「鏡持って来た……けど」
小さな手鏡を握って天使が食卓へ戻るが、既に疑問は解消され、新たな疑問が生まれたようだ。
「ミオ! 何で⁉︎」
「ど、どうなってるの? うち、フブキだよ⁉︎」
2人の容姿を確認し合い、お互いに触れ、現実を必死に受け止める。
その光景を前に金髪少女は不思議そうに首を傾げるが、天使は何やら心当たりがあるようで、頭を抱えた。
「あー……ごめん、それ多分僕のせいだ」
天使少女が右翼をぎぎぎと軋ませた。
「どう言う事ですか⁉︎」
「あの……この人たちは……?」
天使に詰め寄るフブキの背後でミオが周囲を見回す。
「落ち着いて、ちゃんと話すから。一先ず座って」
天使は着席を促す。
2人は横並びで席についた。
「まずは確認。2人は死んだ。それは覚えてる?」
前提の確認に、2人はしばし小さく口を開けた。
記憶を巡りたどり着いた結末に戦慄し、首肯する。
「「はい……」」
「よし」
天使はぱちんと手を叩いた。
「僕は天音かなた。俗に言う堕天使」
「――」
薄汚れたように羽先が黒ずんだ左翼。
髪も銀髪の中に悪に染まったような黒髪が紛れる。
手裏剣のような天使の輪もある。
でも何より――右翼。
「あの……その、左の羽は……」
「左?」
「あ、私たちから見て左です」
かなたから見ると右翼。
左翼は生物の構造としてなんら不思議のない、漆黒まじりながらに美しい羽だ。
しかし右翼。
明らかに人工物。
白銀の光沢が照明をぎらぎらと反射しており、かなたが意識的に動かすたびに、ぎぎぎと機械的な痺れる音が鳴る。
「こっちは義翼」
「「ぎ、よく?」」
「義手とか義足とか言うでしょ? その翼バージョン」
「羽……なくしたの?」
「昔ちょっとね。ある人たちとやり合って、焼かれちゃった」
にへっと笑う。
くるりと天使の輪っかが回った。
「……あ、えっと、私は白上フブキ――じゃないけど、そうです」
「うちも、大神ミオではないけど、大神ミオです」
外見が中身と一致しないため、2人は珍妙な自己紹介をした。
「ややこしいですねぇ」
金髪少女がにこにこと笑う。
だが最も混乱しているのは明らかに当人たちだった。
「私は音乃瀬奏です。ただの放浪詩人ですー」
「詩人さん? 凄いですけど、何で詩人さんが?」
フブキとミオは死んだ。その流れから天使(堕天使)がいても疑念はないが、詩人は全く、これっぽっちも関係ないだろう。
それとも何か? お経でも唱えてくれるのか? 詩人が。
――それは仏教よりだから違うか。
「奏ちゃんはね、2人を助けようとして殺されたの」
「「え⁉︎」」
かなたの簡潔な十分すぎる説明の横で、奏はえっへんと胸を張る。
その優しさは、確かに威張れるだけの裁量だ。
「そんな、え、でもどうして?」
とても有難い話。
フブキは申し訳なさそうに口角を上げる。
「人は簡単に死んじゃいけないと思ったのでぇ」
へらへらと追従するが、超特大ブーメラン。
自覚はある……のか?
「でも、って事は、助けてくれたのは……」
「僕だよ」
かなたになる。
一度死んだ身を、どう甦らせたのか。
トワは神の遣いだから、不思議な力も持っていよう。
でもかなたは……。
「僕も『呪い』持ちだからね。ほら」
左腕の袖を肩まで捲り、二の腕を公開。
ミオの右腕――今はフブキの持つ身体の右腕に記された物と同質の刻印。
紋様は異なるが、同じ色で、同じ禍々しさを放つ。
杖のような形だが、何かが巻き付いていて、目と口と伸びる舌がある。
杖に巻き付いた、ヘビ……のマークだろうか。
「「――?????」」
刻印は知ってる。呪いも。
でも言葉の関連性が一切掴めない。
だがそれは、フブキとミオだけのようで。
「……知らないのか」
「「――???」」
刻印と呪について――。
「その刻印は『呪い』の証。で、『呪い』ってのは、今の神様が世間に広めたある種の嘘」
「え――⁉︎ 嘘……て」
「『呪い』が発症しても人は死なないし、感染る事もない」
「でも呪われたら皆供養されてきたよ!」
「それは『呪い』を持つ者たちの叛逆を、神が恐れてるからだよ」
フブキとミオの悲痛な叫びも、かなたは一蹴する。
過去に数度、2人はその目で見てきたし、耳にもしてきた。
『呪い』が出た人間が焼かれた様を。
ミオだって一度はそこへ身を投じている。
「どうして『呪い』を持つ人は叛逆をすると決めつけるの? それに一般人だって、歯向かう人はいるでしょ?」
「叛逆する事自体は脅威にはならない。『呪い』が刻まれる事によって授かる恩恵こそが脅威になる」
「恩恵……?」
『呪い』を受ける事で得られる恵みとは?
かなたの言葉から、ある程度は察しがついた。
「例えば僕」
かなたは席を立ち、ある棚から一本のメスを取り出した。
その刃先をきらりと煌めかせる。
3人に鋭利な刃を目視させると、それを逆手に掴んだ。
思い切り振り上げる。
「――‼︎」
「あぅ‼︎」
「……」
躊躇なく自らの右手にメスを突き立てた。
かなたは表情一つ変えない。
フブキは静かに目を伏せ、ミオはまるで痛みを肩代わりしたように呻いた。
そして奏は黙って見守る。
じゅぐっ……と抉れる鈍い音を立ててメスを引き抜くと、ぴしっと血が跳ねた。
右手に穴隙ができた。メスと同じ程の小さな物。
それでもかなたは、痛覚などないように右手を広げる。
何度も握り、開きを繰り返して、余計に血を垂らす。
「僕は『呪い』によって人を癒す力を得た」
生々しい傷がみるみる修復され、肉も皮も繋がってゆく。
右手を纏う鮮血は消滅しないが、それでも果てしない秩序破りの力。
しかも、3人の事を考慮すれば――
「死後間も無くであれば、近辺の魂を肉体に帰すことすらできる」
「――――」
「この特殊な力こそが『呪い』。神々も持つこの人外の力を武力に、民衆が楯突いたら? それを恐れ、今の神はこれを『呪』と称し、忌むものとして世間に敷衍した」
「そんな…………じゃあ神様は、私たちの事を……」
「本気で守る気なんてない。世界が自分の統治下にあれば満足なんだよ」
信じ難い神の横暴な政情を知る羽目となる。
折角再度授かった命だが、そんな狭き世界に、こんな自分達が必死に生きる意味はあるのだろうか?
「ねえ」
「は、はい」
かなたが義翼の機械音を掻き鳴らす。
メスを棚に仕舞い、手拭いで血を拭き取りながら会話を続けた。
「君たち、神様に逆らう気は無い?」
「――え⁉︎」
「さ……さか、らう?」
「そう逆らう。カッコよく言えば叛逆」
「――――」
かなたの口から飛び出すトンデモワードに唖然と口を開き、呆けてしまう。
相も変わらず奏は室内を見回したりと、無関心を装っている。
可愛い顔をしながら、大した肝の座り具合だ。
「『呪い』を持つ人は、今の神が着座する限り、白昼堂々とは生活を送れない。だから打倒神様を目指す組織を作りたいんだ」
両手をばちんとテーブルに叩きつけて、勢いよく宣伝する。
その現実を突きつけられては、戦闘の術を持たない2人には強制されている気分だ。
かなたは飽くまでも2人の意志を尊重すると言い聞かせているが。
天使の輪が、くるりと右方向に回る。
「役に立たないけど……別に、それは構いません。あなたに、助けてもらったし」
「本当⁉︎」
「はい、ただ――」
と、食い気味に歓喜するかなたに間髪入れず条件?を突きつけた。
「私たちの中身――どうにかしてほしいです……」
「うん! うん!」
フブキの打診にミオも激しく首を振る。
白髪がブンブンと縦に揺れ、流れ星マークの付いた尻尾も合わせて振れていた。
入れ替わった中身。
当人たちでは元に戻す術がない。
その術があるとすれば、かなたしか知るまい。
「あー……」
しかし、かなたはバツが悪そうに視線を泳がせて、手で髪を梳いた。
天使の輪っかが左方向に回転する。
奏は等々話に飽きて、勝手に部屋を物色し始める。
かなたが持ち出していたメスを棚から手に取り、その刃を眺めている。
「戻してあげたいのは山々だけどね」
「え――まさか……!」
「ごめんね、それは僕の手に負えない」
2人は呆気なく宣告を受けた。
「どうして! あなたが私たちを蘇生させたなら――」
「僕が干渉できるのは一度肉体を離れた魂だけ。例えミスでも、一度肉体に憑依させたら、もう僕にも動かせないの」
「な、ならもう一度――」
「絶っ対にダメっ‼︎」
「「っ――⁉︎」」
かなたの力さえあれば、とフブキは横暴ながら確実性の高い提案を持ち掛けた。しかし、かなたの声が耳を劈いた。
美しくも轟々とした一声に、身の毛がよだつ。
「――ごめんね。2人が入れ替わったのは僕のせいだ。でも如何なる理由があろうとも、命や生を冒涜する言動は赦さない。少なくとも、僕の前では」
徐々に声量を抑えつつも、蒼い瞳は炯々としていて眼力が衰えない。
生命への冒涜は、かなたの正義感と道理に悖る行為だから。
「ぁぅ……」
ミオが萎れる様に尻尾を垂らし、たじろぐ。
フブキは辛うじて言葉を紡ぐことができた。
「ごめ、なさぃ」
かなたの一喝で忽ち険悪になる空間。
ごそごそ、がたがたと他人の家?を漁りまくる奏だけが、不純物の様に存在が際立つ。
「奏、それ治せそうな人に心当たりありますよ〜」
突如ぽろりと溢した。
視線は全く合わせず、棚の医療具に触れているが。
「ぁ、え……!」
「本当⁉︎」
奏の口から溢れた可能性を掬い上げる様に飛びついた。
分を弁えて、怪我させぬ程度に。
「おわぁ!」
フブキの不意打ちに些とばかり吃驚する。
その時手にした包帯を落として巻き直す羽目になる所だ。
息むフブキをミオが宥め、奏から引き離すと彼女は早足で距離を置いた。
包帯を手放すと自身の金髪をちょいちょいと弄り、冷静になって続きを話す。
「ええっとですねぇ……あ、そうそう――!」
考えていた事をぱっと整頓し、ぱちんと手を叩く。
とてもいい音が鳴った。
「知り合いにとても博識な人が居るので、その人を当たれば或いは、と思います」
「博識な人?」
「はい。あ、なのでその人が治せる、っていうと語弊があるかもしれないですねぇ」
言葉の綾が絡れないよう、奏は一応付け加えた。
ミオがきょとんとして首を傾げている。姿はフブキだが。
「その人何処にいるの⁉︎」
「奏のいた国の――」
「行こう! 場所教えて!」
目的地を定めてしまい、もうフブキの意思は固まった。
ミオも口にはしないが、賛成である。
「いいですよ〜」
なんと奏も二つ返事で快諾。
やったねと歓喜する2人にかなたが詰め寄った。
「待って、僕が言うのもおかしいけど、自分たちの立場わかってる?」
現在は地中にいる為神の監視を逃れているが、地上へ出れば神に見つかるのも時間の問題。
特に3人を感電死させたトワ本人。彼女に発見されれば次こそ確実に死ぬ。
「分かってます、けど――! あなたに治せないなら、自分の足で自分たちを取り戻しに行くしかない!」
「――!」
フブキの腕が力む。
トワと対峙した際とはまるで別人の顔だ。
凛々しく勇ましいその佇まいに、かなたは怯むしかなかった。
「ごめんなさい。術を施してくれた事には凄く感謝してます。叛逆にも賛成です」
「でもウチたち、このままだと困るんです」
「そうなんです!」
フブキとミオが懸命に訴える横から、水を差すように奏も加わる。
「むっ!」
「い゛だだだ……」
かなたは奏の頬を引っ張った。
この流れで不躾な真似はよせやい。
「――分かった。僕に止める権利はないね」
人は望みを叶えようと生きる道を探す。
その道中での死は、正しく人の死である。
それに、この度胸も無しに叛逆などできない。
ミオを助けた件と言い、今回と言い――苦難な道を選ぶ事を厭わない性格らしい。
「魂云々を解決したら、また必ず逢いに来ます」
「下手に約束はしないほうがいいよ」
「え――」
死ぬ可能性を示唆する言葉に聞こえ、フブキは喉を詰まらせた。
ミオも怯んでフブキの手をぎゅっと握る。
「地中にいたら分からないでしょ」
その杞憂を払拭するようにかなたは、にへっと笑った。
彼女が持つ刻印の力のように優しく、温かい表情で。
フブキの気がほぐれ、強張った顔が緩む。
「そうかもしれないです」
かなたから姿を表さぬ限り、フブキたちに発見する術はない。
「多分それも何とかなりますよ〜?」
「えっ?」
かと思いきや、奏はまた飄々と告げた。
さしものかなたも思わず声が出る。
「……奏ちゃんの知り合いって何者なの?」
「だから博識の一般人ですってぇ」
流石に一般人ではあるまいて。
一般人に地中の人間を探せはしない。
「でもそう言うなら分かった。奏ちゃんに任せるよ」
「いいですよー。乗りかかった船なのでぇ」
奏が乗りかかってなければ、前途多難だったろうに。
無謀な行動を取ったこと、本当に愚かだが有難い。
「ありがとね、奏ちゃん」
「ありがとう」
「いいですってー」
奏は再び室内の捜索に当たる。
どうやらキュートな変人のようだ。
「なら……外に出る?」
かなたは2人に準備はいいかと尋ねる。
手早く元の服へと着替えて小さく首肯した。
「場所は3人を連れ込んだ所。あの平原に出るからね」
人目がある所で突如現れる訳にはいかない。
それに3人は事実上一度死んだ者たち。そんな者が知人と出会えば一大事だ。
2人はここがどんな場所かなんて知らない。
恐らく奏も知らない。
「それじゃあ3人はここに立って」
かなたは3人を壁際へ追いやる。隅の方だ。
言われるがままのフブキとミオ。
対して奏は妙に拒む。何故かと聞けば、理由はないと答えるのでタチが悪い。
それでも最終的には観念して2人同様に部屋の隅へと身を寄せた。
フブキとミオの鼻先へ嗅ぎ慣れない匂いが漂う。
つい深呼吸してしまう香り。
「目、閉じた方がいいよ」
「えっ……?」
「ほら早く」
「「は、はい!」」
「動きが止まるまでそのままね」
奏もしっかり目を閉じた事を確かめ、かなたは土壁を4回ほど叩いた。
ご、ごごごご……。
部屋が畝り、地鳴りが発生したかと思えば次の瞬間――!
3人の足元が天へ向けて吹き飛ぶように消えていった。
――――――――
瞼を突き抜ける陽光を浴びて、屋外へ出たのだと分かった。
道中時折顔や腕に跳ねた泥らしき物は、目を開けば本当に泥だった。
装備品が何もないので、フブキとミオは服の袖で拭う。
奏も遅れて瞼を開き、同じようにした。
「朝……?」
「そうみたいですねぇ」
奏は周囲に目が無いかを真っ先に確認する。
「ウチたち、これから何処へ向かえばいいのかな?」
「それは奏ちゃんが案内してくれる……よね?」
「はい」
人目がないと分かるや否や、奏は返答しつつ歩き始めた。
なので、2人もそれに続く。
2人の故郷の入り口が、次第に遠ざかり、軈て物陰に隠れて見えなくなる。
それと併せて、正面の森が近付く。
「あ〜、あ〜……んんっ……あ〜〜……」
奏は突然喉を摩って発声した。
小さく咳払いで音を調整、そして再度声音を響かせる。
放浪詩人とは名ばかりではないようで、中々どうして、麗しい声色だ。
「2人は喉の調子は大丈夫ですか〜?」
「――――はい?」
なんだその、聞いた事のない世間話の切り出しは。
2人はしばし呆けてしまう。
「喉ですってぇ、声! もし自分の声がいいなら、声だけは奏が治してあげますよ〜?」
「どう言う事? 意味が分からないんだけど……」
奏の本意がイマイチ伝わらず、フブキはミオに目配せした。
ミオも解釈に難航していたのか、首を横に振る。
「試しにやってみるとこんな感じ」
ちょいちょい、と右手首を回す。
大した変化は感じない。
「喋ってみてください」
「何を……。――――⁉︎」
慣れすぎた感覚に一瞬理解が追いつかなかった。
フブキが小さく放った言葉は、確かにフブキの声だった。
肉体が違えば当然声帯も違う。ミオの喉からフブキの声は決して出せない。
なのにそれが出た。
「あー、あー……!」
ミオも慌てて喉を震わせると、自分の声が耳に響き渡った。
人体の僅かな構造の差で、反響に若干の違いこそあれど、そんな誤差は問題と思えないほど聞き違えた。
2人の声が入れ替わったよう。
「凄い、何したの⁉︎」
ミオがフブキの身体からミオの声を出して叫ぶ。
ややこしいな……。
「音を変えただけですよー。2人の声の音波を入れ替えたんです」
「本当に凄い!」
本当に凄いが、自分の体でもないのに自分の声が出るのも気持ち悪い。
声だけ直すのも、何か違う。
そんなミオの想いなど露知らず、フブキは興奮気味に絶賛していた。
「そんな事普通の人には出来ないと思うけど……そう言う事なの?」
水を差すのも悪いので、戻せとは言わず、別の――核心に触れるような観点を指摘した。
「こんな感じですね〜」
「きゃあっ――」
ミオの問いかけに対し奏は潔く白状するのだが、大胆に、厚顔無恥に、大きく服を捲り上げる。
急な破廉恥行為に慌てふためく2人だったが、奏の背中を見て遮りかけた視界を開いた。
「ぁ……呪い……」
服を捲り背中に現れたのは、ト音記号、の印。
羞恥心を持たぬように堂々とその体勢を維持する。
「も、もういいよ! 早く仕舞ってっ」
耐え兼ねたミオが奏の服をさっと下ろさせた。
「それでどうです? 声の調子は」
奏は何事も無かったように2人に問い直した。
ミオがフブキの様子を伺っていると、苦笑いを浮かべて頰を掻いた。
「うん……凄いけどやっぱり、これは変な感じがするから」
「そうですか、戻しますね」
くるくるっ、と人差し指を立てて左腕を回すと、2人の声の波長は元に戻った。
奏はすっと正面に向き直り、もう歩き始めた。
2人は声を確認しつつ、慌てて距離を詰め、歩幅を合わせる。
「ねえ奏ちゃん。目的地までどれくらいかかるの?」
「歩いて半日くらいなので、そこまでの距離じゃないですよ」
「そ、そっか」
出国経験のない2人としては、歩いて半日は極めて遠い。
どうやら感覚が異なるようで。
フブキとミオが弱いのか、奏が強いのか。
「今日中には着けそうなので、安心してください」
「えっ、あ……うん」
今日中にだと?
方角はわからないけれど今が朝なら、日の傾き的に9時か10時。
半日となれば休憩無しでも夜の9時が最速。
2人の体力では持たない。
フブキとミオで、顔を見合わせた。
これから2人は、生きていけるのだろうか?
不安がる2人を他所に草木をかき分け森を進む奏。
奏の通った跡をなぞるので、僅かに2人への負担は少ないが、大差はない。
しかしコレも生きる為だと言い聞かせ、お互いに鼓舞して手足を動かす。
ガサガサッ――。
「お?」
茂みの揺れる音が響き、奏が足を止めた。
左斜め前方の茂み奥に人がいるようだ。
危険を承知で奏が率先して様子を見に向かう。
かさかさ、と草木を掻き分けたその先にいた者は……。
「ぇ」
「ァ?」
奏は死を予感した。
何故なら――
「――どう言うこった、こりゃァよォ」
距離を置いていた2人にも届いた声。
記憶にも新しい。
その声の主に、2人は、3人は――殺されたのだから。
「なんでテメェ、生きてやがんだ」
奏があわわ、と振り返る。
目で逃げろと訴えてきた。
「……義翼だなァ?」
心当たりがある様子で、更に耳にも新しい言葉が飛び込む。
「まァいい。もう一度消すだけだ」
冷酷な声で恐怖と不可思議を波動のように放ち、3人の前に姿を見せたのは――
雷霆、常闇トワだった。