叛逆の刻印〜刻まれし天命〜   作:炎駒枸

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呪いの刻印②

 

「鏡持って来た……けど」

 

 小さな手鏡を握って天使が食卓へ戻るが、既に疑問は解消され、新たな疑問が生まれたようだ。

 

「ミオ! 何で⁉︎」

「ど、どうなってるの? うち、フブキだよ⁉︎」

 

 2人の容姿を確認し合い、お互いに触れ、現実を必死に受け止める。

 その光景を前に金髪少女は不思議そうに首を傾げるが、天使は何やら心当たりがあるようで、頭を抱えた。

 

「あー……ごめん、それ多分僕のせいだ」

 

 天使少女が右翼をぎぎぎと軋ませた。

 

「どう言う事ですか⁉︎」

「あの……この人たちは……?」

 

 天使に詰め寄るフブキの背後でミオが周囲を見回す。

 

「落ち着いて、ちゃんと話すから。一先ず座って」

 

 天使は着席を促す。

 2人は横並びで席についた。

 

「まずは確認。2人は死んだ。それは覚えてる?」

 

 前提の確認に、2人はしばし小さく口を開けた。

 記憶を巡りたどり着いた結末に戦慄し、首肯する。

 

「「はい……」」

「よし」

 

 天使はぱちんと手を叩いた。

 

「僕は天音かなた。俗に言う堕天使」

「――」

 

 薄汚れたように羽先が黒ずんだ左翼。

 髪も銀髪の中に悪に染まったような黒髪が紛れる。

 手裏剣のような天使の輪もある。

 

 でも何より――右翼。

 

「あの……その、左の羽は……」

「左?」

「あ、私たちから見て左です」

 

 かなたから見ると右翼。

 左翼は生物の構造としてなんら不思議のない、漆黒まじりながらに美しい羽だ。

 しかし右翼。

 明らかに人工物。

 白銀の光沢が照明をぎらぎらと反射しており、かなたが意識的に動かすたびに、ぎぎぎと機械的な痺れる音が鳴る。

 

「こっちは義翼」

「「ぎ、よく?」」

「義手とか義足とか言うでしょ? その翼バージョン」

「羽……なくしたの?」

「昔ちょっとね。ある人たちとやり合って、焼かれちゃった」

 

 にへっと笑う。

 くるりと天使の輪っかが回った。

 

「……あ、えっと、私は白上フブキ――じゃないけど、そうです」

「うちも、大神ミオではないけど、大神ミオです」

 

 外見が中身と一致しないため、2人は珍妙な自己紹介をした。

 

「ややこしいですねぇ」

 

 金髪少女がにこにこと笑う。

 だが最も混乱しているのは明らかに当人たちだった。

 

「私は音乃瀬奏です。ただの放浪詩人ですー」

「詩人さん? 凄いですけど、何で詩人さんが?」

 

 フブキとミオは死んだ。その流れから天使(堕天使)がいても疑念はないが、詩人は全く、これっぽっちも関係ないだろう。

 それとも何か? お経でも唱えてくれるのか? 詩人が。

 

 ――それは仏教よりだから違うか。

 

「奏ちゃんはね、2人を助けようとして殺されたの」

「「え⁉︎」」

 

 かなたの簡潔な十分すぎる説明の横で、奏はえっへんと胸を張る。

 その優しさは、確かに威張れるだけの裁量だ。

 

「そんな、え、でもどうして?」

 

 とても有難い話。

 フブキは申し訳なさそうに口角を上げる。

 

「人は簡単に死んじゃいけないと思ったのでぇ」

 

 へらへらと追従するが、超特大ブーメラン。

 自覚はある……のか?

 

「でも、って事は、助けてくれたのは……」

「僕だよ」

 

 かなたになる。

 一度死んだ身を、どう甦らせたのか。

 トワは神の遣いだから、不思議な力も持っていよう。

 でもかなたは……。

 

「僕も『呪い』持ちだからね。ほら」

 

 左腕の袖を肩まで捲り、二の腕を公開。

 ミオの右腕――今はフブキの持つ身体の右腕に記された物と同質の刻印。

 紋様は異なるが、同じ色で、同じ禍々しさを放つ。

 杖のような形だが、何かが巻き付いていて、目と口と伸びる舌がある。

 杖に巻き付いた、ヘビ……のマークだろうか。

 

「「――?????」」

 

 刻印は知ってる。呪いも。

 でも言葉の関連性が一切掴めない。

 だがそれは、フブキとミオだけのようで。

 

「……知らないのか」

「「――???」」

 

 刻印と呪について――。

 

「その刻印は『呪い』の証。で、『呪い』ってのは、今の神様が世間に広めたある種の嘘」

「え――⁉︎ 嘘……て」

「『呪い』が発症しても人は死なないし、感染る事もない」

「でも呪われたら皆供養されてきたよ!」

「それは『呪い』を持つ者たちの叛逆を、神が恐れてるからだよ」

 

 フブキとミオの悲痛な叫びも、かなたは一蹴する。

 過去に数度、2人はその目で見てきたし、耳にもしてきた。

 『呪い』が出た人間が焼かれた様を。

 ミオだって一度はそこへ身を投じている。

 

「どうして『呪い』を持つ人は叛逆をすると決めつけるの? それに一般人だって、歯向かう人はいるでしょ?」

「叛逆する事自体は脅威にはならない。『呪い』が刻まれる事によって授かる恩恵こそが脅威になる」

「恩恵……?」

 

 『呪い』を受ける事で得られる恵みとは?

 かなたの言葉から、ある程度は察しがついた。

 

「例えば僕」

 

 かなたは席を立ち、ある棚から一本のメスを取り出した。

 その刃先をきらりと煌めかせる。

 3人に鋭利な刃を目視させると、それを逆手に掴んだ。

 思い切り振り上げる。

 

「――‼︎」

「あぅ‼︎」

「……」

 

 躊躇なく自らの右手にメスを突き立てた。

 かなたは表情一つ変えない。

 フブキは静かに目を伏せ、ミオはまるで痛みを肩代わりしたように呻いた。

 そして奏は黙って見守る。

 

 じゅぐっ……と抉れる鈍い音を立ててメスを引き抜くと、ぴしっと血が跳ねた。

 右手に穴隙ができた。メスと同じ程の小さな物。

 それでもかなたは、痛覚などないように右手を広げる。

 何度も握り、開きを繰り返して、余計に血を垂らす。

 

「僕は『呪い』によって人を癒す力を得た」

 

 生々しい傷がみるみる修復され、肉も皮も繋がってゆく。

 右手を纏う鮮血は消滅しないが、それでも果てしない秩序破りの力。

 しかも、3人の事を考慮すれば――

 

「死後間も無くであれば、近辺の魂を肉体に帰すことすらできる」

「――――」

「この特殊な力こそが『呪い』。神々も持つこの人外の力を武力に、民衆が楯突いたら? それを恐れ、今の神はこれを『呪』と称し、忌むものとして世間に敷衍した」

「そんな…………じゃあ神様は、私たちの事を……」

「本気で守る気なんてない。世界が自分の統治下にあれば満足なんだよ」

 

 信じ難い神の横暴な政情を知る羽目となる。

 折角再度授かった命だが、そんな狭き世界に、こんな自分達が必死に生きる意味はあるのだろうか?

 

「ねえ」

「は、はい」

 

 かなたが義翼の機械音を掻き鳴らす。

 メスを棚に仕舞い、手拭いで血を拭き取りながら会話を続けた。

 

「君たち、神様に逆らう気は無い?」

「――え⁉︎」

「さ……さか、らう?」

「そう逆らう。カッコよく言えば叛逆」

「――――」

 

 かなたの口から飛び出すトンデモワードに唖然と口を開き、呆けてしまう。

 相も変わらず奏は室内を見回したりと、無関心を装っている。

 可愛い顔をしながら、大した肝の座り具合だ。

 

「『呪い』を持つ人は、今の神が着座する限り、白昼堂々とは生活を送れない。だから打倒神様を目指す組織を作りたいんだ」

 

 両手をばちんとテーブルに叩きつけて、勢いよく宣伝する。

 その現実を突きつけられては、戦闘の術を持たない2人には強制されている気分だ。

 かなたは飽くまでも2人の意志を尊重すると言い聞かせているが。

 天使の輪が、くるりと右方向に回る。

 

「役に立たないけど……別に、それは構いません。あなたに、助けてもらったし」

「本当⁉︎」

「はい、ただ――」

 

 と、食い気味に歓喜するかなたに間髪入れず条件?を突きつけた。

 

「私たちの中身――どうにかしてほしいです……」

「うん! うん!」

 

 フブキの打診にミオも激しく首を振る。

 白髪がブンブンと縦に揺れ、流れ星マークの付いた尻尾も合わせて振れていた。

 

 入れ替わった中身。

 当人たちでは元に戻す術がない。

 その術があるとすれば、かなたしか知るまい。

 

「あー……」

 

 しかし、かなたはバツが悪そうに視線を泳がせて、手で髪を梳いた。

 天使の輪っかが左方向に回転する。

 

 奏は等々話に飽きて、勝手に部屋を物色し始める。

 かなたが持ち出していたメスを棚から手に取り、その刃を眺めている。

 

「戻してあげたいのは山々だけどね」

「え――まさか……!」

「ごめんね、それは僕の手に負えない」

 

 2人は呆気なく宣告を受けた。

 

「どうして! あなたが私たちを蘇生させたなら――」

「僕が干渉できるのは一度肉体を離れた魂だけ。例えミスでも、一度肉体に憑依させたら、もう僕にも動かせないの」

「な、ならもう一度――」

「絶っ対にダメっ‼︎」

「「っ――⁉︎」」

 

 かなたの力さえあれば、とフブキは横暴ながら確実性の高い提案を持ち掛けた。しかし、かなたの声が耳を劈いた。

 美しくも轟々とした一声に、身の毛がよだつ。

 

「――ごめんね。2人が入れ替わったのは僕のせいだ。でも如何なる理由があろうとも、命や生を冒涜する言動は赦さない。少なくとも、僕の前では」

 

 徐々に声量を抑えつつも、蒼い瞳は炯々としていて眼力が衰えない。

 生命への冒涜は、かなたの正義感と道理に悖る行為だから。

 

「ぁぅ……」

 

 ミオが萎れる様に尻尾を垂らし、たじろぐ。

 フブキは辛うじて言葉を紡ぐことができた。

 

「ごめ、なさぃ」

 

 かなたの一喝で忽ち険悪になる空間。

 ごそごそ、がたがたと他人の家?を漁りまくる奏だけが、不純物の様に存在が際立つ。

 

「奏、それ治せそうな人に心当たりありますよ〜」

 

 突如ぽろりと溢した。

 視線は全く合わせず、棚の医療具に触れているが。

 

「ぁ、え……!」

「本当⁉︎」

 

 奏の口から溢れた可能性を掬い上げる様に飛びついた。

 分を弁えて、怪我させぬ程度に。

 

「おわぁ!」

 

 フブキの不意打ちに些とばかり吃驚する。

 その時手にした包帯を落として巻き直す羽目になる所だ。

 息むフブキをミオが宥め、奏から引き離すと彼女は早足で距離を置いた。

 包帯を手放すと自身の金髪をちょいちょいと弄り、冷静になって続きを話す。

 

「ええっとですねぇ……あ、そうそう――!」

 

 考えていた事をぱっと整頓し、ぱちんと手を叩く。

 とてもいい音が鳴った。

 

「知り合いにとても博識な人が居るので、その人を当たれば或いは、と思います」

「博識な人?」

「はい。あ、なのでその人が治せる、っていうと語弊があるかもしれないですねぇ」

 

 言葉の綾が絡れないよう、奏は一応付け加えた。

 ミオがきょとんとして首を傾げている。姿はフブキだが。

 

「その人何処にいるの⁉︎」

「奏のいた国の――」

「行こう! 場所教えて!」

 

 目的地を定めてしまい、もうフブキの意思は固まった。

 ミオも口にはしないが、賛成である。

 

「いいですよ〜」

 

 なんと奏も二つ返事で快諾。

 やったねと歓喜する2人にかなたが詰め寄った。

 

「待って、僕が言うのもおかしいけど、自分たちの立場わかってる?」

 

 現在は地中にいる為神の監視を逃れているが、地上へ出れば神に見つかるのも時間の問題。

 特に3人を感電死させたトワ本人。彼女に発見されれば次こそ確実に死ぬ。

 

「分かってます、けど――! あなたに治せないなら、自分の足で自分たちを取り戻しに行くしかない!」

「――!」

 

 フブキの腕が力む。

 トワと対峙した際とはまるで別人の顔だ。

 凛々しく勇ましいその佇まいに、かなたは怯むしかなかった。

 

「ごめんなさい。術を施してくれた事には凄く感謝してます。叛逆にも賛成です」

「でもウチたち、このままだと困るんです」

「そうなんです!」

 

 フブキとミオが懸命に訴える横から、水を差すように奏も加わる。

 

「むっ!」

「い゛だだだ……」

 

 かなたは奏の頬を引っ張った。

 この流れで不躾な真似はよせやい。

 

「――分かった。僕に止める権利はないね」

 

 人は望みを叶えようと生きる道を探す。

 その道中での死は、正しく人の死である。

 

 それに、この度胸も無しに叛逆などできない。

 ミオを助けた件と言い、今回と言い――苦難な道を選ぶ事を厭わない性格らしい。

 

「魂云々を解決したら、また必ず逢いに来ます」

「下手に約束はしないほうがいいよ」

「え――」

 

 死ぬ可能性を示唆する言葉に聞こえ、フブキは喉を詰まらせた。

 ミオも怯んでフブキの手をぎゅっと握る。

 

「地中にいたら分からないでしょ」

 

 その杞憂を払拭するようにかなたは、にへっと笑った。

 彼女が持つ刻印の力のように優しく、温かい表情で。

 フブキの気がほぐれ、強張った顔が緩む。

 

「そうかもしれないです」

 

 かなたから姿を表さぬ限り、フブキたちに発見する術はない。

 

「多分それも何とかなりますよ〜?」

「えっ?」

 

 かと思いきや、奏はまた飄々と告げた。

 さしものかなたも思わず声が出る。

 

「……奏ちゃんの知り合いって何者なの?」

「だから博識の一般人ですってぇ」

 

 流石に一般人ではあるまいて。

 一般人に地中の人間を探せはしない。

 

「でもそう言うなら分かった。奏ちゃんに任せるよ」

「いいですよー。乗りかかった船なのでぇ」

 

 奏が乗りかかってなければ、前途多難だったろうに。

 無謀な行動を取ったこと、本当に愚かだが有難い。

 

「ありがとね、奏ちゃん」

「ありがとう」

「いいですってー」

 

 奏は再び室内の捜索に当たる。

 どうやらキュートな変人のようだ。

 

「なら……外に出る?」

 

 かなたは2人に準備はいいかと尋ねる。

 手早く元の服へと着替えて小さく首肯した。

 

「場所は3人を連れ込んだ所。あの平原に出るからね」

 

 人目がある所で突如現れる訳にはいかない。

 それに3人は事実上一度死んだ者たち。そんな者が知人と出会えば一大事だ。

 

 2人はここがどんな場所かなんて知らない。

 恐らく奏も知らない。

 

「それじゃあ3人はここに立って」

 

 かなたは3人を壁際へ追いやる。隅の方だ。

 言われるがままのフブキとミオ。

 対して奏は妙に拒む。何故かと聞けば、理由はないと答えるのでタチが悪い。

 それでも最終的には観念して2人同様に部屋の隅へと身を寄せた。

 フブキとミオの鼻先へ嗅ぎ慣れない匂いが漂う。

 つい深呼吸してしまう香り。

 

「目、閉じた方がいいよ」

「えっ……?」

「ほら早く」

「「は、はい!」」

「動きが止まるまでそのままね」

 

 奏もしっかり目を閉じた事を確かめ、かなたは土壁を4回ほど叩いた。

 

 ご、ごごごご……。

 

 部屋が畝り、地鳴りが発生したかと思えば次の瞬間――!

 

 3人の足元が天へ向けて吹き飛ぶように消えていった。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 瞼を突き抜ける陽光を浴びて、屋外へ出たのだと分かった。

 道中時折顔や腕に跳ねた泥らしき物は、目を開けば本当に泥だった。

 装備品が何もないので、フブキとミオは服の袖で拭う。

 奏も遅れて瞼を開き、同じようにした。

 

「朝……?」

「そうみたいですねぇ」

 

 奏は周囲に目が無いかを真っ先に確認する。

 

「ウチたち、これから何処へ向かえばいいのかな?」

「それは奏ちゃんが案内してくれる……よね?」

「はい」

 

 人目がないと分かるや否や、奏は返答しつつ歩き始めた。

 なので、2人もそれに続く。

 

 2人の故郷の入り口が、次第に遠ざかり、軈て物陰に隠れて見えなくなる。

 それと併せて、正面の森が近付く。

 

「あ〜、あ〜……んんっ……あ〜〜……」

 

 奏は突然喉を摩って発声した。

 小さく咳払いで音を調整、そして再度声音を響かせる。

 放浪詩人とは名ばかりではないようで、中々どうして、麗しい声色だ。

 

「2人は喉の調子は大丈夫ですか〜?」

「――――はい?」

 

 なんだその、聞いた事のない世間話の切り出しは。

 2人はしばし呆けてしまう。

 

「喉ですってぇ、声! もし自分の声がいいなら、声だけは奏が治してあげますよ〜?」

「どう言う事? 意味が分からないんだけど……」

 

 奏の本意がイマイチ伝わらず、フブキはミオに目配せした。

 ミオも解釈に難航していたのか、首を横に振る。

 

「試しにやってみるとこんな感じ」

 

 ちょいちょい、と右手首を回す。

 大した変化は感じない。

 

「喋ってみてください」

「何を……。――――⁉︎」

 

 慣れすぎた感覚に一瞬理解が追いつかなかった。

 フブキが小さく放った言葉は、確かにフブキの声だった。

 肉体が違えば当然声帯も違う。ミオの喉からフブキの声は決して出せない。

 なのにそれが出た。

 

「あー、あー……!」

 

 ミオも慌てて喉を震わせると、自分の声が耳に響き渡った。

 人体の僅かな構造の差で、反響に若干の違いこそあれど、そんな誤差は問題と思えないほど聞き違えた。

 2人の声が入れ替わったよう。

 

「凄い、何したの⁉︎」

 

 ミオがフブキの身体からミオの声を出して叫ぶ。

 ややこしいな……。

 

「音を変えただけですよー。2人の声の音波を入れ替えたんです」

「本当に凄い!」

 

 本当に凄いが、自分の体でもないのに自分の声が出るのも気持ち悪い。

 声だけ直すのも、何か違う。

 そんなミオの想いなど露知らず、フブキは興奮気味に絶賛していた。

 

「そんな事普通の人には出来ないと思うけど……そう言う事なの?」

 

 水を差すのも悪いので、戻せとは言わず、別の――核心に触れるような観点を指摘した。

 

「こんな感じですね〜」

「きゃあっ――」

 

 ミオの問いかけに対し奏は潔く白状するのだが、大胆に、厚顔無恥に、大きく服を捲り上げる。

 急な破廉恥行為に慌てふためく2人だったが、奏の背中を見て遮りかけた視界を開いた。

 

「ぁ……呪い……」

 

 服を捲り背中に現れたのは、ト音記号、の印。

 羞恥心を持たぬように堂々とその体勢を維持する。

 

「も、もういいよ! 早く仕舞ってっ」

 

 耐え兼ねたミオが奏の服をさっと下ろさせた。

 

「それでどうです? 声の調子は」

 

 奏は何事も無かったように2人に問い直した。

 ミオがフブキの様子を伺っていると、苦笑いを浮かべて頰を掻いた。

 

「うん……凄いけどやっぱり、これは変な感じがするから」

「そうですか、戻しますね」

 

 くるくるっ、と人差し指を立てて左腕を回すと、2人の声の波長は元に戻った。

 奏はすっと正面に向き直り、もう歩き始めた。

 2人は声を確認しつつ、慌てて距離を詰め、歩幅を合わせる。

 

「ねえ奏ちゃん。目的地までどれくらいかかるの?」

「歩いて半日くらいなので、そこまでの距離じゃないですよ」

「そ、そっか」

 

 出国経験のない2人としては、歩いて半日は極めて遠い。

 どうやら感覚が異なるようで。

 フブキとミオが弱いのか、奏が強いのか。

 

「今日中には着けそうなので、安心してください」

「えっ、あ……うん」

 

 今日中にだと?

 方角はわからないけれど今が朝なら、日の傾き的に9時か10時。

 半日となれば休憩無しでも夜の9時が最速。

 2人の体力では持たない。

 フブキとミオで、顔を見合わせた。

 これから2人は、生きていけるのだろうか?

 

 不安がる2人を他所に草木をかき分け森を進む奏。

 奏の通った跡をなぞるので、僅かに2人への負担は少ないが、大差はない。

 

 しかしコレも生きる為だと言い聞かせ、お互いに鼓舞して手足を動かす。

 

 ガサガサッ――。

 

「お?」

 

 茂みの揺れる音が響き、奏が足を止めた。

 左斜め前方の茂み奥に人がいるようだ。

 危険を承知で奏が率先して様子を見に向かう。

 

 かさかさ、と草木を掻き分けたその先にいた者は……。

 

「ぇ」

「ァ?」

 

 奏は死を予感した。

 何故なら――

 

「――どう言うこった、こりゃァよォ」

 

 距離を置いていた2人にも届いた声。

 記憶にも新しい。

 その声の主に、2人は、3人は――殺されたのだから。

 

「なんでテメェ、生きてやがんだ」

 

 奏があわわ、と振り返る。

 目で逃げろと訴えてきた。

 

「……義翼だなァ?」

 

 心当たりがある様子で、更に耳にも新しい言葉が飛び込む。

 

「まァいい。もう一度消すだけだ」

 

 冷酷な声で恐怖と不可思議を波動のように放ち、3人の前に姿を見せたのは――

 

 雷霆、常闇トワだった。

 

 

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