叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

19 / 52
トロイア戦争③

 

 十字路で右折した4人――奏、ぺこら、シオン、あくあ。

 その背後から敵が1人、猛追してきた。

 

「あくたん離せやコラァ‼︎」

 

 神の遣い未知担当、「雷霆」常闇トワだ。

 ある程度の距離を走って増援が無い事を確認すると奏が強めにブレーキをかけて振り向いた。

 

「ちょっ、奏ちゃん」

「呪いが使えない今が、『雷霆』を倒すには絶好のチャンスです!」

 

 奏に合わせて2人も立ち止まるので、忽ちトワに距離を詰められる。

 奏の言い分は理解できるが、これをただの連携ミスと捉えていいのか甚だ疑問だ。

 確かに雷を起こせないトワは一般人程度にまで成り下がる。

 しかし、幾ら感情に左右されていようとも、ここまで単純に内部へ突入するだろうか。

 ある程度は勝てる算段が有ると見るべきだ。

 となれば、1対1は危険……なのだろう。

 

「シオンちゃん、その人任せたぺこ」

「え、ぺこちゃん……?」

 

 あくあから手を離すと、倒れそうになった。

 シオンに凭れて刃物の刺さった辺りを抱えながら足をつける。

 左手が血染めにされる。

 

 ぺこらはシオンの耳元に口を寄せた。

 口付けしたり、耳を齧ったりしたい所だが、ぐっと堪えてきちんと耳打ちに留める。

 耳に吐息が触れてシオンは背筋がぴんと伸びた。

 

「あくたんを連れてトロイアの外へ出て。あくたんの呪いが使える」

「――! それって――!」

「ほら、行って」

 

 シオンの銀髪を撫でて耳元から口先を離すと、あくあを一瞥した。

 一瞬視線が交差する。

 

 恐らく、こよりにはバレただろう。

 だがトワがこの様子で追ってくる辺りを見るに、まだ伝達は完了していない。

 現在トロイア内部にいる者は、誰も何も知らないし、知ることが出来ない。

 

「ぺこーらは……奏ちゃんと雷霆殺しにチャレンジしてみるぺこ」

 

 広くない通路で奏の隣に立ち、ナイフを構えてトワの行手を阻む。

 計略家なら間違いなくトワを単騎特攻させない。

 これはトワの独断による連携ミス。

 

 ナイフがあくあに当たった事は不幸だったが、トワを誘導できた事は幸運だった。

 

「ほら、早く逃げて」

「――ん、ありがと。行くよ、あくあ」

「うっ……」

 

 トワがいる手前、あくまでも無理矢理連行されている様子を演じた。

 あくあを仲間として特別気に入っていたトワは、この状況下でも真相に気付けないでいた。

 

「あくたん――」

「おっとっと〜、お水に引き寄せられるのは分かりますけど、こっちの金属も無視できませんよ〜?」

「ッく――!」

 

 トワの行手を阻み、ナイフの刃先を見せつけた。

 多少の理性は保っているようで、横暴に進もうとはしない。

 ギリギリと歯を軋ませて、立ち塞がる壁共を睨みつけた。

 

「奏ちゃん知ってるぺこ? 純水は電気を通さねぇぺこなんだよ」

「お〜……そうですねぇ」

 

「……どう言う意味だ、使い捨ての歩兵野郎」

「――? ま、アンタたち見たいな不純な輩に、あくあちゃんは汚せないって事ぺこな」

「――――」

「『明鏡止水』ね。誰が付けたのか、相応しい異名ぺこよ」

「――――」

 

 婉曲的にあくあの正体を伝えてトワの動揺を誘う。

 ぺこらはにやりと真っ白い歯を見せて笑った。

 懐から蓄えていたもう1本のナイフを掴み、奏同様に構える。

 もう、あくあの息遣いもシオンの足音も聞こえなくなった。

 

「そんなのは自分で確かめる。一々テメェらに教えてもらう必要はねェんだよ」

「残念ですけど、もう2度と真実を確かめる事はできませんよ〜」

「そらァどうかな」

 

 ふたつの剥き出しの刃にも臆する事なく、トワは萌黄色の瞳で2人を睨んだ。

 一旦あくあを追う事を忘れ、苦手な格闘技の構えを取る。

 特別な流派も無いし、武術を齧っていた訳でもないので、その構えはどこかぎこちない。

 近接戦闘が得意なすいせいやぼたん、スバルから借りた技術に過ぎないが、今のトワなら付け焼き刃以上の質が期待できる。

 

 全神経を研ぎ澄まし、たった2人の敵に意識を注ぐ。

 金髪のガキと成金の兎。

 

「とりゃぁっ!」

「――⁉︎」

 

 チャンバラをする子供のような掛け声で襲い掛かる奏を見て、ぺこらは一瞬出遅れた。

 ぺこらも戦闘経験は無いが……それは無いだろう、と胸の内で呟く。

 トワも細く凛々しい眉を顰めていた、が気は抜かず極限まで引きつける。

 

「やぁっ‼︎」

「――」

「っ――」

 

 トワの心臓を狙った単調な刺突。

 それは、薄いトワの胸の前を通過した。

 勢いのまま倒れ込む奏の右腕を掴もうと手を伸ばすが、視界の端から忍び寄る草食動物がいる。奏を盾にしたいが、間に合うかは半信半疑――なのでその択は捨て、奏の足を引っ掛けた。

 

「どあっ⁉︎」

 

 容易く引っかかり前のめりに転倒。ナイフが数メートル先へ滑った。

 

「はっ!」

「――、――――!」

 

 ぺこらもトワの心臓目掛けて刺突を繰り出すが、同様に回避された。

 しかし、奏とは一味違う。

 回避を予測してブレーキをかけ、突き出したナイフを左手へと大きく振るう。

 ぶんっ、と銀の光沢が半円を描いた。

 だがトワはそれすらも回避。今度は予測ではなく反射での行動。

 

 小さくだが飛び退いたその一瞬。

 半回転させた遠心力に乗せて、ぺこらは左脚の回し蹴りを繰り出した。

 螺旋状に円を描いてぺこらの踵がトワの脇腹へ――

 

「――‼︎」

 

 ポーズは様にならないが、トワは見事に回し蹴りを受け止めた。

 盾にした左腕から僅かな振動が伝わる。

 支えに回していた右腕を伸ばしてぺこらの無防備な左脚を捕まえる。

 

「んっ」

 

 トワの背後で奏が膝を付き立ち上がった。

 右膝を擦りむいている。

 

 再三刃物を掴んで拙い動作で攻撃を仕掛ける。

 

「はぁっ‼︎」

 

 幼稚な掛け声。

 ナイフは空を切る。

 ぺこらの足ごと身を翻したので、ナイフがぺこらを切りつけそうになった。

 またしても勢いのまま倒れ込む奏。決して学習能力が無いわけではない。

 

 奏の脇腹に掌底撃ちのような何かを決めた。

 

「ゔぇっ――」

 

 通路の壁に突き飛ばされて軽く頭を打った。

 ぴしっと骨が鳴ったが、折れてはないようで立ち上がりに時間は掛からない。

 

「ッらァァッ‼︎」

「いっ――⁉︎」

 

 掴んだ足を起点にぺこらの身体を持ち上げ半回転。そして勢いのまま投げ飛ばした。

 奏とは反対の壁に激突する。

 背中に強い衝撃が走ったが、深傷を負う事はなかった。

 

「ってぇ……ぐ、くっそ……あんなに動けんのかよ」

「トワ自身驚きだわ」

 

 強化されたトワ本体の力量に愚痴を溢すが、ぺこらと奏のタッグはお世辞でもマシとは言えない。

 2人が上手く連携を取って戦う事ができれば、トワを倒す事は不可能ではない。

 だがこの1分程度の攻防でぺこらと奏はラッキーを引き続けていた。

 と言うのも、奏やぺこらの持つナイフがトワに奪われれば、トワの攻撃の殺傷能力が跳ね上がり、2人の連携が完成する前にどちらも殺される。

 

 呪いが無いからと浮かれていては、たちまち命を落とす羽目になる。

 

「奏ちゃん、甘く見ない方がいいぺこよ!」

「はい、コンビネーション、見せていきましょう!」

 

 トワを跨いで声を張り上げ、コミュニケーションを取る。

 自らを鼓舞する意図もあるようだ。

 

「鬱陶しいなァ……トワはあくたんのとこに行きてェんだよ」

「だから、2度と会えないって言いましたよ」

「……なら、精々頑張って殺してみろや」

 

 転換機が訪れるまで、この攻防は続いた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 あくあとシオンはトロイアの西門へ向かって走っていた。

 

「あくあ、大丈夫? 今は手当できないけど、後でどうにかするから――」

「まっ……って、しおん、ちゃん……」

「え、何?」

 

 あくあの足を引き摺りながら、シオンは門へと向かっていたが、どうやらあくあは足を止めたいらしい。

 ぺこらを信じて指示に従っていたが、シオンの中ではぺこら以上にあくあを信頼している。

 だからここで一度足を止めた。

 

 あくあの腹はもう血塗れだが、ナイフはこれでも刺さったまま。

 腹を押さえていた左手をシオンの肩に乗せたので、シオンの右肩が乾きかけの血で濡れた。

 ちょっとだけ、頰や髪にも付着する。

 

「どうしたのあくあ」

「だめ……外に出ちゃ、だめ……」

「どうして? 呪いが使えた方が安心でしょ」

「外、出たら……来る……」

 

 息遣いが荒く、いつも以上に声がくぐもって聞き取り辛い。

 あくあの背中をそっと摩りながら、シオンは耳を傾ける。

 

「来る? 何が来るの?」

 

 カツ、カツ、カツ、カツ…………。

 

「「――⁉︎」」

 

 何かが来た。

 西門の方からだ。

 シオンには聞き覚えのない足音。

 かなりテンポの良い足音で、その人のある程度の体型まで想像できた。

 

 あくあを背後に庇い、シオンは一歩前に進み出る。

 

「だめ……しおん、ちゃ……」

 

 照明を点けていない通路は少し薄暗い。

 あくあは目前に立ちはだかるようなシオンの逞しい背に手を伸ばした。

 

 カツ、カツ、カツ……。

 

「おお〜、いたいたあくたん」

「――みこち」

 

 シオンとの距離が縮まって、2人はその容姿を視認できたが、あくあにはみこの顔が見えなかった。

 だがその特徴的な声と喋り方から断定は容易い。

 

 苦痛の汗とは違う、緊張と焦燥の汗があくあの全身から流れる。

 

「まだ大丈夫そうだにぇ。早くそらちゃんとこ行こう」

「――――」

「……何、お前」

 

 気さくに話しかけるみこを鋭く睨み、ナイフを構えた。

 奏よりは様になる。

 

「何ッて、みこは神様だけど?」

(こいつが……神? こんなパッとしない奴が……?)

 

 気味の悪さに固唾を飲む。

 あくあは声を出さずに震えていた。

 

(いや……何にせよチャンス。呪いの使えないトロイアに単身で乗り込んでくるなんて)

 

 シオンはさっと思考を切り替えて対抗する姿勢を強めた。

 みこも感じ取ったのか、薄赤い髪を掻き上げて巫女服の邪魔な袖を縛った。

 

「おめェ、呪いはあんのか?」

「無い」

「あッそう」

 

 シオンのナイフが煌めいた――。

 

「――ぇ⁉︎」

「んッにゃァ‼︎」

「っ、ぶ、っ、ぐ――――‼︎」

「――――‼︎‼︎」

 

 真っ先に駆け出したのはシオンだった。

 鋭利な刃先を心臓か喉元に切りつけようと画策していたのだが、たった一度の瞬きの内に肉薄され、鳩尾を蹴り挙げられた。

 貧相な身体は軽々と宙へ浮き、何度も跳弾して来た道を10数メートル戻された。

 

 あくあは喉を詰まらせたように叫び声を我慢していた。

 腹を抱えながら後方へ振り返ると、数滴の血がシオンまでの道を示しており、その血の先でシオンがぐったりと倒れていた。

 

 動く気配がなく、気絶しているのだと分かった。

 

 あくあがそこから次の行動へ移るまでは、ほんの数秒だった。

 

「ぅっ……うぅ……」

 

 大袈裟に呻吟して、みこの意識をあくあに移す。

 自力で立ち上がれるが、動けないフリをして必死に腹を抱え、汗を流した。

 

 簡単に騙されて、みこが小走りに寄って来た。

 

「あくたん大丈夫?」

「ぅ……ん。ごめん……しく、じった……」

「んーん、あれは仕方にぇよ」

 

 みこもシオンのように優しくあくあの背を摩って痛みを宥める。

 

「立てる?」

「ぅ、うん……」

 

 あくあに肩を貸し、2人は立ち上がる。

 

「そらちゃんのとこへ送るから、一旦外に出るよ」

「ん……あり、がと……」

 

 こうして2人はシオンをその場に置き去りにして、トロイア西門へと向かう。

 

 大した距離はなく、あくあの傷もあるので一切の言葉も交わさずに進んでいたが、出口が間近になると再びみこが口を開いた。

 

「にぇェあくたん、いくつか聞きたいんだけどにぇ」

「う……? 何……?」

 

 みこが歩みを止めたので、あくあも止まらざるを得ない。

 出口が目の前なのだから、転移してから話せばいいと思うが……。

 

「オメェだろ、らでんに情報流したの」

「――ぇっ……」

 

 背を丸めるあくあを上から睨み、眼力で殺そうとする勢い。

 刹那だけ思考が停止し、直後――全身が恐怖で支配された。

 

「ぅっ……!」

 

 あくあの片腕を掴み上げて、身体を持ち上げた。

 怖さのカケラもない容姿と瞳だが、放たれる殺気だけは一級品で、浴びると死んでしまいそうだ。

 

 宙にあくあの身体が浮き、重力で腕が千切れそうになる。

 体重が下手にかかるせいで、ナイフが腹を抉り、出血が増す。

 

「なァ、どうなんだよ」

「ぅっ……ぢ、がゔっ……」

「んにゃァァッ‼︎」

「ぅっぐ‼︎」

 

 否定を口にした途端、あくあの身体を浮遊感が襲った――その直後、みこの脚から渾身の一撃が繰り出され、あくあの脇腹を打ち砕いた。

 シオンの様に2・3度跳弾して、あくあはトロイアの外へ放り出された。

 

「ゔっ、ぉっ……お゛っぇ……」

 

 衝撃でナイフが深く刺さるわ、骨が折れるわと、全身が壊される。

 終いには蹲って嘔吐した。

 腹の底の胃酸と血液が纏まって溢れ、真っ白い雲を汚す。

 

 あくあが嘔吐いている間に、みこがトロイアの西門を潜り、秩序空間から抜け出た。

 

「ぉ、ぁ、ぅ……ぅげぇ……」

 

 吐き出す物を全て吐き出して、あくあは腹に刺さったナイフを漸く抜き取った。

 血飛沫が雲を真っ赤に染めた。

 激痛に体温が酷く上昇し、脳が焼けそうになる。

 痛く苦しいが、あくあはずっと這いつくばってはいなかった。

 

「ルイの呪いの力も、みこの呪いによる魔術も、こよりが考案した計略も、どれもこれも、知識では得られない情報だにぇ。それを一体、らでんはどうやって、手に入れたのか」

「ぅっ……げぇっぼ……がっ……ぼっ……」

「あくあからしか漏れない事は、オメェが1番よく分かってるよなァ」

「……ぅぶ…………」

 

 あくあの出血が止まらない。

 吐血も止まらない。

 意識が遠のいてゆく……。

 

「残念だよあくあ。余計な真似しなければ、新世界の――」

「み、ごぢ……!」

「――――」

 

 震える真っ赤な手で、あくあは一つの宝石を摘んだ。

 みこに貰い受けたトルマリンのネックレス。

 目視した瞬間、みこは魔法を放った。

 

 

(シオンちゃんにきちんと、謝りたかった……)

 

 

 魔法の飛ぶ速度は極めて速い。

 だが、片手に摘んだ宝石を破壊する程度なら、間に合う。

 

 朦朧とする意識の中で、シオンへの謝罪を繰り返しながら、地震の力を放つ。

 右手の中の宝石に、激しい振動を与えると――パキンッ!

 と、眩い煌めきを放って、トルマリンが粉砕し、ダイヤモンドダストの様に雲の上に舞い散る。

 

 ビリッ――とあくあの身に魔法が直撃。

 

 ぱさっ…………。

 

「……………………」

 

 みこが放ったのは死の魔法。

 

 みこが持つ呪いは――死と魔術の呪い。

 彼女は正しく、神のような存在である。

 そう――例えるのであれば死神の様な……。

 

「壊されたか……」

 

 砕け散った宝石のカケラを遠目に見つめて、みこは目を細めた。

 あくあの腹から大量に流血し、血溜まりが広がってゆく。

 間近にいた者を殺す事は、誰であれ精神的に辛い。

 だが――みこはもう、自分の進むべき道を定めている。

 だから決して、立ち止まらない。

 

「あと5つ……」

 

 ホープダイヤモンドを懐から取り出して眺める。

 傾き始めた陽の光に照らされて、宝石が目を焦がす。

 

「……らでんの奴、本当に何考えてんだよ」

 

 みこはこよりの下へ転移した――。

 

 

 トロイア西門の前には、大きな血溜まりと、そこに横たわるあくあだけが残されていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

(トワ、無事なんだろうな……?)

 

 トワの安否が気掛かりですいせいは集中を欠いていた。

 

「――はっ!」

「チッ」

 

 いろはの愛刀チャキ丸がすいせいへ牙を剥く。

 意識の端でトワを心配しながらも颯爽と斧で受け止め、反撃に足を回す。

 

「にっし――!」

 

 得意の暗殺術で気配を消し、素早く背後を取ったクロヱが黒い微笑を浮かべて短剣を振り抜いた。

 

「シッ――!」

「――⁉︎」

 

 クロヱの殺気を感じ取った時には、既に手遅れ。

 それほど彼女の暗殺術は洗練されているのだが、反射で割り込んだ者がいた。

 あやめだ。

 到底届く筈も無い距離をその足で詰めて、素早く抜刀。

 目にも止まらぬ速さで駆けつけ、すいせいを護った。

 

「速すぎっ――!」

「脚の速さと剣術が取り柄でね――ィよッ!」

 

 ブン、ブンッ、と2本の刀で反撃するが剣速は見切れる速度。

 フードのリボンを切り取られるも、ダメージはゼロに抑え距離を取――

 

「フッ――‼︎」

「はゃぃ――」

 

 瞬きの間に距離が詰まって再び2連撃。

 短刀で流しつつ回避したが、俊足の速度に乗った剣技は威力が増しており、仕事用の薄皮手袋を貫通して左手の甲に切り傷をつけられた。

 

 

 その最中、いろはとすいせいも攻防を繰り広げていた。

 

「どラァッ‼︎」

「――」

 

 すいせいの右足上段の蹴りを半身引いて躱わす。

 ふわっといろはの金髪が風圧で持ち上がった。

 

 その瞬間――支えの弱まった刀を全力で押し返し、斧を振り直す。

 敵を焼き焦がすほど眩い一等星の瞳で獲物を捕捉。

 

 ザグッ、と斧がフローリングに突き刺さる。

 

「……はぁっ!」

 

 チャキ丸がすいせいの喉元へ喰らいつこうと刀身を伸ばす。

 

「ッチ」

「っ――」

 

 ぱきん――。

 

 側にあった生花を花瓶ごと投げつけ、モーションにずれを発生させた。

 見事な太刀筋で花瓶と花々が真っ二つに割れ、濁った水だけがいろはに被さる。

 刹那の隙に斧を引っこ抜き、迫る刀へとぶつけ直し、ふりだしへ。

 

「折角私が手入れしてたのに」

 

 暖炉の前に佇んで戦場を眺め、無駄な茶々を入れるのはルイ。

 すいせいの突入から大方の状況を把握したルイは、敵の思考が手に取るようにわかる。

 

 すいせいやトワ、あくあを内部で殺そうと画策している今、ルイを殺す事はできない。

 だからクロヱといろはは真っ先にすいせいを狙った。

 通路で戦わなかったのは恐らく、人数有利を活かせないからだろう。

 

 偶然ここで挟み撃ちの形となったのは、ルイやすいせいとしては好都合。

 呪いを持たないと思われるこの3名は、今ここでヤるべきだ。

 

「ルイちゃん!」

「――ッと」

 

 あやめの一声で間一髪回避したように見えたが、元々見えていた。

 クロヱに比べて気配の消し方が随分とお粗末で、拳の握り方も武術で極めたそれとは異なる。

 この中で唯一浮いた存在。

 

「君、なんで来たの?」

「お金かつぇげると思ってゃ!」

 

 ルイの場にそぐわない発言にもまともに受け答えするはじめ。

 拳を打ち出すと共に解を投げつけるが、易々と回避される。

 

 叛逆に参戦した動機は日雇い組全員同じだ。

 それでもはじめが場違いに見えるのは、やはり実力が2人と比べると劣っているからだろう。

 

「おぉっつ‼︎」

「ん――」

「っちゃぁああ!」

「――――」

 

 威勢だけは一丁前だが、どの攻撃もルイに掠りさえしない。

 しなやかな身体を翻して最小限の動きで躱してゆく。

 

 

 

 1分ほど(1対1)×3の構図ができていたが、装飾を破壊しながら暴れ回るうちに3対3へと遷移していた。

 一度両陣距離を置き、息をつく。

 

「正直見縊ってた……どう思う、いろはちゃん」

「……あの2人――特に鬼の人が、異常――!」

「でゃもあっちゃの人はそんにゃ――」

「雑念増えるから喋らないで」

「――――」

 

 言葉を遮って放たれる暴言にはじめは心底落ち込んだ。

 クロヱもいろはも今は余裕が無い。

 聴き取り辛い言葉に意識を割くのはキャパの無駄遣い。

 よってはじめには暫し黙ってもらう。

 

「呪い、本当に抑えられてんの、これ」

「恐らくメイビー、多分きっと」

 

 らでんの情報には絶対的信頼がある。

 

「それと――ぽいのあった?」

「や、探す余裕ない」

「はじめちゃんは?」

「――」

 

 最後は声を顰めて仲間内だけで。

 その仕草にすいせいは眉を寄せた。

 

 

「ルイちゃん怪我してない?」

「してないよ。あやめちゃんこそ……怪我してるよ、大丈夫?」

 

 乱闘の中で一度だけいろはの刀があやめの頰を掠め、微量だが出血していた。

 そこに親指を当てて血を拭う。

 少し痛んだようで目を細めるが、嬉しそうにルイの顔を見上げる。

 

「ルイ、お前はあんま前に出んな」

「――――」

 

 2人の絡みに嫉妬したすいせいが口を挟むと、あやめが鬱陶しそうに睨み返した。

 滾る鬼の血のような瞳。

 

「お前がいると動き難い」

「――そうだね。じゃあ私に誰も近付けないよう頑張って」

「……」

「ここはルイちゃんの家だよ」

「……チッ」

 

 ルイを一歩下がらせて、あやめがすいせいに威圧する。

 奇しくも呪が働かないトロイア内では、あやめの方が戦闘能力が高い。

 

 彼女は生まれつきの神速。

 ルイの力の下であやめの速度に追いつける人間はいない。

 

(凡人が調子に乗りやがッて。鬼も侍も……パンダも、赤子も。クソウゼェ)

 

 暖炉の熱気のせいで汗が出始めた。

 斧を床に立てて汗を拭う。

 

 特大テーブルは大きく4つに切断され、ソファもテレビも破壊されている。

 壁や装飾の残骸が至る所に散らばっていて、危なっかしい。

 

(トワが心配だ。早く行ってやらねェと――)

 

 斧を掴み直して獲物を再度捕捉する。

 

「さっさと決めるぞ」

「――言われなくても」

 

 

 人智を超えた秩序空間での戦いは続く――

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。