元はアイマスクで覆っている。

 マスクやフードの色合いからシャチを連想した。

 腰や衣服に仕込んだ小道具や武器がかちんとぶつかった。

 

「彼女は沙花叉クロヱ。掃除屋をしている。見ての通りシャチだ」

「どーも」

 

 小さく会釈した。

 

「作戦成功時に報酬を渡す契約で雇った。そのお金でスロットを打ちに行きたいそうだ」

「ちょ……」

「好きな物はBLで家にも大量の薄い本がある。その中でもお気に入りは――」

「ちょいちょいちょい!」

 

 勝手に下ろした情報を暴露してゆくらでん。

 クロヱは2歩前へ踏み出て言葉を遮る。

 焦っている様子から、事実のようだ。

 

「あー、そうそう。彼女に呪いはない」

(それを先に言えよ……)

 

 クロヱは恨み節を心の中で呟いた。

 私生活暴露が止まったのでクロヱはそっと身を引いて隣の者に譲る。

 それに合わせて隣の少女は一歩前に進み出た。

 長くない金髪をポニーテールで束ねており、和装に身を包んでいる。

 若葉のような色味の服と一本の刀。

 一見して分かる。この少女はサムライだ。

 

「彼女は風真いろは。日雇いの用心棒で、見ての通りサムライだ」

「よろしくお願いします」

 

 ぺこりと丁寧なお辞儀をランタンに向けた。

 

「契約はクロヱちゃんと同様。毎度低賃金で雇われていて困窮しているそうだ。野菜を生食する事が好きらしい」

「……」

「あーそうそう、彼女も呪いを持っていない」

 

 クロヱ程の暴露はなく、いろははサラシに手を当ててほっと一息つく。

 逆にクロヱは不満げだ。

 

 いろはも一歩下がると、更にその隣に預ける。

 しっかりと受け取り、前へ進み出る少女。

 この室内で黒のサングラスをかけ、ジャージに袖を通さず羽織っている。

 口に細い草とタバコ――を想起させるココアシガレットを咥えている。

 一見した所……ヤンキー?

 

「彼女は――」

「待ってゃ‼︎」

 

 らでんからの紹介が始まるかと思いきや、少女が待ったをかける。

 組んでいた腕を解いて豪快に右腕を突き出すと、羽織っていたジャージが地面に落ちた。

 

「ぁわわわ――」

「彼女の名前は――」

「待ってゃ待ってゃ!」

「……なんだい?」

 

 ジャージを拾いながら再度全員を待たせる。

 らでんはため息を吐きながら問い返した。

 

「変なこてぉ言われてゃかにゃいから、自分でゃ自己ちょーかいつりゃ!」

「――好きにしなよ」

 

 らでんは少女の意向に従い場を預けるが、もう既に不安しかない。

 なんせ今の言葉をらでん以外が聞き取れていないのだから。

 

「おっつ! うちゃの名前は轟ゃはっじぇ。とある地域ぇでゃ番長と呼ばれおつぉれらりゃ! めっちのいかづちゃたも呼ばれたゃりゃつる‼︎」

「「――??????????」」

「つぉんなはじぇが馳しぇ参じゃたゃ――」

「え、待って! これ日本語?」

「歴とした日本語だ。全く――だから私が紹介した方がよかったんだよ」

「え、待って! はじめ、ちょんな酷くにゃいよねぇ⁉︎」

「あれ、マシになった」

 

 自らをはじめと名乗ったが、果たしてそれも何人が聞き取れたか。

 見え透いた結果にらでんは頭を抱えた。

 その態度にはじめが苦言を呈したが、何故か先までよりは聞き取りやすい。

 

「彼女は轟はじめ。番長で、滅紫の雷とも呼ばれている。息巻いて話すと今のように聞き取り辛くなるが、日常会話ならある程度聞き取れるはずだ」

「ああ! はじめの自己ちょうかいが!」

 

 サングラスが傾いた。

 ぱきっとココアシガレットを噛み砕いてしまい、先端が地面に落下した。

 勿体無い。

 

「この子もまた、呪いを持たない」

「うぅ……はじめのちぇりふが……」

「いいからキミはもう下がりなよ」

「ひでょい……」

 

 めそめそしながら半歩下がった。

 滑舌や容姿も相俟って、幼子にしか見えない。

 かりかりとココアシガレットを咀嚼して飲み込む。

 

「さて、最後の1人」

 

 はじめの後退に合わせてらでんの左隣の女性が一歩進み出た。

 和らかく芳醇な花の香りが漂う。

 優雅な立ち姿が実に麗しく、靡く金髪も――いや、靡いていない、浮いている。

 ツインテールかと思ったが、背後の髪はどう言う訳か分離して浮遊していた。

 

「この方はアキ・ローゼンタールさん。通称アキロゼさんだ」

「アローナ〜。らでんちゃんに呼ばれて来ました〜、よろしく〜」

 

 艶かしい声色が美しく響く。

 にこっと笑うその姿に、らでんがうっとりする。

 

「私がこの世で最も尊敬、信頼している方だ。そしてアキロゼさんは呪いを持っている」

「「「――――‼︎」」」

 

 流れに乗せてアキロゼも呪い無しと決め込んでいたが、どうやらあるらしい。

 その刻印を見せはしないが、らでんは軽くその力を説明した。

 

「アキロゼさんは『結び』の呪いを持っている。君たちが今その真価を知る必要は無いから、これ以上は言わない」

「ふふっ、機会があったら教えてあげるね」

 

 口元を片手で覆って華やかに笑う。

 その気品とこの環境が極めてミスマッチで目眩がした。

 

「『夢想』のようだね。実に美しい」

 

 らでんの感想はさておき……。

 

 これで紹介も終了。

 本作戦の戦力は基本、この場の全員だ。

 ここからどの様に叛逆の作戦を展開していくか。

 

 アキロゼが一歩身を引くと、代わってらでんが前へ。

 

「さて、では漸くだが本題の作戦会議――いや、伝達へと移ろうか。ぺこらさん、あれを」

「おけ」

 

 ぺこらに一つ指示を出した。

 耳をぴこっと反応させて返答する。

 そして手にしていた包みを解いて中から短刀を取り出した。

 

「1人1本、これを装備するんだ」

「「「え〜」」」

「異論は認めない」

 

 文句を垂れたのは呪いを持たない日雇いの3人。

 クロヱといろはは手に馴染んだ武器を、はじめは己の拳を武器としている為それを使用したい。

 しかし先刻約束した手前、反対することもできず渋々小刀を手にする。

 

 怪力を持つフブキとミオも、到底扱えそうにない奏、シオン、らでん、ぺこらも。

 皆が1つずつを手に取り、最終的に開いた包みの上には短刀1つが残る。

 

「これはマリンさん用だったが彼女が不参加となるなら……ぺこらさんが持っていてくれ」

「ぺこーら?」

「ああ」

「……おけぺこ」

 

 らでんの指名を受けたぺこらが戸惑いながらも2本目を装備した。

 用意した武器はこれだけ。

 奏がナイフの先端を指でなぞっていた。

 正直、無用の長物としか思えない。

 

「天界のゲート開門については、私があくあちゃんから聞いている」

「――あくあから?」

「そうだ。彼女はスパイとして神の一団に所属し、私たちに情報を流している――」

「――――」

「――フリをしている」

「「――⁉︎」」

 

 全てを覆す最後の一言にシオンが目を見開いて絶句した。

 フブキやミオなどには動揺が広がる。

 

「いいかい、彼女は敵だ。この先友好的に接して来たとしてもそれは虚実だ。決して騙されることのない様に」

「――ま、って。そんな事ないよ。あくあはシオンの親友だよ? 敵なんてことは――」

「いや敵だ」

「そんな事ないって! そんなの間違ってる!」

「敵だと言っているんだ」

「じゃあ証拠は‼︎ ないでしょ⁉︎」

「ぽろぽろ証拠を残す人間がスパイをすると思うのかい?」

「――っ‼︎」

 

 シオンとらでんが早速口論を始めた。

 ぺこらが太眉を寄せて目を瞑る。

 

「キミがなんと言おうと彼女は敵だ。それとも数分前の話をもう忘れたのか」

「――っ! ――っ!」

 

 シオンが口答えしようと口を開閉させて……何も言えず撃沈した。

 悠然としたらでんの立ち姿にシオンは歯軋りを繰り返す。

 ぺこらが歩み寄って優しく背中を摩って怒りを宥めた。

 

「彼女は私にゲートの開き方を教え、攻めるべき入り口を指定して来た」

「じゃあ、裏をついて――」

「いや、正面から。彼女の指示通りに攻める」

「――――どうしてです?」

「まずは敵に作戦が成功していると思い込ませる。これが重要なんだ。しかもその攻めるべき入り口を守るのは『神仙陪審員』大空スバル」

 

 聞き覚えのある名前と異名にフブキとミオの表情が強張る。

 かなたの死に深く関わった存在だ。忘れようがない。

 

「だからまず、あくあちゃんの指示に従ってトロイア北門に出る。そしてそこで待機している大空スバルを倒す事から始めるんだ。彼女の存在は極めて厄介だからね」

「なるほど」

 

 らでんの言い分は皆理解した。

 しかしここで問題となるのは、どう倒すのか。

 スバルの力は今口にした様に、極めて厄介。

 攻撃を受ければその分の反動が返ってくる、そんな力。

 

「大空スバルとの戦闘は――おかゆちゃん、ころねちゃん。2人に任せるよ」

「「っ……」」

「理由だろう? 分かっているよ」

 

 2人の当惑する瞳から次の言葉を察し、先回りした。

 右手の人差し指を立てて続ける。

 

「君たち以外の戦力を消耗したくない。これが最大の理由だ」

「……消耗したくない?」

「そうだ。取り分け呪いを持たない者たちや、奏ちゃんのように使い道の無い呪いを持つ者はね」

「……言い方ってあると思いますよ〜?」

「そんなの今更気にする質じゃないでしょうに」

 

 奏の呪いに関して触れると突っ込まれた。

 自らそう評価していた癖に、とらでんも言葉を返す。

 話が脱線して緊張感が薄れるが、おかゆところね、その他の視線を浴びて張り詰めた空気に戻る。

 

「すまない脱線した。そうだね……知らない者も居るだろうから、大空スバルの『法』の力について軽く説明しようか」

 

 らでんは顎に手を当てて悩む仕草を見せ、周囲を見回した。

 この中でスバルの力について聞き齧っている者は、フブキ、ミオ、奏、ぺこらの4人だけ。

 

「彼女は様々な『法』を適用する力を持っている。世界に自由な新ルールを作ることが出来るんだ」

「新ルール?」

「ああ。そのルール――いや、審判というべきか。それによってかなたさんの羽は焼かれ、自己回復機能は失われた。彼女は自身に傷を負わせた者に相応の罰を与える事が可能なんだ」

「……じゃあ、もし僕やころさんがその人を傷付ければ」

「当然君たちに審判を下すだろう。そして対価は基本、同等の傷を付与できると考えていい」

「つまり――」

 

「大空スバルを殺せば、道連れとなる可能性がある」

 

 その解答におかゆところねは戦慄した。

 奏がらでんの瞳を強く睨む。

 先刻の口約束はもう破るのかと、目力で問う。

 気付かないふりをして流した。

 

「だが『法』の力も万能ではない。『法』を適用する為には、そのルールを言葉にして発さなければならない、と言う制約があるんだ」

「声に出すって事?」

「そうだ。私がそこから推察するに、自らの死を対価としてルールを作る事は出来ない、と考えている」

「死んじゃったら声が出せないもんね」

 

 らでんなりの見解を開示すると奏の眼差しも和らぎ、おかゆところねの心境も僅かに落ち着く。

 

「でも結局、それ以外の傷で罰を与えてくる……よね?」

「その通りだ。そうなった時、大勢で襲い掛かるなんて愚かな事。そしてさっき挙げたメンバーは使えず、私、アキロゼさん、フブキちゃん、ミオちゃんの力が失われればその先は困難を極める」

「――全員で纏めてかかって、口を塞げばどうとでもなるんじゃないんですかぁ?」

「…………」

 

 スバルの弱点を聞き、奏が簡単だが効果的な策を思い浮かべた。

 その言葉に一同、確かにと同調するが、らでんは「余計なことを」と煙たがるような目を向けていた。

 

「確かに効果的だ。だがさっきも言っただろう? 大空スバルと戦う理由は、敵の思惑通りに進んでいると錯覚させる為だと。話せない事ばかりなのは申し訳ないと思っているが、飲み込んでくれ。それとも君たちは内心、叛逆なんてどうでもいいと思っているのかい?」

「いや……そんな事は……」

「なら策に変更はない。これが最も叛逆の成功率が高いんだ」

 

 らでんは半ば強引に作戦を決定させた。

 きっと誰よりも頭が良くて、見えてる世界が違うのだろう。

 はじめの一歩を決めるだけでこの口論。中々会議は進展しそうに無い。

 

「――もう、それでいいね?」

「――――」

 

 数多の視線がおかゆところねに向く。

 ころねは息を詰まらせたが、おかゆが首肯するとそれを真似た。

 

「はい」

 

 2人は決心した。

 

「よし――続きは天界への道で教える」

「ぇ――っちょ!」

 

 らでんがランタンを持ち上げて通路へと歩き出した。

 ぺこら、アキロゼ、いろは、クロヱ、はじめと続き、そこで一度途絶える。

 

「…………」

 

 だがここに居たって何も始まらない。

 おかゆとフブキが踏み込んだ。

 

「――――」

 

 結局全員、戦場へと足を向けたのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。